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トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「音楽はやめられない。あと300年は続けたいね」マイルス·デイビス

お知らせ

2018-06-18 05:17:50 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
「あなたの騎士(ナイト)になりたい」を読んでいただき、ありがとうございます。

物語はようやく終盤となり、15回で完結の予定です。

ここで、物語の登場人物を簡単にご紹介します。

よろしくお願いいたします。


井上マサヒロ……この物語の「僕」。チェス好きのサラリーマン。

大滝葵……井上の先輩。シングルマザー。チェス愛好会の会長。

賢一……葵の1人息子。

坂口清文……井上の先輩。

鳴神美鈴……「エイリアン」の異名をとるスーパーチェスプレイヤー。

鳴神梓……美鈴の妹。高校生。

鳴神洋子……美鈴と梓の母親。スナック『ポル・ファボール』の経営者。

木下礼治……美鈴と梓の父親。チェスの元日本チャンピオン。木下名人。

尾崎……スナック『アンパッサン』のマスター。

ラルフ・ガーラント……チェスの世界王者。美鈴の恋人。

(実在の人物とはまったく関係ありません)


トロ

連載小説「あなたの騎士(ナイト)になりたい」第10回

2018-06-17 19:03:39 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
「井上くん、やけ酒かい?」
「……違いますよっ」
 葵さんは笑いながら、
「まーいいじゃないの。しょせん、生きてる世界が違うんだよ。それより、梓ちゃんもいいよー。あと2年もしたらすっごくいい女になるかも」
「そ、そんなことないですよ」
 梓は顔を真っ赤にしていた。
 尾崎マスターは、
「それで、美鈴ちゃんは、ほんとにチェスやめちゃうのかい?」
「たぶんね」
「もったいないね……十分チャンピオンを目指せる実力なのに」
「まあ、本人が決めることだからね」
 僕はいつもより酔いが回って、少しぼーっとしていたが、葵さんは、どこか遠くを見るような眼をしていた。
「もう、8年になるんだなあ……」
「……」
「あの人が、余命半年だって宣告されて……毎日、病室にチェス盤を持ち込んで、対戦したっけ。死にそうな病人のくせに、こっちが手加減してやると怒るんだよ。チェスが好きな人だったから」
「そうだったね」
「そのうち駒を持つ力もなくなっちゃったけど、それでも口がきければチェスはできる、なんて言ってた。チェスがあの人の最期の支えだったんだね」
「チェスは、人を幸せにするのか、それとも洋子さんが言ったみたいに、人生を狂わす魔のゲームなのかな」
「それは、その人次第だよ、きっとね」
 葵さんが言った。
「あたしは、チェスのおかげで幸せだよ。あっちの世界であの人に会ったら、またチェスやりたいもんだね。まあ、その時はこっちは婆さんで、とても勝てないかもしれないけどさ」
 僕には、チェスを通じて、葵さんと亡くなった旦那さんが、繋がっているように思えた。

 それから、約半年後……

「くたびれちゃった。もうやめようよ」
 美鈴が大きな欠伸をしながら言った。
「ま、待て……待ってくれよ」
 葵さんは、まだ粘っている。
 美鈴のチェスの実力は、想像を絶するものだった。
 本当に考えて打っているのかと思うほど早いのだが、攻撃も守りも、一分の隙もない。あれよあれよという間に、主導権を握られ、こちらの陣地は丸裸にされてしまう。
 3人同時に美鈴と対戦したが、僕と坂口さんはあっという間にチェックメイトされてしまった。
 もっとも美鈴は100人と対戦したこともあるのだから、実力の1割も発揮していないに違いない。
 これが「エイリアン」の実力というわけか。
 美鈴の恋人、ラルフは、賢一くんとトランプで遊んでいた。初めて会ったとき、日本語がうまいので驚いた。当然といえば当然なのだが。
 梓は、みんなの様子をどこか嬉しそうに眺めている。
 僕らは葵さんの部屋にいた。今日は日曜日。昼間にこうして集まるのは久しぶりだ。
「そういえば、木下名人は?」
 僕は梓に訊いてみた。
「お父さんですか? まだ納得いかないみたいです。ラルフとも会おうとしません」
「頑固だねえ」
「そのうちあきらめると思います、きっと」
「そうそう、ちょっと訊きたいことが」
「なんですか?」
「どうして木下名人は、美鈴にお母さんの名字を名乗らせてるのかな? 自分がチェスを教えたんなら、木下美鈴、って名乗らせればいいと思うけど」
 梓は首をかしげて、
「さあ……鳴神のほうが木下より強そうだからかな」
「そんなもんかな?」
「案外、お母さんとよりを戻したいのかも」
 僕らは、顔を見合わせた。
 そして2人のどちらからともなく、ぷっと吹き出し、大声で笑いあった。


