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フルート吹きの物思い

趣味のフルートと、それに関わるもろもろのこと。

演奏会と忘れ物

2007-11-04 | 演奏や練習に関して
演奏会本番に、持ってくるのを忘れるもの。

何回も演奏会に乗った経験のある人なら、今までに何かしら持ってくるものを忘れてしまった経験はあると思う。
私が今までに忘れることが多かったのは、ベルト。まあ、なくてもなんとかなるけど。

先日のFオケとVオケで、同じ忘れ物を目撃した。
それは、白いワイシャツ。


Fオケでのこと。
楽屋での着替えで、あ、忘れた!という声。

白いワイシャツがない。しかし本番間近。今着ているのは色の付いたシャツ。

結局どうしたかというと、他の人が着ていた白っぽいポロシャツ(襟に黒い線入り)を借りて出演した。Yシャツではないが、言われなければ気がつかない程度の差異でなんとかセーフ。周りの人にさんざん馬鹿にされていた(笑)。


Vオケでは。
ステリハ終了後、すぐに駅前のスーパーに買いに行ったそうだ。900円だったらしい。Fオケの演奏会会場は田舎で、徒歩15分圏内にはそういうものが買えそうな店はないのだが、Vオケの会場は駅からすぐだし、駅のの目の前に大きいスーパーがある。これは便利だし安心だ。


今日も黒服を着て出演する小さな本番があったのだが、この事件を見ているので普段着も白っぽい服を着ていくことにした。今後もきっとそうすると思う。
今日の会場は、幸い?なことに、ホールの近くにユニクロがあるのだけれど(笑)

本番間近、練習後のお茶

2007-10-23 | 演奏や練習に関して
Vオケ練習後、私とOさん(2ndVnトップ)と、フルートの子とでお茶をする。

O「いよいよ、一週間後になっちゃいましたね」
私「それを言うなら、既に一週間前になっちゃいました・・・・」
  (Fオケの演奏会が先週終わったということ)

フ「今日は、合奏中にまじまじとバイオリン見ちゃいました」
私、O「だめだよ、絶対そんなことしてちゃ」
フ「だってよく見えるんだもん。楽譜見てそうかぁーって思ってました」
私、O「そういうこと言うと、フルートの音はよく聞こえるっていっちゃうぞ」

フ「曲が終わってから、(バイオリンで)腕が動いている人がいるんだけど」
O「曲が終わった直後は、弦楽器はそういうキメのポーズをすることになっているんだよ」
私「でも、弾ききったあとになってから、思い出したようにポーズをとるのはやっぱり良くないよね」
フ「そうそう、後から腕が動いている人がいる・・・・ふふふ」
私、O「だから、見てちゃダメなんだって!!」

私とOさんで、楽譜を広げて弓順の最終チェック

私「このダウンのあとはどうしてます?」
O「あ、チェックしてませんでしたね。どーしてたかなー。
  ダウンのあとだから、フツーだとアップになってしまいますね。
  でも・・・・・・・ダウンで」
私「じゃ、ダウンということで」と楽譜に書き込む。
O「私も今決まったから書き込んじゃいます」
私「え? 他のプルトの人の立場は・・・・・?」

O「ここの部分、コンミスさんがこうやれ(すごく難しいこと!)ってずっと言い続けてます」
私「あー、ぜんぜん無理」
フ「言い切っちゃうんですか?」
私「はい。初級者といっても、無理なことの区別はつくようになりましたから。それに、その通り
  でなくても、客席からはわからなさそうだし(苦笑)」
O「・・・・(エアーバイオリンで弓の動きを練習しはじめる)・・・・」
私「そこの四分音符はダウンじゃないですか? 逆になってますよ?」
O「・・・・ん?・・あっ、ホントだ・・・・・」(あまり直っていない)
私「そういう上級者向けの指示は、前列のほう限定で出してもらった方がいいですよねぇ」
O「・・・・(ひたすら真剣にエアーバイオリンを続けている)・・・・」


