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ナノヘルツ重力波が重力場によって曲げられる現象“解析レンズ効果”を用いた宇宙の膨張速度“ハッブル定数”の決定

2024年07月08日 | 宇宙 space
近年のパルサータイミングアレイ(PTA)によるナノヘルツ重力波の発見は、基礎科学に新たな可能性をもたらしました。

今回の研究では、この発見に基づき、重力波の解析レンズ効果を利用した宇宙膨張の精密測定の可能性、特にハッブル定数測定への応用についてです。
この研究は、トロント大学大学のDylan L. Jowさん、 Ue-Li Penさんの研究チームが進めています。


光や重力波などの波が重力場によって曲げられる現象

解析レンズ効果とは、光や重力波などの波が、天体などの重力場によって曲げられる現象です。
特に、波長がレンズ天体のサイズと同程度か、それ以上の場合は、幾何光学的なレンズ効果ではなく、解析レンズ効果が支配的となります。

パルサータイミングアレイで観測されるナノヘルツ重力波は、波長が約1パーセクと非常に長いので、銀河円盤のような比較的小さな天体でも解析レンズ効果を引き起こします。
銀河円盤をレンズとした場合だと、その質量から計算されるアインシュタイン半径は1パーセクよりもはるかに小さいので、ナノヘルツ重力波に対しては解析レンズ効果が支配的となります。

解析レンズ効果を受けると、重力波の振幅と位相はレンズ天体の重力場の影響を受けることになります
特に、複数のレンズ天体によって解析レンズ効果が働く場合、それぞれのレンズからの重力波は干渉し合い、複雑な干渉パターンが生じます。
図1.銀河円盤によるナノヘルツ重力波の解析レンズ効果。幾何光学では、アインシュタイン半径がレンズの光学的深度を決まる。(Credit: Dylan L. Jow, Ue-Li Pen)
図1.銀河円盤によるナノヘルツ重力波の解析レンズ効果。幾何光学では、アインシュタイン半径がレンズの光学的深度を決まる。(Credit: Dylan L. Jow, Ue-Li Pen)


宇宙の膨張速度“ハッブル定数”の決定

宇宙の膨張速度は、天体の赤方偏移と距離の関係から求められます。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまいます。
この現象を赤方偏移(記号z)といいます。
一方、距離は天体の見かけの明るさやサイズなどから推定できます。

解析レンズ効果を受けると、重力波はレンズ天体の周囲を通ることになるので、直接進むよりも到着が遅れてしまいます。
この時間遅延は、レンズ天体までの距離、レンズ天体の質量、そして宇宙の膨張速度に依存します。

レンズ天体の赤方偏移と、解析レンズ効果による時間遅延を測定することで、宇宙の膨張速度を表すハッブル定数を高精度で決定することができます。


パルサータイミングアレイを用いた手法

パルサータイミングアレイは、天の川銀河内に散らばる複数のパルサー(中性子星の一種)を観測することで、ナノヘルツ重力波を検出する手法です。
各パルサーからの重力波信号の時間変化を精密に測定することで、重力波の方向と距離を推定することができます。

このパルサータイミングアレイをフェーズドアレイとして利用することで、解析レンズ効果を高感度で検出できる可能性があります。
フェーズドアレイとは、複数のアンテナを組み合わせることで、電波や音波などの到来方向を制御する技術です。
パルサータイミングアレイの場合、各パルサーをアンテナと見なし、それぞれの信号に適切な時間差を与えることで、特定の方向からの重力波を選択的に受信することができます。

個々のレンズ銀河からの解析レンズ効果は非常に微弱なので、直接観測することは困難です。
そこで、本研究ではスタッキング分析と呼ばれる手法を用いることで、複数のレンズ銀河からの信号を合成し、検出感度を向上させることを提案しています。

スタッキング分析では、まず広視野の分光サーベイ観測によって、重力波源の方向にある多数の銀河の赤方偏移と位置を測定します。
次に、各銀河が解析レンズとして働く場合の時間遅延を、宇宙論モデルに基づいて計算。
そして、各パルサーからの重力波信号を、計算された時間遅延だけズラして足し合わせることで、複数のレンズ銀河からの信号を合成します。

スタッキング分析によって得られた合成信号の強度を、様々なハッブル定数を仮定した宇宙論モデルと比較することで、最適なハッブル定数を推定することができます。


高精度な宇宙の膨張速度測定の課題

“スクエア・キロメートル・アレイ(SKA : Square Kilometer Array)”などの次世代の超大型電波望遠鏡の登場により、パルサータイミングアレイの感度が飛躍的に向上すれば、解析レンズ効果を利用した高精度な宇宙の膨張速度の測定が可能になると期待されています。

“SKA”は、オーストラリアと南アフリカに建設中の世界最大級の電波望遠鏡です。
その高い感度と分解能により、これまでのパルサータイミングアレイでは検出できなかった微弱な重力波信号をとらえることができると期待されています。

ただ、解析レンズ効果を利用した宇宙の膨張速度の測定を実現するためには、克服すべき課題もいくつかあります。

1.高精度なパルサータイミングモデル
解析レンズ効果による時間遅延は非常に小さいので、それを検出するのに必要となるのが、パルサーの到達時間の変動を極めて高精度で測定することです。
そのためには、パルサーの運動や星間物質による信号への影響などを正確に補正する必要があります。

2.広視野の分光サーベイ観測
スタッキング分析を行うには、重力波源の方向にある多数の銀河の赤方偏移と位置を正確に測定する必要があります。
そのためには、広視野かつ高精度な分光サーベイ観測が不可欠です。

3.レンズ銀河の固有運動の影響
レンズ銀河は、宇宙の膨張だけでなく自身の重力によって運動しています。
この固有運動は、解析レンズ効果による時間遅延に影響を与えるので、正確なハッブル定数を測定するためには、その影響を考慮する必要があります。

