新月の夜。思いのほか涼しい風が吹き巻く高い塔の上から 自分の棲む街を眺める。
ほんとうは、月も星も見えない夜空が地上で、星屑のように煌く地上が天空なのではないか?
と思いつつ 塔を降りようとした瞬間、「どん どどん」という破裂音。
どきっとして振り返ると、鮮やかな花火。場所は神宮球場あたり。花火ナイター?
屋上にはなぜか中国語の黄色い歓声。
なんだか、「電気羊はアンドロイドの夢を見る」な懐かしい気分に @森タワー スカイデッキ
先週末、西麻布でのながーい打ち合わせの後、
自転車で日が落ちたばかりの六本木ヒルズに立ち寄り、
「アイ・ウェイウェイ展 何に因って?」@森美術館を観てきた。
アイ・ウェイウェイといえば、北京オリンピックで注目を集めた奇抜なスタジアム「鳥の巣」の
設計者であり、建築や現代アートから家具デザインまで手がけるマルチアーティスト。
かつて寺山修司が「職業は、寺山修司です」と答えていたというのは有名な話だが、
アイ・ウィエウェイも「職業は、アイ・ウェイウェイです」というほかない類のひと。
「鳥の巣」の夥しい建設写真コラージュで覆われた美術館の入口。
驚くかな、森美術館では作家の同意の下 館内撮影を許可していた(ストロボ&三脚&動画撮影は×)。
海外の美術館では撮影OKなことが多いが、日本では外観撮影さえ×な所がある位だから英断かと。
記録のための写真なら図録で事足りるけど、作品をフレームに捉えようとすると、
ただ眺めるだけのときよりも、作品との対峙の仕方が明らかに変わってくるから面白い。
これは、中国ブランドの永久自転車をパズルのように組み上げた「フォーエバー自転車」。
本来の機能を見事に去勢されたナンセンスオブジェは、かつての自転車大国が
急速に車社会化する背景をシニカルに象っている。
マルセル・デュシャンのレディメイドへのオマージュでもあるよう。
左は プーアール茶を敷き詰め、プーアール茶で構築した「茶の家」。当然、辺りは猛烈芳香。
真ん中は 箪笥の円い空洞を覗くと 月の満ち欠けが見える「月の箪笥」。古代中国の寓話の如し。
右は 唐代の骨董にコカ・コーラのロゴを描いた「コカ・コーラの壷」。他にも新石器時代の壷を
工業用塗料で毒々しく染めた作品や、漢時代の壷を落として割る3枚の連続写真作品などもあり。
館内の監視スタッフ用チェアも、清代のアンティーク椅子という凝りよう。
アイ・ウェイウェイのアートは一見、非常に分かりやすく、クラフトマンシップ的な洗練度もあり、
欧米人好みのオリエンタリズムに満ちている。が、彼が政治的迫害によって少年期を新彊で過ごし、
青年期はアメリカで暮し、天安門事件後の‘93年から北京で活動している来歴ゆえともいえる
越境感覚は、土着のチャイナ・アヴァンギャルドとは視点が大きく異なる。
彼の作品モチーフの多くは中国というアイデンティティー抜きには語れないが、
彼にとって西洋は単なるアンチでも憧れでもなく、その視線は東西を超えた地平に注がれている。
これは激しいスクラップ&ビルドを展開する北京の風景をコラージュした「暫定的な風景」。
十年ほど前、留学していた弟を訪ねて行った時の北京の風景は、いまはもうないんだろうな。
昨年観た激変する中国を捉えたドキュメンタリー映画「いま そこにある風景」や、
三峡ダム建設のために水没していく町を描いたジャ ジャンクー の「長江哀歌」を思い出した。
昨夏、「アヴァンギャルド・チャイナ展」「いまそこにある風景」「長江哀歌」の感想)でも書いたが、
伝統と革新が激しくせめぎあう今の中国からほとばしるアートの行方がやっぱり気になる。
☆
アイ・ウェイウェイ展の少し前に、表参道のhpgrp GALLERY 東京で開催中の
元田久治展を観た。そう、こちらもモチーフは鳥の巣スタジアム。
ただし、描かれているのは、廃虚と化した鳥の巣なのだが。
元田氏の作品展は、昨年新宿で観た「VISION増幅するイメージ」以来2度目。
