三鷹の禅林寺では、毎年6月19日に太宰治の死を悼む「桜桃忌」が催される。
2018年は太宰の没後70年に当たる年。
特集を組む雑誌もある。
2018年6月19日、
この日僕は高熱を出して寝込んでいた。
桜桃忌どころではない。
風邪では手も足も出なかった。
学生時代、太宰好きの友人と桜桃忌に足を運んだことがある。
噂通り、若者の墓参者が多かった。
あの頃、僕らもそんな「若者」の一人に数えられたのだろう。
いまも太宰治は新しい読者を増やし続け、
一度はまったら、はしかのように熱にうなされるその魅力は変わらない。
さて、太宰治のよく知られた逸話を一つ。
金欠なのに熱海で仕事をしていた太宰のもとに壇一雄が訪ねた。
妻の初代に頼まれて、太宰を家に連れて帰るためだった。
ところが、壇はその場に留まってしまう、
一緒に宿代の借金を重ねるという有様だった。
このままでは仕方がないと思ったのだろうか。
太宰は壇を人質として東京に帰る。
金を作って必ず戻ってくる。
そう壇に約束をした。
しかし、太宰はいつになってもやって来ない。
手紙の一つも寄越さない。
耐えかねて、見張り付きで東京に戻ることにする。
そして、太宰の師である井伏鱒二のところへ行くと、
のんきに2人で将棋を指していたという。
壇は抗議する。
あんまりではないか、と。
すると太宰はこう言った。
待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね。
さすが「お道化」名人の太宰治。
妙な理屈を返してくる。
ちなみに、太宰の代表作の一つである「走れメロス」は、
この体験が元になっているという。
メロスは太宰治、セリヌンティウスは壇一雄ということになろうか。
この逸話は、案外心に思い浮かぶことが多い。
特に、何かを待っているときによく思い出す。
なかなか連絡が来ないとき、
時間になっても人が来ないとき、
約束の日を過ぎても音沙汰がないとき、などなど。
待っている身としては、全くもって落ち着かない。
辛い。
イライラする。
短くてもいいから、一報さえ入れてくれれば安心する。
でも、何のアクションもない。
いかがしたものか……。
いや、待たせている相手の方がもっと辛いのかもしれない。
ふと思い浮かぶ太宰治の逸話。
溜飲が下がるわけではない。
でも、少しだけ寛大な気持ちになる。
それが良いのか悪いのかわからない。
催促をすべき案件はある。
ただ、太宰を介して待たせている相手のことを考える余裕ができるのだ。
確かに、待たせる方も辛い。
落ち着かないし、ソワソワする。
とはいえ、大物になると相手を待たせようと何も動じないのだろうか。
人質に壇一雄を宿屋に置いて行った太宰治。
待たせていた彼が、本当に辛い気持ちでいたかどうかは、
もはやわからない。
2018年は太宰の没後70年に当たる年。
特集を組む雑誌もある。
2018年6月19日、
この日僕は高熱を出して寝込んでいた。
桜桃忌どころではない。
風邪では手も足も出なかった。
学生時代、太宰好きの友人と桜桃忌に足を運んだことがある。
噂通り、若者の墓参者が多かった。
あの頃、僕らもそんな「若者」の一人に数えられたのだろう。
いまも太宰治は新しい読者を増やし続け、
一度はまったら、はしかのように熱にうなされるその魅力は変わらない。
さて、太宰治のよく知られた逸話を一つ。
金欠なのに熱海で仕事をしていた太宰のもとに壇一雄が訪ねた。
妻の初代に頼まれて、太宰を家に連れて帰るためだった。
ところが、壇はその場に留まってしまう、
一緒に宿代の借金を重ねるという有様だった。
このままでは仕方がないと思ったのだろうか。
太宰は壇を人質として東京に帰る。
金を作って必ず戻ってくる。
そう壇に約束をした。
しかし、太宰はいつになってもやって来ない。
手紙の一つも寄越さない。
耐えかねて、見張り付きで東京に戻ることにする。
そして、太宰の師である井伏鱒二のところへ行くと、
のんきに2人で将棋を指していたという。
壇は抗議する。
あんまりではないか、と。
すると太宰はこう言った。
待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね。
さすが「お道化」名人の太宰治。
妙な理屈を返してくる。
ちなみに、太宰の代表作の一つである「走れメロス」は、
この体験が元になっているという。
メロスは太宰治、セリヌンティウスは壇一雄ということになろうか。
この逸話は、案外心に思い浮かぶことが多い。
特に、何かを待っているときによく思い出す。
なかなか連絡が来ないとき、
時間になっても人が来ないとき、
約束の日を過ぎても音沙汰がないとき、などなど。
待っている身としては、全くもって落ち着かない。
辛い。
イライラする。
短くてもいいから、一報さえ入れてくれれば安心する。
でも、何のアクションもない。
いかがしたものか……。
いや、待たせている相手の方がもっと辛いのかもしれない。
ふと思い浮かぶ太宰治の逸話。
溜飲が下がるわけではない。
でも、少しだけ寛大な気持ちになる。
それが良いのか悪いのかわからない。
催促をすべき案件はある。
ただ、太宰を介して待たせている相手のことを考える余裕ができるのだ。
確かに、待たせる方も辛い。
落ち着かないし、ソワソワする。
とはいえ、大物になると相手を待たせようと何も動じないのだろうか。
人質に壇一雄を宿屋に置いて行った太宰治。
待たせていた彼が、本当に辛い気持ちでいたかどうかは、
もはやわからない。
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