
◎2022年7月7日~9日
JALマイレージの有効期限がコロナ禍の特別措置で延びていた。本来なら既に切れている。そろそろ遠出の旅行もいいかと、予約を入れた時点ではコロナも収束に向かいつつあったが、また拡大の傾向が出てきている。一年前にキャンセルをしていたので、今回は半ば仕方がないということで出かけた。ワクチンを3回接種してコロナに罹患したら運命と諦めるしかない。
3年前に奄美大島にいったこともあり、その延長で沖永良部島と与論島に行きたかったが、2泊3日の日程(経済的な理由からこうなった)では移動も忙しいだろうと、沖縄でも行ったことのない宮古島ということにした。宮古島に特別な思いはなく、単にきれいな海を期待しただけのこと。2泊3日とはいっても、羽田発6時25分は早く、また、依然として成田、羽田行きの高速バスは運休のまま。前日に都内のビジネスホテルに泊まることになり、実質3泊になる。
羽田から宮古島への直行便には残念ながら空きがなく、往復ともに那覇乗り換えになってしまった。ちなみに、家には犬がいるし、妻は自分の母親のディサービスへの送迎があって泊まりの旅行はできず、奄美同様に、今回もまた一人旅行になった。状況が違ったとしても、一緒に行くことはないだろう。趣向が全然違う。旅先で夫婦喧嘩ばかりすることになる。
現地ではレンタカーで移動する。このレンタカーがなかなか予約できず、かろうじてキャンセルがあったのか、何とか、事前に確保はできたが、出発寸前まで気をもんでいた。レンタサイクルやらバイクになったら大変だし、タクシーを借り切ったら、持参した金では足が出る。
●7月7日(木)
那覇着9時。那覇発10時35分。宮古着11時25分。空港から外に出るとジリジリと暑かった。関東のじっとりした暑さに慣れきっている身体には厳しい暑さ。おそらく気温は群馬よりも低いだろうが、この湿度の低さが余計な暑さを加えているような気になる。とにかく暑い。
レンタカー屋さんが迎えに来ていた。相手の顔を見てびっくりした。自分に似ている。年格好もほぼ同じ。先方もそれを感じたのか、なるたけ顔をオレの方には向けないようにしていた。
この日は、あまりあちこちの観光スポットには行かなかったというか行けなかった。前日はほとんど寝ていないので身体がだるく、暑さが拍車をかけた。一回りした後にホテルで昼寝してからサンセットを見に行くつもりが、ついオリオンビールを飲んでしまったため、結局、夜は読書とテレビで過ごすことになる。長い夜だった。なかなか寝つけず、テレビは地デジは民放が一社(二社だったか?)しか入らず、BSにしても好みの番組はやっていない。読書をしては、タバコを吸いに(室内で喫煙すると3万円の罰金)外に出る繰り返しだった。
(飛行機内から宮古島の海)

(まずは比嘉ロードパーク)

(ロードパークから1)

(ロードパークから2。ここは断崖の上になっている)

(島尻のマングローブ林1)

(マングローブ林2)

(マングローブ林3)

(マングローブ林4)

(西平安名埼)

(西平安名埼から1。向こうの島は池間島。池間大橋で渡れる)

(西平安名埼で2)

(西平安名埼で3。島内で風力施設をいくつか見た)

(西平安名埼で4)

(西平安名埼で5)

(西ノ浜ビーチで1)

(西ノ浜ビーチで2)

(西ノ浜ビーチで3。池間大橋)

(砂山ビーチで1)

(砂山ビーチで2)

(砂山ビーチで3)

(パイナガマビーチで)

(この日のサンセットはホテルのベランダからで我慢。日没は遅く、これは19時46分に撮った)

ということで初日は終わったが、泳いだり潜ったりするのが目的で来たわけではなく、海を眺めにやってきたのに、矛盾した思いだが、何だかビーチ回りで終わりそうな嫌な予感がする。ガイド本は購入したものの、現地に着くまで目を通すこともなく、とりあえず比嘉ロードパークに行き、ガイドブックの地図を見て次はどこというふうに決めるという、初日から行きあたりばったりになってしまったし、効率良く回ったわけでもない。
沖縄本島でもそうだが、この宮古島もまたサトウキビ畑が多い。海から離れればサトウキビだらけ。また、台湾と同様に、正式名称は知らないが、家のような造りの墓が多かったのが印象的だった。
こんなに汗をかき、シャワーばかり浴びることになるとは予想もせず、持参の下着やTシャツが足りなくなりそうで、初日から買い足しに行き、ついでに百均でサンダル(税込み330円)を買った。
この日の夕食は、沖縄のそばを食べたいとも思わなかったので、札幌ラーメン屋で済ませた。たいしておいしくもなかったが、生ビールだけは五臓六腑に染み渡った。これって、内臓まで熱を帯びているせいだろうか。
●7月8日(金)
今日のメインは伊良部大橋を渡って伊良部島に行くこと。取りあえずは牧山展望台に寄り、後は気分であちこちを回る。昨日のうちに予定を立てるつもりでいたが、そう律儀なことはできないなと途中でやめた。ただ、昼に一旦、ホテルに戻り、昼寝をしてからサンセット見物に行くことだけは確実に実行しよう。またビールを飲みたくなるだろうが、しばらく寝るからいいか。
(伊良部大橋。向こうが伊良部島。宮古島市には民間用の空港が二つある。一つは宮古空港、もう一つが下地島空港になるのだが、その下地島空港が伊良部島にある。橋は全長3.5km。無料で通行できる)

