HOBNOBlog

ロンドンから徒然に

カースとピアフ

2012-01-29 | 音楽
 今年になってからちょっと生活がパターン化していたので(それも悪くないけど)日常生活の中から話題を拾えず、つい映画のことについて書くことが多かったのですが、ロンドンを離れる機会ができた週末、皮肉なことにある意味その映画を象徴する場所にいます。

 カンヌです。と言っても映画とは全然関係なく、音楽関連の仕事です。見本市なのですが、これまで何年も経験した中で一番寂しい会場内(ブースや参加者)外(ライヴ)の様子です。音楽業界の活気のなさは今に始まったことではないのですが、今回は特にそれを思い知る旅です。
 誰かが何とかしてくれる(何とかしてくれ!)かもしれないという望みは、もういい加減に断ち切って、それぞれのスタッフやあるいはミュージシャン自身がきちんと意志を持って動かなければならない時なんだと思います。

 もしかしたらこの辛い期間は、音楽(家やスタッフ)が淘汰されて、本当に良いもの達が生き残るチャンスなのかもしれません。自分の“哲学”をしっかりと持って、知恵を出して、行動して…実際中にはそういう人達も見かけられたので、まだまだ音楽業界には期待したいと思っていますが。

 そういう意味でも、今日参加することのできたパトリシア・カースPatricia Kaas(実はデビュー以来ファンで、相当マニアックなコレクションを誇っています・笑)の記者会見は、彼女の歌に対する信念みたいなものを感じられて有意義でした。
 そう、基本的には名前通りプレス関連の集まりだったんですが、スタッフにお願いしたら、会場(これが数十人程度しか入れない狭いところ)に入ってもいいし、質問してもいいよ、と親切だったので甘えることにしました。

 《Kaas chante Piaf》(英語に訳せば《Kaas sings Piaf》)というアルバムが今年の秋に発売されるのですが、これは文字通りパトリシア・カースがエディット・ピアフの歌をカバーするアルバムなのです。彼女はアルバムのリリース後、世界規模のツアーに出る予定です。



 そこで記者会見ではピアフに対する思いだとか、最近出演した映画で演じた役(子供を亡くす母親役)が歌に対して反映した内容だとか、選曲(必ずしも世間に知られたヒット曲ばかりでない)の理由とかが、熱く語られました。



 と言っても、すみません、これ全部フランス語で語られたので、細かい内容までは正直僕の力では理解できなかったんです。
 さらには調子に乗って挙手して質問をしてしまったのですが、結局最後まで英語で質問したのは僕だけで、プレスは皆国内の記者でフランス語ばかりでした。

 ところで、1時間に及ぶこの記者会見が終わった後、嬉しいことが!
 なんと横を通ったパトリシアがサインしてくれたのです。しかも「今はロンドンに住んでいるのよね」と話しかけてくれて。
 ということで、また大切な宝物がひとつ増えました。



じっと立つ

2012-01-26 | 日常
 ロンドンにはそこかしこにわりと大きな公園があるので、ジョギングの場所には困りません。今の住居もまぁそんなに公園に遠くはないのですが、如何せんそこに辿り着くまでにたくさんの観光客と車の波をくぐり抜けなくてはならないので、それはちょっと億劫です。

 そこで夕方のテムズ川沿いをコースに当てていたのですが、もちろんここも観光客が多い上に、何より困るのは公園と違って土の上を走ることができず、ややもすると膝を痛めそうになることです。

 そこで今はもっぱらジムでマシンに頼っているのですが、緑一杯の景色を見ながらというのとは違って変わらぬ殺風景な部屋の中なわけで(隣のマシンの綺麗な女性や、筋骨逞しい若い男性の顔をまじまじと見るわけにもいきませんし)、仕方なく正面の鏡やマシンの出す数字を見ながら汗をかいています。

 単調な動作が続くとどうにも思考の方も単純になるみたいで、いや、“思考”と呼ぶほどのこともない単純な空想が、ふと気付くと頭の中を堂々巡りしていたりします。
 そこで思わず考えてしまったのが、ずっと立っている状態が続く衛兵さんの心理状態。いったい何を考えているのかな?



 ところで、こうやってじっと立っているだけでも下半身の様々な部分は相当力を使っているらしく、ましてやそれでなくても重たい頭にこうしてヘルメット状のものを被っていると、それを支えるエネルギーというのは大変大きいんだと思います。辛い仕事だな。

 案外、隣に立って記念写真を撮りたがる観光客を品定めしながら、退屈をしのいでいたりしてね(笑)

SHAME

2012-01-22 | 映画・演劇
 「何か面白い映画ない?」と訊かれた時に薦めることのできる作品というのは、考えたらなかなか難しいものです。
 自分が好きじゃないものを無理に薦める必要はないし、かといってその人と同じ感性かどうかは、よほど親しくしていないと分かりません。
 先日書いた《The Artist》のような、こういう言い方は悪いけれど“万人向け”の優等生映画ならば、甘口だよとことわった上でまぁ無難に薦めることはできるのですが、今日書こうと思っている《SHAME》の場合は、さて?

