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古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

古典の季節表現 秋 虫の音(ね)

2013年09月19日 | 日本古典文学-秋

 秋ごろ、西の渡殿の前、中の塀の東の際を、おしなべて野に作らせたまへり。閼伽の棚などして、そのかたにしなさせたまへる御しつらひなど、いとなまめきたり。(略)例の渡りたまひて、
 「虫の音いとしげう乱るる夕べかな」
 とて、われも忍びてうち誦じたまふ阿弥陀の大呪、いと尊くほのぼの聞こゆ。げに、声々聞こえたる中に、鈴虫のふり出でたるほど、はなやかにをかし。
 「秋の虫の声、いづれとなき中に、松虫なむすぐれたるとて、中宮の、はるけき野辺を分けて、いとわざと尋ね取りつつ放たせたまへる、しるく鳴き伝ふるこそ少なかなれ。名には違ひて、命のほどはかなき虫にぞあるべき。
 心にまかせて、人聞かぬ奥山、はるけき野の松原に、声惜しまぬも、いと隔て心ある虫になむありける。鈴虫は、心やすく、今めいたるこそらうたけれ」
 などのたまへば、宮、
 「おほかたの秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴虫の声」
 と忍びやかにのたまふ。いとなまめいて、あてにおほどかなり。
 「いかにとかや。いで、思ひの外なる御ことにこそ」とて、
 「心もて草の宿りを厭へどもなほ鈴虫の声ぞふりせぬ」
 など聞こえたまひて、琴の御琴召して、珍しく弾きたまふ。宮の御数珠引き怠りたまひて、御琴になほ心入れたまへり。
 月さし出でて、いとはなやかなるほどもあはれなるに、空をうち眺めて、世の中さまざまにつけて、はかなく移り変はるありさまも思し続けられて、例よりもあはれなる音に掻き鳴らしたまふ。
 今宵は、例の御遊びにやあらむと推し量りて、兵部卿宮渡りたまへり。大将の君、殿上人のさるべきなど具して参りたまへれば、こなたにおはしますと、御琴の音を尋ねて、やがて参りたまふ。
 「いとつれづれにて、わざと遊びとはなくとも、久しく絶えにたるめづらしき物の音など、聞かまほしかりつる独り琴を、いとよう尋ねたまひける」
 とて、宮も、こなたに御座よそひて入れたてまつりたまふ。内裏の御前に、今宵は月の宴あるべかりつるを、とまりてさうざうしかりつるに、この院に人々参りたまふと聞き伝へて、これかれ上達部なども参りたまへり。虫の音の定めをしたまふ。
 御琴どもの声々掻き合はせて、おもしろきほどに、
 「月見る宵の、いつとてもものあはれならぬ折はなきなかに、今宵の新たなる月の色には、げになほ、わが世の外までこそ、よろづ思ひ流さるれ。故権大納言、何の折々にも、亡きにつけていとど偲ばるること多く、公、私、ものの折節のにほひ失せたる心地こそすれ。花鳥の色にも音にも、思ひわきまへ、いふかひあるかたの、いとうるさかりしものを」
 などのたまひ出でて、みづからも掻き合はせたまふ御琴の音にも、袖濡らしたまひつ。御簾の内にも、耳とどめてや聞きたまふらむと、片つ方の御心には思しながら、かかる御遊びのほどには、まづ恋しう、内裏などにも思し出でける。
 「今宵は鈴虫の宴にて明かしてむ」
 と思しのたまふ。
(源氏物語・鈴虫~バージニア大学HPより)

嘉保二年八月殿上人嵯峨野に虫を尋ぬる事
嘉保二年八月十二日、殿上のをのこども嵯峨野に向て、虫をとりたてまつるべきよし、みことのりありて、むらごの糸にてかけたる虫の籠(こ)をくだされたりければ、貫首以下、みな左右馬寮の御馬に乗てむかひけり。蔵人弁時範、馬のうへにて題をたてまつりけり。「野径尋虫」とぞ侍ける。野中にいたりて、僮僕をちらして虫をばとらせけり。十余町ばかりは、各(おのおの)馬よりおり、歩行せられけり。夕に及て、虫をとりて籠に入て、内裏へかへりまゐる。萩・女郎花などをぞ籠にはかざりたりける。中宮御方へまゐらせて後、殿上にて盃酌・朗詠などありけり。歌は、宮御方にてぞ講ぜられける。簾中よりもいだされたりける、やさしかりける事也。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)

