小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

給料が上がらない根本理由

2019年01月09日 00時18分55秒 | 思想



明けましておめでとうございます。

昨年末、元国税庁調査官の大村大次郎氏の論考「なぜ日本のサラリーマンの年収はいつまで経っても低いままなのか」の要点を紹介しました。
https://38news.jp/economy/12983
日本は世界一の金持ち国家だが、その大半は、前から株などの資産をたくさん持っている人に集中しているというのがその要旨でした。
具体的な数字を挙げてのこの分析には、大いに納得させるものがありました。

大村氏のこの論考には、大きな反響があったらしく、その第2弾がMAG2NEWSに掲載されました。
なぜ他の先進国に比べて、日本だけが給料が伸びていないのかという問題を扱っています。
https://www.mag2.com/p/news/381708

この論考では、まず2つの理由を挙げています。
一つは、政官財を挙げて「雇用の切り捨て」を容認し、推進すらしてきたという点です。以下、引用してみましょう。

1995年、経団連は「新時代の“日本的経営”」として、「不景気を乗り切るために雇用の流動化」を提唱しました。「雇用の流動化」というと聞こえはいいですが、要は「いつでも正社員の首を切れて、賃金も安い非正規社員を増やせるような雇用ルールにして、人件費を抑制させてくれ」ということです。
これに対し政府は、財界の動きを抑えるどころか逆に後押しをしました。賃金の抑制を容認した上に、1999年には、労働派遣法を改正しました。それまで26業種に限定されていた派遣労働可能業種を、一部の業種を除外して全面解禁したのです。2006年には、さらに派遣労働法を改正し、1999年改正では除外となっていた製造業も解禁されました。これで、ほとんどの産業で派遣労働が可能になったのです。


付け加えるなら、2015年に労働者派遣法はみたび「改正」され、「ほとんど」ではなく、すべての業種で派遣労働が可能になりました。
しかも同じ派遣先で働ける期限が三年と規定されました。
さらに、それまで専門26業務では、派遣先で新規求人する時、派遣労働者に雇用契約を申し込むことが義務付けられていましたが、それが取り払われたのです。
その結果、非正規雇用の割合は増え続け、2018年にはほぼ4割に達しました。
これは23年前の約2倍です。



正規社員と非正規社員との平均賃金(男性)の格差がどれくらいかは、次の図表をご覧ください。




もう一つ大村氏が指摘するのは、日本の労働環境が実は非常に未発達だということ。
大村氏は、欧米の労働運動の歴史の長さに触れたあと、それが労働者の権利をしっかり守るようになった事情について、ドイツやアメリカの例を引いて詳しく説明しています。

日本の場合は、高度成長からバブル期まで、賃金の上昇が実現したために、それまでの労使対立路線から労使協調路線に切り替わりました。
労使の信頼関係の下に、「日本型雇用」が成立したのです。
企業は雇用を大事にし賃上げに力を尽くす代わりに、従業員は無茶なストライキはしないという慣行が出来上がったわけです。
そのため労働運動は衰退してしまいました。
再び引用しましょう。

ところが、バブル崩壊以降、日本の企業の雇用方針は一変します。(中略)賃金は上げずに、派遣社員ばかりを増やし、極力、人件費を削るようになりました。企業が手のひらを返したのです。
そうなると、日本の労働者側には、それに対抗する術がありませんでした。日本の労働環境というのは、欧米のように成熟しておらず、景気が悪くなったり、企業が労働者を切り捨てるようになったとき、労働者側が対抗できるような環境が整っていなかったのです。


よく納得できる説明ですね。
経営者は、景気が悪くなれば、まず真っ先に人件費を削ろうとするでしょう。

しかしこれに、もう一つ、よりマクロな観点を付け加える必要があります。
それは、こうした賃金低下を引き起こし、かつ長引かせた主犯は、緊縮財政に固執する財務省であり、非正規社員の増加を促した主犯は、竹中平蔵(派遣会社パソナ会長!)を中心とした、内閣府の諮問会議に巣食う規制改革推進論者たちだということです。
さらに掘り下げて言えば、これらの政権関係者たちは、「倹約神経症」を患っているか、さもなくば「自由」という名の亡霊に取りつかれ、グローバリズムを「いいこと」と信じているのです。
この病気とオカルト信仰のおかげで、国民が窮乏しようが知ったことではないという境地に達しています。

ところで、大村氏は、こういう事態になってしまったことの解決策として、二つの提案をしています。

今の日本がやらなければならないのは、「高度成長期のような経済成長を目指すこと」ではなく、「景気が悪くてもそれなりにやっていける社会」をつくることなのです。
今、日本がしなくてはならないことは、日本の中に溜まりに溜まっている富を、もっときちんと社会に分配することです。

大村氏の分析には敬意を表しますが、この解決策には、筆者は賛成できません
たしかに、先進国では、高度成長期のような経済成長を目指すことは難しいでしょう。
しかし、他の主要先進国は、この5年間、どこもそれなりの成長を示しているのに、日本の成長率はご覧のとおり最低で、0%付近を徘徊しています。



そもそも資本主義社会は、そのスピードに違いはあれ、常に成長を続けてこそ経済を維持できるのです。
「景気が悪くても」では困るのです。
人々は、貧しくなることを最も嫌います。

景気の悪化は、デフレ→消費・投資の減退→さらなるデフレという悪循環を意味します(現にいまの日本がそうです)。
こうして日本人は、この20年間で、どんどん貧しくなってきたのです。

言い換えると、日本政府が取ってきた経済政策は、資本主義に逆行することばかりやってきたのです。
かつて日本は、1995年には世界のGDPの17%を占めていたのに、わずか19年後の2014年には6%を切っています。

日本は急速に後進国化しています
それは単に、GDPのシェアの縮小という数字的な意味にとどまりません。
国内の需要に、国内での供給をもって応えることができず、資源、食料、インフラ、エネルギー、国防、技術、労働力など、あらゆる面にわたって他国に依存しなくてはならない状態を、後進国と呼びます。

いま日本は現にそうなりつつあるのです。
それを急速に進めたのが、安倍政権のグローバル経済政策であることは言うまでもないでしょう。

大村氏の2つ目の提案、「溜まりに溜まっているを、もっときちんと社会に分配する」というのは、部分的には意味がありますが、残念ながら、根本的な解決にはなりません。

この提案は、具体的には、逆進性をもつ消費税の増税凍結、グローバル大企業の法人税の増税、所得税や相続税の累進性の拡大、国内設備投資減税、正規雇用促進企業や賃金値上げ企業への減税、などを意味するでしょう。
つまり、徴税の基本的機能の一つである、所得の再分配をもっと徹底させるということです。
平たく言えば、お金持ちから貧乏人にお金を流すということですね。

これらには一定の効果は見込めるものの、お金の面だけで経済政策を考えているため、肝心のことを見落としているところがあります。
そこには、「富」とは「溜っているお金」のことだという勘違いが見られるのです。
金持ちから貧乏人にただお金を流しても、そのお金が消費や生産活動に有効に使われず、貯金としてため込まれてしまっては、何の意味もないのです(家計の内部留保)。

では「富」とは何か。
それは、国民すべてが欲しているものを、なるべく他国に依存せずに生産する力のことを言います。
この力のうち、最も大切なものは、技術であり、その技術を駆使できる人々の労働です。

哲学者のヘーゲルは、金持ちがぜいたく品を買う方が、貧乏人に慈善を施すよりもずっと道徳的だという逆説を述べました(『法哲学講義』)。
なぜなら、高価なぜいたく品には多数の人々の労働が込められており、金持ちはその労働者たちの労働に対して正当な対価を支払ったことになるからです。

一国の経済に関する最大の政治課題とは、国民が持つ潜在的な生産力をいかに引き出し、それを流通のシステムにうまく乗せ、さらにそのシステムをいかに維持し、発展させるかということです。
それが日々の労働によって生きている一般国民を豊かにする道なのです。
このことは古今東西変わりません。

グローバル金融経済がのさばって、株主資本主義が横行し、普通の国民生活を圧迫している現代経済。
これを少しでも抑えるには、それを放埓に許しているいくつもの条件に規制を加えなくてはなりません。
そして、政府が進んで、資源、食料、インフラ、エネルギー、国防、技術、労働力(人材育成)などに投資するのでなくてはなりません。



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「今年は来年よりはいい年になるでしょう」

2018年12月31日 13時04分57秒 | 思想


今年も、あと残すところ数時間となりました。

それにしても、今年はあらゆる意味でひどい年でした。
もっともそれは、平成三十年間の誤った政治の必然的な帰結と言えるのですが。
しかしそれだけではなく、まるで天譴のように、自然災害がいくつもいくつも降りかかりました。
まことに、泣きたくなるような一年でした。

前回、このブログで、平成の30年は、貧富の格差が急激に拡大した年だということを書きました。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/1495f1433f1ef0a056180654b1eb6b9f

また、少し前に、新自由主義思想の欠陥を列挙し、同時に、マルクスの思想の良質の部分を見直すべきだということも書きました。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/9b978eebbc56a9646d7126160d6cfd89

その結論部分で筆者はこう書いています。

かつて日本は冗談半分に「一種の社会主義国だ」と言われていました。
それは、必要に応じて、政府が適切な関与をし、また基幹産業は国有企業(公社)だったからです。
いまの政権がそれをほとんどなくしつつある状態は、国家としての自殺行為と言えるでしょう。
経済状況がまずい状態にある時に、さまざまな分野での公共投資を積極的に増やす必要がありますし、政府がバランスあるコントロールをとっていく必要があります。
そのために、社会主義の理念のいいところを見直す必要があるのではないでしょうか。