ナノヘルツ重力波の解析レンズ効果を利用することで、これまでの手法では達成できなかった精度で、宇宙の膨張を測定できる可能性があります。
さらに、“SKA”のような次世代の超大型電波望遠鏡の登場により、この測定が現実味を帯びてきました。
今後、技術的な課題を克服することで、宇宙の進化史やダークエネルギーの謎に迫ることが期待されます。


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宇宙の膨張速度“ハッブル定数”を正確に算出できる! 銀河団“G165”での“Ia型超新星の観測”と“重力レンズ効果の地図活用”

2024年03月27日 | 宇宙 space
私たちの宇宙が膨張していることは観測から分かっています。
でも、その膨張速度を表す“ハッブル定数”は、観測方法によってその値が異なるという大きな問題を抱えているんですねー

この問題は、“ハッブル緊張(Hubble tension)”と呼ばれ、現代宇宙論における大きな謎の一つとなっています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された画像の中に、観測史上2番目に遠い“Ia型超新星”が写っていることを発見。
その性質を元に、ハッブル定数を精密に測定できるのではないかとする研究結果を発表しています。

研究チームでは、ハッブル定数の謎解きに繋がるという“希望”を込めて、このようなIa型超新星を“H0pe型超新星”と名付けています。
この研究は、アリゾナ大学が設置したスチュワード天文台に所属するBrenda L. Fryeさんたちの研究チームが進めています。
図1.紫色の四角内にある明るい点が、今回発見されたIa型超新星“SN H0pe”。重力レンズ効果によって3つの像になっている。明るい銀河本体からわずかにずれた位置にあるので、ごく近くにある矮小銀河が発生源だと推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図1.紫色の四角内にある明るい点が、今回発見されたIa型超新星“SN H0pe”。重力レンズ効果によって3つの像になっている。明るい銀河本体からわずかにずれた位置にあるので、ごく近くにある矮小銀河が発生源だと推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)


宇宙の膨張速度“ハッブル定数”

今回の主題である“H0pe型超新星”を解説する上で欠かせないのが、“ハッブル定数”、“Ia型超新星”、“重力レンズ効果”という3つの用語です。

最初は“ハッブル定数”ついての簡単な説明。

私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。
宇宙の膨張速度は、1929年に宇宙の膨張を発見した天文学者エドウィン・ハッブルに因んで“ハッブル定数”と呼ばれています。

現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで観測しても一定になるはずです。
でも、実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(セファイド変光星による)と、遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には、大きな食い違いがあることが分かっています。

どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないので、食い違いが生じる理由は分かっていません。
この食い違いによる問題は“ハッブル緊張”と呼ばれています。


重要な標準光源の一つ“Ia型超新星”

宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。
その一つが、白色矮星で発生する“Ia型超新星”という現象です。

白色矮星は、超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、赤色巨星の段階を経て進化した姿だとされている天体。
赤色巨星に進化した恒星は、周囲の宇宙空間に外層からガスを放出して質量を失っていき、その後に残るコア(中心核)が白色矮星になると考えられています。

一般的な白色矮星は直径こそ地球と同程度ですが、質量は太陽の4分の3程度もあるとされる高密度な天体です。

誕生当初の白色矮星の表面温度は10万℃を上回ることもありますが、内部で核融合反応は起こらず余熱で輝くのみなので、太陽のように単独の恒星から進化した白色矮星は長い時間をかけて冷えていくことになります。

なので、単独で存在する白色矮星が爆発することはありません。

ただ、連星の場合は違うんですねー
白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。

“Ia型超新星”は爆発直前の質量がどれも一定となるので、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
このことから、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれ、“クエーサー”や“ガンマ線バースト”なども標準光源として利用されています。

超新星は明るい現象で、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、Ia型超新星は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。


遠くに位置する天体の見た目の明るさを増大させる“重力レンズ効果”

ただ、現在の技術で観測できる“Ia型超新星”は、比較的近い宇宙で起きたものに限られてしまいます。
現在“ハッブル定数”が測定されている“遠くの宇宙”と“近くの宇宙”のちょうど中間で測定が可能になるので、より遠くで起きた“Ia型超新星”を多数観測することが期待されていました。

そこで、注目されているのが“重力レンズ効果”を受けた“Ia型超新星”です。

“重力レンズ”とは、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象。
光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする効果を“重力レンズ効果”と呼んでいます。

ちょうど凸レンズが焦点に光を集めるように、遠くの天体の見た目の明るさが増大されるので、遠くに位置する“Ia型超新星”に用いることが期待されています。


重力レンズ効果を受けた2番目に遠いIa型超新星を発見

今回の研究では、非常に珍しい条件を備えたIa型超新星の像を、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡により撮影された画像の中に発見。
その性質に関する研究結果をまとめています。

この画像に主役として写っている天体は、おおぐま座の方向約46億光年彼方(赤方偏移z=0.35)(※1)に位置する銀河団“G165(PLCK G165.7+67.0)”です。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
“G165”は太陽の260兆倍、天の川銀河の数百倍もの質量を持つ巨大な銀河団。
このため“G165”の周りには、重力レンズ効果で激しくゆがめられた銀河の像が見えていました。
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって撮影された銀河団“G165”。重力レンズ効果によって遠くの銀河の像を複雑に歪めている。今回の研究では、無数の像が21個の別々の天体に由来することが判明した。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって撮影された銀河団“G165”。重力レンズ効果によって遠くの銀河の像を複雑に歪めている。今回の研究では、無数の像が21個の別々の天体に由来することが判明した。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
銀河の見た目の形は弧状になっているので、これらの像は“Arc(弧)”と名付けられ機械的に番号が振られています。

研究では、“Arc 2”と名付けられた銀河の中に明るい点を発見。
観測データの分析から明らかになったのは、この明るい点がIa型超新星だということでした。

このIa型超新星は銀河“Arc 2”の中にあるので、論文中では仮の名前として“SN 2”と名付けられています。
ただ、研究チームが名付けたのは、ハッブル定数の謎解きに繋がるという“希望”を込めて“SN H0pe”という名前でした。

