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空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

小説『夜行秘密』

2025年01月22日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

カツセマサヒコの長編第2作。
川谷絵音(かわたにえのん)率いる
ロックバンドindigo la End (インディゴラエンド)のアルバム、
「夜行秘密」(2021年2月)に触発された小説。


14の章からなり、
章の題名は、アルバム収録の14曲から取られている。
(順番は変わっている)
2021年7月に発刊。

宮部あきらという映像作家を巡る群像を描く。

宮部あきらは、ある映画の脚本を担当したことでブレイクし、
それ以降、破竹の勢いで仕事をし、
会社を立ち上げ、ワンマン経営で
様々な映像作品を世に送り出して来た。
その宮部に新進バンドのミュージックビデオの依頼が入る。
その製作の過程で触れ合う人との交流と、
マネージャーからパワハラ、セクハラで
訴えられての凋落と破局を描く。

各章ごとに視点となる人物が変わる。
宮部あきらのファンで一時期恋人となった女性、
ミュージックビデオ制作を依頼したバンドのメンバー
(岡本音色という、川谷絵音を彷彿させる名前)
その恋人で、後に宮部あきらとも同棲する女性、
その女性と駅の待合室で会話して共感した男性、
セクハラ、パワハラを告発した女性マネージャー、
宮部あきらの両親、
そして、宮部あきら本人。

これらの人物が接触する時、
その内面の喪失と苦悩と後悔と絶望が共鳴しあう。
パワハラ、セクハラ、DV、SNS による誹謗中傷、
性的マイノリティ、など 
現代の問題が盛り込まれる。

宮部あきらを初めてこの目で見たとき、
私は恐れ多くも、
自分はこの人と似ている、と思いました。
もちろん外見の話ではなく、
思考や思想の話でもありません。
ただ、自分が誰にも必要とされていないことを自覚し、
あらゆるものに嫌気が差した人だけが漂わせる空気。
そのようなものを感じて、
ああ、この人は、私と同じだ、
絶望していたのは、私だけじゃなかったんだと、
そう思えたのです。

最後の一行、
――それは、彼女と僕だけの秘密です。
が重い。

ヘビーな物語で、読後感はすこぶる悪いが
これがカツセマサヒコの世界だろう。

文庫版には、
カツセマサヒコ×川谷絵音の特別対談
が付いている。

 


小説『明け方の若者たち』

2025年01月18日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

以前、「ブルーマリッジ」を紹介した際、
「有望で、やがて直木賞を受賞するだろう」
と書いたカツセマサヒコの長編第1作。

著者は、大学卒業後、
一般企業への就職を経て、
趣味で書いていたブログを機に
編集・ライターとして編集プロダクションに転職、
その後、独立
140字の投稿がTwitter のタイムラインを賑わせ、
若年層から絶大な人気を博す。
幻冬舎より小説執筆の依頼を受け、
2020年本書を刊行して、小説家デビューした人物。
ラジオのパーソナリティもつとめている。

主に二つの主筋で成り立つ。
一つは、大学の飲み会で出会った「彼女」と「僕」の恋愛
もう一つは、就職して、
「こんなハズじゃなかった」と
現実と理想との乖離に苦悩する日々。

すごく好きになって関係を持った女性が
実は既婚者だったと判明し、
長期海外赴任の夫が帰って来たことから、
三年半の付き合いの末、
別れることになって、
鬱々となる。
別れてみて、
こんなに好きだったんだと、自分自身でも不思議な気持ちになる。

仕事面では、印刷会社に就職して、
クリエイティブな仕事をしたかったのに、
総務部に配属されて、
何も生まない仕事に倦んでしまう。
「この会社じゃなくても良くなっちゃった」
同期で優秀な同僚の尚人との友情も育む。

20代前半の男子が陥るのようなもので、
もう少し歳が行くと時間が解決してくれるような課題。
多くの年長者が、
そんな時代もあったかなって思い返しながら読むだろう。

