小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

倫理の起源57

2014年12月30日 13時54分18秒 | 映画
倫理の起源57



*以下の記述は、当ブログにすでに掲載した「『風立ちぬ』と『永遠のゼロ』について(3)」と一部重複しますが、訂正・加筆してあります。

 さてここまでくれば、近年の大ヒット作、百田尚樹作『永遠のゼロ』(2006年)および山崎貴監督の、同名の映画作品(2013年)に触れないわけにはいかないだろう。
 周知のように、両作品は、大東亜戦争期と2000年代初期との60年以上を隔てた二つの時期を往復する枠組みのもとに作られている。司法試験に何度も落ちて働く気もなく浪人している弟が、ライターの姉から依頼を受けて、特攻隊で死んだ実の祖父(義理の祖父は別にいる)のことを二人で調べ始める。いまや80代前後になった生き残り兵士たちを苦労して探し当てて話を聞くうち、祖父の意外な側面がしだいに明らかになってゆく。ゼロ戦搭乗員の祖父・宮部久蔵は、必ず生きて妻子のもとに帰ることを信条としていたにもかかわらず、なぜ特攻隊に志願したのか。この謎を中心にドラマは進行し、最後近くになって劇的な展開を見せる。その劇的な展開の部分を略述すると次のようになる。

 義理の祖父・大石はじつは教官時代の宮部の生徒であり、宮部を深く尊敬している。ふだんは極度に用心深い宮部が、訓練指導中に珍しく油断して米軍戦闘機の攻撃にさらされた時、大石は機銃の装備もないままに体当たりで宮部を救う。この深い縁で結ばれた二人は、もはや敗戦間近の時期、偶然にも同じ日に鹿屋基地から特攻隊員として飛び立つことになる。出発間際に宮部は飛行機を代ってくれと大石に申し出る。宮部は、自分の機のエンジン不調に気づき、大石が万に一つも助かることを期待してこの申し出をしたのである。というのも、エンジンが順調ならその搭乗員は100%死ぬが、不調で飛行不能となれば不時着することが可能となるからである。こうして大石は救われ、宮部はただ一機、激しい迎撃をくぐり抜けて敵空母に激突する。大石の機には、もし君が運良く生き残り、自分の家族が路頭に迷って苦しんでいるのを見つけたら助けてほしいという宮部のメモが残されていた。大石は四年後ようやくバラック住まいで困窮している宮部の妻子を見つける。その後、何年も彼らのもとに通って援助し続けるうち、やがて親愛の情が深まり、大石と妻・松乃とは結婚する。しかし、あれほど生き残ることを強く主張していた宮部が、なぜ特攻に志願したのか、すべてのいきさつを語ってきた当の大石さえその理由をうまく表現できない。

 私はこの二作を、エンターテインメントとしての面白さもさることながら、重い倫理的・思想的課題を強く喚起する画期的な作品だと思う。その画期性のうち最も重要なものは、戦後から戦前・戦中の歴史を見る時の視線を大きく変えたことである。この場合、戦後の視線というのは、単に戦前・戦中をひたすら軍国主義が支配した悪の時代と見る左翼的な平和主義イデオロギーを意味するだけではない。その左翼イデオロギーの偏向を批判するために、日本の行った戦争のうちにことさら肯定的な部分を探し当てたり、失敗を認めまいとしたりする一部保守派の傾向をも意味している。言い換えると、この両作品は、戦後における二つの対立する戦争史観の矛盾を止揚・克服しているのだ。なぜそう言えるのかは後述する。
 ともあれ、その止揚・克服に成功しているという印象を与えるのに最も大きく寄与しているのが、主人公・宮部のキャラクター造型である。
 原作では、宮部久蔵のキャラクターは概略次のように造型されている。

①海軍の一飛曹(下士官)。のちに少尉に昇進。これは飛行機乗りとして叩き上げられたことを意味する。

②すらりとした青年で、部下にも「ですます」調の丁寧な言葉を使い、優しく、面倒見がよい。少年時代、棋士をめざそうかと思ったほど囲碁が強い。

③パイロットとしての腕は抜群だが、仲間内では「臆病者」とうわさされている。その理由は、機体の整備点検状態に異常なほど過敏に神経を使うこと、飛行中絶えず後ろを気遣うこと、帰ってきた時に、機体にほとんど傷跡が見られないので、本当に闘ったのか疑問の余地があること、など。

④「絶対に生き残らなくてはだめだ」とふだんから平気で口にしており、戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けず」とは正反対の思想の持ち主である。ガダルカナル戦の無謀な作戦が上官から指示された時には、こんな作戦は無理だと思わず異議を唱えたため、こっぴどく殴られる。

⑤奥さんと生れたばかりの子どもの写真をいつも携行しており、一部の「猛者」連中からは軟弱者として軽蔑と失笑を買っている。しかしいっぽう彼は、ラバウルの森に深夜ひとりで入り込み、重い銃火器を持ち上げたり枝から逆さにぶら下がったりして、超人的な肉体鍛錬に励んでいる。部下の井崎が歩み寄って鍛錬の辛さを問うと、彼に家族の写真を見せて、「辛い、もう辞めよう、そう思った時、これを見るのです。これを見ると、勇気が湧いてきます」と答える。

⑥撃墜した米機からパラシュートで降下するパイロットを追撃し、武士の情けをわきまえないふるまいとして周囲の顰蹙を買う。これに対して、自分たちは戦争をしているのであり、敵の有能なパイロットを殺すことこそが大事で、それをしなければ自分たちがやられると答える。真珠湾攻撃が成功した時にも、空母と油田を爆撃しなかったことを批判する。

⑦一度だけ宮部は部下を殴ったことがある。それは撃墜されて死んだ米パイロットの胸元から若い女性のヌード写真が出てきたときのこと。部下たちが興奮し、次々に手渡して弄んだ後、宮部がそれを米兵の胸元に戻すと、ひとりの兵が彼の制止も聞かずもう一度取り出そうとしたからである。その写真の裏には、「愛する夫へ」と書かれていた。「できたら、一緒に葬ってやりたい」と彼は言う。

⑧内地で特攻隊要員養成の教官を務めている時期、やたらと「不可」ばかりつける。戦局は敗色濃厚で、厳しい実践教育をくぐり抜けた生徒(学徒動員された士官たち)に合格点を与えれば与えるほど、優秀な人材を死地に送ることに加担せざるを得ないからである。こうして、彼の苦悩と葛藤は深まってゆく。

⑨急降下訓練中に失敗して機を炎上させ自らも命を落とした生徒を、上官が、「訓練で命を落とすような奴は軍人の風上にもおけない。貴重な飛行機をつぶすとは何事か!」と非難したのに対して、ひとり敢然と「彼は立派な男でした」と異議を唱え、上官に叩きのめされる。生徒の名誉を守ったこの発言によって、彼は生徒たちから深く尊敬されるようになる。

⑩大石は体当たりで宮部を助けた時、敵の銃弾を受けて重傷を負う。宮部は命拾いをしたことに感謝しつつも、いっぽうでは大石の無謀さをなじる。

⑪戦後にやくざとなる部下の荒武者・景浦から模擬戦を申し込まれるが、宮部はきっぱりと断る。執着と憤懣を晴らせない景浦は、強引に模擬戦に誘い込み、思わず背後から機銃を発射してしまうが、宮部は難なくすり抜け、逆に信じられないほどの技によって景浦の後ろに至近距離でピタリとつける。もちろん宮部は発射しない。