(牧山展望台)

(展望台から伊良部大橋)

(展望台から。展望台の下は森になっていて、探索できるようになっているのだが、脇道に入る人の姿はなかったので敢えて入り込むことはしなかった)

(ヤマトブー岩)

(サバ沖井戸に下る途中で)

(井戸とはいっても、水がカラカラだ。左に井戸が見えている)

(井戸。結構深かった。4mはあったか)

(駐車場に戻るところから)

(伊良部島最北端の白鳥崎)

(白鳥崎で1)

(白鳥崎で2)

(白鳥崎で3)

(クモといったらこれしか見かけなかった。オオジョロウグモとのこと。日本最大のクモで、
毒性は弱いらしい)

(これには白鳥岬とある)

(佐和田の浜1)

(佐和田の浜から2)

(佐和田の浜3)

(佐和田の浜4。朝顔だらけだった)

(佐和田の浜5)

(佐和田の浜6)

(通り池の入口)

(こんなところを歩いて行くと)

(通り池)

(反対側にも)

(板張りの遊歩道が続いていた)

(渡口の浜1)

(渡口の浜2)

(渡口の浜3)

(渡口の浜4)

(浜の近くに鳥居があった。普通の神社とは違うのだろうか)

(宮古島に戻る。伊良部大橋のパーキングから)

ここで伊良部島は終わりとするが、気になることがあった。沖縄県のコロナ感染者数は多い。どうも、沖縄の暑さのせいのような気がする。マスクをすると蒸れるし、呼吸もしづらい。特に観光客はマスクをつい外してしまう。外して歩いている人がいるから他の人も外す。これが、観光地の光景だ。自分とて外した。街の中でマスクを外して歩いている人の姿は見かけない。ホテルもまた厳しく、体温測定、消毒の励行に限らず、朝食時はビニール手袋を渡される。こういった矛盾した観光客の行動が徒にコロナ感染者の増加につながっているのではないだろうか。
昼食の時間まではまだ早いので野原岳の霊石でも見に行くことにする。野原岳(標高109m)は島で一番高い山、とはいっても、他に山らしきものはないが、当初、この山に登るつもりで調べると、周囲は自衛隊の施設で、三角点そのものも見ることはできないようだし、自衛隊にかかわらないルートで行くと、かなりのヤブ漕ぎを強いられるようだ。実際に歩いた人のレポを見ると、全身にドロボウ草を付けることになったらしい。せめて、中腹にあるという霊石だけでも見ておきたい。
(訪れる人もあまりいないのか、案内板も見落としてしまう)

(やはりヤブ道が続いた。ここに行き着いた。途中、例のオオジョロウグモの蜘蛛の網に2回ひっかかった。右にあるのが霊石)

(霊石。由来の説明版を読んだが、今一つぴんとこなかった。すぐに戻ったが、ドロボウ草が20本ほどズボンにくっついていた)

食事をしようと、また沖縄そばになるのだが、ガイドブックで人気の店に行ってみると、外に並んでいた。観光地であろうと、自分には並んでまで食べるという習慣はないので、別の店にする。ガイドブックで他の店をあたる。結局、そこはホテルの近くで、そこで古謝そばという宮古そばの店オリジナル版を食べた。おいしかった。この店もまた外に数人いたが、こちらは一人だったので、カウンター席にすんなりと入れた。
コンビニに寄って、オリオンビールを買い、ホテルに入る。後の予定はサンセットだけだ。ガツガツ見て回っても暑いだけで、ビーチめぐりになりかねない。本当に、宮古島は見どころが少ない島だとここに至ってわかった。マリンスポーツ目的なら最高のスポットだろうが。
シャワーを浴びてベッドに横になり、テレビを入れると、安倍の狙撃事件をやっていた。ビールを飲みながらダラダラと見てしまった。だが、ニュースに心肺停止情報からの進展はなく、狙撃時のビデオを延々と流していた。心肺停止では死んだも同じだし、発表を控えているだけのことだろうか。ニュースも飽きたので読書をしながら少し寝た。
政治のことやこの事件のこと、ここでどうこう記すつもりはない。ただ、個人的には安倍政治の功罪は罪過の面が多いと思っている。それは、フリーになった首相退任後の行動にも現れている。元より、自分は特定政党の支持者ではないが、自民党には投票したことはない。自分が高校生あたりの頃の自民党は、派閥にしてもそれぞれに政策、方向性というものがあった。右翼的な青嵐会しかりだ。今の派閥は政策集団ではなく、ただの利害関係の集まりのようで、何とも異様だ。必然的に、派閥の力学で日本国の指導者が決まる。そんな先進国が他にあるだろうか。対抗するしかるべき野党の存在が薄すぎる。安倍は自らの派閥を膨張させた。集まる議員もまた、安倍につけば、それなりに役得にもありつけるからと思ってのことなのだろうか。岸田は安倍の存在が本音のところでは煙かったのではあるまいか。岸田に確固たる政治信条というのがあればのことだが、内政、逼迫しつつある経済立て直しよりも、参議院選挙の勝利に勢いづいて憲法改定を優先するようでは…。これ以上は記すまい。勝手な想像と私見だ。これにコメントを入れられても困る。
少しは寝られたようだ。すっきりしている。日没まではまだ時間もある。それまでの時間つぶしに、これもまた橋(来間大橋)を渡って行ける来間島を一周してこようか。
ガイドブックには、来間島のスポットとして竜宮城展望台と長間浜ビーチが載っている。ビーチはもういい。竜宮城の方はカーナビで探しても出ず、スマホのグーグルマップの案内に頼ったが、おかしなところに連れていかれ、結局、車から外に出ることはなく島内一周のドライブで終わってしまった。ところで、この旅行では中華タブレットを持参していた。目的は道案内やら、スポット探しに使うつもりでいたわけだが、肝心のポケットWiFiがエリア外で、ホテル以外で使うことはなかった。
(前浜ビーチから。18時25分。日没までまだまだ)

