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空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

マニラの旅・その13 マニラのネコ

2025年03月10日 23時00分00秒 | 旅行関係

今回の旅行で驚いたことの一つ。
ネコがあふれた町

グリーンベルトで、ネコに遭遇。

飼い猫なのか、野良猫なのか、


それとも地域猫なのか。

こんな看板があるところ見ると、


町でネコを世話しているのか。

人を恐れず、なついているところを見ると、
可愛がられているようです。

私は旅行中、ネコを見ると、カメラを向けてしまいます。

アヤラセンター近く。

コンビニで。

ビジネス街のネコ。


みんなやせています。
ガイドさんに言わせると、
「これが普通のネコですよ。
 日本の家猫がデブなだけで」

そう言われて、
我が家の↓こなつ、8.4キロを思い浮かべました。

中華料理店の外の親子ネコ。

ミンドロ島のネコ。

PTIX近くの道路で。

海沿いの岩場のネコ。

これは、違う。

スモーキー・マウンテンのネコ。

ハッピーランドのネコ。

サンチャゴ要塞のネコ。

イントラムロスのネコ。

サンディエゴ堡塁のネコ

マーケット!マーケット! のネコ。

熟睡。何も警戒するものがないのでしょう。

ここにも同じ看板が。

シティ・オブ・ドリームに向かう道で。

三越への道で。

 


マニラの旅・その12 ロビンソンへ 途中、スリに遭遇

2025年03月08日 23時00分00秒 | 旅行関係

旧市街・イントラムロスを出た後は、
リサール公園へ。


マニラの中心部に位置する広大な公園。
国民的英雄ホセ・リサールが処刑された場所であり、
その死を悼み、彼を記念して造られました。

公園内には、日本式庭園、中国式庭園、蘭の園など、
様々なテーマの庭園がありますが、
今回は、日本式庭園を訪問。

その後、駅へ向かう途中、スリと遭遇。

マニラでは観光客と見ると、
ガイドやトライシクルや物売りが
頻繁に声を掛けて来ます。
スモーキー・マウンテンを案内してくれた
日本人ガイドから、
全部、無視するように
と言われていましたので、
対応しないでいたところ、
広い道で若い女二人に左右から挟まれました。
スカーフのようなものを見せるふりをしながら、
触ってきます。
「ドント・タッチ」と言っても、離れません。
さいわい、前方の歩行者用信号が青になりましたので、
駆け足で渡ると、
一緒に駆け足で付いて来ます。
ますます怪しい。
手で払いのけると、
ようやく離れました。
どうやら、スカーフで隠して、
もう一方の手で肩掛けカバンを狙ったようで、
ジッパーが少し開けられていました。
この手のスリには、
以前、パリの地下鉄で遭ったことがあります。
ジッパーは左右2つあり、
片方だけでは開けたことにならない上に、
お金は中のもう一つのジッパーで
守られていましたので、
被害にはあわず。
ただ、
あの日本人のおじさん、
間抜けそうだから、
ひっかけてやろう、
標的にされたのが、くやしい

駅を一つ行って、この駅で降り、


ロビンソンのモールへ。


ここは、旅チューバーの一人、
「無職旅」さんのYouTube で知ったところ。
かなり大きなモールです。

日本の店が沢山入っています。

ソニーやユニクロ、ダイソーも。

100円より高い。

映画館もあり、

空手の公開稽古もしています。

これがロビンソンの本体。

上から見た吹き抜け。

モールの規模が分かりますね。

ここで食べた↓が、まずかったのは、既に報告したとおり。


マニラの旅・その11 イントラムロス

2025年03月06日 23時00分00秒 | 旅行関係

ハッピーランドで、GRABのカーを探しましたが、
さすがにトンド地区近辺には契約車もタクシーもおらず、
このトライシクルに乗って、

イントラムロスへ。

イントラムロスは、観光資源の少ないマニラで
観光客が必ず訪れる場所。

スペイン統治時代の16世紀につくられた
マニラ最古の旧城壁都市です。


イントラムロスはスペイン語で“壁の内側”という意味。

ちなみに、
国名のフィリピンは
旧宗主国のスペイン皇太子フェリペ(後のフェリペ2世国王)
の名前から命名されました。

サンチャゴ要塞

イントラロムスの北側に位置する、
スペイン植民地時代に建設された要塞です。
かつてスペインやアメリカがフィリピンを統治していた頃に、
軍事的に最も重要な役割を果たしていました。