 映画では、⑥のパラシュート追撃部分と⑦の部分がカットされているが、これは少々残念である。というのは、この両場面には、宮部が、戦場においてあくまでも冷徹な戦士であることが象徴されていると同時に、他方では、死者に等しく畏敬の念を持ち、人情を深く理解する人格の持ち主でもあることが表されているからである。
 代わりに、原作では宮部を知る者の語りという作品の構成上、描くことができなかった私生活的な場面が二つ挿入されている。一つは、宮部が一泊だけの急な休暇で帰宅した時のシーン。わが子と初めて対面し入浴させて微笑ましい役を演じ、あくる日、妻との別れ際に、離れがたくて背面から顔を寄せる妻に対して、「私は必ず帰ってきます。手を失っても、足を失っても……死んでも帰ってきます。」ときっぱりと約束する。
 もう一つは、はじめは大石の援助に拒否的だった松乃、その子・清子と大石との間に、やがて愛情が芽生えて育ち、家族のように睦まじくなっていくプロセスを描いたシーン。 いずれもとても細やかで情緒豊かな映像で表現されていて、観る者の涙を誘わずにはおかない。この二つのシーンは、私の言葉ではエロス的な関係の描写であり、非常に重要な意味を持っている。

テレビメディアは情報選択の原理を見直せ(SSKシリーズ17)

2014年12月27日 13時00分49秒 | エッセイ
テレビメディアは情報選択の原理を見直せ(SSKシリーズ17)




 埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。


2010年5月発表】                 
 私はあまのじゃくなので、誤解を受けそうなことを書くのが好きである。といっても、あえてひねくれたことを書いてやろうという魂胆を持っているわけではない。ふと感じたことで、自分では正しいと思えるのに、世間常識からすると正しくないか、またはその是非についての自覚がないように思える物事について、これは書いておいたほうがいいと判断したとき、そういう物事を取り上げて読者の注意を喚起するのが好きなのである。
 今回指摘したいのは、日本のテレビメディアが、ニュース番組でどういうニュースをどれくらいの長さで報道するかという問題についてである。事例はやや古いが、少し前に三つの事件報道がなされた。私は、この三つの事件報道の流され方には、どのテレビ局にも、ある共通した認識と判断が反映されていると感じたので、それに関して批判的に述べることにする。
 三つの事件報道とは、

①冤罪の裁定が出て釈放された足利事件の元服役囚・菅谷さんにかかわる報道。
②くも膜下出血で亡くなった元巨人軍コーチ・木村拓也さんにかかわる報道。
③タイの暴動に巻き込まれて銃弾に倒れた村本カメラマンにかかわる報道。

 これらの事件は、ほぼ同じころに普通のニュース特集番組でいずれも大きく取り上げられたが、そのこと自体に異論はない。問題は、それぞれの事件にかかわる報道を、「また同じニュースか。いつまでやってるんだ」と感じさせるほど長期にわたって流していたことである。総報道時間を測ってみたわけではないが、私の印象では、一個別事件に対するいささか過剰な熱の入れようで、他の重要な報道案件(と私が感ずるもの)に比べて、バランスを失しているとしか思えなかった。
 冤罪の問題や慕われていた有名スポーツマンの死や危険地域での日本人の巻き添えによる死が重大でないというのか、という非難の声が聞こえてきそうである。しかし、言うまでもなくニュース特番の時間は極めて限られている。番組担当者は、国内外からの膨大な情報を前にしてどれにどの程度の優先権を与えるかを決めて番組を組むのであろう。そのとき彼らをして右に挙げたような三件を「今日もこれを取り上げよう」「今日ももう少しこれで」というように未練がましく選ばせた心意とは、いったいなんだろうか。
 一言で言えば、日本という閉ざされた圏域に住む大衆の、きわめて情緒的な関心へのポピュリズム的な迎合の意識と、それと裏腹の関係にある、理性的な公平感覚の欠如である。
これらの報道に過大な時間を費やしている間にも、世界はいうに及ばず、日本国内でも、それらに負けず劣らず重大な案件がわんさかと犇いている。政治、経済、科学技術、安全保障、海外事情その他。ひとつの事件の情緒的価値のみを重んじて必要以上に長い時間をそれに振り当てることは、そのぶんだけ他の情報を伝えないことを意味する。
 ちなみにほんの時折CNNなどを覗いてみると、日本の報道機関が伝えていない情報がいかに多いかに気づかされる。番組担当者は、ポピュリズム的・情緒的な情報選択の基準を根本から見直してほしい。これは思想の根幹にかかわる問題である。

倫理の起源56

2014年12月23日 18時02分54秒 | 映画
倫理の起源56




 もうひとつ例を挙げておこう。
 山田太一脚本、篠田正浩監督の『少年時代』という映画がある。
 時は大東亜戦争末期、メインテーマは東京からの疎開児童と田舎の少年との交友関係だが、その主題とは別に、ある少年の姉と青年との恋愛のエピソードが出てくる。
 男たちはみな戦争にとられてゆくが、その運命を自覚している二人はひそかに逢瀬を重ねている。そういうことはこの緊急時に許されないという空気が大人たちの間を支配している。やがて青年にも赤紙が来て、応召しなくてはならない。プラットホームで日の丸と軍歌で見送りする村人たち。汽車のデッキで、複雑な表情を浮かべて直立して敬礼する青年。そこに突然、「行っちゃいやだあ!」と叫びながら姉娘が飛び出して、青年に縋ろうとする。青年は困惑するが、周りの人たちは姉娘を青年から引き離す。ヒステリー状態に陥った姉娘は、戸板に載せられて家まで送り返される。父親が激しく彼女を叱責して押さえこむが、彼女のヒステリー状態は治まらない。
 姉娘の弟・ふとしはあまり頭はよくないが、父親がヒステリーを起こした姉娘を押さえこむ光景をじっと見ていて、そこに込められた、どうしようもなく引き裂かれた事態をよく理解している。
 ほどなくして終戦となり、姉娘が狂喜の声を上げながら弟に近寄り、「帰ってくるだよ、セイジさんが帰ってくるだよ!」と告げる。ふとし君は思わずにっこり笑って「姉ちゃん、よかったな!」と応ずる。その大写しされた笑顔がじつに可愛らしく美しい。
 この「よかったな!」という気持ちは、じつは父親にしても同じなのである。戦時下という状況の中で、以前から父親は、この娘の恋愛に対して家長として禁圧的な態度をとっている。しかし、この父親がただ一方的に共同体の要請を履行しているだけなのかと言えば、必ずしもそうではない。宣長の言うとおり、「父のさまは 誠に男らしくきつとして、さすがにとりみださぬところはいみじけれど、本情にはあらざる也」なのであって、父親には父親なりの葛藤があるのだと思う。戦争が終わったのちに、この姉娘と青年がめでたく結婚すれば、父親もまた心から祝福するに違いない。

