小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

オノマトペアの謎

2018年06月18日 15時20分44秒 | 文学


みなさんは、オノマトペアに興味を持ったことはありませんか。
ワイワイとかガタガタとかウキウキとかいったあれですね。
今度出版する『日本語は哲学する言語である』(徳間書店・7月刊)という本の中で、これについてちょっと考えてみたのです。
本では、それほど掘り下げることができなかったのですが、ゲラ校正がすんでからも気にかかっていたので、もう少し掘り下げてみました。

日本語が豊富なオノマトペアを抱えていることは、たいへん特徴的で、外国人もこれをおもしろがります。
私の知人のアメリカ人が、日本に来て間もないころ、日本人同士が話すのを聞いていて、オノマトペアが出てくると、とても面白がって復唱していました。
でもどんな感じを表しているのか、きっとつかめなかっただろうと思います。
また、これは時代とともに次々に新語が作り出されていますね。
私の若い頃は、キャピキャピとかルンルンなんて言いませんでした。
誰かが即席で言ったのを初めて聞いても、日本人なら何となくその感じがわかってしまうのではないでしょうか。
たとえば「口に含むと、なんかモギョモギョした感じだね」なんて、いかがでしょうか。
宮沢賢治などは、自分でいくつも作っていますね。
「山がうるうると盛り上がった」とか「虹がもかもか集まった」とか。

オノマトペアは、一応、擬音語・擬声語・擬態語に分かれます。

擬音語:ヒューヒュー、ゴトゴト、サクサク、ザワザワ
擬声語:ワンワン、キャアキャア、シクシク、ワアワア、
擬態語:ピョンピョン、ホイホイ、ビクビク、ユラユラ

ちなみに本当は、「じっと」「しんと」とか「すっきり」「さっぱり」なども広い意味でオノマトペアのたぐいに入るのですが、ここでは上のような、二回反復型に限ることにします。

さて上記のように分けてはみたものの、擬音語と擬声語をはっきり分けられるかというと、疑問が残ります。
たとえば「キンキン響く」は擬音語でしょうが、「キンキン声」といえば擬声語ということになるでしょう。
擬音語・擬声語と擬態語も区別がつきにくいところがあります。
ゴシゴシとかガミガミなんて、どっちでしょうね。
また同じオノマトペアでも、文脈次第で、擬声語として使っている場合と、擬態語として使っている場合とがあります。
たとえば、「ペラペラ」は、「英語をペラペラしゃべる」といえば擬声語的ですが、「ペラペラの紙でできている」といえば、明らかに擬態語でしょう。
こういう区別のつきにくさには、オノマトペア特有の謎が秘められているようです。

これらはふつう、自然現象を生き生きと言葉に写し取ったものとされています。
そして、こういう語群が豊富にある言語は、人々が自然と長く親しんできた歴史を持つことを証していると理解されています。
しかしどうかな? 上記のように、区別が明瞭にできないという事実は、オノマトペアが自然をそのまま写したものだという理解が必ずしも正しくないという理解への入り口を示しているのではないでしょうか。

また、擬音語や擬声語の場合は、かなり自然音に近いとは言えますが、それでも、必ずしも自然音そのままとは言えないものがあります。
たとえば「鍋がゴトゴト煮立ってきた」とか「小川がサラサラ流れる」などは、自然音からかなり遠ざかっています。
さらに擬態語となると、そういう音がするわけではありませんから、自然状態からはいっそう遠ざかっていると言えるでしょう。
「どんどん進んでいく」「すいすい泳ぐ」「つんつんした態度」「ぶらぶら揺れる」などは、なぜこのような音韻が、その状態にいかにも合っていると感じられるのか、なかなか合理的な理由を見つけるのが難しいでしょう。

言葉というものは、『一般言語学』の著者・ソシュールが考えたように、もともと反自然的な、あるいは自然からは自立した文化的本質を持ちます。
オノマトペアも例外ではありません。
これがどのような意味で自然から自立した人間的な意味合いがあるのかを突き止める必要があるでしょう。

オノマトペアの特徴としてまず言えるのは、多くが二音節を二回繰り返すことで成り立っていることです。
これには、日本語という言語特有の文化的(非自然的)特性が絡んでいるでしょう。
その特性とは、
①日本語の音韻は、[a][ka]のように、ほとんどが母音だけか、一子音音素+母音で出来上がっていて、これが音節を作る。
②他の音韻の場合も、このルールに馴致される(たとえば拗音[kya]は一音節、子音+撥音[kan]は二音節として扱われる)。
③日本語は三音節か四音節の句が非常に多く、これが息遣いに一つの区切りをもたらし、調子やリズムを作る。

たとえば「キャピキャピ」というオノマトペアは、[kya-pi-kya-pi]で、四音節語ということになります。
また、「ルンルン」は[ru-n-ru-n]で、やはり四音節語として扱われます。

次に、オノマトペアは、時間のなかでのある「動き」の形容であるということ。
二音節の二回繰り返しというスタイルは、おそらく時間的な継続感を表現しようとする意識にもとづいていると推定されます。
つまり、動きの形容であるということとマッチしているわけです。
幼児がオノマトペアをすぐ覚えるのも、幼児は動きや繰り返しをとても喜ぶからでしょう。

ただしあまり長くなっては言葉の経済学に反しますので、二回にとどめたのでしょう。
それに、二音節を三回繰り返すと、日本語としての調子が悪くなるとも考えられます。
四回繰り返した方がまだいいでしょう。「ぐるぐるぐるぐる」「ざわざわざわざわ」

たとえば地名や人名はだいたいが三音節か四音節ですね。東京、大阪、名古屋、横浜、福岡、山田、佐藤、鈴木、中村、渡辺、松本……。
  
また、外来語などを省略する場合は、ほとんどが四音節で、三音節にするときは、そうしないと語呂が悪いからです(四音節略語:パソコン、リストラ、セクハラ、パワハラ、エアコン、カーナビ、コンビニ、デパ地下……。三音節略語:テレビ、スマホ……)。

このようにして、オノマトペアの場合は、二音節の二回反復で、動きの感じを表すとともに、四音節語として日本語らしいリズムとまとまり(快適さ)に落ち着かせるという作用がはたらいてできていると考えられます。

さてオノマトペアが必ずしも自然音や自然状態そのままの音声化ではないという事実は、それらを受け取った人間(ここでは日本語話者および聞き手)が、自分たちの感性あるいは情緒をそこに付け足して編成し直していることを意味します。
二回の繰り返しや音節数の限定という形式面にもそれは現れていて、日本語にとって心地よい調子に仕立て上げているのです。

この自分たちの感性あるいは情緒というのは、身体性と言い換えても同じです。
つまり、自然音や自然状態の客観的あり方がどうだというのとは違って、むしろそれらを受け取った私たちの身体による主体的な把握の仕方が元のところにあって、それを音声言語に翻訳しているのです。
この場合の身体による把握の仕方のなかには、外界の知覚だけではなく、私たち自身の行住坐臥にともなうリズム、たとえば歩行とか、身振りとか、躍動とか、手の動きなどが含まれます。

たとえば「どんどん進んでいく」という表現では、「どん」という音韻によって、ものがぶつかったりする激しい衝撃の感じを身体感覚として掬い取っているのだと思われます。
「つんつんした態度」でも、やはり「つん」という音韻に、細く鋭く、何か自分に向かって刺さってくるような感じがありますね。

このように、オノマトペアは、けっして単なるナマの自然対象が出す音や自然状態の模写ではなく、きわめて人間的な情緒あるいは身体性による創造的表現なのです。
初めに擬音語、擬声語、擬態語と分けてみても、その区別がつきにくい、そこのところに謎があると書きましたが、おそらくその謎の答えは、オノマトペアが音声言語として定着するために、必ず話者および聞き手自身の情緒的・身体的な感受と創造のプロセスそのものの媒介を必須としているというところに求められるでしょう。

日本語がこれを豊富に抱えていることは、日本人が周囲の現象にたいへん繊細で鋭敏な感覚を張りめぐらせ、しかもそれを自分のなかで反芻し再構成していることを表しています。
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所有者不明の土地対策は、爆買いを誘発する

2018年06月13日 21時50分06秒 | 政治


所有者不明の土地は全国で410万ha、これは九州全域を超える面積です。
2040年には北海道本島に匹敵する720万haに及ぶと推計されています。
政府は、管理できない土地の所有権を所有者が放棄できる制度の検討に入りました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31241990R00C18A6MM0000/

一方、参院本会議では、所有者不明の土地を公共目的に限って使える特別措置法を可決しました。
防災や都市計画の妨げになるというのが理由です。
この法律では最大10年、民間業者やNPOなどに土地の利用権を与えるのが柱とされています。
都道府県知事が公益性などを確認した上で利用権を定めることになります。
利用権は延長もできるそうです。
https://www.asahi.com/articles/ASL664HKLL66ULFA00S.html

この二つのニュースでまず驚くのは、所有権のない土地の面積の巨大さでしょう。
次に思うのは、こういう事態を放置していた行政機関の怠慢です。
しかしそれはとりあえず差し置き、所有権放棄の制度創設、所有者不明の土地の有効活用という法律の可決は、一見よい方向への一歩のように思えます。

しかし、次のような連想と疑念を抱くのは筆者だけでしょうか

現在、中国が日本の土地を爆買いしています。
すでに北海道や沖縄を中心に、全国土の2%が中国人の所有になっています。
https://www.recordchina.co.jp/b190071-s0-c20-d0035.html
2%というと静岡県全県にほぼ匹敵します。
この話題は一年前にも取り上げたのですが、
https://38news.jp/economy/10151
このような事態を招いたのは、外国人が土地を取得することに対して法的な規制がないことが原因です。
WTOのGATSという協定が内国民待遇義務というのを定めているので、それをバカ正直に守っているのですが、インドやフィリピンなどは、GATSに加盟していながら、外国人の土地所有を原則不可としています。
政府各省庁もそれを知っていながら、中国人の土地爆買いに対して何らの法的な措置も講じようとはしません
国会議員も昨年12月に自民党の鬼木議員が問題視した程度で、動きが非常に鈍い。
http://www.buzznews.jp/?p=2113292

