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空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

映画『海の沈黙』

2024年11月26日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

昔、私がシナリオの勉強をしていた頃、
倉本聰神様だった。
「6羽のかもめ」(1974)「前略おふくろ様」(1975)、
「北の国から」(1981)、そして、
単発の「幻の町」(1976)は、
バイブルだった。
当時、山田太一、向田邦子と共に「シナリオライター御三家」と呼ばれた。
「北の国から」の特別篇は欠かさず観たし、
その後演劇に軸足を移して残念だったが、
復活した、フジテレビの帯ドラマ、
「やすらぎの郷」「やすらぎの刻~道」は毎日観ていた。
その倉本聰が久しぶりに映画の脚本を書いたという。
「海へ~See you~」(1988)以来だから、
36年ぶり
これは観に行かねばなるまい。

億単位の高額な価格で取引される
著名な画家、田村修三が、
恩師を巡る展覧会場のオープニングで、
自分のコーナーの漁港シリーズの
一枚の絵を見て驚く。
自分の作品とは、海の描き方が違う、
贋作だというのだ。


専門家も真作と折り紙を付け、
鑑定書まで出ているのに、
何故このようなことに。
文部科学大臣を招いての権威ある展覧会での不祥事。
主催者は会期が終わるままで秘匿してくれるよう依頼するが、
「作家の良心」から、田村は記者会見して事実を延べ、
大騒ぎになる。
それは、3億円の予算を獲得して
作品を購入した地方の美術館の館長の自死にまで発展する。
館長はその遺書で、
贋作であろうと、あの作品の価値は損なわれはしない、と主張する。


一方、謎の男が田村に電話をかけてきて、
贋作を描いた画家のことをほのめかす。
「館長の死は、あなたがした二人目の殺人だ」と。

地方の店に飾られていた
ドガの贋作の署名から
ある男の姿が浮かび上がる。
それは、数十年前、
恩師のもとでの田村と兄弟弟子で、
ある事件で画壇を追われた津山竜次という男。
しかも、田村の妻・安奈は
竜次の元恋人だった。
竜次は今どこにいるのか。
果たして贋作は竜次の手によるものなのか。
今あるのが「贋作」なら「真作」はどこへ行ったのか。
ドラマはミステリー色を含んで展開する。

さすがに倉本聰、観客を惹き付けるのがうまい、
とワクワクしながら観ていたが、
当の津山竜次が登場して、ドラマは変調をきたす。

北海道の小樽の町で雌伏している竜次は、
精巧な贋作を描いているだけでなく、
刺青作家として、
海外に招かれ、
そのカタログとして
全身に刺青を入れた女性の裸体を見せ、
そこから作品を選ばせるという噂。
その女性は入水自殺した。
そして、竜次はあざみという若い女性の体に
刺青を入れることを求められている。
自殺した女性は竜次に見限られて死んだらしい。
小樽の隠れ家のアトリエで
狂気のように作品に挑む竜次の姿。
しかし、肺を犯され、余命いくばくもない。
その竜次のもとを安奈が訪れて、
二人は数十年ぶりに再会するが・・・

恩師の娘との古い三角関係が背後にあるのだが、
その詳細は描かれず、
全て観客の想像に委ねられる。
外国での刺青カタログの話も言葉で語られるだけ。
海外で料理人として出会った「番頭」スイケンと
竜次の関係もセリフで語らせるのみ。
シナリオの学びの中で、
「伝聞でなく、直接描写で表現せよ」
と教えられたのだが、
間接表現が多く、もどかしい
回想という安易な手は使いたくなかっただろうが、
しかし、漁師だった父親の死については、
回想形式で描かれている。

なにより、若い時代の安奈を巡る話が
田村の絵画の贋作として露呈し、
葛藤を生むのが
本作のキモだと思うのだが。
しかも、真作より贋作の方がすぐれているという、
手の込んだ復讐
その視点はいつの間にか外れ、
天才狂気の画家の創作への執着に話が移ってしまう。