さて、経済思想家の三橋貴明氏が昨日(12月30日)、ご自身のブログで次のように書いています。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/day-20181230.html

マルクスの唯物史観に基づく「経済発展段階説」は、資本主義経済において、労働者の労働力が適正価格で購入されておらず、剰余価値が資本家により再投資されることで、持てる者(ブルジョアジー)、持たざる者(プロレタリアート)との格差が拡大し、両者間の階級闘争が激化する。
その後、プロレタリアート独裁を経て、国家や私有財産権が存在せず、資本が共有される「共産主義社会」が訪れる、と、超大雑把に書くとそういう話だったのですが(中略)、現実には共産主義革命は失敗しました。
マルクスの経済発展段階説のラストは、明らかに間違っていたのです(元々が「予想」でしたが)。
だからと言って、マルクスの唯物史観が「全て間違っている」という話にはなりません。唯物史観のみで世界を説明するのは無理という話で、「新自由主義、市場原理主義は常に正しい」という思想同様に、唯物史観、ケインズ主義の「全否定」も間違っているのです。(中略)
(史上初めて社会主義国家を実現したとされる)「ソ連は計画経済が行き過ぎ、生産性が向上せず、衰退した」 という事実があったとして、「だから政府の計画はいらない」では、思考停止もいいところです。
市場経済、唯物史観、ケインズ主義同様に、計画経済も単なる「ツール」に過ぎないのです。
少なくとも、長期的なインフラ整備は、政府が「計画」をもってやらなければなりません。


日本政府は、まさに「無計画」のままにグローバリズム(≒市場原理主義)を取り入れてきたため、いまや日本を亡国の危機に追いやりつつあります。
国家の適切な関与なしに、国民経済がうまく行くはずがありません。
しかし日本政府も野党も、長期的、総合的な視野を喪失し、国をコントロールすることができず、国民はバラバラにその場の利益追求に走るだけとなりました。
結果的に、貧富の格差が急激に開いてしまったのです。
しかも政府はこの事態を反省する気もないようです。

これは、マルクスが彼の生きた時代に出会っていた事態に、一歩一歩逆戻りしていることを意味します。
しかも厄介なのは、彼の時代と違って、現在の先進国では産業資本を主体とする実体経済への関心が衰え、金融資産や株主配当だけで巨富をかせぐ金融資本主義が異様に肥大していることです。
そうして、それが自由に世界を飛び回っているのです。
国家は、自国民の生活を守るために、この金融グローバリズムの防壁となることができていません。
これでは、貧富の格差はますます開くでしょう。

福沢諭吉は140年前に、この点に関して、次の四点を強調しています(『民間経済録二編』ほか)。

①人生の要訣はただ働くにあり。高利の工夫依頼すべからざるなり。
②銀行に最第一の禁物は、投機の商売、これなり。
③今ここに国財をもって鉄道を作るか、または人民のこれを作る者に特別の保護を与えん。(中略)深林の材木厳山の鉱物もにわかに市場の価を生ずるなど、すべて天然に埋没したるものを発出するその利益は挙げて言うべからず。国財を費して国益を起すものというべし。
④国事の大なるものはこれを人民個々の私に委ねるよりも、政府の公に握る方、経済の為に便利なるもの少なからず。

最後の④の例として、福沢は、鉄道、電信、ガス、水道を挙げ、これに鉄の生産も加えています。

平成の三十年間、日本政府はこれと真逆のことばかりやってきました。
いまさら言うまでもなく、財務省の緊縮真理教と、竹中平蔵を中心とした規制緩和路線とがその元凶です。
この傾向は、来年になっても収まりそうにありません。
今年の土壇場になって、ようやく国土強靭化のために、単年度会計ではなく、三年間で7兆円の予算が組まれることが閣議決定されました。
それにしても、これは補正予算ですし、しかも年間わずか2.3兆円です。
やらないよりはやった方がいいですが、これでは焼け石に水というべきでしょう。

しかも来年は消費増税が実施される気配ですし(予想が外れるとありがたいのですが)、東京五輪に向けた投資が終わりますし、いわゆる「働き方改革」によるGDPの減少が予想されます。

これを少しでも食い止めるためには、新自由主義の悪夢から一刻も早く醒めて、公共財、公共サービスに関する政府の関与を強めることが必要です。
つまり、資本主義の理想と社会主義の理想との均衡を回復するのでなくてはなりません。

冒頭のタイトルは、中野剛志氏が何年か前に吐いたジョークです。
その後このジョークは、毎年当たることになってしまいました。

大晦日 よきお年をと 言ひたくも いかにせむとや 闇の迫るを


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急激な格差社会化が進んだ平成時代

2018年12月26日 23時05分25秒 | 経済



2018年も終わりに近づきました。
平成最後の年末です。
この期にあたり、「日本は世界一の金持ち国」という素晴らしい笑い話をしましょう。
笑う門には福来る。

車内に動画の広告がありますね。
先日電車に乗って動画広告を見ていたら、ニュースが流れました。
「大企業のボーナス平均90万円超で、昨年を超えて過去最高額」というのです。
ちょっと見ると、へえ、ずいぶん景気も回復してきたんだなと思うでしょう。
政府も「いさなぎ越え」とか「ゆるやかな回復基調にある」とか繰り返していますし。
でも、そんな実感はありませんね。
ところが、「大企業の」というところに注目してください。
日本の大企業は全企業の0.3%しかありません。
従業員数で言うと、3割。残りは中小企業です。
だから大企業のボーナスが高かったからといって、それは景気を占う指標にはなりません。
こういう目くらましニュースを流させているその総本山はどこなのか。
答えは明らかですね。
そう、経団連です。
財務省も裏で結託しているかもしれません。

それでは今年のボーナス支給の実態はどうか。
株式会社ウルクスが2018年12月に、若手・ミドル層の会社員241名に実施したアンケート結果があります。
それによると、56.4%が「支給なし」と回答。
そもそもボーナスが支給される人よりされない人のほうが多いのです。
また、「支給あり」と答えた43.6%の支給額平均は42.4万円で、大企業の半分未満です。
従業員別で、もっと詳しく見てみましょう。

1000人以上      43.8万円
300人以上1000人未満  32.5万円
100人以上300人未満  30.0万円
100人未満       30.2万円

ただし100人未満の企業では、「ボーナスあり」の割合が、38.2%に落ちます。6割以上が支給されていないのです。
https://wezz-y.com/archives/62359

暴言王・麻生財務大臣が、記者会見で、記者に対して「少ないというのは君の感性だ」とうそぶいたとか。
ちなみに麻生大臣のボーナスは、一部返納後で352万円です(前記事)
「いさなぎ越え」と「ゆるやかな回復基調」と麻生発言と3点セットで、もう笑っちゃうしかないですね。

このように、マスコミ報道と実態との間にはものすごい乖離があります。
GDPが対前年比で2.5%下がり、実質賃金は低迷、実質消費支出は下がり続けています。
にもかかわらず、日本は世界一の金持ち国とよく言われます。
これは全体として見れば間違いではありません。
以下、元国税庁調査官で作家の大村大次郎氏の記事「なぜ日本のサラリーマンの年収はいつまで経っても低いままなのか」(2018年12月17日)から、要点を抜粋します。
https://www.mag2.com/p/news/379730?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_1217

日本の個人金融資産残高は、現在1800兆円、赤ちゃんも含めて1人当たりにすると1400万円、アメリカに次いで2位です。
1990年には1000兆円でしたから、この28年間で80%も増えたことになります。
これに土地建物などの資産を加えれば、さらに莫大なものになるでしょう。
また対外準備高は全ヨーロッパの2倍、国民1人当たりだとダントツの1位。
さらに対外純資産は約3兆ドルで、これも世界第1位。
しかも、世界的な金融グループ、クレディ・スイスの2016年のレポートによると、日本のミリオネア(100万ドル以上の資産の持ち主)は280万人超で、前年より74万人増え、増加率は世界一です。
これは全人口の2%にあたります。
この激増している億万長者の大半は、かなり以前から大企業の株をたくさん持っていた人です。
以下は、上場企業の配当金の総額の推移です。
2005年  4.6兆円
2007年  7.2兆円
2015年  10.4兆円
2017年  12.8兆円
2005年の3倍近く、2007年の2倍近くに増えていますね。
つまりこの大半が、大企業の株をたくさん持っていた人に流れ込んだことになります。
(大村氏記事抜粋ここまで)

さて一方、平成29年版・少子化社会対策白書によれば、1997年には、給与所得の価格帯の最頻値(モード)が500万円~699万円だったのに対し、2012年には300万円~499万円に落ちています。
また厚労省の統計によれば、この13年間の実質賃金の推移はご覧のとおりです。



さらに、国税庁の民間給与実態統計調査」によれば、年収200万円以下のワーキングプアは、安倍政権になってから1100万人を超え、その推移はご覧のとおりです。90年代後半に比べて300万人も増えていますね。



しかもワーキングプアは、ひとり親家庭(多くは母子家庭でしょう)が圧倒的に多いのです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/seikatuzukan/2014/CK2014101502000195.html
https://toyokeizai.net/articles/-/221708?page=2



