5月20日付 読売新聞編集手帳
武者小路実篤の色紙に教わった言葉がある。
〈桃栗三年 柿八年 だるまは九年 おれは一生〉。
ことわざに付け加えた後段部分は彼の自作であるらしい。
桃と栗は3年、柿は8年かかってやっと実がなる。
達(だる)磨(ま)大師の場合は「面壁九年(めんぺきくねん)」、
壁に向かって座禅を組むこと9年にして悟りを開いた。
自分はこつこつと一生をかけて実るのだ、と。
ことわざの「桃栗三年柿八年」は、
どんな物事にもそれ相応の年数がかかるものだ、
との教えである。
この震災で親を亡くした子供たちが悲しみを乗り越えていくその旅路は、
どれほどの年数だろう。
3年…8年…9年…おそらくは一生に違いない。
建築家の安藤忠雄さんやノーベル物理学賞の小柴昌俊さんが発起人となり、
「桃・柿育英会」が創設された。
企業や個人から資金を募り、
震災遺児に給付するという。
進学の夢をあきらめることなく、
自分の持てる可能性を思うさま追求できたなら、
一生という長い旅路をたくましく歩き通す支えになるだろう。
みずからの流した涙を水分にして、
世間の人々の思いやりを陽光にして、
桃たち、栗たちがすこやかに実ることを。