昨晩ウェンブリーまで行ってきました。ここのスタジアムはフットボールの聖地と呼ばれています。もともとは1948年のロンドン・オリンピックのメイン・スタジアムとして造られたものですが、2003年から改築に着工し、2007年にやっと完成しました。
旧スタジアムには以前の赴任時に何回か来ていますが、象徴的だったツイン・タワーはなくなって、代わりに巨大なアーチが聳えていました。
実は何回か来たと言っても、どれもフットボールではなくコンサートです。ここには同じく1948年のオリンピックで水泳競技に使われたウェンブリー・アリーナがあり、こちらもコンサートによく利用されます。
どちらも大きなキャパシティを持つので、必然的にメジャーなアーティストしか開くことができないとは思います。最後に来たのはスタジアムがマドンナ、アリーナがマライア・キャリーだったと記憶しています。(それにしても我ながら音楽に関しては節操なく、どんなジャンルでも出かけているなぁ)
昨晩はアリーナで行われたフリートウッド・マックのコンサートだったのです。
電車の乗り継ぎがうまく行かずに、開始予定時刻の8時には遅れてしまったのですが、幸い始まったのが約20分遅れ。満員の会場の嵐のような出迎えの歓声から参加することができました。
フリートウッド・マックはめまぐるしくメンバーが替わっていて、ピーター・グリーンのいた初期のブルース・ロックが好きだという人もいるでしょうが、僕は(多分)大抵の人と同じで、スティーヴィー・ニックス、クリスティン・マクヴィーの女性ヴォーカル2人とリンジー・バッキンガムの3つの声が絡む全盛期の彼らが好きです。「噂」、「牙(タスク)」、「ミラージュ」、「タンゴ・イン・ザ・ナイト」とかね。
単純にジャンル分けしたらこの時期は“ポップ・バンド”って言葉で括られるかもしれませんが、その言葉の響きから想像するような明るい脳天気なものじゃなく、彼らの音楽って芯の部分で暗い耽美的なものが感じられるのが、どこか心にひっかかるんです。
そして、それを支えていたのが、スティーヴィー・ニックスの小悪魔的な外見と相俟った独特なハスキー・ヴォイスと、リンジー・バッキンガムの確かなテクニックに裏打ちされた哀愁的なギターだったと思います。
そのふたりがフロントを勤める今のメンバーは、その意味では僕の好みのバンドのままなんです。
懐かしいヒット曲が次々と繰り出された2時間以上のステージ。時にはリンジーがたったひとりで弾き語り(と言っても迫力満点の“Big Love”)をやったりして変化を付けます。いやぁ、上手い!
スティーヴィーとの息もかつてのようにぴったりで、ステージ上で熱い抱擁を見せる場面も。
そのスティーヴィーもちょっと歳は取ったものの(失礼)あの魅力的な声は健在で、ステージ上の動きにたまにハッとさせられます。
でも、このふたりがフロントとして自由に動き回れるのも、ミック・フリートウッドの大きな包容力のあるドラムと、ジョン・マクヴィーの淡々としながらも安定したベースに支えられてのことだと思います。
そう考えたら、今のメンバー構成はある意味理想なのかもしれません。あれだけ紆余曲折を経てきたんだから、もう誰も脱退なんてこと言い出さずに、もっともっと続けていってほしいものだと思います。
旧スタジアムには以前の赴任時に何回か来ていますが、象徴的だったツイン・タワーはなくなって、代わりに巨大なアーチが聳えていました。
実は何回か来たと言っても、どれもフットボールではなくコンサートです。ここには同じく1948年のオリンピックで水泳競技に使われたウェンブリー・アリーナがあり、こちらもコンサートによく利用されます。
どちらも大きなキャパシティを持つので、必然的にメジャーなアーティストしか開くことができないとは思います。最後に来たのはスタジアムがマドンナ、アリーナがマライア・キャリーだったと記憶しています。(それにしても我ながら音楽に関しては節操なく、どんなジャンルでも出かけているなぁ)
昨晩はアリーナで行われたフリートウッド・マックのコンサートだったのです。
電車の乗り継ぎがうまく行かずに、開始予定時刻の8時には遅れてしまったのですが、幸い始まったのが約20分遅れ。満員の会場の嵐のような出迎えの歓声から参加することができました。
フリートウッド・マックはめまぐるしくメンバーが替わっていて、ピーター・グリーンのいた初期のブルース・ロックが好きだという人もいるでしょうが、僕は(多分)大抵の人と同じで、スティーヴィー・ニックス、クリスティン・マクヴィーの女性ヴォーカル2人とリンジー・バッキンガムの3つの声が絡む全盛期の彼らが好きです。「噂」、「牙(タスク)」、「ミラージュ」、「タンゴ・イン・ザ・ナイト」とかね。
単純にジャンル分けしたらこの時期は“ポップ・バンド”って言葉で括られるかもしれませんが、その言葉の響きから想像するような明るい脳天気なものじゃなく、彼らの音楽って芯の部分で暗い耽美的なものが感じられるのが、どこか心にひっかかるんです。
そして、それを支えていたのが、スティーヴィー・ニックスの小悪魔的な外見と相俟った独特なハスキー・ヴォイスと、リンジー・バッキンガムの確かなテクニックに裏打ちされた哀愁的なギターだったと思います。
そのふたりがフロントを勤める今のメンバーは、その意味では僕の好みのバンドのままなんです。
懐かしいヒット曲が次々と繰り出された2時間以上のステージ。時にはリンジーがたったひとりで弾き語り(と言っても迫力満点の“Big Love”)をやったりして変化を付けます。いやぁ、上手い!
