モーツァルト@宇奈月

湯の街ふれあい音楽祭 モーツァルト@宇奈月
scince2010年秋。毎年9月に音楽祭を開催しております。

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アウフビーダーゼーエン

2014年01月27日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのホーフブロイハウスで眠っています。

ザルツブルクに続く、ミュンヘンの旅はいかがでしたか?
すっかり、眠くなっちゃいました。
このまま、眠ってお別れします。
楽しかったなあ、あんなことも、こんなことも。
また、どこかに行きたいなあ。
ドイツ語のお別れのことばは、また、会いましょうって意味だそうです。
では、みなさん。
アウフビーダーゼーエン!
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さあ、乾杯!

2014年01月26日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのホーフブロイハウスにいます。
ビール注文しました。ジョッキは1リットル。約1000円。

日本にも輸入されていますが、倍以上しますね。でも、ビールって不思議で、その土地土地で同じビールの味が変わります。ほら、北海道のビール園で飲んだりしても同じでも違うでしょ。
特に、醸造されているところで飲むのはまた味わいが深いように思えます。
では、乾杯!


おお、おおおお。うまい!

半分飲んじゃいました。いい感じです。

全部、飲んじゃった。ちょっと、酔ってきたかな。う、眠い。実は、弱いのです。う、ううう・・・。zz。

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ジョッキが並んでいます

2014年01月26日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ホーフボロイハウスにいます。

お、いらっしゃいますね。楽しそうに飲んでおられます。さすがに、長椅子は落ち着かないのか、ボックス席のようなところですね。

これがビア樽。うしろは、ジョッキです。

こっちもジョッキ。すごい数ですね。洗っていられないんだろうな、忙しい時には。

この高い天井も、世界中のビアハウスの原型になっているような気がします。
宇奈月麦酒館も、ドイツのブラウマイスターを招いて始まりました。こことよく似ているのはそのせいですね。なるほどなあ。
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ホーフブロイハウスへ!

2014年01月25日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘン、いよいよホーフブロイハウスです。まさにビールの殿堂。

ここです。
場所が違うのですが、ホーフブロイハウスが醸造を始めたのは、1589年のこと。江戸時代より前です。エールという上面発酵のビールを醸造し始めました。宇奈月麦酒館ならトロッコかな。ラガーのような下面発酵と違って比較的高温でも醸造できるので、冷蔵装置が貧弱だった時代でも醸造できたようですね。
1610年には一般への販売が開始されましたが、ビアホールのようになったのは1828年です。ですから、アマデウスは飲んだ可能性は高い(のんべえなので、きっとそうでしょう)のですが、ここで飲んだわけではないと思います。
現在地に移って、この建物になったのは1897年です。

1階がビアホール。2階はレストラン。3階はショーホールです。中庭は、ビアガーデンで、今私たちが見ているビアホールのスタイルは、どうやらここが定番のようですね。
1階のビアホールは、木の長椅子と長いテーブルで相席で、生演奏でみんなが乾杯の歌を歌ったりするようです。

ずっと昔、花の万博でBMWが出店するバイエルン・ホーフブロイハウスというのがあって、そこではここのビールとソーセージ、ポテトなどを提供していました。そこもちゃんと長椅子で、時々、ウイルヘルム・ルスカみたいな人が歌を歌っていました。
ここが、本物なんだなあ。
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レジデンツはここまで

2014年01月23日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
レジデンツ、豪華でしたね。こういう建物は権力をもつ人々の誇示の仕方っていうのがあって、時々そういうものに辟易するのですが、大戦で荒廃したものを復興したということもあるのでしょうか、土地の人々の文化や伝統への敬意がよく感じられました。

なんだか、離れるのももったいないなあ。

レジデンツを離れ、いよいよミュンヘンといえばビール。ビアホールへ向かいます。
実は、ザルツブルクもよく知られたビールの街です。アルプスを挟んで、それぞれに特徴のあるビールがあるようです。楽しみです。
宇奈月にもいいビールがありますね。どこまでもご縁があるんだな。
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やっと会えたね!

2014年01月22日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのレジデンツに、まだ、います(笑)

誰の胸像だと思います?
そうです、アマデウスです。亡くなってから20年後にローマで作られたものだそうです。ちょっとふっくらしている印象がありますね。
ここにあるってことは、ここに泊まったことがあるのでしょうか。
ようやく、ここにたどり着きました。こんにちは、宇奈月温泉から来ました。アマデウナヅキンです。グーテンターク。
モーツァルトの頃のアイデンティティの持ち方とすると、ここミュンヘンはザルツブルクと地理的に隣接しているばかりではなく、国としても同じまとまりを感じていたようですね。ここをずいぶん気に入っていたのかもしれないな。
でも、結局、ここでもいいポジションが得られなかったようですが。
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音楽の間

