雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

哀しい方の人生   第四回

2009-12-29 16:21:36 | 哀しい方の人生

          ( 2 ) 


その夜、石川は妻に小林敦子のことを話した。
名前や仕事に関わる部分は伏せていたが、子供に靴を買ってやれない様子や、何よりも、モナカをもう一つ欲しいと、本当に言いだしにくそうに話す敦子の姿が切なくて、誰かに話さずにはいられなかった。
ひとり胸のうちに収めておくのは、石川には重すぎた。


石川には二人の子供がいた。下の子はまだ保育園である。
住居は自分のものだが、気が遠くなるようなローンを抱えていたし、給料で家族四人が生活していくのは決して楽な状態ではなかった。
しかし、子供の靴を買うことにそれほどの負担はなかったし、足るとか足らないとか言いながらも日常の生活に困ることはなかった。


敦子の生活状態や家族構成も知らなかったが、子供のためにモナカを一つ欲しいと言った彼女の必死さの中には、子供を守ろうとする真剣さが溢れていて、切なくて仕方がなかったのだ。
聞かされる妻は迷惑かも知れないが、石川としては、自分の重苦しい気持ちを薄めるためには、少しばかり分担してもらうしかなかった。


石川の一方的な話が一段落するのを待っていたかのように、妻が席を立った。
話から逃げだしたという様子ではなかったが、石川は理解されていないような不満を感じながらテレビをつけた。

子供たちはすでに寝ていたし、妻も部屋を出ていったままである。
石川は、何かもやもやとしたものを抱えたまま、筋書きがよく分からないドラマを観ていた。


二十分程も経ったと思われる頃、妻が戻ってきた。紙箱をいくつも抱えていた。
それらを食卓の上に置くと、無言のまま再び出ていった。二階へ上がる足音が聞こえ、すぐに戻ってきたが今度も紙箱などを抱えていた。


「どうしたの?」
呆気にとられている石川に、妻はしたり顔で大きくうなずいた。


「いえ、ね。先ほどの若い奥さんのお話、大変だと思うけど、わたしたちには、どうしてあげることもできないわ。それでね、これ、今度の子供会のバザーに出そうと思っていたものなのよ。これを、ね、その奥さんに貰ってもらえないかしら・・・。
うまくお話ししないと、失礼ねって、叱られるかもしれないけど、それは、あなたの仕事よ、ね」


「バザーに出すものだって? ということは、うちでは要らないものばかりなの?」
「そうよ。使えるものもあるけれど、殆どが子供用のものなのよ。先程のお話を聞いて、ちょうどいい靴があると思ったの。本当は明彦に履かせたかった素敵な靴よ。でも、お父様にいただいたのがあったでしょ。他にもいただいたのがあって、ついつい先延ばしにしているうちに、明彦には履けなくなってしまったのよ。でも惜しくって仕舞ってたんだけど、ぼつぼつ整理しようと思って、バザーに出すことに決めてたの。少しぐらいは流行があると思うけど、大丈夫だと思うわ。
ほら、素敵でしょう?」


妻は箱の一つを石川の前に置いた。小さな可愛い靴は、彼にもかすかな見覚えがあった。

「ほら、見て、この靴もいいでしょう? もちろん全然使っていないわよ。それより少し大きいけれど、二歳くらいのものよ。すぐ履けるようになるわ」
「これ、全部が靴なの?」


石川は、妻が運んできたニ十近い紙箱を見回しながら尋ねた。


「まさか・・・。靴はこの二つだけよ。あとは、服とかタオルケットなどよ。こんな大きな箱に入っている靴なんて見たことないわ」
と、妻は笑いながら大きめの箱を開けた。
それは子供用の上着であった。他にも、肌着やタオル地の服やタオルケットなどである。


「タオルなどはうちでも使えるけれど、小さな子供さんにはタオル類はいくらあってもいいはずよ」
「これ、全部あげていいのかい?」


「そのつもりで出してきたのよ。うちで使えるものもあるけど、喜んでもらえるなら全部でもいいわよ」
「バザーはどうするの? 何か出さなくてはいけないんだろう?」


「ええ、何か持って行くわ。石鹸か、シーツなんかで余分なものがあると思うの」
「そう、それなら、これ、持って行ってあげようかな」


「そうして下さいな。バザーも大切だけど、その方のお役立てればうれしいわ。でも・・・、よほどうまく話してくれないと駄目よ。物を貰うって、やはり、抵抗あると思うの」
「そうだね。モナカでもあれだけ受け取らなかった人だもんね。よく考えて、うまくやってみるよ」


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