研究チームは、Ia型超新星“SN H0pe”は銀河“Arc 2”から、わずか5000~7000光年しか離れていないと推定しています。
このことから、おそらく“SN H0pe”は“Arc 2”の伴銀河(衛星銀河)である矮小銀河で発生したと考えられます。

地球から“SN H0pe”までの距離は約162億光年(赤方偏移z=1.78)。
“SN H0pe”は、2013年に見つかった“SN UDS10Wil”の約169億光年(赤方偏移z=1.914)に次いで、2番目に遠いIa型超新星になります。

ユニークなことに、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の画像に現れた“SN H0pe”の像は1つではありませんでした。
重力レンズ効果で像が分裂し、まるで3か所に別々の超新星があるように見えていたんですねー
像を区別するために付けられたのは、“SN 2a”、“SN 2b”、“SN 2c”という枝番。
3つの像に分裂したIa型超新星の観測記録は、2022年に初めて撮影された“AT 2022riv”に次いで2番目のことでした。
図3.Ia型超新星“SN H0pe”の3つの像の明るさを波長別にプロットした光度曲線。誤差は大きいものの、それぞれの像として観測されている光は重力レンズ効果によって異なる経路通ってきたので、明るさが変化するタイミングにズレが生じていると推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図3.Ia型超新星“SN H0pe”の3つの像の明るさを波長別にプロットした光度曲線。誤差は大きいものの、それぞれの像として観測されている光は重力レンズ効果によって異なる経路通ってきたので、明るさが変化するタイミングにズレが生じていると推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)


重力レンズ効果の“地図”を用いたIa型超新星までの正確な距離測定

研究チームが注目したのは、今回発見された“SN H0pe”が持つこれまでにない特徴でした。

まず、“SN H0pe”は3つの像が撮影された2番目のIa型超新星です。
ただ、1番目の“AT 2022riv”と異なり、数週間の間隔をあけて合計3回撮影されていたので、短期間での明るさの変化を計測できました。

3つの像は全て同じ天体なので、本来であれば明るさの変化も同じタイミングで起こるはずです。
でも、3つの像の元となる光は重力レンズ効果によって、それぞれの光が異なる経路を通って地球に到達しているんですねー
そう、経路が違うということは距離も異なり、実際には3つの像の明るさが変化するタイミングにはズレが生じることになります。

このタイミングのズレは、光が通ってきた距離の違いを反映しています。
なので、3つの像それぞれの明るさが変化する様子を元に、重力レンズ効果の強さを精密に計算することができる訳です。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“G165”の詳細な観測データを元に、重力レンズ効果を受けて分裂した無数の像が、それぞれどのような天体に由来するのかも詳細に調べられています。

その結果、地球からの距離が約162億光年の“Arc 2”を中心としたグループに加え、地球からの距離が約184億光年(赤方偏移z=2.24)の別の銀河“Arc 1”を中心としたグループ。
そして、地球からの距離が約155億光年(赤方偏移z=1.65)の銀河のグループという、合計3つのグループが存在することが分かりました。

これらの銀河の距離が判明したことにより、“G165”周辺の無数の像は全部で21個の天体に由来することが明らかになりました。

こうした詳細な銀河の配置と距離に関するデータから、研究チームは“G165”による重力レンズ効果の強さに関する詳細な“地図”を作成することにも成功しています。
図4.今回の研究によって明らかにされた銀河団“G165”の質量分布の等高線。このような精密な“地図”は、将来的に超新星を観測したときに役立つ可能性がある。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図4.今回の研究によって明らかにされた銀河団“G165”の質量分布の等高線。このような精密な“地図”は、将来的に超新星を観測したときに役立つ可能性がある。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
また、“Arc 1”はチリの多い銀河であることが今回判明し、推定される星形成(新たな恒星が作られる過程)の激しさから、超新星の発生確率は1年に1回程度と推定。
その多くは、太陽の8倍以上の質量を持つ恒星が一生の最期に起こす大爆発“II型超新星”(※2)だと推定されます
ただ、研究チームでは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の運用期間中にIa型超新星が観測される可能性もあると考えています。

これらのことから、Ia型超新星“SN H0pe”が発見された銀河団“G165”では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測期間中に、新たなIa型超新星を観測できる可能性があります。
さらに、詳細な重力レンズ効果の“地図”を用いれば、Ia型超新星までの距離が正確に測定でき、ハッブル定数を非常に正確に算出できる可能性もあります。

“SN H0pe”という名前は、ハッブル定数を意味する記号の“H0”と、これまでの観測では実現しなかった距離と精度でハッブル定数を測定できるという“希望(Hope)”をかけたものです。

研究チームが期待しているのは、“G165”を定期的に観測することで、ハッブル定数を絞り込めるということ。
現在の観測結果についても、詳細な研究を追加で発表するそうです。


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宇宙の膨張速度を表すハッブル定数の不一致問題は依然として存在 ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から裏付けられる

2024年03月24日 | 宇宙 space
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を使い、計8個の“Ia型超新星”が出現した6個の銀河について、合計で1000個以上のケフェイドの光度と変光周期を高い精度で観測しています。

観測の結果、ケフェイドの周期・光度関係の誤差を数百分の1に減らすことに成功。
これにより、ケフェイドに別の星の光が混入しハッブル緊張が生じている可能性を否定することができていました。