要塞内では、
スペイン統治時代から第二次世界大戦までの展示を
見学できます。

また、第二次世界大戦中、
この要塞は日本軍に占領され、
政治犯が収監される牢獄にされました。
この悲劇を伝える人形による展示。

ここから外へ。牢獄を出たような気がします。

すぐそこに近代的な都市景観が。

要塞の脇には、
国民的英雄ホセ・リサールの記念館もあり、


フィリピンの独立運動の歴史に触れることができます。
ホセ・リサールが使っていた机や服、
当時描かれた絵画などが展示されています。

マニラ大聖堂

1571年創建の大聖堂。
戦争や自然災害で建物が破壊されたため、
1958年に再建されました。


再建時には、創設当時と同じ石彫りやロゼッタ窓が採用されました。


ステンドグラスの窓は
フィリピンの国教がキリスト教になったことを祝い、
設置されました。

祭壇には、マリア像。

2015年にはローマ法王が訪れ、ミサが開催されました。

大聖堂の前には広場があり、地元の人々の憩いの場にもなっています。

イントラロムス内は、約400年経った今も
16世紀の面影を残す街並みが残り、
石造りの建物や教会で、
まるでタイムスリップしたような気分に。

カーサマニラ博物館やイントラムロス博物館、
フィリピン国立美術博物館
などがありますが、
今回は外側だけ。

サンアグスチン教会

1599~1606年に建てられた
フィリピン初のスペイン建築様式の教会で、
石造りの教会としてはフィリピン最古。
マニラで唯一の世界遺産に登録されている歴史的建造物です。

サンディエゴ堡塁

マニラで最も古い石造りの要塞の一つ。


見どころは3重の円形につくられた石の壁。


ローマの古代遺跡を思わせる重厚さが魅力です。

すぐそこにゴルフ場が。

城壁が続きます。

城壁のところどころにある大砲。

 

ここから城壁の外へ。


マニラの旅・その10 青空市場

2025年03月03日 23時00分00秒 | 旅行関係

日本では、道端でモノを売る光景というのは、
最近では、まず見られませんが、
マニラの街は、道端で沢山モノを売っています。
とにかく、隙間があれば、モノを並べて売ります。

ホテルから駅までの道。

高架鉄道の駅への通路。

ぎっしり店が並びます。

下に降りると、

高架鉄道下の道路は、ご覧のとおり。

道路使用許可は取っているのでしょうか。

毎日同じ場所に同じ店が出ますから、
ちゃんと縄張りが確立しているらしい。

それとも、ヤクザが仕切っているのでしょうか。

お店を縫うようにバイクやトライシクルが走ります。

市場はあるのですが、

衣料品と雑貨が中心らしく、

その外はこのカオス。

1袋135円。

売れるのかと心配しますが、
売れなかったらやめるはずなので、
生活が成り立つくらいは売れるのでしょう。

食べ物の屋台も。

町を歩いていて見かけた光景。

どう見ても貧しい。

すぐ向こうは近代的なビル。

目を下に転ずれば、トタン屋根。

バスケをする子供たち。

豊かな高層ビルと貧しい家々。

これが象徴的な一枚。

 

 

 

 


マニラの旅・その9 ハッピーランド

2025年02月28日 23時00分00秒 | 旅行関係

昨日の続き。

スモーキー・マウンテンからジープニーに乗って、

5分ほど移動したところに、
ハッピーランドがあります。

アジア最大のスラム街
タガログ語で「ハピラン」(Hapilan )は捨てる、という意味で、
それをもじって「ハッピーランド」(Happy Land)と名付けられました。