渋谷、銀座、六本木、秋葉原、東京タワー、鳥の巣。。。彼の描く廃虚画に不思議と魅かれるのは、
暴力の匂いがしないから。それはゴジラとか核爆弾などに荒らされた廃虚ではなく、
天災で人々が滅びた後、少しずつ自然に蝕まれていったような緩慢で静謐な廃虚なのだ。
“あと千年も経てば、いい感じの世界遺産に成長しそうな廃虚”とでもいおうか。
アイ・ウェイウェイ展と合わせて観ると、また面白い。
なによりアイ・ウェイウェイ自身に感想を聞いてみたし。
☆
さて、アイ・ウェイウェイ展のすぐ側、麻布十番のSTUDIO TORICO では8/20~27まで
ナイトミュージアムならぬ、ナイトギャラリーを開催しており、17時~23時と
宵っ張り人間にはうれしい時間帯にオープン。
今回の木村直人写真展「gale」は、何かにフォーカスするのではなく、
gale(疾風)=カメラに任せて撮った新境地の作品が並ぶ。そのコンセプトに合わせて作られた冊子も、
配布しているので、ぜひ。手作りの内装も心地よく、キムナオさん&キムリエさんとついついまた
遅くまで話し込んでしまった。今度、トリコで写真のプリントもお願いするつもり。
ナイトギャラリーは今週8月27日(木)までなので急いでSTUDIO TORICOへ!!
(トリコへは麻布十番駅から徒歩約10分。六本木TSUTAYAからなら徒歩約5分と至近です)
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日曜は、行こう行こうと思っていた「謎のデザイナー 小林かいちの世界」展の最終日であることに
はたと気づき、陽射しが少し衰えた夕刻前、赤坂のニューオータニ美術館へ。
小林かいちは、大正末期から昭和初期にかけ、
当時の女子に絶大な人気だったという京都スーベニールの牙城
新京極の「さくら井屋」の絵葉書や絵封筒の図案を多数手がけた木版絵師。
近年、その優美でメランコリックな作風が注目され、京都アール・デコとも謳われている。
よく枕に「謎の」とつくのは、経歴などが詳細不明であるがゆえ。
会場は、ほぼ妙齢の女子一色だった。夢二とか、中原淳一とか、内藤ルネとかに通じる
乙女系アーティスト作品には、時代を超えて女子心を虜にする決定的なツボが潜んでいる。
私はこれを“ガールツボ”と呼んでいます(笑)。かいちは模倣されることも多かったというけれど、
このガールツボがない輩が模倣していたら、きっとすぐに見破られたはず。
美術館の帰り、赤坂見附の弁慶橋から江戸の名残の弁慶濠を臨む。
紀尾井坂といい、この辺りといい、高層ビルや高速道路を傍目に妙に鬱蒼としていて
ヒグラシやツクツクボウシが先導する蝉時雨も、車の轟音に負けていなかった。
帰途、代々木公園を自転車で通過した時に見たオオハンゴンソウ(大反魂草)。
この日、たまたまTVでハンゴンソウは在来植物の生態系に影響のある特定外来生物ゆえ、
どこかの公園で大量駆除したというNewsを見た。生態系を慮れば仕方ないことかもしれないが、
せめて駆除した花は無残に捨てないで切り花として活けてあげてほしい。。と思った。
生命力が強いだけで、花そのものに罪はないのだから。(天ぷらにして食べると美味しいという話も)
薔薇はさすがに最盛期の美貌を保っているものはごく僅かながら、近寄ればやっぱりいい香り。
カナブンたちにたかられている薔薇の名は、シャルル・ドゥ・ゴールさん。
☆
8月23日は故ニキの誕生日。生きていれば18歳だった。
先日ちねんさんから入手した蜜蝋で手作りした新しいキャンドルに火を灯し、
心の中でニキを抱きしめた。ニキのふわふわあったかな感触は永遠にここにある。
翌月曜は、夕方近くに凄いスコールが降った。終日、家で原稿を書くだけの日だったので
窓から眺める分にはすこぶる爽快だった。ベランダの木々も横殴りの雨にざあざあ洗われながら
歓喜していた。日没直前、不意に雨の上がった西空の美しさにみとれていたら
三日月が雲の切れ間から「やほっ」と貌を出した。