ただ、銀河までの距離は、過去にハッブル宇宙望遠鏡が“Ia型超新星”を観測して求めた値と、ほとんど変わらず…
宇宙の膨張速度を表すハッブル定数の不一致問題が、依然として存在することが確かめられました。
この研究は、アメリカ・ジョンズ・ホプキンズ大学のAdam Riessさんたちの研究チームが進めています。
図1.渦巻銀河“NGC 5468”。ハッブル宇宙望遠鏡の広視野カメラ3“WFC3”とジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”で撮影された画像を合成したもの。ハッブル宇宙望遠鏡でケフェイド変光星が見つかった銀河としては最も遠く、また“Ia型超新星”も出現しているので、両方の天体を使った距離測定の校正に利用できる重要な銀河となる。(提供:NASA, ESA, CSA, STScI, Adam G. Riess (JHU, STScI)
図1.渦巻銀河“NGC 5468”。ハッブル宇宙望遠鏡の広視野カメラ3“WFC3”とジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”で撮影された画像を合成したもの。ハッブル宇宙望遠鏡でケフェイド変光星が見つかった銀河としては最も遠く、また“Ia型超新星”も出現しているので、両方の天体を使った距離測定の校正に利用できる重要な銀河となる。(提供:NASA, ESA, CSA, STScI, Adam G. Riess (JHU, STScI)


宇宙の膨張速度を表すハッブル定数の相違

私たちの宇宙の現在の膨張族度は“ハッブル定数H0”で表されています。
ハッブル定数は“地球から遠い銀河ほど速く遠ざかっている”という“ハッブル・ルメートルの法則”の比例定数になります。

白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。

“Ia型超新星”は爆発直前の質量がどれも同じで、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
なので、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれています。

超新星は明るい現象であり、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、“Ia型超新星”は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。

この“Ia型超新星”の明るさから距離を求めてハッブル定数を導くと、およそ73.0±1.0km/s/Mpc(距離が1メガパーセク遠くなるごとに、銀河の後退速度が73㎞/sずつ大きくなる)という値になります。

一方、宇宙マイクロ波背景放射を使う方法でもハッブル定数を導くことができます。

宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB)は、ビッグバン後に発せられた“宇宙最初の光”の残光です。
宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長(マイクロ波)で観測され、どの方角からもほぼ同じ強さで到来しています。

宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献しました。

“宇宙マイクロ波背景放射”を観測したデータからハッブル定数を求めてみると、およそ67.4±0.5km/s/Mpcという値が得られています。

この2つの値が誤差などを考えに入れても一致していないことは、“ハッブル緊張(Hubble tension)”(※1)と呼ばれ、現在の宇宙論で最大の謎の一つになっています。
※1.宇宙の膨張速度を表す“ハッブル定数(H0)”には、近くの宇宙で測定した場合の値と、遠い宇宙で測定した場合の値に大きな差が生じる相違、ハッブル定数をめぐる緊張“ハッブル緊張(Hubble tension)”という大きな謎がある。


ケフェイド変光星を用いた精度の校正

ここで問題となるのが、銀河の距離を求める方法に未知の誤差がないかという点です。

宇宙で距離を測る方法にはいくつかあり、使える範囲がそれぞれ限られています。
そのため、遠い天体までの距離を測るには、近い距離を測る方法から順に複数の測定方法をつないで距離を求めています。
これを“宇宙距離梯子”と呼んでいます。

“Ia型超新星”の明るさと距離の関係は、“ケフェイド(セファイドとも呼ぶ)”というタイプの変光星から求めた距離を使って校正されています。

ケフェイドは個々の星を見分けられるくらい近い銀河でしか見えませんが、“明るいものほど変光周期が長い”という性質(周期・光度関係)があり、精度よく距離を決めることができます。

そのため、“Ia型超新星”が出現し、なおかつケフェイドも含まれているような銀河を使えば、“Ia型超新星”という“ものさし”の精度の校正が可能です。
この校正を行うには、“Ia型超新星”もケフェイドも含まれていて、しかもなるべく遠い銀河を使うことが条件となります。

ただ、あまり遠い銀河だとケフェイドを分解できず、別の星の明るさが混ざってしまう可能性が出てくるんですねー
実は、ハッブル緊張の原因として、この“光の混入”があるのではないか、っという指摘がされていました。


比較的新しい宇宙を観測してハッブル定数を求める

アメリカ・ジョンズ・ホプキンズ大学のAdam Riessさんは、“Ia型超新星”を使ってハッブル定数を精密に求める“SHOES”というプロジェクトを率いています。
Riessさんは、“Ia型超新星”の観測から宇宙の加速膨張を発見し、2011年にノーベル物理学賞を共同受賞した一人でもあります。

今回、Riessさんたちはジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を使い、計8個の“Ia型超新星”が出現した6個の銀河について、合計で1000個以上のケフェイドの光度と変光周期を高い精度で観測しています。

その中に含まれていたのが、おとめ座の方向約1億3000万光年彼方に位置する銀河“NGC 5468”でした。
“NGC 5468”は、ケフェイドが見つかった銀河としては最も遠いものになります。
図2.渦巻銀河“NGC 5468”で見つかったケフェイド変光星“P42”。左がジェームズウェッブ宇宙望遠鏡、右がハッブル宇宙望遠鏡による近赤外線画像。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の方が大幅に分解能が向上している。(提供:NASA, ESA, CSA, STScI, Adam G. Riess (JHU, STScI)
図2.渦巻銀河“NGC 5468”で見つかったケフェイド変光星“P42”。左がジェームズウェッブ宇宙望遠鏡、右がハッブル宇宙望遠鏡による近赤外線画像。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の方が大幅に分解能が向上している。(提供:NASA, ESA, CSA, STScI, Adam G. Riess (JHU, STScI)
観測の結果、ケフェイドの周期・光度関係の誤差を数百分の1に減らすことに成功。
このため、ケフェイドに別の星の光が混入しハッブル緊張が生じている可能性を否定することができていました。
でも、銀河までの距離は、過去にハッブル宇宙望遠鏡が“Ia型超新星”を観測して求めた値と、ほとんど変わりませんでした。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡の組み合わせにより、両者の長所を活用することができました。
観測では宇宙距離梯子をさらに上って、ハッブル宇宙望遠鏡の測定が依然として信頼できることが確かめられたことになります。