(砂浜に自分の長い影。見える橋は来間大橋)

橋を渡って宮古島。与那覇前浜ビーチに寄る。ビーチに飽きているはずなのに、ここに寄ったのは、ここもサンセットのスポットであるということからだ。まだ日没まで一時間以上あるのに、時間的にマリンプレイは終わりだ。それでいて、観光客の車は増え始めている。サンセットが目的であることは確かだろうが、人気食堂と同様に、暑い中を待つのはつらい。エアコンつけっ放しで、ラジオニュースで安倍の狙撃事件がどうなったのか聞いて時間つぶしをするのも手だが、エンジンをかけたまま車の中にいるのもどうかと思う。やはり、サンセットはトゥリバービーチにしよう。移動する。
前浜からはさほどに時間はかからなかった。カーナビはセットしていたが、わざと道を間違えたり、サトウキビ畑の傍らにある水撒きスプリンクラーの側に車を置いて、定期的にやってくるスプリンクラーの水を意味もなく車にあてて涼を求めたりで、ここでも時間つぶしになった。
トゥリバービーチに着いたのは19時。まだ30分はある。一旦、スポットまで行き、まだかと車に戻り、だれもいないところでタバコを吸って出直しした。
(トゥリバービーチで。19時15分。橋は伊良部大橋)

(飛び立つ飛行機)

(ようやく隠れかかった)

(19時38分。日没)

(南の空には半月)

(きれいな夕焼けだった。右に立つのは人影。まだ居残っていた人が何人かいた)

サンセットを見ればこの日は終了。ホテルに戻り、明日はもう帰るし、せめて近くの地元の飲み屋で飲みたかったが、駐車場に車をとめてうろついても、昼食をとったそば屋しかなかった。窓ガラス相手のカウンター席で一人飲んでも面白くもない。寂しいが、コンビニで缶チューと缶ビール、ハイボールを買って、部屋でごちゃ混ぜで飲んだ。つまみは地元魚介の弁当。宮古島のコンビニは不思議にファミリーマートしかなかった。
安倍死去のニュースをテレビで見ながら思った。不謹慎かもしれないが、天罰という言葉が浮かんだ。狙撃の動機は天罰という言葉からはほど遠いようだ。
寝る前にシャワーを浴びる。朝からシャワーを4回浴びた。宮古島で買い足したパンツ(この場合のパンツとは下着)も追いつかずに洗った。Tシャツに半ズボン、サンダル、サングラス、帽子が今日のスタイルだった。明日の帰路の飛行機でこの格好での搭乗はいただけない。出発までは良しとして、レンタカー返却前に来た時の格好に戻るしかない。その時のシャツとズボンは洗って、すでに乾いていた。ホテルを出る時の荷物を多くしたくはない。寝る前に着替えは車に運んでおいた。
●7月9日(土)
今日の予定は東平安名埼。西平安名埼には初日に行っていた。きれいな海にはあくびも出かかっていたが、東平安名埼は宮古島の南東端にあり、灯台もあるようだ。レンタカーの返却は12時。そこでのんびりしてもいいが、暑いのでは無理だろう。エアコンの効いた車内にいるのが一番いいに決まっている。ということは、車を走らせ続けることになる。できれば、この年でどうかとは思うが、ハート岩も見ておいてもいいか。今日はそれで決まり。
東平安名埼に向かう。一路でいくつもりでいたが、途中でインギャーマリンガーデンなる標識を見かけたのでそちらに曲がる。自衛隊の訓練施設前を通過。寄り道にしては随分と走っている。自分がどこにいるのかわからなくなり、車を止め、ガイドブックの地図を広げた。間違ってはいないようだ。途中にムイガー断崖というスポットもある。発進しようとルームミラーを見ると、訓練所の守衛がじっとこちらを見ていた。警戒されたらしい。ここの訓練所の前には「ミサイル配備断固反対!」と記された旗がいくつもなびいていた。まさか自衛隊が立てたわけではなかろう。本土の人に比べ、沖縄の人たちは台湾有事にはピリピリしているはずだ。
(ムイガー断崖)

