5月10日 おはよう日本
三浦雄一郎さんはこれまでスキーから登山まで数々の冒険に挑戦してきた。
アフリカ最高峰のキリマンジャロからの滑降。
七大陸の最高峰すべてをスキーで制覇。
70歳を過ぎてからはエベレスト登山に挑戦し成功している。
三浦さんが挑むのは3度目のエベレストである。
成功すれば世界最高齢での登頂記録をぬりかえることになる。
三浦さんは現地ネパールのベースキャンプで体を慣らすトレーニングを続け
その後 頂上を目指す。
4月初めエベレストのふもとの町を出発した三浦さん。
60キロの山道を2週間余かけて歩き標高5,000mを超えるベースキャンプに到着した。
(三浦雄一郎さん)
「いま僕がいる場所はエベレストを正面に見た標高5,900mのキャンプ
がけの上です。
一歩ずつ登ると頂上見えてくる。
やっぱりワクワクしてくる。」
三浦さんがいるベースキャンプは空気が平地の半分ほど。
ここで切り立った氷河の上を歩く訓練を繰り返している。
(三浦雄一郎さん)
「代々木公園を散歩するような感じ。
よし もぼってやろうと言う気持ち
調子が良くていいのかなと思うぐらい好調です。」
80歳という年齢を迎えた今なぜ3度目のエベレストを目指すのか。
出発前の会見では
(三浦雄一郎さん)
「究極のアンチエイジングは
“夢を見ること”“チャレンジすること”“成し遂げようとすること”
今回 80歳の私自身のテーマでもある。」
世界最高峰への道の途中には多くの危険が待ち構えている。
最初の難関は崩壊が続く氷河の上を歩くアイスフォール。
これまで多くの登山家が命を落としてきた。
さらに標高8,000メートルを超えるデスゾーン。
強風が吹きつけ平地の3分の1程度しか空気がない過酷な環境である。
(三浦雄一郎さん)
「エベレストは1回1回 まったく異次元の世界
不思議な世界。
3度目というよりこれが初挑戦という気持ちで準備中です。」
こうした厳しい挑戦をサポートするのが三浦さんの次男 豪太さん。
オリンピックに出場したほどのスキーの実力と
医学部で学んだ専門知識で父親の登山を全面的に支えている。
(三浦豪太さん)
「うちの家族は昔から北極だ南極だキリマンジャロだと家族ぐるみでやってきた。
お父さんが何を言い出そうが“しょうがない”“ついていこう”というのが家風。
お父さんと一緒に頂上に立つ。
これが僕の挑戦です。」
立ちはだかる年齢の壁。
しかし三浦さんは限界は乗り越えられると言う。
(三浦雄一郎さん)
「僕自身60歳を超えて病気けががありました。
それに絶対負けず病気やけがを吹き飛ばして
思い切ってやってみよう
チャレンジしてみよう。」
三浦さんは15日ごろにベースキャンプを出発して
そこから1週間後の登頂を目指すことにしている。
三浦雄一郎さんはこれまでスキーから登山まで数々の冒険に挑戦してきた。
アフリカ最高峰のキリマンジャロからの滑降。
七大陸の最高峰すべてをスキーで制覇。
70歳を過ぎてからはエベレスト登山に挑戦し成功している。
三浦さんが挑むのは3度目のエベレストである。
成功すれば世界最高齢での登頂記録をぬりかえることになる。
三浦さんは現地ネパールのベースキャンプで体を慣らすトレーニングを続け
その後 頂上を目指す。
4月初めエベレストのふもとの町を出発した三浦さん。
60キロの山道を2週間余かけて歩き標高5,000mを超えるベースキャンプに到着した。
(三浦雄一郎さん)
「いま僕がいる場所はエベレストを正面に見た標高5,900mのキャンプ
がけの上です。
一歩ずつ登ると頂上見えてくる。
やっぱりワクワクしてくる。」
三浦さんがいるベースキャンプは空気が平地の半分ほど。
ここで切り立った氷河の上を歩く訓練を繰り返している。
(三浦雄一郎さん)
「代々木公園を散歩するような感じ。
よし もぼってやろうと言う気持ち
調子が良くていいのかなと思うぐらい好調です。」
80歳という年齢を迎えた今なぜ3度目のエベレストを目指すのか。
出発前の会見では
(三浦雄一郎さん)
「究極のアンチエイジングは
“夢を見ること”“チャレンジすること”“成し遂げようとすること”
今回 80歳の私自身のテーマでもある。」
世界最高峰への道の途中には多くの危険が待ち構えている。
最初の難関は崩壊が続く氷河の上を歩くアイスフォール。
これまで多くの登山家が命を落としてきた。
さらに標高8,000メートルを超えるデスゾーン。
強風が吹きつけ平地の3分の1程度しか空気がない過酷な環境である。
(三浦雄一郎さん)
「エベレストは1回1回 まったく異次元の世界
不思議な世界。
3度目というよりこれが初挑戦という気持ちで準備中です。」
こうした厳しい挑戦をサポートするのが三浦さんの次男 豪太さん。
オリンピックに出場したほどのスキーの実力と
医学部で学んだ専門知識で父親の登山を全面的に支えている。
(三浦豪太さん)
「うちの家族は昔から北極だ南極だキリマンジャロだと家族ぐるみでやってきた。
お父さんが何を言い出そうが“しょうがない”“ついていこう”というのが家風。
お父さんと一緒に頂上に立つ。
これが僕の挑戦です。」
立ちはだかる年齢の壁。
しかし三浦さんは限界は乗り越えられると言う。
(三浦雄一郎さん)
「僕自身60歳を超えて病気けががありました。
それに絶対負けず病気やけがを吹き飛ばして
思い切ってやってみよう
チャレンジしてみよう。」
三浦さんは15日ごろにベースキャンプを出発して
そこから1週間後の登頂を目指すことにしている。