また6月10日のTVタックルでも(ようやく)取り上げていましたが、国防の要地であるはずの対馬が韓国人の観光客であふれかえっているだけでなく、韓国人に不動産を爆買いされ、民宿、ホテル、釣り宿など、彼らの思いのままに建設、経営されています
海上自衛隊対馬防備隊本部に隣接する土地に十年前リゾートホテルが建設され、その後、周辺地域に次々と韓国資本によるロッジが建てられました。
いたるところハングル文字だらけ、もはや対馬は日本ではないとぼやく地元の人たちもたくさんいます。
韓国のツアー客が大挙して対馬に来ると、ツアーガイドが開口一番、「対馬はもともと韓国の領土です」と説明するそうです。
こんな事態になっているのに、対馬市当局は何と、どれくらいの土地が韓国人の手にわたっているか、把握していません。
https://www.sankei.com/life/news/171030/lif1710300021-n1.html

こういう危機的状態は、政府がいち早く手を打たない限り、今後ますます加速するでしょう。

初めの二つの記事に書かれていたこと、
つまり、
九州全域に相当する土地が所有者不明という事実、
所有権放棄の制度の創設、
公共目的に限定して、民間業者やNPOに土地の利用権を与えるという趣旨

これらは、中国や韓国の爆買い攻勢を想定しているでしょうか。

不動産の外資規制がまったくない状態で、民間業者やNPOに土地の利用権を与えるのは、
中国人や韓国人にも、どうぞ爆買いを進めてくださいと言うのと同じではないでしょうか。
公共目的など、何とでも名目を作れます。
途中で営利目的に変えちゃったっていいのです。
日本名義のダミー会社に買わせる手もあります。
彼らはきっとそうした巧妙な手を使うでしょう。
まして、外国人が利用を申請してきた時に、いまの都道府県にそれを抑える論理と力があるとは到底思えません。
考え方が根本的に甘いのです。

ここには、いまの日本の行政機関が、それぞれ問題別に解決策を追求するだけで、総合的に危機に対処する力を喪失している状態がいみじくも象徴されています。

やがて北海道本島にまで広がりかねない所有者不明の土地。
すぐにでも公有化を進めるべきです。
国や地方自治体が素晴らしい公共施設を作ればいいではありませんか。
財源をどうするか?
いいかげんに、財源の話はしないでください。
大いに建設国債でも発行すれば済む話です。

またまた日本が自分の首を絞めている事実を痛感しました。


【小浜逸郎からのお知らせ】

●新著『福沢諭吉 しなやかな日本精神』
(PHP新書)が発売になりました!


http://amzn.asia/dtn4VCr

●『日本語は哲学する言語である』(仮)
を脱稿しました。徳間書店より7月刊行予定。


●『表現者クライテリオン』第2号
「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」

●月刊誌『Voice』6月号
「西部邁氏の自裁死は独善か」

●『表現者クライテリオン』9月号特集
「ポピュリズムの再評価」(仮)の座談会に
出席しました。(8月15日発売予定)


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今こそ英語教育の大転換を

2018年06月11日 16時10分52秒 | 社会評論


日本人の英語能力が他のアジア諸国に比べて極めて劣っている事実は、しばしば問題になります。
しかしそのこと自体を恥じる必要はありません。
アジア諸国はずっと欧米諸国の植民地でしたから、公の場面で現地語を使うことが許されず、欧米語(特に英語)の使用を強制されたのです。

また、そもそも日本語は、その文法構造が欧米語とまったく異なっています。
ドイツ人やフランス人が英語を習得するのとは、その難易度の差に雲泥の相違があります。
日本はむしろ、その地政学的な好条件も手伝って、長きにわたる文化的・経済的独立性の維持を可能としてきました。
その結果、欧米列強による言葉の侵略から免れ、自国語による近代化に成功したのです。

東南アジアの人たちの中には、この事実を羨ましがり、日本にあこがれを抱く人がたくさんいます。
先ごろ92歳で首相再選を果たしたマレーシアのマハティール氏は、今から37年前に首相に就任した時、日本の高度な近代産業の達成の秘密がその勤勉精神とチームワークの緊密さにあることを見抜き、「Look East」の掛け声の下、日本に学ぶことを提唱したのです。

さて、日本の最近の体たらくを見ていると、そう己惚れてばかりもいられなくなりました。
日本人の英語能力の低さには、それなりの理由があり、それがかえって自国の発展のためには利点としてはたらいたとしても、やはり近年の国際関係の変化に向き合うとき、もっと英語能力の向上が図られるべきだということは否定できないように思われます。
しかし、どのような意味で、またどのような仕方でそれが図られるべきかについては、大いに議論がわかれます。

先ごろ、必要があって言語社会学者・鈴木孝夫氏の『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波新書・1999年)を読みました。
20年近く前の本ですが、ここに書かれていることは、今でも深い共感を呼び起こします。
この本の最も重要な主張を要約すると次の通り。

日本は明治期までの弱小国から戦後の高度成長期を経てGDP世界第二位(当時)の超大国になったのだから、英語教育の方法を根本から改めなくてはならない。
幕末から明治にかけて、日本では西洋文明の圧倒的な力の前に、これを吸収・咀嚼することに懸命な努力を注いできた。
そうした状況下では、西洋各国の技術や文化や生活スタイルを自分の身に合わせるという受け身的な方法によって果たされるほかはなかった。
英語教育もその例外ではない。
それはそれで近代化に貢献したのだから当然である。

しかし欧米列強に対して弱小国であった時代に身につけたこの習慣は、大国になってもずっと残り続けた。
今でも中学・高校・大学の英語教育の中身は、単なる国際通用語としての英語を学習させるのではなく、同時にイギリスやアメリカの文化様式を習得させようとしている。
それは教科書の内容によく表れている。
そこには、大国としての矜持は見られず、相変わらず西洋に対する憧れとコンプレックスが拭いがたくまとわりついている。

大国にふさわしい英語教育とは、自国の文化を国際発信できるように、日本の生活や文化や歴史を主題として取り上げて、それを英語で発信できるようにすることである。
これなら、身近な話題、よく知っている話題を英語に直すという自然な形が取れるので、学習者にとっても関心を呼びやすいだろう。
また、日本を知りたいと思う外国人に、それを英語で知らせることができ、「黙っているので何を考えているのかわからない」というよく聞かれる日本人に対する悪評も払拭できる。

そのためには、日本語を各国語に翻訳する作業の体制(たとえば和英辞典の充実)を確立させることがまず必要である。
後進国(文化植民地)として英独仏のトロイカ方式に特化した外国語教育を施す時代はもう終わったのである。


だいたい以上のようなことが書かれているのですが、この主張にはもう一つ副産物があります。
長年にわたる西洋かぶれの結果、日本人は自国の文化や歴史について深く知ろうとしなくなってしまいました。
これまで日本人はその事実を知っていながら、見て見ないふりを決め込んできました。
日本人の生活スタイルや文化や歴史を英語で表現するような教育を浸透させるなら、こうした困った事態を克服するためのきっかけになります
英語で自国のことを表現しなければならないという風に日本の英語教育が変われば、学ぶ意欲のある学生たちなら、日本についての自分たちの無知を乗り越えようとして、自国のことについても必死に勉強するようになるでしょう。
英語に超堪能な鈴木氏ですら、若い頃、トルコの教授に幕末維新のことを聞かれて、よく知っているはずの参勤交代、外様、関所、駕籠などという言葉がうまく説明できずに困ったことがあるそうです。

外国人に自国のことを説明できないのは、実際にそういう場面に直面した立場の人にとっては、やはり恥ずかしいことです。
それだけではなく、世界には、自国の国益や考え方を強引に押し付けて来る国もあれば、一方では、「奇跡の近代化」を成し遂げた日本に学びたいとする国もたくさんあります。
これらに適切に対処するには、まず何よりも、日本人が自国の文化伝統に自信を持ち、認識を深め、その上でそれをきちんと説明する必要があります。
国際舞台で大国にふさわしい主張と責任を果たすためにも、日本人は、「われわれは自国の文化伝統にもとづいて、このようにする、このように考える」と、はっきり表明できなくてはなりません。
そうでないと、強引に膨張を続ける国や反日を叫び続ける国に押しまくられて、政治的にもビジネス的にも負けてしまうでしょう。

この場合の外国人とは、欧米人だけを指すのではありません。
かつてイギリスやアメリカの植民地だったアジア、アフリカ諸国、カナダ、オーストラリアなどは、否応なく英語を公用語としてきました。
こうした国々とのコミュニケーションは、近年ますます重要視されてきています。
その場合、ネイティブスピーカーの英語や異文化理解のための英語ではなく、国際通用語としての英語を用いざるを得ません。
鈴木氏の強調するのも、そうした発信型の英語です。

しかし文科省を初めとした英語教育の基本方針は旧態依然たるもので、鈴木氏の提言が活かされたようには見えません。
現在の義務教育、準義務教育、大学の教養課程における英語教育は、その内容がただネイティブの猿真似をやっているだけで、鈴木氏の説くような、日本人の生活に即した語彙、主題、よく知っている事実(たとえば日本で起きた事件、日本人が成し遂げた偉業)などを取り上げるようなものではありません。
相変わらず、国際理解と称して、とにかく異文化理解を深めようという精神でやっているのです。
これではいつまでたっても、英語に対する関心が刺激されず、結果として日本人の英語能力は上達しないでしょう。

ただし、鈴木氏の提言は、上記のように、実際に英語を使わなければならない立場にある人たち向けのものです。
ここを読み違えてはなりません。
英語と関係のない仕事に就いている人や国内の人間関係に取り巻かれている人にとって、高度な英語の習得は、いままでどおり、別に必要のないものです。

文科省は、「グローバル時代に乗り遅れないように」などと称して、英語教育の低年齢化を実施しつつあります。
しかしこれは、次の点で、まったく見当はずれです。

①ほとんどの日本人は英語を使う職業などに就かないのだから、早期義務教育ですべての子どもに英語教育を強いることには意味がない。
②早い時期から英語教育を義務化すると、語学の苦手な子は、日常生活に関係がないので、かえって英語嫌いになり、得意な子との間に格差や差別関係を生むもとになる。
③現在の公教育における英語教育は、「使える英語」という名目の下に、文法学習をおろそかにして会話中心にシフトしている。しかし日本で生活していて、大勢の生徒を対象とした週数時間程度の授業で会話力が身につくはずがない。基礎学力の習得も阻害されるので、あぶはち取らずである。

鈴木氏が『日本人はなぜ英語ができないか』を書いたのは、まだ日本の経済力が世界に大きな存在感を示している時期でした。
それから20年近く経って、政治、ことに経済政策の拙劣さのために、いまや日本はいろいろな意味で先進国から発展途上国の地位に転落しつつあります。
大方の日本人はこのことに気づかず、見かけの図体のデカさに惑わされて太平楽を決め込んでいるようです。
しかしもう十年もすれば、そのことが誰の目にも歴然とするでしょう。
そうなってからではもう遅い。
日本の生活文化、伝統、歴史の紹介を、国際通用語によって本気で行わなければ、日本は没落を早めるだけです。
危険水域にある今だからこそ、鈴木氏の提言が活かされるべきなのです。
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西洋的言語観からの脱却を