(階段を登って)

(あれが断崖かと思う。太陽光が直射して暗くなった)

(丘の上の東屋。風は通っているが涼しさはまったくない)

(丘から。これは太平洋になる)

(インギャーマリンガーデンで1)

(インギャーマリンガーデンで2)

(インギャーマリンガーデンで3)

(インギャーマリンガーデンで4)

(インギャーマリンガーデンで5)

(インギャーマリンガーデンで6)

(インギャーマリンガーデンで7)

(インギャーマリンガーデンで8)

(インギャーマリンガーデンで9)

(インギャーマリンガーデンで10。カメラを構えたら、オバチャン3人組がポーズをとった)

インギャーマリンガーデンは予想以上に楽しめた。結構歩き、丘にも登った。宮古島にもう来ることはないだろうが、来る機会があったとしたら、ここと後の東平安名埼だけは外すまい。
来た道を戻って東平安名埼に向かう。ここでも、観光客のノーマスクが横行していた。
この三日間、有料の見学施設はどこもなかった。すべて無料。東平安名埼だけは違った。協力金の名目で半ば強制的な入場料を300円、灯台も300円徴収された。ここも当たり前のように無料と思っていただけに、カメラ以外に小銭入れしか持っていなかったし、少々慌てた。かろうじて計600円はあったので灯台にも上ることはできたが、これまでずっと無料だったし、きれいな海も楽しめたので、ここで金を出し渋るわけにもいかない。
(東平安名埼で1。ここでは「崎」になっているが、イラスト看板では「埼」になっていた。どちらでもよいということだろうが、ここでは「埼」に統一した)

(東平安名埼で2。岩は墓。奥に灯台。)

(東平安名埼で3。マムヤの墓)

(東平安名埼で4)

(東平安名埼で5。奥の方の海の色の違いに注意してもらいたい)

(東平安名埼で6。色の濃いのが太平洋で、薄いのが東シナ海になる。ここは二つの海が混在している)

(東平安名埼で7。灯台から)

(東平安名埼で8。灯台から)

(東平安名埼で9。灯台から。色の違いはこれが分かりやすいかも)

(東平安名埼で10。灯台から)

(東平安名埼で12。灯台)

(ラスト。だぶったが、この景色が好きだった)

ちょっとしたハプニングがあった。灯台に入る際、係のジイサンがカップル相手に三線を弾きながら島歌を披露していた。そのため、300円は後払いにしてくれと言われ、一通り見てから下ったところ、今度は団体さんが入って来て慌しくなった。係はジイサンだけだった。窓口に300円置いて立ち去ったところ、しばらく行ったところで件のジイサンが大声でオレのことを呼んでいる。何事かと思ったら、このジイサン、サービスで島歌を聞かせているようで、オレにも披露したかったようだ。カップル相手にやっていたジイサンの演奏は、しっかりと上まで聞こえていた。聞かせていただいたからと丁重にお礼を言って引き上げた。
車に戻った。ラストはハート岩。グーグルマップで調べると、レンタカーは満タン返しのため、スタンドにも寄らねばならず、ハート岩に行くと12時半を過ぎてしまいそうだ。ハート岩はあきらめた。
時間も余裕になったので、だれもいない広いところで、生ぬるい海風にあたりながら一服し、車のエンジンをかけてエアコンにあたる。少しは涼しくなったところで後部座席に移動して着替える。レンタカーはダイハツのトールとかいう車だった。後部座席の足元は広く、普通、窮屈な車内で着替えると、足が攣ったりするものだが、楽に着替えることができた。半ズボンからズボン、下着の上にシャツと暑苦しくなった。一旦、引いた汗もまた垂れてきた。
制限速度で運転してスタンドへ。この島の人たちというよりも観光客のレンタカーだろうか、一時停止もせずに本道に入り込んだり、周囲の確認もせずにいきなり飛び込んできたりと、何度もヒヤヒヤしたし、急ブレーキを踏む回数も多かった。
指定のガソリンスタンドはJAだった。自分の感覚では、JAは安いと思い込んでいたが、レギュラーガソリンが1リッター191円だったのには驚いた。おそらく、輸送代も加わっているのだろう。
車を返却して空港へ。時間はまだあったので、空港内のレストランで生ビールを飲み、宮古そばを食べた。いずれも770円だったが、ここの宮古そばはまずかった。
往復ともに、乗り継ぎ便も含め、飛行機は満席だった。
山歩きをからめない旅行に行くことは、この先しばらくはないだろうが、おそらく、また海を見に行く旅行になるだろう。子供の頃から、海は遠いところで、一種のあこがれのようなものが今でもある。
今回の宮古島旅行、目的の海がきれいで良かったという結果になるが、行く時期選びには失敗したようだ。特に、奄美、沖縄方面に行く場合は、梅雨明けの夏場は避けた方が無難だろう。とにかく暑いし、マスクもつらい。台風の時期は、予測はどうにも直前でないとつかないが、避けた方が無難。ヘタをすれば、ホテルの部屋でじっとテレビを見ていることになる。今回は幸いにも台風4号が去った後だったからラッキーともいえた。
JALマイレージの有効期限がコロナ禍の特別措置で延びていた。本来なら既に切れている。そろそろ遠出の旅行もいいかと、予約を入れた時点ではコロナも収束に向かいつつあったが、また拡大の傾向が出てきている。一年前にキャンセルをしていたので、今回は半ば仕方がないということで出かけた。ワクチンを3回接種してコロナに罹患したら運命と諦めるしかない。
3年前に奄美大島にいったこともあり、その延長で沖永良部島と与論島に行きたかったが、2泊3日の日程(経済的な理由からこうなった)では移動も忙しいだろうと、沖縄でも行ったことのない宮古島ということにした。宮古島に特別な思いはなく、単にきれいな海を期待しただけのこと。2泊3日とはいっても、羽田発6時25分は早く、また、依然として成田、羽田行きの高速バスは運休のまま。前日に都内のビジネスホテルに泊まることになり、実質3泊になる。
羽田から宮古島への直行便には残念ながら空きがなく、往復ともに那覇乗り換えになってしまった。ちなみに、家には犬がいるし、妻は自分の母親のディサービスへの送迎があって泊まりの旅行はできず、奄美同様に、今回もまた一人旅行になった。状況が違ったとしても、一緒に行くことはないだろう。趣向が全然違う。旅先で夫婦喧嘩ばかりすることになる。
現地ではレンタカーで移動する。このレンタカーがなかなか予約できず、かろうじてキャンセルがあったのか、何とか、事前に確保はできたが、出発寸前まで気をもんでいた。レンタサイクルやらバイクになったら大変だし、タクシーを借り切ったら、持参した金では足が出る。
●7月7日(木)
那覇着9時。那覇発10時35分。宮古着11時25分。空港から外に出るとジリジリと暑かった。関東のじっとりした暑さに慣れきっている身体には厳しい暑さ。おそらく気温は群馬よりも低いだろうが、この湿度の低さが余計な暑さを加えているような気になる。とにかく暑い。
レンタカー屋さんが迎えに来ていた。相手の顔を見てびっくりした。自分に似ている。年格好もほぼ同じ。先方もそれを感じたのか、なるたけ顔をオレの方には向けないようにしていた。
この日は、あまりあちこちの観光スポットには行かなかったというか行けなかった。前日はほとんど寝ていないので身体がだるく、暑さが拍車をかけた。一回りした後にホテルで昼寝してからサンセットを見に行くつもりが、ついオリオンビールを飲んでしまったため、結局、夜は読書とテレビで過ごすことになる。長い夜だった。なかなか寝つけず、テレビは地デジは民放が一社(二社だったか?)しか入らず、BSにしても好みの番組はやっていない。読書をしては、タバコを吸いに(室内で喫煙すると3万円の罰金)外に出る繰り返しだった。
(飛行機内から宮古島の海)