 人々の実存に侵入し、そこに亀裂を入れる理不尽な物事に対して、私たちはとりあえずはそれを受け入れるほかない。たとえそれが死ぬ運命に確実に導かれるのだとしても。しかし、その事態を、ただ受容して美談や美学という精神衛生学に昇華してすましてはならない。なぜなら、小林秀雄が『歴史と文学』その他で力説しているように、哀しみはずっと私たちの中に処理不能な感情として残り続け、この哀しみこそが、国家や社会や歴史へのまなざしの在り方を不可避的に培っていくからである。それが生活者の抵抗のあり方なのである
 近年日本のいわゆる「保守派」の一部は、永らく左翼リベラル派のイデオロギー風潮の「圧政」下にあったために、ややもすれば、国家の要求が、場合によってはいかに人々の実存と生活を引き裂くことがあり得るかという困難な問題を忘れがちで、観念的に考えられた公共的な倫理をひたすら至上のものとみなすことが多い。
 しかし、これは左右イデオロギーのどちらが正しいかという水平的な思想選択の問題ではなく、もともと国家と実存、社会的共同性とエロス的共同性との根源的な矛盾の問題なのである。この矛盾は、単に特定の社会生活の現象面においてあらわれるのではなく、まともな理性と感情を具えたひとりの社会的人格のなかにすでに深く埋め込まれている。そうしてそれは多くの場合、男性的人倫精神と女性的人倫精神との葛藤として象徴的に顕現するのである。
「実存」とは、言い換えれば、身近な関係のみをよりどころとしつつ、普通に、平穏に暮らしている人々の生活実態のことである。では、そうした平穏さを引き裂き、戦争を引き起こす「国家」なるものこそ悪である、と左翼リベラリストのように言えばよいのか。残念ながら、ことはそう単純ではない。
 なぜなら、平穏な秩序の下で暮らしている私たちはふだんあまり意識していないが、そのような平穏さを保証してくれるものもまた、「国家」だからである。国家の存在イコール悪と考える思想は、私たちの日常生活を保証する秩序の維持が、国家という最高統治形態によってこそなされているのだという事実を忘れているのである。国家がまともに機能しなくなった時、私たちの生活がどれほど脅かされるか、それはそうなってみなくてはなかなか実感できないかもしれない。しかし実感はできなくても想像は出来る。たとえば、現在の中東の一部は、国家秩序が実質的に解体状態にあり、三つ巴、四つ巴の紛争が続いているが、この地域で暮らす人々の実態を考えてみればよいだろう。



 女性の生き方に「愛」のエゴイズムのみを見て、そこに人倫精神を認めようとしない男性には、想像力の欠落があると述べたが、この男性にありがちな欠点を克服し、身近な女子どもの生に命をかけて寄り添おうとした男を描いた作品ももちろんある。
 たとえば、橋本忍脚本・小林正樹監督・仲代達也主演の映画『切腹』がそれである。
 関ヶ原の合戦からほどなくして徳川家は口実を設けて外様大名のいくつかを取り潰す。「天下泰平」の世に武士は要らない。江戸には職を失って食い詰めた浪人たちがあふれ、なかには有力な家の門前や庭先を借りて切腹すると称して、仕官させてもらったり、金銭を当て込んだりする連中が頻出するようになる。
 主人公・津雲半四郎も取り潰しにあった大名家の家臣の一人だが、清廉な浪人暮らしをしている。彼は主君の後を追って自害した同僚から息子・求女(もとめ・石濱朗)の行く末を託されている。時が経って一人娘・美保と求女は祝言を挙げ、一粒種の金吾が生まれる。しかし幸せな日々は長く続かず、美保は過労のため労咳で倒れ、金吾は高熱を出して瀕死の状態に陥る。医者に診せる金もない求女はついに思い余って井伊家上屋敷に切腹を申し出る。
 かねて浪人のたかりを苦々しく思っていた家老・斎藤勘解由(かげゆ・三国連太郎))は剣豪の家臣の進言を入れて、申し出どおり切腹の場をしつらえる。思惑が外れた求女は、一両日待ってくれれば逃げも隠れもせず必ず戻ってくると切に訴えるが、まったく聞き入れてもらえず、竹光で凄惨な最期を遂げる。
 金吾も美保も失った半四郎は、数カ月後井伊家を訪れ、自分も切腹を申し出て介添え人を指定し、それを待つ間に事の仔細を静かに語りだす。その目的は、武士の体裁のみを重んじて民の生活の苦しさなど一顧だにしない武家社会の理不尽を暴くことにあった。
 この映画は、決闘シーンと殺陣シーンとが見事ではあるが、それ以上に、半四郎と勘解由との丁々発止の議論対決が見どころであり、思想的にも重要な意味を持っている。
 勘解由は武家の秩序を守る重職という立場上、浪人のたかりをみだりに許すわけにはいかない。求女に申し出どおり切腹をさせたのにはそれなりに筋が通っている。自ら申し出たのではないかというのが、彼の最後の言い分だが、公義に照らす限り、彼のとった処置とその言い分は正しいのである。そこでは公共性の人倫は貫かれている。半四郎の言葉による鋭い攻撃に対する勘解由の迎撃を、単に弱者に対する権力者の弾圧と考えてはならない。最後に近い場面、半四郎と家臣たちとの殺陣が行なわれている最中に、その激しさとは対照的にひとり部屋にこもって黙然と悩み内省し続ける場面も描かれている。
 これに対して半四郎は、あくまで生活者の人倫性、もっと言えばエロス関係の人倫性に固執する。求女が一両日待ってほしいと必死で訴えた時に、なぜせめてその理由を聞いてやろうとしなかったのかというのが、彼の最後の言い分である。権力の理不尽に対する彼の怒りは極限まで凝縮して、面子を優先させる武家社会の掟の全否定にまで達するが、彼はけっして武士道を捨てたわけではない。むしろ武士道の堕落を糾弾し、そうしてそのあるべき具体的な使い道を身をもって示すのである。その使い道とは、女子どもを命をかけて守るということである。いわゆる武士道が特攻隊的な散華の美学に酔いがちなのに対して、半四郎の武士道は、個別の男女や家族によって生み出される日常生活の幸せのためという人生肯定的で明確な理念に貫かれている。
 山本定朝の『葉隠』の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉はあまりにも有名だが、この言葉は多分に独り歩きしているきらいがある。定朝は一方で、日常生活における関係への配慮をこと細かく説いてもいるのだ。その配慮の積み重ねの果てに「死」がある。半四郎の武士道は、それにかなうものだと言えよう。
 こうして、ここにも公共性とエロス関係との、原理を異にする二つの人倫性のせめぎあいが描き出されているのである。

元朝日新聞記者・植村氏の処遇について

2014年12月18日 18時07分48秒 | 社会評論
元朝日新聞記者・植村隆氏の処遇について




 2014年12月18日付の朝日新聞によりますと、北星学園大学は、いわゆる従軍慰安婦問題に大きな「功績」があった同大学非常勤講師の植村隆氏との雇用契約を来年度も更新することを発表しました。その記事の重要部分を以下に抜粋します。

 北星学園大には3月以降、植村氏が朝日新聞記者時代に書いた慰安婦問題をめぐる記事は捏造(ねつぞう)などとする電話やメールが相次いだ。5月と7月には植村氏の退職を要求し、応じなければ学生を傷つけるとする脅迫文も届いた。10月には、大学に脅迫電話をかけたとして60代の男が威力業務妨害容疑で逮捕された。

 田村学長は10月末、学生の安全確保のための警備強化で財政負担が増えることや、抗議電話などの対応で教職員が疲弊していることなどを理由に、個人的な考えとして、植村氏との契約を更新しない意向を示していた。しかし、その後の学内での議論では学長の方針に反対する意見が相次いだ。中島岳志・北海道大准教授や、作家の池澤夏樹さんら千人以上が呼びかけ人や賛同者に名を連ねた「負けるな北星!の会」が発足するなど、学外でも大学や植村氏を支援する輪が広がりをみせた。

 大山理事長は「脅しに屈すれば良心に反するし、社会の信託を裏切ることになると思った」と述べ、植村氏との契約更新に賛成の立場だったことを明かした。

 契約が継続されることになった植村氏は「これからも学生たちと授業ができることを何よりもうれしく感じています。大学も被害者で学長はじめ関係の方々は心身ともに疲弊しました。つらい状況を乗り越えて脅迫に屈せず、今回の決断をされたことに心から敬意と感謝を表します」とのコメントを出した。(関根和弘)


 ■支援者スクラム、よい先例に

 「負けるな北星!の会」の呼びかけ人で精神科医の香山リカさんの話 「学問の自由」は憲法にもうたわれ、長い歴史を持つ重要な問題です。この間、事件そのものより元記者や朝日新聞社の責任を問い、間接的に脅迫を肯定するかのような議論が、ネットを中心に一部で見られたのは大変残念だった。万一、また学問の自由や大学の自治を侵害する卑劣な行為が起きた場合、大学内部で対処せず、今回のように情報公開し、外部の支援者がスクラムを組んで大学を守る方法が有効ではないか。その意味でよい先例になったと思う。