“Ia型超新星”を使う方法は、いわば数千万~数億年前という、比較的新しい宇宙を観測してハッブル定数を求めています。
もう一方の宇宙マイクロ波背景放射を使う方法は、ビッグバンからわずか38万年しかたっていない時代の宇宙からハッブル定数を導いています。

この2つの時代の間に宇宙の性質がどう変わったのかについては、まだ直接観測されていません。
私たちは、宇宙の始まりと現在とをどうつなぐかを考えるうえで、何かを見落としているのかもしれません。
この何かを見つけ出す必要がありますね。


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なぜ、宇宙最初の光“宇宙マイクロ波背景放射”の偏光は回転するのか? 未知の素粒子や新物理探索の手掛かりになるかも

2024年02月03日 | 宇宙 space
今回の研究では、“宇宙複屈折”と呼ばれる現象に対し“重力レンズ効果”を取り入れた精密な理論計算を実現しています。

宇宙複屈折とは、直線偏光した宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB, (※1))の偏光面が回転する現象です。
※1.生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離され、この現象を“宇宙の再電離”という。宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れたことにより、空間を通り抜けられるようになった“宇宙最初の光”が、現在の空に広がる“宇宙マイクロ波背景放射”として観測されている。宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長で観測される。宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献した。
近年、宇宙マイクロ波背景放射の精密観測データの解析により、その存在が99.9%以上の確実性で報告されています。
未知の素粒子や新物理探索の手掛かりとして注目されていて、近い将来予定されている、宇宙複屈折の高精度な観測の活用のため、理論計算の精密化が求められていました。

そこで、今回の研究では、精密な理論予測に不可欠な重力レンズ補正を解析的に求め、それを取り入れた計算コードの開発に成功しています。

また、このコードを用いて、将来得られる水準の模擬的な観測データを作成・解析した結果、宇宙複屈折による未知の素粒子探索において、重力レンズ効果の考慮が必要不可欠であることを示しています。
この研究は、東京大学 大学院 理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センターで研究を行ってきた理学系研究科物理学専攻博士課程1年の直川史寛大学院生、東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(WPI-Kavli IPMU)の並河俊弥特任助教による共同研究グループが進めています。

本研究は、米国物理学会のフィジカル・レビュー・D(Physical Reveiw D)誌に2023年9月27日付で掲載されました。
また、フィジカル・レビュー・D誌よりEditors' Suggestion(注目論文)に選出されています。
Editors' Suggestionは編集者によって、特に重要で興味深く、よく書かれていると判断された論文が選ばれています。
図1.宇宙複屈折に加え重力レンズ効果を受けた宇宙マイクロ波背景放射偏光イメージ図。宇宙初期に生じた宇宙マイクロ波背景放射の光(左奥)の偏光パターン(図中の白い線)が、宇宙複屈折により回転しながら伝わる。その結果、現在観測される宇宙マイクロ波背景放射(右手前)では、黒い線で表されたようなパターンになる。でも、実際には、中間にある宇宙大規模構造が作り出す重力による時空の歪みで光の進路は曲げられ、右手前の白い線で表される偏光パターンが観測される。(Credit: Naokawa and Namikawa, https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525)
図1.宇宙複屈折に加え重力レンズ効果を受けた宇宙マイクロ波背景放射偏光イメージ図。宇宙初期に生じた宇宙マイクロ波背景放射の光(左奥)の偏光パターン(図中の白い線)が、宇宙複屈折により回転しながら伝わる。その結果、現在観測される宇宙マイクロ波背景放射(右手前)では、黒い線で表されたようなパターンになる。でも、実際には、中間にある宇宙大規模構造が作り出す重力による時空の歪みで光の進路は曲げられ、右手前の白い線で表される偏光パターンが観測される。(Credit: Naokawa and Namikawa, https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525)


宇宙マイクロ波背景放射の偏光の向きと回転現象

“宇宙はどこまで広がっているのか?”や“宇宙はどのように始まったのか?”といった疑問に挑む宇宙論は、基礎物理学に基づく宇宙の理論モデルを、観測的に実証することで前進してきました。

現在、広く受け入れられている標準宇宙論“ラムダ-CDMモデル(※2)”は、宇宙マイクロ背景放射やIa型超新星、遠方銀河の観測などにより実証されてきました。
※2.Λ-CDMモデル(ラムダ・シーディーエム・モデル)は、暗黒エネルギー(Λと表現される)と冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter; CDM)の存在を前提とした宇宙モデル。暗黒エネルギーと暗黒物質の正体は依然不明だが、多くの観測的事実によってそれらの存在が明らかになっている。それを元にしたΛ-CDMモデルは、現在得られている観測事実の説明に最も成功しているモデルで、標準的な宇宙モデルとして受け入れられている。
一方、ラムダ-CDMモデルには、素粒子標準モデルなど現在知られている物理理論では説明できない謎が多く残されています。
暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の存在は、その代表例になります。

日々、新たな理論モデルが構築され、その実証のためにより精度の高い観測や実験が進められています。
2020年には、南雄人さん(当時は大阪大学核物理研究センター)とKavli IPMUシニアフェローを兼ねる小松英一郎さん(マックス・プランク宇宙物理学研究所所長)の研究成果において、宇宙マイクロ波背景放射の観測データから、新たに興味深い現象が勧告されています。
その現象は宇宙複屈折と呼ばれ、宇宙マイクロ波背景放射の“偏光”に関する現象でした。

光は一般に波の性質を持ち、ピンッと張ったロープを揺らした時に伝わる波のように、進行方向に対して垂直に振動します。
この現象を“偏光”と呼びます。

通常、光が進む間、偏光の向きは一定ですが、特別な環境下では回転することが知られています。
ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”が、過去に取得した宇宙マイクロ波背景放射の偏光データを精密に再解析した結果、宇宙マイクロ波背景放射の光も宇宙初期に放たれてから現在までの間に、わずかに偏光の向きが回転している可能性が報告されました。
これが“宇宙複屈折”です。