そもそも、いかにキャンバスを買える金がないとはいえ、
人の描いた作品を塗りつぶして
自分の絵を描くなど、許されていいのか。
他の絵描きに対して一番やってはいけない事ではないか。
(これは前例がある。
 洋画家の中川一政が
 師事していた岡本一平の絵の上に
 自作を書いて、後年明らかになった出来事。
 その時の岡本一平の言葉。
 「自分より優れていたら、仕方がない。何も言えない」)
しかも贋作の言い訳がひどい。
「少し、手を入れて画の質を上げてやっただけだ」とは。
                                        映画「アマデウス」で、
サリエリが作った曲を
モーツァルトが、あれよあれよとうい間に
もっと素晴らしい曲に仕上げてしまう場面を思い出した。

竜次の贋作は、インターポールに追われているという。
それほど沢山の贋作を作り、
「ゴッホもドガもダ・ヴィンチも越えた」と豪語する。
ゴッホとドガはまだしも、
技法の違うダ・ヴィンチと比べること自体が
間違っていないか。

演技的にも違和感がある。
まず、石坂浩二本木雅弘が同期の画学生とはいかがなものか。
年齢が違い過ぎる。
(石坂83歳、本木58歳)
数十年前の思慕を引きずる安奈を演ずる小泉今日子
的確な演技とはいいがたい。
竜次の「番頭」を自称するスイケンの中井貴一も変。
何で年上の大家・田村に対してあれほど高圧的なのか。
倉本聰は、演ずる役者によって台詞を書き換えると言われるが、
中井貴一に「わし」と言わせるのはどうなのか。
もっと高齢の俳優に演じさせるつもりだったのではないのか。

刺青を彫る対象のバーテンダーのアザミという女性もはっきりしない。
「やすらぎの刻~道」にも女性バーテンダーが登場し、
アザミとい若いシナリオ作家志望の女性も出て来る。
何か執着があるのか。
風邪を引いた竜次をアザミが裸になって温めるというのも、
老人の願望を表したようで、いただけない。

年齢や役柄がフィットしていないのは、
お気に入りの俳優ばかりを使った
山田洋次の二の舞ではないか。

ただ、本木雅弘だけは、
孤高の画家を見事に演じ切った
表情、立ち居振る舞いが
雰囲気を醸しだす。
あれなら、過去の画壇からの追放などものともせず、
贋作などに走らず、
自分の絵を貫けたのではないか。

「沈まぬ太陽」や「Fukushima 50」の若松節朗が監督だが、
全体的に半端な印象で、
後半の描写は、やや大仰。
竜次が本当に描きたかったものが、
父親がマグロ漁に出て遭難した時、
浜辺に焚いた大きな迎え火だったというのもなんだかなあ。
それに、キャンバスに血を吐いたら、
絵の完成は不可能ではないか。

かつて「神様」と崇めていた方の作品を悪く言いたくはないが、
久々の「降臨」は成功とはいいがたい。
倉本聰89歳。
遺作にならなければいいが。

この映画の感想レビューの中に
次のようなものを見つけた。

ごめんなさい。
難しすぎてよくわかりませんでした。
誰にも共感できなかった。

あまりにも率直な感想で、
ほほえましくさえ感じた。

5 段階評価の「3」

拡大公開中。


ドラマ『64<シックス・フォー>~陰謀のコード~』

2024年11月22日 23時00分00秒 | 映画関係

[ドラマ紹介]

日本でも映画化、ドラマ化された
横山秀夫の小説「64(ロクヨン)」
イギリスで再映画化したドラマシリーズ。
WOWOWで放送。
全4話3時間2分

映画化と言っても、
すこぶる換骨脱胎

換骨脱胎・・・骨を取り換え、胎盤を奪うという意味で、
   外形は元のままで、中身を変えることをあらわす。
   転じて、先人の詩や文章や著作の
   着想・形式などを借用し、
   新味を加えて独自の作品にすること。
   そっくりそのまま盗用する「パクリ」とは違い、
   先人の作品に敬意を持ち、
   良い部分を活かしつつ
        新しいもの生み出していくもの。

換骨奪胎の度合がものすごく、
ほとんど原型を留めていないので、
比較するのも虚しいが、
主なものを示す。

「64」の意味は、
わずか7日間で幕を閉じた昭和64年(1989年)に、
D県警管内で起こった7歳の少女誘拐・殺害事件が未解決のままで、
符丁として「ロクヨン」と呼ばれているのだが、
年号などないイギリスで、どう扱われるのかと思っていたら、
過去のスコットランド独立に関する
政治的工作のコードネームという設定。