(まずは比嘉ロードパーク)

(ロードパークから1)

(ロードパークから2。ここは断崖の上になっている)

(島尻のマングローブ林1)

(マングローブ林2)

(マングローブ林3)

(マングローブ林4)

(西平安名埼)

(西平安名埼から1。向こうの島は池間島。池間大橋で渡れる)

(西平安名埼で2)

(西平安名埼で3。島内で風力施設をいくつか見た)

(西平安名埼で4)

(西平安名埼で5)

(西ノ浜ビーチで1)

(西ノ浜ビーチで2)

(西ノ浜ビーチで3。池間大橋)

(砂山ビーチで1)

(砂山ビーチで2)

(砂山ビーチで3)

(パイナガマビーチで)

(この日のサンセットはホテルのベランダからで我慢。日没は遅く、これは19時46分に撮った)

ということで初日は終わったが、泳いだり潜ったりするのが目的で来たわけではなく、海を眺めにやってきたのに、矛盾した思いだが、何だかビーチ回りで終わりそうな嫌な予感がする。ガイド本は購入したものの、現地に着くまで目を通すこともなく、とりあえず比嘉ロードパークに行き、ガイドブックの地図を見て次はどこというふうに決めるという、初日から行きあたりばったりになってしまったし、効率良く回ったわけでもない。
沖縄本島でもそうだが、この宮古島もまたサトウキビ畑が多い。海から離れればサトウキビだらけ。また、台湾と同様に、正式名称は知らないが、家のような造りの墓が多かったのが印象的だった。
こんなに汗をかき、シャワーばかり浴びることになるとは予想もせず、持参の下着やTシャツが足りなくなりそうで、初日から買い足しに行き、ついでに百均でサンダル(税込み330円)を買った。
この日の夕食は、沖縄のそばを食べたいとも思わなかったので、札幌ラーメン屋で済ませた。たいしておいしくもなかったが、生ビールだけは五臓六腑に染み渡った。これって、内臓まで熱を帯びているせいだろうか。
●7月8日(金)
今日のメインは伊良部大橋を渡って伊良部島に行くこと。取りあえずは牧山展望台に寄り、後は気分であちこちを回る。昨日のうちに予定を立てるつもりでいたが、そう律儀なことはできないなと途中でやめた。ただ、昼に一旦、ホテルに戻り、昼寝をしてからサンセット見物に行くことだけは確実に実行しよう。またビールを飲みたくなるだろうが、しばらく寝るからいいか。
(伊良部大橋。向こうが伊良部島。宮古島市には民間用の空港が二つある。一つは宮古空港、もう一つが下地島空港になるのだが、その下地島空港が伊良部島にある。橋は全長3.5km。無料で通行できる)