2014年01月22日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンの迷宮、いやいや王宮、レジデンツを訪ねています。
音楽の間というところです。楽器が常置されているようですね。


楽器は、今でも美術品並みに高価なものですが当時もきっとそうでしょうね。時が変わっても、素材や仕組みがほとんど変わらないのも楽器の特徴です。その音はその音にしか出せないということでしょうか。

こういう絵もありました。
部屋はまだまだ続きます。

いよいよ、モーツァルトゆかりの部屋に入ります。
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ミュンヘンとワグナー

2014年01月21日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。まだ、レジデンツをさまよっています。見どころ満載なのです。
2013年はワグナー生誕200年。ふーん、そうなんだと思っていましたら、けっこうゆかりが深いようです。
1864年、バイエルン王となったルートヴィヒ2世はワーグナーをミュンヘンに招聘します。ワーグナーは王宮にて謁見し、1865年ミュンヘン宮廷歌劇場において、不朽の名作「トリスタンとイゾルデ」を初演しています。
なるほど。日本では、ちょうど幕末です。

看板になんか書いてあります。
ルートヴィヒ2世はワーグナーを人生の危機から救って資金面等で様々な援助をしました。ミュンヘンがワーグナーの生涯に持つ意味は非常に大きいものがあります。生活の安定、制作に打ち込めたことも勿論ですが、その他、上演不可能とされた「トリスタンとイゾルデ」や、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」等の初演がミュンヘンで行われました。中でも特筆すべきは、ワーグナーが指揮を弟子のハンス・フォン・ビューローにまかせて、自らはステージングの統括監督に専念したことです。演出が職業として確立されていなかった時代に、ワーグナーはステージングがいかに重要であるかを主張、実践し、演出家という役割を確立して見せました。また、演出の中での共同作業、そこで築いた人間関係が後のバイロイト音楽祭に生かされたという点で、非常に大きな意味があると思います。
バイロイトに実を結ぶ「祝祭」という構造が具体化、現実化したのもミュンヘン時代であり、これを後ろで支え、促したのがルートヴィヒ 2 世の熱意でした。ワーグナーが王の求めで書いた「ミュンヘンに設立すべきドイツ音楽学校について」と言う 50 ページを超える報告書があります。その中でワーグナーは、バイロイト祝祭劇場同様、見えないオーケストラピットを備えた劇場の設立を提唱し、同時に、模範的上演を行うために何が必要かを詳細に説いています。何よりも重要なのは人材の育成で、ドイツ語の明晰な発音と発声ができ、舞台上で歌えて演技もできる、才能と実力を兼ね備えた歌手がドイツにはいないので、その育成が重要である、と述べ、演奏家についても、技術に加えて、深い音楽的素養と古典的形式感を備えた音楽家の教育機関を提唱しました。
なるほど、近代的な音楽芸術の環境はここで生まれたってことですね。
ワーグナーの像と、ルートヴィヒ2世の肖像画の前にて。

こういう芸術に金を使うことは、実は後から評価されるんだろうなあ。1980年ごろだったかな、富山県立近代美術館が完成を見ずに亡くなったシュールレアレスムの巨人、滝口修造のコンセプトをよく活かして公開された時、地元の評判はさんさんたるものでした。絵がわからない、地元作家の展示がない、意味がわからんなどなど。一方、芸術や創作活動に関心の深い人々にはまさに快哉を叫ばせたのです。その後の独特の芸術活動が、実は、30年を経て金沢二十一世紀美術館が多くの人に受け入れられる現在につながっていると思います。
芸術とは、その評価が一朝一夕に生まれるものではないのですが、必ず、最初があることも教えてもらえました。
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金、金、金。まぶしいくらい。

2014年01月20日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのレジデンツを訪ねています。

すごい天井装飾。

絢爛豪華っていうのはこういうのを言うんだなあ。日本でこういうのをいくら真似してもだめなんだろうなあ。その分、日本には日本独特のものがあるだろうと思いますが、とにかく、ここはこれで圧倒されます。
こういう部屋がずーっっと続いています。

これが全体の模型です。

大宮殿が連なって、これだけがひとつの街として成立しますね。ザルツブルクも立派でしたが、こちらの華々しさはまたすごいものです。
きっと、アマデウスも驚いただろうなあ。走り回っていたりして。そういう子どもじみたところもあったそうですね。
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礼拝堂

2014年01月19日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのレジデンツを訪ねています。まぶしさで目がおかしくなりそうです。

礼拝堂です。儀式の中心地ですね。どういう響きが広がっていたのでしょうか。
音は不思議ですね。実は、ひとつとして人が作り出した固有の音というのはないそうです。必ず何か自然の素材がないといけないわけですし、物の振動を空気の振動にかえて、それを聞いているわけですから。そういうことは当たり前のように知られていて、こうしたホールでは風を作っているんだなと感じます。
その思いがあるので、屋外の演奏も行われる私たちの音楽祭には、特別の感覚があります。コントロールできない響きと、巧みに作り出された楽曲がどんなものを生むのか。それは、うまい下手の領分を超えたものを創っていると思っています。
こんなところで演奏すると、どんな音楽になるんだろう。それは、地上以上の響きとして作られたんでしょうね。
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祖先画ギャラリー