なんか、今度の演奏会は(あくまで内輪では)見所満載、って感じ・・・・・・

奏者のコスト

2007-10-22 | 演奏や練習に関して
レッスンのあと。

「近頃はオーケストラの演奏会はないの?」
「先週ありました。」
「次は?」
「じゃあ、この頭部管でも貸してあげようか?」
「いや、実はバイオリンのデビュー戦で・・・・むにゃむにゃ・・・ひどいことにエキストラなんですよ・・・」

そんな話から始まった雑談。

先生の奥様は、音楽家ではないけれどもバイオリンを学生時代(?)演奏されていたらしい。最近も、大学オケだかにエキストラに出るとかで、よくバイオリンを持ってお出かけされているらしい。

しかし、家では(少なくとも先生の前では)決して弾かない(笑)。

練習しなくていいの? と聞いても、べつにエキストラだから(tutti奏者だから)べつにてきとーでいい、という旨のご返事らしい。

そして、オーケストラの給料の話。

tuttiの奏者(要するに普通の弦楽器奏者や2nd以下のこと?)に比べてソロをとるフルートなど?(多分首席のこと?)は若干給料がいいらしい。ピッコロも特殊楽器(笑)ということで、tuttiよりすこーしだけギャラがいいらしい。


その、ギャラの区別ってなんだろう。

フルートよりも、バイオリン(tutti)の方が、音符の数がたくさんあるよ。
ピッコロなんて、さらに音符が少ないよ?

楽器は、ほぼ確実にバイオリンの方が全然難易度高い。というか、神業に近い。管楽器は中学生ぐらいからはじめて上手になれる(中途半端に小学生で始めると悪い癖が直らずよくない影響があることが多いと思う)。
でも由緒正しき弦楽器の皆さんは、裕福な家庭に生まれて(でなければ楽器をやらされないだろう)、物心つくころから母親に(?)連れられて雨の日も風の日も・・・

難易度と共に、奏者養成のコストも管楽器奏者に比べてはるかに高い。(と茂木さんの本にもそう書いてあったと思う)

そうそう、弦楽器は楽器の値段も強烈に(たぶんプロの楽器は)高いし。


なので、もし本当に給料が管楽器首席よりも安いとしたら、tuttiの弦楽器奏者はいろいろなコストや才能に比べてわりに合わないような気がする。


じゃあ、オーケストラではどの楽器が一番コストパフォーマンスが良いのだろうか。ちょっと考えてみた。

少なくとも、楽器技術習得の困難さやそれにかかるコストは考慮されないものらしい、ソロをとる楽器は給料がいい、という前提で。


私の思うに。

その第一番は、ホルンに決定!!

何故ならば。

他の楽器と共にソロがあっても、真っ先に賞賛される(立たされる)のはホルン(何度も目撃しているし)。
お客様や楽団員含めて、いつ音を外さないかとはらはらしているので、ごく普通に吹きさえすれば、ただそれだけで賞賛の的となる(先日知り合ったホルン氏談なので間違いない)。

その第二番は、やはりオーボエ。

ホルンと共に、ギネスブックに最も難しい楽器として紹介されるオーボエ(今もそう記述されているかは知らない)ではあるが。目立ち度でオーボエに近いフルートが二番目では、との声も聞こえてきそうだが。オーボエは何故かフルートよりも音符の数が少なく、しかも目立つことしかやらない。フルートは人口が多くてオーケストラの席に座ること自体の難易度が高い、ということで。

ホルンは下積みみたいなこともやっているが、オーボエは丁稚奉公は一切なし。やっぱりオーボエはいいポジションだよね。音色そのものも魅力的だし。扱いの面倒さ(あえて困難さ、ではなくて・・・(笑))も、その音を聞けばわすれちゃうよ。


じゃあ、一番わりにあわないのは?
それはおそらく中低音の楽器。

でも、チェロではない。
チェロは、その包容力ありげ(笑)なところから、異性にもてるらしい。(真実は不明だが、過去の何人かの知人は当てはまる。のだめでも、もてもて君はチェロ弾きだし。茂木さんの本にもそのような記述があったかに記憶している。

すると、ビオラ??