(牧山展望台)

(展望台から伊良部大橋)

(展望台から。展望台の下は森になっていて、探索できるようになっているのだが、脇道に入る人の姿はなかったので敢えて入り込むことはしなかった)

(ヤマトブー岩)

(サバ沖井戸に下る途中で)

(井戸とはいっても、水がカラカラだ。左に井戸が見えている)

(井戸。結構深かった。4mはあったか)

(駐車場に戻るところから)

(伊良部島最北端の白鳥崎)

(白鳥崎で1)

(白鳥崎で2)

(白鳥崎で3)

(クモといったらこれしか見かけなかった。オオジョロウグモとのこと。日本最大のクモで、
毒性は弱いらしい)

(これには白鳥岬とある)

(佐和田の浜1)

(佐和田の浜から2)

(佐和田の浜3)

(佐和田の浜4。朝顔だらけだった)

(佐和田の浜5)

(佐和田の浜6)

(通り池の入口)

(こんなところを歩いて行くと)

(通り池)

(反対側にも)

(板張りの遊歩道が続いていた)

(渡口の浜1)

(渡口の浜2)

(渡口の浜3)

(渡口の浜4)

(浜の近くに鳥居があった。普通の神社とは違うのだろうか)

(宮古島に戻る。伊良部大橋のパーキングから)

ここで伊良部島は終わりとするが、気になることがあった。沖縄県のコロナ感染者数は多い。どうも、沖縄の暑さのせいのような気がする。マスクをすると蒸れるし、呼吸もしづらい。特に観光客はマスクをつい外してしまう。外して歩いている人がいるから他の人も外す。これが、観光地の光景だ。自分とて外した。街の中でマスクを外して歩いている人の姿は見かけない。ホテルもまた厳しく、体温測定、消毒の励行に限らず、朝食時はビニール手袋を渡される。こういった矛盾した観光客の行動が徒にコロナ感染者の増加につながっているのではないだろうか。
昼食の時間まではまだ早いので野原岳の霊石でも見に行くことにする。野原岳(標高109m)は島で一番高い山、とはいっても、他に山らしきものはないが、当初、この山に登るつもりで調べると、周囲は自衛隊の施設で、三角点そのものも見ることはできないようだし、自衛隊にかかわらないルートで行くと、かなりのヤブ漕ぎを強いられるようだ。実際に歩いた人のレポを見ると、全身にドロボウ草を付けることになったらしい。せめて、中腹にあるという霊石だけでも見ておきたい。
(訪れる人もあまりいないのか、案内板も見落としてしまう)

(やはりヤブ道が続いた。ここに行き着いた。途中、例のオオジョロウグモの蜘蛛の網に2回ひっかかった。右にあるのが霊石)

(霊石。由来の説明版を読んだが、今一つぴんとこなかった。すぐに戻ったが、ドロボウ草が20本ほどズボンにくっついていた)

食事をしようと、また沖縄そばになるのだが、ガイドブックで人気の店に行ってみると、外に並んでいた。観光地であろうと、自分には並んでまで食べるという習慣はないので、別の店にする。ガイドブックで他の店をあたる。結局、そこはホテルの近くで、そこで古謝そばという宮古そばの店オリジナル版を食べた。おいしかった。この店もまた外に数人いたが、こちらは一人だったので、カウンター席にすんなりと入れた。
コンビニに寄って、オリオンビールを買い、ホテルに入る。後の予定はサンセットだけだ。ガツガツ見て回っても暑いだけで、ビーチめぐりになりかねない。本当に、宮古島は見どころが少ない島だとここに至ってわかった。マリンスポーツ目的なら最高のスポットだろうが。
シャワーを浴びてベッドに横になり、テレビを入れると、安倍の狙撃事件をやっていた。ビールを飲みながらダラダラと見てしまった。だが、ニュースに心肺停止情報からの進展はなく、狙撃時のビデオを延々と流していた。心肺停止では死んだも同じだし、発表を控えているだけのことだろうか。ニュースも飽きたので読書をしながら少し寝た。
政治のことやこの事件のこと、ここでどうこう記すつもりはない。ただ、個人的には安倍政治の功罪は罪過の面が多いと思っている。それは、フリーになった首相退任後の行動にも現れている。元より、自分は特定政党の支持者ではないが、自民党には投票したことはない。自分が高校生あたりの頃の自民党は、派閥にしてもそれぞれに政策、方向性というものがあった。右翼的な青嵐会しかりだ。今の派閥は政策集団ではなく、ただの利害関係の集まりのようで、何とも異様だ。必然的に、派閥の力学で日本国の指導者が決まる。そんな先進国が他にあるだろうか。対抗するしかるべき野党の存在が薄すぎる。安倍は自らの派閥を膨張させた。集まる議員もまた、安倍につけば、それなりに役得にもありつけるからと思ってのことなのだろうか。岸田は安倍の存在が本音のところでは煙かったのではあるまいか。岸田に確固たる政治信条というのがあればのことだが、内政、逼迫しつつある経済立て直しよりも、参議院選挙の勝利に勢いづいて憲法改定を優先するようでは…。これ以上は記すまい。勝手な想像と私見だ。これにコメントを入れられても困る。
少しは寝られたようだ。すっきりしている。日没まではまだ時間もある。それまでの時間つぶしに、これもまた橋(来間大橋)を渡って行ける来間島を一周してこようか。
ガイドブックには、来間島のスポットとして竜宮城展望台と長間浜ビーチが載っている。ビーチはもういい。竜宮城の方はカーナビで探しても出ず、スマホのグーグルマップの案内に頼ったが、おかしなところに連れていかれ、結局、車から外に出ることはなく島内一周のドライブで終わってしまった。ところで、この旅行では中華タブレットを持参していた。目的は道案内やら、スポット探しに使うつもりでいたわけだが、肝心のポケットWiFiがエリア外で、ホテル以外で使うことはなかった。
(前浜ビーチから。18時25分。日没までまだまだ)