宇宙複屈折は、現在知られている物理学の理論では説明が極めて難しく、その背後には未知の物理現象が潜んでいると期待されています。
特に有力な候補が、未知の素粒子アクシオン(※3)です。
※3.アクシオンは、素粒子標準模型には存在しない未知の素粒子。元々は量子色力学(QCD)と呼ばれる分野の“強いCP問題”を解決するために考え出された素粒子をアクシオンと呼ぶ(この場合は特にQCDアクシオンとも呼ばれる)。そのQCDアクシオンと同様の特性を持った素粒子をアクシオン素粒子(Axion-Like Particle; ALP)と呼び、暗黒物質や暗黒エネルギーの候補として、現在精力的に探索が進められている。本記事でのアクシオンは、このALPアクシオンのことを指しているが、本文中では単にアクシオンと表記している。
アクシオンは光子と反応し、偏光の向きを回転させることが理論的に知られています。
なので、宇宙全体にアクシオンが一様に分布していれば、報告された宇宙複屈折の説明が可能になります。

さらに、このようなアクシオンは暗黒物質や暗黒エネルギーの役割を果たす可能性もあります。
今後、さらに精度の良い宇宙複屈折の観測を行うことで、アクシオンなど宇宙複屈折を引き起こす物理の正体に迫ることができるはずです。


宇宙マイクロ波背景放射も重力レンズ効果を受けている

将来、宇宙マイクロ波背景放射のさらなる精密な偏光観測は、サイモン図天文台(Simons Observatory)や日本主導のLiteBTRDによって実現される予定で、宇宙複屈折の観測は大幅な精度向上が見込まれます。

これら将来のプロジェクトによる宇宙複屈折の高精度な観測データと、理論的に計算したシグナルを比較することで、アクシオンの質量や光との反応しやすさなどの素性の詳細に迫ることができます。

そのために必要なのが、理論計算の精度の向上です。
でも、これまでの計算では“重力レンズ”と呼ばれる効果が取り入れられておらず、十分な精度の計算が行われていませんでした。

光は原則として宇宙空間を真っ直ぐ進むのですが、その進路の途中にブラックホールや暗黒物質などの重力源がある場合、周りの時空が歪められ、光の進路はわずかに曲げられてしまいます。
この重力がレンズの役割を果たす現象を“重力レンズ”と呼びます。

宇宙マイクロ波背景放射も、宇宙空間に分布する暗黒物質によって重力レンズの効果を受けています。
このため、宇宙マイクロ波背景放射の精密な理論計算を行う場合には、重力レンズ効果も取り入れた計算を行う必要があり、標準宇宙論の枠内では計算方法が確立しています。

でも、宇宙複屈折のような標準宇宙論を超える枠組みでは、回転角が一定となる特殊な場合を除き、重力レンズ補正の方法が確立していませんでした。
将来の宇宙マイクロ波背景放射実験におけるデータ解析では、重力レンズが重要な役割を果たすので、宇宙複屈折の解析おいても重力レンズ補正が必要になります。

そこで、今回の研究では、重力レンズ効果を取り入れた宇宙複屈折の理論計算を確立。
将来の解析で必須となる、重力レンズ効果を含んだ宇宙複屈折の数値計算コードの開発に取り組んでいます。。


宇宙複屈折の分析には重力レンズ補正が必要

研究グループでは、宇宙複屈折のシグナルが重力レンズ効果によって、どのように変化するのかを表す解析的な計算式を求めることになります。

得られた式に基づき、重力レンズ補正を行うプログラムを、中塚洋佑さん(当時は宇宙線研究所)たちによる先行研究Nakatsuka et al.(2022)で開発された計算コードに追加し、宇宙複屈折に対する重力レンズ補正計算を、世界に先駆けて実現。
開発した計算コードを用いて、重力レンズ補正の有無によるシグナルの違いを調べています。

その結果、サイモンズ天文台など将来の地上観測を想定した場合、仮に重力レンズを無視すると、観測される宇宙複屈折のシグナルは理論予言で上手くフィッティングできないので、そのような理論は統計的に排除されることになります。
すなわち、将来観測される宇宙複屈折のシグナルは、重力レンズ効果を入れないとうまく説明できない訳です。

さらに、将来観測で得られるデータを模擬的に生成。
その模擬的なデータを用いて、宇宙複屈折におけるアクシオンの探索で重力レンズ効果がもたらす影響を調べています。

その結果、仮に重力レンズ効果を考慮しないと、観測データから推定されるアクシオンのモデル・パラメータには統計的に有意な系統誤差が生じることが分かりました。
つまり、重力レンズ補正無しでは、誤ったアクシオンモデルを得ることになります。

これらにより、将来の高精度な宇宙複屈折の観測とその分析において、今回開発した重力レンズ補正ツールは必要不可欠なことが分かりました。
図2.重力レンズ効果の有無による宇宙複屈折シグナルの違い。重力レンズ効果の有無による違いを調べたもの。水色の点は重力レンズ効果を無視した場合のシグナル。赤色の点は重力レンズ効果を考慮した場合のシグナル。また、赤色の誤差棒は、宇宙マイクロ波背景放射の将来観測計画であるサイモンズ天文台で観測した際に想定される観測誤差。重力レンズの有無によるシグナルの違いは、観測誤差に対して無視できない大きさである。(F. Naokawa & T. Namikawa “Gravitational lensing effect on cosmic birefringence”, Phys. Rev. D 108, 063525, Copyright (2023) the American Physical Society https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525 より抜粋、一部改変。)
図2.重力レンズ効果の有無による宇宙複屈折シグナルの違い。重力レンズ効果の有無による違いを調べたもの。水色の点は重力レンズ効果を無視した場合のシグナル。赤色の点は重力レンズ効果を考慮した場合のシグナル。また、赤色の誤差棒は、宇宙マイクロ波背景放射の将来観測計画であるサイモンズ天文台で観測した際に想定される観測誤差。重力レンズの有無によるシグナルの違いは、観測誤差に対して無視できない大きさである。(F. Naokawa & T. Namikawa “Gravitational lensing effect on cosmic birefringence”, Phys. Rev. D 108, 063525, Copyright (2023) the American Physical Society
https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525 より抜粋、一部改変。)