でも、ビオラの人はもともと地味な性格だから目立ちたくない・・・からあまりそれを悪く思う人はいないのかも。

じゃあ、2ndバイオリンだ!?

うーん、よくわからなくなってきた・・・。


まあ、みんな楽しんでやっているのだからそんなことがどうでも良いような気がしてきた・・・ということで(といって論点を誤魔化す)。

演奏会前は体に気をつける

2007-10-17 | 演奏や練習に関して
演奏会が近いから。
風邪をひかないように、例えば早く寝るとか、暖かくするとか、咳をしている人に近づかないとか、飲み会を断るとか。
怪我をしないようにスポーツ等をちょっと控えてみるとか。

そういうことを考える人は多いと思う。

不思議なことに、演奏会が近づくと具合が必ず悪くなる人を、過去含めて複数知っている。

楽屋で薬を大量に飲んでいるのをみかけたが、なんか既視感があるなと思えば去年も一昨年もだった、とか。

演奏会直前の練習になると、一度は必ずものすごい具合の悪そうな声で休む旨の連絡をしてくるけれど全く同情されない人とか。

いったい、なぜ?

演奏会は春秋が多いから、季節の変わり目でやられてしまうのか。
それとも前世の行いに何か問題があったのか。


怪我にも気をつけなければならない。

とりあえず私の場合、なんとなく演奏会一週間前からは自転車を控えたり。

なのだが、実は今回は2週間前に自転車でコケた。
まあ、スポーツ自転車に乗る人は、一年に一回ぐらいは転ぶよね、ね、ね???

今回はコケたと言っても、バイク止めにちょっと引っかかりそうになってよろけて寝ころんだ(笑)程度。短パンだったから膝に擦り傷を作ってしまったが、もし長ズボンだったなら、いてぇなぁ! ぐらいで済んだと思う。


二輪車は危ないから気をつけなきゃねぇ、などとオケに行ったら笑い話にでもしようかなと思っていたら。

なんと、いつもバイクではるばる来てくれていたバイオリンのエキストラさんが、演奏会直前だというのにバイクで事故って骨を折った(らしい)とのことで出演できなくなったとのこと。

これには驚いた。
実際に出演できなくなったのを目の前にしたのは、私は管弦楽でははじめて。

結局、直前になってエキストラを新たに見つけるのは困難なので、そのままとすることにした。

やっぱり、体にはいろいろ気をつけようね。
前世でも功徳をつんでおかないと(?)ね。

VオケのOさんにゲーペーの見学に来てくれるようにリマインダーメールを送った時、バイオリンが足りないから楽器を持ってきてね、と半分冗談でコメントをつけておいたのだが、もちろん楽器持参は辞退の返事。

ゲーペーの時は欠席のトラさんもいたこともあり2ndが音量的にさみしいことになっていたのだが、そのOさん曰く、「だいぶ2ndがさみしいことになってましたねー、車の中に楽器あるし、弾いちゃおうか、と思いましたよ」
なんて言っていたので、Oさん彼女とともに、Oさんを「じゃあ楽器持ってきて弾けよっ」と言っていぢめてしまいました。


こういうこと(事故で出られない)は笑い話にはしたくないことなので、やっぱりみなさん体には気をつけないとね。

風邪ひいて多少熱があるぐらいなら、かえって演奏に集中できて結果は良かったのではないの? みたいな事例は何回かあったけど。

でも咳が止まらないのは管楽器奏者としては極めて困るので(一度経験した)、やはり風邪にも気をつけよう。

秋の演奏会シーズン。最近やっと涼しくなったことだし、みなさんいろいろ身辺に気をつけませしょうね。

ブラ1演奏会終了

2007-10-16 | 演奏や練習に関して
ずーっと、これだけはやっておかなければ。と思っていて、オケの選曲係にリクエストして、他の団員にもリクエストしてくれるようプロパガンダもして、なんとかありついたブラームスの交響曲1番。

いやあ、この曲はマジで辛かった。

本来なら、念願かなってすっきり!
なのだろうと思うけれど、何故かなかなかそうはいかない。

過去には別のオケにいた時に2番と4番はやったことがある。こちらはもう少し爽快だったような気がする。今と昔では、だいぶ演奏に対する意識や態度が違うので一律には比べられないけど。


曲を聴く分には、壮大でなかなか素敵。
フルートも、4番のような長いソロがあるわけではないけれど、見せ所目立ちどころ満載で格好良くて、気持ちよさそう。

しかし実際には、演奏してみると重苦しくて息苦しい・・・・・えーん、こんなはずじゃなかった??

