空飛ぶ自由人・2

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あゝ蓮舫サン

2022年09月18日 23時00分00秒 | 政治関係

安倍晋三元首相の国葬について、
また蓮舫サンがへんなことをやっている。

ツイッターで国葬への不参加を表明。
しかも、わざわざ国葬の案内状の写真をあげての不参加表明。

これに対し、「ひろゆき」こと、西村博之氏などから、
「人の葬式に行かない人は、黙って行かなければいいだけです。
行きません」とわざわざ言う必要はないと思います。
遺族と参列者に失礼です」
と、批判されている。
また同氏は、こうも述べている。
「『国葬は葬式ではない』と、言ってる人がいますが、
外賓は、State Funeral として招待されます。
海外から見れば葬式です」
「『国葬に反対だけど、葬式は静かに見守る』
という大人の対応をすべきかと」

更に加えて、蓮舫サンは、
連合の芳野友子会長が、
国葬への出席を表明したことについて、
またもツイッターで批判。

これに対しても、ネット上では、蓮舫サンを非難する声が多数あがっている。

○「国民に弔意を強制する事に反対」と言いつつ、
国葬儀に出席する事に異議を唱えるとはね。
弔意を表すなと強制する自己矛盾に気付かないのかよ。

○押し付け、強制はあかんと言いながら、
他人に欠席を強制させるんですね。

○圧力ですか?
「弔意を示さない事の強制」は控えるべきです。

○弔意は強制されるものでもなければ、逆もまた然り。
特に、本人は安倍さんの死を追悼したいと思ってるかもしれないし、
その気持ちに対して政治的な立場から干渉するのってどうなの?

○写真付きSNSで欠席を拡散するマナーもさることながら、
他人の出席にも口を出すなんてどういう了見だろうか?
どんな時でも個人攻撃や誹謗中傷をやめられないのがサヨクの品性だと思う。
今までもこうだったし、今後も改善すると期待する要素はないと思う。

○もう蓮舫議員が何かを言うたびに与党を利するだけになっているように思います。
反対の立場を表明するぶんには政治的スタンスなので構いませんが、
案内状を晒したり事前に欠席を声高に叫ぶのは
良い大人のやる事として疑問が残ります。

○この方、ホントに礼儀を知らない人だなって思います。
ずっと、与党のやることを反対するだけで、
自分らならこうしますとか対案を出すことさえしない、
そして出来もしないことを立案する立憲民主党、日本共産党他・・・。
蓮舫、辻本さんっていい法案とか仕事したことってありましたっけ?

○立憲民主党の方々がマスコミに出てるのを見ると
人の揚げ足取りの時しか目立ってないと思いますよ。
政策に掲げている事を実現するために
やることが沢山あるんじゃないですか?
亡くなった人の事をほじくり返したりする前に、
まず自分たちの足場を見直してください。

ネットの住人は、
蓮舫サンの品性下劣は、しっかり見抜いているようだ。

蓮舫サン以外にも、
立憲民主党の議員たちが、SNSで続々と「欠席」を表明している。

鳩山由紀夫政権時代に内閣官房副長官をつとめた元民主党の松井孝治氏は、
「国葬儀への招待状の画像とともに、
ご丁寧にもこれには欠席しますという宣言をされるのは、
政治運動の自由はあるけれど、
私には余り品格ある行動とは思えないですね」
と苦言を呈している。

次のような声もある。

○国葬不参加とか欠席とかわざわざSNSで発信する人って
「あいつの葬式呼ばれたけど参加しねーわ!!ドヤッ!」
って言ってるわけでしょ? 
人としての品性を疑うんだが。

○国葬招待状をSNSにさらして、
わざわざ欠席アピールしてるのって立憲民主党の議員だけですよね。
幼稚過ぎです。

○国葬の案内状をわざわざ写真に撮って、
欠席をアピールする人は、
自分から「私は非常識で礼儀知らずな人間です」と
世間に宣伝してる事に気づかないのかねぇ。

○国葬の招待状をこれみよがしにSNS上にアップすることに
一体何の意味があるのか。
出席するならまだしも、案内状を使っての欠席のパフォーマンスには
強い違和感が拭えず、故人や遺族を揶揄しているようにも見える。
参列を予定している人対しても失礼だと思う。

何時から日本人は、
死者に対する非礼を
自慢げにあらわすようになってしまったのだろうか。

駐日ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏が
ツイッターで、次のように述べている。
「国葬をめぐってメディアや日本の一部のオフィシャルから
あれこれと発言が出ていることを残念に思います。
それどころか、故人に対する目に余る言動に心を締め付けられております」
「たったひとりでも国外からの来賓があるならば、
国民が一丸となって対応することが日本の懐ではないのでしょうか」
「また、問題があるとすれば機会を改めて吟味すれば良いのではないでしょうか」
「今は政治ではなく日本全体の姿が試される局面です。
私は、まったく必要なく悲惨な死を迎えてしまった安倍元総理の英霊を敬い、
歴史に残る国葬となる覚悟で出席を表明致しました」

お笑い芸人のパックンことパトリック・ハーランが、
TV番組で、こう述べている。
「国葬は安倍さんのためにやらなければ誰のためにやるのか。
憲政史上最長の政権をなした総理大臣が暗殺された後に
国葬やらないんだったら、いつやるんだろうと思います」

日本人より、外国人の方がまともだ。

これに対して、
「パックンはリベラルだと思っていたのに」
と失望の声が上がっているが、
これは偽リベラルとの混同だろう。

次のような本質的意見もある。

○弔慰とは内心の問題なのですから、
それに対して第三者が干渉するのは違憲ではないでしょうか。
反対派の方々は、よく違憲だ違憲だといいますが、
自分たちのやってることは憲法に抵触してても無頓着なのが大変気になります。
万が一にでも、こうした方たちが政権を握った時に
ソ連や中国の例を引くまでもなくどうなるのかと容易に想像できます。
自民党政権に打撃を与えたいという一心なのでしょうが、
傍からはこうした目で見られていることが、
全くわからないのでしょうね。

それにしても、安倍さんは気の毒だ。
あれだけ功績があり、海外から高い評価を受けていながら、
国内では、死してまでも、こんな扱いを受けるとは。
本人は政治家として成し遂げたことに満足して、
国葬など望んでいなかったのに違いないのに。
岸田内閣は、珍しく早々と国葬を決めたが、
このように政争の具にされることは想像できなかったのだろうか。

様々な言葉を残した安倍元首相だが、
2015年の「戦後70年談話」が印象に残っている。

「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、
そしてその先の世代の子どもたちに、
謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

この言葉一つ取っても、
この方がどんなに日本という国を憂い、
子孫のことを思っていたかが分かる。
他のどんな政治家も口にできなかった、
腹の坐った人だったのだ。

そこで、次のことに気づく。
今の国葬反対の底には、
そうした安倍さんを貶めたいという想いがあるのだと。
安倍さんに対して国葬などという名誉を与えてなるものかと。
更に根底には、日本を貶めたいという、暗い情念があるのだと。