小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

全体主義体制下で考えるべき事

2021年01月22日 12時10分36秒 | 思想

PCR検査を診断に用いてはならないと警告したキャリー・マリス博士

アメリカでは、すったもんだの挙句、バイデン政権が誕生してしまいました。「カナダ人ニュース」という動画を送り続けているカナダ在住の優秀な若者が、大統領就任式を「養護老人ホーム入所式」と皮肉っていました。言い得て妙です。
バイデン新大統領は、まるでロボットのように、矢継ぎ早に大統領令にサインしています。パリ協定復帰、WHO脱退中止、メキシコ国境の壁建設中止、100日間のマスク着用義務付け、テロ防止のための特定イスラム諸国からの入国制限を撤廃、カナダからメキシコ湾までの原油パイプライン建設中止・・・・・。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN20EPJ0Q1A120C2000000?unlock=1

すべて、トランプ政権時代の政策を急速にひっくり返すために行なわれています。
これら一つ一つについて言いたいことは山ほどありますが、あらかじめ宣言されている政策提言でバイデン政権の性格を如実に示すものとして、特に重要なのは、次の2つでしょう。
①米国在住の不法移民に市民権を与える。
②最低賃金を7.25ドルから一気に15ドルにまで上げる。


①の政策は、法秩序の無視という点で、けっして倫理的に許されるものではありません。しかしそれよりも問題なのは、この安易な理想主義的政策がどういう効果を引き起こすかです。
移民問題は、世界中で混乱を招いてきました。移民は安い賃金で我慢するので、国民の賃金の低下競争につながり、今まで家族を養えていた人びとが食べられなくなります。それだけではなく、さまざまな文化摩擦を生み、国民を分断させる大きな要因になります。治安は悪化し格差もいっそう開くでしょう。
不法移民を認めるという情報を聞いたホンジュラスの人たち(9000人?)が、「キャラバン」と称してグアテマラ経由でメキシコを通り、アメリカに押し寄せつつあります。これはトランプ政権時代にもありましたがメキシコ国境でグアテマラに押し返されました。しかし今回は、バイデンが不法移民を認めようというのですから、押し返すのは難しいでしょう。良好だった米墨関係も危ぶまれます。
法秩序を壊し経済を混乱させるこういう政策を新政権は平気で取ろうというのです。
この「キャラバン」については、誰が考えても、領導する勢力がいるに違いありません。

②は、一見労働者救済策のように見えますが、すでに極左勢力のメッカであるシアトルで実験済みです。物価が高騰し、給料を支払えなくなった中小企業の多くがつぶれ、失業者があふれました。
https://www.youtube.com/watch?v=BpKrF0KEOrU&feature=share&fbclid=IwAR2wYegU4KPRvNNKZuPGohzR0B1aAwu8vrsZmR867S66hhOPjlwDKl9r9xE
GDP成長率と雇用を劇的に改善したトランプ政権の政策を真っ向から壊そうというのです。

バイデン一族が習近平を始めとした中共上層部と、ずっと以前から親しい関係にあることはすでにいろいろな形で伝えられています。次の情報がその癒着ぶりを具体的に示すよい例です。
https://www.youtube.com/watch?v=MkU9I-FEepw&feature=share&fbclid=IwAR28e_igtwwjIj0Cn3pqWpJ7RUP6q1e5vSgVWVw3NGLa_aG1rErtJg58Tl0
前回のメルマガで、「自由を国是に掲げる最先進国・アメリカが中共全体主義によって中枢まで侵蝕され、民主主義体制が崩壊の危機に瀕している」と表現しましたが、もちろんこれは単なる政治的な危機ではなく、経済的な共産主義化をも意味します。
https://38news.jp/politics/17392
上記の二つの政策は、いずれも中間層を脱落させ、国民の貧困化を作りだす意図に基づいています。バイデン自身はボケ爺さんですから気づいていないでしょうが、その背景には、中共が時間をかけてアメリカ国家全体を共産主義体制にする周到な計画(アジェンダ)があるのです。今回の「目的のためには手段を選ばない」無法な選挙のやり口とその「成功」は、この計画の第何段落目かが成就したことを示しています。
国民の中間層が脱落し、大多数が貧困化すれば、毎日の生活に追われるのがやっとになり、社会的発言力は低下し、政治的な無関心が常態となり、さらに、人と人との紐帯、協力体制が解体します。またほとんどの人が情報弱者となりますから、一握りの支配層がいくらでも虚偽を垂れ流し、自分たちの都合のいいように法を作り替え、人権を無視して厳罰を与え、政府に少しでも批判的な言論はすべて封殺し、あらゆる自由を国民から奪うことが可能となります。つまり全体主義の完成です。

ところで、いま述べたような事態は、やや形が違うものの、わが日本ですでに起きていることです。その中にいると気づかないだけなのです。
安倍政権時代に緊縮財政と増税による国民の貧困化がなされ、各産業へのグローバリズムによる外資の侵略が進み、日本共同体が長きにわたって作り上げてきた雇用制度が有名無実化し、移民政策が公然と取られ、国土は中国に奪われ、民主主義制度が単なる政権正当化のアリバイと化し、実権は一部官僚と竹中平蔵のような「民間議員」が握るようになりました。
これを受け継いだ菅政権は、露骨にこの道を進んでいます。アトキンソンなる不良ガイジンに言われるがままに、生産性向上の名目で中小企業の整理を提唱し、「最低賃金」を掲げてさらに中小企業を苦しめ、種苗法改定を断行し、コロナ禍による休業補償はほとんど行わないままに緊急事態宣言を発動し、時間制限を守らない飲食業には罰則まで設け、ワクチン接種の情報をマイナンバーにひも付けし、コロナ患者の国籍情報を隠蔽して平気で中国人を入国させ、おまけに国民皆保険制度の見直しまで口走る始末。
これらのすでに施行された制度やこれから施行を企んでいる制度は、何ら国民の合意を得ないままに強行されつつあります。日本の民主主義もすでに死んでいるのです。これを全体主義と呼ばずして、何と呼べばいいのでしょうか。

コロナ話題に触れたので、この流行病が、緊急事態宣言などに値しないものであることをもう一度確認しておきましょう。
私はこれまでブログやメルマガ、フェイスブックなどを通じて一貫して、新型コロナ騒ぎが経済を委縮させ文化を荒廃させるだけのインチキであることを主張してきました。前回のブログでも拙稿のURLを紹介しましたが、もう一度ここにリンクを貼っておきます。ぜひ一度参照してください。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/effcc9c591be4f8689a563b585ae5639
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/a9a480d0a5a23d4e3cc49838e3566463
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/c3f0af074bf98a10a0e4428d535ec56e

以上の拙稿発表以後に得た知見もあるので、ここではそれも含めて、現時点で大事だと思える点だけをここに要約します。

①PCR検査は遺伝子の存在を確かめるだけの検査で、感染の診断には使えないと、この検査を開発してノーベル賞を受けたキャリー・マリス博士が明言している。
②厚労省は、コロナ以外の病気で亡くなった人の死因もコロナによるとしてカウントしている。
③PCR検査のCT値は、高く設定するほど、過敏な陽性反応を示しやすくなるが、専門的知見によれば、35サイクル程度が限界である。しかるに日本では45サイクルに設定されている。
④マスコミは、PCR検査で陽性反応を示した人をすべて感染者として発表し、しかも検査件数との割合(陽性率)を決して示さず、感染者が増えているかのように見せかけている。
⑤コロナによると称される重症者、死亡者はほとんどが基礎疾患のある高齢者に限られる。
⑥新型コロナは2級指定感染症に指定されているが、これはエボラ熱、SARSなどの、致死率の極めて高いランクに属していて、新型コロナの実態にまったく見合っていない。
⑦マスクは、健常者が着用しても、コロナの予防には役に立たず、特に子どもには心身に悪影響を及ぼす。

まだまだあるのですが、これくらいにしておきましょう。代わりに、私と同様の考えを発表して、コロナのインチキ性を提示しているブログが最近増えてきましたので、いくつか説得力のあるものをここに紹介しておきます。これらは希望の光です。

https://ameblo.jp/obasannneco/entry-12641199459.html?frm_src=favoritemail

https://ameblo.jp/yoshino0716/entry-12651367565.html?frm_src=favoritemail&fbclid=IwAR0pe3eJPPP9cV7JEobWvtqoZOYfaDObtNa1M6AJyO8BlEjIGNgaiZuPvq4
このブログでは、実にたくさんの専門家(医師)の、コロナで大騒ぎすることに対する反対意見が紹介されています。

https://ameblo.jp/djdjgira/entry-12650625899.html?fbclid=IwAR1dAD4Ewf1cqLJBzMb4Fdb6yPusQmMp1nxy_wi16AOni0JLUDXUu0r1ISg

なぜこれほどコロナのインチキ性を強調したかというと、ほとんどの人がマスコミ情報や政府、自治体の対応をそのまま鵜呑みにして、大方の医療機関さえ、それを疑うことなく唯々諾々と従っているからです。この空気の蔓延こそが、まさに全体主義なのです。
知らず知らずのうちに全体主義に巻き込まれているという意味で、コロナ騒ぎは典型的です。

さて、米大統領選話題から、コロナ話題に転換してしまいましたが、実は、両者は無関係に並立している問題ではありません。そこには確実に連関が見られるのです。
まずお断りしておきますが、私は陰謀論者ではありませんし、陰謀論を弄するだけの根拠の持ち合わせもありません。武漢ウイルスがどのように広がったのか、それについて確かなことはわかっていません。中共政府がこれを意図的に流したという証拠は今のところありませんし、その可能性も少ないだろうと思います。憶測ですが、武漢ウイルス研究所の管理がずさんだったために漏れてしまったというのが真相に近いのではないかと私は思っています。
その上で言えるのは、次のようなことです。
ウイルスが全世界に広がったのが、このウイルスの伝染性の猛烈さとグローバルな人的交流との結合によるものであるとして、いわゆる「パンデミック」と呼ばれるような事態になってからは、世界のDSたちが、自分たちの都合のためにこれを大いに利用してきたことは疑いないだろうと考えられます。その利用に関しては、意識的なものから無意識的なもの、悪意に満ちたものから善意でやっているものなど、いろいろあるのでしょう。しかし事実として、闇の支配者や公然たる支配者たちが、一般大衆の不安と恐怖(それは根拠がないのですが)に乗じて、自分たちの権力維持や利権のために、コロナの重大性を過剰に煽り、不必要にその引き延ばしを行ない、疫学的な真相を隠蔽してきたことは間違いありません。
この事情は中共政府にも、アメリカの民主党勢力やエスタブリッシュメントにも、欧州の支配者たちにも、それによって得をする大商人にも、そして日本政府、自治体、マスコミにも例外なく当てはまります。
そうして、こうした社会心理的な力学にこそ、全体主義の土壌があるのです。

ですから、米大統領選における中共やDSや民主党勢力が仕掛けた巨大な詐欺行為と、新型コロナの流行を「パンデミック」と名付けて民衆の感覚と経済とをこれほどまでに委縮させた行為とが時期的に一致したことは、単なる偶然とは言えないと私は思います。
「彼ら」――全体主義者たち――は、民衆を隔離し閉じ込め、貧困に追い込み、その言葉を封じ込み、自分たちの権力の伸長と維持を図ろうとしています。その圧力と欺瞞性に対して、ほとんどの民衆はそれが圧力と欺瞞によって成り立っていることにも気づかず、「お上」のお達しを黙って受容せざるを得ないところに追い込まれています。

私たちは何ができるでしょうか。

トランプさんとその忠実な支持者たちが闘ったように、いまも闘っているように、私たちもまた、秩序と平和を尊重しながら、理性的な言葉を用いて、粘り強く「彼ら」の虚偽を暴き、その傲慢を打ち砕いていくほかはないでしょう。

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太宰治の短編5つ(その2)

2021年01月15日 16時48分00秒 | 文学


【男女同権】(昭和21年12月発表、太宰37歳
さて戦後です。
この作品は、ある老詩人が、売れなくなって都落ちし、故郷の弟の家に居候しているが、その土地の文化組織から声がかかり、講演をした記録という体裁。
自分は子どもの時から母親を含め、出会った女性にことごとくいじめられてきた。そのさまを縷々語った後、最後に、このたび民主主義の世の中となり、「男女同権」が認められたことはまことに慶賀すべき事であり、これからは言論の自由が保障されるので、女性の悪口を堂々と言うことで余生を過ごそうと思うと結びます。
この作品は戦争直後の浮ついたイデオロギーを徹底的に茶化すと同時に、また、個人どうしの関係では、女性が男よりも常に強いという生活的事実を誇張して表現しています。太宰の真骨頂が出ていると言ってもよいでしょう。
また、彼の一貫した女性観がよく滲み出てもいます。それは、前作『新郎』『十二月八日』にも表れていましたが、女性は日常的現実にとことん根を下ろした存在であり(『皮膚と心』はその典型例です)、男性はそれに支えられて観念の世界に遊ぶことができているという把握です。彼は谷崎のように、女性をそれゆえに崇拝していたのではありませんが、よく女性という存在の本質をとらえていました。このことが男性にとって謎を秘めた女性という存在の内面にうまく入り込めた条件の一つでもあるでしょう。彼自身が多分に女性的な意識・感性の持ち主であったとも言えます。

女権拡張運動の延長としてのフェミニズムは、女性を「男性の支配を受けてきた被害者・弱者」というカテゴリーで一括し、男性の社会的権力に対抗してきました。しかし彼女たちの思想の決定的な欠陥は、意識的にか感性が鈍いせいか、けっしてプライベートな関係における両性のやり取りの構造を見ようとしないことです。エロスの関係では、暴力を用いるのでない限り、諾否の権利はいつも女性が握っています(男が金を支払って女の体を抱かせてもらう売春がその最もよい例)。普通の女性はそのことを必ずわきまえています。一般的な政治的社会的権力関係において、女性がいかに弱者と見えようと、彼女たちは自分たちの「勝利」=「性的アイデンティティ」に自信を持っています。福沢諭吉もその事実を『通俗国権論』の冒頭ですでに指摘しています。
さて最近では、多くの女性たちが「弱者」のレッテルを逆用して、この「隠れていた権力」をあらわに表出するようになりました。何でもセクハラ、痴漢冤罪など。これらはポリコレとして過剰に表通りをまかり通っています。結果、男性たちはますますお行儀がよくなり、女性に対して委縮するようになりました。老詩人の「男女同権」への期待は裏切られたと言えましょう。
何はともあれ、この作品は、硬直した「社会正義」の建前に、搦め手から痛快な一撃をくらわしたもので、思わず吹き出してしまわない読者はまずおりますまい。

【トカトントン】(昭和22年1月発表。太宰37歳)
終戦の詔勅を聞いた時、悲壮な気持ちで死ぬべきだと思ったとたん、どこからか釘を打つ「トカトントン」という音が聞こえ、たちまちその悲壮感が消えて白けてしまった主人公の青年。それから後は、何かに夢中になりかけるたびに「トカトントン」が聞こえて、たちまち情熱が冷めてしまうようになります。この頃では、日常の些細な試みにもこの幻聴が聞こえるようになり、どうにかならないものかと悩んでいます。
こういう人生相談の手紙を受け取った作家は、次のような返事を書きます。

《拝復。気取つた苦悩ですね。僕はあまり同情してはゐないんですよ。十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けてゐるやうですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ伝十章、二十八、「身を殺して霊魂(たましひ)をころし得ぬ者どもを懼(おそ)るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅ぼし得る者をおそれよ。」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいやうです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不盡。》

有名な作品ですが、なかなか難解でもあります。この作品の読解のポイントを私なりにいくつか挙げてみましょう。
①一億玉砕も辞さずとまで思いつめた多くの庶民の思いが、一日にしてすかされてしまったその何とも言えない虚脱感が始めに置かれていて、いったいあれは何だったのかというその気分が「トカトントン」という長閑な響きによって象徴されています。これは、死を賭してまで情熱を傾けたことが無意味だったと知らされた時の気持ちをじつによく表しています。この気分が戦後社会の出発点に確実にあったことを太宰は見事に見抜いて表現しました。坂口安吾の『堕落論』『続堕落論』と合わせて読むと、面白い議論ができそうです。

②その後社会、特にジャーナリズムで喧伝されたさまざまな営いやスローガンがすべて空々しい虚妄としか思えないという感慨を、終戦直後の太宰自身は抱いていました。民主国家、文化国家、アメリカに見習え、新生日本・・・・・。

③主人公が情熱を傾けかけた時に「トカトントン」が聞こえる場面は、次の六つ。終戦の詔勅による死の決意、小説の執筆、勤労の神聖さ、恋愛、労働者のデモ行進、マラソン大会。しかし、すべてが外からの影響によって触発された事柄であって、自分から進んで選んだ意思決定ではないことに注意。小説の場合も、もともと太宰らしき作家の作品に長く親しんでいたというきっかけがありました。
唯一の例外は恋愛の場合で、これは勤めている郵便局の窓口にやってきた旅館の女中さんを自然に好きになります。実はこの場合だけは、「トカトントン」という釘打ちの音は、浜辺に二人して座っている時に、幻聴ではなく本当に聞こえてきたとあります。向こうが誘ってくれたのですが、実際には彼女が青年に好意を持っていたわけではなく、自分が定期的に大金を預けに来ることを青年が知っているので、そのことで変な誤解を受けては困ると思って、その秘密を明かして青年の口を封じるために誘ったのでした。
つまり、リアルなかたちで青年の幻想は打ち砕かれたのです。あることがらに情熱を傾けようと思ったときにおのずから白けがやってきて「トカトントン」が聞こえたというのではなく、自分の思い込みが、相手から実際にふられることで勘違いだったことを知らされたのでした。だからこそ、この場合の「トカトントン」は幻聴でなかったのでしょう。