生活保護世帯も2000年代に入ってから急増し、安倍政権になってから160万世帯で高止まりしています。
これは90年代後半の2.7倍です。



子どもの貧困率は、2012年の統計で、先進7か国ではアメリカ、イタリアに次いで3位、
OECD諸国では9位で、平均を上回っています。



先ほどの2016年までのワーキングプアの推移のグラフを見れば、もっと悪化しているに違いありません。
ある人の話によれば、食事も満足に食べさせてもらえない子どものために、地域で「子ども食堂」を開設する案があり、公立高校生600名にアンケートを取ったところ、希望者70名。
さまざまな記事に見られる、6人に一人か7人に一人が「貧困家庭の子ども」に数えられるという分析と符合します。

もう十分でしょう。
「日本は世界一の金持ち国」ですが、そのお金はミリオネアに集中して、中間層は脱落し、多くは貧困層に転落したと言っても過言ではありません。
つまり、これが今世紀に入ってからの実態なのです。
急激な格差社会化と呼ばずして何と言えばいいのでしょう。
もちろん、その原因は、金融グローバリズムが経済の大きな部分を占めるようになったことにあります。
そして、その危険に対して、政府がそのトレンドに追随するばかりで、実体経済を活性化させる有効な対抗手段を打ってこなかった点にあります。
97年のデフレ突入から20年以上が経ちました。20年といえば、生まれた赤ちゃんが大人になるまでの、長い長い期間です。
その間、いくらでも打つ手はあったはずです。
グローバル資本やグローバル金融市場への規制を強め、一方では内需拡大に向けて、国内産業の保護やインフラ整備のための大規模な投資をすべきでした。
経済に関する限り、「日本ファースト」に徹するべきでした。
それなのに、ヘンな「自由」イデオロギーとヘンな倹約思想にかぶれて、結局何もしてこなかった。
政府関係者よ、「いざなぎ越え」などと悪い冗談を続けるのは止めて、この悲惨な経済実態を直視せよ。
それでも来年は消費増税、やる気ですか。
移民受け入れ、水道民営化、やる気ですか。
国民いじめにさらに邁進する気ですか。

以上、世界一の金持ち国の政府は、世界一のバカ政府、というお話でした。
ワッハッハッハ。



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●『別冊クライテリオン 消費増税を凍結せよ』(11月14日発売)
「消費増税の是非を問う世論調査を実行せよ」

●『正論』12月号(11月1日発売)
「デジタルよ、さらば?!――スマホ一極主義の陥穽」

●『「新」経世済民新聞』
 ・消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿
  https://38news.jp/economy/12512
 ・消費増税に関するフェイクニュースを許すな
  https://38news.jp/economy/12559
 ・先生は「働き方改革」の視野の外
  https://38news.jp/economy/12617
 ・水道民営化に見る安倍政権の正体
  https://38news.jp/economy/12751
 ・みぎひだりで政治を判断する時代の終わり
  https://38news.jp/default/12904

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なぜ間違った権力と知がまかり通るのか

2018年12月20日 19時21分36秒 | 思想


いまこれを書いている最中、家の前で水道管の取り換え工事が行われています。
だいぶ前に、道路に印をつけ、その後掘削の幅に合わせて、カッターで道路をまっすぐ切っていました。
今朝、車を出すかどうか打診がありました。今日は大丈夫ですとお返事しました。
先々週にもあったのですが、その時には、万一その日の工程が拙宅のガレージの前にまで及んだ場合、車をどこに置けばよいかの手はずを詳しく説明していただきました。
でもその日は、ほんの少し手前で作業が終わったのです。
朝9時から夕方5時まで、作業員の人たちは、力を合わせ、声を掛け合って仕事に集中しています。50センチ幅ほどの溝を深く長く掘り、新しい水道管を入れてつないでいきます。
断水しないのはなぜかな? 別の場所にもう一本別のが埋まっているのかな? と素朴な疑問を抱いたので、昼休みになってから、作業員の人に聞いてみました。
やはりそうでした。
新しいのをつけ終わってから切り替える時に30分程度断水するが、その時は予告するとのこと。
考えてみれば当たり前だなと、こういう方面に関する不明を恥じました。
作業員の人たちは、このたいへんな肉体労働を、慣れた手つきですらすらと進めています。

駅の近くに古い大きな団地があって、よくそこを通り抜けるのですが、いっとき大規模修繕工事をやっていて、あちこちに足場が組まれていました。
ある時、作業員の人たちが数人、私と出会ったのですが、丁寧にお辞儀をしました。
私もあわててお辞儀を返しました。
おそらく、「団地の住人や通行人にはご迷惑をおかけしているのだから、あくまで礼儀正しく」というスピリットが、上から下まで徹底しているのでしょう。

またしばしば感じることですが、ある時期からの日本の現業労働者は、昔の荒くれ男のイメージと違って、たいへん紳士的なマナーを身につけるようになったと思います。
このこと自体はたいへん良いことで、これからもそうあってほしいのですが、問題は、彼らの待遇が、その仕事の大切さに見合うものであるかどうかという点です。
彼らがいなかったら、私たちの生活はいっときも成り立ちません。
つらい肉体労働と紳士的な態度とを両立させながら、低賃金に甘んじているとしたら、これは極めて不条理なことです。
彼ら(土木建設、医療、介護、物流現場、発電所などで働く人たちも含めて)こそが、高給と十分な余暇とを保証されるべきなのです。
水道民営化や移民法に代表されるグローバリズム政策によって、彼らの給料がさらに下がってしまうことに大きな危機感を覚えます。

緊縮真理教に染まった財務官僚や「民間議員」と称する財界の有力者たちのおかげで、デフレから脱却できないために、GDPは停滞し、実質賃金は下降し続けています。
彼らの周りには御用学者御用マスコミ人がもっともらしく権威面をしてたむろし、ウソを振りまいています。
そして、この人たちは、いずれも超高給取りです。
ウソを垂れ流し続けて高給が取れる――これはいったいなんでしょうか。
国民生活に貢献する政策を実現したり、多くの人々のためになる言説を展開したり、人類の役に立つ研究成果を発表していたりするなら、大いに高給を取ってかまいません。
しかし上に挙げた人々に関するかぎり、事態は真逆です。
付け替えたとたんに漏水してしまう水道管を設置した会社があったとしましょう。また、床の傾いた家を作った大工さんや、まずくて食えない料理を作ったシェフがいたとしましょう。彼らの生活は一発で終わりです。
ところが、国民を不幸に追いやる政治家・官僚、ウソ言説を垂れ流して恥じない学者・マスコミ人たち、彼らは平然として高給を手にしている。定年後の就職先まで保証されている。
この権力と知の歪んだ構造はなぜ許されているのか

私はかなり前からこの問題について考えてきました。
緻密な答えが得られたわけではありません。
ただ原理として言えるのは、彼らが、言葉を用いることを専門にしているからだということです。
近代は実力勝負の時代で、世襲貴族の時代ではありませんから、彼らの誰もが高い地位や権力や財産を継承したわけではない。
すると、その実力の大きな部分が、よくも悪しくも言葉の力だということになります。
水道管の付け替え技術や建築技術や料理術は、そのつど個別的にしか適用されません。
これに対して、言葉というものは、あらゆる生活場面、職業場面で使わなくてはならない普遍的な性格を持っています。
上に挙げたいろいろな技術にしても、それが一定の技術として確立されるためには、言葉の積み重ねが不可欠です。
ここがまさにミソです。

言葉は現実を虚構するところにその本質を持っています(詳しくは、拙著『日本語は哲学する言語である』参照)。
虚構とは、単にウソ八百という意味ではありませんが、そういうことを可能にすることも確かです。
料理に毒を混ぜることはできますが、料理そのものにウソをつかせることはできませんね。
でも言葉はそれ自体として、それができてしまうのです。
ウソとは言葉の世界でのみ成り立つ現象です。
そこで、いわゆる頭のいい人、要領のいい人は、習ったこと(事、言)、伝え聞いたこと(事、言)を材料にして、素早く物語(認識)を組み立てて人々に伝えます。
普通の人は、自分が直接に触れた物事以外のことを知りませんから、驚きとともにそれらを信じるわけです。
こうして物知りは尊敬され、そこに権威が成立します。
一度権威が成立すると、その権威者は、言葉の専門家としてますます権威の地盤を固めてゆきます。
もちろんその中には、人々をより良い方向に導く知恵も含まれているでしょう。
しかし、権威をもって言葉を駆使する者たちが、いつも正しい判断を下すとは限りません。
権威に胡坐をかいて、途方もない間違いを犯すことはいくらでもあります。

物知りであることと正しい認識や判断を下せることとは別です。
むろん、物知りはそれだけ視野が広いわけですから、両者の間にある程度までは相関関係が成り立つと言えるでしょう。
でもたとえば、消費増税や移民法や水道民営化などが正しい政策であるかのように人々をたらしこむ勢力が、私たち国民のために優れた言葉を発しているとはとても言えませんね。
彼らは手にしている権威を悪用して、グローバル資本への奉仕がよいことだというバカげた判断を下す癖を身につけてしまっているのです。
しかしいったん言葉の専門家としての権威が確立すると、人々は往々にして、「あの人はあれだけものを知っていて優秀なのだから、認識や判断も正しいに違いない」と錯覚してしまうのです。
こうして人々は、権威の衣に騙されて、彼らにたくさんのお金を貢ぎ、高い地位を保証します。
これが、知識を商売とする人たちがたとえデタラメを吹聴しても、なぜ高給を取り、政治や経済を動かすことができるかを解き明かす秘密です。