イチローでも本田圭佑でもないくせに
変な野心を持ってしまった僕らは、
こんなハズじゃなかった人生に振り回され、
ようやく諦めたときには、
周りからせいせいした表情で
「大人になった」と言われて生きていくのだろう。

時間はたくさんの過去を洗い流してくれるし、
いろんなことを忘れさせてくれる。
でも決して、巻き戻したりはしてくれない。
不可逆で、残酷で、
だからこそ、その瞬間が美しい。

23、24歳の生活を
「人生のマジックアワー」だと表現する。
著者はこの本を書いた時、34歳。

2021年に北村匠海の主演で映画化された。

 


短編集『わたしたちは、海』

2025年01月14日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]
                                       
カツセマサヒコの短編集。
「小説宝石」に2022年から24年までに
掲載されたものを一冊にまとめた。
共通項は、「海」
登場人物に若干の重複はあるが、
ストーリーに深く関わるものではない。

徒波

20年近くいた東京を離れて、
縁もゆかりもない海辺の町に住むようになった38歳の男は、
ハンバーガーショップで、
12年前に別れた元カノと偶然出会う。
お互いの12年を知ってみると・・・

鳴き声が下手なまま老いていくウグイスがいるなら、
生きるのが下手なまま、
生きていく人もきっといる。
何度も失敗しながら、
笑われながら、
自分に疲れながら、
それでも生きていく人はきっといる。

もっと軽率に、心が動けばよかった。

海の街の十二歳

小学六年生の女子たちが
タイムカプセルを公園に埋めたという話を聞いた少年たちが、
そこに出かけてタイムカプセルを掘り出す。
その一つ、井上真帆の「10年後の自分へ」の
手紙を読んでしまい、
真帆の秘密を知ってしまった少年たち。
冒頭に10年後にタイムカプセルを掘り出して、
自分の手紙を読んだ真帆が微笑む姿が描写されている。
願いは叶ったのだ。

岬と珊瑚

岬も珊瑚も人名。
保育士と教師。
海に出かけた二人は、
帰路、迷子になった子供を助け、
交番に連れていく。
やがて、両親が現れ・・・
タイムカプセルの話が少し重なる。

氷塊、溶けて流れる

夫婦でパン屋を営む主人公のところを
離婚して別れた父が訪ねて来る。
父は古いタイプの父親だったが、
バンコクに赴任したことで、
人が変わって軽い人物になった。
その父の訪問で、
自分の知らない間に妹が出来ていたことを知る。
ファミレスで偶然一緒になった主人公に、
父は、子供の頃、一緒に過ごさなかったことを謝罪する。
途中で子供の名前から、
「岬と珊瑚」で迷子となった男の子の家庭だと分かる。

オーシャンズ

これは書下ろし。

昔から知っている八百屋が閉店するという。
そこは老婆と舷さんという謎の人物が同居する店だった。
自転車で転んで、傷の手当をしてもらったことで、
親しくなり、店を手伝ったこともある。
やがて、舷さんは指名手配の逃亡者だったことを知り・・・
本作に真帆が登場する。
「わたしたちは、海」という言葉が出て来る。

婦人雑誌の副編集長をしている主人公は、
「ママ活」の大学生・楷くんにはまっている。
部下から「ママ活」についての記事をもちかけられ、
ギョッとしたりする。
心の離れた夫とは別れるが、、
楷くんとの連絡が取れなくなる。
ママ活についての記事を読んで、
自分に対する楷くんの言動が
マニュアル通りだったことを知り・・・

カツセ、こんな引き出しもあるんだ
と思わせる、中年女性の内面の枯渇に迫る。

鯨骨

浜に打ち上げられた鯨の死体。
波多野は、親友のカメラマン・潮田と共に見に行く。
潮田と会ったのは、高校の文化祭。
そこで潮田の作品「鯨骨」を見た。
それからの長い付き合い。
その潮田から友人たち宛のメールが届く。
癌で闘病生活だという。
訪れると、余命いくばくもない印象。
やがて訃報が届き、
個人の遺志である海への散骨に波多野は付き合う。
見上げた雲が鯨骨に見える。