主人公の刑事・三上の広報室での
警察発表を巡る報道陣との軋轢、
警察庁長官の視察を巡る葛藤も、
日本独特のものなので、
その部分は全面カット。

三上の娘・あゆみが、
父とよく似た醜い自分の顔を憎むようになり、
整形を反対されたために家出してしまう、
というのは、
スコットランド、グラスゴーの警官
クリス・オニールと妻ミシェルの娘が失踪して3週間、
娘の失踪に本当の父親の犯罪者が絡んでいると思いこんだ妻は、
ロンドンに出かけて、その犯罪者に会う、
という展開になる。
娘が荷物を取りに戻った時、
クリスは娘と会い、
本当の父親がクリスではないと知った娘が
「両親に騙されていた」と怒って家出した、
と変えられている。

自宅にかかってきた無言電話があゆみからのものではないかと
美那子が気に病むが、
この無言電話は、管内の各家庭にかかっており、
実は、64年の事件の被害者の父親が
脅迫電話の声を聞いており、
その声が誰かを確かめるために、
電話帳の順番にかけていたもの、
と判明する。
これも全面カット

新たな誘拐事件が起こり、
犯人から要求された身代金を運ぶ父親の車を追う、
という下りも全面カット。
イギリス版でも誘拐は起こるが、
実は前の事件で法務大臣が関与していて、
その法務大臣の娘アナベルが誘拐される。
アナベルと親しかった高校教師が疑われ、
尋問の場で、昔の誘拐事件に
法務大臣が関与していたことが判明する。

64年の事件時、
脅迫電話の録音ミスにからむメモは、
脅迫電話があった事実の隠蔽に、
捜査担当だったクリスの兄フィリップが
関わっていたという疑惑に発展する。
脅迫電話の事実を知っていた刑事が殺され、
その犯人とされ、刑に服した男をクリスが尋ねて、
昔の誘拐事件のいきさつを知る。

その殺された刑事の同性の愛人の警察官が
被害者の父親と結託して
法務大臣を追い詰めるが、
スナイパーに殺され
真実は闇の中に封印される。
法務大臣は党の副党首になる。

アナベルを救い出すのはいクリスで、
人里離れた農場の家で
ついにアナベルを見つける。

というわけで、
① 主人公の刑事の娘が失踪する。
② 管内に昔の失踪事件が未解決事件として残っている。
③ 失踪事件の遺族の父親が
  犯人を追い詰めるために、娘を誘拐する。

という3点だけ残し、後は全部新たな創作。
つまり、「ロクヨン」の原作なしに、
話は成立する。

想像するに、「ロクヨン」の映画化権を取ったが                  脚色の段階で、多くのカットが生じ、
原型を留めなくなったため、
なんだ、映画化権料払っただけ、損しちゃったね、
ということではないか。(想像です)
                                        「ロクヨン」のドラマ化ということがなければ、
ちゃんと見れる内容なので、
その点で損をしている。

「ロクヨン」のキモは、
①子供の遺族の父親が、市内に順番に無言電話をかけて
 犯人の声を聞こうとする。
②それで判明した犯人の娘を誘拐(実は違うのだが) 
 したとして身代金を要求し、
 64年当時と同じルートで金を届けさせる。
という2点なので、
それを外したドラマ化は、
もはや原作とは言えないのではないか。
ドラマを観た横山さんは、何と言ったのだろう。
                                        なお、「64(ロクヨン)」は横山秀夫の最高傑作で、
『2012年週刊文春ミステリーベスト10』や
『このミステリーがすごい!2013年版』で
第1位を獲得するなど、国内のミステリー賞を総なめにした。
2015年にはNHKでドラマ化(主演・ピエール瀧)、
2016年には前・後編の二部作として映画化(主演・佐藤浩市)された。
ドラマ版は原作に忠実だったが、
映画版はラストが改変されている。


映画『グラディエーターⅡ』

2024年11月18日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

史劇の金字塔、「グラディエーター」の続編
前作は、2000年に公開され、
第73回アカデミー賞で、
12部門にノミネートされ、
作品賞、主演男優賞(ラッセル・クロウ)、
衣裳デザイン賞、録音賞、視覚効果賞
5部門で受賞した、名作。