2018年06月04日 12時36分47秒 | 思想


 以下は、7月に刊行予定の拙著『日本語は哲学する言語である』(徳間書店)の「あとがき」として書いた文章に若干の訂正を加えたものです。

つい先ごろ、庭に名前のわからないきれいな花が二種類咲いているので、どうしてもその名を知りたくなって、「Green Snap」というアプリに助けを求めました。
花の写真を取って送ると、コンピュータか人間が、「何々かも」という形で答えを送り返してくれるのです。
コンピュータの方は見当はずれでしたが、どなたかが送ってくれた答えは、二つとも「当たり!」でした。
冒頭写真、左側はハクチョウゲ、右側はカンパニュラ。
いやはや便利な世の中になったものです。

人は見慣れないものや状態に出くわした時、それに名前がついていないと、たいへん不安になります。
体に異変を感じた時、医者から「あなたは何々病です」と宣告されると、たとえそれが重篤な病気であったとしても、ある種の安心を覚えたりしますね。

何ものかに名前があるということは、その何ものかがこれまで人々の間で話題となり、言葉として共有されてきたことを意味します。
その名前が日本語であれば、日本人が作る共同体の歴史のなかで問題とされてきたことになります。
おそらく、名前がわからないと不安になるという心理は、けっこう重要な存在論的意義を持っていて、それは、自分自身が共同体のメンバーとして承認されていないという感覚に連続するものなのでしょう。
モノや人や観念の名前は、共同体の内部で普遍的に認められたときにのみ成立するからです。

コンピュータが見当はずれの答えを出し、生身の人が正しい答えを送ってくれたという結果に、筆者はなぜか喜びを感じました。
人と人とがこのようにしてつながっていることが実感できたからでしょう。

いわゆる「真理」に関しても同じことが言えます。
以前書いたことですが、アルキメデスが風呂に入っていて浮力の原理を発見した時、「ユリイカ!」と叫んで素っ裸で風呂から飛び出したというエピソードが意味しているのは、この原理の発見によって、彼を包む共同性との間で「言葉が通じた!」という確信を得た喜びなのです。
あらゆる真理や真実は、このように言葉として表現され、それが通ずる共同性とのかかわりにおいてのみ、その存在を保証されます。

いま日本の政局は、たいして意味も価値もない「真実」追究にいつまでも血道をあげて、国民の生活意識との乖離を募らせています。
この無駄な試みの根底には、過去を探っていけば時々の言葉とは関係のない一つの「真実」に必ずたどり着くはずだという錯覚があります。
結果、何がいま日本共同体にとって「語る」に値する重要な案件であるかという適切さの感覚を喪失しているのです。
本当は、膨大な「語り」の錯綜を前にして、卓越した力ある者(この言い方にはいろいろな意味合いが含まれますが)が、この語りこそ自分の属する共同性にとって適切であるとして選び出すところにしか「真実」は現れ出ません。

しかし考えてみれば、この錯覚は、二千数百年もの間、人類を支配し続けてきました。
プラトンが編み出した「感覚を超えたところにイデア=真実在なるものが存在する」という着想も、言葉というものがもともと具えている「事物の抽象化」と「観念の実体化」という力学に従ったまでのことです。

西欧哲学はそのことに長い間気づかず、このプラトニズムという言葉の操作法に呪縛されてきたのでした。
その呪縛とは、現象の向こう側にそれをそうあらしめている「真理=本体」が存在し、私たちの知覚できるものはその影に過ぎないという「信仰」です。
現実には、さまざまな知覚現象や観念現象に、私たち人間が時々の関心と欲望に従って「言葉」を与え、言葉と言葉との関係を整序し、それがある共同体のなかで普遍的な承認を得た時に、「真理」が創り出されるにすぎないのです。

とまれ、西洋哲学が、すべては言葉の使い方の問題であるという自己認識に到達したのは、ようやく19世紀以降になってからのことです。
それから初めて、言葉そのものを哲学するべきだという分析哲学的発想が生まれたのです(厳密には言語に対する反省自体は論理学や修辞学の形で、はるか以前からありましたが)。

筆者も、この大まかな流れに沿って、日本語について考えてみようと思いました。
しかしその場合、論理的な陳述にその対象を集中させる西洋哲学の方法を採用するわけにはいきませんでした。
日本語についての自己認識は、日本語自身によってなされなくてはならないからです。
そこで、日本語を、その独自の構造に即して理解するために、西洋由来の文法的概念や方法論から極力自由な立場で論ずることに力を注ぎました。
けれども、それは日本語を特殊な言語として他と比較することを目的としたのではありません。
その世界把握の仕方を提示することで、じつはどの国の人も、その国の言語の制約を取り払ってみれば、ある場合には同じようなものの見方、とらえ方をしているに違いないという事実に注意を促すことを目的としたものです。

また、このたび書いたことのうち、日本語の特徴やそこから浮かび上がる日本人のメンタリティーについての記述のいくつかの部分が、すでに先人たちによって論じられてきたことの繰り返しになっているのも否めない事実です。
しかし、それを筆者なりの方法によって再確認しただけでも、本人にとっては意味があったと考えています。
願わくは読者の皆さんが、このような哲学的な方法で日本語全体に目配りしてみたことの意義を読み取ってくださらんことを。

とはいえ、今回の試みは、日本語による日本語の哲学としては、まだまだとば口に立ったばかりです。今後筆者自身も努力を重ねる所存ですが、多くの方が研鑽を積まれて、日本語による日本語理解を深めると同時に、さらに進んで西欧中心の言語理解が持つ偏りから脱却されることを祈って已みません。



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「骨太の方針」をどう評価するか

2018年05月30日 11時16分07秒 | 経済


報道によりますと、
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31045710Y8A520C1000000/
政府が6月中旬に閣議決定する「骨太の方針」の原案が5月28日、明らかになりました。
その要点をまとめます。

(1)消費税は、予定通り2019年10月に10%に値上げする
(2)19年度と20年度予算で、税率引き上げによる需要変動の平準化に万全を期す
(3)PB黒字化達成を25年度に先送りする
(4)21年度時点での中間検証では、いずれも対GDP比で、
  1.PB赤字を1.5%程度に抑える
  2.財政赤字を3%以下に抑える
  3.債務残高を180%台に抑える
(5)財政抑制策は盛り込まない

同記事には、「政府・与党内の積極財政派に配慮した成長重視の姿勢がうかがえる」とありますが、これはかなり当たっています。
というのは、(3)と(5)にその形跡が見られるからです。

しかしこれでは、デフレ脱却策として、不十分極まると言わざるを得ません。

第一に、消費税が10%になってしまうと、単に価格が上がるだけではなく、計算が簡単なため、消費を控える人がますます増え、その結果、需要が縮小し、投資もさらに冷え込んでしまうからです。

そのことを心配してか、政府(財務省)は、「税率引き上げによる需要変動の平準化に万全を期す」などと謳っていますが、これはつまり需要縮小をあらかじめ見込んで、それを恐れている証拠です。
それにしても「需要縮小」とはっきり言えばいいものを、「需要変動の平準化」とはお笑い種のレトリックもいいところですね。

何よりも、増税を絶対の前提として政策を打ち出しているところが完全に誤りです。
デフレ期に増税をする国など、日本以外どこにもありません。
「財政破綻の危機」という嘘八百をまき散らしてきた財務省の緊縮路線は、こうしてますます国民を貧困化に陥れようとしているのです。

財務省が恐れているのは、日本経済の悪化による国民生活の窮乏化などではさらさらありません。
ただ、もしかしたら税率の増加によってかえって税収が減ってしまうかもしれない、そうすると増税に関して財務省への批判が高まり、緊縮路線を貫きにくくなるということだけなのです。
国民の豊かさ実現のために最も力を注ぐべき省庁がこの視野狭窄の体たらくなのです。

(4)の各指標についてですが、2の「財政赤字を3%以下に抑える」というのは、別に何の根拠もなく、ずっと以前から決まっていて、EUの基準を模倣しただけのものです。

ちなみに財政収支とPB(基礎的財政収支)の違いについて。
財政収支とは、国の歳入と歳出の差のことで、歳入には、ふつう、税収およびその他の収入に加えて、国債発行収入が含まれます。また歳出には、政策支出のほかに、国債の償還費(元本+利子)が含まれます。
PBとは、歳入から国債発行収入を除いた額と、歳出から国債の償還費を除いた額との差を表します。後者が前者を上回る場合、PB赤字と呼ばれます。
しかし赤字であっても、さらに国債の発行によって赤字が増えたとしても、何ら財政破綻の危機などは意味しません
それなのに、財務省は、これを黒字化することが「財政健全化」だと思い込み、この路線達成に教条的に固執しているのです。

また毎日新聞の24日の記事によれば、
https://mainichi.jp/articles/20180525/k00/00m/020/153000c
「PB以外の2指標は、厳しい歳出改革をしなくても自然に達成できる見通しだ」とのことですから、制約指標が三つもある事実に対して、積極財政派に対する攻勢が厳しくなったとうろたえる必要はありません。
むしろ二つが自然に達成できるなら、デフレ脱却のために、大規模な財政出動を訴えていく余地が大いにできたと考えるべきです。

問題は、PB黒字化目標が残ってしまったという一点なのです。
前出の毎日の記事も、財務省緊縮路線の広報係よろしく、先の文言の後に、「このため財務省内から『歳出を増やしても構わないという誤ったメッセージになりかねない』(幹部)との懸念が出ている」と、わざわざ付け足しています。
御用メディアは困ったものです。

私たちが目指すべき標的ははっきりしています。
消費増税とPB黒字化に象徴される財務省の緊縮路線をいかに潰すかです。

付け加えますが、筆者が、安倍首相と財務省の間には、デフレ対策をめぐって「暗闘」があると書いてきたことに対し、ある媒体で、「どこにそんなものがあるのか証拠を示せ」といった意味のコメントがありました。
証拠は、すでに二つ示しています。

①安倍首相が消費増税を二度延期したこと。
②昨年の「骨太の方針」に政府債務の対GDP比という正しい財政健全化の指標を入れたこと。
https://38news.jp/politics/11893

PB黒字化目標に対抗してこの指標を入れた意味は次の通り。
PBでは、単なる収支上の数字を黒にするために、歳出の削減に走るか、税収を増やそうとして増税を強行するしか手がありません。
しかもこの手法は現に裏目に出ているのです。
じっさい、財務省はそれをやってきました。
しかし債務残高の対GDP比ならば、財政出動によって景気を刺激し、その結果、GDPが増えれば分母が大きくなるので、債務残高がそのままでも、財政健全化が実現するのです。
もっとも日本の財政が不健全だという認識自体、財務省が流し続けたデマに他ならないのですが。
財政不健全を言うなら、デフレ脱却のために必要十分な財政出動がなされないことこそが、まさしく不健全財政というべきです。

さらに今回の方針原案では(3)PB黒字化達成を25年度まで先送りすることと、(5)財政抑制策は盛り込まないことが明記されました。
これは経済財政諮問会議における安倍首相の強い意向がなかったら、いったい誰が実現させたのでしょうか? これも財務省VS首相官邸の「暗闘」の事実を示していると言って差し支えないと思います。

何度でも断ります。
以上の指摘は、安倍政権の経済政策全般のひどさを免罪するものではありませんし、その責任者である安倍首相を擁護するものでもありません。

ただ言っておきたいのは、次のことです。
何でもかんでも財務省と安倍首相とを同一視し、政権内部の複雑な力関係を見ないようにするのは冷静さを欠いた感情的な反応です。
それは、反安倍をひたすら叫ぶ左翼や、個々の政策の良しあしも検討せずに安倍政権をとにかく支持するといった、心情保守派の態度と変わりません。
お互い、事の核心を見誤らないようにしましょう。

【お知らせ】

●新著『福沢諭吉 しなやかな日本精神』
(PHP新書)が発売になりました!