(砂浜に自分の長い影。見える橋は来間大橋)

橋を渡って宮古島。与那覇前浜ビーチに寄る。ビーチに飽きているはずなのに、ここに寄ったのは、ここもサンセットのスポットであるということからだ。まだ日没まで一時間以上あるのに、時間的にマリンプレイは終わりだ。それでいて、観光客の車は増え始めている。サンセットが目的であることは確かだろうが、人気食堂と同様に、暑い中を待つのはつらい。エアコンつけっ放しで、ラジオニュースで安倍の狙撃事件がどうなったのか聞いて時間つぶしをするのも手だが、エンジンをかけたまま車の中にいるのもどうかと思う。やはり、サンセットはトゥリバービーチにしよう。移動する。
前浜からはさほどに時間はかからなかった。カーナビはセットしていたが、わざと道を間違えたり、サトウキビ畑の傍らにある水撒きスプリンクラーの側に車を置いて、定期的にやってくるスプリンクラーの水を意味もなく車にあてて涼を求めたりで、ここでも時間つぶしになった。
トゥリバービーチに着いたのは19時。まだ30分はある。一旦、スポットまで行き、まだかと車に戻り、だれもいないところでタバコを吸って出直しした。
(トゥリバービーチで。19時15分。橋は伊良部大橋)

(飛び立つ飛行機)

(ようやく隠れかかった)

(19時38分。日没)

(南の空には半月)

(きれいな夕焼けだった。右に立つのは人影。まだ居残っていた人が何人かいた)

サンセットを見ればこの日は終了。ホテルに戻り、明日はもう帰るし、せめて近くの地元の飲み屋で飲みたかったが、駐車場に車をとめてうろついても、昼食をとったそば屋しかなかった。窓ガラス相手のカウンター席で一人飲んでも面白くもない。寂しいが、コンビニで缶チューと缶ビール、ハイボールを買って、部屋でごちゃ混ぜで飲んだ。つまみは地元魚介の弁当。宮古島のコンビニは不思議にファミリーマートしかなかった。
安倍死去のニュースをテレビで見ながら思った。不謹慎かもしれないが、天罰という言葉が浮かんだ。狙撃の動機は天罰という言葉からはほど遠いようだ。
寝る前にシャワーを浴びる。朝からシャワーを4回浴びた。宮古島で買い足したパンツ(この場合のパンツとは下着)も追いつかずに洗った。Tシャツに半ズボン、サンダル、サングラス、帽子が今日のスタイルだった。明日の帰路の飛行機でこの格好での搭乗はいただけない。出発までは良しとして、レンタカー返却前に来た時の格好に戻るしかない。その時のシャツとズボンは洗って、すでに乾いていた。ホテルを出る時の荷物を多くしたくはない。寝る前に着替えは車に運んでおいた。
●7月9日(土)
今日の予定は東平安名埼。西平安名埼には初日に行っていた。きれいな海にはあくびも出かかっていたが、東平安名埼は宮古島の南東端にあり、灯台もあるようだ。レンタカーの返却は12時。そこでのんびりしてもいいが、暑いのでは無理だろう。エアコンの効いた車内にいるのが一番いいに決まっている。ということは、車を走らせ続けることになる。できれば、この年でどうかとは思うが、ハート岩も見ておいてもいいか。今日はそれで決まり。
東平安名埼に向かう。一路でいくつもりでいたが、途中でインギャーマリンガーデンなる標識を見かけたのでそちらに曲がる。自衛隊の訓練施設前を通過。寄り道にしては随分と走っている。自分がどこにいるのかわからなくなり、車を止め、ガイドブックの地図を広げた。間違ってはいないようだ。途中にムイガー断崖というスポットもある。発進しようとルームミラーを見ると、訓練所の守衛がじっとこちらを見ていた。警戒されたらしい。ここの訓練所の前には「ミサイル配備断固反対!」と記された旗がいくつもなびいていた。まさか自衛隊が立てたわけではなかろう。本土の人に比べ、沖縄の人たちは台湾有事にはピリピリしているはずだ。
(ムイガー断崖)