宇宙複屈折を用いた新物理探索

宇宙複屈折を用いた新物理探索はすでに幕を開けています。

実際、2022年には宇宙複屈折を活用して、初期暗黒エネルギー(※4)の探索が高精度で行えることが理論的に示されました。
その後、2023年には“プランク”の観測データを用いて実際に初期暗黒エネルギーの探索を実施。
残念ながら、初期暗黒エネルギーが宇宙複屈折を引き起こす証拠は見つかりませんでしたが、この両研究において、今回の研究で開発した重力レンズ補正ツールが既に活用されています。
※4.初期暗黒エネルギーは、宇宙の初期に存在し、現在はその影響が無視できるような暗黒エネルギー。現在の宇宙の加速膨張の起源とされ、存在が広く受け入れられている暗黒エネルギーとは別物。現状、初期暗黒エネルギーの存在を示す証拠はないが、もし存在すればハッブル定数問題(観測手法によってハッブル定数の値に有意なズレが生じている問題)を解決できると期待されている。
また、今後数年のうちに新たな宇宙マイクロ波背景放射偏光観測データが提供される予定です。
例えば、アタカマ宇宙論望遠鏡(Atacama Cosmology Telescope; ACT)による、新たなデータリリースが近いうちに行われる予定があり、研究グループでは今回開発したコードを用いたデータ解析を計画しています。

さらに、サイモンズ天文台など次世代の将来計画が世界中で進行中であり、宇宙複屈折の解析において、本研究で開発した重量レンズ補正ツールは大いに活用されるはずです。
図3.南米チリ北部のアタカマ砂漠(標高5200メートルの高地)で建設中のサイモンズ天文台。小口径望遠鏡では間もなく本格的な観測を開始する。(Credit: Debra Kellner)
図3.南米チリ北部のアタカマ砂漠(標高5200メートルの高地)で建設中のサイモンズ天文台。小口径望遠鏡では間もなく本格的な観測を開始する。(Credit: Debra Kellner)


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直径は10億光年もある? 超巨大な泡状構造を構成する超銀河団の集まり“ホオレイラナ”を発見!

2024年02月02日 | 宇宙 space
この宇宙に存在する銀河はランダムに分布しているのではなく、物理法則に従い規則的に分布していると考えられています。

でも、銀河の分布に対する物理法則による影響はとても小さなものなので、観測で見つかる可能性は低いと考えられてきました。

今回の研究では、これまでで最大規模の銀河分布図“Cosmicflows-4”を使用し、天の川銀河の比較的近くに存在する直径10億光年にも達する巨大な銀河の泡状構造を発見しています。

さらに、この構造は、これまで別々の超銀河団(※1)として個別に発見されていた大規模構造を含んだもの。
研究チームでは、ハワイの創世神話に因み、この構造を“ホオレイラナ(Ho’oleilana)”と名付けています。
※1.超銀河団は、銀河群や銀河団が集まり形成されている銀河の大規模な集団。銀河群は50個程度以下の銀河が、銀河団は数百から1万もの銀河が互いの重力の影響によって集団となったもの。

この研究は、ハワイ大学マノア校のR. Brent Tullyさんたちの研究チームが進めています。
図1、“ホオレイラナ”(画像左側の茶色の円)は、天の川銀河(Milky Way)のすぐ近くにある巨大構造である。緑色は幅約5億光年の大きさを持つ“ラニアケア超銀河団”。(Credit: Frédéric Durillon, Animea Studio; Daniel Pomarède, IRFU, CEA University Paris-Saclay)
図1、“ホオレイラナ”(画像左側の茶色の円)は、天の川銀河(Milky Way)のすぐ近くにある巨大構造である。緑色は幅約5億光年の大きさを持つ“ラニアケア超銀河団”。(Credit: Frédéric Durillon, Animea Studio; Daniel Pomarède, IRFU, CEA University Paris-Saclay)


バリオン音響振動による影響が銀河の分布を決めている

生まれたばかりの宇宙は高温で、原子が電子と原子核に分離した“プラズマ”で満たされていました。
この状態は、宇宙の温度がプラズマを維持できなくなるほど低くなった、誕生から約38万年後まで続いたとされています。

プラズマの中を進む光は電子や原子核に頻繁に衝突して、粒子同士の距離を拡大しようとします。
一方、重力は物質が集まって質量が増えるほど強くなるので、光とは反対に粒子同士の距離を縮めようとする力が働いています。

この正反対の力のせめぎ合いによって、プラズマ内では音波に似た圧力波が発生します。
これを“バリオン音響振動(BAO; Baryon Acoustic Oscillations)”と呼びます。

バリオン音響振動は宇宙のあちこちで発生したので、重なり合う波が互いを強め合ったり打ち消し合ったりする場所が生み出すことになります。

プラズマが消える約38万年後にはバリオン音響振動も消えてしまいましたが、波の重なり合いは物質密度のわずかな差を生み出し、最終的には銀河が発生する“種”になったと考えられています。

なので、現在観測できる銀河の分布を調べることは、バリオン音響振動がどのような現象だったのかを調べることに繋がり、宇宙の物質構成や膨張速度といったパラメータを知る手掛かりにもなります。

ただ、宇宙の物質密度に対するバリオン音響振動の影響はわずかなものなんですねー
このため、これまでの研究では、明確にバリオン音響振動の影響によるものだと決定づけられた宇宙の構造は存在していませんでした。


