「戦国立志伝」、
まだまだハマってます。
これはもう
「大志」に移行できる
気がしません・・・。
今回は
1600年のシナリオを
宮本武蔵でプレイ。
宮本武蔵といえば
誰もが一度は
その名を耳にしたことが
あるであろう有名な剣豪。
プレイもさぞや
楽だろうと思うでしょう?
・・・全然
そんなことないんです。
統率32、武勇83、
知略56、政治12
・・・という数値は
このゲームにおいては
非常に使いにくい
パラメーターでして
始めの箱庭内政から
相当時間が掛かりました。
「でも、戦闘だったら
強いんでしょう?」
・・・と思われるでしょうが
このゲームの戦闘は
統率力が守備力、
武勇が攻撃力に
変換されますので
紙の装甲状態。
たとえ副将に
統率力の高い武将を
引き連れたとしても
総大将が武蔵ならば
統率力は変わりませんので
紙装甲は変わらず。
石田三成のように
「君臣分禄」という
特性を持っていれば
副将の力を
活かせるんですけどねー。
数少ない強みの1つは
戦法の「奥義一閃」。
乱戦状態を強化し
一定確率で
混乱状態にする
この戦法は
そこそこ強いです。
ただし、
強化されるのは
乱戦状態のみというのが
なかなかクセモノでして
紙装甲で耐えつつ
ゲージを溜めて
奥義一閃を撃つという
リスキーな戦い方に
なってしまうんです。
黒田軍として
領地を与えられ
ゲームはスタート。
まずは黒田如水や
後藤又兵衛と
親交を深めつつ
力を蓄えますが・・・
準備が整った頃には
時既に遅し。
毛利軍の猛攻に
黒田家はなすすべなく
滅ぼされてしまいます。
毛利家でまた1から
コツコツとやり直し
城主に任命されると
かつての主君、長政様が
部下として配属されました。
「今度はオレが
かわいがってやんよ!
ムフフッ・・・」
どうせなら
如水か又兵衛が
良かったなんて言えない・・・。
この毛利家では
宿命のライバルである
佐々木小次郎との出会いも。
なんて数奇な運命・・・。
長政や小次郎を
はじめとする
4人の部下たちと
また頑張るぞ!
・・・と
思ったのも束の間。
石田軍打倒なんて
無理難題を押し付けられ
逆に蹂躙されてしまい
毛利家もまた滅亡・・・。
石田軍でもまた
長政を右腕として
再スタート。
この時点で徳川家と
互角以上に
渡り合っていた
石田軍の国力は高く
武蔵も着々と
出世していきます。
軍団長を任された
武蔵を支えてくれた
もう1人の有能な部下が
藤堂高虎。
あまりにも有能すぎて
ここから先、
武蔵が戦場に出ることはなく
戦は高虎と長政に
ほぼ丸投げしてました。
両腕の力で
長宗我部家を制圧し
これまた頼りになる
盛親を仲間にした武蔵。
ここからは
東日本を制圧する
徳川家康と
九州から中国地方を
抑えていた
島津義弘との
三国志状態に突入します。
徳川軍と
一進一退の攻防を
繰り広げながら
徐々に中国地方の
島津家を押し返していく
我らが石田軍。
そうこうしているうちに
なんと家康が死去。
まさか三成より先に
逝ってしまうとは・・・!
この頃には
宮本武蔵の名声は
三成の竹馬の友、
大谷吉継と並ぶほど
轟いていました。
・・・まぁ、
命令してるだけなので
部下の高虎や長政も
武蔵と同じくらい
名声あったんですけど(笑)
徳川軍は
石田軍本隊に任せて
武蔵は島津軍との
戦いに専念。
中国地方から
島津軍を完全に
追いやったところで
義弘が死亡。
完全に運を
味方につけた石田軍が
天下を統一したのは
それからほどなくしての
ことでした。
ちなみに
今回のプレイで
石田三成は
天下統一時まで生存。
勝因はやはり
最後まで大将が
立ってくれていたこと
だったのだと思います。
「戦国立志伝」、
何度かプレイしてきましたが
今回の武蔵でのプレイが
一番大変だったように
感じました。
戦闘が取り得のはずが
その戦闘の場面ですら
あまり活躍することが
できませんでしたからね。
もう剣豪プレイは
懲り懲りです・・・。
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