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もく窓

~良い映画と究極の手抜き料理を探して~  

猫と海鞘

2007年02月25日 | 
 群ようこ著
タイトルの「ネコとホヤ」は群さんの好きなものと嫌いなものだそうです。
クスリと笑ったり、ウンウンと頷いたりしながら読める軽~いエッセイ集でした。


かもめ食堂 (本)

2007年02月22日 | 
 群ようこ著
映画とほとんど同じ内容ですが、映画の中の穏やかに時間が流れる感じや、登場人物たちの愛すべきキャラクターは伝わってこなかったです。サチエさんがお店を開く資金については、映画では触れていませんでしたが、この本を読んで分かりました。知ってしまい、ちょっとガッカリ。読まないほうが良かったなぁ。



「散るぞ悲しき」

2007年01月16日 | 
昭和18年、広東の南支派遣軍駐屯地にて撮影。ジャーマンシェパードを従えた栗林忠道(中央)と軍属の貞岡信喜(後列右から三人目)

「散るぞ悲しき」読了。 梯久美子著(1961年熊本県生まれ。北大卒業後フリーライター)
イーストウッド監督の映画では分からなかった戦争の経緯が分かり、再び涙、涙、、。不条理に耐え、いかに無念であったでしょうか。

 ↓「散るぞ悲しき」より抜粋
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栗林辞世の句
  国の為重きつとめを果たし得で矢弾尽き果て散るぞ悲しき
平成6年2月、初めて硫黄島を訪れた天皇が詠まれた歌
  精魂を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき
返歌ということは無いんでしょうけど、そうとも取れる歌です。

夫(栗林)が硫黄島で戦死したとき、妻:義井は40才だつた。19才で嫁いで来て以来、家庭から出たことのなかった主婦が、子供たちを抱え、自分が生活を支えなくてはならなくなつた。
次女のたか子は、終戦直後、両親の実家のある長野市で、どこからかのしいかを仕入れてきて露天で売っていた母の姿を覚えている。東京に戻ってからは、中野駅の近くにわずかな場所を借り、下駄や履物を売った。
その後は保険の外交員をし、やがて世田谷にあった紡績会社で住み込み寮母の職を得る。たか子は高校を出るまで、母と一緒にこの会社の寮で暮した。その後は、台所もトイレも共同の、一間のアパートに住んだ。硫黄島で亡くなつた将兵の遺族がお金を借りに来ると「今、このくらいしかないんだけど…⊥と謝りながら、できる限りの金額を渡したという。
「母はお嬢さん育ちで、結婚してからはずっと父に守られてきました。それまでただの一度も働いたことがなかったのに、終戦直後の大変な時期には露天で物売りまでやって、私たちを育ててくれた。そして、兄だけでなく女の子の私も大学に進ませてくれました」
栗林は義井に、軍人の妻として夫の名を汚さぬように生きよとは言い残さなかった。むしろ逆のことを、硫黄島からの手紙で伝えている。子供たちの養育をよろしく頼むという意味のことを述べた後で、次のように書き記しているのである。
 なおこれから先き、世間普通の見栄とか外聞とかに余り屈託せず、自分独自の立場で信念をもってやって行くことが肝心です。(昭和19年9月4日付妻・義井あて)
陸軍中将だった栗林は、硫黄島守備の功績によって大将に叙せられた。〝大将の妻〟としての誇りを義井は胸に秘めて生きたはずだ。しかしそれは、家名を守り夫の武功を子々孫々に伝える、というようなものではなかった。当の夫が、そんなことを望んでいなかったからである。
「世間」も「普通」もどうでもよい、信念をもって自分らしく生きよ。きびしい現実に立ち向かい、子供たちとともに強くあれ、それが、もう自分が家族を守ってやることはできないと覚悟した栗林が妻に求めたことであった。それに応えて、義井は見栄や外聞とは無縁の強さをもって戦後を生きたのだった。
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栗林の末子・たか子さんは早大仏文科を卒業後、大映の助監督と結婚し3人の子供に恵まれ、その後、日本女子大で幼稚園教諭の資格を取り義父が開いた川口ふたば幼稚園の園長となったそうです。2004年68才で逝去。息子の新藤義孝氏は現衆議院議員だそうです。