直径10億光年もの超巨大な構造の発見

当初、研究チームは、天の川銀河の近くにある銀河の分布を調べる研究を進めていました。
でも、バリオン音響振動が関わる内容になるとは想像していなかったそうです。

研究に用いられたのは、銀河の分布図としては最大規模かつ正確なものとなる“Cosmicfliws-4”でした。
図2.天の川銀河の近くにある銀河の3次元分布(中央が天の川銀河)。“ホオレイラナ”を構成する銀河は赤色で示されている。“ホオレイラナ”の一部は“Cosmicflows-4”の範囲外になるので、銀河の分布が描き出す球の一部は欠けているように見える。(Credit: R. Brent Tully, et al.)
図2.天の川銀河の近くにある銀河の3次元分布(中央が天の川銀河)。“ホオレイラナ”を構成する銀河は赤色で示されている。“ホオレイラナ”の一部は“Cosmicflows-4”の範囲外になるので、銀河の分布が描き出す球の一部は欠けているように見える。(Credit: R. Brent Tully, et al.)
ところが、研究を進めていくうちに、研究チームは天の川銀河近くの宇宙に特徴的な構造があることに気付きます。

その構造は、地球から約6億8000万光年(※2)彼方の場所を中心に、多くの銀河がリング状に分布しているように見えていました。
後の調査で、これはリングではなく、3次元的な泡のような構造だと推定されています(※3)

※2.赤方偏移の値はz=0.068。この研究ではハッブル定数について独自の推定を行い、その値を76.9km/s/Mpcとして距離を計算している。一方、通常の遠方宇宙までの距離計算で参照される67.7km/s/Mpcを採用する場合、距離は約9億7000万光年となる。

※3.“ホオレイラナ”の泡のような球面構造という推定は、主に地球に近い銀河の分布で推定されている。遠い銀河になるほど分布が不正確となり、球面を構成しているかどうかも曖昧になっている。また、最も遠い球面の一部はCosmicvlows-4の範囲外であり、データが欠損している。

この構造は、研究チームによって“ホオレイラナ”と名付けられます。
これは、ハワイの創世神話“クムリポ(Kumulipo)”における“Ho'oleilei ka lana a ka Po uliuli(深い暗闇から目覚めのささやきが聞こえた)”という一説に因んでいました。

泡状構造という推定が正しい場合、“ホオレイラナ”は直径10億光年もの超巨大な構造になります。

研究チームでは、2014年に天の川銀河も含まれる“ラニアケア超銀河団”という、幅5億光年もある巨大構造を発見していました。
ただ、今回報告された“ホオレイラナ”はそれを上回り、天の川銀河に比較的近い宇宙では最大の構造になります。

“ホオレイラナ”の発見で分かってきたのは、これまでに知られていた宇宙の大規模構造のいくつかは、“ホオレイラナ”を構成する要素の一部だということ。
“スローン・グレートウォール”、“かんむり座超銀河団”、“おおぐま座超銀河団”、“おとめ座-かみのけ座超銀河団”などは、“ホオレイラナ”の泡状構造を構成する超銀河団ということが判明しています。
図3.別の2方向から見た“ホオレイラナ”の構造。これまで個別に発見されてきた超銀河団は“ホオレイラナ”の一部だと分かる。(Credit: R. Brent Tully, et al. / アニメーションから引用。日本語訳および名称の加筆は彩恵りり氏によるもの)
図3.別の2方向から見た“ホオレイラナ”の構造。これまで個別に発見されてきた超銀河団は“ホオレイラナ”の一部だと分かる。(Credit: R. Brent Tully, et al. / アニメーションから引用。日本語訳および名称の加筆は彩恵りり氏によるもの)
また、“ホオレイラナ”の中心付近には“うしかい座超銀河団”があり、“ホオレイラナ”の内部には“うしかい座ボイド”も存在していました。

“ホオレイラナ”は、あまりにも巨大なので、これまでそのような構造が存在するとは気づかれていませんでした。
一部の超銀河団の配置を元に、かなり大規模な構造が存在するとという研究成果が2016年には報告されていました。
ただ、全容が判明していなかったので、泡状構造の特定には辿り着いていませんでした。

研究チームがこの結論にたどり着くことが出来たのは、“Cosmicflows-4”という広範囲をカバーした銀河の分布図があったおかげ。
“ホオレイラナ”が統計学上の偶然である確率(たまたま銀河が直径10憶光年の泡状構造に分布していた確立)は、1%未満だと見られています。


宇宙の大きな謎についての手掛かり

“ホオレイラナ”が創世神話にちなんで命名されたのは、初期宇宙の“ささやき”とも言えるバリオン音響振動に関係しています。

バリオン音響振動によって生成された構造は、バリオン音響振動が存在できる約38万年の間に移動できる距離に制限されるので、これまでその最大値は5億光年だと考えられてきました。
ただ、“ホオレイラナ”はその制限を大幅に破る巨大構造なので、“ホオレイラナ”を生み出す何かしらの説明が必要でした。

そこで、研究チームが提唱しているのは、初期の宇宙の膨張速度がこれまでの推定よりもずっと大きかったという説です。

ただ、宇宙の膨張速度を表す“ハッブル定数(HO)”には、近くの宇宙で測定した場合の値と、遠い宇宙で測定した場合の値に大きな差が生じる“ハッブル緊張(Hubble tension)”という大きな謎があるんですねー

研究チームが割り出した、“ホオレイラナ”の存在を説明する最も適したハッブル定数は76.9km/s/MPC。
この値は、近くの宇宙で測定されたハッブル定数の値とよく一致するものでした。

“ホオレイラナ”の存在は、現状の宇宙論に何らかの不備があることを示す1つの証拠になります。

数億光年の距離にある“ホオレイラナ”は、宇宙論の研究においては“近所”と言えるほど近い距離にあるので、“ホオレイラナ”の観測によってバリオン音響振動やハッブル定数といった宇宙の大きな謎についての手掛かりが得られる可能性は十分あるようです。


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