(つづく)




連載小説「あなたの騎士(ナイト)になりたい」第9回

2018-06-16 19:12:20 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
 ささくれ立った心のまま、僕は夕暮れの街を歩いていた。
「井上さん!」
 僕を呼ぶ声がする。梓が追いついてきたようだ。
 少しだけ頭の冷えた僕は、立ち止まった。梓が息を切らしながら、僕の横に立った。
 涙ぐんでいた。
「……ごめんなさい」
「謝ることはないよ」
 冷たい声音にならないよう、気を遣った。
「お姉ちゃん、ほんとはああいう子じゃないんです。きっとチェスで、いやなことがあって……それで……」
「……わかってるよ」
「井上さん、お姉ちゃんを叱ってくれて、ありがとうございました」
「……」
「目が覚めたと思います。お姉ちゃん、お父さんに叱られたことがほとんど無いんです。チェスで負けたとき以外は」
「……」
 それもまた、悲しいもんだな……

「あの馬鹿娘が。骨休めなど、させるのではなかったか! よりによって、チェスをやめるだと? 寝言もたいがいにしろ」
 木下は、せわしなく歩き回りながら、僕らのしらけた視線にも気づかない様子だった。
「世界チャンピオンを狙えるのは20代前半までだ。今、命がけで精進しなければ、なにもかも水の泡だ」
 口を開いたのは、洋子さんだった。
「あいかわらずね、礼治さん」
「なんだと?」
「木下名人、とお呼びしたほうがいいかしら。プライドの塊みたいな方だものね」
 木下は立ち止まると、
「凡人になにがわかる」
 僕は、美鈴が言ったありのままの言葉を、洋子さんと木下に伝えた。その結果がこれだ。
 葵さんが怒り出すかと思ったが、彼女はさっきから頬杖をついて、つまらなそうにしていた。やはりいるのだ、葵さんがケンカすらしない人間というのは。
「あなただって凡人じゃないの。美鈴の才能を自分のことみたいに考えて、ふんぞり返っているだけだわ」
「黙れ。お前のような母親が子をダメにするんだ」
「あなたは、我が子を見る目さえ、チェスの才能があるかどうか、それだけ。美鈴はこのままでは、絶対幸せになれないわ」
 やれやれ。犬も食わないどころではない。まるっきり責任のなすりつけ合いだ。
「あー、はいはい。お二人とも、それぐらいにしときましょう」
 割って入ったのは、さっきからカウンターでグラスを磨いていた尾崎だった。
「とにかく今は、美鈴ちゃんの心と体のことを考えるべきでは? 明日、葵と梓ちゃんが、美鈴ちゃんの泊まってるホテルに行きますから。もしかしたら、体調くずしてるかもしれないわけだし」
 尾崎の言葉が終わらないうちに、木下は出て行ってしまった。

 翌日は土曜日だった。葵さんと梓が、美鈴の様子を見に行って、帰ってきた。
 2人は、僕の部屋に立ち寄った。
「謝ってたよ。立会人さんに申し訳ないことしたって。あんたのことでしょ? 井上くん。ガツンと言ってやったようだね」
 僕はなんとなく、くすぐったいような気分を味わった。案外、素直な女の子なのかもしれない。
「それとさあ……」
 葵さんはそう言って、梓と顔を見合わせる。
「これ、言っちゃっていいかな?」
「別にかまわないと思います」
 なんだ?
「なんでダブルの部屋とってるのか、変だなとは思ったんだけど」
 え?
「彼氏といっしょだった。ラルフ・ガーラントさん。チェスの世界王者の。つきあい始めてもう2年になるって」
「……」
「ちょうど部屋にいたから、握手してきたよ。大きくてごつい手だったなー」
「……」
「彼は23歳だって。ちょうどいい、お似合いの相手かもね」
「……」

 なにを落ち込んでいるのだ? 僕は。

 クイーンには、ふさわしいナイトがすでにそばにいた、というわけだ。


(つづく)




