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小説『御庭番耳目抄』

2024年07月27日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

村木嵐「まいまいつぶろ」の別篇。


徳川家重(とくがわいえしげ)の
将軍継承を巡る物語を、別の視点から描く。

本書を紹介するには、
徳川家重の将軍継承の問題点に
始めに触れなければならない。

江戸幕府第9代将軍・家重(幼名長福丸)は、
8代将軍・徳川吉宗の長男として生れたが、
誕生時、へその緒が絡まっての難産だったため、
生まれつき脳に障害を持ち、
半身が麻痺、言葉も不明瞭、
膀胱に損傷があって、尿をもらし、
歩いた後に小便の跡が残ったため、
まいまいつぶろ(かたつむり) と陰口をたたかれ、
民衆からは小便将軍と揶揄された。

異母弟の宗武が優秀だったため、
家重を廃嫡(嫡子の権利を廃すること)して
宗武に将軍を継がせようという動きがあり、
父・吉宗を悩ませた。
というのは、長子継承は家康の家訓であり、
能力を見て次男に家督を渡すことは
相続における長幼の順を乱すことになり、
徳川御三家などの親族や
家臣らによる後継者争いの火種になるからだった。

家重自身は、肉体の損傷にもかかわらず、
頭脳が明晰であることは吉宗は理解しており、
ただ、言葉を話せず、文字も書けない状態では、
老中らを指導することもかなわないため、
実際に将軍に就任した後のことが懸念された。

しかし、家重の不明瞭な言語を理解する人物が現れた。
幼名兵庫、後の大岡忠光である。
鳥の声を聞き分けることが出来るなど、
特別な聴覚の持ち主で、
不明瞭な家重の言葉を理解したことから、
通訳として小姓に任じられる。

しかし、幕閣の中には不安視する者もいた。
忠光が勝手なことを言っているのではないか、という疑いだ。
もし家重が将軍になった場合、
忠光を通じてしか将軍の意志を確認できない、                   ということは、側用人制度が復活してしまうのではないか、と。
側用人は、5代将軍家綱の時に始まって3代続き、
老中といえども将軍と接見できず、
側用人が将軍の意志を代弁することで、
権勢が高まり、賄賂が横行するなどの悪癖を生んだため、
吉宗によって廃止されたばかりだったからだ。

このような状況を背景に、
いろいろな人物の視点で描いていく。

まず吉宗の母・浄円院の立場。
吉宗は元・紀州藩主。
その和歌山から江戸に上った浄円院は、
孫の長福丸(後の家重)と弟・小次郎丸(後の宗武)に初めて面会し、
長福丸の聡明さを見抜く。
兵庫が間違いなく長福丸の言葉を通訳していることも知る。
それでも、長福丸を不憫だと思った浄円院は、
家重が将軍を継ぐことを阻もうとする。

吉宗の覚え目出度い松平乗邑(のりさと)は、
翻訳者の忠光が最後まで信じられず、
側用人に化けるることを危惧して、
家重の将軍継承に反対し、
老中の職を解かれる。
その後、乗邑は、忠光の父親に面会し、
その実直な人柄に触れ、
もっと早く会っていれば、と悔やむ。

家重の尿洩れについて会話にのぼった際、
「そなたはそれを、汗や涙と思うたことはないのか」
と吉宗が言う言葉に、乗邑は、はっと胸を打たれる。

家重の息子・家治
乗邑が吉宗に
「家重様が将軍となられますならば、忠光は遠ざけてくださいませ」
と言った時、
家重の言葉を忠光は途中までしか訳さない。
「忠光を遠ざける、くらいなら、私は将軍を・・・」
の続きを家治が代弁する。
「忠光を遠ざけよう、権臣にするくらいなら。
 私は将軍ゆえ、と。
 御祖父様、父上はそう仰せになりました」
若干12歳の家治に、
こんなことを言う胆力があったか、疑問。

その後、家治は、
もし忠光が側用人のようになった時は、
家重を諫めよと、吉宗から命を受ける。

家治の母、お幸
家重の正室・比宮の願いで家重の側室となり、
家治を産んだ。
家治が10代将軍になれるなら、
9代は宗武でもいいと思っている。

忠光の妻・志乃と息子の兵庫(忠光の幼名と同じ)は、
遠縁の大岡忠相に会って、
忠光から家重のことを家では何一つ話していないことを
改めて確認する。
また、知人の子どもから折り紙の人形をもらったことを
忠光が知った時、返して来いと、命令される。
「大岡では紙一つ受け取れぬと申して、返してまいれ」
それは、側用人と疑われないために、
恩師から言われ、忠光が自分に課した掟だった。
長じて、忠喜(ただよし)となった兵庫は、
家重に拝謁し、
家重と忠光の麗しい関係を理解し、涙する。

家重は、美濃国郡上藩の百姓の訴えを
田沼意次を上手に使って見事に裁く。
その結果、意次を老中に押し上げる。

これらの各話を貫く人物として、
吉宗の御庭番・万里、別名半四郎の視点を置く。
これが本書の題名の由来。
吉宗も逝き、家重も亡くなり、忠光もみまかり、
万里も老境を孫と平安に過ごす場面で、
本書は閉じる。

順調に継承されてきた徳川将軍家の危機を巡る人間模様。
同じ題材で2度書くほど、
作者にとって、魅力ある物語だったのだろう。



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