④そこで、「作家」の返事の意味を考えてみます。ちなみに、これがなければこの作品は、戦後社会の上層に漂う虚妄の空気への気の利いたアイロニーだけで終わっていたかもしれません。
近年物故したある文芸批評家は、文学作品に対して奇抜な比喩を仲立ちにしながら社会的解釈を施すことを得意としていた人でしたが、彼がこの作品に触れて、最後の作家の返事は不必要だと唱えたことがあります。なぜ彼がそう言ったのかを私なりに想像してみると、いつもの方法論に従って、文学作品を社会的解釈のほうにことさら引っ張りたかったからなのでしょう。しかし私はそこだけに限定する読み方は不十分だと思います。この結末は不可欠なのです。
この作家の言葉は、青年が何一つ、自分から本気で(命をかけて)取り組んではいないことに関係しています。太宰は(ペンネームからして、堕罪をもじったと言われています)、自分を世間に顔向けのできない恥じ多き人生を送ってきたと常に考えていました。しかし同時に、自分が経てきた苦悩だけは本物だという自恃の念を抱いてもいました。
つまりは、この作品は、戦後の軽佻浮薄な世相の一部に現れた神経症的な傾向の形を借りて、ひそかに自分の魂に救われる余地があるかどうかを問いかけた作品なのだと解釈できます。「トカトントン」に悩まされる青年は、当然、太宰自身の一面でもあるわけです。自分の苦悩など、もしかしたらまだ救済に値しないものなのかもしれない。そう太宰は自問自答しているのです。
ちなみにここにも、他人のあり方の内面に、こっそり自分を忍び込ませる彼の文学的手法が躍如としています。傑作と言っていいと思います。


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コメント

太宰治の短編5つ(その1)

2021年01月12日 18時22分39秒 | 文学


由紀草一氏と私が共同主宰している「思想塾・日曜会」の一環として、「文学カフェ・浮雲」というのが運営されています(運営責任者・兵頭新児氏)。1月10日にこの会が開かれ、私・小浜が太宰治の短編をテキストに、レポーターを務めました。扱った作品は、『春の盗賊』『新郎』『十二月八日』『男女同権』『トカトントン』の5作です。その時提出したレポートを訂正・加筆したものを、以下、2回に分けてこのブログに掲載します。久々に文学がテーマです。
「思想塾・日曜会」のHPへのリンクは、このサイトの下部にURLが貼ってありますので、そちらをどうぞ。


【はじめに】
太宰作品は、中学校教科書で「走れメロス」がよく取り上げられます。これは友情を守ることの尊さを主題にした作品だという教育的効果を狙っているのでしょう。しかしこの作品は、太宰作品の中ではあまり上出来とは言い難いし、また太宰らしくないテーマでもあると、私は思っています。
高校から大学くらいになると、文学好きが個人的に太宰作品に触れるようになり、『人間失格』『斜陽』『ヴィヨンの妻』(いずれも戦後作品)などの「代表作」にいかれる、いわゆる「太宰ファン」が大量発生します。自分自身の中にある弱さをそこに投影でき、そうした自分を代弁してくれているような気がするからでしょう。
しかし文学作品として見た場合、これらは太宰自身の直接的な自己投影の度が強すぎ、それは同時に彼の「本領発揮」の力が弱ってきたことを意味します(ただし『斜陽』は長編としてはかなり成功していますし、私も好きです)。これらの作品だけを読んで、その「弱さの自己肯定」臭に嫌気がさし、逆に太宰嫌いになってしまう人も多いように思います。しかしこれでは太宰文学の優れた点をきちんと評価したことになりません。
私自身が初めて太宰作品に触れた時、上記のいわゆる「代表作」を読んで、なぜこれがそんなにいいのかわかりませんでした。ところが数年後、彼の全作品を通読する機会があり、「これがわからなかったとは」と、かつての自分の未熟さを恥じた覚えがあります。この数年の間に私は大学紛争での挫折や母が精神を病んだ経験をもっています。それらの経験が私を多少大人にしてくれたように思います。

太宰作品には太宰自身と思しき主人公が一人称で頻出しますが、太宰は私小説作家ではありません。このことを押さえることが太宰文学の理解にとってまず何よりも重要です。
また彼の文学的教養はたいへんなものですが、けっして「教養主義」ではなく、むしろ自分が身につけた教養を恥じていました。
さらに彼が極度にデリケートで傷つきやすい性格の持ち主で、自意識過剰であったことは確かですが、彼のいくつかの成功作では、その過敏さを逆用して、他人の中に巧妙に入り込み、他人の意識に非常にうまく取りついてしまう(憑依してしまう)方法が用いられています。自意識とはすなわち対他意識です。
例:「皮膚と心」「女学生」「駈込み訴へ」「カチカチ山」「盲人独笑」など。
この特性と、彼の作の多くがパロディ(パクリ)であることとは深く連続しています。ちなみにパクリという言葉にはネガティブなニュアンスを込めていません。そっくりの盗作でない限り、パロディやパクリの名人であることが、いかに特異な才能を要するものであるかは、一度本気で言語表現に取り組んでみた人ならすぐ納得するはずです。そもそも個人表現の独自性、独立性という事実に価値を置き過ぎるのは近代以降の傾向で、先人の思想や文学に依拠していない作品などありえないのです。言葉は共同体の共有財産です。いかにかつて語られた言葉を生き生きと賦活させるかが大事なのです。
また彼の文体の特徴は、落語のように物語を語っていくところにあります。一見思いついたままを放胆に語っているように見えて、そこには、実際の落語がそうであるように、意識的な計算に基づいて言葉を選んでいる痕跡がうかがえます。
物書きの楽屋などいちいち詮索しない読者は、これらのトリックのために、その軽妙で平易な語り口に思わず乗せられ、魅せられてしまうのです。

【春の盗賊】昭和15年1月発表 太宰30歳
この作品は、結婚後1年を経ずして書かれています。
主題であるはずの「どろぼう」が実際に登場するまでに全ページの3分の2ほどを、「私」が実際の太宰ではないことについてのしつこい言い訳、不眠に悩まされる自分の述懐、来し方の反省、文学への執着、その他の与太話に費やし、どろぼうを自分から招き入れて対話してからも、ひとりごとのように妄言を繰り広げ、余計なことを言って引き出しからなけなしの20円という大金をあっさり持っていかれてしまいます。奥さんが隣室でその様子を始めからうかがっており、最後に慰められ、たしなめられて、しかし心の底では、この現実的で健全な日常生活に甘んじてしまうことに満足できないことを吐露して終わります。
この作品は、青年時代の乱脈から立ち直った太宰が、かつての奔放な、しかし自己をさいなむ生活状態から、賢い妻を得て安定した作家生活に移っていく途上で書かれています。「炉辺の幸福、どうして私にはそれができないのだろう」とは、後の彼の述懐ですが、彼は戦後に至るまでのこの期間は、それができていたことがわかります。
どろぼうの登場以前とどろぼうがリアルな行動をしている間に繰り広げられる「私」の絢爛とも評すべき妄想・連想・饒舌の展開は、語り師としての太宰の才能の凄さを感じさせてあまりあります。
また、「私」が太宰自身でないことのしつこい言及は、作家個人としてはかつて受けた誤解を避けるという動機があったのかもしれませんが、この言及には、日本の自然主義文学が読者に対して進んで招き寄せたこの大いなる誤解(悪弊)への克服の意志が込められていると思います。「私」はここでは二重にからみあった存在として描かれていて、自己韜晦と自己執着の表裏になった構造が見られます。これが太宰の表現意識の原型と言ってもよいでしょう。「私」という語そのものがフィクションとして設定されていますが、同時にそのフィクション仕立てそのものを意識的に種明かしする――この方法のうちに、人はいかにも太宰的表現の典型を見出すでしょう。メタ「私」、メタメタ「私」と呼んでもいいかもしれません。

ところで、肝心の「どろぼう」は、華奢な女として設定されています。そこで私は、これは奥さんのデフォルメだろうと解釈します。もちろん最後に実際の奥さんが登場するのですが、太宰は巧妙に奥さんの分身をどろぼうに託して表現しました。
では彼女が盗んでいったものは何か。生活費の20円であることはもちろんですが、「私」が稼いだ金を生活のために使うのは奥さんです。太宰は、その事実を落語的なヒューモアによって表現してみせたのです。
太宰は奥さんを作中に登場させるときに、けっして彼女を悪く言うことがありません(岩野泡鳴などとそこが違うところ)。女房に頭が上がらないのと女性に優しい彼自身の性格がそうさせたのでしょう。この作品でも、奥さんをひそかに恨んでいたなどという気配はみじんも感じられません。だからこそ、女泥棒という、実際にはあり得ない着想で結婚生活が強いて来る現実の厳しさを表現したのだと思います。
じつはもう一つ「私」が盗まれたものがあります。それは、この作品のメインテーマに関わるもので、自ら恃んできた芸術家としてのプライドです。このプライドの過剰な部分の放棄は、本当は生活破綻を極限まで突き詰めてしまった太宰が、自ら屈して現実生活を受け入れたところから生まれたのですから、「盗まれた」とは言えないかもしれません。しかし最後の「私」のセリフには、実生活を選んだことで、もう帰らないロマン的心情への未練が響いています。
一編の主題を簡単に言えば、芸術と平凡な生活とのどちらにも徹することのできない一人の男の悩み、というところでしょうか。
途中にこういうくだりがあります。
《あたりまへの、世間の戒律を、叡智に拠って厳守し、さうして、そのときこそは、見てゐろ、殺人小説でも、それから、もつと恐ろしい小説を、論文を、思ふがままに書きまくる。痛快だ。鴎外は、かしこいな。ちゃんとそいつを、知らぬふりして実行してゐた。私は、あの半分でもよい。やってみたい。》
そしてこの芸術と現実生活との引き裂かれは、この先も続く太宰文学にとっての本質的な主題の一つでした。しかしそれは、結婚生活での落ち着き(美知子夫人のもたらした功績が大きい)と、戦争に突入していく日本の非常時という状況の中で、直接露出することなくうまく隠されて、その結果かえって多くの佳品を生み出しました。戦後その自己カムフラージュが崩れてしまうのですが。
つまり『春の盗賊』は、青年の嵐の時期から中年の安定期への過渡を表す重要な作品なのです。趣向を凝らした面白い作品であるだけでなく、太宰文学を批評するうえで外せない作だと思うのですが、今までこれについてきちんと取り上げた例を私は寡聞にして知りません。

【新郎、十二月八日】(昭和16年12月執筆。太宰32歳)
①『新郎』(十二月八日脱稿)には、日米戦争開始の日を迎えた男の生真面目な気持ちが素直に描かれています。これはこ
れで当時の一般男性庶民の偽らざる気持ちの表現になっていて、身の引き締まる思いが感じられます。
ところが、訪ねて来る大学生や手紙をよこす国民学校の訓導や遠方に住む叔母に厳しく対応していながら、それをわざ
わざ「俺はこんなに真面目に殊勝になっているんだぞ」と書くところに、太宰ならではの自己相対化の芸が感じられるの
です。
また、最後の馭者との対話と、紋服を着て銀座八丁を練り歩きたいなどの願望の表現のうちに、自分の肩ひじ張った殊勝
ぶりに対する自己戯画化が施されています。そこに、本気で言っているとは思えないユーモラスな偽装(仮装)が感じら
れます。
『春の盗賊』に見られた二重化された「私」、いつも生身の「私」を超越する「私」の視点を作者はけっして離しません。
自分の来し方のダメさ、一般人として生きることの出来ないコンプレックスがにじみ出ていて、そういう自省と羞恥の上
にしか成り立たない作品でしょう。

しかし、これだけだったら、彼のいつものやり口であり、さして特徴的とは言えないかもしれません。ところが太宰は、わずか二週間弱ほど後に、『十二月八日』(十二月二十日ごろ脱稿)を書きます。今度は奥さん(美知子夫人)の立場に立って、厳粛な心掛けを吐露している夫の気持ちにそのまま寄り添うのではなく、普段の夫の姿をよく知っている人にしか書けないようなスタンスから、その滑稽なさまを描き出しています。
これによって前作の自己戯画化、自己相対化の視線はさらに明瞭になります。説教師よろしく似合わぬ裃を着てはみたものの、西太平洋がどこかも知らず、原稿を届けてしまえば殊勝な心構えもすぐに崩れて、出先で酔っ払って帰ってきて放言するいつもの癖をさらけ出します。その姿態を、奥さんは見逃しません。どうせまた今夜も帰りは遅いだろうということまで見越しているのですね。
ですがその見逃さない奥さんの視点を描くのは太宰自身であるという事実に注目しましよう。
この作品と前作とをセットにして読むことで、男と女とが、この日をどのように迎えたかが、よくできた夫婦漫才のように見えてくる仕掛けになっています。
もちろんこの女主人公も、この特別な日をある種の感動でもって迎えていることは確かなのですが、女のまなざしは、裃を着ようと息張っている男のそれとはまったく異なり、普段とほとんど変わらない暮らしの細部を掬い取り、赤子を抱えて一日を過ごす苦労をさりげなく綴っています。

以上で、太宰は大東亜戦争開戦に対して本気で興奮していないことがわかります。自分が引き締まった気持ちを抱いたことにウソはないのでしょうが、むしろそれを、語り手をチェンジさせることによってすぐに「語り」の素材にしてしまう醒めた目こそが、文学者としての太宰の本領なのです。優れた語り師はこのように、自分自身とその周りとに絶えず気を張り巡らせています。この「語り」の位相は、世界を大真面目に硬直した眼で眺める「男」のある種のタイプを顔色なからしめます。
太宰は、島崎藤村のように「お面!」と大上段に構えて打ち込む作家を嫌っていました。優れた「語り」には、「やんちゃの虫」「ユーモアとパロディの精神」「自分を突き放す二重の目」がぜひ必要なのです。
ちなみにある若手の保守系政治学者が、雑誌論文で大東亜戦争期を論じていました。それはそれでまっとうな政治論文でしたが、その中で太宰の『新郎』を取り上げ、太宰治は愛国者だったと評していました。これはいただけません。冒頭に述べたように、『新郎』は『十二月八日』とセットで読むことで、初めて太宰文学らしさが浮き彫りになるのです。この学者は、申し訳ないけれど、文学の読み方がわかっていないと申せましょう。


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米大統領選は民主主義の死をもたらした?

2021年01月08日 01時01分03秒 | 政治

大統領選ジョージア州の不正証拠



これを書いているのは、2021年1月7日深夜12時です。
この間、米日主流メディアのひどいフェイクと隠蔽によって、次期米大統領はとっくにバイデンに決まったものと信じて、それをさしたる危機感もなく受け入れてきた人がたくさんいるようですが、事態はまったく違います。

2020年11月3日の大統領選挙から今日にいたるまで、列挙するのも億劫なほどのおびただしい選挙詐欺の証拠と、証言者や連邦政府高官・各州の選挙関係者に対する脅迫の事実が明らかになってきました。
これらの経緯については、信頼のおける情報筋からの情報を頻繁にフェイスブックにアップしてきましたので、ご関心のある方は、それを追尾してください。
https://www.facebook.com/i.kohama

2021年1月5日には、全世界が注目する中で、ジョージア州で2名を選出する上院議員選挙が行なわれました。民主党陣営は、これだけ不正を行なってきたにもかかわらず、反省の色すら見せず、開き直った形で、堂々と同じパターンで選挙詐欺を実行し、議席を独占しました。驚くべき厚顔無恥です。

そして帰趨を決する決定的な日と思われた6日の連邦両院合同会議では、ペンス上院議長並びに副大統領は、自分には選挙結果を決定する権限はないとしてトランプ支持者の期待に応えることはせず、複数の共和党上下両院議員から提出された異議申し立てによる両院各々の議論にゆだねることにしました。下院では民主党が優勢なため、これがトランプ有利に通るとは思えず、せいぜい最大限の時間稼ぎが行なわれる程度だろうと踏んでいましたが、その期待も空しく、連邦議会ではあっさりボケ・バイデンに決めてしまったようです。
またテッド・クルーズ上院議員が提出した、激戦州について調査委員会を立ち上げよとの公正を重んじた提案は、残念ながら93対6の圧倒的大差で否決されました。

さらにひどいことに、ツイッター社は、トランプ大統領の発信権を平気で剥奪しました。世界最大の国家アメリカ合衆国を代表する最高位にある人の言論の自由を封殺するとは、信じられない暴挙です。

しかしトランプ大統領の闘いはまだ終わっていません。いくつかの手が残されています。

前々回のメルマガで、現在は世界戦争のさなかにあるのだと強調しました。
武力行使だけが戦争なのではなく、情報戦こそが現代の戦争の最もヴィヴィッドな形なのだとも。
https://38news.jp/america/17189
この様相は、「自由」を国是に掲げる最先進国・アメリカが中共全体主義によって中枢まで侵蝕され、民主主義体制が崩壊の危機に瀕している形として言い括ることができます。
また、グローバリズムとナショナリズムの対立の極限の事態と形容することもできるでしょう。

ひとこと断っておきたいのですが、民主主義が正常に機能するためには、国家体制、国家秩序がしっかりしていること、つまりナショナリズム感覚が民衆の間に根付いていることが不可欠です。なぜなら、公共体としてのまとまり意識が崩壊しているところで、そこに属する人々の生をよりよくしていくために何が優先順位を占めるかという議論を対等な立場で交わすことは不可能だからです。ちなみに「人権」を保障するのも民主主義国家だということも忘れてはなりません。
グローバリズムは、この国民国家としてのまとまりを根底から破壊します。グローバリストにとっては、自分の属する国籍やその国固有の文化、公共精神などはどうでもよく、自分たちが最大利益を上げさえすればいいからです。彼らにとっては、戦争さえ利益追求の手段にすぎません。
こうして貧富の格差が進み、共同体的な紐帯が破壊されたとき、バラバラに分断された個人を上から掌握する体制は何でしょうか。言うまでもなく、各個人に政治参加も言論の自由も宗教の自由も認めない強大な独裁権力による全体主義体制です。現在の中国がまさにその典型です。

アメリカは、かつて、もちろん反共精神のしみついた国でした。戦前・戦中・冷戦時代を通してイデオロギーとしての「共産主義」には大いに警戒を示してきました。しかし冷戦崩壊後は、その開かれた国柄と覇権国家としての自信がかえって仇となって今日の中共侵略を招き寄せたとも言えます。この国の対中戦略は、経済的な自由を尊重するあまり、中国に対して甘い顔をし過ぎたのです。
つまり、独裁体制は発展途上国としての必然からきているので、経済的に豊かになりさえすれば、徐々に民主主義や自由の精神を理解するだろうというリクツと期待に自ら騙されたのです。ですから今回のような事態はアメリカ自身が招いた面が大きいのです。

日本も、すでに中共のサイレント・インベージョンに政官財、教育界、メディア界、国土など、すべての社会基盤をなす領域において蝕まれています。
それほどでもない、とあなたは感じられるでしょうか。
しかし私は、エラそうに書いていますが、今度の米大統領選問題がなければ、不覚にして、アメリカがこれほど中共勢力に侵略されていることに気づきませんでした。おそらく大方のアメリカ人も日本人も、私の認識と大して違っていなかったのではないかと思います。その意味で、今度のことは、コロナ流行という壮大なインチキ*と合わせて、とてもいい教訓になりました。
*コロナ流行が壮大なインチキであることについては、以下の拙稿をご覧ください。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/effcc9c591be4f8689a563b585ae5639
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/a9a480d0a5a23d4e3cc49838e3566463
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/c3f0af074bf98a10a0e4428d535ec56e