涙が潮田のためじゃなく流れていることが、
悲しかった。
僕はこんなときでも、
僕のためにしか泣けない。
どこまでも、自分、自分、自分、自分、自分なのだ。
この世界が自分を中心に回ってるいるわけがないと気付いていながら、
それでも、だからこそ、
僕は僕のことしか考えられない。
あまりに醜く、
無意味な涙だと思った。
そんなものが
この部屋で流れてしまうことがまた、
潮田にただただ申し訳なかった。
──海は、この星の涙の、行き着く先かもしれない。
不意に、潮田の言葉を思い出した。

いろいろな人生の断片を見せる、
豊かな読書体験だった。

 


小説『バーニング・ダンサー』

2025年01月10日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

警察ものだが、SFと合体した新機軸。
そのSF的設定が大前提となるので、以下に記す。

ユーラシア大陸某所に隕石が落下した日、
この世に百人の超能力者が誕生した。
コトダマ遣い」と呼ばれる人々で、
「コトダマ文書」というルールブックが発表されている。
それは、タイに澄む5歳の少女が綴った文書で、
少女はまだ読み書きを習っていないにもかかわらず、
論理的を文章を書いたもの。
それによれば、
コトダマは百ある。
「燃やす」「凍らせる」「知る」「動かす」「押す」・・・


「燃やす」は発火能力、
「透ける」は透明人間になる能力、
「爆ぜる」は爆破能力・・・など。
一つのコトダマを持つ人間は地球上に必ず一人。
選ばれた人間は、死ぬまでそのコトダマを保持するが、
その者が死ぬと、
コトダマは別の誰かに引き継がれる。
誰に引き継がれるかは予測不能。
一説には、この現象は、
宇宙からの飛来物による磁場の影響だと推測されるが、
それにしては、整然とし過ぎている。
一体、誰がこんなシステムを作ったのか。
(まあ、この本の作者ですけどね)

コトダマによる犯罪も起こり、
その捜査のために、
警視庁に特殊な部署が誕生する。
「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」
コトダマの超能力者ばかり7名を集めた。
課長は三笠葵=「読む」
班長は水嶺スバル=「入れ替える」
調査員は、
「硬くなる」「放つ」「伝える」「吹く」「聞く」の
能力を持った5人。
そして、能力者ではないが、
外部委託員の森嶋航大。

早速、「燃やす」によって2人が殺された事件が起こる。
全身黒こげの死体と、体内の血液が沸騰した死体。
調査員たちは、それぞれの与えられた能力を駆使して捜査する。
その過程で、その能力を発揮する際の制約が判明する。
たとえば、「硬くなる」は、息を止めなければならないし、
「吹く」の適用範囲は5メートル以内、
「聞く」で話すことが出来る物体の大きさは、手の平サイズ、等々。

捜査の過程で、ホムラを主犯とする2人組の犯人が浮かび上がり、
その最終目的が原発の破壊だと分かり、
コトダマ犯罪調査課の捜査は
国民の命を背負うことになる。
原発に厳重な警戒態勢が敷かれるが、
途中で永嶺が犯人の真意に気づき・・・

特殊能力者によってなされた殺人事件を、
こちらも特殊能力者から成る警察のチームが追うという、
今までにない展開だが、
話の前提となる「コトダマ」の存在を受け入れれない読者は             置いてけ堀となるだろう。

従って、読書体験としては、ウザいが、
ラスト近くの意外な展開は楽しめた。

作者の阿津川辰海は、
6作品連続「このミステリーがすごい!」にランクインし、
「本格ミステリ大賞(評論部門)」受賞作家だという。

 


小説『ブルーマリッジ』

2025年01月06日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

ある商社で、
「ホワイトボックス」という制度が試験運用される。
ハラスメントに関する告発や
社内の問題を匿名で投稿できる制度。
しかし、冤罪を生みはしないかと危惧されていた。