 一読してなんてひでえ話だと思いました。あきれてものが言えないとはこのことです。でもあえてものを言います。
 ひでえ話というのは、北星学園大学が植村氏との雇用契約を継続することに決めた事実そのものにあるのではありません。そんなことは勝手にやればよい。ここには、それとは別に何重にもからまった「ひどさ」が見られます。それを解きほぐしてみましょう。

 まず第一に、この記事が当の捏造を行った朝日新聞によって書かれているという事実。
 この記事では、形ばかりの謝罪と社長辞任でお茶を濁した朝日が、捏造の張本人である植村氏に対してどういう見解を持っているのかが一行も書かれていません。その代わりに「負けるな北星!の会」とやらから有名知識人三人を担ぎ出して、自分たちおよび植村氏があたかも世の不正に対して雄々しく闘っているかのごとき論調を、恥ずかしげもなく示しています。不正を犯し、国益を著しく毀損したのはいったい誰なのか。そういう反省の意識が、朝日にはまったく見られないことがこれでよくわかります。
 もちろん、植村氏を辞めさせないと学生を傷つけるとの脅迫文を大学に送りつけるなどの行為は、卑劣そのものです。植村氏の慰安婦問題にかかわる言動自体は、大学当局には直接関係がありませんから、社会的制裁は植村氏自身に向けられるべきです。そしてその方法も、本人の記者会見による釈明を求めるとか、捏造記事を書いた人間が大学で教える資格があるかどうかを言論機関を用いて問題化するといった形を取るべきでしょう。
 しかし朝日のこのたびの不祥事に対する世の大方の心情が、きわめてネガティヴなものに傾いていることも事実であって(じっさい朝日はそれに値することをし続けてきたのですから)、脅迫などの感情的行動もその過激な一面としてとらえることができます。朝日はそういう非難攻撃の刃を、まず自分自身の問題として真摯に受け止めるべきなのに、その形跡が微塵も見られません。こんな新聞に何を期待しても無駄でしょう。

 第二に、当事者である植村氏が、救ってもらってうれしいというだけの、何とも情けないコメントを出していること。
 一応、一流紙を気取ってきた新聞のジャーナリストなら、それなりの誇りというものがあるでしょう。記者会見にも応じずこそこそ陰に隠れて、脅迫に対して自ら立ち向かう姿勢も見せず、ひたすら大学当局や行政府やバカ知識人の援助とガードに依存して、「心から敬意と感謝を表します」とは何事か。言論人として闇の権力を握ってきたのだから、自分の不始末は自分でつけたらどうでしょう。あるいは、自分のしたことを悪いと思っていないなら、その信念を堂々と開陳したらよろしい。まったく言論人の風上にも置けない人とはこれを言います。
 たかだか非常勤講師職程度のものをさっさと捨てることもできずに汲々としているこんな臆病者に教わりたいと思う人がいますかね。学生諸君、北星学園大学に入学しても、植村氏の講義だけはボイコットしましょうね。ちょっと万引きしても盗撮しても、見つかれば犯罪者扱いです。植村氏は「情報犯罪人」なのだから、最低限それくらいの社会的制裁は受けるべきでしょう。

 第三に、大学の態度ですが、これまた事なかれ主義でうろうろ彷徨うへっぴり腰も甚だしい。仮に植村氏の所業が当大学の教員としてふさわしくないと考えたのなら、さっさと辞めさせればよい。というのも、彼は別にお料理を教えているのではなく、まさに新聞を使って世界情勢を解説する講義を行っているのだから、前歴からしてその講義内容に疑問符が付くのは当然です。泥棒の前科がある人が講師として迎えられて、学生に盗みの手口を教えるようなものでしょう。
 またもし植村氏のこれまでの言動を正しいか、または、これくらいなら大学で教鞭をとるのに差し支えない許容範囲だと思うなら、大学当局の名でその根拠をきちんと説明した上で、よって雇用を継続すると言明すればよい。とにかく、「学問の自由」を標榜するなら、植村氏の雇用継続の是非にかかわって、大学として朝日新聞のこのたびの不祥事についてどう考えるのか、具体的な内容に踏み込んだ声明くらいは出すべきではないでしょうか。それくらいの主体的な判断ができないとは、学問の府としての名が泣きます

 第四に、中島岳志氏、池澤夏樹氏、香山リカ氏の三人の知識人ですが(ほかにもたくさんいるのでしょう)、この人たちは、知識人としての役割をなんら果たさないままに、「負けるな北星!の会」とやらに参画して、自分の名前の力と群れの力を利用して、ひたすら知識人村の防衛に走っているようです。一人で闘わずに、こういう「集団的自衛権」を平然と行使するインテリたちは、大江健三郎氏、柄谷行人氏、坂本龍一氏、内田樹氏など、これまで腐るほど見てきましたが、不思議なことに、この人たちの口から、なぜそういう運動集団を作るのか、個々の問題に即した説得力ある言論を聞いたためしがありません。つまり彼らは、知識人としての役割をなんら果たしていないのです。
 今度の場合も同じで、いやしくも言論を物する人士なら、少なくとも朝日新聞が自ら「誤報」(じっさいは意図的な捏造)と認めている従軍慰安婦問題について、自分はどう考えるのかをはっきり言明してから、集団参加を決めるべきではないでしょうか。精神科医を自称する香山氏の口から「学問の自由は憲法にもうたわれ」などと陳腐なセリフを聞きたくありません。朝日新聞が歴史の捏造に一役も二役も買っていたことが明るみに出たのは、秦郁彦氏をはじめとした学者に「学問の自由」が保障されていたからこそではありませんか。
「この間、事件そのものより元記者や朝日新聞社の責任を問い、間接的に脅迫を肯定するかのような議論が、ネットを中心に一部で見られたのは大変残念だった」とは恐れ入り谷の鬼子母神。元記者や朝日新聞社の責任を問う議論がどうして「大変残念だった」のか。自ら言論の自由を否定している、そのあっと驚く言い分を前にしては、香山氏自身の精神状態を疑わざるを得ません。医者の不養生とやら。お気を付けあそばせ。
「外部の支援者がスクラムを組んで大学を守る方法が有効ではないか」というのも、神経を疑います。守られたのは大学ではなく、植村氏自身ですよ。大学はむしろこのたびの決定によって、さらなる脅迫にさらされないとも限らない。しかしその場合でも、知識人村防衛軍のスクラムなどは必要なく、大学が独自の判断で警察に届けたり、植村氏の処遇について改めて考えれば済む話です。それくらいの自立性と責任を担わずに、何が大学の自治でしょうか。
 香山氏はじめここに登場した知識人の方々は、世に理不尽な目に遭っている人がごまんといるのに、その人たちを個別に「守る」スクラム行動に出たことがあるのですか。私もないので、口幅ったいことは言えませんが、少なくとも、学問、言論の自由を悪用した「情報犯罪人」を守るような振る舞いだけはやめた方が身のためですよ。

 朝日新聞という捏造メディアから甘い蜜をもらって群がる知識人村の人々よ。自分たちがどれほどこういうインチキなマスコミの薄汚いプロパガンダに利用されているのか、まずはその自覚を骨身に叩き込み、そこから自分の言説を立て直すことをお勧めいたします。

