[書籍紹介]
Wikipediaで、小田雅久仁(おだまさくに)を調べてみると、
日本の小説家、ファンタジー作家、とある。
2009年に「増大派に告ぐ」が
第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞して、作家デビュー。
2013年、「本にだって雄と雌があります」が
第3回Twitter文学賞国内部門で第1位となり、
2014年、「11階」で
第25回SFマガジン読者賞国内部門を受賞。
2022年、「残月記」で
第43回吉川英治文学新人賞を受賞、
本屋大賞7位入賞、
2023年、同作で第43回SF大賞を受賞、
と実績、人気共にある作家らしい。
この短編集は、『小説新潮』に、
2011年から2022年までの間に掲載された7作品を収録。
共通項は、口、耳、目、肉、鼻、髪、肌という、
ヒトの体の部位をモチーフにしている点。
「食書」
男は多目的トイレで、一人の女と遭遇する。
女は本を貪り食っており、
去り際、
「一枚食べたら、もう引きかえせないからね……」
という言葉を残す。
帰宅後、家の蔵書を口にした男は、
そのページに書かれた光景の中に入り込んでしまう・・・
これは、“読書”ではない。これは“食書”だ。
「耳もぐり」
電車の中で、主人公は、
鈴木という男が、女性の耳から中に入り込むのを目撃する。
鍵のような手の形を作り、
鍵穴、つまり人の耳をこじ開ける、
「耳もぐり」というのだという。
主人公は、鈴木から手ほどきを受け、
人の身体に入り込むようになる。
長く身体の中にいると、次第に同化してくる。
更にそのままま他の人間人の身体に入ると、
二重三重に重なった人間が出来上がり、
記憶が混ざり合い、誰が誰とも分からなくなる。
ある時、主人公は、眠っている鈴木の鍵状の手を
鈴木の耳にあてがうと、
鈴木は鈴木自身の身体に飲み込まれ、消滅してしまう・・・
「喪色記」
人の視線が苦手な主人公は、
それが原因で職を失う。
夢の中で直立した岩の上に住んでいた彼は、
夢の中で一緒だった少女と現実に遭遇する。
それから40年が経ち、
世界の崩壊する様を彼は女と一緒に見ることになる。
それは、世界が色を失い、灰化していく過程だった・・・
「柔らかなところへ帰る」
主人公は、路線バスの隣に坐った
太った女の肉の感触に欲望を覚え、
やせ細った妻に魅力を感じなくなる。
それから何度も違った太った女と隣席になり、
あの肉に溺れてみたい、という渇望に翻弄された男は、
再び最初の女と遭遇して連れて行かれた家で・・・
「農場」
宿無しになってしまった青年は、
公園でリクルートされ、
山奥の「農場」に連れていかれる。
そこでは人間の鼻が培養され、
その鼻を苗として畝に植え、
数カ月後、掘ると、
その鼻を持った人間が現れる。
「ハナバエ」というのだという。
しかし、その人間は、時間と共に枯れ、
再び鼻が削がれて培養液に漬けられ、
また栽培されて・・・
「髪禍」
二度結婚し、二度離婚した33歳の「壊れかけた人生」を生きてきた女は、
10万円の報酬に目が眩み、
「惟髪かんながら天道会」と名乗る宗教団体の
「髪譲りの儀」にサクラとして参加する。
そこで起こった悪夢のような光景は・・・
「裸婦と裸夫」
電車の中で全裸の男に出会った男は、
次々と裸になる男女が出て来て、
それが伝染性のあるものだと知る。
しかも、その現象は世界的規模で起こっていた。
“ヌード”と“パンデミック”がつながって、
“ヌーデミック”という造語が生まれるほどに。
やがて、町中に裸の人間があふれ、
着衣の人間の服を脱がせるようになり、
そこへ津波が襲いかかり・・・
最初に「ファンタジー作家」と紹介したが、
むしろ「幻想小説家」と言った方がいい。
「怪奇小説家」とも。
よくも、こんなことを思いつき、
小説世界に構築したものと感心する。
一度頭の中を覗いてみたい。
と思わせるほど、
異形の世界を見せてくれる。
普通に生きていたはずの人たちが、
突然「禍」(わざわい)としかいえない事態に投げ込まれる。
それが奇想天外を越えて、
破滅的な世界の終末にまで至る。
こんな奇妙な短編集なのに、
全国書店で週間ベストセラー1位を獲得し、
発売わずか7日で大増刷が決定したという。
時代は、奇妙な物語を欲しているのか。
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