24年の歳月を経ての続編製作だが、
監督は前作と同じリドリー・スコットだから、
正統的な続編と言える。
前作の15年後のローマ帝国に設定されている。

北アフリカのヌミディアで、
農民として、平穏な暮らしを送っていたルシアスは、
将軍アカシウス率いるローマ帝国軍の侵攻により、
戦いの中、愛する妻を殺され、捕虜になる。
格闘の才能と内面に燃える怒りを見込まれて、
奴隷商人・マクリヌスに買われ、
剣闘士《グラディエーター》としてローマへ赴き、
円形闘技場<コロセウム>で闘うことになる。
ルシアスの活躍に、
ローマ市民の賞賛を得ていくが、
ルシアスの目的は将軍アカシウスへの復讐だった。
その頃、ローマ帝国は、
ゲタ帝とカラカラ帝という
双子の皇帝の独裁下にあり、
元老院は無力化していた。
それを覆す動きに巻き込まれて・・・

冒頭、タイトルバックに
前作の場面が絵として流れ、
音楽と共にワクワク感が高まる。
そして、火炎球と弓矢が飛び交う圧巻の戦争描写、
ローマの町の再現、コロセウムでの剣闘、疑似海戦と、
目を見張る光景が続く。
今では金がかかるせいか、
あまり作られなくなった歴史劇だが、
「ベン・ハー」「十戒」「スパルタカス」「エル・シド」などを
遥かに凌駕する映像が続出する。
前作でも、コロセウムの描写はCG合成で、
映画の表現に革新をもたらし、
アカデミー賞視覚効果賞受賞も納得の出來だったが、
24年前より進化したCGにより、
更に豊富な映像がスケールアップしており、
特に、コロセウムのアリーナを水で満たした
海戦シーンは(現実にはあり得ないが)新機軸で、
なにしろ、水の中にサメを放って、
落下した戦士を食いちぎるというのだ。

そういう技術的なものはさておき、
どうしても前作と比較されてしまうのは、
続編の宿命。
まず、捕らわれた主人公が
闘争能力を買われてグラディエーターになり、
ローマの競技場で自由を目指す、
というのは、前作の踏襲で新味がない。
敵役が将軍というのも的外れ。
前作の主人公・マキシマス将軍同様、
職務を忠実に果たしただけで、
裏には皇帝の存在がある。
その皇帝も双子の若い皇帝で、
狂気をはらんだ存在。
というか、軽い青年だ。
前作のコモドゥスのような、
歪んだ性格で、父親の信頼を受けられず苦悩する、
人間味のある存在ではない。
ホアキン・フェニックスの好演によるものでもあるが) 
ルシアスの出生にまつわる因縁物語が
ドラマを支えるものとなっているが、
予告編や公式ホームページの相関図で、
それを明かしているのはいかがなものか。
私は知らないで観たので、
途中で、もしかして、あの男は・・・
という驚きがあった。
観客のその楽しみを事前に奪うとは。

そして何より、前作と比べて足りないもの。
それは、ルシアスを演ずるポール・メスカル


「aftersunアフターサン」で
アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたこともある
実力ある俳優だが、
顔がこの役にふさわしくない。
前作のラッセル・クロウは、
その顔つきとたたずまいで、
悲劇と哀愁を感じさせてくれた。


賢帝アウレリウスから次の皇帝を嘱望されながら、
皇帝の嫡男コモドゥスの裏切りに遭い、
妻子を殺された悲劇の将軍、
「今生か来世で、その復讐を果たす」男の執念。
ラッセル・クロウはその姿かたちそのものが
観客に強く訴えかけていた。
それを継ぐ者の役は、特別な人間にしか演じられないが、
残念ながら、ポール・メスカルはその水準に到達していない。
かといって、誰なら、というのはないのだが。
「スター・ウォ-ズ」の再開三部作で鮮烈なデビューをした
デイジー・リドリーのような
誰が見ても適役、
どこでこの俳優を見つけて来た、と驚かせたような
新人俳優を発掘できなかったのか。

前作から継続出演しているのは、
コモドゥスの姉投のコニー・ニールセン
(他に元老院の議員)


そして、その夫のアカシウス将軍を演ずる
ペドロ・パスカルが精彩を放つ。
どこかで見た人、と思ったら、
「スター・ウォーズ」のスピン・オフ「マンダロリアン」で、
全編マスクをかぶって演じ、
各エピソードで1度だけ、
仮面を取って素顔をさらす、あの俳優だ。