全体主義というと、誰でも思い浮かべるのが、ナチス・ドイツとスターリン統治下のソビエト連邦でしょう。これらはユダヤ人大虐殺や反対者の大量粛清によってあまりにも有名です。もちろんこれに、ウィグル人、チベット人、内モンゴル人、法輪功信者や香港市民に対してひどい弾圧を行なっている現在進行形の中共政府を加えるべきです。
しかし、全体主義体制の恐ろしさは、こうした外からの目に見える、そして後になってわかる残虐な面にだけ存在するのではありません。その内部にいる者にとっては、権力中枢が何を企み、どんな方向に人民を連れていこうとしているかが見えないような仕組みになっている、そのことが最も恐ろしいのです。なぜなら、人民の多くがその進行中の全体主義化のプロセスに対して自覚的であれば、全体主義体制そのものが成立しないからです。
自分たちは、社会体制に対する懐疑を抱きさえしなければ、特段の不運に遭うこともなく、なんとか日々を過ごすことができる。複雑な社会構成の中で、目玉をカッと大きくして、全体を見ようとすることは難しく、またそんなにいつも目玉を大きくしている暇などないからです。しかし気付いてみると、いつの間にか生活は貧困化し、それに対する不満を自由に口に出すことができなくなっており、与えられる情報を否応なく信じ込まされ、かつて共有されていた記憶はおぼろげとなり、日常の中にあったはずの文化の香りは消え失せており、お互いがお互いを探り合うような監視社会が実現している。こうした土壌が培養されてこそ、私たちが知っているような残虐な歴史的事実も実現可能となるのです。

陳腐かもしれませんが、この仕組みを描いているのが、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』です。
この作品の中では、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三国に分割されており、それぞれの国は常に国境付近で戦争を繰り返していることになっています。オセアニアはビッグブラザーという絶対君主の支配下にあり、政体は真理省、平和省、愛情省、潤沢省(その実態は名称と真逆)などに分かれ、人々は少数の党中枢、知的仕事に就く党外郭、圧倒的多数のプロールに分けられます。プロールは体制に対する疑問など一切もたず、あるがままの日々を過ごしています。家の内外の至る所にビッグブラザーを大写しにするテレスクリーンが据えられており、情報もここからしか与えられません。ほぼ全員がビッグブラザーを崇拝しています。恋愛は許されておらず、結婚は子孫を存続させるために党が決めます。子どもは親を絶えず監視して小さな違法でも見つければ密告できます。
真理省に勤める党外郭のウィンストンは記録の改竄を仕事にしており、この仕事によって、人々の間からかつての記憶の共有がしだいに消えていきます。かつてが豊かだったのかどうか、ほとんどの人がもう覚えていません。戦争が絶えず行われていることを人々に知らせるために、時々市街地にロケット弾がぶち込まれたり、捕虜を載せたトラックが市街地を通り抜けます。
何よりも真理省の仕事で大きなものは、言葉を「オールドスピーク」から、語彙をより貧困化した「ニュースピーク」へと編纂する事業です。これによって言葉は豊かなニュアンスや比喩的転用の可能性をなくし、直截な一義的表現に限定されていきます。
ウィンストンは、こんな社会はおかしいという口に出せない疑いを持っていて、これを転覆させようとする秘密組織の噂を気にかけていますが、思慮深そうな雰囲気を持ったオブライエンという党中枢に属する男がもしかしたらその秘密組織の一員であるかもしれないと感じて、ひそかに敬服の念を抱いています。
これ以上書くと未読の人にとってネタバレになってしまうので、ここらでやめますが、一つだけ言っておくと、オブライエンはウィンストンが考えていたような男ではありませんでした。
この作品には印象的な場面がいくつもありますが、なかでもオブライエンがウィンストンに「権力に執着する理由は何だと思う?」と質問し、ウィンストンが「支配者は、民衆が弱い存在で自由に耐えられないから彼らを瞞着してその代わりに幸福を与えてやろうと考えている」と答えようとすると、オブライエンはそれをにべもなく否定し、「党が権力を求めるのはひたすら権力のために他ならない。他人のことなど知ったことではない」と回答する場面が強く印象に残ります。
これはその通りというほかありません。

ところでいまの日本人はお人好し(いい意味でも)で、そんな権力欲に取りつかれた組織は存在しないようです(個人ならときどき見かけますが)。しかし中国人や欧米人ならありそうですね。
日本人はすでに外側からやってきたこうした全体主義思想の中に取り込まれてしまっていて、上から下までほぼ全員が「プロール」つまり精神的な奴隷になっているのではありませんか?
というのも、現状を見る限り、救いようのないアホばかりが政府やマスメディアの中枢に集まって、信じられない国民いじめの政治とその正当化に精を出しているからです。中小企業潰し、補償なしのコロナ緊急事態宣言、営業自粛「要請」を「命令」に切り替えて従わない業者に50万円の科料、持続化給付金の締め切り延長中止!
私たちは、せめてウィンストンのような運命に陥らないように、ダークエイジがすでにここに来ている状況に対して覚醒し続けましょう。闘いはこれからです。

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コロナ狂気がついに虐待を

2020年12月23日 20時15分30秒 | 社会評論


この頃なんだか世界がおかしくなってきたと感じているのは私だけでしょうか。

これまで、新型コロナの流行が疫病の流行ではなく恐怖の流行に過ぎない事実を、きちんと数字を挙げながら何回も証明してきました。おかげさまで、本ブログ記事「新型コロナ、10のウソ」を投稿した新経世済民新聞では、たくさんの方の「いいね!」をいただき、ツイッターでの拡散もけっこうな数に上ったようです。
https://38news.jp/column/17111

それでもこの集団強迫神経症の空気は衰えるどころか、最近はかえってますますコロナ全体主義の雰囲気が濃厚になってきました。
11月末に落語に行きました。1座席ずつ空けて指定されていましたが(それはまあいいのですが)、たまたまマスクを外していたら、休憩時間に隣のオバサンに「マスクをしてください!」とお叱りを被りました。
同じころ、マスクを下げたままスーパーのレジで品物を差し出したら、店員に「マスクを上げていただけますか」と注意されました。
ある友人が午後の新橋界隈を歩いていたら、長蛇の列があるので、ジャンボ宝くじの販売窓口でもあるのかと思ったそうです。でも違って、「新型PCR検査センター」とでかでかと書かれた看板の下にずらりと並んでいたとか。
もうひとつ、別の知人から聞いた話。歌の練習会があって、その会場では、次の段階を踏みます。
1.到着したらマスクを外して、会場にある新しいマスクをつける。
2.イソジンでうがいをする。
3.手の消毒。
4.検温。
5.歌う人が変わるごとに、マイクを消毒する。
6、そのたびに、歌った人の周りに消毒スプレーを噴霧する。

失礼じゃないかね、頭がおかしくなったんじゃないかね。

みなさん、これが日本中で起きている「非常事態」であります。

東京都の小池知事は、ここぞ私の出番とばかり、毎日のように嬉々として記者会見を開き、「暮れ正月休みはStay Homeで」とオウムのように繰り返しています。そればかりか、都内の小学生に、「お医者さんに感謝の手紙を書きましょう」などと要請し、ことさらコロナのたいへんさを印象付けようとしています。こういうのを文字通り「子供だまし」と言います。
こんなことしかやることがないのかね。聞けばGO TO キャンペーンに強い規制がかかったのは彼女の強い圧力があったからとか。

もう何度も書いたので、繰り返すのはうんざりなのですが、第2波、第3波と大騒ぎしているこの空気には何の根拠もありません。
以下の二つの資料によると、直近の12月20日時点で、PCR検査の陽性率(陽性者÷検査件数)は4.2%です。これはコロナの流行が騒がれ出した4月のピーク時に比べると、三分の一以下、またこれまでの累計死者数は、100万人当たり22人で、それも基礎疾患のある高齢者に集中しています。https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/?fbclid=IwAR2S54N_qvGv4pvErqYep9pud9caVBH44VsTj9dv0q5nXk8iq4ZnOyHd6xw
https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death
毎年、肺炎で死ぬ人が10万人以上いて何の騒ぎにもならないのに、3000人程度の死者で大騒ぎをするのは異常としか言いようがありません。こんなのはパンデミックと言うべきではないのです。

そもそもPCR検査は、新型コロナの診断にはほとんど役に立たない検査です。
コカ・コーラやパイナップルにつけただけで陽性反応が出たとかいった笑い話のような話もありますが、それはともかく、東京女子医大感染症科の平井由児医師の、PCR検査についての次のような見解は、たいへん説得力があります。URLを張っておきますので、皆さん、ぜひ見てください。
https://ameblo.jp/obasannneco/entry-12641199459.html?frm_src=favoritemail
平井氏は、わかりやすい動画を用いて次のような指摘をしています。
・私たちの体が膨大な数の細菌やウィルスに満たされていて、もしそれを取り除いてしまうと、たちまち体のバランスを失ってしまうこと
・PCR検査は感染したかどうかを調べるためにあるのではなくて、本来遺伝子の検出のためにあること
・その感度は極めて敏感で健康体の器官にちょっとウィルスが付着していても反応してしまうこと
・2019年までは、症状の軽重によって「健康」「風邪(旧コロ)」「インフル」の三つに分類される診断がなされて、それに応じた処置を受けていた人たちが、2020年からはPCRで陽性反応が出ると、すべてコロナと診断されてしまうようになったこと
・PCR法を開発してノーベル賞を受賞したキャリー・マリス博士が「診断に使ってはならない」と警告を発していたこと(惜しくも8月に博士は亡くなってしまいました)。

このように開発者当人が不適切と公言しているにもかかわらず、全世界でこの検査が伝家の宝刀のように使われるようになってしまったのです。
そうして、例の記事にも書きましたが、6月18日に厚労省が全国自治体に出した通達によって、別の疾患で死亡した人も、コロナ感染者と認定されていればコロナで死んだことにされてしまったのです。ですから、先に記載した死者数も本当はもっと少ないのです。

また、コロナの発生によって医療崩壊の危機に見舞われたという説が全国を駆け巡りましたが、医療崩壊の危機は、2000年代初頭からすでに起きていたのです。それは、ベッド数、医師、看護師、保健所の削減、病院の統廃合などの政策によるものです。
この政策が、財務省の緊縮脳に基づくものであることは見やすい道理でしょう。政府にとって、コロナの発生はこの長年の経済政策の大間違いを隠蔽するのにまことに都合がよかったことは言うまでもありません。

それにしても、いったいこのコロナ妄想の世界的流行という社会心理学的な異常事態は、どうして起きたのでしょうか。
それについて考える前に、先に挙げた例よりも実はもっともっと異常亊が起きていたことを示しておきましょう。
12月21日配信の西日本新聞に次のような記事が出ていました。

「コロナ禍で換気のために窓を開けて寒いのに、防寒着の着用が認められない」「一日中、窓の開放が必要なのか」――。日増しに寒くなる中、学校の換気や防寒着に関する調査依頼が本紙「あなたの特命取材班」に複数届いた。体が冷えて体調不良や集中力の低下につながると懸念する声も強い。声を寄せた一人、福岡市立中に娘が通う母親は、今冬の防寒具に関する学校のプリントにため息をつく。
男子は学生服、女子はセーラー服で、着用できる防寒着は規定のセーターやカーディガン。マフラーや手袋は昇降口で着脱し、規定外のジャンパーやハイネックは認められない――。例年通りの内容。教室の窓は常に全開で、生徒が閉めると叱る教員もいるため、娘は寒さに耐えながら授業を受けているという。母親は、ぜんそくがある娘を見かねて規定外の服を着るように提案したが、「誰も着ていないし怒られる」。母親は取材班に「先生たちは自由な服装のはず。コロナ禍の今は特に、子どもも暖かな服を着られるようにすべきではないか」と嘆いた。学校側の対応力の乏しさを感じている。


私はこの記事をハリー・ライムさんと名乗る人のブログで知りました。
https://ameblo.jp/yoshino0716/entry-12645312060.html?frm_src=favoritemail&fbclid=IwAR2FDHaGfxuPbw1JLfB7j5lIYSJSlt20BRsOo9H9s7fGh6s5NxtY8P0KTB4

これを読んだとき、激しい憤りがこみ上げてきました。これは教育界で公然と行なわれている「虐待」ではないか。執筆者のライムさんも、「キングオブアホ」と大書して、虐待と呼んでいます。
厳寒の季節に窓を開けっぱなしにして防寒服着用も許さずに、窓を閉めようとすると叱りつけるキ◌ガイ教師ども。いったいこいつらは、寒さでぜんそくや風邪が悪化して重症になった生徒が出たら、責任を取るのか。
前提が根底から間違っているコロナ騒動に日本人のほぼ全員が巻き込まれているのですから、おそらくこうした例は氷山の一角に過ぎないでしょう。

これはすでに何人かの人が指摘していますが、そもそも2級感染症指定は致死率の高い鳥インフルやSARSのような感染症にしか適用されないのに、インフルエンザ(5級指定)よりも死者がはるかに少ないコロナにこの指定がなされているのはまったくおかしいことです。それなのに解除の動きは一向に盛り上がりません。

しかし、いくらこうしたことを指摘しても、当分の間、人々はコロナ恐怖症から解放されないでしょう。
なぜこんなメンタルな疫病に「上下心ヲ一ニシテ、官武一途庶民ニ至ルマデ」、国民全員が取りつかれてしまったのか。しかもそれが経済と文化の自殺行為であるとわかっているのに。
この問いに明快な答えを見つけることはとても難しく思えます。
仮説①:日本人はもともと同調圧力に屈しやすい。
仮説②:日本人はもともと過度に用心深い。
仮説③:日本人はもともと理性的にものを考える力が弱い。
仮説④:日本人は欧米の流行を見て例のごとくサルマネをしている(ちなみに欧米の流行も実は大したことはないのです。ウソだと思う人は、先にご紹介したhttps://38news.jp/column/17111を参照してください)。
仮説⑤:長く続くデフレから脱却できず貧困化が深まる中で社会不安が増大している。
しかし、コロナ恐怖症は何も日本に限ったことではありません。海外渡航や国境を超えることやロックダウンなど、日々の生活行動に厳しい制限が設けられていることは世界中で起きているので、上記の仮説は全部合わせても、いまいち説得力に欠けるでしょう。
私自身の現時点での仮説は、次のようなものです。
人々は、見かけの平和と大国間の緊張外交によって保たれてきた世界秩序に倦んでいて、世界大戦、大災害、疫病の大流行のような「ハルマゲドン」的狂気の出現を心のどこかで望むようになっている。
言ってみれば、宗教に特有の非合理な破壊願望のようなものです。逆説的ですが、それが常識を否定して、過剰な生命第一、健康第一イデオロギーへのヒステリックな縋りつきとして現われている。恐れている対象は自分たち自身の中に住む仮象の魔物であり、これと理性的に立ち向かう術がわからないために、「ただ生きる」ことに固執して、「よく生きる」方途をすっかり見失っている。つまりはニヒリズムの支配です。
こんな解釈がどこまで当たっているかわかりませんので、諸家のご意見を拝聴したく思います。


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社会批判小説ですがロマンスもありますよ。
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コメント (7)

進行中の世界戦争に目覚めよ!

2020年12月10日 13時50分20秒 | 政治

2019年6月28日大阪サミット会場にて

これを書いているのは2020年12月9日です。
アメリカ大統領選から目が離せなくなってから35日経ちました。
この間、信頼のおける情報を拾ってフェイスブックにアップしてきましたが、数えてみたら70に及んでいました。つまり平均1日に2つの情報をアップしていたことになります。
https://www.facebook.com/i.kohama
論評を加えたものも少しはありますが、ほとんどそのまま載せています。これは、不謹慎かもしれませんが、いまアメリカ(だけでなく米中を中心軸とした世界中)で起きていることが、現代の世界大戦を描いた映画のように興奮させ、下手な論評など寄せ付けないような迫力を示しているからです。

心ある人なら誰もが感じているでしょうが、現代の戦争は、武器を使わずに十分成り立つのだという事実を、今回の事態ほど明確に教えてくれたことはこれまでありませんでした。重ねて言いますが、この事態は「米中戦争に発展しかねない状態」なのではなく、いままさに米中戦争の真っ最中なのです。
この戦争の発端は、四年前にトランプ氏がアメリカ大統領に当選した時です。以前から世界制覇の野望実現をもくろんでいた中共が、アメリカの政官財界に深く侵入し、民主共和両党を問わずエスタブリッシュメントと強い利権の結びつきを作りだしていた時、大方の予想に反してトランプ氏が当選してしまいました。
これがなければ、中共の覇権は実現に向けて大きく進展していたことでしょう。同時に中共とディープステートとの結託の構造もますます強固なものとなっていたでしょう。アメリカ国民の意思を侮った民主党及びこれと癒着した大手メディアの油断というべきです。
民主党及び主流メディアは、この失敗に激しいルサンチマンと復讐心を燃やし、トランプ大統領就任当初からじっくりと次期大統領選でトランプ氏を追い落とす計画を練っていました。
しかしトランプ氏がそれを知らなかったわけではありません。彼は就任早々からロシアゲートというひどいでっち上げの疑惑を受けました。しかし2019年にはこれを克服します。
しかもこのでっちあげと闘っている最中の2018年10月に、米選挙への干渉が明らかになった場合には外国勢力に制裁を科すという大統領令に署名しています。これは、あたかも今回の大統領選における民主党の露骨な不正に中共が関与していた事実を予言していたかのようです。
また選挙戦が熱を帯びて来る前から、郵便投票は不正の温床だということを再三訴えていました。
さらにコロナ対策費として、4月時点で3兆ドル(300兆円)の財政出動を行ない、加えて10月には追加支援として民主党の要求する2.2兆ドルを超える額を計上すると発表しています。すでにアメリカは、4月段階での措置によってV字回復を成し遂げているので、民主党からコロナ対策の失敗などを難詰されるいわれはないのです。
ちなみにアメリカはコロナによる死者数の多さで騒がれていますが、人口比で見れば、ヨーロッパ諸国に比べて特に多いわけではありません。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/effcc9c591be4f8689a563b585ae5639