●『日本語は哲学する言語である』(仮)
を脱稿しました。徳間書店より7月刊行予定。
●『表現者クライテリオン』第2号
「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」
●月刊誌『Voice』6月号
「西部邁氏の自裁死は独善か」
●『表現者クライテリオン』9月号特集
「ポピュリズムの再評価」(仮)の座談会に
出席しました。(8月15日発売予定)

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自殺幇助はどこまで許されるか(その3)

2018年05月26日 23時40分59秒 | 思想


 明らかな犯罪行為と美しい幇助との間に無限のヴァリエーションがあると言いましたが、意図的な自殺とは別に、現代では、病院における末期患者の安楽死の問題が大きくクローズアップされています。
 苦痛の耐えがたい末期患者などに医師が毒物を注射して行う積極的安楽死は、本人の意思(または意思が確認できない場合は近親者の同意)にもとづくので、一種の自殺幇助です。もちろんそこには、厳しい条件が付けられます。
 これが合法化されている国はまだ少なく、スイス、ベネルクス三国、カナダ、アメリカの五州、オーストラリアの一州、韓国などです。しかし、無駄な延命措置の停止などの消極的安楽死(いわゆる尊厳死)は、日本でも、合法ではないものの、違法性が阻却されるのが普通です。
 実際に医療現場で終末期にある患者にどれくらいの割合で、延命措置の停止が行われているか、確実な資料はありません。数%に過ぎないという説もありますが、これはあてになりません。
 しかしいろいろな意識調査では、8割から9割以上が、尊厳死を望むという結果が得られています。これはほとんど全員と言っても過言ではありません。ただ、生前、意識が確かなうちに書面でリヴィング・ウィルをしたためておく人は、日本ではまだまだ少ないようです。
 筆者自身は、無駄な延命措置をしないようにとのリヴィング・ウィルを家族に表明しています。
また、もう三十年近く前になりますが、筆者は、死期の間近な縁戚者の人工呼吸器を、家族の同意を得て医師が外した現場に居合わせたことがあります。その縁戚者は、末期癌で抗癌剤を飲まされ、副作用でかなりつらい思いを味わい、結局最期もだいぶ苦しんだようです。病院側も家族の申し入れを割合素直に受け入れ、訴訟を恐れるという風はありませんでした。
 筆者の想像ですが、実態としては、末期患者で脳死状態に陥り、家族の求めがあった場合、こうした延命措置の停止は、かなり行われているのではないかと思います。表ざたになっていないだけではないのか、と。
 苦痛の緩和措置も普通に行われるようになり、終末期医療が発達している今日、8割から9割の人が無駄な延命措置をやめてほしいと望んでいるのですから、尊厳死はもっともっと公認されてよいでしょう。その方が医師も気が楽になります。
 これは価値観の問題なので強弁するつもりはありませんが、高齢者は残されることになる遺族のために、リヴィング・ウィルを積極的に書面で残しておくべきだと思います。

 また筆者は、安楽死さえ公認されてよいと考えています。
 オランダで安楽死が合法化されたのが二〇〇一年ですが、その時、実行を申し出た末期患者と医師とのやり取りをテレビで放映していました。淡々と事態は進んだのですが、仕事とはいえ、やはり医師の側にためらいと苦悩の表情がありありと見られました。死刑執行人のような気分なのでしょう。
 自殺を罪とするキリスト教国の伝統から無縁ではありえず、それはそうだろうなあと、見ていて思いましたが、反面、これは慣れの問題でもあります。法的な権威の下に命を委託され、責任を問われることもないのですから、医師も職業人としての使命を全うすべく、患者の希望には毅然として接するべきではないかと考えました。
 
 最後に、再び西部氏のことに話を戻しましょう。
 奥様を亡くされ、だいぶお体も悪くされていたようで、また、いくら言説を唱えても変わらぬ「この世」の姿にうんざりしていた様子も見られましたから、これらのことが自裁理由の大きな部分を占めていたのでしょう。
 しかし、もし日本で安楽死が合法化されていたなら、それを選ぶこともできたのではないでしょうか。入院し、事情をよく説明し、決然と意思を表明する。西部氏ならご家族を説得することも可能に思えます。そうすれば、自らの意思で死を選んだことになり、日頃の信念と合致させることもできたわけです。何よりも、人を巻き込む必要はなかった。
 彼は、現在の自然死は病院死と同じだと説いて、その事実を忌避していました。気持ちはよくわかります。入院した折に、ひそかに抜け出して、だれかと酒を飲みに行ったという話をどこかに書いていたように思います。いかにも「腕白坊主」のリーダーらしさが出ていて、僭越ながらとても微笑ましく感じたものです。もし安楽死が容認されていたら、彼のなかで「病院」のイメージも少しは違ったものとなっていたのではないでしょうか。
もうこのあたりのことについてお話を聞けないのがとても残念でなりません。

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自殺幇助はどこまで許されるか(その2)

2018年05月24日 19時32分48秒 | 思想


 さて法と道徳とはもちろん同じではありません。
違法性を問われなくても、道徳的には許されないことはたくさんあります。法はそれを管理・運用する機関が取り上げた場合のみ有効性を発揮するので、法を取り締まる機関が見逃せば罪に問われることはありません。
道徳の方が生活の全局面にその力を及ぼすので、法よりもずっと広い範囲をフォローします。しかしその分だけ、何が道徳的で何が道徳に悖るのか、その境界があいまいです。それは、法が行為だけを問題にするのに対して、道徳が意思や感情などの内面を問題にすることにも関係があります。
 また反対に、道徳上ほとんど問題がないと思われる場合でも、違法性が問われる場合もあります。過失にかかわる罪や、法に対する無知、また正しいと信じて行った行為が現行法では違法だという場合などがこれに当たるでしょう。
 しかし法と道徳とは、全く無縁というわけではなく、相互に影響を及ぼし合う関係にあります。なぜこの法があるのかという根拠は、他人を侵害すべからずという一般道徳観念に求められるでしょうし、一共同体のなかである道徳が慣習として維持されているその力は、法の順守や法による懲罰の不断の積み重ねの歴史によってこそ支えられるでしょう。

 自殺幇助は、思わずという場合もあるでしょうが、多くは、右に述べた「正しいと信じて行った行為」に相当します。
 つまり、それが許されるかどうかは、もともと法がフォローできる範囲を超えた道徳上の問題であると考えるべきです。なぜなら、幇助を正しいと信じられるかどうかは、ただまったく個別の状況次第だからです。
 ここに二つの極を考えることができます。
 一つは、縁のない人間が自殺サイトなどで自殺願望を持つ人を招き寄せて、ヘンな信念や猟奇趣味で「殺してあげる」ような場合(そんな事件がありましたね)。これは明らかな犯罪であり論外というべきでしょう。
 もう一方の極に、森鴎外の『高瀬舟』があります。
 京都の罪人を遠島に送るために高瀬川を下る舟に、弟を殺した喜助という男が乗せられていました。護送役の同心・羽田庄兵衛は、喜助がいかにも晴れやかな顔をしているのを不審に思い、訳を尋ねます。
 親を失った兄弟は仲よく助け合って暮らしていました。弟が病で働けなくなり、兄の喜助のためを思って自害をはかりますが、死にきれずに苦しんでいます。喜助は医者を呼ぼうとしますが、弟が死なせてくれと頼むので、思わず刺さった刀を抜いてやると、そこに婆さんがあらわれて殺害現場として目撃されてしまいます。いわば冤罪で流刑に処せられるのですが、喜助は申し開きもせず、罪をそのまま引き受けたのです。
 この作品には、互いを心から思いやる兄弟愛が深く絡んでいます。喜助が晴れやかな顔をしているのは、弟が自分のことを思って自害をはかったことが明瞭だからです。その心意に対する謝恩の気持ちのようなものが彼の心を浄化して、素直に刑に従わせているのです。犠牲となった弟は、彼にとっていまは仏さまに似た位置にいます。
 この場合には、喜助のいる場所は一種の宗教的な境地であって、弟を救おうと思えば救えたはずだなどと言い立てることは、余計なお世話です。喜助は法のみならず、道徳をも超えた場所にいるのです。
 自殺幇助とひとくくりに言われる行為は、以上の両極の間に、無限のヴァリエーションをもって現れるに違いありません。そのヴァリエーションを規定する条件には、次のようなものが考えられます。

①当人と幇助者との関係の濃さ
②当人の年齢
③当人が自殺したいと思うに至った事情、心境
④その事情や心境を幇助者がどこまで理解し、同情し得ているか
⑤幇助者の生活についてのこれからの見通し
⑥自殺方法についての合意の有無

 このように考えてくると、自殺幇助が許されるか否かは一般的には決められず、人々がはまり込んだ個別の状況と、当人たちがそれをどう受け取るかにかかっていると言わざるを得ません。他人がそれを判断しなくてはならないときには、それぞれのケースの具体相をできるだけ細かく知る必要があります。
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自殺幇助はどこまで許されるか(その1)

