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ロンドンから徒然に

CUT-OUTS

2014-04-28 | アート
 パソコンが変えてしまった仕事内容を挙げるときりがないほどですが、便利なもののひとつはデザインのシミュレーションですね。配置だとかカラーだとか、何通りか試してみることもできますし。

 さて、その意味で興味深いアートがあります。1940年に制作されたマチスの油絵「Still Life with Shell」。実はこれに先だって制作されたcut-out (切り絵)があるんです。意図としては明らかに油絵に取りかかる前の静物の位置の模索だと分かります。

 ところがこれが思いがけないアートの発明となって結晶します。マチスは体調上ペインティングが出来なくなったのでcut-outに向かったのだとよく言われますが、あながちそうとは言えず、この手法が本当に気に入ってのめり込んだのだろうと確信するような展覧会が開かれています。



 テート・モダンでの「HENRI MATISSE : THE CUT-OUTS」。
 120点ものcut-outが揃うことだけでも価値があるのですが、少なくとも3ヶ所必見です。展示室の順番に挙げると;

 (1)まずは「Jazz」。有名なこの本のオリジナルと共に、その原画が全点見られます。僕は過去に一度この複製本を買おうかと思ったことがありますが、それだけでも高くて諦めました(笑)

 (2)また、画家のアトリエの写真などから見る限りでは、もともと組作だったと思われる「The Snail」、「Memory of Oceania」、「Large Composition with Masks」が50年(以上)ぶりに一堂に会します。「Large …」なんて文字通り大きくて10メートルは越すんじゃないかな。

 (3)そして、これだけまとまった数が揃ったことは今までにないと思われる「Blue Nudes」の数々。ほんの少しの位置の違いで印象がとても変わってしまうのがよく分かります。

 展覧会の宣伝文句としてしきりに“once in a lifetime”と言っていますが、確かにこれだけのものを一時に見ることができるのは、一生に一度きりかもしれません。
 テートで9月7日まで開催の後はNYに移動してMOMAで展示されるらしいです。いずれにしろ機会があれば是非!
 と言っても、ロンドンとNYじゃ大抵の人は難しいですよね。一説によれば、日本だと湿度が高すぎて、こういう作品の展示は難しいのだとか。本当かどうかはともかく、残念。

イースター・ホリデー

2014-04-20 | 旅・イベント
 クリスマスの例を挙げるまでもなく、日本では西洋の宗教に関わる文化を独自に消化して、オリジナルとは異なった文化を創り上げていますよね。バレンタインしかり、ハロウィーンしかり。

 でもイースター(復活祭)だけは何故かポピュラーにならない。どうしてかな?やっぱり宗教色が強すぎる?
 でも、この時期を象徴するキャラクターだけ考えれば、エッグだとかバニーだとか、けっこう受けそうな気がするんですけどね。
 このエッグ(今時は大抵が卵の形をしたチョコらしいですが)を隠して子供達に探させるイースター・エッグなんてのも未だに行われています。



 そう言えば以前イースターの時期に、ソフトウェア開発者が仕込む「イースター・エッグ」について触れたような気がします。開発者の名前や顔写真、ユーモア溢れたメッセージをこっそり盛り込んで、特殊な操作をやった時だけ現れるというあれですね。

 これ、ずっと行われているのだと思っていたのですが、最近ではソフトウェアが複雑になり過ぎて、本来の機能とは関係のない遊びの要素が入り込む隙がなくなってきているんだそうです。
 「余裕がない」というのは何にしろ寂しいことではありますね。

 ともかく世の中はイースターホリデー。本来ならば金曜日から月曜日まで4連休なんですが、日本の方とのプロジェクトが進行中だと、なかなかそうも行かず、結局僕もあまり余裕のない生活?

The Past

2014-04-13 | 映画・演劇
 映画「アーティスト」が上映された時は、今時モノクロ映画という逆転の発想に快哉を叫んだものです。ただ正直言って(というか上手く言えませんが)王道から逸れたところで違う光を放ってこそ輝く作品だと思っていたので、まさかアカデミー賞を取るほどのメジャーに踊り出るとは思わずに驚きました。しかも作品賞のみならず、監督賞、主演男優賞を始めとする5部門で受賞するなんて。

 しかし、どうせそこまで制覇するのなら、この女優さんにもノミネートだけでなく賞を取らせてあげたかったです。あの映画は間違いなくこの人の魅力のおかげで成り立っていたわけですから。

 そのベレニス・ベジョがまたまた素晴らしい演技を見せているのが「The Past」(仏原題はそのままの「Le Passé」。日本語タイトルが「ある過去の行方」)。数々の映画賞受賞歴で今や国際的に名高いイランの映画監督アスガル・ファルハーディーの作品です。(「A Separation(別離)」の監督と言えば分かるでしょうか)
 但し、今回の舞台はイランではなく、フランス。言語もフランス語です。



