すべては愛する宗像のため

福岡県宗像市在住、井上正文のブログです。

知事懇談会(その3)

2006年04月28日 | 大会・対談・取材・講演・研修など
21日に開催された麻生知事と福岡ブロック内21青年会議所理事長対談の続きです。
各理事長から自己紹介とLOMの活動報告が行われ、第1から第5エリアまで各エリアから代表1名の理事長が知事に質問しました。第4エリアを代表し、浮羽JC鑓水大策理事長からは「教育問題」についての質問があり、知事は以下の様なお答えをされました。

鑓水理事長:青年会議所では、郷土愛や道徳心に溢れた青少年育成運動を行っておりますが、JCが取り組んでおります「道徳教育の推進」と、小・中・高で実施されております「総合的学習の時間」について、知事のお考えをお聞かせください。


麻生知事:教育基本法を早く改正すること。我々はどういういう教育をすべきかを決めたのが教育基本法なのです。その教育基本法は1ページの法律で、読んだら分かりますが、今、言われたような「道徳心」や「郷土愛」なんてことは一切書かれていないのです。

では、何を書いてあるかと言うと「民主主義」「自由」「個性」「平等」をやろうということが書いてあり、自国の歴史や郷土とか社会的な倫理とかを教えよとは書いていない。
何故書いてないかというと、法律を作ったのは戦争に負けた直後で、日本人は臥薪嘗胆で復讐してくるのではないかと恐れられたからなのです。

ですから、あの当時、日本人は世界にとって無害な「世界人(コスモポリタン)」になれということで、世界標準的な価値観を教え、日本人としての自覚をさせないような教育を目指したのです。それを我々は今日まで受け取ってやってきたのです。

確かに、我々は世界的な視野や価値を理解する「世界人」を作らなければならない。
しかし、世界人たりうるためには、日本人というものの価値を教えねばならないのです。

JCの皆さんは地域の子ども達に、郷土のこと、日本の伝統や考え方を教えなければと頑張っています。
しかし、教育基本法ではそれらのことを教えることにはなっていないのです。

最近ようやく教育基本法の改正案で「郷土」つまり伝統と文化を大事にしようということになり、「個」を大事にするとともに「公共」を教えなければということを初めて書こうとしています。

それと「ゆとり教育」についてはダメだと思います。
何故ダメかと言えば、そもそも「ゆとり」という概念は教育の目標たりえないからなのです。

「ゆとり」がある方が良いか?「ゆとり」が無い方が良いか?と言えば、「ゆとり」がある方が良いに決まっています。
つまり「ゆとり」という言葉そのものが「絶対善」の言葉なのです。
そういう「絶対善」の言葉を持ってくれば、中身は良く分からなくても反対できないですよ。

我々が用心しなければならないのは、反対させないような「絶対善」の言葉を使うことです。

例えば、「正直なための教育」をすると言えば、誰も反対できません(不正直が良いとは誰も思わないから)。

しかし教育とは「正直は必要である、しかし世の中には不正直者や悪い奴もいる。これに対してどう対処すべきであるか」ということを教えることなのです。

それに「ゆとり」なんてものは測定不可能です。
何をもって「ゆとり教育」が成功したか失敗したか測れない。
このような中身もわからないような目標設定がダメだと言う教訓ですね。

麻生知事はズバリ「それは教育基本法を改正することです」と言い切られました。
私も同感ですし、今、青年会議所は教育問題の本丸に踏み込んでいます。

昨年は福岡ブロック協議会の道徳力創造委員会(林田幸司委員長・浮羽JC)が「福岡から始まる誇りある日本の創造フォーラム~今こそ道徳力の再生そして教育基本法を考える~」を開催し、改正賛成側と反対側が激しくディスカッションしました。

  

憲法改正、皇室典範についても言えることですが、青年会議所の意見を国に発信していくことが大切であると思います。

次回の「知事懇談会(その4)」では、まとめということで、麻生知事の「JCへのメッセージ」を紹介しようと思います。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