久しぶりの悲しきシリーズです。
とにかく1960年代の洋楽ポップスにはやたらと「悲しき」と言う邦題がついてて、いったい何がそんなに悲しいのか曲を聴いててもさっぱりわからないんですが、高度成長時代の日本にとっては多少センチメンタルな気分になりたいという欲望があったのかもしれません。
一心不乱に頑張ってばかりいては心の潤いも失くしそうになります。悲しき片思いやら悲しき街角でちょっぴりおセンチになってみたかったのでしょう。
不景気の時には明るい歌が、景気がいいときはくらい歌が流行る傾向がありますから、人は自然にそうやってバランスをとっているのかもしれません。
とあるサイトによると、洋楽の邦題に「悲しき」が付いているもののヒット曲のさきがけがこの曲だったようです。
もともとB面だったのが「悲しき16歳」と言うタイトルをつけたせいなのかヒットして、ザ、ピーナッツがカバーして更に売れるというなんとも棚ぼたみたいな話。
その後洋楽に何でもいいから「悲しき」をつけるようになったみたいです。
その数約120曲ほどあるそうですが、もちろん全部が全部ヒットしたわけじゃありません(苦笑)
昭和元禄と言われた時代、世の中それ行けやれ行けのムードでしたから、センチメンタルな雰囲気に飢えていたのかも知れません。
とにかく1960年代の洋楽ポップスにはやたらと「悲しき」と言う邦題がついてて、いったい何がそんなに悲しいのか曲を聴いててもさっぱりわからないんですが、高度成長時代の日本にとっては多少センチメンタルな気分になりたいという欲望があったのかもしれません。
一心不乱に頑張ってばかりいては心の潤いも失くしそうになります。悲しき片思いやら悲しき街角でちょっぴりおセンチになってみたかったのでしょう。
不景気の時には明るい歌が、景気がいいときはくらい歌が流行る傾向がありますから、人は自然にそうやってバランスをとっているのかもしれません。
とあるサイトによると、洋楽の邦題に「悲しき」が付いているもののヒット曲のさきがけがこの曲だったようです。
もともとB面だったのが「悲しき16歳」と言うタイトルをつけたせいなのかヒットして、ザ、ピーナッツがカバーして更に売れるというなんとも棚ぼたみたいな話。
その後洋楽に何でもいいから「悲しき」をつけるようになったみたいです。
その数約120曲ほどあるそうですが、もちろん全部が全部ヒットしたわけじゃありません(苦笑)
昭和元禄と言われた時代、世の中それ行けやれ行けのムードでしたから、センチメンタルな雰囲気に飢えていたのかも知れません。