 スティーヴ・マックイーン監督とマイケル・ファスベンダーが再び組んだこの映画、結論から言うと傑作です。僕は大好きです。多分この1年が終わっても、最も印象に残った映画として挙げられるんじゃないかと思っています。



 しかるにこの映画、何故誰にでも良いよというのをためらうかというと、もしかして表面だけで判断されてしまわないかなと心配だからです。
 というのも、主人公はセックス依存症、その妹には自傷癖があるという設定で、ヌードもあれば、セックス・シーンも溢れており、中には(書きにくいですが)放尿シーンまであるという内容なんです。
 しかもこれを演じるのがマイケル・ファスベンダーとキャリー・マリガンという人気スターと来ているので、観客の中にはもしかしたら好奇心で観に来ている人もいるかもしれません。

 しかしながらもちろんここに描かれているのは、そんな表象のずっと奥底にあるもの。言葉にすると結局安っぽくしかならないので(というより僕にそれを表現する力がないので)やめておきますが、僕はけっこうこの映画に打ちのめされました。

 それは監督の力、俳優の力はもちろんのこと、もしかしたらNYという大都会の持つ暗い力にも負っているのかもしれません。
 ここに現れるNYには、誰しもがひと目でそうと分かるシンボリックな場所はひとつもなく、それでもそこでひしひしと伝わる空気感が紛れもなくNYなんです。それが劇中のキャリー・マリガンのある歌(なんと歌手をやっています)と、ある台詞と融合して、ますます意味深い場所になっていきます。

 そのキャリー・マリガンも久々に体当たりの演技でした。《Education》で人気と名声を得て以来の彼女の演技は、どこか窮屈そうに僕には感じられたのですが、ここでは吹っ切れて伸び伸びした感じが良かったです。

 しかし何と言ってもマイケル・ファスベンダーの演技。これは凄い!激しい怒り、抑揚のない無関心さ、ずるい心、絶望感……全てをこれ以上ないというくらいパーフェクトに演じていました。彼なくしてはこの映画は成立しなかったかもしれません。

 そしてやっぱりスティーヴ・マックイーン監督の力量。どの場面を切り取っても絵になるアングル、カラー…“アーティスト”としての力量を存分に放っています。
 《ハンガー》でも約10分に及ぶ長回しが見られましたが、この作品にも印象的な長回しが採用されています。
 ひとつは主人公があるいたたまれない事情から夜の街にジョギングに出るシーン。NYの街の(この時は僕には普段のこの街の“喧噪”というよりむしろこう感じられたのですが)“静寂”の中に吐き出される彼の息遣いの強調された音がその時の彼の感情を見事に表現していました。
 そしてもうひとつは職場の同僚の女性との食事のシーン。もしかしたらこの映画で唯一ユーモアに彩られて暖かかった場面かもしれません。

 この映画、こちらでは18歳未満入場禁止の成人映画指定でしたが、映画館はけっこう混んでしました。日本での上映があるのかどうか調べてみたら、当初上映禁止の判断がされそうになったところ、ぼかしを入れることでR18での上映が決まったみたいです。
 相変わらず暴力に甘くセックスに厳しい映倫ですが、正直言って変な期待を持って行ったとしたら肩すかしだと思いますよ。心にガツンと来るシリアスな映画ですもん。

アイアン → ハンガー

2012-01-21 | 映画・演劇
 映画《The Iron Lady》を観てきました。いつもの観客層よりも、やはり年配の方が目立ったような気がします。
 サッチャーの半生を、いや在任中の出来事に絞ったとしても、起きた出来事を表現しようとすると、どうしても表面をなぞるだけのような感じになるのは仕方ないのかな?
 それゆえか、おそらく彼女の内面の悲哀に踏み込もうと、(夫の死を忘れてしまうほど認知症の進んでいる)現在の彼女の状態をベースにして、些細な出来事をトリガーに過去へ展開していくという構成なんですが、やはりいまいち深みに欠け、その意味ではあまり良い出来とは言えないかもしれません。

 でも観る価値があるのはメリル・ストリープの演技。これは想像してはいたもののやはり驚きます。いや、単にそっくりだけならメイクでごまかせることかもしれませんが、年齢相応の身のこなし方とかしゃべり方とか、もう呆れてしまいます。ちなみに当然ながらアクセントはブリティッシュ・イングリッシュでした。