さてさて今回の見るも無残な不正の発覚です。ドミニオン社の集計機をめぐる大量の改竄、深夜の投票用紙持ち込み、投票日を過ぎて到着した郵便投票の日付の前倒し、消印のない封筒、監視員の締め出し、州に存在しないはずの「有権者」、理論的に考えられない高い投票率等々、全米で数え切れないほどの証拠が挙がっています。中国広東省にある印刷所では一年前から大量の偽投票用紙が印刷されていました。

これらの事態の発覚に対して、主流メディアはもちろん隠蔽と虚偽報道に終始しています。宣誓供述書に署名して証言した人たちの多くは脅迫を受けています。州知事や州務長官、一部共和党議員までもがどっちつかずの態度を取り、最も法を遵守すべき責任者であるはずのバー司法長官でさえ、あやふやな態度を取り続けています。アメリカの法秩序は崩壊寸前なのです。実際、ここでトランプ陣営が頑張らなければ、アメリカの、そして世界の民主主義は死滅へ向かうでしょう。

中共では、最近、習近平のブレーンの一人が、ウォール街には親しい友人がたくさんいるから、2016年までは、どんな難しい問題も短期間で解決できたが、トランプが大統領になってからはコントロールが難しくなったと公言しました。
習近平は常務委員会を続けて開きました。そこでは武力戦争準備について再三議論したと推定されています。習近平にとっては、武力戦争になった方が望ましいと考えられると、張陽チャンネルの張陽氏は語っています。中共独裁政治に対する人民の不満を外に発散できるからです。
11月20日にはCNNのCEOザカリアとバイデンの選挙顧問サマーズが、中共幹部の会に呼ばれ、習近平はこの会にわざわざメッセージを送ったそうです。

CNNのひどい身勝手ぶりについて触れておきましょう。
2017年に、ある専門家の主宰で、さまざまなIT機器に対してハッカーたちにハッキングさせる実験会が開かれました。その中にはドミニオン社の集票機械も入っていて、ハッカーたちはこれをたやすくハッキングすることができました。CNNはこの実験会に協力し、その時の動画が報道されています。
これは、トランプ大統領のロシアゲート疑惑の証拠を見つけるためのものです。ところが、2020年の大統領選では、これだけドミニオン社の集票機械による不正が発覚し、CIAによるフランクフルトからの侵入が明らかとなっているにもかかわらず、CNNはだんまりを決め込んでいます。反トランプのためなら何でもするが、バイデンに不利になることには一切触れようとしません。ジャーナリズムの死です。

ロシアゲートで冤罪を被りトランプ大統領によって恩赦されたフリン中将、リンウッド弁護士、WTPC(ウイ・ザ・ピープル・コンヴェンション)などは、大統領に戒厳令下の再選挙を強く求めています。しかしこれは大半の国民がメディアの隠蔽とフェイクニュースによって真実を知らされていないため、実現は難しいだろうと言われています。私も作戦としてうまい方法とは思えません。

巷では一部の人たちが、1月か2月に米中戦争(武力戦争)が勃発するだろうとうわさしていますが、さまざまな情報を総合して考えると、トランプ大統領が(彼が再選されると仮定して)自ら武力行使に踏み切ることはまずないでしょう。
というのは、トランプ大統領はもともと戦争が嫌いです。北朝鮮問題の時にも、ボルトン補佐官(当時)の強い武力行使要請を退けて金正恩との会談にこぎつけましたし、武力行使に至らずに中共政府を内部から瓦解させる手をいくつも持っていると考えられるからです。先日も中共の副委員14人に制裁を科したばかりですし、常務委員にはまだ手をつけていません。経済制裁もこれからもっと厳しく科すことはいくらでもできるでしょう。中共が先に暴発すれば話は別ですが。
繰り返しますが、いまは再選実現を通しての「戦争」の真っ最中であり、そこに彼は全力を集中しているのです。再選の暁には、もちろん国内の左翼、ディープステート、ジョージ・ソロスら、戦争好きの金融投資家たちへの仮借ない闘いを続行するでしょうし、中共に対しても制裁の手を緩めないでしょう。

ところで本稿の目的は、日本人の例のごとくのお花畑思考に覚醒を促すところにありました。
日本人の多くが今回の選挙不正の問題を過小視していて、単なるアメリカの国内問題としてしか考えていず、もしバイデンが大統領になったら、日本が中共の餌食になる道が急速に開けるという認識を持っていないようです。
しかし何度も繰り返しますが、これは進行中の世界戦争なのです。
そのことを認識できない象徴的な例が、大手メディアの寝ぼけた報道姿勢であり、菅政権の中共に対する政治姿勢です。
何に遠慮しているのか、この間NHKはじめ、朝日から産経まで、バイデン当選を既成事実とするだけで、アメリカでいま何が起きているのかについて全く報道してきませんでした。アメリカの大手メディアも腐敗しきっているなら、日本のマスコミも形容のしようがないほどひどい状況です。
また菅政権の茂木外相は、王毅外相の横暴発言に反論することもできず、共産党の志位委員長にまで糾弾される始末です。RCEPにもロクな議論もなしに尻尾を振って参加してしまいました。
二階幹事長の息のかかったこの媚中姿勢を今後も続けるなら、万一トランプ氏が敗北すれば、中華帝国主義の圏内に取り込まれることは必定です。
またトランプ氏が勝利を収めても、対中経済と対米同盟の股裂き状態を自ら何とかするのでなくては、やがては大切なアメリカとの同盟関係を喪失し、かつての日独同盟の時のように国際的な孤立状態に追い込まれかねません。
今の日本政府は、国際関係を連続的視野の下に見る頭脳を欠いており、今後日本としてどのような自立性を獲得するのかといったヴィジョンがまるでないのです。こういう国が滅んでも、誰にも責任を転嫁できないでしょう。


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社会批判小説ですがロマンスもありますよ。
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前記事「新型コロナ、10のウソ」付録

2020年12月03日 19時23分12秒 | 社会評論

神奈川県知事・黒岩氏

前記ブログ「新型コロナ、10のウソ」を掲載したのちに、次の記事に触れました。
東京女子医大感染症科の平井由児医師の、PCR検査についての見解です。
たいへん説得力があります。

平井氏は、私たちの体が膨大な数の細菌やウィルスに満たされていて、もしそれを取り除いてしまうと、たちまち体のバランスを失ってしまうこと、また、PCR検査は本来遺伝子の検出のためにあること、しかもその感度が極めて敏感で、健康体の器官にちょっとウィルスが付着していても反応してしまうこと、2019年までは、症状の軽重によって「健康」「風邪」「インフル」の三つに分類される診断がなされて、それに応じた処置を受けていた人たちが、2020年からはPCRで陽性反応が出ると、すべてコロナと診断されてしまうようになったこと、そして、PCRを開発した研究者が「診断に使ってはならない」と公言していたことなどを、わかりやすく説明しています。
https://ameblo.jp/obasannneco/entry-12641199459.html?frm_src=favoritemail
また、平井氏の記事をフェイスブックで紹介したところ、ある方から、徳島大の宮崎名誉教授が同じようなことを言っているという記事を紹介していただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=_FR32LSLD30&feature=youtu.be&fbclid=IwAR3VGr8vfTLWh9tXS4WE06kMtIpFZXniR4DqbEEHm5v3Yi4C7AWUkvcbW-w

ちなみに12月3日、神奈川県知事から「飲食店等(横浜・川崎)の皆様は時短営業を、県民の皆様は外出控えめに!」という緊急情報が出されました。事実上の緊急事態宣言です。
このメッセージには、神奈川県内の患者(じつは陽性者)の現状が表として掲げられています。
それによると次の通り。

入院患者       450
 うち重症      61
   中等症    364
   軽症・無症状  25
療養者        901
 うち宿泊施設    204
   自宅      697
死亡         201

入院患者と療養者を合わせると、1,351人です。
神奈川県の人口は約900万人ですから、これは、全体の0.015%に当たります。
つまり1万人当たり1.5人という計算になります。
死者に至っては、0.002%、つまり5万人当たり1人です。

わずか1.5人の入院患者・療養者のために、残りの9,998.5人の人たちが、時短営業や外出規制を受け入れなくてはならないのでしょうか。
こんなバカげた(経済や文化をさらに弱体化させる)行政措置を取るより、1,351人の人たちを助けるための治療やケアに人的物的エネルギーを集中させるべきではないでしょうか。
また、もし自粛要請によってそれに見合う補償をするだけの財政的な余地がないというなら、中央政府に地方交付税交付金を増額せよと要求すべきではないでしょうか。これはどの自治体にも言えることで、何を恐れているのか、そういう毅然とした態度をとる知事はどこにもいないようです。

また、先の記事とほぼ同じものを三橋貴明氏が運営する「新経世済民新聞」に投稿したところ、
https://38news.jp/column/17111
なぜか私に「全体主義者」というレッテルを貼り(苦笑)、コロナによる医療崩壊の危機を訴える反論コメントがありました。これに対して、再反論のコメントをしてくださった方がいましたので、そちらをここにコピペさせていただきます。

<再反論>
日本の医療崩壊なんて、2000年代前半から言われてます。
医師やベッド数不足で、救急治療の必要な患者が受け入れを断られ死亡するなんて事故は、10年以上前から頻繁に起きています。
コロナのせいではなく、今回のコロナ程度で逼迫してしまうほど日本の医療制度は決壊寸前だったというだけです。
原因は1997年以降の緊縮財政以外にありません。
Amazon などの書籍サイトで “医療崩壊” で検索すると、2001年辺りから既に日本の医療崩壊を警告する書籍があり、2009年の時点で『医療崩壊の真犯人』という日本の医療が崩壊済とする書籍がヒットします。
つまり日本政府は崩壊している医療現場を10年以上放置しているわけです。(崩壊させたのが自分達なので当たり前でしょうが)
そして当時、医療制度を叩いて飯を食ってきたマスコミも、この10年間ほとんど警告を発していません。(むしろ中国人が日本の優れた医療を受けにくる!という番組作りに奔走)
今回のコロナ禍は、政府やマスコミにとっては渡りに船だったのではないでしょうか。
「コロナは日本の医療を崩壊させるほど怖い病気」と喧伝すれば、医療崩壊の責任を免れることができます。
政府とマスコミが同調して、同じニュースを繰り返すときは注意しないといけません。

コメント

新型コロナ、10のウソ

2020年11月26日 14時08分17秒 | 社会評論

WDA(世界医師連盟)が2020年11月1日に出した、ロックダウンと社会的制限に反対する呼びかけ

11月24日、夜の新橋界隈を歩きました。
以前なら道行く人々で大層にぎわっていたSL広場もまだ10時を少し回ったころなのに閑散としていて、SLの華やかなイルミネーションが空しく明滅していました。
コロナ第三波到来の情報が全国を駆け巡り、サラリーマンたちも早々に帰宅してしまったか。
コロナ強迫神経症に日本人が罹患して、もう10か月近くたちました。
おかげで経済も文化も無残に冷え込んでいます。
そろそろこの蟻地獄のようなバカげた自殺行為から這い上がろうではありませんか。
そもそも新型コロナの流行なる現象は、疫病の流行ではなくて、恐怖の流行という社会現象であり、その流行は何重ものウソによってでっちあげられたものです。

第1のウソ:陽性者と感染者の同一視
マスコミや自治体が発表している「感染者数」は、PCR検査で陽性反応が出た人の数であって、コロナの感染者ではありません。PCR検査では、マイコプラズマなど、新型コロナ以外のウィルスでも陽性反応を示します。自治体、マスコミはこのからくりを絶対に説明しません。

第2のウソ:感染者(じつは陽性者)の絶対数の増加をもって感染拡大としている
これは、マスコミや自治体が国民を煽る絶好の手段。「今日は感染者が初めて300人を超えました」などとどこやらの知事が、さあ私の出番とばかり「緊急記者会見」をやって自粛を呼び掛けます。
しかしこの知事たち(だけでなくそれをそのまま流すマスコミの記者たちも)は、そもそも割り算ができない小学生以下の知能の持ち主です。
陽性者の絶対数がいくら増えてもそれ以上に検査件数が増えれば、陽性率はかえって減ることになります。昨日の陽性者が100人で検査件数が2000件なら陽性率は5%だけど、今日の陽性者が200人に増えてもその時の検査件数が5000人だったら、陽性率は4%に減りますね。
自治体やマスコミは国民を脅かすために、絶対数だけを発表して、感染が拡大したかどうかを示す陽性率を絶対に言いません。つまり分母を示さないのです。後述しますが、しかるべき資料に当たれば、これはすぐに見つかります。

第3のウソ:PCR検査を受ければ感染したかしないかがわかる
先述の通り、PCR検査で陽性と出ても、新型コロナであるとは限りませんが、それ以外にも、この検査の信頼度を疑わせるに足る専門的知見が出されています。この検査は、検体の部位や種類、感染や発症からの経過日数によって、その感度が大きく異なることが報告されています。一般に日数が経てば経つほどその感度は落ちます。
https://jeaweb.jp/covid/qa/index.html#:~:text=%E6%95%B0%E7%90%86%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E7%B5%90%E6%9E%9C%E3%80%81%E6%84%9F%E6%9F%93,%E6%84%9F%E5%BA%A6%E3%81%AF62%EF%BC%85%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
だから検査を複数回行なうと、陽性だったのが陰性になったり、その逆の場合も生じます。しかし自治体やマスコミは、真相を言わず、この検査が確実であるかのように喧伝しているのです。

第4のウソ:夏に第2波が来て、第3波もこれから押し寄せる
陽性率が急増しなければ、第何波が来たなどといえないはずです。
厚労省発表のデータから計算すると、第2波が来たと言われた8月の陽性率は、4月と比べると以下のとおりです。
4月ピーク時(4月10日)  13.1%
8月ピーク時(8月7日)   7.8%
8月18日          4.3%
第2波など来なかったことがわかりますね。
では、最近はどうでしょうか。
11月22日         3.6%
なお騒がれている東京、北海道では、同じデータから計算すると、
東京11月23日       6.7%
北海道11月23日      5.6%
で、全国と比べるとやや高めであることがわかりますが、それにしても4月のピーク時と比べれば全然低いことがわかります。
https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/?fbclid=IwAR2S54N_qvGv4pvErqYep9pud9caVBH44VsTj9dv0q5nXk8iq4ZnOyHd6xw
いずれにしても、大波が襲ってきたかのような報道はいかにも大袈裟です。この程度の数字で、自粛したり委縮したりする必要があるでしょうか。

第5のウソ:新型コロナは恐ろしい死を招く
それでも、もし重症になったり、死んだりしたら……と不安になるのが人情かもしれません。
しかし上の数字はあくまで陽性率です。陽性率=感染率ではありませんし、またこの感染症が子どもや若者にはほとんどダメージを与えないことはよく知られています。老人で持病のある人たちをたまに重症に追いやることがあるのですね。
そこで、これまで陽性者のうちどれくらいの割合で死者が出ているか、同じデータから、その数を計算してみましょう。
陽性者に対する死亡者の割合は、1.5%、検査件数に対する死亡者は、何と0.05%という低さです。つまり、延べ検査人数1万人当たり5人しか死んでいないのです。
しかもその5人のうち半分は80代以上、4人は70代以上です。
それくらい、どんな病気だって死ぬんじゃないですか。

第6のウソ:新型コロナは、他の病気と比べても猛威を振るう
これはまったくのデタラメです。
ここに2019年の死因別死亡者数を人口10万人当たりで示したデータがあります。
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20200929-00199953/
悪性新生物   304.2
心疾患     167.9
脳血管疾患    86.1
肺炎       77.2
不慮の事故    31.7
自殺       15.7
肝疾患      14.0
結核       1.7
老衰       98.5
これらの数字と比較すれば、新型コロナの死者が現在2000人ですから、多めに見て年末までに3000人に達するとしても、人口10万人当たり年間で2.38となります。結核といい勝負。いかに少ないかがわかるでしょう。

第7のウソ:マスクはコロナ感染の予防に役立つ
これは日本人のほとんどがいまだに信じているようですね。でもこれも真っ赤なウソです。
よほど密閉度の高い医療用のマスクでなければ、ウィルスはマスクの網の目よりはるかに小さいので、簡単にかつ大量に通り抜けることができます。
新型コロナウイルスは、微粒子(エアロゾル)として空気中を浮遊しますから、マスクはそれを防ぐことができません。
マスクが役立つのは、あなたが感染者だとして、あなた自身が飛沫を飛ばして近距離で他人にうつす危険がある場合だけです。その場合、あなたは他人にうつさないためにマスクをする必要があるでしょう。
つまり、予防には全然役立たないのです。
GIRA BLOGというブログに面白い実験動画が載っています。どうぞ見てください。
https://ameblo.jp/djdjgira/entry-12639325866.html

第8のウソ:三密による感染を防ぐためにソーシャルディスタンスをとるべきだ
このウソはすぐに見抜けますね。なぜって、日本の家屋は狭いので、外出を控えて家に引きこもっていたら、単身世帯でない限り、密接、密着は避けられないからです。家族の誰かがどこかでウイルスをもらってきて、その後学校や会社にも行かず、テレワークしてたら、家族間でたちまちうつってしまうでしょう。
新婚さんなんて、夜の生活我慢するの? それと、道を歩いてるときはみんなマスクしてるのに、喫茶店やレストランや居酒屋では、マスク外してアハハ、オホホとやっています。でもそういう場所でコロナが大発生したなんて話、全然聞きませんよ。これおかしいと思わない人はいないでしょう。
忘れた人がいるかもしれませんが、コロナが流行り始めた頃、自粛要請を振り切って大々的なK-1のイベントが強行されましたね。三密どころか千密でした。でも、あれで感染者が出たという話を聞きません。
このソーシャルディスタンスというヤツが、どれほど町の活気を殺ぎ、あらゆるイベントを中止あるいは縮小に追いやったか、その経済的・文化的損失は計り知れません。健康イデオロギーの支配がいかに私たちの普通の幸せと楽しい生活を求める心を毀損するか、今回の経験でよく知ることができました。
マスクにしろ、ソーシャルディスタンスにしろ、憎まれるのを覚悟で言いますが、こういう意味のない自粛ムードを作り上げる人、盲従する人たち(ほとんどの日本人が該当しますが)は、同調圧力に屈していた方が気が楽なので思考停止して済ませているのだと思います。しかし、大衆社会におけるこういう空気の蔓延が、じつは全体主義の温床なのだということを忘れてはなりません。
お前はどうなんだと言われそうなので、答えておきます。一応外出時はマスクを携行しますが、ひとりの時は、店に入っても電車の中でもマスクをしません。ただし誰か特定の人に会う場面、規則で要請される場面では、いたずらに悶着をおこしたくないので、マスクを着用することにしています。