なんで?


動機のほとんど全てが弱起で構成されていて、拍や小節の感じを保ち続けるのが(日本人には?)キビシイ。2楽章の最初の動機は弱起ではないように見えるけど、あれは小節全部を使った弱起だよねぇ、と思う。
自分の中でリズムを維持するのも大変だし、みーんな半信半疑でシンコペーションしてて、その中でどこがホントか見つけるのも大変だし(笑)。

とにかく、この弱起の雰囲気を強く強く出したいのだが、裏拍→1拍、裏拍→1拍、の感じがなかなか出せない。ババン、ババン、と決めを打たなければならない場面も、指揮者の意向空しく、みんな輪になって、軽~く坂を転げ落ちていく。

フルートではそれを止められない。
頼みの金管やティンパニは、旗を持ってブレーキが故障している・・・
録音で、フルートだけが遅れているように聞こえたら嫌だな。聞きたくない・・・

ま、軽ーく流して演奏する、っていう手もあるんだろうけどねぇ・・・・


この曲、フレーズがなかなか気持ちよく解決しない。
8小節とか4小節で普通に区切れていればまだいいものを、8+1とか+2にやたらとしたがる。それだけでは済まさずに、またそれをよじる。それでもまた転調してみたり。それで割り切れない気分を演出しているのだろうけれど、割り切れなさすぎ。一つの楽章、というか全曲が息詰まる壮大なアウフタクトと言えそう。

で、気持ちよくばばばーん! やったー! と曲が終わるかと思うと、ぜんぜんそんなことはなくて、どの楽章も息詰まったまま窒息して終わる。第4楽章なんて、息詰まったまま死にきれず発狂して、その上鈍器で殴られて無理矢理絶命させられたかのようだ。

この曲を聴いていただけの頃と違って、実際に自分が演奏してみると、いろいろな素晴らしいアイデアがちりばめられた曲(モーツァルトみたいな?)・・・というよりは、作曲してみたらいろいろと技巧を凝らしすぎて、策に溺れてしまった曲。

そんな印象に変わった。

ベートーベンの歓喜の歌はちゃんと歓喜しているけれど、このブラームス版歓喜の歌は、歓喜にしては語尾をはぐらかしているためなのか、私には歓喜に聞こえない。

ブラームスはベートーベンコンプレックスが強くて、なかなか交響曲を作曲しなかった・・・というのがなんだか少し理解できたような気がする。

でもこの曲があって、それを振り切ったからこそ、第2番以降の交響曲があるんだよね、と思った。

だからなのか、この第1番はそれ以降とだいぶ毛色が違う。
やっぱいいよね、この交響曲第1番。


我々との演奏で、指揮者はテンポの緩急を強く出したかったらしい。
練習の最初の頃はそれほど大きなことはやらなかったが、本番が近くなってきてだいぶテンポのコントラストを出すようになった。

これでだいぶブレスの予定が狂ってかなり困ったが・・・(笑)

ステリハでは、この緩急を強めにかけて楽団に牽制をかけてるのかな・・・と思ったら、本番ではもっと強くかけようとしていた(と思う)。

げろげろ。どうしよう。これって、誰もついていけてないってことだよね??
自分がはいる時ぐらいは、何歩か譲って周りに合わせてキュー出しの指示してくれるよねっ? という期待空しく。棒とは半拍程度ずれて入らなければならないこと多数。

とか。

不安な部分を他の人がちゃんとやってくれるのか・・・とか気にしたり、やっぱり・・・、とか、お、大丈夫だったじゃん・・・・とか思ってみたりしてしまっていたら、自分もやっちゃいました。いろいろ気にすることが多くて楽譜が見えなくなってたんだね・・・と反省。(だからと言って、今後の対策のしようがあるわけではないが)

こういうことはあり得るよな・・・と思っていたけれど、やっぱりやってしまったか。という感じ。
ゆっくりの楽章では、よりリズムがデリケートになっていて、私的には頭の中がオーバーフローしやすいのだろうと思う。

そう、本番っていうのは、意外と気にしている箇所は大丈夫で、普段全然平気なところで音を間違えたりするよね。
そういう意味では、十分に想定内・・・だったと言える??

