一日中曇り。12-4℃ 寒い一日。
朝から心が凍えるような、有名なコメディアンさんの、コロナウィルスによる死亡のニュース。人ごとではない、私は肺炎も、間質性肺炎も過去に経験している。
相変わらずの強制給餌という苦行は続いている…。色々閉鎖される前に、治療食を注文する。
この苦行の他に、猫の大量のトイレや家事や色々、自分の事など後回しの優雅な朝ではないのを何十年も、馬鹿みたいな人生だと思う、
その後、練習するが、
現在、右手人差し指の関節が曲がり、弓が上手く持てない、だが、新しい薬を投薬できないのはコロナの流行のせいだ、先生は、私はかかったら、とても危険だと仰る。
溜息をつきながら練習する、弓の持ち方を工夫する、鉛筆の持ち方もだ、塾の宿題も紙に回答を書くのが辛い。(だが、パールマンなんか小児麻痺でも名バイオリニストなんだぞ。)
ふと、何もかも虚しくなった、
元々、コロナ以前から最低限の外出しかしていない、贅沢な海外旅行も、夜間の繁華街や風俗などの享楽も、一生経験せずとも私は好いのだ、
唯一の最後の望みは、ここで静かに暮らし、選んだ教室に通っていたいだけなのだが…それもかなわない。これだけ静かに暮らしていても、かかれば、今日の有名人のように重篤化するのか…。
言われなくても、出かけないが👇
今日は塾に宿題を提出する日だ。身支度をする。
とても肌寒い。クローゼットに仕舞った薄いタウンジャケットを取り出し、使い古しのマスク、ベージュの耳当てをつける。就寝時にスポンジでカールした胸あたりまでの毛を束髪に束ね、とかしつけ、背筋をシャンと伸ばす。
土曜日にベルトを直した父の時計をつけた。私は同年代の女性でも背が高いと思うが(164.4㎝)一番小さな穴でもぶかぶかだった。
気合を出して家を出た。
某塾は沢山の小さな子供でごった返していた、私は伝染させられる側の年齢だ、玄関を開け、宿題を提出し、新しい問題を貰って来ただけ、2回目の月謝袋が入っていたが、今の落ち着かない状態で「果たして通う意味があるのだろうか?」と思った。(音楽教室は月謝の請求が今月はない。)
何時もの散歩コースへ出る。
菜の花畑の花びらが散り、徐々に種が実り、スカスカでみそぼらしく見える。
一番若くて綺麗に見える時が旬ではないのだ。黄色くみそぼらしい畑になった時に、菜の花の目的達成なのだ。
そうだな、与えられた問題を解いていると、沢山の事をまだまだ覚えている事、また、枯れ木でも、再び花が咲くことを学んでいるのだから、良いのではないだろうか。
「何よりも目標が、夢と希望があったのではなかったのか?」と、自分に問いかけた。
名残の桜を、一人お花見しながら帰る。
一番気に入っている場所。
クレソンに花がついている。
そして、アケビの花が、めしべが膨らんで小さなアケビ化している。
違う色の種類も植えてある。
このアケビの何とも言えない紫と、雄花と雌花がある事、蝋細工のような質感と、ユニークな形が大好きなのだ。
帰って、再びルーチンワーク。
真面目にやっているが、鳴き声を聴くのも、もう辛い。
うう、どうしても奈落の底に引き戻されるこの作業、じわじわ死を感じて、虚しく前に進めない日々、辛い。
明日は、天気になってほしい。気持ちもね。
最後に、
先程ツイッターで話題になっていると聞きましたが、伝染させない心構えもね、これ、立派だと思いましたね。
ダルビッシュ有(Yu Darvish)
【おまけ】
【麒麟がくる】オープニングテーマ【弦楽合奏Ver.】(Chor.Draft)