倫理の起源55

2014年12月13日 13時08分49秒 | 文学
倫理の起源55





 父性と母性について述べたことを蒸し返すが、平均的な女性性が持つ倫理的な意義を掬い取るために、次のように端的に女性性と男性性とを比較しておこう。
 すなわち、女性は一般に、日常性に対する細やかな配慮を持つが、反対に公共性にはあまり関心がない。彼女は具体的なエロスの対象(恋人、夫、子どもなど)とのかかわりに心を注ぐが、反対に、それ以外の一般的・社会的関係の動きにはあまり興味を示さない。したがってたとえば著名人の私生活的な動静には耳をそばだてるが、それらの人々が公的にどんな言動をしていてそれが社会のなかでどんな評価に値するのかについては、さほど研究熱心ではない。
 彼女たちの多くは、チェーホフの『可愛い女』に描かれたように、恋しく思う相手であればその人の仕事のすべてを肯定的にとらえる傾向を持つが、その裏返しとして、相手のことをいけ好かないといったん思ったら、その人がどんなに優れた仕事をしていようが、公平な評価などまったくしない。しかしでは、惚れた男性の仕事ぶりや人格の核心部分について誤解した判断をするのかといえば、けっしてそうではなく、彼女たちは直感によってそれを鋭くつかむのである。
 これは、彼女たちが、人間社会を扱うのに最も抽象度の高いターミノロジーを武器とする「哲学」や、多様な人々の欲望や意志をいかによくまとめるあげるかを目的とする「政治」に強い関心を持たない事実と通底している。
 ところで男性の場合はこの逆である。彼は一般社会の動きや政治に強い関心を示すが、反対に、観念談義に傾倒するあまり、日常性やエロス的な関係への配慮を忘れがちである。あなたは、男女がまじりあって宴を張っている折に、男が酔っ払って床屋政談にうつつを抜かしている一方で、女がその話題には入らずに、新しい化粧品の話や知人のうわさ話や子どもの教育の話に興じている光景にしばしば接しないだろうか。そうして帰りの時間や明日の予定を気にして元をきちっと締めるのはたいてい女性ではないだろうか。
 これらの一見他愛もない差異は、公共性の倫理、すなわち「義」を問題にするとき、明瞭な、そしてきわめて重要な価値観の違いとして現れてくる。
 男性は一般に女性を公共精神や公共的理性が不足した存在としてとらえ、その点だけを拡大解釈して人格的により劣った存在とみなしがちである。最近見られる過度なほどの女性尊重の風潮や女性の力の活用の動きなどは、一見すると、この男性の女性観が時代に応じて変化した結果であるかのようにみえるが、じつはこれは同じことの裏返しなのである。自分にとって重要な存在ではあるが、そのうまく理解できない部分に対しては棚上げするにしくはなしという心理の表れなのだ。男性の女性を見る目が根底から覆ったわけではない。
 多くの男性の本音あるいは潜在的な意識としては、公共的理性、義を尊重する精神において女性は男性よりも劣っている、あるいはあまり関心がないと感じている。このこと(公共的理性や義を尊重する精神において女性が男性よりも劣っている、あるいはあまりそれらに関心がないこと)自体は、かなり普遍妥当的な事実である。
 しかしこの事実は、単に人生のどの領分に価値を置くかという点での両性の違いをあらわしているだけであって、別に全人格において女性が男性よりも劣っているわけではない。男性はとかく公共精神や義に殉ずる精神、武士道、大和魂などを、最高の人倫性とみなす傾向が強いが、ここに自分をアイデンティファイしすぎてしまうと、他の人倫性もまた負けず劣らず意味を持っているということが見えなくなる。
 そこで、ただ私情を捨てて国家社会のために尽くすことを最優先に立て、そこに伴う犠牲をやむを得ないこととして受け入れる。しかし当然それは取り返しのつかない哀しみをともなうので、その感情の収拾のつかなさを、美学によって鎮撫せざるを得なくなるのである。いったん美学的な構造が心理的な破れを補綴するものとして成立すると、今度はそれをそれ自体として肯定する傾向が根付いてゆく。
 わが国の一部に特攻隊精神を称揚する向きなどがあるが、すでに述べたとおり、これははじめから死や滅びや散華などの非合理的な美学を織り込んだところに成り立つ人倫精神であって、したがってそれ自体としては、「勝つ」ことにとって役立たないし、女子どもを守ることにも役立たない。誰か、女性で特攻隊精神を心から応援している人を見たことがあるだろうか。「どうか私のために立派に死んできてちょうだい」などと本心から言う女性がいるだろうか。 女子どもや同志を守るために男は命をかけて闘わなくてはならないことがあるし、戦闘の現場からけっして逃げない態度はぜひ必要である。これらの共有こそが士気を盛り上げるのだし、戦いの勝利にも貢献する。また、死へと運命づけられた者の最後の言葉が文学として人々の心を強く打つことも事実である。歴史の中にこれらの言葉が残っていくことの意味を私はけっして否定しない。
 しかし「国家」という超越的・抽象的な観念に過度に自分を憑依させてしまうと、何のための闘いであったかが忘れられがちになり、いったん敗北局面に迷い込んだときに、合理的な戦略思考を欠いた無謀な作戦に頼らざるを得なくなる。加えて過度の憑依の感情がそれに肯定的な意味づけをさせることを強いる。そのために死の美学、滅びの美学が駆り出される。特攻隊作戦は、作戦としては、こうした本末転倒の典型である。そうしてこの過度の憑依の感情は、男性特有のバランス喪失(一種のホモセクシャルな酔い)に根差している。

「義に殉ずる精神」をテーマにした作品で、女性が主人公のものがないわけではない。
 たとえば伊達騒動に材を取った歌舞伎『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の「御殿の場」では、若殿・鶴千代の乳母・政岡が、その子・千松にかねてより鶴千代の毒見役を果たすように教え込んでおく。千松は政敵より送られた毒入り菓子を、鶴千代が手を付ける前に手づかみで食べる。苦しむ千松を見て陰謀の発覚を恐れた政敵一味の八汐が千松を殺害するのを政岡はじっと耐えながら静観する。一味が去ったのちに、政岡は、千松の遺骸を抱きしめて激しく嗚咽しながら、「でかしゃった、でかしゃった」と、息子の「義」をほめたたえるのである。この作品の最大の見せ場とされている。
 ここでは人形浄瑠璃によってその一場面を味わっておこう。



 しかし、この場面で観客はどこにどのように共感しているのだろうか。政岡母子が立派に君主への「義」を貫いたことそのものに対して拍手を送っているのだろうか。そうではあるまい。愛するわが子を「義」のために犠牲として差し出さざるを得なかった、その母親の引き裂かれた悲痛な思いそのものに感動しているのである。殺されるわが子の姿を目の前にしながらその場では懸命に平静を装い、乳母としての職務をまっとうできたと知るや一転して母の真情を直接に表出する――観客は、政岡のこの際立った感情表現の落差のうちに、この世の習い(武家社会の掟)が強いてくる理不尽を一身に背負わざるを得なかったひとりの女の悲劇を見出してともに泣くのである。けっして「義」そのものが肯定されているわけではない。
 つまりここに提出されているのは、公共性と肉親の情愛という二つの人倫性の根本的な矛盾をひとつの身体が背負った時、その身体はどうすればよいのかという問題なのである。特にこの場合には幼子を思う母心という女性性が中核の主題とされているだけに、問題の思想的な意味は鮮明にあぶりだされている。こういう問題の提出のされ方は、はじめからエロスが排除された男性集団である軍隊などの内部で「義」のあるなしを探究している限り、浮かび上がることがない。そこでは公共精神を貫く(お国のために命を捧げる)ということだけが最高の人倫性とされてしまうからである。




 日露戦争に出陣してゆく弟の生還を願って謳われた与謝野晶子の、有名な「君死にたまふことなかれ」も、やはり同じ問題をストレートかつ大胆に提出している。ここにその全章を引用しよう。