予めやばそうなところ(自分が間違えるのはもちろん、他には例えばユニゾンで他の楽器が何度も間違えていて、それによって自分が強く動揺してしまうところ)はちゃんとスコアチェックとかして、周りで何があろうと強靱な意志があるかのようにはちゃんと対応できていたので、全体としては、まあ良しということにしちゃおう。


今回は、少し演奏しにくい要因があった。単なるつまらない愚痴かもしれないけれど。

それは、指揮者がソロなどの入りでその演奏者を見ない。
すごい最近それに気がついた。

ふつーの指揮者なら、さあ、はいりましょうねっ、と目配せする。
でもなぜか今回の指揮者さんはそうではない。不思議。指揮棒ははっきりとこちらを向いているのに、視線は・・・どこ? 弦楽器なのか? 伴奏のほうに集中しているのか? なんなのだろう。

それがはっきりと悪いこととは思わないが、どうぞっ、という目配せが当然あるものと思って、それに慣れているので、どうも何か一抹の不安が拭えないでいた。

どうして? もしかしてシャイ? (指揮者にそんなことがあるわけないが(笑))

現実問題として実害はないけれど。
もしかして、我々にコミットメントするつもりがないのか? とちょっと思ってみたりして。

うわべだけの関係?

2007-10-06 | 演奏や練習に関して
Piccolo Studies -Robin Chapman著より
「いかにも、あなたはフルート嬢と楽しく遊ぶことができます。でもだからといって、フルート嬢の小さな妹とも楽しく遊べるというわけではありません。実のところ、ピッコロ嬢はこと友達に関してはひどく好みがうるさいのです・・・気まぐれだし、突然激情を爆発させたり攻撃的な金切り声をあげたり、・・・・・時としてひどく具合の悪い状況のなかでひどく具合の悪い状況の中でまるっきりのひとりぼっちで退場してしまう・・ピッコロ嬢に経緯を払わないような真似をすれば・・・残念ながらピッコロ嬢が皆さんの希望に答えてくれることはありません。・・・」


そう、なかなかこの色黒で小柄なお嬢さんとは仲良くなれた気がしない。
なかなか仲良くなれた気のしないお嬢さん・・・は他にも多いのだけど(笑)


そりゃあ、よく考えてみればそうだ。

普段は、あの美しいお嬢さんとばかり仲良く、親密になりたくて。
そして実際に密月な関係を結んで。

しかもいくつかの微妙に個性の違うお嬢さんを掛け持ちまでして。
(その上、最近は「女王」様ともまじめなお付き合いをはじめて・・笑)

それが公然の事実なのに。
たま~に必要になると、いきなり前置きなく小柄なお嬢さんと親密なつきあいだけがしたい。

そう。
その時「だけ」、都合の良いように付き合って「さえ」くれればいい・・・
歌って欲しい時だけ、思うように歌ってほしい。
さえずって欲しい。
叫んで欲しい。


大人の関係。
それを望んで、何が悪い??

