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戦後70年 社会保障の未来図(下)医療、量から質に転換急げ

2015年06月26日 | 医薬
戦後70年 社会保障の未来図(下)医療、量から質に転換急げ
民間・地域の力活用を 渋谷健司 東京大学教授
2015/6/26 3:30 日経朝刊

 戦後70年間でわが国が成し遂げた成果の一つに、保健医療が挙げられる。ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン氏は「経済的に成功したかどうかは死亡率という側面からみることもできる」と言った。日本はこれに世界で最も成功した国だ。日本の平均寿命は、過去70年間で30年以上伸び、1980年代前半から世界一を保っている。




 その基礎には、明治初期からの高い教育レベル、戦後の高度経済成長に伴う衛生状態の改善、母子保健や結核対策などの公衆衛生活動がある。61年に達成した皆保険制度をもとにしたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(すべての人が基本的医療サービスを支払い可能な費用で受けられること)の役割も大きい。
 当時最大の死因だった脳卒中は、減塩運動と皆保険導入による降圧剤の普及で劇的に減少。その後、世界一の良好な保健水準とともに、高い平等性や医療機関への自由なアクセスを比較的低い医療費で達成し続けた。当たり前と思われている、いつどこでも誰でも基本的な医療を受けられることは世界でも特別だ。
 皆保険制度は、安定した政治、高度経済成長、若い人口構成という社会情勢のもとで成立した。しかし現在、わが国の置かれた状況は当時と全く異なっている。経済成長の鈍化と少子高齢化の進展、医療費をはじめとする社会保障費の急増である。財政は危機的状態にあり、保健医療制度の持続可能性が懸念される。
 疾病構造は生活習慣病を中心としたものとなり、なんらかの病態を抱えて生きることが普通になった。求められるサービスや人材に対する需要の増加や多様化にもかかわらず、医療や介護のサービス提供体制は必ずしも患者にとっての価値に見合っていない。
 病院など施設を中心に医療従事者の専門細分化が進み、外科治療などの高度医療は国際的にも極めて高い水準だ。しかし、プライマリーケア(初期診療)や慢性期の医療の質、病院機能の未分化は大きな課題となっている。複数施設間の電子カルテなどによる情報の共有も進まず、過剰診断・治療、過剰投薬、重複受診などの弊害が生じている。
 こうした状況下で、安倍政権は2020年までに基礎的財政収支の黒字化を目指すことを掲げており、医療費削減は議論の中心となっている。将来世代に負担を強いることのないよう、公的医療保険の機能と役割、給付と負担のあり方やあらゆる新たな財源確保策についても議論を重ねていく必要がある。
 しかし、これまで保健医療制度改革は、ともすると近視眼的な見直しを繰り返し、かえって制度疲労を悪化させている。例えば報酬改定による価格面からの管理に偏り、診療報酬のマイナス改定で一時的には給付費を削減したとしても、一定期間経過後には需要が喚起され、量的な拡大を引き起こした。また、自己負担増、給付縮減を軸とする財政論的アプローチだけでは効果に限界があるうえ、誇るべきわが国の保健医療の未来を展望することもできない。
 課題克服のためには、従来の保健医療の制度そのものを維持するという発想では不十分だ。将来ビジョンを共有し、イノベーション(新たな社会価値の創造)を取り込み、システムの転換をしなければならない時期を迎えている。
 今後、保健医療サービスのあり方は、公的セクターの制度だけで決定されるものではない。民間セクターやNPO法人などのサービスや財、人々の意識や行動様式、労働環境、住居やコミュニティー、経済活動、それらを支える人々の価値観などの様々な要素も考慮し、社会全体の文脈の中で決定されねばならない。
 筆者は、20年後の保健医療のあり方を検討する厚生労働省の「保健医療2035」策定懇談会の座長を務めた。既存の枠組みや制約にできるだけとらわれず、システムとしての保健医療のあり方の転換や求められる変革の方向性を議論した。6月9日に最終提言書を公表した(図参照)。
 そこでは保健医療制度を規定してきたパラダイム(枠組み)の転換が提唱されている。具体的には(1)量の拡大から質の改善へ(2)インプット(資源投入)中心から患者にとっての価値中心へ(3)行政による規制から当事者による規律へ(4)キュア(治癒)からケアへ(5)発散から統合へ――である。
 保健医療のパラダイムが大きく変わる中で、わが国がとるべき道は次の3つである。
 第1に、「保健医療の価値を高める」ことである。換言すれば、より良い医療をより安く享受できるよう、医療の質の向上や効率化を促進し、地域主体でその特性に応じて保健医療を再編していくことだ。「病気が良くなる」「合併症が少ない」など患者にとっての価値と費用を考慮した新たな診療報酬体系、現場主導による医療の質の向上支援(過剰医療や医療事故の防止など)、患者に最適な医療への道を開くかかりつけ医の育成・配置、ICT(情報通信技術)活用による診療実績の見える化などが考えられる。
 2つ目は、「個人の主体的選択を社会で支える」ことである。患者は基本的に受け身であり、どの医療機関にかかるべきかなどの情報を持っていない。今後は、人々が自ら健康の維持や増進に主体的に関与できるようにする。健康は個人の自助努力のみで維持・増進できるものではない。個人を取り巻く職場や地域などの様々な社会環境、いわゆる「健康の社会的決定要因」を考慮することが求められる。例えば、「たばこフリー」環境の推進や、住民が健康・生活上の課題をワンストップで相談できる総合サービスの充実など、自然に人々が健康になるような社会を目指す。
 最後に、「日本が世界の保健医療をけん引する」ことである。保健医療は至極ローカルであると同時に、グローバルでもある。高齢化、生活習慣病のまん延や医師不足は、日本の地域医療のみならず世界共通の課題である。
 エボラ出血熱など国境のない新興・再興感染症の封じ込めや災害時の支援に貢献する機能を強化する必要がある。日本がグローバルなルールづくりに積極的に関与し、諸外国の保健医療水準を向上させることで、わが国の保健医療の向上や経済の成長に資する好循環を生み出す。例えば、約50年前に確立した皆保険制度のようなシステム構築を世界各地で支援していくことが求められている。
 こうしたビジョンに基づいた保健医療は年齢、疾病や障害にかかわらず、あらゆる人に自らの能力(セン氏の言う「潜在能力」)を発揮できる場を与え、お互いを尊重する社会の礎となる。所得格差の拡大や貧困層の増加などの中で、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの土台が崩れないようにしながら、特に地方での雇用を支え、経済活動の基盤としての存在感を高めていくであろう。保健医療への投資は経済・社会システムの安定と発展にも寄与する。
 わが国は、様々な暮らし方、働き方、生き方に対応できる「健康先進国」としての地位を目指すべきだ。高齢社会の先進国である日本が、どのように先陣を切って課題を克服するのか、国際社会が注目している。日本と世界の繁栄に寄与する、新たな保健医療のあり方が問われている。
ポイント
○近視眼的な見直しでは制度疲労は深刻に
○行政の規制から当事者による規律重視へ
○世界の保健医療をけん引することも必要

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