第9のウソ:コロナに罹っていた人が死亡したらコロナ死
これはあまり知られてないようですが、6月18日に厚労省が、コロナに感染していた人が死亡した場合、他に死因があっても公表せよという通達を自治体に出したのです。結果的に、他の死因で死亡しても、コロナ死者としてカウントされることになってしまいました。
厚労省のこの恣意的な通達の意図は何でしょうか。
もちろん、コロナ禍を重大視したということなのでしょうが、これはおかしいですね。つまり、現在公表されている「コロナ死亡者数」は、水増しされている可能性が大です。上記の計算では、一応厚労省統計を信用して扱ってきましたが、本当は、コロナによる死者はもっと少ないはずです。もしそうなら、疫病としてのコロナ禍を、こんなに大げさに考える必要はさらになかったことになります。

第10のウソ:欧米のコロナ禍は激甚だった。これからも……
確かに日本やアジアに比べて(中国は当てになりませんが)、欧米ではけた違いに死者が多く出ました。
しかし、たとえばアメリカは最大の死者数で、25万人を超えたなどと大騒ぎされましたが、この場合も人口比で計算すると、けっしてダントツなわけではありません。ベルギー、イタリア、スペイン、イギリスなどヨーロッパ諸国、ブラジル、アルゼンチン、メキシコなど中南米諸国などよりも下回っています。
アメリカは大統領選でバイデン陣営の前代未聞の不正が明らかとなり、争いがまだ続いていますが、選挙運動期間中、バイデン陣営はひたすらトランプにコロナの責任を押し付けるばかりで、まるでそれしか言うことがないのかという感じでした。
しかしトランプ大統領は、3兆ドルもの大型予算を組んで対コロナ禍補償策を打ち、経済のV字回復を実現しています。この方向性は間違っていなかったと思います。
また、まるで欧米のコロナ禍がまだまだ続くように思っている人が多いようですが、おおむねどの国も、死者数は5月段階でカーブが水平に近くなり、その後終息に向かっています。
https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html
それに、ヨーロッパの人々は、日本人ほど大騒ぎせず、みんなクールにふるまっているという話をイギリス帰りの人から聞きました。またスウェーデンでは、重症者対象の治療に特化させており、在住日本人医師も、医療関係者でさえマスクをしていないと言っていました。
欧米諸国の死者数は、100万人中800人前後ですが、これも先ほど示した日本の人口10万人当たりの死因別の表と対照すれば80人くらいとなり、ふだん問題にもされない普通の肺炎死と同じ程度です。
ちなみにヨーロッパ各地では、この秋、政府のロックダウンや社会生活を制限する方針に対する、医師たち専門家を含む反対運動が高まっています(冒頭画像参照)。

以上、パンデミック、パンデミックと騒ぎ立てる日本のマスコミや自治体の強迫神経症ぶりを指摘してきました。2020年のコロナ騒動は、倒産や廃業や失業や自殺者を増やしただけの、じつに愚劣な一幕だった、と過去形で語っておきます。この世界を襲ったメンタルな病気が、来年まで持ち越さないことを切に祈ります。

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米大統領選に関するあるアメリカ通の方の分析と意見

2020年11月17日 23時10分45秒 | 政治

米大統領選の民主党の不正に抗議してホワイトハウス前に集結した大群衆

11月11日にアップした拙ブログ
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/e604425bd611f812d94698ea5ac75fb4
を何人かの方にお送りしたところ、長年英語圏で暮らしてきてアメリカ事情に詳しいある方から、長いお返事をいただきました。優れた分析と主張にたいへん感銘を受けましたので、ご本人の許諾を得て、ここに転載させていただきます。
なお、ブログ管理者である小浜は、この方の本文には一切手を加えておりません。


**********************************

小浜さま

メールありがとうございます。

小浜さんのブログは複雑な問題を綺麗に整理して分かりやすく書かれているので、いつも大変勉強になります。

小浜さんのおっしゃるように中共はトランプ大統領を勝たせて国内混乱を起こさせようと策略しているのかもしれませんね。私には、それはサブシナリオで、トランプ落選がメインシナリオだと思います。彼らはトランプ氏が勝っても負けても中共に有利になるスキームを組んだと見ています。ジョージソロスのように、相場が上がっても下がっても利益が出る仕組みです。これぞ投機家の究極の技です。敵ながらあっぱれとはこのことです。

最近は米大統領選挙の分析に関し日々新しい材料が出てきて、興奮してしまう毎日です。アメリカ発の情報を見ようとすると日本の夜から盛んに発信があるので、ここ数日寝るのも朝方になっています。最近は小浜さんがブログで参考資料として名前を挙げられた方々のように英語の情報をきちんとフォローしてわかりやすく説明しているコメンテーターの数も多くなってきていますし、そのフォロワーも増えているようですね。情報鎖国の日本人もいよいよ目覚めてきています。私は英語でダイレクトに情報を取っていますが、英語が不得意でもブラウザーの設定でネットの海外記事を自動的に翻訳することは既に可能ですし、YouTubeで字幕の出せるものは、「文字起こしを開く」をクリックして出てきた字幕をグーグル翻訳にコピペしてすれば結構良い翻訳が出てきます。もうすぐ外国語音声が自動的に日本語になる機能がYouTubeについて日本人の海外情報リテラシーは格段に上がるでしょう。

最近はFOXニュースもリベラルの内部浸透工作(?)があるのか、変にリベラルの情報が混ざってきてるなと思っていたら、米国のネットでもこの傾向は既に話題になっていて、それでFOXは視聴率が下がったそうです。アメリカ国民には分かってる人が多いなと安心しました。代わりに視聴率を伸ばしているのはNewsMax TVで、視聴してみるとなるほどと思います。他にもOne America NewsもChristina Bobbという元気溌剌とした女性キャスターが忌憚なく選挙の不正を訴えています。
https://youtu.be/bZaXmdMDG7E
彼女は以前、海兵隊所属で欧州やアフリカ、アフガニスタン等に駐留していた弁護士で、国土安全保障省でも要職についていた人です。ネット検索してみると軍の制服の凛々しい写真が出てきます。ほんとアメリカという国は人材が多彩、人々の経歴も多彩ですね。さらに突っ込んで検索していくと元ハーバード大学教授、NYタイムズベストセラーを含み多数の著作を出している有名弁護士のAlan Dershowitzがトランプ訴訟の法的分析をYouTubeでほぼ毎日やってますが、登録者が3,000人弱と異常に少なくやっぱり本当の法律の話は専門でない人には敬遠されるのかなと思いました。ちなみに彼の番組もパソコンのYouTubeで字幕をグーグル翻訳にコピペすれば内容は分かります。彼の分析によれば、現在の裁判の法的根拠では一部勝訴はあっても全体をひっくり返すほどには至らないだろうとのことです。
https://youtu.be/31YJfSVAFNU
その他にも頭の切れるコメンテーターや専門家は何人もいますし、保守派のまともな新聞も多数あって、自分はほんの少しの情報しか見ていないなと感じています。保守派の中にも民主党の不正選挙の証拠として挙げられている事象や分析も、不正確なものがあると丁寧に論証している人もいますから、真実は何ともわからないものですね。おそらく個々の事象の究極の真偽などは分かるはずがないのでしょう。

でも、こんな時は大局をしっかり把握するのが私のような一般人ができる最良の方法だなと思います。天高い所から見れば民主党の不正があったのは疑いの余地がありません。日本では絶対に認められない郵便投票がコロナを口実に大々的に導入され、トランプ大統領が郵便投票を不正の温床だと何か月も前から言っていたのに、メディアは当時報道せず、SNSはそういう議論を始めから検閲して言論弾圧したのは隠しようのない事実です。どうして議論さえさせなかったのでしょうか。トランプ氏が言い出した時、私はメディアの態度が何かおかしいな、と思ったのですが、今その理由がはっきりしました。さらに、投票日後、不正選挙があったという様々な指摘も容赦なく封じこまれています。普段ならスキャンダルに飛びつくマスコミが口を揃えて証拠がないと言って受け付けていません。疑惑が浮上したら真っ先に飛びついて調べるのがジャーナリストの仕事ではないでしょうか。こういう状況を総合的に見て分かるのは、要するに不都合な事実や議論を隠そうとすること自体が、それが真実である動かぬ証拠ですよね。大統領であるトランプ氏の公式記者会見を途中で大手放送局が打ち切るのですから、もうディープステートもなりふり構わずですね。ホワイトハウスの報道官のケイリーマケナニーが言っていましたが、
https://youtu.be/Cl36uhz9MzQ
アメリカで民主党だけが、投票者の本人確認、市民権や居住地の確認、投票権の有無の確認など、常識で考えれば当たり前の手続きの導入にずっと反対してきてます。「なぜ?」と考えれば、「不正をするため」と答えるしかないでしょう。投票用紙がどぶに捨てられていた画像はフェイクニュースかどうかという細かい議論をする前に普通の人が普通に考えておかしいと思う動かしようのない事実を忘れてはいけないと思います。メディアや民主党の工作も見てれば段々手口が見えてきます。バイデンが先に慣習に反して勝利宣言ぽい会見をやってその後にトランプ大統領がそれを否定する形で勝利宣言ぽい会見をしたのに、メディアはトランプ氏があたかも先に慣習を破ったと報道している。私も最初はそれに騙されていました。バイデンはPresident Electでないのにそう振る舞って既成事実化しようとしている。こうしておけば仮にトランプ氏が大統領再選となれば暴動の規模は大きくなりますよね。調査会社やメディアの選挙結果事前予想も同じでバイデン優勢としておけば、不正をやってバイデンが当選しても、「ほら事前予想と同じ結果でしょ」、となる。トランプ氏が再選だったら事前予想と違うと言って暴動がさらに激しくなる。すべてがトランプ落とし、バイデン当選のためにメディアエンジニアリングが巧妙になされているのが今の世の中で怖いものです。アメリカのメディアは数十年前は数えきれないほどあったのに、今では上位5社がほとんどのメディアを傘下においていて、看板は違っていても出どころや方針は同じということですから恐ろしい話です。究極的には大半がディープステートに繋がっているのでしょう。

今回の選挙をフォローしていて再確認したのは、アメリカでは、メディアどころか、司法省やFBIなどの連邦政府機関、州の知事、裁判官、警察も選挙管理委員会も公正さは期待できないということです。民主党の強い州の裁判所では裁判官が民主党に有利な判決を出す、選挙の不正を見た人が通報したのに、「後で担当者が電話する」と言われたまま返事がない。共和党の選挙監視人を不法に締め出しても何も措置が取られない。一般人から専門家までこう指摘している米国人が多数います。これでは話になりません。でもこれはブラックライブズマターの暴動で商店街が焼き払われても警察がこない、容疑者も形式上逮捕されて翌日釈放されるのと同じ原理です。外国に暮らしてみればわかりますが、ダメモトでもゴリ押しする、文句を言われても平然と突き進むという人は日本人が想像する以上にいるのです。違法でも拳銃で撃たれるまでやり続けるという人さえいてもおかしくないということです。一般人の日常生活だけではなく、社会を動かしているあらゆるレベルでこういう行動が見られるのですから、いつでもどこでも戦いですよね。正義が勝つのではなく、勝った方が正義となります。

あともう一つ思うのは、裁判が選挙不正の実際の有無を決めるものではないということです。もちろん法律問題についての決着はつきますが、あたかも裁判で本当のことが分かるという方向に議論が進められているのは一種の世論誘導かもしれません。メディアが用意した問題用紙に解答を記入しているうちに思わず彼らの思う壺にはまってしまうのではないかと思います。裁判で扱える範囲は実際の不正のごく一部だろうと思います。現時点でも選挙の不正を宣誓書に供述して不正を明らかにしようとする人が少なからず現れてきて、これはもちろん証拠として裁判に提出できます。トランプ側の弁護士の元ニューヨーク市長のジュリアーニが言っていましたが、宣誓書に嘘があれば偽証罪で最低5年監獄行きですから信憑性は高いです。証拠がないと言っていたメディアが証拠が少ないと言い始めていますが、そもそも、宣誓書を書けば裁判の際には証人喚問で呼ばれて、仕事を休んで出廷し、相手側辣腕弁護士の徹底的な尋問を受ける覚悟がなければなりません。揚げ足を取られて、あなたの宣誓書は嘘ではないか、と言われるリスクもあります。そもそもそれが相手側弁護士の仕事で、これを何年も何十年もやってきた法的専門家と対峙するのです。名前も公開されますから、銃社会の米国では生命の危険さえあります。そうでなくてもトランプ支持者と罵られ村八分にされたり、不当に解雇されたりする可能性もあります。その被害は本人だけでなく家族親戚にも及びます。よっぽど勇気があって信念のある人しか出てこないのです。100枚の宣誓書が集まったら、実際はその何十倍、何百倍の不正選挙の潜在的証人がいると思います。これはほんの一例で他にも裁判がいかに限定的なものかを示す理由は多々あります。

開票作業や再集計も同じです。投票事務にはボランティアでも参加できる州もあります。ある地区で投票用紙と封筒のサインの照合をしたとかしていないとか議論になっていますが、それ以前に照合というのはどの位の精度でできるのでしょうか。米国外の英語国の話ですが、私は字が下手なので自分の英語のサインは毎回少しずつ違います。それでも銀行で預金を下ろす時に登録してあるサインと違うよと言われたことは10年以上の間に1度しかありません。その時は書き直しても上手くいきませんでしたが、まあOKとなって札束を手にしました。日本ではハンコの丸い枠のごく一部がかすれていても押し直しとなりますが、外国の事務作業というのはこんなもんです。コンピューターで画像認識して照合する場合でもその精度は調整可能です。他にも締め切り後に来た票を分別管理してあるという話などをまともに信じてはいけないと思います。完全に嘘が見破られるまで自信を持って雄弁に自己弁護を平気でする人はたくさんいるのです。考えてみればそうするのが当然ですよね。

郵便投票の不正の方法についても同じで、二重投票や死人の投票など理論的にははっきり検証できる不正もありますが、それすら大量の投票用紙を現場が実際再検証しようという意思と能力があるのかはなはだ疑問だと感じます。それよりも「不正」が証明できない「不正投票」の方が多いと考えています。郵便投票では、投票用紙に記入した時に周りに誰がいるかわかりません。民主党一家で息子が一人だけトランプ支持者だったら、自分の部屋に引きこもって投票用紙を記入できるという保証はありませんよね。夫婦の間でもそう、隣人との間でもそう。民主党への忠誠を確かめるためにお互いに投票用紙を見せ合いましょう、などと尋常でないことを言いだす図々しい人もいるだろうというのは海外生活の長い私には容易に想像がつきます。ましてや、私の目の前でバイデンに入れた票を見せてくれたら10ドルで買う、と言われて投票用紙を渡した人がいてもそれが摘発されて裁判で立証可能な証拠が揃うことはまずありません。英語の読めない移民もたくさんいます。自分が熱心な民主党活動家だったらどんな不正が可能か想像力を働かせて考えてみる必要があります。思いついたことをひるまずやる人が日本人が想像する以上にいるものです。もちろん共和党の人達にもこういう不正をする人たちはいるでしょうが、イデオロギーで動いている政党の人達は他人を管理するのが好きで、組織的に行動するものです。

個人的には法廷闘争より、司法省やFBIをトランプ大統領が動かすことができれば犯罪捜査で結果が出るのではないかと見ています。ただ、これも逆転の可能性はそれほど高くありません。ヒラリークリントンの国務長官時代の不正の証拠があれだけ言われているのにいまだに牢屋に入っておらず、逆に2年の歳月をかけて莫大な費用をかけて何も出てこなかったトランプ大統領のロシア疑惑があれほど大ごとになり、バイデンの息子のパソコンもFBIが1年も預かっていて何もなし。これでは話になりません。CIAも同じです。また、証拠の押収は可能ですが、刑法での大規模な法廷闘争となりますので時間があるかも懸念事項です。

CIAの長官もやっていたポンペオ国務長官が記者会見で、記者に「いつバイデン政権に引き継ぐのか」と聞かれて、「トランプ政権は二期目に入る引継ぎをスムーズに行う」と自信を持って即答して記者会見を終わらせましたが、あながちはったりではなく、彼は何か知っているように見えました。開票活動の組織的な不正摘発、あるいは例のソフトウェアの改竄問題の方が逆転の可能性があると思います。こういう話をすると陰謀論とかいう人がいますが、民主党のアメリカはいわゆるカラー革命などで海外で実績があります。こういう国々では開票ソフトもアメリカ製でそれを悪用して外国政府を転覆させたと言われています(本当にそうだとするとアメリカが世界に汚名を晒すことになるのでその暴露はジレンマ的問題)。要するにアメリカ、あるいは民主党にはそういう専門技能があるのです。そのノウハウを持っている人たちを民主党が使わないはずがないと考えるのが、私の見立てです。これも少し高い所から眺めて歴史上世界のあちこちで起きたことをたどって見て行けば自然とこういう流れになるのが見えてくるのではないでしょうか。水は上から下に流れる、穴があればそこに溜まる、要するに機会があれば利用されないはずがないということです。目的のためなら何でもするというのが共産主義であり、それに侵食された民主党でしょう。民主党にやどったディープステートは、中共のように、見える形の国家権力の行使ではなく、人々をメディアや教育を通して見えないように操ることで同様の全体主義国家を作ろうとしているのですからやっかいだと思います。彼らは今自国アメリカで政権転覆のカラー革命をやろうとしているのではないでしょうか。トランプ側弁護士のSidney Powellが、トランプ大統領が大幅なリードしていたのに複数の接戦州で開票作業が夜中にほぼ同時に中止され朝起きたらバイデンが劇的な逆転をしていた、というのは万人が見た動かしようのない事実で、これを基軸に考えるべきではないでしょうか。開票作業が途中で中止されるのは尋常ではありえないことなのになぜ足並みを揃えて開票中止となったのか誰もまともな説明していないと彼女はAmerican Conservative UniversityのPodcastで言っています。その上で、検証が必要な分析を紐づけて行くべきだと思います。データ分析の専門家などからはバイデンの票の増え方が異常だし、共和党議員に投票した人達が多いのに大統領票だけバイデンが増えている、開票集計機がインターネットに繋がっているものがある、事前承認を得ずにソフトをアップデートされた集計機がある、集計機にアクセスできる暗唱キーが選挙の1か月前に盗まれた地区があってそこでバイデンが劇的に勝っている、海外でこのソフトのサーバーが押収された、ソフト開発会社が民主党や中共と繋がっている、などなどいろいろな情報が出てきています。これもざっくり言えば、この手の話をするとSNSでアカウントが削除や凍結となることがはからずも真実が何かを教えてくれているのかもしれません。さらに言えば、地下室に閉じこもってまともな選挙活動もせず、出てきても支持者が閑散としているバイデンが歴史上最多の票を集め、あれだけ多数の熱狂的支持者を集めたトランプ大統領が負けるというのはどう考えてもおかしいという普通の人の感覚はあながち間違っていないと思います。