  君死にたまふことなかれ   
    旅順口包圍軍の中に在る弟を歎きて
    
 あゝをとうとよ、君を泣く、
 君死にたまふことなかれ、
 末に生れし君なれば
 親のなさけはまさりしも、
 親は刃(やいば)をにぎらせて
 人を殺せとをしへしや、
 人を殺して死ねよとて
 二十四までをそだてしや。

 堺(さかひ)の街のあきびとの
 舊家(きうか)をほこるあるじにて
 親の名を繼ぐ君なれば、
 君死にたまふことなかれ、
 旅順の城はほろぶとも、
 ほろびずとても、何事ぞ、
 君は知らじな、あきびとの
 家のおきてに無かりけり。

 君死にたまふことなかれ、
 すめらみことは、戰ひに
 おほみづからは出でまさね、
 かたみに人の血を流し、
 獸(けもの)の道に死ねよとは、
 死ぬるを人のほまれとは、
 大みこゝろの深ければ
 もとよりいかで思(おぼ)されむ。

 あゝをとうとよ、戰ひに
 君死にたまふことなかれ、
 すぎにし秋を父ぎみに
 おくれたまへる母ぎみは、
 なげきの中に、いたましく
 わが子を召され、家を守(も)り、
 安(やす)しと聞ける大御代も
 母のしら髮はまさりぬる。

 暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
 あえかにわかき新妻(にひづま)を、
 君わするるや、思へるや、
 十月(とつき)も添はでわかれたる
 少女ごころを思ひみよ、
 この世ひとりの君ならで
 あゝまた誰をたのむべき、
 君死にたまふことなかれ。


 
 さてこの詩は、戦後、左翼イデオロギーの枠に取り込まれて、反戦思想詩という「名誉ある」地位を獲得することになり、教科書にも必ず取り入れられて今日に至っている。そういう扱いに対して、男性保守派の多くは、その左翼的な読みそのものにからめとられて反発し、あるいは文字通り公共精神を欠いた「女々しい泣き言、恨み言」として軽蔑しようとする。
 しかしこの詩は素直に読めば、別に反戦思想や平和思想を一般的に歌い上げているものではないことは一目瞭然である。また国運の行き先に最も威力を示す「すめらみこと」に対して「女々しい」泣き落としをかけようとしているのでもない。
 この詩を読み解くポイントはいくつかある。
 まず、可愛い末っ子に対する両親の切ない親心を代弁していること。
 次に、夫を失った老母の心細い心境に触れていること。
 次に、「とつき」も添えずに別離してしまった新妻の心境の辛さを思いやっていること。以上は、普通の人の人生にとって、身近で親しいエロス的な関係がいかに重い意味を持っているかを切実な調子で解き明かしたものである。これは公的な大義名分が人の実存や運命を変えようとするときに、どんな人々の間にも沸き起こってくる、しかしあからさまには口に出せない抵抗の感情である。特に子を産み育てる性である女性にとっては、当然の感情であると言ってよいだろう。
 さらに重要なのは、商家に生まれ、その跡継ぎを担わなくてはいけない長子にとって、人を殺すような行為は、その「あきびと」として生きてゆくのに必要な規範からは無縁であると指摘している点である。これは、公共的な人倫の命令するところが、特定の職能や職業倫理とは合致しないことを端的に語っている。
 突き詰めていえばこれは、戦争処理は政治の専門家(政治家、外交家)や戦争の専門家(軍人、兵士)に任せておくべきではないかと言っているに等しい。たしかに「獣の道に死ねよとは」といった言葉遣いに、男たちの殺し合いに対する女性特有の忌避感覚は出ているが、しかし別に戦争そのものを頭から否定しているわけではない。だから見方によっては、これは、ホッブズがその理論的基礎を敷いた、市民相互の武装解除によって成り立つ契約国家観によくかなうものであるとも言える。いかにも自由商業都市・堺の菓子問屋の娘にふさわしい感性である。
 晶子は、天皇陛下はよもやご自分が陣頭指揮もせずに他の人をむざむざ死地に追いやるようなことはしないでしょうねと、辛辣な調子で訴えているが、これは最高指揮官たる者のノブレス・オブリージュを喚起していて、古代の勇猛な天皇一族のことを考えれば、当然の指摘である。しかもこの詩が詠まれた当時の天皇(明治天皇)は、まさか前線にのこのこ出ていきはしないものの(そんなことをするのは指揮官として失格である)、勇猛果敢な英雄精神の持ち主だった。立憲君主としての拘束さえなければ、率先して剣を抜いて陣頭に立ったかもしれない。率直な抒情の表出を好む晶子がもしそれを見たら、「すめらみこと」の男らしさを褒め称える詩や短歌のひとつも書いたのではないかと思う。
 最後に、「死ぬるを人のほまれとは、/ 大みこゝろの深ければ / もとよりいかで思(おぼ)されむ。」という部分に注意しよう。これこそは、死ぬこと、滅びることそれ自体を「ほまれ」として肯定するような特攻隊的美学精神の否定である。勝って帰らなくて何のための戦争だろうか。
 じっさい、晶子がここで「すめらみこと」に託しているように、「大みこゝろ」は、伝統的に民の平安な生活を祈ることを本質としているので、ぎりぎりの必要悪としてしか犠牲死を認めない。昭和天皇は、二、二六の青年将校のような血気にはやった秩序攪乱の試みを非常に嫌ったし、先の大戦で国民が次々に死んでゆく事態に心を痛め続けた末に、ついにたまりかねて終戦の「ご聖断」を下したのだった。
 こうして、「君死にたまふことなかれ」一篇は、エロスの関係を最も大切と考える心の表現であり、女性が持つ人倫精神の典型なのである。これを「公共心を理解しない女々しさ」などと軽蔑し去って平然としている男性がいるとしたら、その人は、人間という動物が人倫精神の深刻な分裂をはじめから内在させているということに対する想像力を欠落させているのである。

道徳教育よりも自立促進教育を(SSKシリーズ16)

2014年12月11日 14時24分25秒 | 社会評論
道徳教育よりも自立促進教育を(SSKシリーズ16)



 埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。

                                  
【2013年12月発表】
                 
 またまた私の勤務する大学での話。このたぐいのことは随所で書いているので、この欄で以前書いたこととも重複するかもしれません。
 ゼミで乙武洋匡氏の『五体不満足』を使って発表させています。
 この中の一節。「目の前にいる相手が困っていれば、なんの迷いもなく手を貸す。常に他人よりも優れていることを求められる現代の競争社会のなかで、ボクらはこういったあたりまえの感覚を失いつつある。助け合いができる社会が崩壊したと言われて久しい。そんな『血の通った』社会を再び構築しうる救世主となるのが、もしかすると障害者なのかもしれない。」
「障害者が救世主」とは乙武クン、ずいぶん大見得を切ったものですが、今それは問いません。
 一学生がこの部分を引いて「今の若者は優先席の前にお年寄りがいても知らん顔をしている」と報告しました。私はこの種の道徳オヤジ伝来の言葉に接するとすぐ反応する癖がついています。「そうかな。私は六十何年生きてきたが、昔に比べて若い世代のほうがマナーはずっと良くなっているよ。君たち自信をもちなさい。震災の時にもボランティアが一斉に立ち上がったでしょう」。学生は「そうですか」と安心したふうでした。
 日本人のマナーの好転については実感だけでなくいろいろと客観的なデータがありますが、それに一番貢献しているのは、この半世紀の間に富が平均的な階層に行き渡ったことです。豊かさが失われれば公徳心も失われます。道徳というものはそれだけ取り出して頭から教え込んでも生きた現実にはならないし、局部的な頽廃現象を見つけたからといってそれをただ嘆いてみせてもどうにもなりません。
 書名を忘れましたが、明治時代から車内での「化粧」や「迷惑な騒ぎ」や「床に座り込む」光景が見られた事実を克明に調べた本が最近出ました。そうに決まっています。
「全くいまの若者は……」云々は、ピラミッドの壁にそう書かれてあったというジョークがあるくらい陳腐きわまるセリフです。この視野の狭さが気になります。まあそう叫び続けていないと不安でたまらない人が多数派なのでしょうな。
 でもこの種の叫びは、目下に苛酷なことを強いてどこまでも我慢させる悪弊を助長してもきました。だからこそ身分制社会の「しきたり=規範」が壊れて近代の自由が成立したのです。もしそこから生じる個人主義の弊害というコストの支払いを止めたいなら、時計の針を元に戻すしかありません。
 教育界では道徳を正課として取り入れることになり、一部の保守派団体から道徳教科書が出版されて評判を呼んでいます。私はサヨクではないので「戦前の修身の復活だ!」などと非難するつもりはないけれど、こんな試みの有効性を疑います。もはや公教育そのものが無限に多様化した文化環境の一部を占めるに過ぎないからです。
 それでも「心の教育」とやらを公教育現場で果たしたいなら、この複雑な社会でなるべく自立的に生きていけるようにするために、社会ルールのあり方、正当なお金の稼ぎ方、適性に合った職業の選び方、不当な処置を受けた時の闘い方など、具体的な指針を示す教育に力を入れるべきでしょう。

