[映画紹介]
ある地方都市の公園。
引きこもりの大学生・佐伯文(ふみ)は、
雨が降り始めているのに、
濡れながら本を読んでいる少女を目にする。
気になった文は少女に傘を差し出す。
少女は10歳の更紗(さらさ)。
「家に帰りたくない」と言う少女を、
文は自分のアパートに連れて帰る。
更紗は伯母の家に引き取られた「やっかいもの」で、
家にいる親類の少年に性的虐待を受けている。
文は、母親との関係で、ある問題を抱えている。
そのまま二人は2か月間を過ごす。
それは孤独な二人にとって、
輝くような時間だったが、
捜索願いが出されており、
文は更紗の目の前で逮捕されてしまう。
文は「誘拐犯」の「ロリコン男」で少年院送り、
更紗は可哀相な「被害女児」となってしまった。
それから15年。
更紗はファミレス店員として働き、
恋人亮と暮らしていた。
亮との間では結婚話も進んでおり、
実家も訪ねるが、
亮は、そういう「不幸な帰る所のない女性」を
恋人にする癖があることを知る。
また、更紗という珍しい名前で
当時報道されたこともあり、
周囲の人間には、ロリコン男の被害女児と知られていた。
15年経ってもネット上の記事は消えることはなかったのだ。
そんなある日、
同僚に連れられて訪れた深夜営業のカフェの店主が
文であることに更紗は気付き、動揺する。
その日を境に15年間封じこめて来た思いが動き出す。
やがて、15年前の誘拐犯が喫茶店を営んでおり、
被害女児との交際が始まっている、
とネットで拡散し、
二人は追い詰められていく。
文と更紗の間には、
肉体的な関係はなく、
ただ、孤独な二人が魂の共鳴をしただけだ。
観客はそのことを知っているが、
世間はそうは見ない。
悪意のある憶測と好奇心で
興味本位に二人を話題にあげる。
人と人の間にある真実は、
誰にも分からないものなのだが、
世間は、勝手に虚像を作り上げる。
そして、「ロリコン」「変態」「可哀相な子」という罵倒の言葉。
そのため、更紗と婚約者の間は破綻し、
文と恋人らしい女性は別れを迎える。
取り残された二人は・・・
という、ある男女の姿をじっくりと見せる。
「悪人」「怒り」で
人間の奥底にある真実を描いた李相日の渾身の監督作品。
文を演ずるのは、松坂桃李。
実は、この人は大変演技がヘタだとして、
たびたびこのブログでも批判してきたが、
今回の作品で見直した。
難しい役に取り組み、なし遂げた。
そのため8キロ減量したそうで、
はじめの方では、別人かと思った。
対する更紗は広瀬すず。
心の傷を抱える難役を見事にこなした。
可愛い容貌の奥に隠された哀しみをよく表現した。
「亮ちゃん、私、そんなに可哀相な子じゃないよ」
の声が印象的。
亮を演ずる横浜流星も、普段の役柄を越えて好演。
そして、特筆すべきは、
子供時代の更紗を演じた白鳥玉季。
幼少時代と成人時代を別な俳優が演ずると、
その落差に戸惑うものだが、
白鳥玉季は、そのまま成人した広瀬すずと
不自然さがなく、つながる。
過去と現在を行き来する構成の
この作品では、特にそれが効果的だ。
撮影監督には、「パラサイト 半地下の家族」のホン・ギョンピョを招いた。
二人の内面を切り取ったようなカメラ・アイが、期待に答える。
そして、音楽の原摩利彦も素晴らしい。
原作は、2020年本屋大賞受賞の凪良ゆう(なぎら・ゆう)の小説。
絶望的な環境の二人だが、
ラスト近く、ある秘密が明らかになることによって、
真実の扉が開く。
世間の目など負けずに、
二人の生きる道が見えて来る。
鑑賞後の夜、
文と更紗のこれまでの来た道、
これから行く末を思って眠れなくなった。
映画を観ての、こんな経験は、
ここ数年で久しぶりだ。
それだけ、この作品が人間を深く
見事に描いているということだろう。
この作品、アメリカでリメイクされるかもしれない。
それ以前に、来年のアカデミー賞の
日本代表作品に推薦してもらいたいものだ。
5段階評価の「5」。
拡大上映中。