2018年05月23日 23時21分18秒 | 思想


以下の文章は、「月刊Voice」2018年6月号に寄稿した記事を、タイトルを変えて転載したものです。3回に分けて掲載します。


 思想家・西部邁氏が二〇一八年一月二一日、東京都大田区の多摩川で自裁されました。発見当時、西部氏は土手の樹木にロープで体を結びつけていましたが、手が不自由で単独作業は不可能とみられていたことから、捜査関係者は、当初から事件性を疑っていました。
 四月五日、西部氏と親交があり深く彼の思想を信奉していた二人が、自殺幇助容疑で逮捕されました。本人たちは容疑を認めています。一人は昨年九月ころから道具を用意していたという報道もあります。西部氏はかなり前から周囲に自殺の意思を周囲に打ち明けていたので、二人とも十分覚悟した上でのふるまいだったのでしょう。
 幇助が報道されるまでは、おおむね、西部氏の自裁は日頃の死生観を言葉通りに実行し、思想家としての、また一人の実存者としての自己完結性を示したものという肯定的評価が多かったようです。しかし幇助が明らかになるに及んで、ずいぶんと議論が巻き起こりました。批判的なものだけを集めてみますと、「二人には妻子があるのだから、日頃、人に迷惑を及ぼさない死に方を提唱していたのと矛盾する」「最後の番組で、一人で生まれ、一人で生き、一人で死ぬと語っていたが、その言葉を裏切っている」「手が不自由でも一人で死ぬ方法はいくらでもある」「少し裏切られたような気分だ」等々。
 それほど深くはありませんが、近年浅からぬお付き合いをさせていただいていた筆者としても、他人事のように客観的な語り口に終始するのはフェアではありませんので、少しだけ感想を述べます。
 西部氏は、ずいぶん前から自死を選ぶことを語っていました。筆者は率直に言って、「そういうことはあまり公言すべきことではないのではないか」と感じていました。
 もちろん、彼の思想は、ただ「いのちの大切さ」や「人権尊重」ばかりを声高に主張し「よく生きること」を忘れた戦後社会のだらしないあり方に対する激しい否定性を秘めていましたから、その部分ではよくわかるところがあり、半ばは共感していました(あくまで「半ばは」です)。
 しかし、言論や思想としてそのことを訴え続けることと、自分の身の処し方をどうするかとは、別問題です。そこは切り離しておいた方がいいのでは、と思っていたのです。
 このたびの「事件報道」を知って、まず、西部さん、ダンディだったのに、ちょっとカッコ悪いな、という印象を抱きました。あの配慮の行き届いた西部さんが、手伝ってもらう二人に迷惑が及ぶことを考えなかったはずはないからです。
 でも、次に思ったのは、三人の間の具体的なやり取りを詳しく知らないこちらとしては、あまりそこに介入できないなということでした。二人のほうも、自分の家族に対してはアフターケアを十分に考えた上でのことだったかもしれませんし。
 結局、これはプライベートな成り行きであり、西部思想との関係をあまり大げさに論議するのもどうかと思います。言行不一致を道義的に問題にしてもあまり意味はない。小林秀雄ではないけれど、出来上がった思想は「言葉」としてすでに実生活からは自立しているのだから、後世の人に味わい尽くされることによって、残るものなら残るべくして残るだろう――こんなところに落ち着きました。

 ところで、ここからは、西部氏個人にまつわる問題とは少し離れて、自殺幇助(または安楽死)ということを、倫理的にどう考えたらよいのかという一般的問題を扱ってみたいと思います。
 法的な面を整理しておきます。
 自殺幇助罪は、刑法202条「自殺関与・同意殺人罪」のなかに含まれ、自殺教唆罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪と並んで、六か月以上七年以下の懲役または禁錮と決められています。
自殺について、違法か違法でないかの二つの考え方があり、幇助罪もこれに準じて考え方が異なります。自殺を違法とみる場合は、当人の「責任」が阻却される形で結果的に罪に問われないことになりますが、幇助はそのまま違法とされます。また違法ではないとする立場では、自殺自体は違法性が阻却されますが、幇助は他人の意思に影響を及ぼし生命を侵害する行為だから違法であるとされるわけです。
 この二つの考え方に従って、幇助の着手時期にも違いが出てきます。
前者では、実行開始時が着手時期とされますが、後者では、自殺関与自体が独立した犯罪ですから、幇助を始めた時期が着手時期となります。薬物や道具の準備などを始めれば、それが着手時期となるわけです。
 これは、準備期間中に当人が翻意した場合、前者の場合なら犯罪として成立しませんが、後者は未遂罪が成立するという違いとして現れます。
 判例をつまびらかにしないので正確にはわかりませんが、幇助では、現実的に後者の立場(自殺を違法でないとする立場)の方が厳しい形を取るのかもしれません。

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「非行」としての保守――西部邁氏追悼

2018年05月19日 14時05分37秒 | 思想


以下の文章は、藤井聡氏が主宰する雑誌『表現者クライテリオン』(2018年5月号)の「西部邁 永訣の歌」に寄稿した文章に微細な修正を施した上で、転載したものです。ちなみに原稿執筆の時点では、西部氏の自裁を幇助した容疑で二名の人が逮捕された報道はなされていませんでしたが、報道事実の後でも、この文章には何ら変更の必要がないと考えていることをおことわりしておきます。


 思想というものを、一人の人間の血肉から引きはがしようのない言葉の塊ととらえるなら、西部邁氏が吐き続けた言葉の塊は別に「保守思想」ではない。
 いつの頃からか、かけがえのない言葉の塊を、それが政治に関わるからというだけの理由から、左翼、右翼、保守、リベラルなどという便宜的理解で片づける習慣が定着してしまった。しかし試みに、そういう分類用語を用いてわかった気になっている人々に、「あなたの言う保守とはいったい何ですか。定義してみてください」と意地悪な質問をしてみてはどうだろうか。大方は、政党名や政策の特徴などに結びつけたぼんやりした答えしか返ってこないに違いない。もう少しましな場合には、国家秩序の維持、歴史や文化伝統の尊重を信条とする思想傾向といった答えが返ってくるだろうか。
 西部氏自身、たしかに自ら「保守」を標榜されていた。その場合、国家秩序の維持や文化伝統の尊重を口にされることもしばしばだった。
しかし、「保守」という概念に関わって彼の言葉で最も頻繁に目にしたのは、「生の危機にたえず向き合いながらも、自由と秩序、平等と格差、博愛と競合、合理と感情などの対立項の一方に身を寄せずに、たえず平衡を保ち続けること」といった定義だろう。その平衡の保持から活力、公正、節度、良識といった価値が生じてくる。西部氏は、それを「保守」の理念とされていた。
 このような理念の表明の仕方自体がすでに十分個性的であって、普通の日本人がイメージする政治的な概念としての「保守」からはかなりかけ離れている。この理念は、政治的党派性を表すものと言うよりは、むしろ生き方の規範と言った方がよい。つまり西部氏の本当の思想的関心は、「我々一人一人がどのような規準によって生きるべきか」という実存的なところにあったように思えてならない。

 事実、西部氏は、集団的狂騒を嫌い、ルールやマナーを守って静かに会話を楽しむことをたいへん重要視された。たとえばそれは、ソクラテスやストア派やエピクロスら、古代ギリシャの哲人たちの高貴なたたずまいを理想としているようだった。
 もちろん静かな会話といっても、その具体的内容の多くは政治的なものであったし、その場合、よって立つポジションは、概ね世間が考える「保守」的なものであった。けれどももう少しよく詮索してみると、そこには、凡俗や衆愚を嫌悪する風が濃厚に漂っていたことがわかる。彼の批判対象が、マス社会、戦後平和主義、ヘドニズム、拝金主義、技術文明一辺倒、総合化を忘れた専門人、物質的快楽追求の象徴としてのアメリカといったものに向けられていたことによっても、そのことはうかがわれよう。
 それはあまりに鋭い否定の情熱に満ちていたので、なまなかの「保守」という器に収まりきるものではなかった。西部氏の政治言説の鋭さは、政治そのものの汚らしさ、欺瞞性を知り尽くしていた者のそれだった。現実政治に対して鋭い切り込みをするには、そういうことが必須条件となるからである。

 だが凡俗や衆愚への嫌悪という感性を芯のところに持ちながら、それでも西部氏は、あの人懐っこい頬笑みを絶やさず、政治論議という猥雑きわまる世界に可能な限り付きあった。そこには、ひとたび共感を抱いて接触をもった個々の人々に対して已みがたい親愛の情を惜しまないという、もう一つの感性が同時に働いていたからだろう。
 だから西部氏の周囲には、必ずしも信条を同じくしない多くの人々が集まった。といってもそれは、こうした独特の感性のあり方からして、多少とも社会の現状に満足しない少数派に限られるようだった。そのことに西部氏はとても自覚的だった。

 西部氏の反時代的、またあえて言えば反社会的といってもよい資質は、ずいぶん早い頃から身についていたようだ。終戦の年、六歳の早熟な子どもだった西部少年は、戦後の価値の大転換に対して、すでにして強烈な違和感を抱いたらしい。
 中学生の時、硫黄島決戦を描いたアメリカ映画を見せられ、星条旗が掲げられた時に他の生徒たちがいっせいに拍手するのに接して、一瞬何が起きたのかと思い、次にこいつらはみな莫迦で下劣だと感じたという。
 この体験は、反米思想やナショナリズムの目覚めというよりは、同胞の敗北に何の痛痒も覚えない烏合の衆の鈍感さに対する、多感な少年の激しい嫌悪と孤立感とを物語っていると言ってよいだろう。
 西部氏はまた、後に本物のやくざになる高校時代の親友のことをたびたび書かれている。両親はなくたった一人の姉はそれらしい職業についていた。しょっちゅう喧嘩で腫らした手で鉛筆を握り、猛烈に勉強していたその友人は、西部氏と最高位の成績を競い、彼の家にある世界文学全集を片っ端から借りていった。だが二年の冬にその友人は中退し、十五年後に再会した時には、重症の覚醒剤中毒でボロボロの体だったという。
 大学時代は安保闘争とその後始末で明け暮れた。ほとんど共産党に対する反逆としてだけ意味を持ったブント(共産主義者同盟)に迷わず属した西部氏は、二十五年後に、同志たちの群像について、『六〇年安保 センチメンタルジャーニー』という秀逸な一書をものする。中で彼は、ブント自体を非行者の群れと位置づけ、次のように書いている。

多数者のとは目立った形で異なる素行、それが非行なのだとすると、否応もなく非行者を模索するのが私の交際法である。私自身は目立つまいと努めるのだが、非行者との縁が私をひきつけて已まないのである。(中略)畢竟してみるに、ブント体験が私にもたらしてくれた最大のものは、非行者との縁を断つことの不可能を教えてくれた点にある。