連載小説「あなたの騎士(ナイト)になりたい」第8回

2018-06-15 19:03:28 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
 美鈴は、父の木下礼治とともに、日本に来ていた。
 チェスのトッププレイヤーの生活というのは、試合、移動、準備……そのくり返しだそうだ。
 自分の時間などほとんど無いといっていい。まだ18歳の美鈴には、過酷なところもあったのだろう。せめて少しでも骨休めにと、木下は彼女を日本に連れて来た。
 1週間ほど滞在し、ディズニーランドにでも連れて行く予定だったそうだ。
 しかし、美鈴はホテルから姿を消した。
「とりあえず警察に捜索願は出したそうですが……」
 洋子さんが言った。
「私のところに来ているかもしれないと思ったようです。あの子に限ってそんなことはないと思うんですが」
 心配ではあったが、とりあえず僕らに出来ることは何もなかった。
「何か力になれることがあったら」
 と、僕らは連絡先を教え合って、帰宅することになった。

 1週間ほど経った。
 美鈴に関して、洋子さんからは何も言ってきてはいなかった。
 いまだに見つかっていないのだろうか。
 まさか、事件に巻き込まれたとか……。
 僕はあれから、美鈴のSNSを調べてみたが、現在の居所に関する情報は得られなかった。洋子さんの話では、クレジットカードを持っているはずなので、お金に困ることはないだろう、とのことだった。
 そして、その日の退社時間近くに、僕の携帯が鳴った。
 梓からだ。そういえば番号を教え合ったんだっけ。
「もしもし」
「あの……井上さん?」
「そうだよ。どうしたの?」
「姉が……あたしに連絡してきて」
 思わず立ち上がっていた。
「今どこにいるって? 姉さん」
「ビジネスホテルに泊まっているらしいです」
「そうか、無事なんだね?」
「はい」
 よかった……。
「これから姉と、会う約束なんですが……」
「うん」
「よければ一緒に来ていただけないでしょうか」
「え? 僕が?」
「なんか立会人が必要だとか……ごめんなさい、なに考えてるのか、よくわからない姉なもんですから」
 立会人? いったい何だというんだろう。

 待ち合わせ場所のファミレスに入ると、梓が僕を見つけ、立ち上がってお辞儀をした。
 向かいの席に座っているのが美鈴だろう。僕のほうを見もしなかった。
 なるほど、顔立ちはよく似ている。雰囲気はまったく違っていたが。
 ガラにもなく緊張している自分に気づいた。
 僕は、2人の脇の席に座った。
 美鈴はショートヘアを揺らして、僕のほうを向くと、
「この人が立会人? 頼りなさそうだけど大丈夫なの?」
「お姉ちゃん!」
 梓がとがめても、気にもとめていない様子だ。はっきり言ってムカついた。
「まあいいや、なにか食べよ。あたし、ペペロンチーノと生ビールね」
「生ビールはやめとくんだな。未成年が」
 僕は言った。美鈴が口を尖らせ、にらみつけてくる。
 エイリアンとまで言われたチェスのスーパープレイヤーだが、所詮はただの生意気な小娘だ。
 梓はオレンジジュース、僕はコーヒーを注文した。生ビールは当然、却下である。
 料理が運ばれてくる間、僕らは黙り込んでいたが、
「お姉ちゃん、話ってなに? どうして突然いなくなったりしたの?」
「はいはい。質問は一度に一つずつね」
 美鈴は、なにか食べようと自分から言ったわりには、たいして食欲もなさそうにペペロンチーノを口に運びながら、
「あの人たちに、伝えてほしいの」
「……お父さんとお母さんのこと?」
「そうに決まってるじゃない。いい? よく聴いててね、立会人さんも」
 なんか、馬鹿らしくなってきた。
「あたしは、もうチェスはやめます。あの人たちとも、もう関係ない」
「えっ……?」
「伝えることは、それだけ。梓、あんたともこれっきりね」
「そんな……お姉ちゃん!」
「わかった? 立会人さんも」
 そのとき、僕は黙っていればよかったのかもしれない。
「……にしろ」
 コーヒーをすすりながら言った。
「え?」
「勝手にしろ、と言ったんだよ」
 怒りと、失望が、僕を満たしていた。
「僕はもう帰る。なるほどな、トップがこんなやつじゃ、やっぱり日本はチェス後進国だな」
 梓は、明らかにうろたえていた。美鈴は、無言だった。言わずともよいセリフだったが、僕だって人間なのだ。
「僕も、チェスをやっている。君から見たら子供の遊びだろうがね。チェスの頂点を極めるには、ここまで人間として大切なものを捨てなきゃならないのかい。そう思ったら涙が出てきたよ」
 僕は席を立ち、テーブルに1万円札を叩きつけ、上着をはおった。
「君の言葉は、ご両親にそのまま伝える。立会人としての役目は果たすつもりだ。それじゃ」
 僕は、振り返りもせず店を出た。


