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空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

小説『死んだら永遠に休めます』

2025年06月10日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

28歳の女性・青瀬は、
ベアリング会社の川崎事業所の
総務経理統括本部に勤めている。
統括本部と名前だけは立派だが、
会社の左遷部署と言われ、
無能の烙印を押された社員ばかりが集められた掃き溜め。
他部署から来る、山のような雑事の処理に追われ、
残業に継ぐ残業を強いられている。
青瀬は、会社がいやでいやでたまらない。
それでも、重い体を引きずって会社に行くと、
上司の前川部長がパワハラ体質で、
ささいなミスをあげつらい、
「説教部屋」と呼ばれる書庫に連れ込まれて、
延々と叱責を受ける。
部員の5人も同じ目に遭っていて、
ひそかに「前川を殺す」と怨嗟の声をあげていた。

その前川が、
ある日、突然失踪する。
「一身上の都合により失踪します」
との社内メールを送って。

パワハラに遭わずに済む夢のような一週間が過ぎ、
再び前川が川崎事業所の全従業員宛にメールを送って来た。
「私は殺されました」という表題のメールは、
「私を殺した容疑者は以下のとおりです。」と、
総務経理統括本部の5名の社員の名前があげられていた。

その結果、5名の社員は
会社の他部署から疑惑の目で見られることになる。
その疑いを晴らすために、
5人は前川の死の確認と犯人捜しに没頭するが・・・

一味違ったミステリーの展開。
探偵役は、総務経理統括本部に派遣されている三井仁菜。
定時で帰る派遣社員だが、
不思議な才能を発揮して、
事件の真相に迫る。
前川の机の施錠された引き出しも
ピッキングで開け、
前川が秋葉原の
海賊がテーマのコンカフェの店員にご執心だったことが判明する。
しかし、その店員は前川と同じくして失踪しており、
やがて、殺人死体で発見される・・・

青瀬の方も、夜中の騒音でアパートから追い立てをくらう。
しかも、なぜか、前川殺害の容疑者であることも住民に知られているようだ。
意識朦朧となる青瀬の生活はどうなるのか。
唯一の支えは、推理を進める仁菜と、
元カレの佐伯の存在だが・・・

やがて、社員の一人の犯行であると判明し、
前川の死体も発見されるが、
最後に仁菜から「真相」が披露され、
同時に語り部であった青瀬が
どういう社員だったかが判明し・・・

青瀬の破綻した生活と
ぶっ飛んだ仁菜の行動が面白く、
ちょっと変わったミステリーを読んだ印象。
背景に加重労働、職場の悪意、限界会社員、社畜があり、
現代社会の歪んだ就労状況が読み取れる。

著者の遠坂八重は、「ドールハウスの惨劇」(2022)で
第25回「ボイルドエッグズ新人賞」を受賞した人。
本書は3作目にあたる。

表題は、青瀬と仁菜の
「こんなことなら会社に泊まればよかったよ。
満員電車エグすぎ」
「あれ、電車で来たんですか?」
「めまいひどくてさ。車だと事故りそうで怖かったから」
「事故ったら会社休めますよ」
「たしかに。でも下手したら死んじゃうし」
「死んだら永遠に休めますよ」
「たしかに」
という会話から来ている。

それにしても、青瀬のように
いやいやいやいや会社に勤めている人はいるんだろうな。

 


小説『つぎはぐ、さんかく』

2025年06月06日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

惣菜と珈琲のお店「△」を営むヒロは、
一つ上の晴太、中学三年生の蒼と
三人で暮らしている。
ヒロが惣菜を作り、
晴太がコーヒーを淹れ、
蒼は元気に学校へ出かける。
店はオフィス街と住宅街の中間にあり、
買っていくのは若い社会人か忙しい主婦。
惣菜や弁当の販売だけでなく、
店内で食事も出来る。
常連も着き、
三人で食べていくだけの売上はあるようだ。

三人の関係は何だろうと思って読んでいると、
ある時点で「晴太は兄です」とヒロは言う。
どうやら兄弟らしい。
では、両親はどうしたのか。
なぜ兄弟だけで暮らしているのか。
そうしているうちに、
蒼の父親という人物のことが書かれ、
三人は血のつながりがないことが分かる。
三人は擬似家族を作っていたのだ。
そして、それぞれの置かれた環境が描かれ、
三人とも、
「お前は要らない」と見捨てられた者たちだと判明する。

そして、ある日、
蒼は中学卒業とともに家を出たいと言い始める。
全寮制の専門学校に行きたいという。
これまでの穏やかな日々を続けていきたいヒロは、
激しく動揺する。
そして、蒼が行方不明になり、
数日後、帰って来た。
その行先は・・・