奴隷商人はデンゼル・ワシントン

衣装、メイク、美術、照明、音響、
どれをとっても素晴らしい。
技術と金をかけ、その成果をあげている。
「グラディエーター」の続編としては、
そのスケールにおいて、満足した。

5 段階評価の「4」

拡大公開中。
アメリカ公開より1週間早く、
15日から日本で公開。

ところで、
「Ⅱ」の公開に合わせて、
WOWOWが前作の放送をしたので、
20年ぶりに再見。
歴史劇の頂点をなすストーリー作り、
豪華なセット、衣裳、
俳優の演技、
そしてリドリー・スコットの演出と、
素晴らしさを堪能。
音楽も最高だ。

途中、あれ、この曲は・・・
とひっかかり、
これは、ホルストやワーグナーではないか、
なぜ、この映画で使われたのか、
と思って、後で調べたら、

戦闘シーンの楽曲はホルストの組曲「惑星」の「火星」と酷似しており、
ホルスト財団から著作権侵害で訴訟を起こされた。
コモドゥスの凱旋式シーンに使用された曲は
ワーグナーの「ニーベルングの指環」と酷似している、
と指摘を受けたという。
ハンス・ジマーともしたことが、
盗作したとは思えず、
たまたま似たのだと思うが、
録音時、誰か指摘する人はいなかったのだろうか。

 


映画『人間爆弾 立ち止まったら、爆発』

2024年11月14日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

スペイン産のサスペンス映画。
題名に魅かれてた観た。
ただ、これは日本で勝手に付けた邦題で、
原題は「Todos los nombres de Dios 」
意味は、「すべての神の御名」。

WOWOWで日本初公開。

タクシー運転手のサンティことサンディアゴ・ゴメス・ラサレテは、
夜勤明け最後の客を空港まで乗せて、
妻にもうじき帰るという電話を入れた時、
空港で爆発が起こった。
負傷した青年を助け出し、病院に運ぼうと乗せると、
青年は銃を突き付け、この町を出ろと命令する。
青年は爆弾付きベストを着ており、
テロ組織の一員で、どうやら爆破を失敗したらしい。

治安警察は対策本部を立ち上げ、
防犯カメラの解析で、
テロ犯は3名であることを突き止めた。
爆発は2度だったので、
もう1人は失敗して逃走しているようだ。
それがサンティが助けた青年。
やがて、商店の監視カメラから、
タクシー運転手が人質となっているらしいと判明する。

サンティは青年を説き伏せ、自首させようとするが、
夜勤明けの眠気で事故を起こしてしまい、
やって来たテロの首謀者に青年は射殺され、
サンティは殴られ、気を失ってしまう。

目覚めた時、サンティの体には爆弾ベストが付けられており、
センサーで立ち止まると爆破が起こると告げられる。
サンティは警察の保護を受けたが、
歩くのを止めるわけにはいかず、
林立するビルの中、
警固車両と共に、
マドリッドの町を歩き続けるが・・・

一定の速度に落ちると爆発が起こる仕掛けは、
「スピード」(1994)や「新幹線大爆破」(1978)がある。
本作は、その徒歩版
歩いていることを感知する万歩計みたいなセンサーで、
立ち止まると爆発が起こる、
というのは、かなりユニークな設定。
身も蓋もない邦題通りの展開になるのが
ようやく映画のほぼ半分くらい。
そこから、どうやって爆弾を外すかのサスペンスになる。
対策本部では、
どこか市民の被害が少ない場所にサンティを連れて行って、
そこで爆発させる、
つまり、サンティの命を犠牲にすることも考えるが、
女性指揮官は、それは最後の手段と主張する。

[以下、ネタばれしているので、
 観る予定の方は、読まないで下さい。] 

歩いている情景はテレビで生放送され、
それをテロ首謀者が監視していることから、
フェイク映像を流し、
その間に、装甲車の中にサンティが入ると、
ウォーキングマシーンがあり、
その上を歩きながら、
爆弾処理班が南京錠をカットし、
爆弾ベストを外す、
という解決法。
ウォーキングマシーンに、そんな活用法があったとは。