(階段を登って)

(あれが断崖かと思う。太陽光が直射して暗くなった)

(丘の上の東屋。風は通っているが涼しさはまったくない)

(丘から。これは太平洋になる)

(インギャーマリンガーデンで1)

(インギャーマリンガーデンで2)

(インギャーマリンガーデンで3)

(インギャーマリンガーデンで4)

(インギャーマリンガーデンで5)

(インギャーマリンガーデンで6)

(インギャーマリンガーデンで7)

(インギャーマリンガーデンで8)

(インギャーマリンガーデンで9)

(インギャーマリンガーデンで10。カメラを構えたら、オバチャン3人組がポーズをとった)

インギャーマリンガーデンは予想以上に楽しめた。結構歩き、丘にも登った。宮古島にもう来ることはないだろうが、来る機会があったとしたら、ここと後の東平安名埼だけは外すまい。
来た道を戻って東平安名埼に向かう。ここでも、観光客のノーマスクが横行していた。
この三日間、有料の見学施設はどこもなかった。すべて無料。東平安名埼だけは違った。協力金の名目で半ば強制的な入場料を300円、灯台も300円徴収された。ここも当たり前のように無料と思っていただけに、カメラ以外に小銭入れしか持っていなかったし、少々慌てた。かろうじて計600円はあったので灯台にも上ることはできたが、これまでずっと無料だったし、きれいな海も楽しめたので、ここで金を出し渋るわけにもいかない。
(東平安名埼で1。ここでは「崎」になっているが、イラスト看板では「埼」になっていた。どちらでもよいということだろうが、ここでは「埼」に統一した)

(東平安名埼で2。岩は墓。奥に灯台。)

(東平安名埼で3。マムヤの墓)

(東平安名埼で4)

(東平安名埼で5。奥の方の海の色の違いに注意してもらいたい)

(東平安名埼で6。色の濃いのが太平洋で、薄いのが東シナ海になる。ここは二つの海が混在している)

(東平安名埼で7。灯台から)

(東平安名埼で8。灯台から)

(東平安名埼で9。灯台から。色の違いはこれが分かりやすいかも)

(東平安名埼で10。灯台から)

(東平安名埼で12。灯台)

(ラスト。だぶったが、この景色が好きだった)

ちょっとしたハプニングがあった。灯台に入る際、係のジイサンがカップル相手に三線を弾きながら島歌を披露していた。そのため、300円は後払いにしてくれと言われ、一通り見てから下ったところ、今度は団体さんが入って来て慌しくなった。係はジイサンだけだった。窓口に300円置いて立ち去ったところ、しばらく行ったところで件のジイサンが大声でオレのことを呼んでいる。何事かと思ったら、このジイサン、サービスで島歌を聞かせているようで、オレにも披露したかったようだ。カップル相手にやっていたジイサンの演奏は、しっかりと上まで聞こえていた。聞かせていただいたからと丁重にお礼を言って引き上げた。
車に戻った。ラストはハート岩。グーグルマップで調べると、レンタカーは満タン返しのため、スタンドにも寄らねばならず、ハート岩に行くと12時半を過ぎてしまいそうだ。ハート岩はあきらめた。
時間も余裕になったので、だれもいない広いところで、生ぬるい海風にあたりながら一服し、車のエンジンをかけてエアコンにあたる。少しは涼しくなったところで後部座席に移動して着替える。レンタカーはダイハツのトールとかいう車だった。後部座席の足元は広く、普通、窮屈な車内で着替えると、足が攣ったりするものだが、楽に着替えることができた。半ズボンからズボン、下着の上にシャツと暑苦しくなった。一旦、引いた汗もまた垂れてきた。
制限速度で運転してスタンドへ。この島の人たちというよりも観光客のレンタカーだろうか、一時停止もせずに本道に入り込んだり、周囲の確認もせずにいきなり飛び込んできたりと、何度もヒヤヒヤしたし、急ブレーキを踏む回数も多かった。
指定のガソリンスタンドはJAだった。自分の感覚では、JAは安いと思い込んでいたが、レギュラーガソリンが1リッター191円だったのには驚いた。おそらく、輸送代も加わっているのだろう。
車を返却して空港へ。時間はまだあったので、空港内のレストランで生ビールを飲み、宮古そばを食べた。いずれも770円だったが、ここの宮古そばはまずかった。
往復ともに、乗り継ぎ便も含め、飛行機は満席だった。
山歩きをからめない旅行に行くことは、この先しばらくはないだろうが、おそらく、また海を見に行く旅行になるだろう。子供の頃から、海は遠いところで、一種のあこがれのようなものが今でもある。
今回の宮古島旅行、目的の海がきれいで良かったという結果になるが、行く時期選びには失敗したようだ。特に、奄美、沖縄方面に行く場合は、梅雨明けの夏場は避けた方が無難だろう。とにかく暑いし、マスクもつらい。台風の時期は、予測はどうにも直前でないとつかないが、避けた方が無難。ヘタをすれば、ホテルの部屋でじっとテレビを見ていることになる。今回は幸いにも台風4号が去った後だったからラッキーともいえた。
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