こういう弁論術に巧みな人たちは、古代ギリシャでは、ソフィストと呼ばれました。
ソクラテスは、彼らが人々の尊敬を勝ち得ているその肝心の部分に欺瞞を嗅ぎつけ、彼らに議論を吹っかけては、そのインチキ性を暴露して歩きました(もっとも、プラトン描くところのソクラテス自身が超一級のソフィストでもあった、と筆者は思っていますが)。
私たちは、いわれなき権威の衣をまずはぎ取って、その人の言っていること、やっていることが、本当に私たち自身のためになるのかを見破る力を身につけなくてはなりません。
裸の王様に高給や高い地位を与えず、私たちの実生活を真に支えてくれる人たちに高給を与えるような社会にしていきましょう。


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●『「新」経世済民新聞』
 ・消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿
  https://38news.jp/economy/12512
 ・消費増税に関するフェイクニュースを許すな
  https://38news.jp/economy/12559
 ・先生は「働き方改革」の視野の外
  https://38news.jp/economy/12617
 ・水道民営化に見る安倍政権の正体
  https://38news.jp/economy/12751
 ・みぎひだりで政治を判断する時代の終わり
  https://38news.jp/default/12904

●『Voice』2019年2月号(1月10日発売予定)
「国民生活を脅かす水道民営化」



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みぎひだりで政治を判断する時代の終わり

2018年12月12日 22時46分33秒 | 思想


12月10日に第197臨時国会が幕を閉じました。
筆者の記憶にある限り、こんなひどい国会は見たことがありません。
言うまでもなく、移民法(出入国管理法改正)水道民営化(水道法改正)の二つを、ろくな審議もないまま成立させてしまったことが、そのひどさの最大の点です。

筆者は、前回の投稿で、安倍政権を売国政権と規定し、その末尾に次のように書きました。
単に移民政策や水道民営化政策だけでなく、安倍政権が採っている経済政策が、みな国民生活を犠牲にしてグローバル資本に奉仕する性格のものであること、まずはこのことに気づく必要があります。
個々の社会問題は、それ一つだけで切り取られるものではなく、ほとんどすべての原因が、一つの間違った政治運営に収斂するものなのだという統合された視野を、ぜひとも回復しなければなりません。

https://38news.jp/economy/12751

この「統合された視野の回復」のためには、何が必要でしょうか。
法律など制度面での改革や政治活動はいろいろ考えられるでしょう。
でも、そうした望ましい改革や活動を実現させるのを阻んでいるものが根底にあります。それは、人が政治世界を把握する時に抱く固定観念です。
その最も顕著でわかりやすいのは、右か左か保守かリベラルかという二分法の枠組みによって、政治の主義や活動スタイルを理解しようとする見方です。
これはフランス革命以来、いまだに全世界共通の見方と言ってよい。
人々は単純な分類を好みますから、この二分法にもとづいて、ある政治家、政党、政権を支持したり、否定したりします。

しかしもはやこうした理解枠組みを捨てなくてはなりません
そういうパラダイムシフトが必要な時代が世界的にやってきたのです。
たとえば、先の米大統領選では、「右」のトランプ氏と「左」のサンダース氏がいずれも移民規制を訴えました。
仏大統領選でも、「極右」のルペン氏と「左」のメランシオン氏が同じく移民規制を訴えました。
ドイツでも、移民規制を訴える「極右」のAfDが大躍進し、移民歓迎を主張した「中道派」のメルケル首相が政権運営の危機に追い込まれました。
イタリアでは「極右」の五つ星運動が政権の一角に食い込みました。
いずれも行き過ぎたグローバリズムが、国民生活を圧迫するものでしかないことに、多くの国民が気付いたからです。
これらの事実は、もはや政治党派を「みぎひだり」という枠組みで理解することが意味をなさないことを表しています。
あえて単純化していえば、これは、一部グローバルエリートと、大多数の貧困化しつつある国民との対立ととらえるのが正しいのです。

しかし日本国民の多くは、こうしたパラダイム変換に気づかず、相変わらず右か左か、保守かリベラルかという固定観念・固定感情で政治党派や政治活動を理解し、判断を下しています。
この固定観念・固定感情が、あたかも国論を左右に二分しているかのような虚像を作り出しているのです(もちろん、原発や憲法や国防など、非妥協的な対立問題は従来通りの「みぎひだり」の形で存在しますが)。

移民法や水道民営化や消費増税など、バリバリのグローバリズム政策が周回遅れで推進されているのに、国民の多くは、それらが自分たちの生活を直接に脅かすものであることも知らず、推進勢力の安倍政権に高い支持票を投じています。
でもこれは、日本特有の、おかしなねじれ現象です。
たとえば今回の移民法成立に伴う国民の反応はどうでしょうか。
これに無条件に賛成する人など、グローバル企業やブラック企業の経営者、および安倍政権絶対信仰者以外、まずいないでしょう。
それ以外で賛成するとすれば、それは人手不足に悩む業界が仕方なくそうしているにすぎません。
そもそも人手不足は、安い給料しか払えないために起きている側面が大きいので(土木建設業、介護分野、医療分野など)、人手不足なのになぜ給料が上がらないのかという問いは、因果関係を逆転させたところに成立する問いです。

もし財務省が緊縮真理教を改めて積極財政に転じ(まず考えられませんが)、企業がそれを受けて生産性向上のために投資し、日本人労働者の賃金が上がれば、わざわざ言葉の通じない外国人労働者などを雇う必要もなくなり、人手不足も解消しますし、内需拡大にも結びつきます。
そうすればデフレから脱却でき、GDPも伸び、財務省の(ばかげた)悲願である「財政健全化」も果たせるでしょう。
野党が問題にしている技能実習生の人権問題もなくなるわけです。
つまり、「みぎひだり」という枠組みにこだわらなければ、移民法などという悪法に反対する人が圧倒的に多いはずなのです。

ところで、11月26日の参議院予算委員会で、社民党の福島瑞穂氏が技能実習生制度を「奴隷制」と呼んだことが物議を醸し、議事録から削除されることになりました。
さてこれを知ったフェイスブックの「保守派」投稿者は、ごく一部の例外を除いて、ほとんどが鬼の首でも取ったように、福島氏をバッシングしたのです。
こんな人物が国会議員でいることを許すのは、日本人の民度が問われているということだ」「ミズホそのものを削除しろ」等々。
シェアも盛んに行なわれ、ちょっとした炎上でした。

でも違うでしょう、一部保守派諸君。
あなた方は、技能実習生の実態についてきちんと調べ、移民法が私たち日本国民にとってどういう意味を持つのかを、じっくり考えてみたことがありますか。
福島氏がサヨクだというレッテルをよりどころにして、感情的にバッシングしているだけなのではありませんか。

技能実習生の実態について一例を上げましょう。

(1)毎日午前8時から午後11時頃まで縫製作業
(2)休日が月1回程度で、土日を含めて連続勤務
(3)賃金は、月額1万5000円から2万7000円
(4)賃金から天引きされていた健康保険料は、納付されておらず無保険
 こうした状態で、約8ヵ月働き、過酷な労働に耐えられなくなり、「失踪」した。
https://diamond.jp/articles/-/187337?page=2

つまり福島氏の言う「奴隷制」は、「中らずと雖も遠からず」で、その実態は、公式発表で失踪者7000人(実際はもっとずっと多いでしょう)、時給300円という有様です。
これは、古代律令制時代の「逃亡・欠落」によく似ています。
これでも一部保守派諸君は、福島氏を非難しますか。
技能実習生制度の拡大再生版である今回の移民法を支持するのですか。
誇り高き一部保守派諸君
あなた方は、時給300円で休みなくこき使われる「移民」を、わが日本社会の底辺に大量に抱えて、日本人として恥ずかしくはないですか

もちろん、野党の移民法反対の論理に問題がないわけではありません。
それは簡単に言えば、移民の側に立って、その人権が保障されないことだけを追及するという論点に見られる視野の狭さです。
移民受け入れを前提とするなら、移民の人権保障も大事な観点ではあります。
しかし、彼ら(野党)は、わが国が欧米のように移民受け入れを拡大することによって、日本国民にどういう被害が及ぶかという論点を持とうとしないのです。
これは、彼らが反日政党だからとレッテルを貼って否定してしまえば簡単です。
しかしむしろ問題なのは、どの野党もが、安倍政権の移民政策の背景にあるグローバリズム経済の大きな弊害について気づいていないか、気づいていないふりをしているという点です。

野党の論理だけで移民受け入れ反対を押し進めていくと、移民の人権が保障されるなら、受け入れること自体はかまわないという話になります
移民を大量に受け入れるとどういうことになるかは、ヨーロッパですでに実証済みです。
賃金低下競争が起こり、日本人の賃金がさらに下がります。
つまり景気がさらに悪化します。
日本人と移民との間の格差が広がり、治安が悪化します(すでに悪化しつつあります)。
言葉が満足に通じない者どうしの間で経済運営に深刻な支障をきたし、文化的な面での摩擦が拡大します。
これを克服するためには、同化政策を取るほかなく、教育のために莫大なエネルギーとコストを覚悟しなくてはなりません。
また、ドイツのように国論が分裂し、日本人としてのアイデンティティが維持できなくなり、民主主義が機能しなくなります(グローバルエリートや新自由主義者が実権を握っている日本では、すでにEUと同じように民主主義が機能していないのですが)。
さらに長期的には、家族帯同までが許されるわけですから、中国人移民を中心として、内乱や権力争奪や革命や征服の危険すら想定されます(今回の立法措置で想定されている特定技能1号は家族帯同が許されませんが、1号は試験にパスすれば家族帯同まで許される特定技能2号に移行することが可能です)。
しかし政府は、これらのことを少しも想定しないまま、今回の法改正を通してしまいました。
野党は、安倍政権の移民政策を批判するなら、こうした論点を提起すべきなのです。
日本国家転覆や国民生活の破壊を意図しているのではなく、もし本当に日本国民のことを考えているとすればの話ですが。

