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森の空想ブログ

ヤマメの「土用隠れ」/真夏の渓流で過ごす一日【九州脊梁山地ヤマメ幻釣譚<23-9>】

夏のヤマメは釣れにくい。

「夏のヤマメは一里(4キロ)歩いて一匹」

「ヤマメの土用隠れ」

という釣り師の慨嘆を含んだ形容があるほどだ。

その理由は、これまでにも何度か書いたが、ヤマメ釣りの初心者カワトモ君とその家族のために復習しておくと、

その一、夏になると家族連れや地元の小学生などが渓谷に入り込み、網や銛などまで駆使して魚たちを追い回すので、警戒心の強いヤマメたちは岩場の陰などに隠れてしまうこと。

その二、冷水域を好むヤマメは、渓谷の支流や草藪に覆われた細流などへと遡り、隠れてしまうこと。

その三、現流域の砂や小石混じりの小沢が彼ら・彼女たちの産卵場であること。

の三点がその主因だが、

その二と三についてはダムや砂防堰堤で仕切られ、封じ込まれた環境の中にいるヤマメ群もあるから全面的な適用は出来ない。が、谷からヤマメがいなくなるわけではないから、草を分け、蜘蛛の巣をはらいながら釣り進めば、望外の釣果を得ることだってあるのだ。

一日目は、長年の釣友渓声君と合流し、それぞれ、なじみのポイントで釣る。

渓谷は思ったより静かだったが、無数の足跡が沢辺を荒らしており、釣果は私が6寸もの(18センチ級)一匹、渓声君が9寸もの(27~28センチ級)を一匹。釣れないより一匹ずつ釣れてよかったという程度であった。ただし、渓声君の仕掛けは、ハリス0、4号という極細のものだったので、その釣技は超名人の尊称にふさわしいものであろう。

二日目、別の谷筋に入る。

この渓谷の源流部には水神を祀る滝があり、木地師の村がある。

20年ほど前から通いなれた渓谷だ。

当時は夢のように釣れたが、漆伝説を残し、大渕のある谷筋のかつて木地物や漆器を生産し、神楽を伝えた集落は、今はただ一軒が残るだけで、消滅寸前である。

村の衰退と渓流漁の減少は正比例している。

九州脊梁山地の奥深い谷には、稀に原種のヤマメがいるが、アユやヤマメの確保はダム建設の保障にともなう放流に頼るほかはない。

人間社会が生み出す生態系の歪みの、これも一つの現象といえよう。

惜別の思いを胸に秘めながら、谿を歩く。

真夏の午前の太陽が、前年の台風で荒れて白化した岩を照らし、その反射が眩しいが、日陰は深緑の樹影に覆われて涼しい。

この沢を静かに釣り上り、8寸(24センチ)の上物を得た。

掛けた瞬間、大岩の向こう側に走って深く水底に潜り、次に荒瀬に出て激しく渓流を引き下り、暴れまわるヤツを砂地に引きずり上げてゲットした。

格闘の成果といえる一尾である。

お昼にカワトモ君ファミリーが来た。

母親の川上佳那子さんと妹のちーちゃん(千織さん=小6)である。佳那子さんは、前回の釣行に同行したが、今回は自前の竿を入手しての参加である。ちーちゃんは、一年半前、それまで小5、小6、中1の二年と一ヶ月の間不登校を貫いていたカワトモ君が我が家に来た時、お母さんの斜め後ろにいて、両手を胸の前で合わせ、その澄んだ瞳を少し曇らせて

「高見さん、お兄ちゃんをよろしくお願いします」

と言った。私は、

「おう、まかせておけ」

と約束し、それからカワトモ君とのヤマメ釣り、森の仕事、かさこそ森珈琲店の開設、古民家の解体などという荒仕事が始まったのだ。なかでもヤマメ釣りは難しい。ヤマメという魚は、インターネット知識などで釣れるヤワな魚ではなく、沢歩きの体力、それを持続する気力、生態系の仕組みの中の魚の活動傾向、季節ごとの釣り方や餌の変化、当日の天候などを見極め、さらに技術の修練を必要とする領域なのだ。それを一年半続けるうちに、彼は見違えるほどの体格となり、私と一緒に沢を遡る体力もついてきた。そして待望の一匹が釣れ、さらに二匹目、三匹目と釣果が上がり始めている。

私はちーちゃんとの約束を果たしつつある。

釣りの効用ここにあり。

     

この日は、意図的にカワトモ君ファミリーを先導させることにして、私は少し下流から釣り上り、追いついていくという選択をした。真夏のヤマメは文字通りの土用隠れらしい。私の竿には一匹もかからぬばかりかかすかなアタリ(魚信)もない。追いつくと、カワトモ君は自分の釣りよりも母と妹の指導に細かく気を配り、釣り進んでいた。そして、なんと、佳那子さんの竿に5寸もの(15センチ程度)のヤマメが二匹釣れていたのだ。家族思いの三人への水神からの贈り物であり、ビギナーズラックの最たる例だが、それ以後、私の竿にもカワトモ君の竿にも一匹も上がらなかった。それでも二人は釣り進み、途中で頭から川水を被ったり、全身をざぶりと流れに浸したりしながら、釣り進む。ちーちゃんと佳那子さんの親子は安全な釣り場を指定して置き去りにした。

     

陽が山陰に陰った。風が涼しくなった。

そろそろ竿を収める時間帯だが、この時刻になると、餌を追って来て、きらりと身をひるがえして流れに戻るヤマメや、足元を黒い稲妻のように横切って逃げていく魚影などが認められるようになる。

二人で上流と下流に分かれて一度に振り込むことのできる流れに来た。大きく枝が差し出ているが、上流からの水が一気に岩場を流れ下り、急流を作る絶好のポイントである。

視線を合わせ、合図を送って、それっ、とばかりに一度に竿を振る。

だが、彼のハリは目指した地点には落ちなかったようだ。手元に引き寄せては、また投げる動作を繰り返してている。

私の第一投は、狙い通りに流れ、巨岩の手前で、ふっ、と止まった。軽く合わせると。がくんと強い引きがきた。上流へと逃げようとする魚を、強引に引き上げる。陸に落ちたところで糸が切れ、魚が跳ねる。それをがっしりと手づかみにする。8寸もの(24~25センチ)。この日の午後唯一の釣果である。

私はこれで竿を収め、カワトモ君はそのあとのポイントで大物を釣り逃がしたが、別の谿で釣っていた渓声君が午前・午後を通じてゼロ匹の結果だったから、夏の釣りの難しさを体感した一日ということにしておこう。渓声君の入った谷筋には山道の脇に車が三台止っており、沢には長竿を振り回す釣り師の姿があったから、これは技術の問題ではなく、状況の生み出した結果である。カワトモ君の釣果もそれに準ずるものとしておこう。

釣り終えて、二人で沢に入り、全身を流れに任せ、二匹のカワウソのように流れ下る。

木立の向こうに青空が見え、その先の山際がほのかな茜色に染まり始めている。

水音が耳に心地良い。

釣れなくともよいのだ。

爽快な夏の釣りである。


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