撰虫 忠頼朝臣
色々にさか野のむしを宮人の花すり衣きてそとりぬる
 左撰虫といへる事は。あながち式有事にてはなけれども。殿上の逍遥とて。殿上人ども遊てさが野などへむかひて。虫籠にむしをえらび入て奉りけり。面白事にて侍ば。秋の題の中に加へ侍也。
(年中行事歌合~群書類従)

天禄三年八月野宮歌合のうた 規子内親王家但馬
浅茅生の露吹むすふ凩にみたれてもなくむしのこゑ哉
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

夕暮かたに、ちいさきこにすゝむしを入て、紫のうすやうにつゝみて萩の花にさして、さるへき所の名のりをせさせて、斉院にさしをかすとて、そのつゝみ紙に書付たりける よみ人しらす
しめのうちの花の匂ひを鈴虫のをとにのみやは聞ふるすへき
返し 選子内親王
いろいろの花はさかりに匂ふとも野原の風の音にのみきけ
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

 春より秋になるまて月日のゆくゑもしらぬに虫のこゑをほのかにきゝて
すきかはる程もしらぬにほのかにも秋とは虫の声にてそ聞
(赤染衛門集~群書類従15)

題知らず 袖ぬらすの准后
虫の音もあはれぞまさる浅茅原半ば過ぎ行く秋の夕暮
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

たいしらす そねのよしたゝ
なけやなけよもきか杣のきりきりす過行秋はけにそかなしき
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

夜虫を 前左大臣
宵のまはまれに聞つるむしのねも更てそしけき蓬生の庭
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

はつきの廿日比、月くまなかりける夜、むしのこゑいと哀なりけれは 赤染衛門
有明の月はたもとになかれつゝかなしき比のむしのこゑ哉
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

忠義公家にて人々歌よみ侍けるに 紀時文
秋ふかくなり行野辺の虫のねは聞人さへそ露けかりける
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

是貞のみこの家の歌合のうた としゆきの朝臣
秋のよのあくるもしらすなく虫はわかこと物や悲しかるらん
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

廉義公家にて、草むらのよるの虫といふ題をよみ侍ける 藤原為頼
おほつかないつこなるらむ虫のねをたつねは草の露やみたれん
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

たいしらす 曽祢好忠
秋の野の草むらことにをく露はよるなく虫の涙なるへし
(詞花和歌集~国文学研究資料館HPより)

文保百首歌に 三条入道前太政大臣
をきあまる夜のまの露も浅ちふのをのか涙と虫や鳴らん
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

西山にすみ侍ける比、虫を聞て 前大僧正慈鎮
草ふかき宿のあるしと諸共に浮世をわふる虫の声哉
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

題しらす 和泉式部
命あらはいかさまにせむ世をしらぬ虫たに秋はなきにこそなけ
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

山階入道左大臣家の十首歌に、夜虫といふことをよみてつかはしける 三条入道内大臣
夜もすから音をはなくとも蛬我よりまさる物は思はし
(新後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

寝(い)をしねで夜ごとに聞けばあはれにも鳴きまさるかな鈴虫の声
(和泉式部集~岩波文庫)

虫声非一といふ心をよみ侍ける 左近中将良経
さまさまのあさちか原の虫の音を哀一つにきゝそなしつる
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

虫をよませ給うける 崇徳院御製
むしのこと声たてぬへき世中に思ひむせひて過る比かな
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

円融院御出家の後、八月はかり広沢にわたらせ給ける御ともに、左右大将つかうまつり、ひとつ車にて帰侍けるに 按察使朝光
秋の夜を今はとかへる夕くれはなく虫のねそかなしかりける
返し 左近大将済時
虫のねに我涙さへおちそはゝ野原の露や色まさるらん
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

あひしりて侍ける人の、伏見にすむと聞て尋ねまかりたりけるに、庭の草道も見えすしけりて虫の鳴けれは 西行法師
わけている袖に哀をかけよとて露けき庭に虫さへそなく
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