 このアウトロー的感覚が、逆説的に西部氏の社交性に連続している。この書が書かれた直接のきっかけは、安保闘争のアンチヒーロー・唐牛健太郎の早すぎる死である。しかしその筆致の底にあるのは、かつての同志であった「非行青年たち」に対する西部氏特有の判官贔屓と呼んでもよい人情のあり方である。次の一節がそのことを証し立てている。

いったい私はスターリニストから被害を受けたのであるか。被害はほとんど零である。それなのにスターリニストに屈服できなかったのは、またしても私流の馬鹿気た動機からである。私は島成郎や唐牛健太郎や青木昌彦がスターリニストによって葬り去られるのを座視できなかった。彼らは私より年長で、さして親しい間柄というのではなかったが、いかんせん、彼らの話し方、笑い声、身振り手振りまで知ってしまったのである。》(太字は引用者)

 この書が出版されてから二年後に西部氏は東大を辞職されている。それ以前からやめたいやめたいと周囲に漏らしてもいた。教授陣の何割かは精神疾患にかかっているという意味の言葉もあった。しょせんは自分を容れる器ではないと見限られたのだろう。遅まきながら「非行」を復活させ、さらに『発言者』『表現者』と思想表現の場を自前で作り上げ、そこでようやく「非行」を存分に発揮することができたのだと思う。

 西部氏は道徳や規範や憲法についても多くを語られた。そこにはもちろん、アメリカに魂を奪われ、自主独立の気概をなくしただらしない戦後社会への憤りが込められていただろう。
 しかしデラシネとして自らを規定され、道徳を語るときには、自分にはその資格がないと含羞の言葉を枕に置くことをいつも忘れなかったところを見ると、西部氏のなかには、秩序に対する強い渇望のようなものが潜んでいたのかもしれない。それはしばしば、「保守」という言葉が醸すイメージとは程遠いラディカリズムを含んで現われた。
 前掲書には「保守のかかえる逆説とは、熱狂を避けることにおいて、いいかえれば中庸・節度を守ることにおいて、熱狂的でなければならないということである」という言葉も見える。
 この荒ぶる魂は、現世でついに安らぎの場を得られなかったようである。その魂を受け継ぐと安直に言うまい。ただご冥福をお祈りするばかりである。
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高度大衆社会における統治の理想

2018年05月15日 23時31分50秒 | 政治


前回このブログに、「誰が実権を握り、日本を亡国に導いているか」という記事を投稿し、多くの方の支持をいただきました。
またこれとほぼ同じ記事を三橋貴明氏主宰の「新」経世済民新聞にも投稿し、ここでもかなり好評でした。
これらの支持をお寄せくださった方に感謝いたします。
しかし中には、「右顧左眄していて、何を言いたいのかよくわからない」といった意味のコメントもありました。
こうしたコメントを寄せる人々には、失礼ながら、もう少し正確な読み取り能力を養っていただきたいと思います。
もちろん、これ以外にも見当はずれなコメントは多々あります。

再読していただければわかりますが、筆者の言いたいことは明瞭です。
要するに、いまの日本の政治で実権を握って日本を動かしているのは、必ずしも安倍首相ではなく、まして与党の有力国会議員でもなく、国民の前に姿を見せない財務官僚たちと、内閣直属の各種会議の「民間議員」と称するグローバリスト委員たちなのです。
国民は、空しい議論に明け暮れる国会の動きや政局の今後などより、まず何よりも、そのことにもっと気づくべきだというのが、その趣旨です。
ちなみに筆者の論考は、何ら安倍首相や安倍政権を擁護するものではありません。
もとよりこの政権の経済政策が、日本を一歩一歩後進国化へと導いていることは確実ですし、国政の最高責任者が安倍総理大臣である以上、その最終責任が安倍氏その人にあることは論を俟ちません。

ところで、昨年七月、このブログに、「劉暁波氏の死去に際して、自由について考える」と題して書いたのですが、
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/7696149109a06090abb7709bc9827b41
日本の言論状況は、なまじ「言論の自由」が形の上で保障されているために、諸説乱立のまま放置されています。
政府関係者も、野党も、マスメディアも、学者も、ネット言論も、みんな勝手なことを唱えて、ほとんどだれも責任を取ろうとしません。
まともな議論がいまの日本には成立していないのです。
いくら正しいと思えることを、論理と証拠を挙げて論じても、声のデカい勢力の洗脳にたぶらかされ、聞く耳を持たなくなった人たちが圧倒的多数を占めていて、「暖簾に腕押し」の状態です。

もちろん、中には少数ながら、こうした状況にもめげず、繰り返し正論を唱え、それに見合った実践をしぶとく行っている人々もいますから、絶望してはなりません。
じっさい、この人たちの努力が少しずつ浸透している兆候はあります。
たとえば、自民党の三回生議員が中心となって作られた「日本の未来を考える勉強会」(代表・安藤裕衆院議員)が、このたび消費増税凍結やPB黒字化目標の撤回を求める提言を発表し、安倍首相に、6月に予定された「骨太の方針」に反映するよう要求することを決定しました。
これなどは、そのよき兆候を明確に示しています。
この会は、30人ほどによって構成されています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30361800R10C18A5EA3000/
筆者は、この会を心から応援するとともに、ますます勢力を伸ばすよう祈りたいと思います。

ただ、「言論の自由」なるものがいまの日本の大勢のような状況を呈していると、こうした兆候だけではまだまだ足りず、言論人の端くれとしては、この「暖簾に腕押し」状態をどのように打開したらいいのか、と頭を悩ませざるを得ません。
社会批判、政権批判の有効性について考えるとき、やはり念頭に置かなくてはならないのは、高度大衆社会という苛立たしい現実です。
高度大衆社会とは、先進民主主義社会の必然的な帰着点と言ってもいいものです。
その条件は以下のとおり。

(1)経済的な豊かさがそこそこいきわたっている。
(2)高等教育がそこそこいきわたっている。
(3)誰にも言論の自由があることが法的には保証されている。
(4)誰にも政治参加の機会が一応は与えられている。
(5)マスジャーナリズムが不必要なほど肥大している。
(6)情報技術が高度に発達している。
(7)主権者であるはずの国民が中央政治やマクロ経済に真剣な関心を示さず、簡単に割り切る習慣を身につけている。
(8)世論なるものが、マスジャーナリズムの印象操作によって形成される。
(9)災害時の風評被害の例のように、情報伝達のスピードと不正確さが背中合わせになっている。
(10)豊かさに陰りが見え、格差が開くと、ルサンチマンが強い力を持つ。

こうした状態が長く続くと(続いているのですが)、実権を握る者たちの大衆操作がしやすくなる反面、民衆が、それとは必ずしも連続しない感情的な世論に迎合しやすくなります。
また情報発信が誰にでもできるので、深い考えもない人々が一丁前に意見を言うことで、「自己実現」を果たした気になります。
それらの多くは、大局を見逃した些末な問題に偏りがちになります。
つまり政治の表面にあからさまな権力者(皇帝など)が君臨していなくても、国家や国民生活の命運を左右する重大事が、慎重な議論もされないままに、いつの間にか空気や時々の勢いによって、決定されて行ってしまうのです。
かくして、高度大衆社会こそ、全体主義の生みの親です。
全体主義というと、だれもがヒトラー・ナチス・ドイツや、ソ連のスターリニズムを思い浮かべますが、現代の全体主義は、一人あるいは少数の権力者によって作り出されるのではありません。
民衆の一見不統一な集合のうねりそれ自体が、すでに全体主義なのです。
形式的な権力者は、高度大衆社会では、民衆に迎合せざるを得ず、その点でむしろ無力です。

こうした状況に対処するには、次の方法しかありません。
よく考えることにおいて卓越した能力を持ち、公共精神あふれる者たち(真のエリート)が、権力者に実際に働きかけ、適切な政策提言をし、時には政権に一定のポストを占めることです。
以前、このブログで、「新」国家改造法案として提案したことがあるのですが、
これを少しでも実現するためには、まず上のような人たちによる、「スーパー・シンクタンク」のようなものを作る必要があります。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/fee57cf113cc09fe54fde5299f6fb1b0
こういう人たちが少なくとも10人集まって、定期的に会議を開き、これからの日本の進むべき方向を決めていくのです。
これは、政権が代わっても存続する必要があります。
それだけの権威を維持するのに何が必要か、どうやって権力に食い込むのか、それを考えるのがさしあたっての課題です。
この発想は、プラトンの「哲人国家」論に近いものがあります。
筆者は、プラトン思想に必ずしも共鳴するものではありませんが、彼がペリクレス時代の民主政治にたいへん批判的だった点には、共感できるところがあります。
プラトンは、衆愚政治が師のソクラテスを殺したと考えていました。
真のエリートを活かすことができない現代でも、基本的な問題点は変わっていないのではないでしょうか。

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お知らせ一部修正とお詫び

2018年05月08日 12時52分59秒 | 思想


前回のお知らせで、拙著『福沢諭吉 しなやかな日本精神』の発売を予告いたしましたが、
内容の一部に変更が生じましたので、改めてお知らせいたします。

定価が864円+税となっておりますが、これは、アマゾンに掲載されている価格です。
現時点(2018年5月8日)では、アマゾンに予約お申し込みをしていただければ、この価格で購入できます。

しかし、正式な価格は960円+税です。
この食い違いは、版元とアマゾンとの間での手違いによるものです。

近々、アマゾンでの表示も960円+税に書き換えられることが予想されますので、
購入ご希望の方には、お早めにご予約いただくことをお勧めいたします。

修正してお詫び申し上げます。

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お知らせ

2018年05月02日 22時42分02秒 | 思想


5月17日(木)
拙著『福沢諭吉 しなやかな日本精神』(PHP新書)
が発売になります。
日本の独立のために何をなすべきか。攘夷思想とも欧米崇拝とも一線を画した福沢の「しなやかで強靭な日本精神」に肉迫する刮目の書。
定価864円+税
アマゾンで予約受付中!
https://www.amazon.co.jp/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89-%E3%81%97%E3%81%AA%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B2%BE%E7%A5%9E-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B0%8F%E6%B5%9C-%E9%80%B8%E9%83%8E/dp/4569840507/ref=sr_1_fkmr1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1525269838&sr=1-1-fkmr1&keywords=%E7%A6%8F%E6%B2%A2%E8%AB%AD%E5%90%89%E3%80%80%E3%81%97%E3%81%AA%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B2%BE%E7%A5%9E
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誰が実権を握り、日本を亡国に導いているか