倫理の起源54

2014年12月05日 14時42分13秒 | 文学
倫理の起源54





 以上、「愛国心」なる概念を前面に押し立てて、その是非を論じることそのものの無効性について説いてきた。その連続線上で、次のような重要な問題を考えてみなくてはならない。
 国家なるものが公共性をその人倫精神の根幹として持つ共同性であることには疑いを入れないが、そもそも、公共的な人倫精神は無条件で正しいと言えるのかどうか。先に予告したように、他の人倫性との間で解決不能な軋みを生じさせることはないのかどうか。
 そもそもある公共性(たとえばある方向に進みつつある国家のあり方)に「義」が具わっているかどうかという問題は、歴史の審判を待たなくてはならないので、結論を出すことがたいへん難しい。歴史の審判と呼ばれるものすら、何をもってその正当性を主張できるのかについて明確な基準があるわけではない。それはしばしば後世の力関係やイデオロギーによっていくらでも歪曲されるからである(例:東京裁判)。日本は「義」のない戦争をしたと左派によってしばしば指摘されてきたが、物事はそう簡単ではない。
 ここでは、こうした歴史問題に踏み込むことはせずに、より一般的に「公的な義に殉ずることの是非」について論じたい。
 結論から先に言うと、いわゆる武士道に代表されるような「義に殉ずる」精神は、美学的・文学的なテーマにはなりえても、それだけとしてはじゅうぶんな倫理学とはなり得ない。なぜならば、これはある厳しい条件下における個人の内面や特定の同志たちの間に湧き起こる精神の昂揚状態と、その昂揚状態の中で取るべき態度とを表わしているだけであって、日常の人倫を支える原理ではないからである。
 この精神は、ふつう崇高なものとして称えられるが、先にカンボジアのPKOに参加した青年とその父の例で示唆しておいたように、それははじめから死や滅びや敗北を覚悟し、あらかじめその運命を受容したところに成り立つ美学である。それはもともと「何かに向かって命を捧げること」そのものを高潔な振る舞いとして称える態度なので、その「何か」がどんな質のものであるのか、命を捧げるに値するものであるのかどうかが不問に付され、隠されてしまう。「死を賭すほどの厳しさ」という条件が前提されているから、その厳しい条件なるものが何であり、それをいかに克服することが適切な闘い方なのかという合理的な問いがしばしば封印されてしまうのである。
 この抽象的な美学は、主として男性特有の美学であるという点に注意しよう。こうした態度は、「命も顧みずに困難に立ち向かう」「男らしい」「勇敢な」態度として無条件で賞賛されることが多い。しかし、先にニーチェが称揚する貴族道徳(男性道徳)について、和辻哲郎を援用しながら批判したように、「死も辞さないほど勇敢であること」一般がそれ自体で徳としての価値を有するのではない。その勇敢さが彼の属する共同性からの確実な信頼と承認を得ているという背景があって初めて徳としての価値を獲得するのである。そうでなければ、勇敢さは、ただの蛮勇にも無謀にも若気の至りにもなりうる。
 私はこれを書きながら、児島襄の『太平洋戦争』(中公新書)描くところの、旧日本帝国軍隊上層部の一部に見られた無謀・無思慮な作戦の継続とその無残な失敗(特にガダルカナル作戦やインパール作戦やサイパン島玉砕)を思い浮かべている。ここには、「あくまでもしぶとく生き残って敵を倒す」「無辜の一般国民を犠牲にしない」という目的合理的な見通しがまったく欠落している。そうしてこの合理的な見通しの欠落は、「潔く死ぬ」悲壮な美学と表裏一体なのである。これでは敗北が初めから約束されているようなものである。
 平時には、この種の無残さはその露骨な姿を現すことは少ない。私たちは幸いにも、身近な者たちへの愛や自分の生命と、国家への忠誠などの公共精神とを、うまく使い分けていられるのである。そもそも一般の人々にとって、自分の身や身内を犠牲にしても公共精神を貫くべきであるというような鋭い局面に立たされることはそうそうあるものではない。それはそれで悪いことではない。しかし、使い分けていられることは、その根本的な矛盾が解決されていることをなんら意味しない。戦争のような切迫した事態になれば、この根本的な矛盾は、たちまちその裸形をさらすのである。
 根本的な矛盾とは何か。ひとことで整理すれば、エロス的な絆と国家的な公共性との矛盾であり、吉本隆明の言葉を使えば、対幻想と共同幻想との逆立である。もっと下世話に、高倉健歌うところの「義理と人情を秤にかけりゃ」の問題であると言ってもいい。
 私は、「公的な義に殉ずる」美学が男性特有だと書いた。この不動の意志と操は、一見男性の強さをあらわしているように思える。緊迫した闘いの局面においては確かにそのとおりである。しかし日常的な生においては、この強さは意外に脆く、女性のしなやかな勁さにかなわないことが多いのである。よく例に出される嵐に対する大木と竹のようなものだ。
 エロス的な絆と国家的な公共性との矛盾の問題を、女性の生き方と男性の生き方とになぞらえて表現したので、ここで、これまでの哲学や倫理学では正当な地位を与えられてこなかった女性の生き方に光を当ててみよう。
 一般に女性は、身近な関係をいかに大切にするかに最大の価値を置いている。象徴的に言えば、彼女は、自分の身体を中心として半径数十メートルくらいのところに関心を集中させている。このことが人倫にとって持つ重要な意味を軽視してはならない。
 良き慣習としての日常的な人倫を支えるものの中には、こうした常識的な女性の生の感覚が重要な要因として含まれるのである。たしかに女性の感覚の中には、「自分や自分の子どもや自分の好きな人だけが可愛い」という価値意識が大きな部分を占めているが、これを単に倫理と関係のない、あるいは倫理と対立する「エゴイズム」として切り捨てることはできない。なぜならば、この価値意識があればこそ、私たちの通常の健全な社会感覚もまたそれぞれに力を与えられるからである。
 しかし多くの哲学者や思想家たちは、男性とは違った女性のこのメンタリティの独得の重要さを見抜くことができず(あるいはわかってはいても言語化することができず)、それを考察の埒外に置くか、そうでなければショーペンハウアーやニーチェのように、女性を知能の劣った近視眼の生物としてあからさまに軽蔑することになる。
 けれども滑稽なことに、彼らは自分の人生のなかでは、何度か特定の女性に夢中になり、彼女たちの愛の手向けを受けたかと思えば、時には手痛い目に遭っている。そうした惑溺や傷心の経験は、じつは彼らの哲学の生成にとって深い意味をもっていたはずである。しかしそれらの意味をどう総括すれば、彼らが下したような、「女性」なる存在一般への客観的な(哲学的な)低評価と結びつくのか、私にはよくわからない。女性は男性にとって手を焼く怖い存在でもあり、同時に限りなく可愛い存在でもあるので、自然物や人工物のように突き放した評価の画定を許さないところがあるからだ。
 そもそも哲学的な思考様式というものが男性特有の観念的なあり方を象徴しているので、例外はあるものの、女哲学者というのはほとんどいない。この観念的なあり方をそのまま日常生活に持ち込めば通用しないのは明らかであって、食卓でカントを話題にしても女房に嫌がられるだけだし、プラトンを使って女を口説こうとしてもふられるだけだろう。男性の観念的なあり方は、ほとんどいつも女性に足をすくわれるのである。
 それは哲学的な思考様式が、抽象的な概念の駆使によって、ある事柄の不動の「真理」(真実ではない)を究めようとするからである。この思考様式を持続させるためには、ふだん漬かっている日常世界からいったん離れて、身を神の立場、公共性の立場に仮想的に置かなくてはならない。そのことによって問題とされる事柄(この場合は女性なるもの)は、客観的な「対象」として固定化される。だがその代わりに、自分自身が巻き込まれていたところの異性関係という独特なモードそれ自体、あるいは女性に向き合う男性の関係意識それ自体は、視野からこぼれ落ちるのである。哲学男性は惚れている女性への自分の気持ちそれ自体を、「客観的に対象化」できないのだ。そこに哲学者が女性をとらえようとする試みの原理的な限界があらわれている。
 だがわが国では、不動の真理を探究する壮大な哲学体系は生まれなかった代わりに、伝統的に、私生活や恋愛の定めなき流れを叙する女性文学が栄えたり、本居宣長が説いたように、不動心などというものはあり得ず、時に感じてうれし哀しと揺れ動くさまこそが心の真のあり方であるといった「こころ」観が、普通に親しいものとして受け継がれてきた。一口に言えば、たおやめぶり、優男ぶりであるが、これらは「哲学」という形を取らないものの、人間の生の、特に日常性における本質的な一面をあらわしていることは確かである。そうしてこの一面は、明らかに女性のメンタリティに重なり合う。日本文化はもともと女性的であると言えるだろう。
 宣長は、その秀逸な文学論(歌論)『排蘆小舟(あしわけおぶね)』のなかで、歌は哀れ深き情の切ないさまをありのままに表したもので、善悪正邪の道を教えるものではないと繰り返し説いた後に、次のようなことを述べている。
 人情というものは女子どもの専売特許のように見えるけれども、女子どもは心を制する意志がつたないので、その本心が出てしまうだけであって、別に男に人情が欠けているわけではない。ただ男は外聞をおもんばかって心を制し、形を繕おうとするために本当の心を隠さざるを得ないのだ……。
 少し原文を引こう。