今回、マニラに来て驚いたのは、
著しい経済的発展で、
日本顔負けの規模のモールや


高層マンションが立ち並び、
何十億ドルもの資金が投資され、
空を背景にクレーンがそびえ立って、


建設ラッシュが続いています。

しかし、その経済的発展に取り残されたのが、
ハッピーランドのような、
貧困地区

ここに2万人の人が住んでいます。

ここは商店街。

生鮮食料品を含め、
あらゆる日常生活に必要なものが売られています。

一方、ゴミは相変わらず持ち込まれ、

景観を汚しますが、誰も気にしていません。

日中からビリヤードを楽しむ人々。


一応、ちゃんと娯楽はあるんですね。

これはパグパグと言って、

ファストフード店から出て来た食べ残しを集めて
水洗いし、味付けして、油で揚げたもの。


1袋10ペソ(27円)程度で売られています。

前にYouTube で観た時、
特殊な例だろうと思っていましたが、
町のあちこちで売られていたので驚かされました。
主にチキンの食べ残しで、
残った肉と骨をかじります。

普通の食堂もあります。

「昭和」というより、「戦後」の感じ。
日本は戦後復興で立ち直り、
1960年代の高度成長期に、
みんなで豊かになりましたが、
フィリピンでは、
上流の繁栄が、
今だ下流には及んでいないようです。
格差を肌で感じます。

ボランティアが子供の世話をしています。

ある人の話では、
夫の仕事は見つからず、学校に通わせ、
家族全員を食べさせるためのお金は、
ひと月に4500ペソ(約12150円)しか
稼ぐことができないといいます。
一日150ペソ(400円)。
部屋代は大体月1500ペソ(4千円)。
トイレなし、電気は先払い式。水は購入。

ガスはプロパン。

小さいのも売られています。

しかし、人々は思いのほか楽しそうで、
子供たちは路上で遊び、
インターネットカフェで楽しむ人、
食堂で笑いあう人々・・
金銭的に余裕のない生活であっても、
人々はその中でも幸せに生きているようです。

先にあげたYouTube でも
インタビューされた住民は「幸福だ」と言っていました。
外の世界を知らないからだろうか、
とも思いましたが、
一家が仲良く一緒に暮らしていれば、幸せなのは確か。
日本のように、
立派なマンションに住んでいても、
家族バラバラなら、幸福とは言えないでしょう。

ただ、衛生環境が悪いのは確かで、
細い道は野良犬の糞や、
ゴミ、残飯などが散らかり悪臭とハエが群がり、
とても衛生的とは言えません。


感染症や栄養失調で亡くなる住人も多いといいます。
乳児死亡率は、日本と比較すると、13倍も高い。

学校に行けない子供も多く、
将来を考えると、やはり希望はうかがえません。

公立学校は無料ですが、
学用品や制服を買うお金がなかったり、
子供も労働力として働かされるケースもあり、
日本のように、皆が学校に通えるわけではない。

フィリピンでは、高校や大学を出ていないと
安い賃金の肉体労働か、日雇いの仕事しかありつけない。
その日暮らしのこの地区の人々にとって、
子供を学校に通わせるのは難しく、
子供も仕事や生活の手助けに駆り出さざるを得ない。
そして、貧困層の子供が大人になり、
不安定な安い労働として生きていくことになる。
貧困はこうして連鎖していく・・・。

こうした貧困問題に対して、
政府は特に有効な方策は立てられない。
なにしろ、数が多すぎる。

改善策は明快で、
産業を興し、雇用を増やすこと。
しかし、まだ日本のような高度成長時代は来ていないようです。

お金があっても幸せでないのは当然ですが、
お金がないために生ずる不幸は
何としても無くしたい。

生まれる国は選べない。

この現状を見ると、
日本での暮らしがどれほど恵まれたものかが、分かります。
日本人の不幸は、
自分たちが幸福であることを自覚できないこと、
だと言います。