2018年05月02日 00時42分54秒 | 政治


GWたけなわですが、やはり大切なので、堅苦しい話題を。

財務省の不祥事が続く中、与党の中からは解散総選挙の声も出ています。
森山国対委員長が4月25日、「内閣不信任決議案が出されれば、衆院解散も一つの選択肢」と述べましたが、二階幹事長はこれを否定しました。
これはたぶん合意の上の役割分担でしょう。
解散されては困る野党へのちょっとした脅し。

万一総選挙ともなれば、国民の政治参加の機会というわけで、マスメディアはこぞって大騒ぎし、国民もつられて、その経緯をめぐって否応なく興奮します(筆者も少しは興奮しますが)。
しかし、以前にも書きましたが、国会議員の勢力分布がどうなるかに関心を集中させることが、本当にいまの政治の動きを理解したことになるのか。
答えはNOです。

なぜならまず第一に、いくら野党が安倍政権打倒を叫ぼうと、力関係が違いすぎます。
政権支持率が下がっても、選挙結果は大勢に変わりないでしょう。
解散をチラつかせられた野党の焦りがそれをよく示しています。

第二に、これが重要なのですが、いまの日本の政治を現実に動かしているのがどういう勢力かということを、多くの国民はあまり認識していません。
総選挙などがあると、何党が何人当選したかがいかにも日本の政治の焦点であるかのように見えます。

日本の政治を現実に動かしているのは、第一に財務省と総理官邸とのせめぎ合い、第二に内閣府の下にある経済財政諮問会議、規制改革推進会議、また経済財政諮問会議と連携している日本経済再生本部傘下の産業競争力会議(2016年9月より「未来投資に向けた官民対話」と統合され「未来投資会議」と改称)などの政府諮問機関の動向です。
やたら何とか会議という漢字が並び、名前を聞いただけでも引いてしまいますね。
ちなみに安倍首相は、規制改革推進会議以外の二つの議長を務めています。
でも議長職ってそんなに実権を握っていませんよね。
つまり、国民の見えないところで財務官僚やこれらの諮問機関の委員たちが大きな力を振るっているのです。

さて第一のせめぎ合いは、消費増税やPB黒字化の達成を目指す財務省と、これを本音では拒否したい安倍首相との、長きにわたる暗闘を意味します。
この暗闘の事実を打ち消して、安倍政権を全否定する向きもあります。
筆者はけっして安倍首相の肩を持つわけではありません。
ダメなところが山ほどあります。
しかし不正確な認識にもとづいて、財務省も安倍も一蓮托生としてとらえてしまうと、
何と戦うべきかが見えなくなります

事実、安倍首相は2014年の増税に懲りて、10%への増税を二回延期しました。
また、2017年の閣議決定(骨太の方針)では、それまで書かれていた「10%への増税」の言葉が消えるとともに、新たに「財政健全化」の方向性として「債務残高対GDP比」という正しい概念が書き加えられました。
残念ながらPB黒字化の方も残ってしまったのですが。
これは両論併記ということになるので、一体どちらが本筋なのかわかりませんね。

有力自民党議員のほとんどは、財務省に洗脳され、増税やPB黒字化が正しいことだと信じてしまっています。
安倍首相はこの面では孤独なのです。
財務省の度重なる不祥事が財務省を委縮させ、今年6月の骨太の方針でPB黒字化を抹消せざるを得なくなるという好影響を及ぼすといいのですが。

さて第二の各種諮問機関の動向ですが、ここには「民間議員」と称する輩が幅を利かせています。
未来投資会議(旧産業競争力会議)の首魁は、何といっても、あの竹中平蔵です。
他に経団連会長・榊原定征、東大総長・五神真、日立製作所会長・中西宏明といったお歴々がそろっています。
この人たちは、空港や水道などインフラの運営権売却の前倒しを提言しました。
つまりグローバリズムの申し子たちなのです。
またいわゆる「働き方改革」の内実である残業代ゼロ制度を推進しています。
この会議の前メンバーだった経済同友会代表幹事・長谷川閑史は、「ブラック企業に悪用されることはない」と発言しました。
安倍首相もこの動向には逆らえない様子がうかがえます。
というか、彼自身もグローバリストで規制緩和論者ですから、彼らの提言を積極的に支持しているというべきでしょう。

また、最も政権中枢に近い(中枢そのものと言ってもよい)経済財政諮問会議のメンバーには、「民間議員」として、榊原定征が二股をかけて名を連ねています。
他に財務省の御用学者・伊藤元重、日本総合研究所理事長・高橋進、サントリーホールディングス社長・新浪剛史といった「錚々たる」顔ぶれです。
すでに三橋貴明氏が4月27日のブログで暴いていますが、
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/day-20180427.html
以上四人は、4月24日の会議で、「地方行財政改革の推進に向けて」と称して、そのタイトルに背反するとんでもない亡国資料を提出しています。
それによると、
一般財政の総額に目安を設ける
つまり歳出を制限するということですね。

PB黒字化に向けては、税収増を地方歳出の増加に充てるのではなく、債務残高の引き下げに充てる
つまり「政府支出」ではなく、すべて「借金返済」に充てるというのです。
これでは、GDPになんら寄与しないことになります。
いや、その分だけGDPが減ることになります。
税収増は支出として市場に還元されず、返す必要のない「返済先」、つまり日銀当座預金残高のなかに消えます。

歳出についても不断の見直しを行っていく
つまりデフレ期に、なんと節約を奨励しているのです。

ちなみに「税収増」と言っていますが、消費増税によって税収増が見込まれることを自明の前提にしている点もおかしい。
増税で消費も投資も一層冷え込んで、その結果税収も減ってしまう可能性がきわめて大きいのに。
これは97年の橋本内閣の時に3%から5%への増税で実際に起きたことです。

こんなに政治も経済もわかっていない愚かな連中が、実際に日本を動かしているのです。
もりかけやセクハラなどをめぐる国会での与野党の、ほとんど意味のない攻防だけが報道されていますが、あんなものは時間と金の空費だけで、日本の政治を動かす何のきっかけにもなりません。
せいぜい財務省のデカい面を少しはげんなりさせるくらいでしょうか。

国民は、マスメディアの垂れ流す情報に惑わされず、国家の実権をだれが握り、どんなひどい方向に持っていこうとしているか、そのことに視線を集中させるべきなのです。
財界のボスや御用学者や無能なエコノミストによって構成される「民間議員」をまず追放せよ


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道徳過剰社会の弊害

2018年04月26日 14時07分33秒 | エッセイ


大学のゼミで、筆者自身が2006年に書いた短いエッセイ(『子ども問題』ポット出版所収)を配布して、その感想文を書いてもらいました。
書き手が筆者であることは最後まで伏せておきました。
以下にその全文を転載します。

 私は自宅近くのバス停に近づいた。バス停の後ろにベンチがあり、四年生くらいの可愛い小学生の男の子がひとり座っている。私が彼のとなりに腰掛けると、彼はちらと私のほうを気にする素振りを見せた。
 ほどなくバスがやってきた。彼と私とはほとんど同時に立ち上がり、バスの扉が開くのを待った。すると、男の子がふいに、はにかみを含んだ小さな声で「どうぞ、お先に」と言った。
 もちろん先に来ていたのは男の子である。順に乗り込むのが当然だから、私は一瞬、彼がなぜ譲るのかその真意がつかめず、思わず「え? どうして?」と優しく尋ねてみた。男の子は何も答えずかすかにもじもじしただけだった。
 扉はすでに開いている。私はそれ以上詮索するのもどうかと思い、黙って先に乗り込んだ。私は奥の方に座り、男の子は最前席に座った。
 私はそれから、バスを待つほんの短い間に男の子の心に何がよぎったのか考えてみた。そうして、あ、そうかと思い当たった。彼からすれば、私は相当の老人に見えたに違いない。
 私はまだ59歳だし、歳よりはいくらか若く見える方だと自認している。その日は体調も悪くなく、身なりもそれなりにぴしっとしていた。
 でもそういうことは男の子にとって関係ない。白髪で皮膚がそれなりにたるんでいれば、彼くらいの歳の子から見れば、みな「お年寄り」である。彼はおそらく、「お年寄りには席を譲りましょう」という日頃口やかましく叫ばれている「公衆道徳」の声を、自分なりに拡張して適用したのだと思われる。
 バスはもしかしたら混んでいるかもしれない、この「老人」を先に乗せてあげて、空席があるなら座らせてあげよう……ざっとこんな考えに男の子の小さな胸は支配されていたのだろう。
 以前にも一度、優先席に座っていた女子中学生に席を譲られて断ったことがあったが、少年少女の目には自分がもはや「老人」としか映らない事実に苦笑を誘われたものだった。
 しかしここではその種の私的感慨を述べたいのではない。
 私はひねくれ者なので、立派に振る舞おうとする子どもたちを「偉いねえ」と素直に受け入れる気になれないのである。といって彼ら自身を非難する気持ちは毛頭ない。むしろそのけなげさが、何だか不必要に繊細過敏で、痛々しく感じられるのだ。
 こうした「公衆道徳」という名のイデオロギーがいたいけな年少者の生活意識にまで浸透している社会というのは、はたして健全なのだろうか。いや、活気ある社会と言えるのだろうか。
 いまメディアを通じて、さまざまなかたちでモラル・ハザードのイメージが私たちの社会意識に植えつけられている。その危機意識を受けて、たとえば保守派の「教育改革」の声は、「国を愛する心」「心を重視する道徳教育」「家族の再興」などのスローガンで埋め尽くされている。
 でもこうした流れは、どうも的を外している気がして仕方がない。基本的な状況認識のレベルからその妥当性を検討する必要があろうし、「意識改革しなければならない」式の論理の強調が、いまの複雑化した社会に対する提言として有効とは思えず、時としてヒステリックにしか響かないからである。


感想文の中には、このエッセイの論旨をきちんととらえた上で、それについて的確な感想を述べたものもありましたが、それはごくわずかでした。
大半は、こうした公衆道徳がいきわたることはたいへん良いことだとか、自分は以前、老人に席を譲ろうとしたら怒られたことがあったので、席を譲ることにためらいを覚えるとか、子どもには老人の年齢を見分けるのは難しいだろうとか、この子はまだ幼いのにとても偉いといったものでした。
そもそもこの文章は、「車内で席を譲る」問題について書いたものではありません。
また、後半を読めばわかるように、過剰な道徳的配慮がいきわたるような社会は、活力を失っているのではないかという問いかけをしたものです。
それが読み取れないのは、学生のレベルの問題もあるでしょうが、ここで言いたいのはそのことではありません。