スティーヴィーとの息もかつてのようにぴったりで、ステージ上で熱い抱擁を見せる場面も。
そのスティーヴィーもちょっと歳は取ったものの(失礼)あの魅力的な声は健在で、ステージ上の動きにたまにハッとさせられます。
でも、このふたりがフロントとして自由に動き回れるのも、ミック・フリートウッドの大きな包容力のあるドラムと、ジョン・マクヴィーの淡々としながらも安定したベースに支えられてのことだと思います。
そう考えたら、今のメンバー構成はある意味理想なのかもしれません。あれだけ紆余曲折を経てきたんだから、もう誰も脱退なんてこと言い出さずに、もっともっと続けていってほしいものだと思います。
野中氏とは音楽や楽器に関してのSynchronicityがとても多いのですが、今回もBlogを見てびっくりしました。丁度Fleetwood Macのことを考えていたら、野中氏がFleetwood Macの事を書いていました。
実はFleetwood Macは僕が生まれて始めて観たロックコンサートです。1977年11月、大学受験の浪人中に行った武道館。前座は当時まだ知る人ぞ知る、「柳ジョージとレイニーウッド」でした。TVドラマの「祭ばやしが聞こえる」のテーマが大好きだったので、当日前座で彼らが突然出てきた時は狂喜しました。実は数日前、古本屋で見つけた柳ジョージの自伝「敗者復活戦」を読んで、まさにその日のFleetwood Macの前座出演のくだりがあり、とても懐かしく思っていた矢先、Blogを見たら、なんとFleetwood Macのライブの事だったので、これはもうSynchronicityに他ならないですね。
1977年のFleetwood Macは「噂」が出た直後、もちろん最強メンバーの来日でした。とにかく演奏もメンバーのテンションも並みのバンドではなく、初めて見たロックのライブですが、いまだに5本の指に入るライブです。大人のバンド然とした、熱いライブの締め、最後のアンコールがクリスティーン・マクヴィーのピアノの弾き語りで「Song Bird」。武道館中がし~んと静まり返って聞いていました。バンドも観客も最後まで異様なハイテンションで、まさに至福のひとときでした。
いつかHOBNOBもあんなライブをしたいものです。
と言いながら、実は昔君から聞いたフリートウッド・マックの日本でのライヴの様子が印象に残っていたので、一緒にいたらどんな感想を抱くんだろうなと思っていました。
クリスティン・マクヴィまで揃っていたら言うことはなかったんでしょうが、十分堪能できました。翌日改めてCD買いに行ったくらい。
最近知り合ったイギリス人がスパニッシュ・ギター弾きで、何ヶ月かに1回ずつ色んなジャンルの人が集まってコンサートをやっているらしく、来年初めでも参加しないかと言われています。どう、ロンドン・ライヴは?(笑)
HOBNOBのHPで、今後のSOLOライブの予定や当日の模様等もアップしたらいかがでしょうか。
実はアメリカのメーカーに無理言って、Looperの試作品を手に入れたのですが、まだ試運転していません。新居に移ったら試してみます。でもこちらもスガさんのライヴ終了までは自分のことに時間がなかなか取れそうにないかな。