(載せる写真がないので、またサッチャー絡みというこじつけでビッグ・ベンを。最近はこの道を頻繁に通ります。)




 ところでこの映画の中で“テロ”という言葉が使われる時、それはIRAのことなんですね。今更ながらですが、あぁそういう時代だったんだと思い知ります。
 で、ここから連想された別の映画があります。2,3年前に観て非常に感銘を受けた《ハンガーHunger》。同名の映画は何本かありますが、これはスティーヴ・マックイーン監督の手によるアイルランド映画で、1981年に起きた北アイルランド政治犯刑務所での抗議運動が描かれています。

 1981年というともちろんサッチャーが首相の時代で、その時に彼女は北アイルランド紛争関連の囚人達から“政治”犯の権利を剥奪する方針を支持すると表明します。
 これをきっかけにメイズ刑務所の囚人達がブランケット・プロテストやダーティー・プロテスト(衣服の洗浄を拒否したり、糞尿を壁になすりつけたりの非衛生的な抗議です)を繰り返すのですが実を結ばず、やがてそのうちのひとりボビー・サンズBobby Sandsがハンガー・ストライキに突入し、やせ衰えていく姿が連日TVで報道されます。そしてとうとう彼は…

 スティーヴ・マックイーン(ある程度以上の年齢の人が思い浮かべる同名の俳優ではないですよ、念のため)は1999年にターナー賞を受賞したこともあるアフリカ系イギリス人のアーティストなのですが、これが初監督映画でした。
 政治的な(そして、敢えて言うなら糞尿のあふれる不潔な刑務所のシーンなどもある)映画がこれほどにもアートの高みに浄化できるのだと感心したものでした。

 ところで、この映画で主役のボビー・サンズを演じたのが今をときめくマイケル・ファスベンダーMichael Fassbender。彼を主役にスティーヴ・マックイーン監督が第2作を撮ったというので、これも早速観てきました。タイトルは《SHAME》。

 あ、長くなり過ぎましたね。この続きはまた後ほど。

Mind the gap!

2012-01-13 | 旅・イベント
 地下鉄に乗っていると、これは●●行きの●●線で、次の駅は●●、●●に行きたい方はここで乗換を、みたいな親切なアナウンスが頻繁に流れます。
 いや、これ日本じゃ当たり前なんでしょうが、昔のロンドンの地下鉄では殆どアナウンスがなかったような気がするんです。

 自分で次の駅が何か、どこで降りるべきか、しっかり把握しなきゃいけないので神経は使いました。でも、(こういうのって人によって考え方は違うでしょうが)そこが何となく“おとな”の対応でいいな、なんてことを若い頃感じた覚えがあります。

 そのあたりはともかく、昔からずっとやっていたアナウンスは“Mind the gap!”
 ロンドンの地下鉄はホームと車両のすき間(gap)がけっこう空いているところが多いので、それに気をつけろという意味なんですが、このMind the gap!は外国人にとって面白い響きと感じるのか、よく大声でリピートしては笑っている観光客を見かけます。
 日本人には「満員だぞ、ゲップ!」と聞こえる人もいるらしく(笑)そりゃ確かに面白いでしょう。



 gapには他にも色んな日本語を当てはめることができると思いますが、例えば“断絶”や “格差”… 世代の断絶だとか富める人と貧しい人の格差だとか、ね。

 ところで世代の断絶generation gapと言えば、大抵は反抗する若者vs保守的な大人という構図だったと思うんですが、最近の若者は現状に満足していて、あまり自分を不幸とは感じていないんだという話をあちこちで聞きました。だから自分で行動して現状を改革しようという気もないんだとか。

 かたやで富の格差による自分の不幸を周りの人や環境(だけ)のせいにして現状に不満だらけのおとな達…こちらも自分で行動を起こすわけでなく、単に不満を言うだけだとしたら、むしろ見苦しいことになりかねない。
 僕も気をつけよう。Mind the gap!

昨年一番印象的だった女優

2012-01-09 | 映画・演劇
 実は昨日書いた映画「The Artist」に続いて、翌日「The Iron Lady」を見ようかと思ったんです。そうメリル・ストリープが、かのサッチャー元首相を演じるあの映画。
 ところがロンドンの映画館としては珍しいことに、最終回まで予約で満席。こんなのって007シリーズの時にしか経験したことありません。もっとも人気の割に意外と上映館数が少ないので、それも影響してはいるんでしょう。

 それにしてもこれ、かつての首相の半生を描いた映画ってわけでしょ?例えば日本の首相をモデルにしたとして、果たして観たいと思えるんでしょうか?
 ちなみにサッチャーが首相を務めた1979年から1990年までの間の日本の首相というと…..大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹……首相がころころと変わるのは今に始まったことじゃなかったんですね。