というわけで、
町の片隅に住む、
惣菜店を営む3人の物語。
さわやかな話のようだが、
実は背景にかなり重い問題を抱えている。

蒼の旅立ちは、
三人の関係を根底から揺るがす。
それは蒼の成長の結果で仕方ないことだった。

蒼が見るはずの未来を、
私たちの手で見えなくしてしまっているんじゃないかとか、
本来形になるはずのない『家族』を、
私たちが無理やり作って
蒼に押し付けているんじゃないかとか。
屈託なく笑う蒼の顔を免罪符に、
これが幸せだと決め込もうとしていた。

きっとふたりともかわかっていたのだ。
父に捨てられ母とも引き離された蒼には、
晴太だけが、
そして同じく父も母もいない晴太にとって、
蒼だけが家族だということを。
入れて、と思った。
私もそこに入れて。
うらやましいとかあこがれるとか、
そんな感情を飛び越えて、
私もそこに入れてねしいと思った。

三人の関係が次第に分かって来る経過は、
なかなか巧みだ。
ヒロが学校で浮いた存在だったというのも、
出自が分かった時、納得する。
次作の「さいわいわ住むと人のいう」と同様、
最初の方を読んだだけで、
筆者の才能が伺える。
やがて直木賞の候補になるだろう。

惣菜店兼食堂の話なので、
料理が頻繁に出て来て、
食欲をそそる。
刑事の花井や日村など常連も魅力的。

最後の方で、
ヒロの名前の由来が分かり、
母親と再会する場面は、
祖母の存在も合わせ、
読ませる。

母親がヒロに手放した理由を話そうとすると、
祖母は止める。
「言い訳はしない。
これ以上見苦しい母親になったらいけない」

「おれたちはここまでだよ」との晴太の言葉が悲しい。

題名の由来は、次の言葉に集約される。
「たとえそのつぎ目が不格好でも、
 つながっていられればそれでいいと思っていた。」

第11回ポプラ社小説新人賞受賞作
選考員満場一致だったという。
本屋大賞の対象になってもよかったと思うが
ノミネートさえされなかった。

筆者菰野江名は、現役の裁判所書記官だという。

 


小説『とりどりみどり』

2025年05月18日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

直木賞作家・西條奈加の江戸時代の市井もの。

日本橋の大きな廻船問屋・飛鷹屋(ひだかや)の
末弟・鷺之介(11歳)は、
3人の姉たちに振り回されて疲れ果て、
早く嫁に行って片付いてくれないかと願っていた。
ところが、嫁に行ったはずの長女が出戻って来て、
3人にお喋りや買い物、芝居、物見遊山に付き合わされ、
自由奔放な姉達に翻弄されてばかりで、
心休まることがない。

男・女・女・女・男の家族構成。
実直な長兄の鵜之介、
3人姉妹のお瀬己(せき)、お日和(ひわ)、お喜路(きじ)、
そして末弟の鷺之介。
みんな母親が違う
当主の鳶右衛門(とびえもん)は、
一代で身代を作った大人物だが、
買い付けに全国を回り、
年に1、2回しか戻って来ない。
5人の子どもは、正妻のお七が育て、
鷺之介が小さい時、亡くなっていた。
3人の姉は気性が激しく、
一筋縄ではいかない。
その対比が面白い。

7つの話で成り立っている。

①長姉が嫁ぎ先で母の形見を盗まれたことで、怒り、出戻って来る。
②鷺之介は、芝居小屋で初めて友達と言える存在を得るが、
 その友は、封印切りを目撃したと疑われ、命を狙われる。
③鷺之介は箍(たが)回しを小僧の根津松から教えてもらうが、
 根津松は実は・・・
④三姉のお喜路が戯作者を目指し、弟子入りした相手は・・・
⑤気に入った手ぬぐいを大枚は叩いて買ったが、
 買戻しを求められ・・
⑥育ての親の墓前に残された櫛。
⑦それにより、鷺之介の出自が判明する。

3人の姉たちが吐くが面白い。
母・お七の秘密が明かされる最後のくだりは、
ちょっと人間の奥深い煩悩を感じさせる。
全体的には、ユーモアあふれる楽しい読み物。

母親のお七が死ぬ前に3人の娘に残したのが、
螺鈿蒔絵の櫛で、
それぞれ鳥の絵柄がほどこされている。
父親、長兄、末弟を含め、鳥にちなんでいる。
題名の「とりどりみどり」は、
「よりどりみどり」から来ているが、
飛鷹屋の家族が全員鳥に縁があることから来ている。

よりどりみどり・・・多くの中からかってに選び取ること。
          「選り取り」と、
          見渡して多くの中からいいものを選び                                      取ること「見取り」の意。                                         

余談だが、五反田に鶏々味鳥(とりどりみどり)という
鳥料理の居酒屋がある。


小説『さいわい住むと人のいう』

2025年05月14日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

地域福祉課に異動になった青年・青葉が紹介されたのは、
大きな屋敷に住む80歳の老女・香坂桐子だった。
桐子は元教師で顔が広く、
教育から身を引いてからも町の人から頼りにされており、
妹の百合子と二人だけで暮らしている。
老姉妹は、なぜこんな豪邸に二人だけで住んでいたのか?
その2週間後、
桐子と百合子が亡くなってしまう。
二人とも病死で、事件性はないようだが・・・