あれぬとてなくかまかきのきりきりすおのれさひしきよもきふのやと
(明日香井集~日文研HPより)

長月のつもこりかたに、わつらふことありてたのもしけなく覚けれは、久しくとはぬ人につかはしける 藤原基俊
秋はつるかれのゝ虫のこゑたえはありやなしやを人のとへかし
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

長恨歌のゑに玄宗もとの所にかへりて、むしともなきくさもかれわたりてみかとなけき給へるかたあるところをよめる 道命法師
ふる里はあさちかはらとあれはてゝ夜すから虫の音をのみそなく
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

早う住み侍りけるところの荒れにけるを、年ごろありて見てよめる 芹生の中納言
我が宿は鶉鳴く野と荒れはててあるじ顔なる虫の声々
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

天禄三年女四宮歌合によめる 橘正通朝臣
秋風に露を涙となく虫のおもふ心をたれにとはまし
(詞花和歌集~国文学研究資料館HPより)

天暦の御門にたてまつらせ給ける 女御徽子女王
秋の野の萩のしたねに鳴虫の忍ひかねては色に出ぬへし
(続後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

みかど、みこと申しける時、かれがれにならせ給へりければ、長月ばかりによめる 後悔ゆる大将の女御
風寒み人まつ虫の声立ててなきもしぬべき秋の暮かな
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

一方ならず物思ひけるころ、虫の音を聞きて 親子の中の内大臣
思ふこと千ぐさにしげき虫の音に乱れまされる我が心かな
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

かしかましくさはにかかるむしのねやわれたにものをいはてこそおもへ
(伊勢物語~日文研HPより)

いまこむとたれたのめけむあきのよをあかしかねつつまつむしのなく
(和漢朗詠集~日文研HPより)

こむといひしほともすきにしあきののにひとまつむしのこゑのかなしさ
(古今和歌六帖~日文研HPより)

百首歌奉し時、虫 従一位宣子
松虫のなくとも誰かきてとはんふかき蓬のもとのすみかを
(新後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

秋御歌とて 朔平門院
鳴つくす野もせの虫のねのみして人はをとせぬ秋の故郷
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

題しらす 接心院内大臣
野への色もかれのみまさる浅茅生に残るともなき松虫の声
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

月前虫といふ事をよめる 読人不知
長月の有明のかけにきこゆなり夜をへてよはる松虫のこゑ
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

叢虫といへる心を 太宰権帥為経
むしのねもかれかれになる長月の浅ちか末の露のさむけさ
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

なきよわるあさちかはらのむしのねをあきふけてきくよはそかなしき
(為兼家歌合~日文研HPより)

霜草欲枯虫思苦といへる心を 前中納言匡房
はつ霜にかれ行草のきりきりす秋は暮ぬは聞そ悲しき
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

題知らず 渡らぬ中の承香殿女御
我が如くなき弱りゆく虫の音は秋果つる身や悲しかるらん
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

題知らず 風につれなきの吉野の院御歌
虫の音も秋果てがたの草の原枯葉の露は我が涙かも
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

五日、暁、目を覚まして聞けば、かしがましきまでありし虫の、音もせぬに
ねをだにを今は泣くべき方もなしまぎれし虫の声絶えぬれば
(和泉式部続集~岩波文庫)

徳治二年の秋、遊義門院の御事おとろき申て西郊の仙洞よりまかりいてける時、嵯峨野にて虫の声を聞てよみ侍ける 前大僧正忠源
玉と見し露さへもろきならひにて世のさかにこそ虫も鳴なれ
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

郁芳門院かくれおはしまして又のとしの秋、知陰かりつかはしける 康資王母
うかりしに秋はつきぬとおもひしをことしも虫の音こそなかるれ
返し 藤原知陰
虫の音はこの秋しもそ鳴まさるわかれの遠く成心ちして
(金葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

柏木の大納言かくれて後、右のおとどしばしばとぶらひものし給ひける贈り物に、とどめ置かれたる笛を奉りて、少し吹き鳴らし給へるを聞きて 一条御息所
露しげきむぐらの宿にいにしへの秋に変らぬ虫の声かな
(物語二百番歌合~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)