 これほどイギリス国民に印象の強いサッチャーならば、その半生記も映画で観たくなる気持ちも分からないではないですが、おそらくメリル・ストリープが演じるということも、その興味をそそる理由のひとつには違いないでしょう。
 今更説明するまでもないこの大女優の華々しい出演暦を辿ると、どれもあまり外れがないばかりでなく、その演じるキャラクターの幅の広さに感心してしまいます。

 で、今日僕が本当に書きたかったのは、実は昨年観た映画を通して一番興味を惹かれた女優のことなんです。この人ならば、もしかしてメリル・ストリープの後を継ぐくらいの演技派に育つんじゃないかと密かに期待しています。

 ジェシカ・チャスティン Jessica Chastain。
 日本でもおそらく「ツリー・オブ・ライフ The Tree of Life」が話題になったことでしょうから、あの映画の中でブラッド・ピットの奥さん役をやった人と言えば分かる方も多いかと思います。殆ど台詞のない役柄の中で、息子を失った悲しみや家族に対する愛情を素晴らしく表現していたと思います。

 昨年はこの他に「The Debt」、「The Help」、「Take Shelter」の3本が公開され、それぞれアクション(なんとモサッドの諜報員役)、コメディ(映画はともかく彼女の役柄的にはコメディと言ってもいいかな)、シリアスな心理ドラマ(主演男優のマイケル・シャノンも良かった)のどれをも見事に演じきっていました。
 さらにこれから、共に俳優のレイフ・ファインズが監督した「Coriolanus」、アル・パチーノが監督した「Wilde Salome」が公開を待っています。楽しみです。
 
 いつの日か、賞レースの常連になりそう…なんて思っていたら、既にゴールデン・グローブの助演女優賞(The Helpの演技で)にノミネートされていました。

新年最初の映画はサイレント

2012-01-08 | 映画・演劇
 気が付くともう年が明けて一週間。今回は年末と新年の繋ぎ目がいつもより曖昧に感じられたのはどうしてかな?
 生活の“区切り”として、もちろん“年”というのは最も重要な単位のひとつなんでしょうが、歳を取る毎に色んな物差しが増えてきて、ものごとの計り方の単位も変わってきているんでしょうね。

 とはいえ、やっぱり新年というのは気持ちを切り替えるには良い機会なんだろうと感じます。
 まっさらなノートに最初の文字を記す時のように、年の一番初めに何をするかは、ある種の緊張感があります。最初に読む本、最初に聴く音楽、最初に……

 そう言えば、年が明けてから5日間。全然映画館に出かけませんでした。
 手帳を見てみると、昨年も一昨年も1年間に映画館で観た映画が丁度100本。大抵は毎週末に時間をやり繰りしなければならないので、年始は良い機会なんですが、いつも行かないのには理由があるんです。
 実は年末に冬休みに入ると連チャンで映画館通いをしてしまうので、年が明けるまでには殆どの映画を見終えてしまい、次のプログラムが始まる年明け一週間まで事欠いてしまうというわけです。

 で、プログラムが変わった昨晩、今年最初の映画として選んだのが「The Artist」。CGや3D全盛の昨今、対極に位置するようなサイレント映画(当然モノクロ)です。舞台となるのは1920年代から30年代にかけてのハリウッド。
 といっても、これ昨年制作されたフランス映画なんです。“白黒”も“無声”もあくまでその体裁を真似ているだけで、実は映画の途中にもちゃんと“音声”は挿入されているのですが、そのわずかな機会の心憎いまでの上手さ。映画を知り尽くしている監督ならではの構成です。



 それに主演男優・女優ともにこの上なく魅力的です。そう、サイレント映画なので当然台詞はなし。にもかかわらず、いやだからこそ、その喜怒哀楽の表現の絶妙さといったら!おまけに脇役として登場する犬までが素晴らしい演技を見せてくれます。

 それにしても、監督(ミシェル・アザナヴィシウス)、主演男優(ジャン・デュジャルダン)、主演女優(ベレニス・ベジョ)の名前を挙げて、一体世間のどれだけの人が知っていることでしょう。「OSS 117」なんて作品を観た人がいたらよほどの映画通だと思います。
 そんな彼らの映画がこれから始まる賞レースの大穴になりそうな気配です。快挙と言ってもいいでしょうね。

 まぁ、そんな賞はさておいても、この映画が観客に愛されているのは映画館に身を置いてみると分かります。スクリーンと一体となった感情が伝わってくるんです。それは必ずしも声だけでなく、何かこう空気感みたいなものだったりもします。エンドロールで拍手が沸き起こる映画というのも久々に経験しました。
 難を言えばあまりに優等生というところかもしれません。ストーリーも先まで読めちゃいますしね。でも、“新年最初の映画”としては満足かな。