ここでトランプ大統領が逆転しなかったら、古き良きアメリカ、もっと言えば人類の民主主義は絶滅すると危惧しています。でも、今回いろいろ見ていてわかったのは、アメリカ中央部のいわゆる共和党の強いレッドステートには健全な人たちが沢山いるということです。キリスト教的道徳(というか「嘘をつかない」など万人に共通する道徳)、本来の自由主義を基盤に、人として感銘を受ける言論活動、人間行動、政治活動をしている人達が結構いるのだなと思いました。アメリカ人と言えば東西沿岸部のリベラルがステレオタイプになっていますが、実はアメリカ全体を見るとそうでもないのが良くわかりました。何しろ半分はトランプ氏に投票したのですから。そんなまともなアメリカを代表する人を見つけました。国政の経験もあり現在はサウスダコタ州知事のクリスティ・ノームという女性は選挙不正の話題についてABC放送のリベラルキャスターをタジタジにしています。
https://youtu.be/c7BYXVbl5Jc
他のビデオも探して見てみましたが、この人こそ、まともな人間のまともな生活に基づいて州知事を務めている人で、小浜さんの理想とする地に足をつけた本当の政治家ではないでしょうか。頭の切れが最高で何とも品のある雄弁家です。質問されたら2,3秒落ち着いて考えてから理路整然と言い放つ、頭の中にスーパーコンピューターが入っているかのごとくです。彼女は何と、牧場に育ち20歳で結婚し子供3人、父の急死のため大学を中退し、父の経営していた農場を手伝い、そして政界に入り議員と子育てをしながら大学を卒業、いわゆるアメリカのアイビーリーグとかの有名大学出身ではないのにこんなに頭が良く強い信念を持って活動している。彼女は将来アメリカの大統領になる資質があるすごい人だと思います。日本にも男女を問わずこういう大地に根を張った政治家が多数出てきてほしいです。本来のアメリカ人がアメリカを取り返せることができるようトランプ大統領再選を期待している毎日です。



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アメリカ大統領選の背後に蠢くもの

2020年11月11日 19時50分57秒 | 政治


これを書いているのは2020年11月11日です。

アメリカ大統領選がまだ決着を見ていない事実については、多くの人がご存知と思います。
それにもかかわらず、世界のマスコミはバイデン氏当選を報じ、日本を含む先進諸国首脳は、すでにバイデン氏に祝辞を送っています。台湾の蔡英文総統までも祝辞を送っているのです。
けれども現時点で、信頼のおける情報を総合すると、次の事実が確実です。
①トランプ氏はまだ敗北を認めていない。
②共和党陣営は、これからが本当の選挙戦であると言明している。
③開票がすべて終わったわけではない。
④今回の投票では、バイデン陣営による大規模な不正が行なわれた。
⑤各州で民主党の不正と11月3日の選挙無効を訴える訴訟がいくつも起きている。
⑥これらの訴訟が却下された場合、最高裁まで上訴されることが確実視されている。
⑦いくつかの州では再集計が検討され、ジョージア州ではすでに再集計が決定している。
⑧中国、ロシア、北朝鮮、メキシコ、ブラジル、トルコは、まだバイデン当選を認めていない。

この未曽有の混乱で、焦点となるのは、次の二つでしょう。
A.民主党の不正の実態としてはどんなことが挙げられるのか
B.これから大統領が正式に決定されるためのプロセスはどうなっていくのか


Aについて。
・ウィスコンシン州、ミシガン州で、一夜の間に12万票、13万票という大量の偽の投票用紙が持ち込まれ、それらがすべてバイデン票だった。
・全米で少なくとも15の州で、大量のトランプ票をバイデン票に自動的に変換させるソフトウェアが導入されている。ミシガン州では、6000票のトランプ票がバイデン票につけかえられた。
・郵便局員や選挙スタッフが、宣誓供述書を提出した上で、投票締め切りを過ぎて届いた票に、投票日当日の日付を付けるように上司から指示されたと証言した。
・不正票の中には、すでに死んだ人の票や18歳未満の人の票、引っ越して州の外部に住んでいる人の票などが大量に含まれている。これらはすべてバイデン票である。
・投票率が理論的には考えられないほど高い州が複数ある。
・ペンシルベニア州(特にフィラデルフィア)では、共和党の監視員を強制的に排除したり、共和党支持者が投票に来た時には水性ペンを渡して認識不可能にしたり、本来州議会が決めるべき投票締め切り日を役人が3日延長を認めるなどの決定をした。
・郵便投票用紙のかなりの部分が、事前にバイデン側にマークシートされていた。
・投票用紙を売買する現場の動画や、いくつもの大きなバッグに詰まった投票用紙を業者がトラックに詰めて運ぼうとしている動画が公開されている。

まだまだあるでしょうが、とにかく民主党サイドで膨大な不正が行なわれたことは確かです。大統領選挙では、昔から不正が行なわれてきたことは有名ですが、今度のような露骨な形で行われたのは前代未聞と言っていいでしょう。
日本のどのマスメディアも、トランプ陣営の訴訟提起を報じながら「証拠を示さなかった」と締めくくっていますが、証拠を公開すれば、被告側が証拠隠滅を図ることは明白です。検察や警察が、犯罪容疑者の証拠を、法廷開始以前に公開するでしょうか。
さらに、NHKをはじめ、日本のマスメディアは、ジュリアーニ元ニューヨーク市長が暴いたジョー・バイデン、ハンター・バイデン親子の中国との醜悪な癒着関係について、まったく報じていません。日本や世界のマスメディアは、ぐるになって民主党に加担しているのです。日本の一部のマスメディアは、トランプ氏は身内までが見放しているのに往生際が悪いなどという、民主党寄りのメディアが流しているデタラメ情報を、そのまま報じている始末です。往生際が悪いといった指摘は、日本人の道徳感情をいたく刺激することでしょう。
しかし、トランプ陣営は、はじめからこうなることを見越して、合法的な戦略を取っているだけのことです。私たちは、アメリカという権謀術数にあふれた政治的国家が、目的遂行のために合法的であるかぎりはいかなる手段をも取ろうとする強靭な政治的意思を秘めている光景に立ちあっているのです。良し悪しはともかく、アメリカ大統領の選出は、国民の投票が最終決定手段なのではないという事実を、私たちは肝に銘じて知るべきです。心あるアメリカ国民なら、往生際だの潔さだのといった日本人好みの「切腹美学」的判断など歯牙にもかけないでしょう。政治と道徳とは同じではありません。

このような組織的不正(ボケじいさん・バイデンが投票日前にそのことをうっかりしゃべってしまいましたね)の背景には、当然、中共独裁政府の間接侵略が考えられます。そう、これは共和党と民主党の闘いを超えて、アメリカ本土を戦場とした米中戦争なのです。

それはともかく、ではどのような手続きでトランプ氏は、当選を果たそうとしているのか。
アメリカの大統領選挙の仕組みはたいへん複雑ですが、概略次のような手順を踏みます。
まず最高裁判事の判断ですが、5人の保守派の判事がトランプ陣営の主張に賛成票を投じると、トランプ氏は、米国大統領に再選されます。
もし保守派判事5人のうち1人が、トランプ陣営の主張に反対票を投じると、最高裁では決着がつかないことになります。すると、舞台は連邦議会に移ります。12月8日までに選挙人が決定しないと12月14日の選挙人投票が実施できなくなるので、連邦議会で大統領を選出しなければなりません。上院で副大統領が、下院で大統領が選出されます。
ただし、議員全員が議決に参加するわけではありません。下院で各州一人ずつの代表50人の投票が行われ、過半数を得た者が大統領に選ばれます。それが2021年の1月6日です。下院議員全員では民主党が多数を占めていますが、各州一人ということになると、共和党が多数を占める州が26、民主党が多数を占める州が22と、共和党のほうが優っています(残り2州は比例代表制)。しかし共和党議員が必ずトランプ氏を指名するとは限らず、後の暴動などを恐れて日和る者も出てくる可能性があるので、必ずこの50人の代表投票でトランプ氏が勝つとは限りません。
さらに、もしも下院で、トランプ氏もバイデン氏も過半数を獲得できなかったら、大統領が決まらないことになります。その場合、共和党が過半数を占める上院で現副大統領のペンス氏が副大統領に選ばれれば、ペンス氏が大統領職を代行することになります。
さらにさらに、ここでも共和党上院議員に棄権者が出て副大統領が決まらなかった場合、ペロシ下院議長が大統領職を代行することになります。ペロシ下院議長は民主党で、トランプ氏とは犬猿の仲です。

以上のようなややこしい過程を経て初めて大統領(代行)が決まるので、トランプ氏は、この長い過程での勝算をあらかじめ頭に入れていて、いま法廷闘争に打って出ているわけです。

ところで、一つ懸念があります。
私は、最終的に大統領選自体はトランプが勝つとみていますが(間違ったらごめんなさい)、中国、ロシア、北朝鮮、メキシコなど、アメリカと仲のよくない国々が、バイデンの勝利宣言を認めていない事態に不気味なものを感じます。
それに、このたびの民主党の不正は、まるでそれに気付いてくれとでもいうように、あまりに露骨で幼稚とさえ言えないでしょうか。これも考えてみれば不気味です。
陰謀論めきますが、中共は、本当はトランプに勝たせて、それによって生じる国内混乱に乗じて自国の覇権欲望を満たそうとしているのではないか? 実際、習近平氏は、来年1月まで、いやトランプ氏の就任によってその後も増大するであろうアメリカの混乱状態を、台湾攻略の絶好のチャンスとみているという囁きも聞かれます。

さあ、もしこの私の懸念が当たっているとすると、仮にトランプ勝利が実現したとしても、それを手放しで期待するわけにいかなくなりますね。まさに地球を巡る巨大ギツネと巨大タヌキの化かし合いです。ただ私は、習近平や極左や、さらには世界秩序の混乱によって得をするディープステートの連中が、無能でボケのバイデン氏を傀儡に立てて、世界や日本を思い通りに動かすようになるよりは、この際トランプ氏に頑張ってもらって、超大国アメリカの分断を統合し、国家秩序を維持してもらいたいと思っています。その上でチャイナの横暴に力を合わせて闘う方が、日本にとってはるかにましだと考える次第です。米中戦争は全世界を巻き込んで、長くなりそうです。

*参考資料
及川幸久:
https://www.youtube.com/watch?v=vSCtZlO8t5Q
https://www.youtube.com/watch?v=jWgld56SlBo
https://www.youtube.com/watch?v=YNnNaxMuqVI
田中宇:
http://tanakanews.com/201106election.htm?fbclid=IwAR33luvFX6QbhfrGpio4hPOchY2aueafzIeMFJf4xxyXdSs-v_sJURSChCg
https://tanakanews.com/201107election.htm?fbclid=IwAR0GhQTvQuaaFvUXgQ8AejsaI3kOM_XwCpiXxMqBZmDFq5-Dx_CCzFCyAB4
藤井厳喜:CFR FAX NEWS Novenber9
あえば浩明:https://www.facebook.com/jikido.aeba
美津島明:
https://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/117b4579bed260ec401db435fa79a0f2?fbclid=IwAR1mse9QHfxwAYM_Ifc8NQmTPMntS4fRus6GC4oBawrdJ3RQO_-_LjY1iHo
ケント・ギルバート:https://www.youtube.com/watch?v=GeQben_bByU
エポックタイムズ(大紀元時報):
https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%A4%A7%E7%B4%80%E5%85%83


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ホームレス・トラックという現実

2020年10月29日 16時23分37秒 | エッセイ


必要があって、27日の夜9時半から11時ごろ関越道を東京に向かって突っ走りました。
それまで夕食を食べていなかったので、さすがにここらで食った方がいいかと思い、レストランマークのある寄居(よりい)PAに寄ったのが10時少し前。ところがすでに土産物店も食事の場所もすべてCLOSED。
仕方がないので、その先の高坂(たかさか)なら規模が大きいから何か食えるだろうと踏んで、10時ちょっと過ぎに高坂SAに入りました。レストランは閉まっていましたが、オープンスペースで、何とかラーメンにありつくことができました。
客はほとんどいません。ひとり侘しく醤油ラーメンをすすりながら、これもコロナの影響かと思いつつ、その閑散とした風情に、この世のはかなさを味わったのでした。
これがバブル期だったら、けっしてそんなことはなかったでしょう。
あの頃は、都会の飲食店は終夜営業が多く、地下鉄やJR山手線、首都圏の私鉄さえ、終夜営業をすべきではないかという主張がかなり盛り上がったものです。鉄道のほうは実現しませんでしたが、でも明らかにそれをやってもペイするような気分の高揚がありました。
筆者は、深夜、高速道路のSAに立ち寄った経験はありませんでしたが、バブル期にはおそらく食事処の深夜営業もやっていたのではないでしょうか。でないと、トラックの運転手さんなど、困りますからね。

トラックといえば、SAでの売店が閉店になっていることにはさほど驚きませんでしたが、この時間帯、寄居も高坂も駐車スペースに何百台もの大型トラックでいっぱいになっていたことには衝撃を受けました。乗用車はまったくといっていいほど見当たりません。
売店がやっていないのに、広い駐車場がトラックで溢れている、これは運転手さんたちがここを仮眠のための場所にしているとしか考えられません。つまり、彼らが帰社してトラックを納め、帰宅してゆっくり休むだけの時間がほとんど与えられていないことを示しているでしょう。
つまり彼らは一つの仕事を終えると、ただちに別の仕事を命じられ、日本全国を休みなく走り回っているわけです。いわば「ホームレス・トラック」ともいうべき状態に置かれていることになります。

少し前にテレビで、トラック運転手さんたちの行動を、彼らに付き添ってルポする番組を見たことがあります。人手不足のため、荷揚げ、荷卸し作業も一人で行わなくてはならず、一つ納品が終わるとトンボ返りで別の荷主のところに向かう。これを休みなしに続けます。生活時間はめちゃくちゃになります。いつ寝るのかとの記者の質問に、「時々仮眠を取るしかないですね」と答えていました。少しでも納期に遅れると、荷主や届け先からクレームが来て、上司からも圧力がかかります。過酷極まる労働状態ですし、危険でもあります。
その事実は頭ではわかっていましたが、実際に壮観と言ってもいいあの光景に触れると、ああ、たいへんだな、とため息が出てきます。おそらくこれから起きて三々五々、深夜便に出発するのでしょう。彼らのほとんどは、食事もゆったりととる暇もなく、コンビニのおにぎりやハンバーガーショップのジャンクフードなどを車内で食べていると思われます。
トラック運転手の待遇は、以下の記事が参考になります。
https://toyokeizai.net/articles/-/365703?page=3

肝心なことは、この過酷さが、需要が多過ぎるために生まれているのではないという事実です。
この記事の前段にも出てきますが、90年の規制緩和で様相が一変し、競争市場になったため賃金低下が起き、過酷な条件に耐えられずやめていく人が多いので、結果的に慢性的な人手不足になっているということなのです。コロナで失職した人がこの業界に転身しても「3日ともたない」とも。

同じようなことは、看護師業界や介護士業界でも言えて、資格を持っているのに、労働条件の悪さのためにやめていく人が跡を絶ちません。その結果、常に人手不足に陥り、資格もなく言葉も満足に通じない移民労働者に頼るという悪循環に陥っています。ひどい場合には、福祉施設がホームレスを雇っていたなどという例さえあります。いつまでこんな悪循環が続くのでしょうか。

これは、特定の業界内の問題ではなく、政治問題です。
命や生活に直接かかわる大切な仕事に対して、政府が十分な財政的支援を行ってこなかったそのしわ寄せを、これらの現場労働者がもろに被っているのです。
政治家や官僚たちには、目先の利益追求や権力維持に汲々とするのではなく、もっと一般国民の生活実態について想像力を培ってもらいたい。そして誰の、どういう仕事によって自分たちの今が支えられているのかを、よくよく考えてもらわなくてはなりません。

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いわゆる「大阪都構想」は日本解体構想

2020年10月14日 19時50分01秒 | 政治


いわゆる「大阪都構想」についての住民投票が11月1日に行なわれます。
ご存知の方も多いかと思われますが、この住民投票は2回目です。5年前に一度行われて、否決されたにもかかわらず、維新は性懲りもなくまたやろうというのです。
前回は公明党が反対していたのですが、今回は、公明党議員の選出区に殴り込みをかけるぞと維新に脅されたため、それにビビッて賛成に回り、住民投票決行が議決されました。
法律用語に「一事不再議」という原則があります。一度議決された案件は再び審議することを許さないという原則ですね。維新は明白にこれに違反しています。

今回の住民投票に関しては、多くの反対議論がすでに出ています。元内閣官房参与の藤井聡氏、室伏政策研究所所長の室伏謙一氏らが活躍されるなかで、地元の方たちの反対運動も高まっています。去る11日には、関西の学者・研究者たちによる「大阪都構想」の危険性を明らかにするための記者会見が大阪市内で開かれました。その詳しい内容は、以下の報道で知ることができます。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/18698
また23日には大阪で、藤井氏が中心になって、シンポジウム「大阪都構想の真実」が開かれます。
https://the-criterion.jp/info/2020oosaka/?fbclid=IwAR1ROlXRz4ciXBsL7i-33nZ5p_d67Z_deKAcChIeVeoDrtl1s2IMY081iT4
また、地方紙・長周新聞には、この「大阪都構想」以前、10年前から橋下徹が行なってきた大阪府・大阪市の行政改革がどんな問題点を生み出してきたかも含めて、この構想がいかにひどいものであるかが、具体的に詳しく報道されています。皆さん、ぜひ目を通してください。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/18753?fbclid=IwAR1kcKGobV7u_5h5Lyy7UoIgVmADgLj20kj9odgnuJE5qDn5cdBItMCxCx8