さてこの論考の目的は、もはや「みぎひだり」で政治世界を判断することをやめ、グローバリズム経済こそが、国民生活にとって敵なのだというように、発想の転換を迫ることにありました。
少しでもその目的に近づくためには、次の二つを満たすことが必要です。
(1)一部保守派のように、イデオロギー的・感情的な観点からの左翼たたきをやめ、左翼であっても、ある個別政策の推進や阻止が正しいのであれば、共闘の道を探るべきこと。逆に間違った反対の仕方をしているのなら、その間違いの理由をあくまで理性的に説くこと
(2)野党は、抽象的・原理的な反権力主義から脱却し、政府の政策が国民生活を平和で豊かにするものなら積極的にサポートし、また逆に、国民を貧困や無秩序に追いやるものなら、その背景を徹底的に洗い出したうえで、反対行動に出ること

たとえば2019年10月に予定された消費税10%への増税は、所得税や法人税の減税の穴埋めの意味を持っています。
ですから、一部グローバル企業や富裕層、投資家にとってのみ都合のいいもので、国民経済に壊滅的な打撃を与えることが明白です。
先ごろ内閣官房参与で京都大学大学院教授の藤井聡氏が、保守を標榜しながら、党派を超えて消費増税反対の世論を広げるために、『しんぶん赤旗』のインタビューに応じました。
さすがにそれは、と思った方もいるでしょうが、筆者は氏の政治的決断力と行動力に拍手を送りました
危機に際しては、こうしたプラグマティックな態度、言い換えれば、真の意味での是々非々主義こそが、世の中をより良い方向に動かすのだと思います。

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「政経研究会・えん」第一回開催のお知らせ

2018年12月02日 16時09分26秒 | お知らせ

この会は、当塾の他の会と同じく、どなたでも自由に参加できます。

この会は、次のスタイルを基本とします。

日本経済から国際政治まで、政治経済関係の著作を中心にテキストを決め、

テキストについてレポーターに発表してもらいながら、参加者全員で話し合いを進めていきます。

参加者は、原則として、テキストをあらかじめ読んでくることを条件とします。

なるべくタイムリーなテーマを取り上げますが、時に臨んで政治経済にかかわる歴史を扱うこともあります。


以下に、第一回の要領を記します。


●日時:12月9日(日) 15:00~19:00

●会場:ルノアール四谷店 マイスペース3A室

アクセス:https://loco.yahoo.co.jp/place/g-mwS1s6vBfIw/map/?bm=sydd_spt_s_n_p_ttl

●テキスト:三橋貴明著『帝国対民主国家の最終戦争が始まる』(ビジネス社 本体1600円)

●レポーター:小浜逸郎

●参加費:1000円+飲み物代(600円程度)


激動の時代、世界で今何が起きているのかを知ることは、是非必要なことに思われます。
どうぞふるってご参加ください。


*二次会もあります。こちらもどうぞ。

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水道民営化に見る安倍政権の正体

2018年11月27日 21時30分40秒 | 政治



外国人労働者受け入れの拡大を目指した入管改正法案が衆議院で可決しました。
この法案は言うまでもなく事実上の移民解禁法案です。
ヨーロッパの移民国家化の惨状から何も学ぼうとせず、しかも起こりうる事態に対して何の準備も整えていないひどい法案ですが、それについては、すでに多くの人の指摘があるので、ここでは触れません。

以前、このブログでも扱ったのですが(2018年1月)、
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/17802bf252decb3fac028a02d88c051b
水道民営化法案(水道法改正法案)は、現在すでに衆議院を通過しており、今国会で参議院での継続審議案件となっています。
当然、どさくさに紛れて数の勢いで国会を通過してしまうでしょうが、マスコミは相変わらず、この法案の危険性について報道しません。
この法案の目的は、もちろん、フランスのヴェオリア社など、水や環境にかかわるグローバル企業の便宜を図るところにあります。
ちなみに、これまでも水道事業の多くの部分は、民間企業に業務委託されてきました。
しかし、それは今回立法化されようとしている管理運営権の売り渡しとはまったく意味が違います。
業務委託の場合は、自治体が公共的な観点から必要と判断された業務の一部を、その範囲内で業者に委託するので、契約更新は毎年度になります。
これに対して、今回の水道民営化法案では、運営権を丸ごと企業に譲渡するので、企業は企画から実行までをすべて行い、契約期間も15年以上まで可能です。
その間、運営に不満が出たとしても、消費者も自治体も原則として契約条項を変えさせることができません

水道民営化法案の問題点は、次の六点に要約できます。
(1)今回のコンセッション方式(所有権は自治体、管理運営権は民間企業)では、運営権の売却は地方議会の議決を必要とせず、水道料金も届け出制で決められることになっています。
政府は上限を設けるなどと言っていますが、水道をめぐる状況は地域によって複雑で多様なので、それは無理でしょう。
(2)何か問題が起きた時の修復や後始末は、運営会社ではなく、自治体が解決することになっています。
https://www.facebook.com/gomizeromirai/videos/1947720121973442/UzpfSTE2MDc4MjYwODI6MzA2MDYxMTI5NDk5NDE0Ojc1OjA6MTU0MzY1MTE5OTotNDEzNjgzNzEwODg1MDg5MzUz/
(3)他のモノやサービスと違って、消費者には選択の自由が与えられていないので、企業間の競争が起こりえず、寡占化が進み、料金の高騰を招きます。
実際、世界の事例では、ボリビアが2年で35%、南アフリカが4年で140%、オーストラリアが4年で200%、フランスが24年で265%、イギリスが25年で300%上昇しています(堤未果著『日本が売られる』)。
(4)ビジネスは利益を出さなくてはなりませんから、そのぶん、料金が消費者に上積みされますし、利益は株主への配当に流れるので、現在のようなデフレ下では労働者の賃金低下を招きます。
また採算が取れないとわかったら、企業はさっさと撤退しかねません。
(5)一度民営化してしまうと、失敗した時に再公営化するためには、たいへんなコストと時間がかかります。
(6)一番の問題は、当の推進論者たちが、なぜ民営化するとこれまでよりサービスが「よい」ものとなるのかを、積極的な論拠をもって説明できないことです。
今年は災害が多かったので、彼らはそれに乗じて、「災害時に効率的に対応できるように」などとひどい屁理屈をつけていますが、「おいおい、そりゃ逆だろう!」と言いたくなりますね。
擬似ショック・ドクトリンとでもいうべきでしょうか。
じつはこの政策は、ずっと前から竹中平蔵を筆頭とする規制緩和論者たちの間で立てられていたもので、民主党政権がそれにまんまと引っかかったのです。
災害の増加とは何の因果関係もありません。

以上、水道民営化の問題点を見てきましたが、世界で実際に民営化した自治体はさんざんな目に遭っています。
先の投稿では、パリ、ベルリン、クアラルンプール、アトランタをはじめ、世界180の自治体で再公営化に踏み切っていると書きましたが、堤氏の前掲書によると、最新のデータでは、世界37か国、235都市で公営化に戻しているそうです。
要するに、この政策は、グローバル企業が儲けるためだけの政策なのです。

いまや、水も環境も電気も医療も農作物も、すべてが巨大グローバルビジネスの対象になっています。
安倍政権は、国民の命を犠牲にしても、グローバル企業の利益に奉仕する政策をずっととってきたのです。
売国政権と呼んでも過言ではありません。
労働者派遣法改正、農協法改正、混合診療解禁、発送電分離、種子法廃止、消費増税、移民(特に単純労働者)受け入れ、そして今度は水道民営化です。
こういう悪政を平然と行っている政権の最新の支持率がなんと10月から4ポイント上がって46%になっています(「支持しない」は37%)。
http://www.nhk.or.jp/senkyo/shijiritsu/
これはいったいどういうわけでしょうか。
日本以外の国なら、暴動が起きてもおかしくないでしょう。
現にフランスでは、マクロン大統領の支持率は26%で、パリをはじめとして各地で暴動が起きています。
日本の現政権が、内外に迫る危機を少しも解決できていないどころか、むしろひたすら国家的自殺行為に走っているのに、高い支持率を維持できている。
これには、次の理由が考えられます。
(1)もともと日本人は、政治、特に経済政策に関心が薄く、社会の悪化を自然現象のように見なしてしまう習慣を身につけている。
(2)移民問題、貧富の格差問題、文化摩擦問題などが、まだ欧米社会ほど深刻でない。
(3)政治の上部組織と国民の私生活との間に乖離感覚があり、誰がやっても同じというあきらめ感が強い。
(4)平和が続いたために危機に対する緊張感を喪失して、今日明日が過ごせればそれでよいという能天気状態に陥っている。
(5)高度成長期やバブルを経験したころの感覚がいまだに残っている。
(6)社会全体が複雑化したために、国民だけでなく、政治家やマスコミや学者が、個々の不全現象を個別バラバラにしか把握できず、統合失調症に陥っている。
(7)政治現象を右か左か、保守かリベラルか、の軸で解釈しようとする習慣から抜けきっていない。
 まだあるでしょうが、いずれにせよ、こういう日本の状態をそのままにしておいてよいはずがありません。
 単に移民政策や水道民営化政策だけでなく、安倍政権が採っている経済政策が、みな国民生活を犠牲にしてグローバル資本に奉仕する性格のものであること、まずはこのことに気づく必要があります。
個々の社会問題は、それ一つだけで切り取られるものではなく、ほとんどすべての原因が、一つの間違った政治運営に収斂するものなのだという統合された視野を、ぜひとも回復しなければなりません。