「歩兵の本領」

2006年12月23日 | 
 浅田次郎著  九つの作品からなる短編集
やっぱり浅田次郎は面白い。何度も吹きだして笑ってしまった。面白いだけでなく味わいがあり繰り返し読んでしまいます。
表題になっている「歩兵の本領」が秀逸でしたが、八つの短編の噴き出すくらい可笑しい自衛隊生活の描写が在って、九つ目の短編「歩兵の本領」が重さをもってくるのだと思います。
しっかし、著者の自衛隊経験から書かれたのでしょうが、自衛隊の生活って本当にこんなに厳しいんでしょうか。昔の軍隊ならともかく本当にこんなに殴ったり殴られたりしたんでしょうか。
また「勇気凛凛ルリの色」を読みたくなりました。

「EVERYTHING IS ILLUMINATED」

2006年12月21日 | 
「エブリシング・イズ・イルミネイテッド」読了。
訂正、飛ばし読みというか拾い読み、完了。(^。^;)ゞ

あとがきに依ると、アメリカでこの本が出版された時、アレックスの話す言葉のおかしさが評判になったらしいです。TVと類語辞典だけで習得した彼のちんぷんかんぷんな英語は、ジョナサンとのやりとりで絶妙に生かされ大いに読者の笑いを誘ったそうです。
でも、日本語に翻訳されたこの本は、読み難かったです。映画には出てこなかったジョナサンの祖又又又父の時代まで話が飛ぶうえに、アレックスの変な英語が日本語に翻訳されてるので、ちょっと考えないと何を言ってるのか分からない部分がありました。で、映画に関係あるところだけ拾い読みしちゃいました。レストランでジョナサンが肉を食べないと言う場面、そしてポテトを落っことしちゃう場面などは映画とピッタリ同じで噴き出して笑ってしまいました。でも、もしも映画を観てなかったら笑えたかどうか分かりません。
最後は、題名のように全てが照らし出されるのかと思ったら、謎は謎のままです。お爺さんとアウグスチーネは二人だけで何を話したのでしょうか。そもそもこの人がアウグスチーネなのかどうなんだかもハッキリしません。映画ではアウグスチーネのお姉さんのようでしたが。

ちゃんと読みもせず勝手なことを書いてしまいましたm(__)m

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著者:ジョナサン・サフラン・フォア
1977年、ワシントンで生まれる。プリンストン大学で哲学を専攻。
1999年、家族のルーツを求めてウクライナを旅する。


「小さき者へ」

2006年11月05日 | 
 重松清著 1999年~2000年にサンデー毎日に連載された六つの短編集
もう重松氏の著書はわざわざ手に取ることは無いだろうなどと言った口の乾かぬ間に、図書館で題名に惹かれて借りてしまった私です。
若かりし頃、有島武朗の「小さき者へ」を読んで感動した記憶があったので、つい手が出てしまいました。有島の「小さき者へ」は、母を亡くした幼子の我が子へ宛てた父親の手紙です。我が子を不憫に思う父親の気持ち、挫けずに強く育って欲しいと願う切なる気持ちが溢れていて胸に沁みるものがありました。
重松版「小さき者へ」は暗いです。我が子へ宛てた父親の手紙という書き方は有島版に沿っていますが、子供は中学生で引きこもりで家庭内暴力の少年です。最後は希望の光が差して終わるのだろうと思い我慢して読んで、救いの無い終わり方に頭が重くなってしまいました。読まなきゃ良かったー。
しかし、「団旗はためく下に」は面白かったです。二度ほど思わず噴き出して笑ってしまいました。
重松氏の作品は人の気持ちの動きを上手く表現しているし読みやすいのですが、どうも好きになれません。浅田次郎のは泣かせるものも笑わせるものも大好きで繰り返し読んでしまいます。


「トワイライト」

2006年11月03日 | 
 重松清著 2001年8月号~2002年4月号「オール読物」初出
読み始めたら、世相を捉えた会話や描写がなかなか面白くて一気に読んでしまった。テレビドラマ化するのにピッタリの本という感じでした。泣いたし,読後感も悪くないが、読み返すことも、この著者の他の作品ももう読むことはないと思った。時を越えて残る一冊にはなかなか巡り会えない。


照柿

2006年08月29日 | 
「照柿」  高村薫著 1994年
「人生の道半ばにして
 正道を踏み外したわたくしは
 目が覚めると暗い森の中にいた」  ダンテ『神曲』地篇より