大阪市民でもない筆者(横浜市民)がこれらに何か口出しする必要はないのかもしれません。しかし、この問題は、日本国全体にとって大きな危険をはらんでいます。とかく大阪という一地域、一自治体固有の問題と見られがちなために、全国的には(特に首都圏の住民には)関心の高まりがいまいちのようですが、これは他人事ではなく、これからの日本をどうしていくべきなのかにかかわる大きな問題なのです。
この「都構想=大阪市廃止構想」は、いろいろな意味で、いまの中央政府が取りつつある方向の、いわば雛形です。その思想がまったく一致しているのです。「行政の無駄を省く」「効率化を図る」という名目で、緊縮財政に固執し、福祉・教育・文化行政を削減し、水道など公共事業の民営化を推し進め、外資を自由に導入し、インバウンドと称してカジノを誘致し、補助金を切り捨てて「自助」「自己責任」にすべてをゆだねる――まさに安倍政権から菅政権へ引き継がれた、グローバリズム、構造改革、新自由主義路線そのものですね。
上記の記事の指摘の中で、最もひどいと感じたのが(ワーストを選ぶのも一苦労なのですが)、いま大阪市では、区役所の電話口、窓口に出るのがすべてあの竹中平蔵率いるパソナの非正規職員だという点です。質問しても答えられないので、「あなた、職員なの?」とこちらから聞くこともしばしばとか。このように、行政サービスのはなはだしい劣化が明らかとなっています。
またこの「都構想」では、小・中学校を含むさまざまな公共施設の統廃合や民営化がすでに実施されるか、計画に上るかしています。
アメリカでは、民営化路線に突っ走った結果、極端な貧富の格差が生じました。かの国では州によって刑務所まで民営化されているそうですが、営利目的で刑務所を運営したら、犯罪が増えるほど儲かるというシャレにもならない話になります。
維新がやっていることは、施策の基本線としてそういうことなのです。そしてもちろん、菅政権もそういう方向に日本をもって行こうとしています。

では、なぜ維新は、大阪市民を騙して、このような市民生活を破壊するような都構想なるものをぶち上げているのか。
これについては、先に掲げた、「関西の学者・研究者たちが行なった『大阪都構想』の危険性を明らかにするための記者会見」のなかで、神戸女学院大学教授・石川康宏氏の発言が多くを語ってくれています。氏によれば、橋下徹は2011年のダブル選挙で維新が勝った時、「次の衆院選は道州制選挙だ」と公言したそうです。また次の年に出した「維新八策」では「統治機構の作り直し」とあり、道州制の推進を明言しています。当時筆者もこの「維新八策」なる代物を批判したことがあるので、よく覚えています。
石川氏の言葉は続きます。

「大阪都」という発想は、道州制における関西州をつくるための一里塚として位置づけられている。2010年7月の大阪府自治政府研究会では、大阪市と府は役割分担が不明確だから、新しい自治体(大阪都)をつくり、さらに関西広域連合を作り、これらを合体させて関西州をつくるという構想が府の資料に出てくる。つまり、市民や府民のための構想ではなく、財界が喜ぶ国づくりに向けて、道州制を関西・大阪から作り出していくという一里塚に位置づけられている。だから平気で市のお金を府に吸い上げさせ、大きな広域経営体にしていく方向だ。こんなことはまともに市民に説明ができないから、説明会で「マルチ商法のようだ」といわれるやり方になる。こんなものにダマされてはいけない。

まことにその通りという他はありません。今回の住民投票に際しては、単に市民のためになるのかならないのかという視点だけではなく、こうしたより大きな視野の中で、維新が何をやろうとしているのかということも含めて考えなくてはなりません。

道州制は、大前研一らをイデオローグとして、経団連をはじめ関西の財界が長く主張してきたものです。経済活動にかかわる規制を撤廃し、国家統合を解体し、全国をいわば8つから10の自治州として互いに競わせれば、民間の自由度が高まり、産業も発展するという、幼稚きわまるバカみたいな政治理念です。中央政府は外交と軍事だけを担当する、いわば「小さな政府」の典型というわけです。
こんなことをすれば、ただでさえ東北地方や中国、四国地方など、スタートラインではるかに後れを取っている地方が競争に勝てるわけがありません。ますます引き離されて衰退していくでしょう。また、災害大国・日本で大災害が起きた場合、その救済や物資の供給で、州をまたいで連携を果たさなくてはならない時に、だれがどうやってその統合を図るのでしょうか。そのためのインフラは誰が整備するのでしょうか。長く続いてきた日本人としての共同体感覚を壊してしまって、自由競争至上主義の徹底でうまく行くと、維新及びその支持者たちは本当に思っているのでしょうか。さらに言えば、北海道が独立州になったら、虎視眈々とその領有を狙っている中共の思うつぼです。

安倍政権が押し進め、菅政権がそれをさらに拡大しつつあるグローバリズム路線は、デービッド・アトキンソンなる不良ガイジン(この前もこの言葉を使いましたが、何度でも使います)の入れ知恵によって、ついに日本の宝である中小企業潰しにまで手を伸ばそうとしています。
経済的なコロナ禍も、彼らにとっては国民生活救済の喫緊の課題としてではなく、むしろ国民を窮地に追い込む絶好のチャンスとしてしかとらえられていないのです。そう意図しているわけではないでしょうが、国家理念を喪失して権力維持に汲々としている今の中央政府がやっていることは、結果的にそうだと言われても反論できないでしょう。

維新の推進しようとしている「大阪都構想」は、国家破壊の急先鋒です。これを一自治体の問題として高見の見物をするのではなく、全国民が自分たちの問題として危機感を共有するのでなくてはなりません。


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絶望の中の希望を若者の中に

2020年09月30日 20時29分08秒 | 政治


勤務する大学で、ゼミを受け持っています。オンライン授業なので、毎週レポートを提出させる形式を採用しました。
秋学期が始まってから第1回目のレポート課題を、次のように出しました。

《あなたが住んでみたい国を一つ挙げ、なぜそう思うのか、その理由を述べなさい。自国でもかまいません。また住みたい国はないというのでもかまいません。その場合でも理由をつけること。字数600字以上。》

これまで、20名のうち、14名の学生から提出がありました。内訳は、日本人学生10名、アジア系留学生4名。
この結果を見ると、留学生の中に2人、日本を挙げた者がいます。
また日本人学生では、日本を挙げた者2名、住みたい国は特にないと答えた者2名。この後者では、やはり、結局は自分の国に住むのがいいという結論でした。
すると、14名中、6名が、住みたい国というイメージを持たず、日本に落ち着きたいと考えていることになります。
理由はだいたいご想像がつくでしょう。治安の良さ、暮らしの便利さ(たとえば自販機やコンビニの整備)、人々の礼儀正しさや親切さ、災害時の秩序を守る態度など。日本は世界の中でも特殊だと、的確な指摘をする学生もいました。なかなかすぐれたレポートでした。
留学生で、日本をべた褒めしている子がいるので、その子には、もう少し日本の悪いところも見てほしいと講評しておきました。しかしいずれにしても、日本の学生も含めて、彼らの指摘する日本の長所が、客観的に見ても的を射ていることは確かです。
「暮らしやすさ」という観点に関する限り、複雑な問題を抱える諸外国から見たら、日本はまだまだ「天国」のように映っているといっても過言ではありません。
もちろん、日本人のお花畑思考、お人好し、外交力のなさ、主体性のなさ、グローバリズムに侵蝕されている現状、内政のだらしなさとそれによる凋落ぶり、などを講釈する場所ではないので、講評では、そういうたぐいのことには触れませんでした。長所が同時に短所としてあらわれることにもなるというのが現実なのですが。

ところで、そんなに世界情勢を勉強しているはずもないのに、こうした学生たちの素朴な表現には、何となく世界の現状に対する直感が働いているのがうかがわれます。もっとも、サンプル数が少なすぎて、ここから直ちに結論を導き出そうとするのには、慎重を期すべきです。

ひところ、と言ってもそう遠くない過去に、他国と比較して、いまの日本の若者たちが海外に進出していこうとする積極性が欠けていることを指摘する論調が目立ちました。それは実際数字に表れている傾向ですから、間違ってはいないのですが、この傾向を単純に嘆かわしいこととしてとらえるのが正しいかどうかは、また別問題です。
もしかしたら、コロナの疫病としての被害が欧米諸国に比べて極端に少ない原因の一端にも、この「心理的鎖国」がほんのいくらかは関係しているかもしれません。

さて財界、政界、官界、学界の主流は、デフレ脱却、コロナ恐慌回避の大前提をすっかり忘れて、外資歓迎の規制緩和、構造改革路線、中小企業潰し、消費増税促進の空気に沸き立っています。菅政権になってから、その傾向がさらに露骨に出てきました。
政権交代という単なる「儀式」に過ぎないものが、空気をすっかり変えてしまいました。いま自民党の中枢部からは、第三次、第四次補正予算の必要を訴える声が聞こえてきません。今さらながら、「空気」というものの恐ろしさに戦慄します。
代わって、竹中平蔵という売国男がにわかに元気づいて、ベーシックインカム7万円というとんでもない国民殺しの政策を吹聴するかと思えば、デーヴィッド・アトキンソンという不良ガイジンが、菅義偉・無能総理にべったり張り付いて、中小企業360万社を160万社に減らせという日本破壊の音頭を取ろうとしています。その菅政権、支持率何と74%!
一方、党幹事長に留任した二階俊博は、民間の対中国利権の代弁者たるべく、相変わらず習近平閣下の国賓招請を画策している模様。

こうして奈落の底に落ちようとしている日本。
革命が起きてもおかしくない、と思うのは一部少数者だけで、実際にはマスクも取らずに過酷な状況に静かに耐えている大多数の日本人がいるだけです。そんななかで、ほとんどの若者たちは、政治経済はおろか、海外進出への意欲すら示さず、おとなしくバイトにいそしんでいます。

財政破綻危機の大ウソが功を奏して長い長い時が過ぎました。先日、私の親しい友人が、遅まきながら国債の返済不要性と銀行の信用創造の理屈を数人の知人に話してみたところ、だれもが「そんなバカな」と、聞く耳を持たなかったそうです。
この絶望的な状況の中で、私は苦し紛れにこういうことを考える――若者たちの意欲喪失による「心理的鎖国」状態は、ひょっとして、一つの希望をあらわしてはいまいか、と。
つまりこうです。
世代交代が進んで(もちろんいまの政府の中枢を占める売国男どもには引導が渡され)、内向き志向の若者たちが働き盛りの年代になれば、それがかえって内需の拡大にむすびつくのではないか、と。
この心理的鎖国状態をうまく活用すれば、ひょっとして現実的鎖国状態を作りだすことは不可能ではないのではないか、と。
もちろん現実的鎖国状態と言っても、それは程度問題です。
オール・オア・ナッシングがいいとは思いませんし、資源、食糧の安全保障で大きな危機を抱える日本が、他国に依存せずに自給自足経済を維持することなど不可能事中の不可能事です。
しかし、コロナや米中戦争でブロック化しつつある世界経済の現状は、ひょっとして(という言葉をすでに3回使ったのですが)、バランスある半自給自足状態を実現する糸口になるのかもしれません。
もしそうなら、いまの財界、政界、官界、学界に君臨するオヤジどもは、いつまでも新自由主義やグローバリズムのイデオロギーに金縛りになっていて、早晩、古臭いゾンビと化するのではないか。
あと20年後、30年後の日本は、意外と需給関係のバランスがとれた経済社会を実現できている可能性が無きにしも非ずです。
もちろん、そのためには、PB黒字化だの消費増税だの福祉破壊のBIだの中小企業潰しだのといった、日本国消滅の元凶をすべて取り払うべく、私たちが不断の努力を重ねて、若者世代のための露払いを行なっておかなくてはなりませんが。

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東京愛と愛国心とナショナリズム

2020年09月16日 23時51分01秒 | 思想


先日、当方が主宰している映画鑑賞会「シネクラブ黄昏」で、上映作品が比較的早く終わったので、そのあとの談話に花が咲きました。映画の感想にとどまらず、話がいろいろな方面に広がったのです。
上映作品は、オムニバス映画『世にも怪奇な物語』のフェリーニが監督した部分、「悪魔の首飾り」でした(この会では、毎回上映者を変えて、その人が思い入れのあるDVDを持ってくることになっています)。
フェリーニのローマに対する執着は相当なものなので、談話の中で上映者が「ローマやパリなど、首都をテーマにした作品はたくさんあるが、東京をテーマにした映画はほとんどない。面白い町なのだから、だれか作ってほしい」という見解を述べました。
そう言えば確かにそうです。私は少し考えてから、次のような意味のことを述べました。

それは、結局、東京に住んでいる人たちが東京を愛していないからではないか。東京という町は、浅草、日本橋など、江戸のコアの部分から、近代化に伴ってどんどん無原則にスプロールしていった。東北地方からは東東京に住民がなだれ込み、西からは西東京に住民がなだれ込んだ。その結果、へそのないメガロポリスに発展した代わりに、その圏内に池袋、新宿、渋谷、品川、吉祥寺、北千住など、いくつかの「部分都市」が誕生した。これらの「部分都市」の住民は、それぞれの町に対する愛着を持っているだろうが、東京全体に対して愛着感情を抱いているとは思えない。かつての江戸住民は落語などに表現されているように、江戸の町に対する愛着を確実に持っていたが、急速な近代化の過程で江戸情緒的な雰囲気は次々に壊されてしまった……。

すると、上映者の方が私の言葉に呼応して、「そう言えば、外国人観光客が東京に来ても、東京の伝統的部分に感心するんじゃなくて、自動販売機がどこにもあるとか、高速道路が一般市街地の上をまたいで通っているとかを面白がってるんですよね」と。
また誰かが、「やっぱり石造りの建築は何百年の歴史を持つけど、木や紙でできている日本建築はすぐ建て替えられますよね。地震も多いし。その代わり、パリなんかでは、電気・ガス・水道などの近代的インフラを古いアパルトマンに整備したりメンテナンスするのがたいへんで、故障しても修理してくれないのが当たり前なんですね」と。

これに付け加えて後から考えたことですが、やっぱり、「都市」というものの成り立ちが、ヨーロッパと日本ではまるで違います。よく言われることですが、ヨーロッパの都市はもともと城壁で囲まれていたので、市民には農村との間に確固たる境界の意識がありました。いわゆる「ポリス」ですね。都市住民の結束と愛着が強いのも歴史的な由来があると言えるでしょう。
これに対して、日本の都市は、ニワトリかタマゴかみたいな関係で発展してきていて、市が立てばそこに人が集まってくる。お寺があればそこを中心に商業地ができる。海運に適していれば港を作る。城下町にしても、町に城壁があるわけではありません。何となくそこに社会資本が集積していったというのが実情です。
おまけにあらゆる情報や流通機能が集中する現在の東京のようなメガロポリスになってしまっては、まことに便利このうえないとは言えても、いまさらそこに愛着のような情緒的なものを育てようとしても無理ではないでしょうか。

話を少し広げてみましょう。
私は日本滅亡の危機を常に訴えているナショナリストですが、「愛国心」という言葉が好きではない。かなり嫌いなほうに属する言葉です。愛国心が必要だとか、愛国心教育を、などと書いたことは一度もありません。そういう主張に意味を認めないのです。
それはネトウヨと名指されることを避けているからではありませんし、サヨク的な心情に呪縛されているからでもありません。
倫理の起源』という本に詳しく書いたのですが、この言葉は、そもそも概念があいまいです。
「国を愛する」とは? 巨大な社会システムと化したこの「共同幻想」に対して、女を愛するように熱い私情を差し向ける? どのようにすればいいのでしょうか。
ふつう、この言葉を好んで使う人々は、深い考えもなしに、日本人として国を愛するのは当然だろうとか、身近な人々への愛や郷土愛からだんだんその気持ちを広げていって国への愛にまで到達すればよいなどと漠然と思っているようです。
しかし、日本のような巨大な近代国家は、残念ながらそういう私情を受け入れてくれるほど単純には出来ていません。私情と巨大な近代国家との間には、連続性が認められないと言い換えてもよい。

これは、次のような例を考えればすぐわかります。
国家がやむをえず戦争を始めてしまった。大量の兵士が必要です。兵士たちには愛する妻子がいる。長く住んできた郷土にも愛着を持っている。しかし、戦場に赴くには、人や土地と別離しなくてはなりません。戦争を遂行する国家を憎むわけではないし、「おくにのために」喜んで戦う決意も人後に落ちない。
しかし事実として、人や土地との別離は避けがたい。つまりそこには越えられない切断線があり、それが彼の身体を引き裂くのです。
要するに愛という私情は、国への忠誠と根源的に矛盾するのです。このことは平和時でも言えて、企業社会や公共体での活動に精を出せば出すほど、家族への愛や倫理を実践することが困難になります。古くて新しい問題です。

愛国心という言葉を安易に使わないようにすることにして、ではどのように考えればよいでしょうか。
これは、ナショナリズムというカタカナ語を、私たちの頭や心の中でどう処理すればいいかという問題にかかわっています。
ナショナリズムという用語は多義的です。『大辞林』を引いてみましょう。
一つの文化的共同体(国家・民族など)が自己の統一・発展、他からの独立をめざす思想または運動。国家・民族の置かれている歴史的位置を反映して、国家主義、民族主義、国民主義などと訳される。
他の辞書やウィキだと、「国粋主義」も入れているようですが、これはあからさまな排外主義のニュアンスが強いので、外した方がいいでしょう。
ここでは、三つ目の「国民主義」を採用します。国民生活の安寧、豊かさ、幸福を第一に考える――私も先にナショナリストだと名乗りましたが、こういう意味合いでナショナリズムという言葉を理解すべきと確信しています。
で、こう理解すれば、すべての国民の安寧や豊かさを目指すという理念がそこに含まれますから、ナショナリズムに反対する日本人は、いないはずです。もちろん反日サヨク、コスモポリタン的リベラリスト、国家によって人権が保障されていることを自覚しない人権真理教信者、グローバリスト、ネオリベ、リバタリアンなどがうようよいますから、現実には、この理念はなかなか実現できないわけですが。

さて国民主義としてのナショナリズムを少しでも発展させることにとっての必要条件とは何でしょうか。
それはもとより「愛国心」というような感情的な概念ではありません。こんなに複雑化して、どこにその実在性があるのかわからなくなった超抽象的な幻想の存在に対して、「愛」などを差し向けることは不可能です。大方の日本国民も、そういう実感を持っているだろうと思います。国家の実在性(政府の実在性ではありません)が希薄にしか感じられなくなったということは、逆に言えば、人々の生活が極度に個人化・バラバラ化してしまったということでもあります。そうした社会構造上の事情があるところで、愛国心が必要だと百万回叫んでも、それは、戦争をなくしましょうと百万回叫ぶのと同じで、何の効果も生みません。

