地上を旅する教会

私たちのすることは大海のたった一滴の水にすぎないかもしれません。
でもその一滴の水があつまって大海となるのです。

見せしめ

2010-09-30 12:53:22 | Weblog
ソドムやゴモラ、またその周辺の町は、
この天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、
不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、

永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています。


(聖書『ユダの手紙』 7節)


毎日の生活におきましても、
あなたと私たちの間に
隔たりがあってはならないことを、知っております。

2010-09-29 15:31:30 | 今日のみことば
そのころ、
イエスは祈るために山に行き、
神に祈って夜を明かされた。


(聖書『ルカによる福音書』6章12節)


命の道は誰かに
勧告されていく道ではなく、
誰かに引っ張られて
いく道でもございません。

自ら進んで
それを成し遂げなくては
進むゆくことができない
という事実を、
知らなければなりません。

祝福

2010-09-28 23:44:20 | 今日のみことば
悪口を言う者に祝福を祈り、
あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。


(聖書『ルカによる福音書』6章28節)



お父様
すべてをお父様だけが守ってくださり、
お父様だけが受け持って
主管してくださいませ。

私たちの生命も私たちのものでなく、
私たちの知識も私たちのものでなく、
私たちの観念すべても
私たちのものでないと

悟らせてください。

嘆き

2010-09-27 21:43:15 | Weblog
愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。

「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。


(聖書『ローマの信徒への手紙』12章19節)



お父様、私たちが対象を夢中に愛してからも、
また愛したくて何度も夢中になれるような
愛の動機はもてませんでしたから、

決定的な愛の権限のもてない
自らであることを嘆かせてください。

一粒

2010-09-26 22:04:40 | Weblog
はっきり言っておく。
一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、
一粒のままである。

だが、死ねば、多くの実を結ぶ。


(聖書『ヨハネによる福音書』12章24節)



運は努力した人間にしかこない(白鵬)

悲痛

2010-09-24 10:41:02 | 今日のみ言葉(親子編)
イエスは苦しみもだえ、
いよいよ切に祈られた。

汗が血の滴るように地面に落ちた。


(『ルカによる福音書』22章44節)




イエス様が十字架で
肉を裂かれ血を流したことが悲痛なのではなく、


心情を絞めつけられなければならなかったことが、
もっと悲痛なことであったと分かり得る

私たちとならしめてください。

偽善

2010-09-18 12:15:10 | Weblog
祈るときにも、あなたがたは
偽善者のようであってはならない。

偽善者たちは、人に見てもらおうと、
会堂や大通りの角に立って祈りたがる。
はっきり言っておく。

彼らは既に報いを受けている。


(『マタイによる福音書』 6章5節)


お父様の心を
私たちの心としてください



(東京 汐留)

煩い

2010-09-17 23:28:00 | 今日のみことば
フィリピの信徒への手紙 / 4章 6節

どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。
何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
求めているものを神に打ち明けなさい。




父母の心情は
息子が自分より素晴らしくなることを願うことであり、
神様も人類の父母でいらっしゃるので
ご自分がつくられた人間が
よりよくなることを願われる。






【富岡八幡宮(門前仲町)】



立ち直り

2010-09-16 17:08:44 | Weblog
しかし、わたしはあなたのために、
信仰が無くならないように祈った。

だから、あなたは立ち直ったら、
兄弟たちを力づけてやりなさい。


(『ルカによる福音書』22章32節)



私たちの先祖が
お父様(=神様)を裏切ったがゆえに、

痛憤するしかない
悲しい歴史を経てきたことを考えるとき、


今日の私たち一人一人の身が、

お父様のみ前に、
悲しみを増し加える
哀れな立場には立ちませんように・・・・・・



礼拝

2010-09-14 22:25:53 | Weblog
しかし、まことの礼拝をする者たちが、
霊と真理をもって
父(=神様)を礼拝する時が来る。
今がその時である。

なぜなら、父はこのように礼拝する者を
求めておられるからだ。


(聖書『ヨハネによる福音書』4章23節)



夜を明かして日々を重ねながらも
天を敬慕したひと日をもち得なかった自らを慨嘆し、

そのような動機をもてるように私を支えてくださいと、

訴えながら駆けゆく息子となり、
娘となり、家庭とならせてくださいますようお父様、
切にお願い申し上げます・・・・・・