(つづく)




連載小説「あなたの騎士(ナイト)になりたい」第7回

2018-06-14 19:14:29 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
「葵さんに5000円」
 尾崎がヒゲを撫でながら言った。店はどうしたのだろうか。
「バクチじゃないんだから……」
 僕は言った。
 再びスナック『ポル・ファボール』。チェス盤を挟んで向かい合っているのは……
 葵さんと、洋子さん。
「叩きのめしてやるよ」
「やってごらんなさいな」
 この世紀の対決(?)は、意外にも洋子さんからの申し出により実現した。
 洋子さんと『アンパッサン』のマスターは旧知の仲であり、彼を通じて、葵さんと勝負したいとの知らせがあったのだった。
「私が勝ったら、この店では今後チェスの話は一切しないこと。わかった?」
「おう、わかったよ。そのかわりあたしが勝ったら、飲み食い一切タダにしてもらうからね」
 はたして、どちらが勝つか?
 葵さんのチェスの実力は相当なものだ。もちろん僕は勝ったことはないし、ネットの対戦でもなかなか相手が見つからないほどだという。
 しかし、洋子さんの実力はまったく未知数だ。木下名人の元妻で、エイリアン鳴神美鈴の母親である。しかも自分から勝負を挑んでくるほどだから、大抵の人には勝つ自信があるのかもしれない。
「よーし、始め」
 双方、立ち上がって一礼する。
 勝負が始まった。
 チェスでは、最初はまずポーンを動かすか、ナイトを動かすか、どちらかしかない。大抵は、ポーンの突き合いから始まる。
 白は葵さん。黒は洋子さん。
 序盤は、オーソドックスな展開だったが、中盤に進むにつれて、白はやや苦しくなってきた。
 黒は駒得を重ね、白の駒は少しずつ減っていく。
 これは……かなり強い。葵さんの額にうっすらと汗がにじむ。
 そして、決定的な瞬間。
 黒が、白のクイーンを取った。
 やばいぞ……。
「どうします? リザイン(投了)する?」
「……まだまだ」
 もはや白陣はスカスカだ。そして黒は、俄然、攻勢に転じた。
「チェック(王手)」
 洋子さんは勝利を確信したように言った。僕の目から見ても、もはや葵さんに勝ち目はないことがわかった。
 チェック。またチェック。
 白のキングは、逃げることしかできない。やがて端に追いやられ、チェックメイトされるのも時間の問題と思われた。
 しかし、ここで初めて、洋子さんが手を止め、考え込んだ。
 どうしたのだろう。明らかに黒が勝つようだが。
 そして、葵さんがルークを動かす。
 あ……!
「試合終了だな」
 尾崎が言った。
 葵さんが大きく息をついた。
「引き分けだ」

「なかなか、やるじゃないの」
 洋子さんが言った。勝負のあとは、なごやかに懇親会となった。
 葵さんは照れくさそうに、
「へへ……でも、あんたの実力がわかったよ」
「私とやって、スティールメイトに持ち込める人はそうそういないわ」
 スティールメイトとは、キングが動けない状態で、なおかつチェックされておらず、他の駒も動かせないことをいう。
 この状態になったとき、自動的に勝負は引き分けとなる。圧倒的に不利なとき、スティールメイトに持って行くのも、技術のひとつだ。
「でも、もう私は、チェスはやらないって決めてたのよ」
「あんなに強いのに? もったいないなあ」
「いろいろと失ったからね……チェスのせいで」
「ふうん……」
「まあ昔の話よ。さて、皆さん、今夜は楽しんでいってね。おごりだから」
 洋子さんが、初めて心からの笑顔を浮かべたようだった。そうすると、梓のほうに似ているように思えた。
 しばらくすると、尾崎は店をバイトに任せてきたとかで、帰っていった。
 梓も、明日は学校だそうだ。
 僕と、葵さん、洋子さん、坂口さんの4人で盛り上がり、楽しい会話は続いた。
 しかし……
 電話が鳴った。
 携帯ではなく、店の固定電話だった。
 時刻は午後10時を回っていた。洋子さんは電話に出て、
「はい、ポル・ファボールでございます」
 そのとたん、洋子さんの表情がこわばった。
「……礼治さん?」
 え?
「ええ、お久しぶり……どうしたの?」
 まさか……
「美鈴が? そんな……!」
 電話の相手は木下名人らしかった。いったい何があったのだろう。
「行方不明ってどういうこと? あなた、今どこにいるの?」
 どうやら尋常ではない事態のようだ。


(つづく)