その間に、捜査本部での女性指揮官の活躍や、
サンティの家族、青年の家族の描写も挟まる。
後半はもっともっとアイデアを出し合ったらよかったのではないか。
人々が逃げ出した建物の回廊を歩き回る様や、
都会の無人の道路を、
装甲車に囲まれながら、
ひたすら歩くサンティの姿がなかなかシュール。
多分、監督はこの絵を撮りたかったんだろうな。
だったら、マドリードの名所を歩くサンティの姿を
もっと描いたらよかったのではないか。

監督はダニエル・カルパルソロ
サンティを演ずるルイス・トサルは、
「暴走車ランナウェイ・カー」(2015)にも出ていた人。
そういえば、この設定、
「暴走車ランナウェイ・カー」に似ている。
「暴走車ランナウェイ・カー」は、
リアム・ニーソン主演の「バッド・デイ・ドライブ」(2023)のように
アメリカやドイツ、韓国でもリメイクされているので、
本作もリメイクされるかもしれない。
マンハッタンの道路を、
爆弾ベストを来て歩く孤独な男の姿は絵になるだろう。
いや、東京のレインボーブリッジを
一人歩く主人公の姿も面白い。


映画『ジョン・ウィリアムズ 伝説の映画音楽』

2024年11月10日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズの軌跡をたどったドキュメンタリー。
Disney+ のオリジナルで、
11月1日から配信。

ジョン・ウィリアムズ本人へのインタビューをはじめ、
ジョージ・ルーカス監督やスティーブン・スピルバーグ監督ら
巨匠たちの証言を盛り込みながら、
ジョン・ウィリアムズがたどってきた道のりを振り返る。

監督はロラン・ブーズロー
スピルバーグやマーティン・スコセッシ、
ブライアン・デ・パルマなど、
名だたる映画監督のドキュメンタリーを手がけてきた
ドキュメンタリー作家だ。
製作総指揮のスティーブン・スピルバーグをはじめ、
多数の人が製作に名を連ねる。

ジョン・ウィリアムズは、ニューヨーク・フラッシング地区生まれ。
後にロサンゼルスへ一家で引っ越し、
ノース・ハリウッド高校を卒業後、
カリフォルニア大学ロサンゼルス校で
亡命ユダヤ系イタリア人作曲家のカステルヌオーヴォ=テデスコに師事。
1952年にアメリカ空軍に徴兵され、
音楽隊に所属し編曲と指揮を担当。
1955年に兵役を終えジュリアード音楽院ピアノ科へ進学し、
ロジーナ・レヴィーンに師事。
在学時よりジャズピアニストとして活動。
父のジョニー・ウイリアムズはジャズ奏者。

テレビシリーズ「宇宙家族ロビンソン」(1965年)、
映画「チップス先生さようなら」(1969年)、
「屋根の上のバイオリン弾き」(1971年、アカデミー編曲賞)、
「ポセイドン・アドベンチャー」(1972年)等の音楽担当として注目され、
スティーヴン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」(1975年)の音楽が
アカデミー作曲賞を受賞
名実ともに映画音楽の第一人者となる。

数々の映画音楽を手がけてきた大作曲家だが、
この映画で紹介される作品は、
「えっ、これもジョン・ウィリアムズなのか、
あれもジョン・ウィリアムズだったのか」
と、認識を改めるものが多い。

中でも、「スター・ウォーズ」の音楽を担当した時のエピソードが興味深い。
「ジョーズ」で仕事をしたスティーヴン・スピルバーグから紹介されて
ジョン・ウィリアムズと会ったジョージ・ルーカスは意気投合。
当時「遠すぎた橋」の作曲も依頼されていたが、
スピルバーグが、
「『遠すぎた橋』は、ただの商業映画だが、
『スター・ウォーズ』は、傑作になる」
やるべきだと進言したという。
通常、完成前の映画は、
「仮楽曲」という音楽をつけるのだが、
その曲目が面白い。
ホルストの「惑星」やドボルザーク「新世界」、
ストラビンスキー「春の祭典」などだったという。
ルーカスは、シンセサイダーではなく、オーケストラの音楽、
30年代、40年代の映画音楽のようなものを求めた。
その結果が、「スター・ウォーズ」の全編オーケストラの音楽となった。
それまでジョン・ウィリアムズは交響楽団を使ったことはなかったが、
ロンドン交響楽団を使えることになった。
「世界レベルのオーケストラが私の曲を演奏してくれる」
ジョン・ウィリアムズは喜んだ。
そして、収録の日。
スクリーンに映し出される映像の前で、
初めて、あのオープニングの曲が演奏された。
ルーカスは「産声を聞いた感覚だった」と言う。
ある人は言う。
「あの大音量のオープニング。
映画かつ音楽史上で、最も有名な曲になった」
ワーグナーばりのライトモチーフを使った「スター・ウォーズ」は
80から90曲と曲数が多く、
アルバムは2枚組LPになった。
「二つの夕日」のシーンで使われなかった曲も
この映画で披露される。
最終的に使われた曲で、
この場面は最も印象深いものになった。