学生たちもあるイデオロギーに馴致されきっているのです。

活気のある社会なら、男の子は元気よく真っ先にバスに乗り込んでいくでしょう。
数十年前だったら必ずそうしたはずです。
しかもここに書かれているのは席を譲る話ではなく、バスを待つ順番についてなのですから、男の子が先に乗る方がルールにかなっているわけです。

もう亡くなった医事評論家の永井明氏が『ぼくが医者をやめた理由』(角川文庫)という本のなかで、次のようなことを書いています。
休暇でウィーンに行った折、電車のなかでついウトウトして、ふと目を覚ましたら、周りの乗客たちが一斉に自分のことを怖い目でにらみつけている。
見れば目の前には老婆が立っている。
慌てて立って、次の駅で降り、心のなかで捨て台詞を吐いた――ウィーンはオペラもワインも素敵だったが、道徳心に金縛りになって元気者の足を引っ張るようなこんな街には二度と来てやるもんか、と。
筆者もこの永井氏が抱いた感慨に賛成です。
これは何十年も前の話ですが、ウィーンのように伝統だけをよりどころに成り立っているヨーロッパの街のいくつかは、すでに「老化」してしまっていたのですね。

公衆道徳を守ることはもちろん大切ですが、そういうことにばかり頭や心を費やすような国や都市は活気を喪失していて、他にやることがなくなっている証拠です。

さて、いまの日本もこうなりつつあるのではないでしょうか。

日本はいま、犯罪も交通事故も減り、若者は妙にお行儀がよくておとなしくなっています。
それはたいへんいいことですが、いいことは二つありません。
社会全体としての「老化」ということはやはりあるもので、おそらくそのためでしょう、マスコミも議会も政治家や官僚の道徳問題だけを議題にして大騒ぎし、国内経済の衰退や国際環境の変化に対する危機意識も持たず、隣国には侮られるばかりです。

ここでは、日本を衰亡に追い込んでいる政治的理由については書きません。

今年から小中学校で「道徳」が正式の教科となり、教科書までできました。
しかし、治安も公衆道徳もよく、礼儀正しい若者が多くなっているいま、なぜこんなことをする必要があるのでしょうか。
また、学齢に達した子どもたちは、果たして生活の基本事項について、やってよいことといけないこととの区別を知らないでしょうか。
こういうことは、幼児期の家庭でのしつけで、大多数は身につけているはずです。
もちろん中には逸脱行為に走る子もいますが、それは性格的な問題か、群衆心理によるもの、家庭環境が劣悪であるなどの理由があります。
彼らのほとんどは知っていながら、悪さや非行に走るのです。

学校に入ってから道徳心を養おうとしても、それは有効ではありません
問題生徒がいたら、個別に解決に当たるしかないのです。
これまでも「道徳」の時間はありましたが、学生たちに聞いてみると、何をやっていたのかさっぱり記憶にない、との声が大半でした。
予言しますが、正式な教科になっても、事態はけっして変わらないでしょう。

私たちは、道徳に過剰に配慮する社会が、じつはその裏面で活力を喪失しているのだということに気づくべきです。
その上で、活力を取り戻すためにはどうすればいいのかを考えることにしましょう。

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福沢は完璧な表券主義者だった・その2

2018年04月07日 12時58分35秒 | 思想


福沢は、開国以降、国際的取引では金銀が本位通貨となるので、紙幣の発行に関して警戒すべきことを、実例を挙げて示しています。
まず国内での物価高は、不換紙幣の名目として高くなっているだけで、金銀との関係では、逆に低いこともありうると注意を促します。
もしそういう時期に輸出をすると、その輸出品は、より少ない量の金銀としか交換できないので、それで得た金銀は、国内で紙幣と両替すれば、値打ちの低い物品と同じということになります。
つまり損をしてしまうわけです。
現在の為替変動相場制における円高期(少ない額のドルとしか交換できない時期)の輸出と似ていますね。

福沢は、幕末期にこういうことになったのは、わが国で紙幣と同じ名目価値しか持たない一分銀を通用させ、金と銀との実質的な割合についておろそかだったからだと指摘します。
その上で、これを防ぐには、万国普通の相場に従って(つまり欧米の基準に合わせて)金と銀との価値の比率を定め、その貨幣の名目に準じて紙幣を発行するしかないという提案をします。
癪な話ではあるが、開国してしまった以上、通貨問題は国際標準に合わせざるを得ないというわけですね。

さらに彼は、国内での通貨の安定を保つ方法にも言及しています。
紙幣と同時に少し金貨銀貨を混ぜて通用させ、これを通用の目安とします。
そして絶えず通貨量に対する監視とコントロールを怠らないようにします。
金銀の一円と紙幣の一円とがだいたい同様に通用している時には通用している紙幣量は適切であると判断し、紙幣の相場が金銀に比べて下落した時には、紙幣過多とみて回収するというのです。
この場合、金銀は、物価の代表を意味することになり、ただの商品として扱われていることになります。
これは当時のインフレ対策としては、卓抜に思えます。

前回、福沢が金本位制度を飛び越して、現在は当然とされている管理通貨制度の考え方を先取りしていたと書きました。
ここで本位貨幣制度と管理通貨制度の違いについて簡単に説明を加えておきましょう。

金本位制とは、一国の金の保有量に従って通貨量を決める制度で、商品価値もこれによって決まります。
本来は金を通貨として流通させる建前ですが、実際には一国の経済活動にとって金の量が十分とは限らないので、金と交換可能な兌換紙幣や補助貨幣を発行して間に合わせる形を取ります。
そのため政府は常に相当量の金を準備しておかなくてはなりません。
それが政府に対する国民の信用を保証するからです。
紙幣は国際的には通用しませんから、国際取引は普通、金で行われます。
すると、金の保有高の多少が一国の経済力にとって決定的となり、それによって物価は常に不安定にさらされます。
稀少にしか存在しない金の争奪戦も起きます。
先に述べた金属主義とは、こうした貴金属に価値決定の基準を置く考え方で、人々の経済的価値観は、金銀という具体的な「モノ」に依存することになります。
どの国もずっと昔からこの社会心理に支配されてきましたが、これは、貨幣というものの本質(借用証書または預かり手形)を理解しない間違ったあり方です。
経済学者のケインズは、福沢がこの論考を書いてから約50年後に、金本位制復活を唱えたチャーチルを批判して、「金本位制度は未開の遺物だ」とようやく喝破しました。

これに対して、管理通貨制度は、「モノ」の保有にいっさい依存せず、通貨当局(政府及び中央銀行)が、物価、経済成長率、雇用状態、国際収支など、自国の経済情勢を常ににらみながら、それに応じて通貨の発行量を決める制度です。
この制度は、貨幣価値が貴金属などの「モノ」に拘束されるのではなく、経済活動をする人々(政府も含む)の相互信用にかかっているという考え(表券主義)を徹底させたものです。
この制度では、原則として通貨当局はいくらでも通貨を発行できます。
国民が政府・中央銀行を大筋で信用し、政府・中央銀行が極端なバカ政策に走らない限り、この制度が揺らぐことはありません。
つまりこれは、貨幣価値の源は「モノ」に宿るのではなく、人間どうしの関係のあり方に宿っているという正しい経済哲学が基本になっています。

福沢は、管理通貨制度の原理を周囲に先駆けて展開していたばかりではありません。
本当は金準備は必要ないのだが、長きにわたる習慣からくる民衆の人情を忖度すれば、若干の金準備は必要だとまでことわっているのです。
そのフォローの手厚さには舌を巻かざるを得ません。

こういう考え方を当時の政府の財政事情の苦しさに鑑みて、楽観主義と批判する経済学者もいるようですが、楽観主義かそうでないかといった政策論的な批評は問題になりません。
福沢がここでなしていることは、通貨とこれを管理する政府との関係に関する「原理」の展開であり、それゆえ、普遍的に当てはまる理論なのです。少し長くなりますが、ここはぜひ原文を味わっていただきましょう。

《かくのごとく内外の事情に注意して、紙幣と金銀貨との間に大なる差もなくしていよいよ安心の点にあれば、準備金はほとんど不用のものなり。元来通貨の行わるるゆえんは、前にも言えるごとく、開けたる世の中に欠くべらざるの効能あるによってしかるものなれば、今世間の商売に定めて入用なる数の紙幣を発行するときは、その通用は準備の有無に関係あるべからず。》

《しかりといえども、余は初めにほとんど不用なりと言えり。このほとんどの字は、ことさらにこれを用いたるものなれば、等閑に看過すべからず。準備の正金は、経済論において事実不用なれども、いかんせん今の不文なる通俗世界においては、千百年来理屈にかかわらずして金銀を重んずるの習慣を成し、ただ黄白の色を見て笑みを含むの人情なれば、いかなる政府にても、紙幣を発行して絶えて引き替えをなさざるのみならず、公然と布告して政府の金庫には一片の正金なし、この紙幣は百年も千年も金銀に替えることあるべからずと言わば、人民は必ず狼狽して、事実入用の紙幣を厄介のごとくに思い、様々にこれを用いんとして無用の品物を買入れ、物価これがために沸騰して紙幣もいわれなく地に落つることあるべし。これを西洋の言葉にてパニクと言う。根も無きことに驚き騒ぐという義にして、はなはだ恐るべき変動なり。ゆえに愚民の心を慰むる為には多少の準備金なかるべからず。これ即ちそのほとんど不用にして全く不用ならざる由縁なり。》

 このほかに準備金が必要なケースとして、福沢は、不時の災害や飢饉、戦争などのために物資が不足して輸入に頼らなければならない時を挙げています。
結局、政府が金銀をいくらか準備しておく必要は、①紙幣発行額の目安として市場に少し混入させるため、②金属主義に取りつかれた「愚民」の不安を鎮めるため、③不時の異変に遭遇した時の輸入のため、の三つということになります。

完全な管理通貨制度が定着している現在では、①は主として日銀の公開市場操作(公債の売り買いによる金利の調整)、②は不要、③は外貨(ドル)準備残高の維持によってそれぞれ保障されているわけです。
この段階では、金銀などの貴金属は、貨幣としての特権的地位を保てず、ただの「商品」に下落しています。

こうして、140年も前の日本で、経済の専門家でもない一人の思想家が、貨幣の本質と妥当な通貨制度のあり方について、ここまで考えていたのです。福沢は、経済に関しては、おそらくアダム・スミスとJ・S・ミルくらいしか読んでいなかったでしょう。
しかもこの二人はいずれも金属主義者でした。
「経済学」など学ばなくても、社会を正確に見る目さえあれば、経済についてこれだけのことができるのです。
まことに心強い限りではありませんか。

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