 それにしてもこの映画、どういうジャンルにも括り入れられない不思議な魅力を持っています。
 複雑な人間関係の過去の謎を探る手法はまるでサスペンスだし、その過程であぶり出される本人さえ気付いていたかどうか分からない内面世界の描き方は心理劇とも言えるし、異民族同士の結婚や子供の在り方、不法移民をめぐる問題などは社会派ドラマと見てもおかしくないし……で、それらが中途半端なものでなく、見事に消化されているので、130分という長丁場がたるむことなく良い緊張感で保たれます。

 とはいえ、見終わった後にあるのは爽快感ではありません。誰もが前を見よう、未来に向かって生きようとしながら、結局それぞれの「過去」を引きずって生きざるをえない現実を以てタイトルにしたのかもしれません。

 それにしても、登場人物の誰もが簡単に共感できるような“良い”人物ではないのに(ベレニス・ベジョ演じる主人公も激高タイプだし)見終わる頃にはその誰もを愛おしく思ってしまうのです。大抵好きになる映画って、僕の場合そんな感じなんですよね。

あのWhite Albumのアーティスト

2014-04-06 | アート
 音楽ダウンロードの比率がフィジカルなCDを抜いてしまう時代になると、ジャケットを味わう楽しさがなくなるのがちょっと残念かな。まぁ、それはレコードがCDに取って代わられる時代にも言われたことなんですけどね。

 レコードの時代に、音楽のみならずジャケットでもいつも話題を提供してくれたのがビートルズ。彼らのジャケット・デザインは本当にどれもカッコよくて、音を聴く前からわくわくさせてくれました。(CDの時代になってからの、彼らの編集盤のデザインが全然さえないと感じるのは僕だけ?)
 と言っても、子供の頃にLPを買う金なんてなくて、いつも指をくわえて眺めるだけ(実際に買っていたのは4曲入りのEP)。お小遣いを貯めて初めて買ったアルバムが実はもう後期のサージェント・ペパーズなもので、これにはけっこう思い入れがあります。



 ピーター・ブレイクPeter Blakeデザインのこのヴィヴィッドでポップなジャケットの次のアルバムとなると、さて今度はどんな感じで攻めてくるか?
 …… それがご存じのように、真っ白なジャケットに、これまたシンプルな正式タイトルの「The Beatles」がエンボスされ(写真じゃ見えないだろうけど)、シリアル・ナンバーがプリントされただけの、通称「ホワイト・アルバム」。いやぁ、やられたなぁ。
 これをデザインしたのがリチャード・ハミルトン Richard Hamilton。中に入っていたポスターのデザインもカッコいいコラージュでした。



 そのリチャード・ハミルトンの作品展がテート・モダンで開催中です。
 何だかホワイト・アルバムを連想させるような、白い壁に彼の名前だけが書かれたミニマルなデザインの入口を入ると、しかし中はこれでもかと多面展開を見せる彼のバラエティに富んだ作品群。こんなに多方面の活躍をしていたんだと改めて認識した次第。



 1967年のミック・ジャガーの薬物事件の際の写真を元にした連作「Swingeing London」(“Swinging”じゃないところに注意!)など有名な作品に加えて、歴代の首相(サッチャーやブレアーなど)を扱った「Treatment room」や「Shock and awe」など、時の権力に対する強烈な皮肉に溢れた作品が次々と現れます。

 中でも力が漲っているのが、「The citizen」、「The subject」、「The state」の3点が一堂に会した展示室。The citizenの1点のみはテート・モダンで展示されていましたが、北アイルランド問題を主題にした、これら3点が同時に並ぶと、一種異様な迫力を放つ気がします。

以上の作品を見ることのできるサイトを見つけました。)

 アーティストは時にカナリアに例えられることがあります。炭鉱でガスをいち早く感じる存在のように、時の危うさを誰よりも早く敏感に感じ取って警鐘を鳴らすのはごく当然のことのように思います。であれば、最近ちょっとおかしくなってきている(と僕は思う)「平和」への希求を作品化するのは、政治性というより、アーティストの魂のごく自然な発露なのではないでしょうか。
 東京美術館みたいに、政府の意向に沿わない作品を撤去しようすることなどは、イギリスではまず想像できないですが、もしあったとしたらマスコミの批判が凄いものになるでしょうね。

 そんなことも考えながら展示場を出ると、出口脇にあるカフェの壁に、Living Arts Magazineの表紙用に創られた作品がおまけに(?)描かれていました。