変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




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カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     ○   (23:3/4)
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第5章 《回帰》  (続き 3/4)

 この日の天候は優れなかった。立ち込める雲の狭間に機影を確認したのはルナだった。雲の合間から朝日を浴びて輝く機体は、近付くにつれてタイガー・シャークⅡの特色を示した。王国の空軍である。恐らく、最初にブリタニアを攻撃した編隊だろう。血が血管を流れて行く音がルナの耳に響いた。途方も無く腹が立っていた。部下に何も命令を発しないまま、ルナは空軍の編隊に単身で突入して行った。
 これが本当の鬼人と言うのだろう。ルナの乗機は、天才整備士のカク・サンカクがチューンアップしたとは言え、元は空軍と同じタイガー・シャークⅡ型の戦闘機なのだ。にも関わらず、空軍の戦闘機はまるで武装していない農薬散布用の双発機の如くであった。片側のスロットルバーを足で蹴飛ばし、絶妙のタイムラグで方向舵を力いっぱい傾ける。すると、ドッグファイトモードに設定されたタイガー・ルナは、その優れた空力特性を持つ翼面に姿勢変化の空気を存分に溜め込み、同時にプロペラ軸の角度が旋回方向に傾く。更には左右に並ぶニ機のプロペラを駆動するエンジンと変速機は、その出力とギア比を変えて旋回を補佐する動力を発生させる。もともとタイガー・シャークⅡに装備されたシステムではあったが、カク・サンカクのチューンアップは徹底していた。プロペラ軸の調整角度がオリジナルを上回っており、左右のエンジンの出力とギア比の変動幅を増大させて、回転差を大きくさせた結果、能動的旋回能力が大幅に向上していたのだ。また、プロペラ軸の駆動距離が大きくなったことや、左右の回転差が増大することによって、レスポンスの低下が一切見られないといった、非の打ち所が無い躾が成されていた。ルナと対峙したパイロットからは、妖怪変化の如く、消えては現れ、現れては消える、と映ったことだろう。目で追うことができたとしても、上下左右に自在に動くルナ機に対し、どんな反撃ができたであろうか。次々とルナの機銃に引き裂かれた機体の破片が飛び散り、それらがルナ機の風防をかすめた。翼に染み付いた液体は四散する機体から漏れ出した燃料か、それとも乗員の血しぶきか。何者もルナを止めることは出来なかった。彼の部下でさえも。それどころか、撃ち落とす相手がいなくなった時、ルナ隊にまで飛び掛って来そうな勢いだった。
「隊長! もう終わっています! もういいんです!」
フェルチアがあらん限りの声で怒鳴った。ルナは何も応答せず、そのままブリタニアに進路を取った。激しい鼓動と息遣いが徐々に静まっていくのと反して、同属を討ったという途方も無い空しさが込み上げて来ていた。
 その時、凄まじい殺気が編隊を包み、誰もが冷や汗を流しながら四方を凝視してその原因を探した。今までに感じたことが無い、悪意に満ちた殺気であった。
「怪鳥だ……。」
誰からともなく呟きが漏れた時、雲の合間から巨大な飛行機が現れた。それは空飛ぶ空母というべき規模だったが、悪魔座上の怪鳥というイメージそのものであった。翼の後には非常識な数のエンジンが並んでおり、リニアロータリーエンジン特有の腹に響くような排気系の重低音と甲高い金属音を吸気系と駆動系から響かせていた。その怪鳥が、これまでの音とは異なる低い大きな雄叫びを上げたかのように、空気を振るわせる鼓動とともに稲光に似た光を放った後、瞬時の沈黙に続いて幾つかの悲鳴が上がった。
「隊長~!」
「何だ!?」
「あれからの攻撃だ!」
「攻撃だと? あれは武器なのか?!」
混乱して取り乱した会話が飛び交っている中を、数機のタイガー・ルナが、タイガー・ルナであったであろう破片が、海上に落下して行った。恐るべき破壊力である。続けざまに稲光が再び空を駆け巡った。パニック寸前であり、中には定員以上に乗員を乗せた機体があるにも関わらず、ルナ隊は散会して攻撃体制に入っていたが、それでも数機のタイガー・ルナが部品以下の単位にまで粉砕されて消えていった。どこをどう飛んだのか、その時にはルナ機は怪鳥を射程に捕らえており、その銃口から銃弾を怪鳥に浴びせていた。銃弾は怪鳥の体に幾つもの穴を穿ち、整然と並ぶ機銃座の何機かを破壊した。
「怪鳥なんかじゃない! ただ、大きいだけの飛行機だ!」