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従軍慰安婦、徴用工、南京大虐殺

2018年11月23日 12時52分29秒 | 政治



韓国政府は21日、慰安婦問題をめぐる2015年12月の日韓合意に基づいて韓国政府が一昨年設立し、日本政府が10億円を拠出した元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」を解散すると発表しました。
韓国政府は、日韓合意の破棄や再協議は要求しないという立場を示していますが、この解散発表は、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した合意に反するものです。
河野外務大臣は、「発表は日韓合意に照らして問題であり、受け入れられない」と述べました。
この発表について、一部の元慰安婦の女性たちが暮らす「ナヌムの家」を運営する市民団体は、日本政府が拠出した10億円を返還し、日韓合意そのものを破棄するよう求めました。
ちなみに、合意が結ばれた当時、生存していた47人の元慰安婦の女性のうち、これまでに4分の3以上が支援事業を受け入れています。
先月30日には、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる裁判で、韓国の最高裁判所が新日鉄住金に賠償を命じる判決を出しました。
この問題は、1965年の国交正常化の時点ですでに解決済みです。
河野外務大臣は、「判決は暴挙だ」と厳しく批判しました。
しかし徴用工をめぐる裁判では今月29日に予定されている、三菱重工業に損害賠償を求める判決でも、同様の判決が出ることが確実視されています。

こうした一連の日韓関係のいわゆる「悪化」の過程について、ほとんどの日本人は怒りを覚えているか、釈然としないものを感じているでしょう。
しかし、そもそも三年前の日韓合意が、日本政府の賢明な選択であったのかどうかを問い直す声はあまり聞こえてきません。
いわゆる「従軍慰安婦問題」なるものが、吉田清治という詐欺師による捏造を朝日新聞がうのみにし(あるいは知りながら意図的に)、その報道に韓国側が飛びついたところから始まったことはよく知られています。
これにもとづき、河野洋平官房長官(1993年当時)が、証拠がないにもかかわらず、「軍による従軍慰安婦の強制連行」があったことを認めて謝罪しました(河野談話)。
その後、捏造の事実を暴かれた朝日新聞は、はなはだ不十分ながら誤りを認め、社長が辞任しました。
しかし朝日は、体面を保つために、議論の本質を、大東亜戦争当時の朝鮮人の慰安婦という具体的な歴史問題から、女性の人権一般の問題にすり替えて、自らを正当化してきたのです。
しかも日本向けには誤りを認めたのに、英字版では、相変わらず「軍によってセックスを強制された慰安婦」という表現を垂れ流し続けてきました
こうした経緯があったにもかかわらず、安倍政権は、韓国に対して「謝罪の必要はない」という毅然とした対応をとらず、パククネ政権との間で、「日韓合意」を交わしたのです。
これは、冒頭に書いた「最終的かつ不可逆的な解決」を目指したものということになっており、安倍政権もそれをもくろんで妥協したのでしょう。
しかし事実はそのように動きませんでした。
岸田外相はこの時「軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた。日本政府は責任を痛感している」と発言しました。
そして10億円で手を打とうという話になったのです。
筆者はこの発言について、当時ブログで次のように書きました。

『責任』とは法的なものも伴うのかどうかまったく曖昧ですし、しかも『痛感している』と現在進行形になっています。韓国は、その曖昧さと現在進行形とを利用してこれからも執拗に問題を蒸し返し、『日本の罪』をネタに『責任』を追及しつづけ、世界に発信しつづけるでしょう。なぜなら、慰安婦問題の韓国側主役である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の突き上げや、それに同調する反日世論を、韓国政府が抑え切れるとは思えないからです。

さらに韓国新財団に10億円の出資とは!
名目上、『賠償』ではないと謳ってはいますが、国際社会はそう見ません。この約束は、先の岸田発言、安倍首相の『心からのお詫びと反省』発言と合わせて、三点セットで、『旧日本軍は20万人もの韓国女性をセックス・スレイヴとして扱い、虐殺した』とのこれまでの戦勝国の定説を、オウンゴールで追認したことになります。
(拙著『デタラメが世界を動かしている』参照)

当時、北朝鮮のエージェントであるムンジェインが政権を握ることまでは予想できませんでしたが、この政変で、三年前に予想された事態はさらに悪化したと言えます。

日韓合意に、当時のアメリカの意向が働いていたことは明確です。
その意向とは、
(1)対北朝鮮、対中国問題を睨んで、東アジアの同盟国間でいざこざを起こさせないようにする。
(2)戦勝国の「正義」を世界に信じ込ませるために、かつての日本の「悪」を固定化しておく。
(3)国力の大きくなった日本の自主独立の機運を阻み、いつまでも自らの属国として服従させておく。
外交的行為は、相手国一国との間に友好関係を築けばよいといった甘い認識で行われてはなりません。
世界各国、特に自国と関係の深い国々がそれをどう見なし、どう利用するかという幅広い見通しの下に行われなくてはならないのです。
安倍政権の決断は、明らかにアメリカの意向に過剰に反応したものでした。
結果を見れば明らかで、この決断は、単に日韓関係の悪化にとどまらず、国際社会での日本の印象を著しく損なうものとなりました。
「日本はかつて数十万人の植民地女性をセックス・スレイヴとして扱い、かつ虐殺した悪い国」というイメージがいろいろなところで定着し、小学校でも教えられているのです。
これは戦勝国包囲網によって日米分断を図ろうとしてきた中共政府の思うつぼでした。
事実、これ以後、欧米豪各国における慰安婦像設置の攻勢はますます強まりましたし、その背後には中共政府の力がはたらいていたことも今では明らかとなっています。
徴用工の像もこれから増えていくでしょう。
しかし日本政府は、これらの動きに対して、口先だけの抗議はしますが、中韓の情報戦に見合うだけの積極的な活動を何ら行なおうとはしていません。

中共政府は、韓国の反日感情を利用するだけではなく、自国の情報戦の有力カードとして、「南京大虐殺」というもう一つの強力なでっち上げ材料を持っています。
先ごろ、安倍首相が訪中し、李克強首相との会談で、若い世代の交流を拡大すべきとの認識で一致し、来年を「日中青少年交流推進年」として、今後5年間で3万人規模の青少年交流を進める覚書に署名したそうです。
お人好しニッポン。
訪中に参加することになる日本の青少年は、南京大虐殺記念館などを見学させられ、中国版「正しい歴史認識」を注入されるに決まっています。

ところで、歴史認識の問題に関して中韓にやられっぱなしの日本は、次のような覚悟を固めなくてはなりません。
唯一の正しい歴史認識などというものが存在するはずがないと肝に銘じて知ること。
歴史とは後世の人間が、自分の属する共同体の過去を、想像力を駆使して作り上げる「物語」のことです。
したがって、異なる共同体どうしの間で完全に一致する物語などありえないのです。
言葉は生き物です。「事実」も「歴史」も、編み替えられてゆく宿命のうちにある。
ニーチェは、『力への意志』で、真実とは強い種族に都合のよいように作られたでっち上げであると、何度も繰り返しています。
「歴史」の共有は、言葉と情緒を共有できる範囲でしか可能ではありません。
敵対感情のある隣国どうしの「共同研究」など、空しい限りです。
また、たとえばユネスコ記憶遺産のようなグローバルな歴史認識など、理念からして間違っています。
中国や韓国の「南京大虐殺」や「従軍慰安婦の強制連行」は、こちらから見れば、いずれも資料レベルと証明レベルがきわめて低く、反日意識だけで成り立ってしまったまことにお粗末な物語です。
しかし声の大きい者、うまく宣伝した者が勝つという現実を否定することはできません。
お金と時間と労力を使い、より大きな声を出し、よりうまく宣伝する以外に、これに対抗する方法はないのです。
自分たちは誠実だが、向こうはウソで塗り固めているなどといった道徳的な非難などいくらやっても効果はありません。
相手も同じことを言うに決まっているからです。
歴史とは物語の集積であって、その中身がぶつかり合うときには、さまざまな「力」を用いて相手の口を封じるほかはありません。
「力」とは一般に武力、経済力、外交力ですが、これらのほかに、「歴史認識」にかかわって何よりも大事なのは、説得力と構想力です。
この問題で闘っているAJCNの山岡鉄秀氏が説くように、説得力が成立するための「立論」をいかに組み立てるかに最大のエネルギーを注ぐべきなのです。
コメント (1)

