クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

旧騎西町の“鷹橋”の名前の由来は?

2017年12月21日 | ふるさと歴史探訪の部屋
旧騎西町内(現加須市)を流れる備前堀川には、
鷹橋と呼ばれる橋が架かっている。
高橋ではなく鷹橋。
その字のごとく、“鷹”に由来している。

徳川家康が各地で鷹狩を催していた頃の話。
家康はこの付近で鷹狩を行った。
すると、ハヤブサが現れて、家康の放った鷹と上空でもみ合いになってしまう。

家康をはじめ、地上にいる人々はどうすることもできない。
ただ空を見上げているばかり。

やがて、二羽はもみ合ったまま地上に降りてきたのだろうか。
村人の内藤玄蕃という者が颯爽と駆けだす。
そして、堀にハシゴを架け、向こう岸に渡った。
ハヤブサを追い返す玄蕃。
家康の鷹を助け出し、事なきを得た。

一部始終を見ていた家康は内藤氏に感服する。
鷹を救ったこともさることながら、その機転と行動力に感銘したのだろう。
家康は内藤氏に陣羽織と玉銀を与えたのだった。

その後、堀に橋が架けられた。
誰ともなく、その橋を「鷹橋」とか「たかな橋」と呼ぶようになったという。

現在の鷹橋はコンクリート製のもの。
備前堀川も整備されており、
橋の上を何台もの車が行き来している。
周囲は田畑が広がり、見晴らしがいい。

鷹橋の傍らには説明板が建っており、
徳川家康の鷹狩にまつわるエピソードが伝えられている。
何気ない場所に潜む歴史的エピソード。
陣羽織はのちに旧川里町(現鴻巣市)のお寺に納められ、現存しているという。

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1 コメント

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Unknown (釜山港に帰れ!チョーサンピル?)
2017-12-29 04:26:47
橋とは?現世と異界を結ぶもの?トラワヨ プサンハンヘ。椿咲く春なのに あなたは帰らない たたずむ釜山港に 涙の雨が降る…
三途の川の六文銭、ナイナイおいらは持ってない、なぜなら天涯孤独で死んだから。だからこの世をさ迷うだけさ。さ迷う釜山港は 霧笛が胸を刺す きっと伝えてよカモメさん 今も信じて耐えてる私を トラワヨプサンハンへ 会いたいあなた…
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