[書籍紹介]
5日前に紹介した
映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の原作本。
題材は、1920年代初頭の
オクラホマ州オーセージ郡で発生したインディアン連続殺人事件。
100年前の事件に新たなメスを入れるのは、
アメリカのジャーナリスト、デイヴィッド・グラン。
現地を訪ね、人々に当たり、
資料館で古い資料を掘り起こして、
事件の真相に迫る。
3部構成で、
第1部「狙われた女」は、
映画にも登場するモリー・バークハートを中心に、
その母親、姉のアナ、妹リタの殺人におののく姿と
それ以外の殺人事件を辿る。
↓はアナ(中央)、モリー(右)、三女ミニー(左)の三姉妹。
映画紹介でも触れたが、
時代背景を述べると、
オセージ族は、住む土地の地下に米国最大の油層があることが判明したことから、
莫大な金が転がり込んで来る。
しかし、アメリカ政府は彼らに資産管理能力がないと決めつけ、
同地域に住む白人に財務管理をさせる後見人制度を導入した。
後見人はあらゆる手段を使ってオセージ族の財産を着服し、
更にオセージ族と婚姻関係を結ぶことによって、
白人であってもその受益権を相続できるようになり、
この後見人制度と、受益権の相続ということが
結果的に何十人ものオセージ族が不審死を遂げる事件を呼ぶことになる。
第1章では、こうした殺人事件の数々を順の描写する。
まるで、現場にいたような記述は臨場感たっぷり。
映画との違いはわずかで、
爆破で殺されるモリーの妹の夫が
モリーの夫・アーネスト・バークハートの弟というのは、
映画的創作で、別人。
弟は生き延びるが、実際の夫は、妹の死後数日後に死亡する。
また、アーネストがモリーの後見人だったことは、
映画では触れていない。
ただ、第1章の段階では犯人は特定せず、
アーネストやその叔父の黒幕ウィリアム・ヘイルについても、
普通に触れるだけ。
犯人捜査が進まないのは、
ヘイルをはじめ、州のお偉方が捜査の妨害をしたからだという。
なお、余談だが、
オセージ族の女性が身にまとう毛布のような服は、
インディアン・ブランケットと言うのだと、
本書で知った。
第2章「証拠重視の男」で、事態は進む。
FBI創始者のJ・エドガー・フーヴァーから
特別捜査官のトム・ホワイトが現地に送り込まれたからだ。
ホワイトはチームを組み、
捜査官を潜伏させて現地の人々に紛れ込ませる。
畜牛業者や保険販売員、呪術医などに身をやつした捜査官は、
証拠集めと証言集めをし、
その結果、事件の背景に
土地の有力者・ヘイルと
その甥のアーネストの存在が浮かび上がる。
↓はアーネスト・バークハート。
しかし、ヘイルの関与を裏付ける関係者は
次々と謎の死をとげており、
捜査は暗礁に乗り上げる。
しかし、最終的にアーネストが自白したことから、
ヘイルも逮捕され、
二人とも終身刑になる。
↓ウィリアム・ヘイル
ただ、有罪の判決が出るまでには紆余曲折があった。
陪審員が評決不能になるのだ。
アメリカ先住民を殺害した同胞の白人に
有罪判決を下す12人の白人を見つけるのは困難だった。
しかし、ようやく陪審員はヘイルに有罪を言い渡す。
この章では、ホワイトの出自や
その後、刑務所長にしなってからの事跡も触れる。
また、後見人制度の暗部も明らかにされる。
後見人は、担当するオセージ族の被後見人に
自分の経営する店から法外な高値で物を買わせたり、
250ドルで車を買い、それを被後見人に1250ドルで転売したりした。
被後見人に特定の店や銀行と取引させ、
その見返りに口利き料を取ったり、
家や土地を被後見人のために買うといいながら、
実際には自分のために買ったりした。
被後見人の銀行口座から直接盗み取った額は、
少なくとも800万ドルにあがるという調査もある。
また、相続による財産の盗みも状態化しており、
モリーの周辺で見ると、
独身だったアナの死後、全ての資産が母リジーに渡り、
リジーが死ぬと、資産はモリーと妹の四女・リタに渡る。
リタと夫ビルの死が爆破だったのにも意味があり、