「未知との遭遇」の5つの音にまつわる挿話、
「スーパーマン」「レイダース」
「E.T.」「ジュラシック・パーク」などにも触れ、
あるシーンでは、音楽ありとなしの比較をする。

「シンドラーのリスト」の作曲依頼の挿話。
映画を観せられた後、ジョンは部屋を出て、
外の空気を吸った後に部屋に戻り、こう言う。
「スティーヴン、素晴らしい作品だ。
だが、私より腕の良い作曲家が要る」
すると、スピルバーグは、こう答えた。
「そう承知しているが、全員、死んでいる」と。
スピルバーグと妻のケイト・キャプショーの前で、
あのテーマ曲をピアノで奏でた時、
ケイトが泣き始め、次にスピルバーグが泣き、
ジョンも演奏しながら涙を流したという。
スピルバーグは言う
「彼はホロコーストの物語に、
音楽で敬意を払ったんだ」

50年代頃、映画音楽が変わった。
オーケストラが使われなくなったのだ。
しかし、「電子音楽に頼らない、
人間の演奏やジョンが書く曲に価値がある」
スピルバーグは言う。
(「ミュンヘン」の一部にシンセを使ったことがある)

「プライベート・ライアン」では、
冒頭のノルマンディー上陸作戦の場面では、
音楽を逆に使わない、
という芸当もやる。

「スター・ウォ-ズ」ヤ「レイダース」
「ハリー・ポッター」などシリーズものをやるのは、
「他の作曲家にいじられたくないからね」と言う。

傑作ミュージカルは、
観客がメロディーを口ずさみながら出て来ると言うが、
まさにジョン・ウィリアムズの映画音楽がそれで、
「スター・ウォーズ」や「レイダース」「スーパーマン」
「ジュラシックパーク」「シンドラーのリスト」
「ハリーポッター」「E.T.」などで
同じ現象が起こる。
観客の心の中に、あのメロディーが埋め込まれているのだ。

ジョン・ウィリアムズがクラシック曲を作曲していることは
意外に知られていない。
ヴァイオリン協奏曲やフルート協奏曲などだ。
指揮者としては、1980年から93年まで、
アーサー・フィードラーの死後、空席となっていた
ボストン・ポップス・オーケストラの指揮者を務め、
退任後も名誉指揮者としてたびたび指揮台に立っている。

アカデミー賞作曲部門の常連。
受賞は5回だが、
ノミネートは編曲・歌曲賞を含め54回
これを上回るのはウォルト・ディズニーの59回だけ。
アカデミー賞は年に1回だから、
54回ということは、
半世紀以上にわたる。ほぼ毎年。
すごいことだ。

2005年にはアメリカ映画協会(AFI)が
「スター・ウォーズ」の音楽を
“史上最高の映画音楽”の第1位に選出。

最後にある人は言う。
「この世にオーケストラが存在する限り、
彼の音楽は演奏される。
ベートーヴェンやモーツァルトのように」

映画の最後をしめくくるジョン・ウィリアムズの言葉は
次のようなものだった。
「命には限りがあるが、
 音楽には限りがない」

現在92歳
「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」をもって
映画音楽からの引退を示唆したものの、
これをすぐに撤回。
あの頭脳からもっと沢山の音楽が生み出されるのを待つばかりだ。

受賞歴
アカデミー賞5回(作曲賞4回・編曲賞1回)
エミー賞3回
グラミー賞31回
英国アカデミー賞7回
ゴールデングローブ賞4回

作品一覧

映画音楽(テレビドラマとテーマ曲だけのものを除く)

