雁がねの声聞くなへに明日よりは春日の山はもみちそめなむ
(万葉集~バージニア大学HPより)
院、卅首歌めされし時、秋木を 侍従具定
見るまゝに紅葉色つく足引の山の秋風さむくふくらし
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
建長六年九月十三夜、五首歌めされける時、初紅葉と云ことを 大宰権帥為経
山ひめのいそく衣の秋の色を染はしめたる峰の紅葉は
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
春はなみし山寺をみれは庭にもみちのちりつもりたるを
花ちりし庭に紅葉の積れるをいつれまさりておしとみえ劔
(赤染衛門集~群書類従15)
長月になれば、紅葉むらむら色づきて、宮の御前えも言はずおもしろし。風うち吹きたる夕暮に、御箱の蓋に、色々の花紅葉をこき混ぜて、こなたにたてまつらせたまへり。(中略)御消息には、
「心から春まつ園はわが宿の紅葉を風のつてにだに見よ」
若き人々、御使もてはやすさまどもをかし。
御返りは、この御箱の蓋に苔敷き、巌などの心ばへして、五葉の枝に、
「風に散る紅葉は軽し春の色を岩根の松にかけてこそ見め」
(源氏物語・少女~バージニア大学HPより)
二品法親王覚助、長月の末に長谷の山庄にまかりて、紅葉の枝を折て奉り侍けるに、此一枝の残りゆかしくこそとてたまはせける 伏見院御歌
色ふかき宿の紅葉の一枝に折しる人のなさけをそみる
御返し 二品親王覚助
色そへて見るへき君のためとてそ我山里の紅葉をも折
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
里なりし女坊の、藤壺の御前のもみぢゆかしきよし申したりしを、散りすぎにしかば、むすびたる紅葉をつかはす枝にかきつく。
吹く風も枝にのどけき御代なれば ちらぬもみぢの色をこそみれ
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
家に百首歌よませ侍けるに、紅葉の歌 関白左大臣
立田河みむろの山の近けれは紅葉を波にそめぬ日そなき
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
永承四年内裏歌合によめる 能因法師
嵐吹みむろの山のもみちはは立田の川のにしきなりけり
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
二条の后の、春宮のみやす所と申ける時に、御屏風に竜田川に紅葉なかれたるかたをかけりけるを題にてよめる そせい
紅葉はのなかれてとまるみなとには紅ふかき浪やたつらん(イ浪そたちける)
なりひらの朝臣
ちはやふる神代もきかす立田川から紅に水くゝるとは
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
人々さそひて大井川にまかりて、紅葉臨水と云事を読侍ける 権大納言長家
大井川山の紅葉をうつしもてからくれなゐの波そ立ける
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
伏見院に卅首歌奉ける時、山紅葉を 津守国冬
紅葉はもたかみそきとて立田山秋かせふけはぬさと散らん
(新後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
山の麓に家あり、紅葉散りて人なし
散り散らず見る人もなき山里の紅葉は闇の錦なりけり
(和泉式部集~岩波文庫)
三位中将維盛の上のもとより、紅葉につけて、青紅葉の薄様に
君ゆゑは惜しき軒端のもみぢをも惜しからでこそかく手折りつれ
かへし 紅(くれなゐ)の薄様に
われゆゑに君が折りけるもみぢこそなべての色に色そへて見れ
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
思ふこと侍りて、石山にまうで侍りけるに、山の紅葉のいとおもしろきを見て 道心すすむる右大臣
紅葉ばの色はものかは涙のみかかる袖こそ濃さまさりけれ
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
年頃申しなれたりける人にとほく修行するよし申して罷りたりける名殘おほくて立ちけるに紅葉のしたりけるを見せまほしくて待ちつるかひなくいかにと申しければ木のもとに立ちより詠みける
心をば深き紅葉の色にそめてわかれて行くや散るになるらむ
(山家和歌集~バージニア大学HPより)
わらはともたちにてかたらひ侍ける人かしらおろして後、嵐のいみしう吹侍ける比、、吉野山にこもりたりと聞てつかはしける 山田法師
芳野山紅葉の色やいかならんよその嵐の音そはけしき
(続後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
みちのふの朝臣もろともにもみち見んなと契て侍けるに、かの人身まかりての秋よみ侍ける 藤原実方朝臣
見んといひし人ははかなくきえにしを独露けき秋の花かな
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
河原のおほいまうちきみの身まかりての秋、かの家のほとりをまかりけるに、紅葉のいろまたふかくもならさりけるをみて、かの家によみていれたりける 近院の右のおほいまうち君
打つけにさひしくもあるか紅葉はもぬしなき宿は色なかりけり
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
花を見て春は心もなぐさみき紅葉の折ぞ物はかなしき
(和泉式部集~岩波文庫)
シテツレ二人、真ノ一声「龍田川。錦織り掛く神無月。色づく秋の梢かな。ツレ二ノ句「紅葉の色も時めきて。二人「錦を張れる気色かな。
(略)
下歌「頃は長月廿日あまり。紅葉も徒らに。唯闇の夜の錦なり。
上歌「神南備の。御室の岸や崩るらん。/\。龍田の川の水の色は。濁るとも隔てじな塵に交はる神慮。直に御影ももみぢ葉の。こゝは常磐の色はへて。誓も絶えぬ瀧祭。戴く神の手向かな。/\。
(謡曲「逆鉾」~半魚文庫~「謡曲三百五十番」より)
シテ一セイ「馴れつゝも。つま木の道の苦しきや。重なる老の。坂ならん。詞「余りに苦しう候ふ程に。薪をおろし休まばやと思ひ候。ワキ「不思議やなこれなる山賎を見れば。処こそ多きに。分きて紅葉の蔭に休む気色。心あり顔にて優しうこそ候へ。
シテ「元より賎しきしづの男の。何の心の候ふべき。彼の黒主が歌の心は。薪を負へる山人の。花の木蔭に休むけしきを。残し置きたる筆の跡。われらが休むも紅葉の木蔭。いたづら事にて候ふなり。
ワキ詞「げに心ある答かな。まづ/\紅葉の名所々々。彼方此方に多けれども。彼の業平の心には。神代も聞かずといひおきし。シテ「名にも龍田の紅葉の色。ワキ「初瀬の山は桧原が木の間に。色洩れ出づる村紅葉。シテ「又は八入の岡のもみぢ葉。
ワキ「其外高雄。シテ「嵐山。上歌地「色々を。四方に染めなす秋の日の。/\。朝には雪としぐれ夕には雨とそゝぎ。このもかのもの草木の。はや下染も時過ぎて。百入千入に薄き濃き。梢の秋はおもしろや。シテ「白露も。地「白露も。時雨もいたくもる山は。下葉残らぬもみぢ葉を。かたしく今宵山伏の。一夜を明し給はゞ。我も帰りて夜もすがら。夜遊を。慰め申さんと谷の戸深く入りにけり/\。
(謡曲「飛雲」~半魚文庫~「謡曲三百五十番」より)
(安貞元年九月)廿三日。天晴る。時雨灑ぐ。徒然に依り、紅葉早晩の程を伺い見る。法勝寺の内の鶏冠の木、未だ半ばに及ばず。僅に染め始む。桜・櫨悉く紅し。(略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)