世の中の批判なんて聞くつもりはない。


もうすぐ本番。
世の中、なかなか困難だなぁ。

フルート&バイオリン合同発表会

2007-09-04 | 演奏や練習に関して


音楽教室の、フルートクラスとバイオリンクラス合同での発表会があった。どちらもグループレッスンのクラスではあるが、一人だけフルートで個人クラスで発表もソロという人がいた。


なんでこの二つの楽器が合同なのかはよくわからないけれど、どうやら何かの機会に先生同士が意気投合してどうせなら一緒にやっちゃおう! ということになったのだと思われる。
こういう異業種交流も面白い。

フルートクラスは、ほとんどが始めてから半年~3年未満。

ところが驚くのは、どのグループもちゃんとアンサンブルになっていること。
フルートグループの発表が終わる毎に、おそらくはバイオリンクラスの生徒を主体に、ため息が出る。ほど、フルートクラスの演奏はすごい。ほとんど初級者集団のはずなのに、どこも立派にアンサンブルになってハモってるし、リズムもしっかりととれている。

さすがのバイオリンの先生も動揺が隠せない。

う~ん・・・
やっぱりフルートって簡単??
 (違うって・・・・・)


そして最後は、講師演奏。
フルート、バイオリン、ピアノの演奏。

生徒だと、バイオリンは楽器を操作するので手一杯、フルートはそこそこの曲でアンサンブルを楽しむ余裕がある、程度だけれども。

さすがに、プロは違う。
ので、ちょっと違うところが見えて面白かった。

なんといっても、バイオリンは音程が良い。

というか、フルートの音程がと~っても杓子定規でつまらなく聞こえた。どの音もきちんと正しいのだろうけれど、それでいて、なぜかどの音も均等に調子はずれ。なんなんだろう。平均律とか表情音程とか、いろいろ言葉が頭のなかを巡る。よくわからないけど。前にモーツァルトのフルート四重奏をレッスンでやったとき、伴奏の弦楽器はここをこういう音程でとるから、フルートはこうしなければならない・・・・なんて指導されたことがある。弦楽器奏者は、やっぱり音程に対する感覚が、管楽器奏者に比べて段違いで違うんだなあ、と実感した。
(勿論、ちゃんとした弦楽器奏者Only)

よしよし、今後はバイオリンも弾ける、音程の良いフルート奏者を目指そう! (気持ちの努力目標)

英語学習と音楽の共通点

2007-07-30 | 演奏や練習に関して
会社の研修で、英文ライティング講座へ。

なんというか、半分は上司からの推薦(命令)だったこともあり、なかなかつらい一日・・・・

宿題の英作文が出て、ひとつひとつ希望者の文章を添削していく、みたいな展開。
以前同様の研修に参加した時は、すごく他のメンバーが積極的で、こんな内容(笑)の研修なのになかなか面白かった。

のだけれど、今回のメンバーは何故かすごーっくおとなしい。ので、活発な議論もなく、ただただ重苦しい時間が流れるばかり。

研修の成否は、参加者にもよるのだなぁ、と思った。
こういうところは、演奏会やライブも同じだ。 ふふふ。


音楽は(とくにジャズで)語学学習と似ている、とよく言われる。
ボキャブラリーを覚えて、うまく使いまわして表現して、そして慣れることが大事。そんな話だったと思う。

そして、何よりも勇気(!)が必要なところが最大の共通点かとも思う。


今回の英語の講師さんが、最初に言っていた。
ダイエットとおなじで(笑)、英語学習には「ウソ」がたくさんあるから注意しましょう、と。

これだけ覚えれば大丈夫、とか、これをやれば終わり、みたいな。
英語もダイエットも、そんなわけないでしょう。という。

ま、楽器を買ったその日から誰でも弾けます、というのは誰も信じない話ではあるがけれど、こんなところも英語と音楽(正確には吹奏楽)との共通点か、と思わず笑った。


英語学習にウソが多い理由として、受験などを目的としているので、深い理解を消費者から要求されていないことがあるだろうと言う。
「習うより慣れろ」では困るし、全国どこでも同質な教育ができて、教育者の数も必要である。

なんというか、吹奏楽の世界とそっくりではないか。
表層的なところを持ってきて、それがまるで真理かのように思われて(思わせて)しまう。
それに群がって商売している人もたくさんいるんだろうし。


いいんだけどね。
おかげで楽しいこともたくさんあるわけだし。

そんなことを、研修中に考えてみた。

サラサーテ記事~音程を良くする方法?