では、ナショナリズムを少しでも活かす必要条件とは。
第一に、国家の危機は当然、国民生活の危機としてあらわれますから、その危機の本質とは何か、危機を作りだしている主犯格は誰かを冷厳に見極める認識力が必要とされます。
第二に、その認識の力を少しでも活用させようとする意志の力が必要です。
第三に、その意志を共有して運動に発展させるための実践力(政治力、組織力)が必要です。
第四に、こうした運動は理解されないのが常ですから、挫折を経験してもめげない持続力が必要です。
目下の対象である国家に対処するには、こうした理性的な姿勢があくまでも要求されます。

教科書的な言い方になってしまいましたが、いまの日本国民には、さまざまな歴史的・社会的・民族的事情から、この四つがはなはだしく欠落しているように思えてなりません。
中央政府がどんなひどい過ちを犯していても、大多数の国民はそれを認識しようとしません。
また自分たちが政府からどんなに不当な仕打ちを受けていても、ほとんどの国民は、声をあげずに我慢しています。
もっとひどいことに、その政府を積極的に支持する国民がわんさかいます。
要するに、権力依存の習慣が染みついてしまっていて、主体的に考えよう、何かしようという気概をすっかりなくしているのです。

いまの日本はポンコツ車のようなものです。ポンコツ車を何とか修理してまともな状態に戻すには、何が必要でしょうか。
その車を愛してみても始まらないでしょう。むしろ、どういう高度な技術が要るのかという、機能的な対応こそが求められているのです。

初めに、東京都民は東京を愛していない、それが東京をテーマにした良い映画ができない理由だ、そしてそこには都市成立に関わるそれなりの歴史的事情があると述べました。日本全体に関しても同じことが言えます。
元気・やる気・公共精神を喪失した日本人。事態に悲憤慷慨する前に、なぜ日本人がそうなってしまったのか、そこに焦点を合わせて、多方面から考察することが先決です。
菅義偉という何もわかってない人が総理の座についたひどい政局劇の直後に、言っても無駄かもしれないと思いつつ、ごく基本的なことを書きました。


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「集団免疫獲得説」噺

2020年09月15日 00時03分25秒 | 文学


【ブログ管理人前口上】みなさま、本日は小浜席亭へようこそお出で下さいました。新型コロナウイルス感染予防のため、座席はソーシャルディスタンスを確保し、一席ずつ空きを取っております。また会場内では、必ずマスクをご着用ください。大きな声での会話はお慎みください。掛け声はご遠慮願います。笑いたくなっても極力我慢していただき、どうしても我慢できない時は、できるだけ声を低めてお笑いくださるようお願い申し上げます。また、お帰りの際には、順にご退席いただくようご案内いたしますので、ご着席のままお待ちください。みなさまにはいろいろとご迷惑をおかけいたしますが、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。それでは、最後までどうぞごゆっくりお楽しみください。
          
                         賽子亭薮八(さいころていやぶはち)

 落語には「地噺」と呼ばれるジャンルがあり、八つぁん熊さんのやりとりではなく、噺家独り語りの与太話で、形は漫談と同じだけれども、おそらく枕の発展型ではないかと思われる。四代目鈴々舎馬風の得意芸で、遠い昔、ラジオで聴いた。風刺の効いた際どい毒舌に人気があり、子どもの私に風刺がピンときたかどうかは怪しいが、けっこう楽しみに聴いて、その口舌は少し覚えている。

 藪八:
てなわけで四代目馬風師匠の前座として、賽子亭の与太話にしばしのおつきあいのほどを。
 小浜席亭のブログで上久保靖彦先生の集団免疫獲得説が話題になっとりやすね。あたくしも感染症やウイルス学は畑違いでズブの素人。さりながら、ヤブの薮八とはいえ、エッヘン、それがしも医者の端くれ。端くれもうんと端っこの端くれとは申せ、素人にちょっぴり毛が生えておりやす。ま、オバQの頭のテッペンくらいの毛で、威張れる代物じゃありやせんが・・・。そいつを頼りにコロナの一席。
上久保先生の出発点は「ウイルスの干渉(競合)」で、これは「インフルエンザに罹ったと思ったら風邪まで引いちまったぜ、ハックション!」てことが、なぜか起きねえ。その説明をするもんです。インフルが重いんで風邪は紛れちまうてぇわけじゃなくて、一つの細胞組織に二種以上のウイルスは住めねぇのがウイルス界の掟。国で言や「領土問題」。ヤーさんで言えば「縄張り問題」。複数種のウイルスが同じ細胞組織に侵入すると競い合いになって、勝ったウイルスだけがその組織で増殖できる。だからインフルと風邪とを同時に患う心配は無用。これが「ウイルスの干渉」。
さて上久保先生は、冬にぐっと増え春にぐっと減るパターンを毎年繰り返すンフルエンザが、今年に限って、例年ならピークの1月に逆に急減した事実に目をつけたんすね。これは不思議、一体、何があった? 
あたくしの灰色の脳細胞は、この急減を一目見て、インフルエンザに対する「ロックダウン」が秘密裏に行われたに違いねえと睨みやしたね。秘密の三密。何せ、インフルは怖い。日本だけでも2017年に2566人、18年に3329人、19年には3412人も死んでおりやす。新型コロナはワクチンも治療薬もないからヤバイと皆さん口を揃えますが、インフルはワクチンや治療薬があってこの数字。ヤバかありやせんか。インフルも重症化すればICUのお世話になりやすし、病状次第ではECMOも使うに違えありやせん。コロナに周章てて首相が「学校ぜんぶ休みにせい!」とお達しする以前から、インフルでの学級閉鎖や学校閉鎖が繰り返されておりやした。
ただねぇ、こいつについちゃ、やれ有名人の某がインフルに罹った、やれ今日は何人インフルで死んだ、本日のインフル感染者数とか、いちいちご親切に報じてくれるメディアがなかったんで、日本中「知らぬが仏」だっただけのこってすね。このあんまりの差別にインフルウイルスは「不公平だ! 偏向報道だ! 新顔のコロナばっかりに目を掛けやがって!」と怒っとりやすよ。
てなわけで、3年続きのインフル流行にも、年々増えるインフル死者数にも無関心なマスコミや世間に、「このままじゃヤバイ!」「もう当てにせんわい!」と、誰が号令するでもなく黙って三密回避を始める日本人が出てきて、それがインフル急減させたに違えねえ。え? 「そんな話きいたことない、そんなことした覚えない」とおっしゃるんで? ふむ、そこがそれ「黙って秘かに」なされた証しでさ。メディアやネットで騒ぐばかしが日本人じゃありやせん。不言実行。男は黙ってサッポロビール。奥ゆかしいなあ。
ところが上久保先生のお説は、こうなんすね。日本には昨年末から1月にかけて中国からすでに初期の新型コロナが渡ってきて、それがインフルとの間で「ウイルスの干渉」を起こした。インフル急減が起きたのはそのせい、と。ふーむ。わが「秘密裏のロックダウン説」は、なんせ「秘密裏」ですから証拠が無え。エビデンスがないのがエビデンスじゃあね・・・。インフルフル急減の説明としちゃ、ウイルス干渉説のほうが何やら科学的ですなぁ。
しかし、御説鵜呑みも癪なんで、ちょいと屁理屈をこねやす。「ウイルスの干渉」たあ、要は椅子取りゲーム、侵入口となる細胞レセプターの奪い合いで、問題は何が勝敗を決めるかすね。早いもん勝ちだったり、大量動員したもん勝ちだったり、ウイルスによってレセプター侵入力に優劣があったり、勝利の方程式は複雑なんでしょうな。インフルがわが世の春とばかりに、いや、わが世の冬とばかりにのさばっていた日本国に初期新型コロナが襲来、驕るインフルに待ったをかけたちゅうのが、上久保先生の干渉説。でも、インフルは急減したもののすぐ新型コロナの流行が始まったわけじゃない。勝利の方程式は複雑で、コロナ圧勝とはいかずインフルの足を引っ張るのが精一杯だったのか、双方譲らず相打ち共倒れになったのか。
なぜ、すぐコロナ流行が起きなかったか。ここが上久保説のミソで、干渉を起こした初期新型コロナは、感染力に比して病原力は弱かったからだ、と。現在の新型コロナも感染者の8割は無発病か軽症ですから、これは十分考えられやす。だから、感染しても発病しなかったり「おや、風邪かな」で済んだりで、誰もコロナ襲来には気付かなんだ。気付かねば、「ロックダウン」だ「三密」だ「マスク」だの言い出す者もいやせんね。渡航制限もなし。こうなりゃ、遠慮なく感染は拡がりますよねぇ。「病気」として表面化しないだけで、水面下で「感染」がどんどん拡がる。免疫は感染によって得られるんで、この見えねえ新型コロナの感染拡大に合わせて、このコロナに免疫を獲得する者も知らぬ間に急増。これが上久保説ですな。人工的に無害な感染を起こして免疫をつけるのがワクチンなら、こいつはいわば天然自然のワクチン接種。
ところが武漢で流行ったのは、上久保先生によればその変異型(g型)の新型コロナだった。こっちは病原性が高く、当初の隠蔽もわざわいして、武漢にパンデミックをもたらし、このウイルスが欧米に渡って多数の死者を生みだし、グローバルなコロナパニックに火をつけた。ところが、その欧米に比べ、日本の死者数は現時点では去年のインフル死者にも遠く及ばないほど少ない。初期型コロナの水面下の流行によって多数がすでに免疫を獲得しており、それが変異型の新型コロナにも有効だったからだと先生は仰いやす。
社会内でその伝染病に免疫をもつ人口比が一定以上になれば、感染がネズミ算的に拡がることはなくなり、パンデミックの心配は消える。これが「集団免疫」で、日本はこの域に達しとるちゅうのが、先生の主張すね。ラッキー、ああ、よかった! それに対して、欧米は早々と渡航制限、ロックダウンを徹底したのが裏目になって、初期コロナによる「天然自然のワクチン」接種を経ることなく、いきなり変異型のウイルスを迎え撃つ羽目に。アンラッキー!
以上が、頭のテッペンの毛が三本でキャッチした上久保説の骨子でして。先生は初期コロナをs型とk型に分けてもうちょい話をややこしくしとりますが、これはインフルの流行曲線に落ち込みが二か所あるためでしょうな。このようにマスとしての病気の動きを数理的・統計的に解析するってぇのは、疫学研究でよく使われる手。ただ、s型、k型、g型の検証となりゃ、各時期のウイルスの物質構造の緻密な解明が必要で、その道の技術をもつ専門家を待つほかありやせんなあ。理論物理と実験物理みてぇな関係。
あたくしが上久保説にいちゃもんつけるとすれば、日本人に免疫をもたらした初期の新型コロナが中国生まれで中国からの渡来なら、中国でもその水面下の大流行が起きて大勢に免疫が獲得されていたはずではないかという疑問でしょうなあ。このへん釈然といたしやせん。
ついでに言やあ、集団免疫ができたとは、感染爆発やパンデミックの心配がなくなったってぇことで、個々の人がコロナになる心配が消えたってぇこっちゃありやせん。免疫をまだ得てない人口の何割かは感染のチャンスも発病のリスクも幾らでもありやす。「集団免疫があるから」マスクもソーシャルディスタンスも不要っていう先生のご託宣は、大きな誤解を招きやすね。同じ理由で「感染者がまだ毎日でてるじゃねぇか」てぇのも、集団免疫獲得説への反論・反証になりやせん。
さて、毛が生えた程度の医学談義、お粗末な前座噺はこの辺で。お後はいよいよ真打ち、馬風師匠のご登場を。

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馬風:
おう、よく来たな。このコロナ渦中で。よっぽど感染が怖くねぇ命知らずめ。自粛で仕事なくなっちまって、どうせ行くとこねえんだろ。ま、カップ片手にソファにくつろいでステイホームしとる優雅なお方は、寄席なんぞに来なさらねえよな。『デカメロン』も黒死病蔓延の巷を逃げて別荘にステイホーム、艶笑譚に興じていられる特権的な方々のお話よ。ステイホームなんて横文字の居場所なんぞ、わしらにはねえんだ。ハチミツだかサンミツだか知らねえが、このとおり寄席もがらがらだ。来てくれてありがとう。
ステイホームと言やあ、そんなもんいらんっていう、あの上久保先生のナントカ説。理屈が難し過ぎらあ。カミクボ先生、もうちょいカミクでえて説明してくだせえよ。ま、理屈なんかどうでもいいんだ。あの御説がけっこう受けてるのは、自粛やら三密禁止やらソーシャルディスタンスやらに、あたしらみんな、内心、イヤになっちゃってるせいじゃありやせんかい。ああ、やんなっちゃった。ああああ、驚いたって。やってられっか、こんなこと! おっと(見まわして)・・・でえじょうぶ、でえじょうぶ、ほとんど誰もいねえな。こんならネットで叩かれる心配はあるめえ。客がいなくて喜んでどうする。ま、こんなふうに気を遣わにゃなんねえ空気が情けねえ・・・。さあ、ここなら気兼ねはいらねえ、お客さんも大声でどうぞ。パチンコいきてえ! 飲み屋にどっと繰り込みてえ! 行楽に行きてえ! どうせいくなら賑やかなとこ行きてえ! 歌舞伎町のどこが悪い! 寄席は大入りじゃなきゃ寄席じゃねえ!
国民の生命が優先か、国の経済が優先かみてぇな大上段の議論は、あたしにゃどうでもいいんで。パチンコいったり飲みにいったりのふつうの暮らし、ふつうの楽しみがなくって、何が生命、何が経済でぇ。マスクして高座あがって何が落語でぇ。
いやあ、こいつは、この「非常時」にあたしのワガママ、自己チュウですかねえ・・・。どーもすいません。三平だね。反省。いやいや、そうたぁ言い切れねえ。あたしらの心の底には、ロックダウンだの自粛だのステイホームだの、ホンマに役に立つんかい?って疑惑がヒソカに頭もたげちゃいやせんか。上久保先生の話は、小難しい理屈はともかく、その疑惑の琴線に触れてくるんじゃありやせんか。だって、あんだけ泡食って国民あげて自粛しあって、「やったぜ、頑張ったぜ」「日本モデル」とか自画自賛したのは一瞬のマボロシ。緊急事態宣言解除したらみるみる感染拡大。元の木阿弥。一体あたしらは何を頑張ってきたんだ? あの自粛、なんだった? と疑わねぇほうがおかしいや。
ど素人の頭で考えても、おかしいだろ。自粛してみんな引きこもっておりゃ、そのうちにコロナウイルス、「日本人ちとも出てこないあるね。来た甲斐ないあるね。国に帰るあるね」と中国に引っ返してくれるんかい? 感染先に窮してウイルス野郎みんなホームレスになって、そのまま野垂れ死んでくれるんかい? ホームレスになりそうなのは、こちとらだ。解除早すぎたとか、また緊急事態宣言せよとか、自粛守らん奴には罰則をとか言うんなら、何年何月何日まで自粛続ければウイルスどもが消えちまうのか、そいつを責任もって言ってくれ。
いくら自粛したって消えちまわねぇだろな、きっと。上久保先生の話からあたしの頭でも分かるのは、メンエキってもんが出来ねえかぎり、感染は起きるってこった。だが、感染しねえかぎり、メンエキってもんは出来ねえ、と。ややこしいこったなあ。あたしゃ、酒がなきゃあ働く気になれねえが、働かなきゃあ酒が買えねえ。や、これは違うか。自粛しとれば、確かに感染はしねぇが、代わりにメンエキもできねぇ。だから自粛やめたとたん、またぞろ感染が増えるのは当たり前の話じゃねえか。第二波もへったくれもあるかい。
感染の増加ってぇのは、メンエキの増加で、長い目で見りゃだんだんコロナ発病減ってくってこっちゃありやせんか、めでてぇ、めでてぇ。え? 感染して死ぬ者もいるんだ、「めでてえ」なんてもってのほかって。どーもすいません。また三平だね。人の命は何より大事、感染なんて万が一にもあっちゃなんねえ。それもご尤もなご意見だが、去年インフル感染で大層な数の高齢者が亡くなっても、そのときゃ誰もそんなこと言わんかった。そこが、わけ分からねえ。
あたしみてぇなよいよい爺さんはいいやね。どっちみち長ぇことねえからな。若えもんが可哀想だ。若くて元気だから感染しても滅多にゃ発病しねえ、しても大概軽く済む。遊びてぇ盛りだ、もっと遊ばせればいいじゃねえか。働き盛りだ、もっと仕事させればいいじゃねえか。ところが、若えもんが外に出りゃコロナ拾って帰ってきて、本人は発病しねえとしても、そのコロナが高齢者に感染する。だから、若者よ、高齢者を護るため外に出るな、とのたまう。いつから日本は敬老精神溢れるお国になったんだ。だったらあたしの老齢年金、もうちっとは上げてくれ。
誰がのたまっているかと思やあ、中高年のエライさんじゃねえか。元気な若者への焼き餅か、巻き添えで手前がコロナに罹るのがイヤなんだ。ロックダウン、自粛、ステイホーム。どれをとっても、それをしたってとうぶん困らねぇ金のある年寄りの生き延び策に違えねえ。たんと長生きするがいいさ。金のねえ若者こそ災難だ。明日の釜の蓋は開くのかい?
商売もおんなじだ。このぼろい寄席小屋はもうもたねぇよ。今宵が最後か。ひい、ふう、みい・・・お客さんは四ったりだ。来てくれてありがとうよ。寄席の向かいの蕎麦屋。爺さん婆さんふたりで細々やってる旨い店だが、たたむってよ。あのふたり、これからどうやって食ってくんだ。敬老精神よろしくな。個人のちっぽけな、でも味のある店や仕事がどんどん潰れていく。いやさ、潰されていく。このコロナ騒ぎで世界中そうなってくんだろうなあ。ロックダウンや自粛にも生き残り、焼け太るのは、エゲツねえグローバルな大資本ばっかりだ。いずれ、コロナ不況からV字回復するにはこれしかねぇとか言って、そいつらをどんどん受け入れてくことになるだろうよ。何もかも巻き上げられちまわあ。この寄席も蕎麦屋の跡地も、この懐かしい街界隈、ひとまとめに買い叩かれて、ローラーで押し潰されて、そこにおっ建つのは中国資本やラスベガス資本のド派手なカジノか。やったあたしに言わせりゃ、博打、賭け事なんざ隠れてやってこそ味わいがあらぁ、どっかの検事長さんもそうだったじゃねぇか。情けねえ。落語がこんな愚痴になっちゃおしめえだ、お後がよろしいようで。いや、もう後はねえかも・・・友よ、サラバ。

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