胸が重苦しくなるような、悪夢でうなされるような松本清張の短編小説でした。松本清張の文体は簡潔で無駄がなく読みやすい。これほど読みやすい作家も稀なんじゃないかと思うほどです。それによって読む側もイメージを想起しやすいし、作家によって与えられたテーマも有り得ないと否定する要素がないので、小説を一層リアルに感じてしまうのかもしれないのだろうと思ったりします。
小説は平凡に生きてきた印刷職工が、地獄のような鬼畜道へふとしたことからと落ちていく話なのですが、きっかけは商売が軌道に乗ったことから始まった浮気であったということ。いまここで“ふとしたこと”と書いたのですが、清張の小説はこの一見よくどこにでもあるような出来事に、さりげなく偶然性に感じる点を結ぶことによって、それは目に見えない(神に)操られた糸ではなかったのか、その道行は必然の出来事であったのではないかと感じさせるように仕掛けられているように思います。そしてそれを手法としてはスリリングかつドラマチックに展開していくところに特徴がある。今の時点、数作品読んだ限りではボクはそう感じるのであります。しかしてそれは、どうなのか。人の人生の多くは偶然性の積み重ねの上に成り立っているようにも思えるのです。でも、後から振り返るとそれは必然的なことであったと実感することが度々あるようにも思います。またそう考えないことには、今の現実を不満が先行してしまい肯定的に捉えられないのではないのでしょうか?
この「鬼畜」の主人公も犯罪を犯しながらも、逆説的にどこかで今の自分が置かれた状況をよくも悪くも自分の都合のいいように肯定しないと日々の生活が送れなかったと思います。子殺しは良心の呵責がありながらも、ストレスを回避するためにこれは必要なことなんだと…。麻痺するとはそういった捻れた現実の把握の仕方をすることも一要素としてあるんだろうなと、この重苦しい小説を読みながら感じました。
できるなら、ボク自身、負の連鎖に巻き込まれないようにしたい。自己都合の捻れた現状肯定をしないよう心がけたい。そう思いました。
※このブログの草案を喫茶店で携帯電話から書いていたのですが、出るときボクの名前を呼び捨てで呼ぶ声が、誰かな?と思うと今から30年近く前になる大学時代の先輩でした。大学は京都だったのでこの東京で会うなんて、これは偶然も偶然!のことです。偶然について思考を巡らしていたら偶然の事が起こったというオチで…。
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この「鬼畜」の主人公も犯罪を犯しながらも、逆説的にどこかで今の自分が置かれた状況をよくも悪くも自分の都合のいいように肯定しないと日々の生活が送れなかったと思います。子殺しは良心の呵責がありながらも、ストレスを回避するためにこれは必要なことなんだと…。麻痺するとはそういった捻れた現実の把握の仕方をすることも一要素としてあるんだろうなと、この重苦しい小説を読みながら感じました。
できるなら、ボク自身、負の連鎖に巻き込まれないようにしたい。自己都合の捻れた現状肯定をしないよう心がけたい。そう思いました。
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