いま、日本の公教育で何が問題か

2018年11月04日 00時40分40秒 | 社会評論


いま日本の公教育で、真っ先に為すべきことは二つあります。
一つは、教師の過重負担をなくすこと、もう一つは、全国の小中学校にエアコンを設置することです。

日本の小、中学校の先生の労働時間は世界でも突出して長く、小学校教諭の33%、中学校教諭の57%が残業時間80時間を超えています
これは「過労死ライン」を上回っています
先生の多忙というと、平教員の忙しさをイメージしがちですが(それももちろんあるのですが)、なかでも多忙を極めるのは、副校長、教頭で、調査報告書の作成、休んだ教諭のフォロー、会計業務などあまりの激務に疲れ果て、教諭への降格を願い出るケースが跡を絶ちません。

小中学校教師の忙しさは今に始まったことではなく、昔から部活の顧問として土日・夏休み返上で駆り出されるとか、テストの採点は家に持ち帰って深夜までとか、年間いくつもある学校行事の指導とか、たいして意味のない研修会への参加強制とか、問題生徒の管理監督やいじめ防止への配慮などなど、とにかく息つく暇もないようです。
ところが、世間の視線は意外とこうした実態に対して冷ややかで無関心です。それはなぜでしょうか。

第一に、教師は公務員で、給与もそこそこ高く安定しているという点が挙げられます。
世の中にはもっと貧しい人やきつい仕事に耐えている人がいる、贅沢な悩みだといったルサンチマンに根差すまなざしを受けやすいのですね。
ことにデフレ下の今日では、こうした声が高まっていると思われます。
しかしある職業が所得面や雇用面で安定しているという事実と、その職に固有のきつさがあるという問題とは別です。
教師のきつさとは、授業をこなすという本業のほかに、生活指導や文書作成などの一般事務や部活動顧問など、本来の職務ではない仕事で埋め尽くされることからくるストレスなのです。
いわば多種の肉体労働と神経労働がどっと重なってきて、それを毎日捌かなくてはならないところに、このストレスの原因があります。

第二に、教師という職業に対する世間の期待過剰があります。
どの親にとってもかけがえのない子どもの教育と生活をあずかるのですから、教師が大切な仕事であることは確かです。
しかし教師も能力や包容力に限界のあるただの人間です。
何もかも教師に背負わせて、ちょっと学校で問題が起きると、担任の責任、校長の責任と大げさに騒ぎ立てる風潮を改めなくてはなりません。

大事なことは、今の学校に何ができて何ができないか、一人の教師の職分と管轄範囲はどれくらいかということをはっきりさせて、その認識をみんなができるだけ共有することです。
ちなみに、教員志望者は年々減少の一途をたどっています。
また教員志望者の中でさえ、こんなに忙しい日本の教員にはなりたくないと思う人が6割を超えているというデータもあります。

小中学校の教師の残業時間が他の職業に比べて一番多いというのも、統計上明らかになっています。
しかも、1971年に決められた給特法という悪法がいまだに改正されていません。
これは、教師の場合は地方方公務員の基本給に4%を上積みするというものです。
月給25万円の教師なら、プラス1万円ということですね。
過労死ラインを超えるほど残業しても、残業手当はまったくつかず、1万円もらえるだけです。
もう半世紀近くもこの状態で、事態は悪化するばかりなのです。

これでは教員志望者が激減するのも当然ですね。
すると教員の質も低下します。
これも当然です。
この事実を差し置いて、日本の教育がどうのこうのと高みに立った議論するのは、意味がありません。

ではどうして日本の小中学校教師はこんなに忙しいのでしょうか。
最大の理由は、国が教育にお金をかけていないからです。
日本の公教育支出は、GDPの3.5%で、OECD諸国の中で、6年連続で最低なのです。
日本人の多くは、教育が大事だ、教育が大事だと口癖のように言います。
でも、もし本当に教育が大事だと考えているなら、まずはこの恐ろしく貧困な教育投資の実態を何とかしなければなりません。
そして投資をどこに差し向けるか。
もちろん、まずは人材投資です。
教師の数を増やすだけではなく、前述のような教師本来の仕事ではない部分を担える人材を雇用して、先生が余裕をもって本業に専念できるような環境を整備すること。

物理的な意味での環境整備も非常に大切です。
前にも書きましたが、公立小中学校のエアコン設置率はようやく五割弱です。
それも地域間格差が激しく、首都東京は100%ですが、暑いはずの九州では二割に満たない自治体もたくさんあります。
今年の猛暑は夏休み前からやってきました。
来年もその次も、近年の気候変動を考えれば、ずっと続くでしょう。
大人たちが冷暖房の効いたオフィスで仕事をしているのに、子どもたちに毎日こんなかわいそうな目に遭わせてよいのでしょうか。

文科省は二流官庁ですから、予算が十分に取れない苦しさもあるでしょう。
緊縮財政にひたすら固執している財務官僚は、日本の将来を担う世代のことなどに関心がなく、文科省の管轄事項を、それが火急の課題ではないという理由で、無意識に蔑んでいるのだと思います。
いま公立の小中学校教育に投資するとしたらどこにお金を使うべきか。
小3から英語教育を、など、百害あって一利なしの施策にではありません。
基礎学力を徹底させるために、ゆとりある人的物的環境を整えることに集中させるべきなのです。


*参考:由紀草一の一読三陳
https://blog.goo.ne.jp/y-soichi_2011


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消費増税に関するフェイクニュースを許すな

2018年10月30日 12時56分45秒 | 思想



10月12日掲載のこのブログで、マスコミは消費増税についての賛否を問う大々的な世論調査をやるべきだということを書きました。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/f4e0818f5dc9b12379e26f30cac3fd2c
2014年、5%から8%に値上げした時には、その半年後に世論調査が行われ、7割の国民が増税に反対と答えています。
同じ時期に政府が有識者を対象に賛否を問うたところ、6割が再増税に賛成したというのです。
いったい一般国民と有識者なるもののこのひどいギャップは何でしょうか。
生活に困っていない「有識者」が、いかに財務省のペテンをそのまま信じているかがわかります。

しかも2018年に入ってから、1年後に控えた10%への値上げ(年内には決定するでしょう)という大問題について、一般国民を対象にした大きな調査が行われた形跡がありません。
代わりに、同年8月、政府が主要企業121社を対象に問うたところ、6割が増税賛成、再延期と凍結はそれぞれ、わずかに3%、2%だったそうです。
欧米並みにもっと引き上げるべきだという意見もありました。
主要企業121社とは、グローバルな大企業に決まっています。
そのぶん、法人税減税が期待できるからです。
また「欧米並み云々」と答えた企業は、アメリカの消費税には事業者負担がなく、ヨーロッパの場合は日用品には消費税がかからないことも知らないか、知らないふりをしているようです(この部分は補足)。
やれやれ。

上記の記事で、以上のようなことを書いたら、次のようなコメントが寄せられました。

今年の9月に世論調査してますよ
https://www.google.co.jp/amp/s/www.sankei.com/politics/amp/180917/plt1809170010-a.html
【問】政府は来年10月に消費税率を8%から10%に引き上げる予定で、安倍首相は増収分の一部を子育て支援や教育無償化の財源に充てる方針だ。消費税に関して考えの近いものは
子育て支援や教育無償化に充てるのなら予定通り引き上げるべきだ29.4
予定通り引き上げるべきだが、財政再建に重点を置くべきだ21.4
予定通り引き上げるべきだが、ほかの施策の財源にすべきだ12.0
引き上げは延期すべきだ13.3
引き上げには反対だ22.5
他1.4

60%以上は引き上げに賛成してますね


筆者はこれに対して、不明にしてこの調査のことは知らなかったとわびた上で、概略、以下のように答えました。

このアンケートは次の理由で信用できません。

(1)そもそも産経新聞のこの調査は、自民党総裁選にちなんでほんのおざなりにつけたしたようなやり方ですから、これでは増税に対する国民の本当の気持ちはわかりません。総裁選では、消費増税が争点とはなっていませんでした。安倍氏は「増税を望む」とあいまいな言い方をし、石破氏は、「増税が必要だ」と言っていただけです。

(2)質問が、端的に消費増税の是非を問うものではなく、「子育て支援や教育無償化に充てるのなら」「財政再建に重点を置くべきだ」「ほかの施策の財源にすべきだ」などの付帯事項を初めから質問内容に含めています。つまり、「このままでは財政破綻の危機がある」という財務省発のインチキ情報を前提に質問が組まれています。誘導尋問的色彩が濃厚です。

(3)ところで、「子育て支援や教育無償化に充てるのなら」という初めの付帯事項は、もともと安倍自民党総裁候補が総裁選に際して公約として打ち出していたものです。安倍政権支持層は、公約の文言に引きずられて、これを選んだのでしょう。これを選んだ人が30%近くいますが、この人たちは条件付きで(この条件自体が増税の意味を正しくとらえていないのですが)、仕方なく選択していると読み取れます。つまりこの人たちは、本音では増税に賛成しているわけではありません。すると、本当に賛成している人の割合は、33%ほどになります。付帯事項無しに「賛成」「どちらかと言えば賛成」「どちらかと言えば反対」「反対」という四択で選ばせたら、この人たちは「どちらかと言えば反対」を選ぶと思います。すると、「引き上げは延期すべきだ13.3 引き上げには反対だ22.5」と合わせて、「反対」が6割を越えます

(4)サンプル数が少なすぎます。たった1000人を対象とした電話調査ですから、回答した人はせいぜい数百人でしょう。私は、あらゆる階層に属する人々を、あらかじめ公平に選び、増税問題だけを選んで、2万人規模の世論調査をやるべきだと主張しているのです。