作者が女性とはとても思えないほど、重苦しく男臭い。以前読んだ「マークスの山」がまあまあだったので、図書館で目にして借りてきた。読み出してすぐに借りたことを後悔したが、サスペンス物なので読み始めた以上、放り出せず、五日もかけてやっと読了。最後まで読むと、先に書かれていたことが生き生きと意味を持って蘇ってきました。ラストの手紙を読んで重苦しさから少し救われました。
青色のカラス、、、ちょっとしたイタズラ、笑ってもらえると思ってしたことが消えない傷となって心の中に残ってしまう。悲しいです。

暑い時に読んだので、余計に暑苦しく夏バテしそうになったので、読むんでしたら冬がお薦めです。

「雨ニモマケズ」

2006年06月22日 | 
「雪ニモ」のページの一部分↑ 宮澤賢治著・小林敏也画 パロル舎

小林敏也氏が雨ニモマケズの詩を一冊の版画絵本に仕立てました。
これが素晴しいんです。
特にお気に入りは、裏表紙にもなっている「雪ニモ」と、
「夏ノアツサニモマケヌ」と、
「野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ」のページです。
「雪ニモ」の絵は吹雪をイメージしており、雪竜?雪狼?ファルコン??のようなものが空を力強く駆け巡っています。
「夏ノアツサニモマケヌ」の絵は、大きく育ったトマトの根元に猫が音を立てずに忍び寄っています。
「野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ」の絵は、星座がひしめき合う大宇宙の下の小さな小屋を描いています。
カバー裏の「サムサノナツハ」の、太陽が病んでいる画も素晴しいです。
「ミンナニデクノボートヨバレ」の画は、ちょっと恐いです。
どうぞ一度、御自分の目で御覧になってください。

       「雨ニモマケズ」 宮澤賢治
          雨ニモマケズ
          風ニモマケズ
          雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
          丈夫ナカラダヲモチ
          慾ハナク
          決シテ瞋ラズ
          イツモシヅカニワラッテヰル
          一日ニ玄米四合ト
          味噌ト少シノ野菜ヲタベ
          アラユルコトヲ
          ジブンヲカンジョウニ入レズニ
          ヨクミキキシワカリ
          ソシテワスレズ
          野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
          小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
          東ニ病気ノコドモアレバ
          行ッテ看病シテヤリ
          西ニツカレタ母アレバ
          行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
          南ニ死ニサウナ人アレバ
          行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ
          北ニケンクワヤソショウガアレバ
          ツマラナイカラヤメロトイヒ
          ヒドリノトキハナミダヲナガシ
          サムサノナツハオロオロアルキ
          ミンナニデクノボートヨバレ
          ホメラレモセズ
          クニモサレズ
          サウイフモノニ
          ワタシハナリタイ
          南無無邊行菩薩
          南無上行菩薩
          南無多寳如来
          南 無 妙 法 蓮 華 経
          南無釈迦牟尼佛
          南無浄行菩薩
          南無安立行菩薩

「蛙の消滅」

2006年06月19日 | 
         宮澤賢治著・小林敏也画 パロル舎刊
  お話は三匹の蛙たちが雲見をするところから始まります。

 ~~(抜粋文)~~~ 一体蛙どもは、みんな、夏の雲の峰を見ることが大好きです。~~~眺めても眺めても見飽きないのです。~~~それで日本人ならば、丁度花見とか月見とかいうのを、蛙どもは雲見をやります。「どうも実に立派だね。」「うん、薄い金色だね。永遠の生命を思わせるね。」~~~~~

と、仲良く雲見をしていた蛙たちですが,,,あとは読んでのお楽しみ。
小林敏也氏の版画がとても良いです。飾っておきたいです。版画なので露草も色を変えるだけで雰囲気がガラリと変わります。本当に眺めても眺めても見飽きない絵本です。

「ミーナの行進」

2006年05月17日 | 
小川洋子著 ランク:銅
芦屋で裕福に暮らす叔母の家に預けられた女の子の1972年の一年間。
ガラスで覆われた世界を見ているような澄んだ空気を感じました。
叔父さんは白洲次郎を彷彿とさせます。
実話を基にしているのか、全くの創作なのか知りたいとこです。