二人の遺言では、
二人が同時に死んだ時に限り、
リタの受益権は姉モリーが相続することになっていた。
(ただ、実際はリタの夫ビルの死ぬのがリタより数日遅かったため、
リタの財産をビルが相続し、
ビルが死んだ後、ビルの親族が相続することになった)
モリーに一族の資産が集中し、
その資産を管理するのが、後見人である夫のアーネストだった。
そして、モリーは、毒を盛られて衰弱していく。
こうした陰謀の背後にいたのはヘイルだった。
このように、後見人制度と相続制度で、
オセージ族の財産が白人の手に渡る仕組みが
殺人事件の背景にはあったのだ。
その後、オセージ族は議会に働きかけて、
オセージ族の血を2分の1以上引いていない者は、
受益権を相続できないとする
法律案を可決させる。
第3章「記者」では、著者のグランが登場し、
100年近く経った現地で取材を展開する。
会った人物には、モリーの孫のマージー・バークハートなどがいる。
そして、資料の中から、
アナらの殺人事件は一応落着したものの、
それより広範にオセージ族の財産を狙った殺人事件が
頻発していたことを発見する。
それらの事件は、捜査も十分に行われず、
そもそも事件化さえされずに、
歴史の中に埋没してしまったものだった。
H・G・バートという銀行の頭取が
ヘイルと同様の陰謀を働いていたことが明らかになる。
多数のオセージ族の後見人をしていて、
うち何人もが不審な死を迎えていた。
ヘイルだけが特異な邪悪な存在ではなかったのだ。
アナ殺人事件より前から行われ、
公式な殺人事件の数には含まれない殺害事件が
一度も捜査されることもなく、
ましてや殺人事件に分類されることもないまま
放置されていたのだ。
この時期にオセージ族の後見をしていた人物について調査すると、
ある者は11人を後見し、うち8人が死亡していた。
別の後見人は13人を後見し、うち半数が死亡、
更にある者は5人を後見し、その全員が死亡している。
1907年から23年までの16年間で、
605人のオセージ族が死亡しており、
死亡率が異常に高い。
こうした行為は、「インディアン・ビジネス」と呼ばれていたという。
汚職市長、法執行官、検察官、裁判官もそれに手を染め、
「もしヘイルが知っていることを話していたら、
この郡の指導的市民の大半が刑務所送りだった」
と言う人もいる。
このような無法行為がはびこった背景には、
先住民に対する根深い差別意識と
人間扱いしない劣等民族視があり、
彼らが豊かになることを望まない、
白人たちの嫉妬があった。
アメリカの歴史の恥部と言えよう。
その後、アーネストもヘイルも仮釈放されている。
何のための終身刑か分からない。
ヘイルは訪ねて来た親類にこう言ったという。
「アーネストの奴が口を閉じてりゃ、
今頃俺たちは金持ちだったのに」
モリーは、アーネストと離婚後、
新しい夫とともに居留地で暮らし、
夫婦中はむつまじく、幸福だったという。
1937年6月16日、
モリーはこの世を去ったが、
その死は、不審死とみなされはしなかった。
なお、数十年間に及ぶ法的争いを経て、
2011年、連邦政府は
オセージ族に3億8000万ドルの和解金を支払い、
オセージ族の資産管理を改善する様々な対策を行うことに同意した。
読み終えて、改めて題名を見る。
「花殺し月の殺人」。
象徴的な題だ。
4月、丘陵や平原に無数の小花が咲き乱れるが、
5月に、それより背の高い花の時期になると、
小花から光と水を奪いとる。
小花は枯れ、やがて地に埋もれる。
それゆえ、オセージ族は5月を
「花殺しの月(フラワー・キリング・ムーン)」と呼ぶ。
地面に生えた小花(オセージ族)を
背の高い花(白人たち)が殺してしまったように見える。
2017年に刊行された本書は、
アメリカ探偵作家クラブ賞を受賞。
なお、本書は、映画に合わせて、題名を変更している。
このノンフィクションから
あのような見事な映画を作り出した
脚本のエリック・ロスと
監督のマーティン・スコセッシの手腕は、やはりすごい。
アカデミー賞の脚色賞ノミネートは確実だろう。