1961年『秘密諜報機関』『独身アパート』
62年『ダイアモンド・ヘッド』
64年『殺人者たち』
65年『勇者のみ』
66年『スタンピード』『おしゃれ泥棒』『シャイアン砦      
   『おれの女に手を出すな』『美人泥棒』
67年『プレイラブ48章』『哀愁の花びら』
   『ニューヨーク泥棒結社』
68年『裏切り鬼軍曹』『屋根の上の赤ちゃん』
69年『華麗なる週末』『チップス先生さようなら』
70年『哀愁のストックホルム』『ジェーン・エア』
71年『屋根の上のバイオリン弾き』(アカデミー編曲賞)
   『11人のカウボーイ』
72年『ポセイドン・アドベンチャー』『おかしな結婚』
   『ロバート・アルトマンのイメージズ』
73年『ロング・グッドバイ』『トム・ソーヤの冒険』
   『キャット・ダンシング』『ペーパーチェイス』
   『シンデレラ・リバティ/かぎりなき愛』
74年『コンラック先生』『続激突!/カージャック』
   『タワーリング・インフェルノ』
75年『大地震』『アイガー・サンクション』
   『ジョーズ』(アカデミー作曲賞・グラミー賞受賞)
76年『ファミリー・プロット』『ミズーリ・ブレイク』
   『ミッドウェイ』
77年『ブラック・サンデー』
   『スター・ウォーズ』(アカデミー作曲賞・グラミー賞)
   『未知との遭遇』(グラミー賞受賞)
78年『フューリー』『スーパーマン』(グラミー賞受賞)
   『ジョーズ2 』
79年『ドラキュラ』『1941』
80年『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(グラミー賞受賞
81年『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(グラミー賞)  
82年『E.T.』(アカデミー作曲賞・グラミー賞受賞)
   『バチカンの嵐』
83年『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』
84年『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』『ザ・リバー
86年『スペースキャンプ』
87年『イーストウィックの魔女たち』『太陽の帝国』
88年『偶然の旅行者』
89年『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』
   『7月4日に生まれて』『オールウェイズ』
90年『アイリスへの手紙』『ホーム・アローン』『推定無罪』
91年『JFK』『フック』
92年『ホーム・アローン2』『遥かなる大地へ』
93年『ジュラシック・パーク』
   『シンドラーのリスト』(アカデミー作曲賞・グラミー賞)
95年『サブリナ』『ニクソン』
96年『スリーパーズ』
97年『ローズウッド』『アミスタッド』
   『ロスト・ワールド/ ジュラシック・パーク』
   『セブン・イヤーズ・イン・チベット』
98年『プライベート・ライアン』(グラミー賞受賞)
   『グッドナイト・ムーン』
99年『スター・ウォーズエピソード1/ファントム・メナス』
   『アンジェラの灰』
2000年『パトリオット』
01年『A. I. 』『ハリー・ポッターと賢者の石』
02年『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
   『マイノリティ・リポート』
   『スター・ウォーズエピソード2/クローンの攻撃』
   『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
04年『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』『ターミナル
05年『宇宙戦争』『ミュンヘン』
   『スター・ウォーズエピソード3/シスの復讐』
   『SAYURI』(ゴールデングローブ賞受賞

08年『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
11年『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』『戦火の馬』
12年『リンカーン』
13年『やさしい本泥棒』
15年『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』
16年『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』
17年『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』
   『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
19年『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
22年『フェイブルマンズ』
23年『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

クラシック曲

交響曲第1 番(1966)
ヴァイオリン協奏曲(1974)
フルート協奏曲(1980)
トランペット協奏曲
チューバ協奏曲(1985)
オーボエ協奏曲
チェロ協奏曲(1994)
ファゴット協奏曲 "Five Sacred Trees"(1995)
ハイウッドの幽霊チェロ、ハープ、オーケストラの遭遇(2018)
                                        このブログの中で、
50年代頃、映画音楽が変わった。
オーケストラが使われなくなったのだ。
と書いたが、
私は、映画音楽はやはりオーケストラが一番だと思う。
当時の映画音楽は、
雄弁に物語を進めていた。
だから、
今でも、「ベン・ハー」や「十戒」、
「アラビアのロレンス」などの映画音楽を
心から愛している。
そして、ジョン・ウィリアムズの音楽も。