この制度に、土方営業課長がひっかかる。
お気に入りの女性営業部員・長谷川が
自分への食事の誘いを断って
同期の飲み会に行ったことで、怒り、
長谷川を徹底的に干す。
得意先の担当を外し、
売上を低位に落とし、叱責する。
長谷川は情緒が破壊され、
それを「ホワイトボックス」に訴えた。
だが、土方には、自分の言動が
いかに相手の尊厳を踏みにじっていたかの自覚がなく
体育会系で、
部下を叱咤激励することで成長させたという意識だ。
しかし、調査が進むにつれて、
土方のパワハラの証拠が次々と出て来て・・・

長谷川の言葉。
「『上司』ってすごいなあって思いました。
その人の匙加減ひとつで、
ここまで他人を追い込むことができて、
心をボロボロにさせることができて、
部下のことを、
まるでダメ人間みたいにさせちゃう。
そんなことがありえるのかって、
私、信じられなくて」

一方、「ホワイトボックス」の提唱者である
人事部員・雨宮守にも新たな問題が襲いかかる。
長年同棲してきた翠で、
いよいよ結婚に進もうという時、
翠の口から
雨宮が無意識のうちにしてきたハラスメントを指摘されたのだ。
特に、大学の新人歓迎キャンプでした行為を責められる。
「止めずにみんなで笑ってた時点で、
みんな加害者で、共犯者だよ」
「守くんも、その会社の課長と、
なんにも変わんないんだよ。
それを、さっきから棚に上げっぱなしでさ」
「そんな人が、ハラスメントの窓口になってるのも、
どこまで被害者に寄り添えるだろうって、
やっぱり怖く感じるよ」
雨宮は、ようやく気づく。
知らず知らず、相手を深く傷つけてきた自分。
過去は捨てられない。拭えない。
加害の過去がある自分には、
その過去を棚上げてまでして、
声高に善や正義を叫ぶ権利もない。

土方の家庭では、離婚問題が持ち上がる。
娘の結婚式が終わると、
離婚届けを置いて、妻が家を出たのだ。
長年、土方の横暴に愛想が尽きたのだが、
これも、土方には自覚がない
必死になって妻の行方を探すが、
娘にも嫌われ、相手にされない。
パワハラ問題の自宅待機と重なって、
土方の家にゴミ屋敷のようになる。
土方みたいな人物は、昔は実際にいた。
しかし、時代がそれをはねのける

ようやく離婚届に印をついて、
妻の美貴子に会った時、
美貴子は言う。
「散々、奴隷のように生きてきましたから。
これからは、もう自分のために働いて、
自分のために生きると決めたんです。
誰かに少ずつ迷惑をかけながら、
自分のために幸せになると、決めたんです」

雨宮の「ホワイトボックス」の提案を認めた
辻人事部長の過去にも触れる。
「私は過去に、
同僚の自死を止められなかったことがあります」
隣席の同僚の上司からのハラスメントからの自殺を
阻止できなかったのだ。

雨宮と翠の両家の対面の会で、
散々、「子供は何人」ときかれて、
その無意識なハラスメントに、
雨宮は嘔吐する。
実は二人は同棲しながら、セックスレスなのだ。
出逢って八年。
付き合って六年。
同棲を始めて二年。
もう僕らのあいだに、
新鮮な出来事はほとんど残されていない。
でも、雨宮は言う。
「恋が終わったら、その先は、
 愛が引き継ぐんじゃないかって思う」

土方のパワハラ問題と、
雨宮のセクハラ、モラハラとを並行して描き、
日本の男性社会が長年築き上げてきた
歪んだ社会を告発する。
「この社会で男性として生きることは、
それだけで加害性を帯びている」

いろいろ考えさせられる本だった。
作者のマツセマサヒコは有望で、
やがて直木賞を受賞するだろう。