2007-07-20 | 演奏や練習に関して
楽器屋さんに行ったついでにサラサーテ(弦楽器の雑誌)を買ってみた。季刊だとばかり思って油断していたら、いつのまにか2ヶ月に一回発行になっていたようで一冊飛ばしてしまったよ・・・・なので、さっきアマゾンで注文してみた。
まあ、それはどうでもいい。


相変わらず字が多くて読みにくい(慣れるに従い、文句が多くなる・・・笑)なあ、と思いつつ電車の中でページをめくっていたら、驚くべき記事を発見した。

「壁を越える」という表題の連載記事で、「音をイメージするトレーニング」について書いてある。
ご存じの通り、バイオリン族はフレットも音孔もないので、自動では音程はとれない。演奏者がしっかりと音をイメージしなければならないので、そのトレーニング方法が書いてある。

音の高い低い、音色の差、うなり、差音・・・の話がやさしく(でも難しいけど)書かれている・・・までは、まあ当たり前の話。管楽器はうなりや差音を聞くには一人ではできないのだが、バイオリンの場合は自分だけでやれるのが特徴ではある。


ちょっと変わったことが書いてあるな、と思ったのは次のページ。音をイメージするために必要なトレーニング。

まずは、「音を判断する能力」。音の高さと性質(音色?)を区別する方法が書いてある。吹奏楽で管楽器やっていると、高さについてはいろいろ言われても結局わからないままではある。音色を区別しよう、なんて考えたこともない。

ここでは、「性質異なるいくつかの音を聞くことで、その差を頭が認識して、音高を再現できるようになる」とある。

ほお・・・わかったような、わからないような・・・・
要するに、やみくもに音程の違いを検出させようとしてもだめで、まずはいろいろな性質を持った音を区別できるようにすることが先決・・・ということらしい。自分も中学の時は、クラリネットの音程の違いなんてさっぱりわからなかったよな。今から思えば、音色の違いと音程の違いがよく区別できなかったということのように思う。
少なくともここからわかるのは、音程をイメージできるようにするには、ハーモニーディレクターを使うのが有効である、とは解釈できない・・・・


次は、旋律をイメージする方法。
ここに、またまた驚いた文章があった。

「実際に行うことは・・・簡単な楽譜を弾く/歌うことです・・・最初は・・・音程がとれていなくても構いません・・・ いずれにしても、楽器をはじめて間もない人の場合、楽譜がやさしいうちに音がイメージできるようにしておくことが肝心です・・・。
音楽的な経験が少ない人ほど、弾いて歌うという作業をピアノでやってはいけません。平均率の関係は人間の耳に記憶されにくく、平均率に調律されているピアノの音をイメージすることは、音高の感覚を記憶するためにはむしろ害となります。音程が多少ずれていてもバイオリンでやるべきです・・・実際に、家でピアノに合わせて音程を取る練習をしている人は、多少はずれながらでもバイオリンを弾きながらやっている人に比べて、進み方がはっきりと遅いと言えます・・・音程の修正はレッスンでやり、普段の練習は徐々に近づいていくことが大切なのです。」

なんとも、認知心理学的に正しそう?な示唆が書いてある。
これを読んだ時、目からウロコ、というか、目そのものが落ちそうになった。

私的には、ピアノは平均率であるから音高の感覚が記憶できない、というあたりは同意できない(否定もできないが)。しかし、仮にピアノが純正律で調律されていたとしても、ピアノ(キーボード)に合わせて音程をとる人よりも、はずれながらでも徐々に近づいていくというアプローチのほうが確かに進みは早いような予感はする。

吹奏楽系の書籍ではこんな深いことは書いてないよなぁ。
数百年の歴史を持つ弦楽器と、均質な詰め込み教育をすることが第一の吹奏楽との差がこんなところに出るのかもしれない、と思った。
ますます、今まで吹奏楽で正しいかのようにやらされてきたいろいろな練習の有効性に疑問が出てくるよ。きちんと反省すれば、ウサギ跳び(昔は有効と考えられていたが、現在は百害あって一理なしとされるトレーニング法)のような練習法がたくさんあるはず。

