[書籍紹介]
海坂藩(うなさかはん)とは、
藤沢周平の時代小説に登場する架空の藩。
「海」を「うな」と読むのは、
「大海原」と書いて「おおうなばら」と読むのを
想起してもらえば、納得してもらえるだろう。
藤沢によってこの藩のモデルについての明言はされなかったが、
藩や城下町、領国の風土の描写から、
藤沢の出身地を治めた庄内藩と
その城下町鶴岡がモチーフになっていると考えられている。
海坂という言葉について、
藤沢は、水平線が描くゆるやかな弧をそう呼ぶと聞いた記憶があるとし、
藤沢は、一時期俳句を投稿していた句誌『海坂』から
その名を借用し、作品の舞台として海坂藩の名を与えた。
この小藩を舞台にした一連の作品が
「海坂もの」と呼ばれることがある。
しかし、実際には「海坂藩」と舞台が明記されるのは、
海坂藩が初出した短編「暗殺の年輪」(1973年)や
隠し剣シリーズ(1976~80年)など
初期に著された短編作品と、
長編ではじめて「海坂藩」が明示された「蝉しぐれ」(1986年)
以後の作品のいくつかであり、
藩名が明示された作品はむしろ少ない。
2007年に、文藝春秋から出版された、
「海坂藩大全」上下2冊として、
「海坂もの」の短編集がまとめられている。
そこでは、「海坂もの」の基準が
①海坂藩、海坂と明記してある
②五間川が流れている
③色町として染川町がある
という3点が基準になっている。
収録作は、
上巻
暗殺の年輪 相模守は無害 唆す 潮田伝五郎置文
鬼気 竹光始末 遠方より来る 小川の辺 木綿触れ 小鶴
下巻
梅薫る 泣くな、けい 泣く母 山桜 報復 切腹
花のあと-以登女お物語 鷦鷯(みそさざい)
岡安家の犬 静かな木 偉丈夫
海坂藩については、藤沢ファンの想いを刺激するものがあるらしく、
井上ひさしを始め、
「海坂もの」を読んで、
海坂藩の地図を独自に描く試みがなされている。
本書は、その「海坂藩」に題材を取った作品の解説はじめ、
多岐にわたる藤沢作品について、
海坂藩物、剣術物、女性が印象的な小説、
市井物、歴史小説、伝記といったジャンルごとに
魅力が語られる。
筆者の湯川豊氏は、文藝春秋に所属した編集者。
目次
第一章 海坂藩に吹く風
第二章 剣が閃くとき
第三章 つつましく、つややかにー武家の女たち
第四章 市井に生きる
第五章 歴史のなかの人間
第六章 伝記の達成
第二章 剣が閃くとき と、
一つの章建てがされているように、
藤沢作品の大きな柱として、
剣客ものがあり、
様々な秘剣が描かれ、描写も詳細をきわめる。
さぞ、剣術の鍛練をしたかと思うのだが、
ご遺族にお聞きしても、
藤沢に格別に剣道に身を入れた体験はないという。
つまり、作家の想像力が作り出したものと言うしかない。
また、藤沢の剣客小説には、
主だった剣客たちの流派が必ず書き込まれているが、
全て実在したものだという。
そして、あまり知られていない、
地味な流派を好んで選んでいるという。
第五章 歴史の中の人間 に、
信長、秀吉、家康の3人について
藤沢周平がどう見ていたかが書かれていて、興味深い。
藤沢周平は,初期の頃、信長に好意を持っていたが、
その時期は比較的短く、
信長から離れた理由として、
信長の殺戮を挙げている。
人間の持つ「白い根のような」狂気だとも書く。
ヒトラーやポル・ポトに似ているとまで。
秀吉の特徴は、説得と恫喝。
「蜜謀」における上杉謙信の後を継いだ二代目景勝の描写が興味深い。
軍師の直江兼続によって、
江戸城攻めを提案された景勝は拒絶して、こう言う。
「わしのつらをみろ。これが天下人のつらか」
そして、こう続ける。
「わしは太閤(秀吉)や内府(家康)のような、
腹黒の政治好きではない。
その器量もないが、
土台、天下人などというものには
さほど興味を持たぬ」
義を踏みにじる厚顔の男、
家康のまわりに人が群がり集まって来るのを見て、
兼続は思う。
天下人の座に坐るには、
自身欲望に首までつかって恥じず、
ひとの心に棲む欲望を
自在に操ることに長けている
家康のような人物こそふさわしい。
今、私の書棚には、
親戚筋から継承した藤沢周平の文庫本が並んでいる。
この「海坂藩に吹く風」を読んだ後、
どんな風に藤沢周平を読むことが出来るか、
楽しみである。
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