  国のため君のために、いさぎよく死するは、男らしくきつとして、誰もみなねがひうらやむこと也。又親を思ひ妻子をかなしみ、哀をもよほすは、つたなくひけふにて、女児のわざなれど、又これを一向なにとも思はぬものは、木石禽獣にはをとるべし。死する今はのときにたれかかなしからざらん。あくまで心にあはれはいだけども、これを色にあらはさず、死後の名を思ひ、君のため家のために、大切なる命をばすて侍る也。
  (中略)
 (慈しんでいた子どもが死んだ時に――引用者注)母は本情を制しあへず、ありのまゝにあらはし侍る也。父はさすがに人目をはばかり、みれんにや人の思ふらんと、心を制しおさへて、一滴の泪をおとさず、むねにあまるかなしさも、面にあらはさずして、いさぎよく思ひあきらめたるてい也。これをみるに、母のありさまは、とりみだしげにもしどけなく、あられぬさま也。されどもこれが情のありのまゝなる所也。父のさまは誠に男らしくきつとして、さすがにとりみださぬところはいみじけれど、本情にはあらざる也。
  (中略)」
  されば人の情のありていは、すべてはかなくしどけなくをろかなるもの也としるべし。


 宣長の筆は、明らかに「これを一向なにとも思はぬものは、木石禽獣にはをとるべし」や「されどもこれが情のありのまゝなる所也」を強調する所に軸足を置いている。
 こうして宣長は、歌はその心の奥深くにある人情をこそ表すものだというかたちで、徹底的な文学肯定論を張るのだが、これをそのまま受け取る限りでは、文学の道と倫理道徳の道とはもともとまったく本質を異にするものだという論理が導かれるかもしれない。だが私はここで、宣長の本意を少し変奏して、女性性が「はかなくしどけなくをろか」に表す人情のさまそのもののうちから、男性的な倫理とは異なる倫理的な意義を掬い取ってみたいと思う。

頓馬なマスコミに誑かされるな(SSKシリーズ15)

2014年12月01日 22時23分35秒 | エッセイ
頓馬なマスコミに誑かされるな(SSKシリーズ15)




 埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。

                                  
【2013年3月発表】

 2013年2月19日付の朝日新聞「社説」に次のようなことが書かれている。

 ≪朝日新聞の世論調査で、原発の今後について尋ねたところ、「やめる」と答えた人が計7割にのぼった。「すぐにやめる」「2030年より前にやめる」「30年代にやめる」「30年代より後にやめる」「やめない」という五つの選択肢から選んでもらった。全体の6割は30年代までに国内で原子力による発電がなくなることを望んでおり、「やめない」は18%にとどまる。政権交代を経ても、原発への国民の意識は変わっていないことが確認されたといえよう。≫

 マスコミが自分たちに都合がいいように世論操作をするのは今に始まったことではない。ことに朝日新聞はこれが得意。
 昔この新聞は、夫婦別姓問題についての調査結果からとんでもなく間違った結論を公表した前科がある。だがその時はだましのテクニックがなかなか巧妙だった。しかし今回のこのアンケート項目の設定のずさんさはどうだろう。なんと五項目のうち四項目までが「やめる」になっている。
 原発が危険を抱えていることは福島事故で思い知らされたから、誰でも、もっと安全で安定供給できコストも安い発電方法があるならそれに越したことはないと考えるのが人情だ。だから「やめる」項目八割のアンケートを突きつけられたら「やめない」をきっぱり選ぶ人が少なくなるのは当然で、回答者は初めからまんまと誘導されているのだ。何の根拠があるのか、30年代などという設定も恣意的そのものである。
 こういう科学的客観性を担保したかのような装いのもとにあらかじめ決まっている結論を導き出すのは、じつにたちの悪い煽動である。もともと世論調査というのは、いろいろな意味でその信頼性に問題があるのだが、そのことを踏まえつつ、もしできるだけ公平を期すならせめて次のように選択肢を設定すべきだろう。

 原発を
 ①やめるべきだ 
 ②どちらかと言えばやめる方向で 
 ③迷う 
 ④どちらかと言えば再稼働の方向で 
 ⑤再稼働すべきだ

 これなら③や④を選ぶ人がかなりに上ることが予想される。「『やめる』と答えた人が計7割にのぼった」なんてことにはならないだろう。言うまでもなくマスコミには事実をなるべく正確に伝える重い責任があるのだから、こんなボロ丸出しの調査などやってはいけないのである。
 しかしそもそも脱原発か再稼働かという問いは、原子力発電そのものについての高度な専門知や、これからのエネルギー政策、外交政策などを総合的にとらえる広い見識が要求されるきわめて選択困難な課題である。ふだんよく考えてもいない(考える必要もない)圧倒的多数の国民に安直に二者択一させて済むような問題ではない。こういう大衆迎合主義が無反省にまかり通るようでは世も末である。読者諸兄は頓馬なマスコミに誑かされないようによくよくご注意。