英語・ダイエット・その他徒然なるままに

趣味の英語学習(TOEIC 970点)やダイエットの成功談など、色々書いていきます。

受験英語が苦痛なわけ

2016年05月24日 23時03分46秒 | 英語
まあ、いろいろありますよね。このブログでも幾つか述べてきました。クソつまらない選択式の文法問題とか。まあ他にもあるでしょう。センター試験なんかでやらされる発音問題とか、あるいは私大お得意の整序問題とか。あーやだやだ、おぞましいですねぇ。今の私でも好きになれませんよ、こんなの。

でも、よく考えてみると、こんなのは一応英語そのものを扱っている分、まだまだ序の口というか、マシと言えばマシなんです。もちろん、決して面白いものではありませんが、本当の黒幕ではないと思うんです。

では、受験英語を本当につまらない、苦痛あふれるモノにしている”真犯人”は何か?私が思うに、以下の2つのような気がします。

(1)論説調・文学調の文章を読まされること
(2)自由英作文

これら2つに共通する特徴は以下です。

(a)純粋に英語そのものの知識や運用力だけを問うているものではない
(b)たとえ日本語でやらされたとしても苦痛である

bですよb。抽象的で難しい内容の論説文を読めとか、何文字以内で作文しろとか、たとえ日本語でも嫌なはずです。ほとんど現国のテストじゃないですか。こんなのを、まだまだ英語力が未熟な18, 9の学生に、英語でやれと言っているんです。苦痛に決まってます。で、aなんです。結局、何を目的にこんな事をやらせているのか全く意味不明ですよね。現国の試験で問うているのと同じ能力を、わざわざ英語の試験でも重ねて問う必要があるのでしょうか?

英語の試験と言いながら、純粋な英語力の試験になってないんです。英語そのものは大好きだという人でも、こういう試験は苦痛だと感じる可能性は高いですよね。

今の私でも、自由英作文なんて死んでもやりたくないですし(英検にはあるよなー)、英文標準問題精講とか英文解釈教室などの参考書に出てくる英文を読んでいると眠たくなります(安心しろ、受験生諸君!TOEIC 930の英語好きの大人でもこんなもんだ。ただ、油断はするな)。英語そのものの難しさではなくて内容の抽象度の高さに嫌気がさすんです。日本語で難しい本を読まされる時と全く同じ状況ですね。

受験英語の問題は英語の皮をかぶった現国の問題だ、と以前にも言いました。それこそが、受験英語が辛いものになっている最大の理由だと思うのです。

英語力を養成して英語力を測りたいのなら、それ以外の変な要素は極力排除すべきだと思うんですけどね。知の象徴たる大学様のメンツを保ちたいんでしょうか。まあ、昔に比べれば多少はマシなようですが。

そういう意味で、TOEICは”英語力を問う試験”として良くできていると思います。私は大学の先生方と違って頭の出来が悪いので、TOEICみたいな日常生活に密着した分かり易い英語とか、ジャーナリスティックな英語とか、そういう物しか楽しめないですね。