冒頭は2024年だが、
章が進むにつれて、
2004年、1984年、1964年と20年ずつさかのぼり
夫のDVから逃れて来た母子が桐子の尽力で救われる話、
中学教師だった桐子が百合子と一緒に住む家を
建てるための努力の話、
戦災孤児だった桐子と百合子が
親戚をたらい回しにされ、
引き取られた7番目の家庭での
ある出来事を巡る話、
そして、再び2024年に戻り、
二人の一日差の死亡へと導かれる。

時代をさかのぼってストーリーが展開するのは、
既に沢山の作品があるが、
話が進むにつれて、
桐子と百合子を取り巻く状況が次第に明らかになって来る
という意味で必然の手法だ。
戦争孤児だった二人が、
いつか自分たちだけの居場所(家)を手に入れて、
二人で幸せになろうと誓う。
特に、桐子の運命を百合子が引き受けるあたりは哀切だ。

デビュー作「つぎはぐ、さんかく」でポプラ社新人賞を受賞した
菰野江名(こもの・えな)の作品。
まだ2作目とは思えない、
よくできた人間ドラマ
たった二人だけの家族である桐子と百合子の姉妹。
正反対の道を選び、背中合わせに生きていく。
二人の置かれた状況と
それを打破しようとする努力。
そして、いさかいと和解。
桐子の卒業した大学に出かけて
サンドイッチを食べる場面で泣きそうになった。
作者が高齢の方と思わされるほど、
老女の気持ち、環境が身につまされた。
菰野江名は1993年生まれの32歳
若いのにこれだけの作品を書けるのだから、
期待できそうだ。

久々にページをめくる手が止まらなかった。
本屋大賞にノミネートされなかったのが不思議。

タイトルは、カール・ブッセの詩「山のあなた」の一節。

山のあなたの空遠く
「幸」(さいわい) 住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。

山の向こうに幸せがあるというので、
探しに行ってみたけれど、
見つけることができずに、
涙ぐんで帰ってきた。
山のもっとずっと向こうに幸せはあるんだよ、と人は言う。

探し求めても、幸せは見つからない。
身近なところに潜んでいるささやかな幸せに、
感謝できることが幸せ。 

                            


小説『定食屋「雑」』

2025年05月10日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

三上沙也加は、突然、夫の健太郎から離婚を切り出される。
真面目でしっかり者の沙也加だが、
いつも清く正しく美しく、なところが、
夫を息苦しくさせていたようだ。
たとえば、潔癖症な沙也加は、
食事をしながらアルコールを嗜む事を良しと思っていなかったが、
夫健太郎は酒を好む。
健太郎は、家に帰る前に定食屋で食事し、
酒を呑むのが楽しみになり、
家での食事を避けるようになる。
やがて、健太郎は離婚届けを残して、
会社近くのウィークリーマンションに引っ越してしまう。

離婚話に納得できない沙也加は、
もしや定食屋に女でも、と浮気を疑って、
健太郎が寄るという定食屋を偵察してみる。
しかし、商店街の中にある定食屋「雑」(ざつ)にいたのは、
背の低い老女だった。
そして、出される料理は、
何の変哲もない、家族的な手料理ばかり。
店員募集の貼り紙を見た沙也加は、
応募し、派遣の事務仕事の合間に、
アルバイトで不定期に働くことになる。

というわけで、
一軒の定食屋の女店主「ぞうさん」と
アルバイトの沙也加との
定食の献立をめぐる人間模様を描くのが、この作品。

6つの話から成り立ち、
コロッケ、トンカツ、から揚げ、
ハムカツ、カレー、握り飯
と表題が付き、
その料理を巡って話が進展する。

ぞうさんの視点、沙也加の視点、
それに70代の常連客・高津の視点から描かれる。
やがて、この店が雑色(ぞうしき)という
元日活映画のカメラマンが始めた店で、
今の女店主のみさえは二代目
初代のぞうさんとは親戚で雑色姓、
それで呼び名の「ぞうさん」も引き継いだことなどが分かる。
第2話の「トンカツ」で、
みさえの若い頃の話、
どうして上京し、
親戚の店に入り、
店を引き継いだかが明らかになる。

また、沙也加の離婚話の進展、
高津の娘一家との同居生活の顛末なども描かれる。

コロナ禍で、定食屋の経営が苦しくなり、
閉店と再開の話も綴る。

原田ひ香らしい、
普通の人間の普通の生活の物語。
その視点は暖かく、
読み心地はすこぶるいい。

ただ、沙也加が働いていることを知らずに、
夫の健太郎が店にやって来て驚く、
という描写が全くないのは不思議。
いくら引っ越したといっても
少々不自然ではないか。

料理に対する蘊蓄が沢山出て来るが、
おいしそうで、楽しい。