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『開業医の正体』

2024年06月29日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

題名からすると、
悪徳開業医の暗部を暴く、
という本かと勘違いしそうだが、
そうではなく、
開業医の表も裏も知り尽くした
経験豊かな現職医師の現実を書いた良書。

筆者の松永正訓(ただし)さんは、
1961年生まれの63歳。


1987年、千葉大医学部を卒業して小児外科医師となり、
2006年、「松永クリニック小児科・小児外科」を開業。
医師としては37年、
開業医として18年のキャリアを持つ。

クリニックはどうやってどう作られるのか、
お金をどう工面したか、
収入は? 
どんな生活をしている、
患者と患者家族に思うことは?
診察しながら何を考えているか
などの一般人の疑問に丁寧に答えてくれる。

ビルの一角に診療所を運営する医者を「ビル診」というが、
一人のビル診が、いやいや仕事をしている様を見て、
ビル診にだけはなるまいと決意する。
しかし、一戸建ての診療所を持つには、資金が足りない。
しかし、医療に特化したリース会社の説明を聞いて驚く。
「建て貸し」という方法があるのだという。
希望の土地を選んで、地主の大家にクリニックを建ててもらう。
そして、20年契約で、家賃を払って診療するのだという。
家主は安定した店子を確保。
なにより、医者に対する信頼があるのだろう。
設備その他は、リース会社に借りる。
借入金は5000万円、リース代1200万円。
というわけで、わずか200万円の自己資金で開業し、
予定の15年を待たずに、繰り上げ返済した。
もちろん、医師の手腕が問われるわけで、
患者の信頼を獲得し、
地域に根ざせるかどうかが成否を決定する。
この松永さんという人は、
患者に寄り添う医師だからそれができたのだろう。
ちなみに、松永さんのクリニックの来院患者は年間1万6千人ほど。
月にすると、1333人。
週2回休診として、20日で割ると、1日67人
大繁盛である。

よく、医学部に進む人は親が医者でないと無理、
と言われるが、
それは、私立医大の場合で、
確かに6年間の授業料の総額は、2千万円を越える。
だから、医学部は、親が金持ちでないと無理なのだが、
公立はそうではなく、
松永さんの場合、国立大学の千葉大の授業料は月に1万5千円だったという。
だから、同級生に親が医療関係者という人はあまりいなかった。

医師の形態は、大学病院の医師、一般病院の医師、開業医の3つだが、
最初から開業医になれるわけではない。
大学病院、一般病院での勤務医の経験を積んで、初めてなれる。
つまり、開業医はベテランなのだ。
大学病院のミッションは、研究と臨床と教育。
一般病院のミッションはほとんどが臨床。
開業医は臨床専門
全体の中での役割は、病気の見極めで、
難しい病気をまだ進行していないうちに見抜き、
大きな病院に紹介する。
設備の問題で開業医での対応が不可能な場合があるからだ。
厚生労働省の指導で、
普通の患者はかかりつけ医
装置や技術が必要な患者は大病院と役割分担が決まっている。
これは、あまり一般に理解されていない。
大病院の紹介状なしの初診料が7000円と高く設定されているのは、
かかりつけ医師と大病院の振り分けを促進するためなのだ。
大病院は、あくまで緊急や重症、難病など、
診療所で手に負えない患者を診る所だという考え方だ。
だから、軽い風邪などで大病院にかかるのは、本当は勧めない。
あまり患者で混雑すると、
本来の機能が果たせないからだ。

医師の収入は、平成18年のデータで、
病院勤務医の年収は1479万円、
法人の開業医の年収は2530万円、
個人開業医の年収は2458万円だという。
個人開業医の数字は、借入金の返済や修繕のための準備金などを差し引いた額。
勤務医の平均年齢は43.4歳、
開業医の平均年齢は59.4歳。
2020年のデータでは、開業医の平均年齢は60.2歳と上がっている。

その他、患者との関わりの実例、
スタッフの選び方など
沢山紹介されているが、
詳細に書くスペースがないので、
後は、興味ある方は読んで下さい。

最後に、松永さんのクリニックの将来。
というのは、近く大家との20年契約が切れる。
64歳で引退したいと言うと、友人に「無責任だ」とたしなめられた。
日本人男性の平均健康年齢は72.68歳で、
そこまで働いて地域に恩返し、という考え方もある。
しかし、いつかは必ず終わりが来る。
このまま大家に建物を返して終わりでいいのか。
息子二人は医療医とは別の道を歩いている。
最善は、居抜きで引き継いでくれる医師が見つかることだ。
そうすれば、蓄積した膨大なデータが生きる。
クリニックの継承を斡旋してくれる会社があり、
そこに譲る場合の価格を資産してもらったら、
営業権と保有資産を合計すると、5118万2498円になるという。
長年の地域での医療活動がそれだけの価値を生んだのだ。

この話を読んで、
地域開業医の立つ位置が分かった気がした。
開業医院の中に蓄積された記録は、
地域住民の膨大な医療データなのだ。
つまり、地域の宝
廃業するのではなく、
看護師ともども継承してもらえば、
雇用が確保されるだけでなく、
そのデータが全て生かされる。
松永さんのクリニックが
良い後継者に恵まれることを期待したい。

なお、松永さんは他にも著作があり、
2013年、「宿命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語」で、
第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞している人なのだという。


文章がうまいはずだ。



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