2014年01月19日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのレジデンツを訪ねています。

ヴィッテルスバッハ家の子孫の肖像画が121枚も並んだ「祖先画ギャラリー」です。まさに豪華絢爛です。豊臣秀吉はもしかしたらドイツ人だったかもしれません。金がまばゆい。
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アンティクヴァリウムです

2014年01月19日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンのレジデンツにいます。

レジデンツの見もののひとつ、「アンティクヴァリウム」です。
ルネッサンス様式の華麗な丸天井がすてきです。すごいなあ。
変な人が来て何か写真撮っているよって叱られないように、許可をいただきました。
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レジデンツに入ってみましょう

2014年01月19日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンの街歩きを楽しんでいます。
レジデンツは、5世紀に渡りバイエルンを統治したヴィッテルスバッハ家の本宮殿です。何度も増改築が繰り返され、ほぼ現在の形で完成したのが、19世紀のルートヴィッヒ1世の時代でした。400年以上の歳月を費やして築かれてきただけあって、ルネサンス、ロココ、バロック、新古典主義の各様式が混在しているのが特徴だそうです。なるほど、現在の姿に、様々な歴史が反映されているわけですね。
 ヴィッテルスバッハ家は、音楽や建築など芸術を好み、洗練された高い文化を育ててきた家柄だそうで、レジデンツも外観はシンプルですが、宮殿内は洗練された豪華な装飾であふれています。ゲーテやモーツァルト、ナポレオンも、このレジデンツを訪れた際には、その華麗さに驚嘆したそうです。 1918年にバイエルンは王政が崩壊して最後の王ルートヴィッヒ3世が退位して、レジデンツはその2年後に一般公開されたんです。第二次世界大戦で大きな被害を受けたものの、40年の歳月をかけて入念な修復工事でほぼ元の姿を取り戻しています。
 現在、レジデンツ内部は「レジデンツ博物館」として公開されています。王宮の内部の広間や数々の部屋がそのまま見られるもので、ハイライトは「アンティクヴァリウム」や「祖先画ギャラリー」などです。
という勉強してみました。

中に入ると、わああ、すごい。これ、全部貝殻装飾だよ。日本で真似しても何か表面だけの安っぽさになるけれど、復元したということはこういう技術を受け継ぐ人がいるってことだよね。伊勢神宮の式年遷宮なんかが、技術の継承を目的にしているというのも同じことだよね。
受け継がれるというのはとても大切なことですね。
僕らの音楽祭も、まだ4回。まだ、がんばらなくちゃ。
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マックス・ヨーゼフ広場

2014年01月18日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。レジデンツの広場にいます。ここは、マックス・ヨーゼフ広場と呼ばれています。初代のバイエルン王ですね。

ヨーロッパの国々をよく調べていくと、例えば、ドイツという国のまとまりとバイエルンという国もあって、「国」の捉え方が違うことに気づきます。現在のドイツのバイエルン州は、そのままひとつの文化的なまとまりのあるバイエルンという国と考えてもいいようです。
BMWはこの土地のクルマです。アウディもバイエルンに本社を置いていますが、ドイツ東部のザクセンが元々の出自。フォルクスワーゲンは、北部のニーダーザクセンの会社です。
日本でも、東京と大阪では気風が違うのと同じですが、何となく外国のことだといっしょくたにしちゃいますね。バイエルンは南にある山を超えるとオーストリアなので、宇奈月と白馬みたいなものかと。
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レジデンツに来ました

2014年01月18日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ミュンヘンの街を歩いています。
ヨーロッパでは、レジデンスっていう建物が街の中心にあることが多いんですね。アパートかなって思いましたら、これが立派で、いわば行政府庁だったり、神社でいう社務所だったりするわけです。ちょっと小さく見過ぎか。教皇などが執務するところですから、国の体制次第では、官邸ですね。

ほら、すごいでしょ。
これは、バイエルン王家であったヴィッテルスバッハ家の本宮殿です。そういうのをレジデンツっていうんです。

すぐお隣が、オペラの殿堂「バイエルン州立歌劇場」。ギリシア風のホールですね。さすが、神聖ローマ帝国。
マックス・ヨーゼフ1世が19世紀前半に建てた、ドイツを代表する歌劇場です。
若きルートヴィヒ2世は、ここで初めてワーグナーの「ローエングリン」を観て感動に打ち震え、即位後はワーグナーのパトロンとなり、「トリスタンとイゾルデ」や「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を初演させています。
総理官邸の横に、歌舞伎座があるようなものでしょうか。このあたりの文化の基準に驚きますね。
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