思えば、買っただけであまり使っていないトレバーワイフルート教本の4巻(音程)も、ピアノに合わせろ、とは一言も書いてなかった(チューニングは除く)ように思う。(あとでもう一度確認してみよっと)

この記事、書いてある内容が私には少し高度で、理解できているとはとても言い難いけれど。音程に悩み、今までの練習方法に疑問のある人は必読!の記事であるように思う。
フルートで音程を直すには、アンブシャー云々以前に、出したい音を事前にきちんとイメージすることが一番大切だから。


音程に悩めるよい子のフルート吹きの皆さん。楽器屋さんに行ってザ・フルートやパイパースを買うついでに、サラサーテでも立ち読みして「壁を越え」よう! (立ち読みで読めるほど軽い内容ではないが(笑))

私の指揮者論 続き

2007-07-17 | 演奏や練習に関して
口内炎が治った。
「空気が読めない」演奏会中は、少し残っていたが、幸い?口内炎は上唇だったので、フルートには影響甚大だったが、クラリネットには影響は微少で済んだ。

さて、口内炎を発端とする私の指揮者論の続き。


<音量>

音量に対する要求は、私の指揮者評価の最も重要な代用特性である。

およそ音楽的によほどおかしいことをやらない限り、フルートに対して音量が大きいという発言がある、それだけで私的にはタコ指揮者である。特に管弦楽において。
フルートに音が大きい、ということがある指揮者は、何故かその他のことも含めて(前述の拍のとりかたとか)総じて感覚がおかしい。

逆に「もっとパワーを!」系の指揮者は、概ね音楽的に共感が得られることが多い。

本当のfやffとはどういうものか。作曲家の求めるffとはどういうことなのか。楽器を本当に鳴らしきるとどんなにすごいことになるのか。一流の演奏に数多く触れることによって感性が磨かれ(麻痺とも言う?)てきた結果であるからだと解釈している。

但しこういう指揮者は要求が高すぎて、楽団員との間に意識の溝ができることもないわけではない。


<音程>

音程も、音量同様に重要な代用特性である。
音程をちまちまとつつきまくる指揮者に限って、なぜか音楽的に変で、楽器指導者としてもイマイチであったりする。

まぁ、ちったぁ人の音聞いて音程合わせろよ、といいたくなる場面が多々あるのは認める。
それはそれで短時間で見切りをつけるのなら良い。


まずは、Fの人~ よくく聞いて・・・合わせて・・・・(この間1分)・・・・  次はCの人~ Fを良く聞いて・・・止めないで続けて(で、2分)・・・ 次のAは低めに・・・

式のだらだら音程あわせはサイアクである。

合奏前のウォーミングアップ件チューニングに20分かけたりとかもやめてほしい。
時間の無駄だ。

これらは、仲間の白い目を気にしながら、こわごわと音を出す。
ずれていると萎縮を増長し、余計に悪い方向へ行く。


これにハーモニーディレクターで爆音でも出された日には。今日も良い天気だ、楽器なんか吹いてないで自転車に乗っていたほうが良かった。心底そう思ってしまう。ハーモニーディレクターなんてものは、「適切でない前提」による演繹的音楽作りの最右翼だろう。


不思議なことであるが、良い指揮者ほど音程に執着しない(しすぎない)。他のこととバランスを見て指導するのだろう。
悪い指揮者が音程に執着しても、次回の練習はまたはちゃめちゃ音程に戻っている。良い指揮者が指導すれば、萎縮しないで奏法が良くなるのか、音程含めて全体的に良い方向に進んでいく。


およそ管楽器は、フツーに演奏しさえすればよい音程となるように設計されている(そのフツーが難しいのであるが)。良い指揮者の指導を見ていると、合奏での音程の練習が最も無駄で無用なのではないかとも思えることがある。音程のことなんて一言も言わないのに、気がついたら和音もばりっと決まっていたりする。


アマチュア管弦楽相手に指揮をよくしているという外人指揮者で、音程に対してしつこくて有名な人がいるらしい。これに出演した知人の話では、なかなか本番の演奏は良かったとのこと。
が、評判通り、練習は音程しか言わなかったとか。う~ん・・・