ルナの叫びも空しく、かすり傷程度ではビクともせずに飛びつづける怪鳥の上面に並ぶ機銃座から、無数の迎撃弾がルナ機に放たれた。王家の血を引くルナにとって、それをかわすのは不可能ではない。空力学を駆使した翼面が発揮する受動的旋回能力と、各種の能動的旋回補助システムから得られるその動きには、対空機銃とて照準すること自体が神業に近い。照準がムリとみるや、怪鳥の機銃座からは一面の弾幕が張られた。ルナはそれらを僅かな挙動で寸分のところでかわし続けたが、ちょうどそこに飛び込んで来たルナ隊の隊員達にとっては、針のむしろに飛び込んだようなものである。軽量なタイガー・ルナは、数発の機銃弾で四散してしまい、次々に夜明けの太陽に光る海面に飲み込まれていく。
「退避しろ! 逃げるんだ!」
そんなルナの叫び声を待つまでもなく、各々が回避行動を取りながら散会していった。それはまるで、巨鳥に群がるハエのようだったろう。違いは巨鳥が武装していること。低空に、高空に、雲に、逃げ惑う隊機を見送りながらルナが怒鳴った。
「増装タンクを未だ付けているヤツはいるか!?」
基本的にそんな機体はいないはずである。航空戦に外装の燃料タンクを付けたまま臨む者など、ルナを除いてはいない。ブリタニアへの残りの距離を考えると、増装を切り離して怪鳥に戦いを挑んだ機体は、撃墜を免れていたとしても、もう戦闘できるだけの燃料は残っていないはずだ。つまり、ルナのこの問いかけの意味するところは、燃料に余裕がある機体が残っていれば、怪鳥から逃げるのではなく未だ戦いを仕掛けようということなのだ。たとえ増装を付けたままの機体があったとしても、通常の隊員は申告を躊躇したことだろう。
「私の機は未だ付けています!」
フェルチアである。定員オーバーであり、パイロット以外の人間を載せているため、戦域から離れていたので、増装を切り離していなかったのだ。歴戦の勇者が集うルナ隊の隊員でさえ黙ってしまったのを尻目に、彼女はあっさりと申し出て見せたのである。それは彼女がルナに対して抱く他の隊員以上の何かが成させる技なのか。
「よし、まだ一戦する燃料が残っているな。タンクを切り離して俺に続け。」
「勝機は?」
これだけルナに心酔する彼女であっても、流石におののいている様子が伺える。
「ヤツも普通の飛行機だ。我々の銃撃で被弾している。上部甲板上の銃座に破壊した所があって穴が開いている。そこに俺が切り離した燃料タンクをぶつける。貴様は俺の後方に控えて、タンクがぶつかった所を銃撃しろ!」
「無茶です、隊長! 飛びながらタンクを目標に、それも銃座に……」
「やるんだ、フェルチア! 俺はできる! そして貴様もできる!」
ニ機のタイガー・ルナが怪鳥に向かって突入した。
逃げたと思って油断していた怪鳥の乗員は、改めて突入してくるタイガー・ルナに面食らうことになった。その間隙を突いて、ルナ機とフェルチア機が極限にまで怪鳥に接近した。
「ここだ!」
タイガー・ルナのリニアロータリーエンジン用に強化された燃料を七割方満たしたタンクが、ルナ機から切り離された後もまるで手が添えられているかのように正確に飛んだ。銃撃で破壊され、穴があいた状態になっている元銃座があった所に、時速数百キロの相対速度で激突したタンクは変形・圧壊し、中身の燃料を怪鳥の体内に染み込ませていく。
「フェルチア! 今だ!」
ルナ機のエンジンが許容回転数を越えて唸りを上げ、後方に焼けたオイルの匂いを残しながら上昇に転じた刹那、フェルチアがスロットルレバー上面に配置された機銃の発射ボタンを力任せに押した。コンマ数秒のタイムラグも無く、フェルチア機の機首に装備された機銃から銃弾が怪鳥に浴びせられていく。既に広範に広がっていた燃料は、安全性のために発火温度が高められているものだったが、音速を超える銃弾が金属の機体を引き裂く時に発する高温の火花によって、いとも簡単に発火した。それが一瞬で爆発的に燃え広がっていくのを横目で確認したルナは、困難をやり遂げてやや放心状態のフェルチアを怒鳴りつけた。
「逃げるぞ、着いて来い!」
ただちに我に返ったフェルチア機は、反転上昇するルナ機を追ったが、怪鳥の上面に無数に配置された機銃もニ機を追った。ルナが再び鬼人の動きでひとしきりの弾幕を避けたが、怪鳥からの銃撃はすぐに止んだ。そしてルナが振り返った時、フェルチア機は視界にはなかった。ルナの目には、内部から火災を起こし、猛烈な黒煙を吐きながら高度を下げている怪鳥だけが映っていたが、それも涙でかすんで見えた。
「フェルチア……、俺の部隊に来たばかりに……。」
ルナにとっても、彼女に対して特別な感情が芽生えていたことに、ここでやっと気付いたのだ。無くして始めて気付くというのは、人の人たる所以か。前回、涙を流したのはいつだったか。ドーバー戦役の英雄とうたわれながらもブリタニアに追放された時でさえ、彼は涼しい顔を装っていたものだ。昨晩、旧知の戦友である副官の裏切りを知り、自らの手にかけた時とも違った、彼が初めて味わう苦渋であった。長い間に溜め込まれた涙が一気に溢れ出たとでもいうように、とめどなくそれは流れ続けた。

 呆然と飛び続けるルナ機の周りに、三割は数を減らした編隊が集結し、そのままブリタニアに向けて進路を取った。

<続きがあります。>

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