国民、言葉の違う民、
また、王たちについて、
再び預言しなければならない。
(『ヨハネの黙示録』 10章 11節)
父母は子供が優れているから
愛するのではありません。
子供であればこそ
優れていようが愚かであろうが愛するのです。
病身の子を持つ親が子供以上につらいのと同様に
神様の愛の心情は
皆さんが優れているいないということを
超越しているのです。
(R・S・M)
目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。
(同時にわたしたちのためにも祈ってください。)
(『コロサイの信徒への手紙』4章2節)
勉強も祈祷も熱心にしなければなりません。
愛を中心として
訓練もしなければなりません。
祈祷をして、精誠を尽くしなさい。
精誠を尽くす人には
必ず未来の世界が連結されるのです。
互いに重荷を担いなさい。
(『ガラテヤの信徒への手紙』6章2節)
困った時には手を差し延べ
苦しい時には励まし
嬉しい時には
互いに手を取り合って喜ぶ
そういう人間関係を築きなさい。
あなたがたが互いに
愛し合い、高め合う時
そこに神の国が造られるのです。
(R・S・M)
あなたがたをほかの者たちよりも、
優れた者としたのは、だれです。
いったいあなたの持っているもので、いただかなかったものが
あるでしょうか。
もしいただいたのなら、なぜいただかなかったような顔をして
高ぶるのでしょうか。
(『コリントの信徒への手紙一』4章7節)
百を与えて忘れることのできる神様の前に、
私は千を与えても忘れることができるようになれば、
神様が私の相対になってくださるというのです。
「一度善のために、神様以上にやってみよう」
と実践した人が、
地獄に行くでしょうか、
天国に行くでしょうか。
(R・S・M)
天国へ行くか、
地獄へ行くかは自分自身が決定します。
神様が決定するのではなく、
自分が決定するのです。
不平を言えば地獄であり、
不平を言いたい時に感謝していけば
天国だというのです。
(R・S・M)
どのようにして若い人は自分の道を清く保てるのでしょうか。
あなたの
み言葉に従ってそれを守ることです。
(『詩編』119編9節)
思春期になると
小説を読むことに没頭し、
夜が更けてゆくのも忘れて神秘的な境地に入り
文学の世界に浸る体験をします。
そこには単なる文学の世界があるばかりか
詩的なきっかけがあります。
愛を自由自在に表現することのできる
立体的な情緒を備えた詩的な境地があるのです。
(R・S・M)