問題は、行政を常に監視すべきマスコミが、今回の値上げに関して、右から左まで、なんら民意を問う主体的な姿勢を示さず、代わりに、政府がわずか100余りの大企業に対して行った調査結果を得々として掲載し、悪質な世論操作を行っているという事実です。
マスコミは、政府(財務省)と結託して、増税を既定路線として信じ込ませるためのダメ押しを買って出ているわけです。
いまさら言うのも空しいですが、日本のマスコミの姿勢は、ここにきてまさに地に落ちたというべきです。
私たちは、こうした「フェイクニュース」の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)にけっして騙されてはなりません。
まだ増税再延期または凍結の可能性と時間的余地はあります。
日本経済に壊滅的な打撃を与える10%消費増税を阻止すべく、あらゆる言論手段を用いて世論に訴えかけていきましょう。


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「ポピュリズム肯定論」の座談会に出席しました。
●『表現者クライテリオン』11月号
「安倍政権の『新自由主義』をどう超えるか」
●『正論』12月号(11月1日発売予定)
「2038年――スマホ一極主義の陥穽」(仮)
●『表現者クライテリオン』緊急出版「消費増税を凍結せよ!」(11月14日発売予定)
拙稿「消費増税の是非を問う世論調査を実行せよ」
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思想塾・日曜会のお知らせ

2018年10月28日 17時41分40秒 | お知らせ



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社会主義を見直そう

2018年10月26日 13時45分37秒 | 思想


「社会主義を見直そう」といっても、中共やかつてのソ連を肯定しようなどという話ではありません。

新自由主義イデオロギーは、以下の諸項目を教義としています。
(1)小さな政府
(2)自由貿易主義
(3)規制緩和
(4)自己責任
(5)ヒト、モノ、カネの移動の自由(グローバリズム)
(6)なんでも民営化
(7)競争至上主義
これらは互いに絡み合い、影響を与え合ってある一つの潮流へと収斂していきます。
その潮流とは、巨額のカネをうまく動かす者、国際ルールを無視する者、国家秩序を破壊する者が勝利するという露骨な潮流です。
(1)の「小さな政府」論者は、(3)の「規制緩和」を無条件にいいことと考え、(6)の「なんでも民営化」を推進し、(7)の競争至上主義を肯定します。
その結果、過当競争が高まり、世界は優勝劣敗の状態となります。
敗者はすべて(4)の「自己責任」ということになり、誰も救済の手を差し伸べません。
また、(2)の「自由貿易主義」は、経済力の拮抗している国どうしであれば、激しい駆け引きの場となりますが、ふつうは強弱がだいたい決まっているので、強国の「自由」が弱小国の「不自由」として現れます。
こうして(5)のグローバリズムが猛威を奮い、資本移動の自由が金融資本を肥大化させ、実体経済は、これに奉仕するようになります。
中間層は脱落し、労働者の賃金は抑制され、貧富の格差は拡大の一途をたどり、産業資本家は絶えず金融投資家(大株主など)の顔色を窺うようになります。
ケインズが、産業資本家階級と、金主である投資家階級とを同一視しなかった理由もここにあります。

ところで、社会主義国家を標榜していたソ連が崩壊してからというもの、社会主義とか共産主義と聞けば、大失敗の実験であったかのような感覚が世界中に広まりました。
その反動として「自由」を至上の経済理念とする気風が支配的となり、反対に社会主義思想はすべてダメなのだというような「社会主義アレルギー」が当たり前のように定着してしまいました。
この感覚が、いまだに経済における新自由主義の諸悪を生き延びさせています。

次々に批判勢力を「粛清」して全体主義国家を成立させたのはスターリンであり、その基礎となるロシア革命を起こしたのはレーニンであり、そのレーニンはマルクスの思想にもとづいて社会主義政権を樹立した。だから、スターリン→レーニン→マルクスと連想をはたらかせて、諸悪の根源はマルクスの社会主義思想にこそある、という話になってしまいました。
しかし本当に社会主義はその経済理念からしてダメなのでしょうか。
こういう連想ゲームで物事を判断するのは、歴史の実相を見ようとしない、あまりにナイーブな思考回路ではないでしょうか。

筆者は、恐ろしく変転する世界史を、個人と個人をつなぐ連想ゲーム的な思考で解釈する方法には、大きな誤解がある、と長年考えてきました。
ソ連は、なぜ崩壊したのでしょうか。
最も大きな理由は、「共産主義」というイデオロギーを名目とした官僚制独裁権力が中枢に居座り、人々の経済活動への意欲を喪失させたからです。
1956年、フルシチョフがスターリン批判を行なったにもかかわらず、彼の失脚後、この官僚的硬直はかえって深まりました。
つまりこの歴史の動きは、創始者の経済思想の誤りにその根源を持つというよりは、ある特定のイデオロギーを「神の柱」とした政治権力の体質にこそあるとみるのが妥当なのです。

筆者は、特にマルクスを聖別するわけではありません。
彼の思想と行動の中には、十九世紀的な(いまは通用しない)過激なものが確かにありました。
その人性をわきまえない政治革命至上主義をとうてい肯定するわけにはいきません。
しかし、社会主義勢力の現実的な系譜をたどってみるといくつもの飛躍があることがわかります。
それを踏まえずに、創始者がどんな現実認識と基本構想を持っていたかに目隠しをすることは、思想的には許されません。

マルクスは、主たる活動の舞台を、当時日の出の勢いで覇権国家としての地位を確立しつつあったイギリスの首都・ロンドンに置いていました。
そこで彼が見たものは、年少の子どもたちまでも過酷な労働に追いやる政治経済体制のいびつな姿であり、同時に大量生産によって驚くべき生産力を実現させる資本主義の力でした。
マルクスの頭を占めていたのは、前者の過酷な事態を何とかしなければならないというテーマでしたが、他方では、後者の巨大な生産力を否定することでこの課題を解決すべきだとはけっして考えませんでした。
それは人類が作り上げた富の遺産であり、これをさらに発展させて、生産手段を一握りの資本家に占有させず、より多くの人々に分配することこそが、問題の解決に結びつくと考えました。
マルクスは、資本主義を否定したのではなく、資本主義という遺産を万人にとってのものにするにはどうすればよいかに頭を悩ませたのです。
その構想を実現するための政治的手段として、無産者階級の団結と、欺瞞的なブルジョア国家の止揚を呼びかけたわけです。
この構想が熟するためには、彼が、ロンドンという当時の世界経済の最先端で、その明暗の両面を観察するという条件が必要でした。

さて世界初の「社会主義革命」を実現させたとされるロシアは、当時どのような状態に置かれていたでしょうか。
ツァーリの圧制のもとに、大多数の無学な農奴たちが社会意識に目覚めることもなく、ただ貧困のうちに眠り込んでいたのです。
産業はほとんど発展していず、マルクスが革命の必須条件と考えていた資本主義的な生産様式はまったく実現していませんでした。
マルクスは、ロシアを遅れた国として軽蔑していましたし、その国で彼の構想する社会主義革命が起きるなどとは夢にも思っていませんでした(もっとも、晩年には、ロシアの活動家・ザスーリッチの書簡への返信で、ある条件が整えばロシアでも可能かもしれない、という甘い観測を述べてはいますが)。

遅れて登場したレーニンは、まれに見るインテリでしたし、ロシアの現状をとびきり憂えていました。
この国を少しでも良くするには、組織的な暴力革命を起こすしかない、と彼は考えました。
その時彼の目に、これこそ使えると映ったのが、マルクスの社会主義理論でした。
しかしロシアの現状は相変わらずで、マルクスが社会主義実現の必須条件としていた資本主義の高度な発展という段階には至っていなかったのです。
レーニンは、その社会条件のギャップを無視しました。
気づいていなかったはずはなかったと思われますが、政治的動機の衝迫が、そのギャップについての認識を抑え込んでしまったのでしょう。

つまりロシア革命とは、資本主義がまだ熟していなかったロシアという風土における特殊な革命、というよりはクーデターと言ってもよいものです。
世界のインテリたちは、このクーデターに衝撃を受け、支配層は深刻な動揺に陥りました。
労働者階級はここに大きな希望を見出し、資本家階級は大きな狼狽を隠せませんでした。
彼らは当時のロシアの実態をきちんと分析せず、一様に、世界初の社会主義革命が実現した、と錯覚したのです。
その証拠に、眠りこけた農民たちは、革命後もなんだかわからないままに、交替した新しい権力に従っただけですし、レーニンの死後、権力を握ったスターリンは、西欧の資本主義諸国に一刻も早く追いつこうと、全体主義的な政治体制の下に、次々に強引な産業計画を進めていきます
強制労働、強制収容所などの汚点は、こうして生まれたのです。
結局、ロシア革命とは、遅れた社会体制を打ち壊して、近代資本主義国家を建設するためのものだったので、マルクスの構想とははっきり区別されるべきものなのです。
これを「ロシア・マルクス主義」という特殊な名で呼びます。

さてこう考えてくると、長く続いた米ソ対立が、その見かけとは違って、自由主義VS社会主義というイデオロギー対立ではなく、また経済体制の違いをめぐる抗争でもなく、むしろ、第二次大戦後に覇権国となったアメリカと、独裁政治によって急速に力を伸ばした新興資本主義国ソ連との、単なる政治的な覇権競争であるという実態が見えてくるでしょう。
いま問題となっている米中貿易戦争も、同じような資本主義国家どうしの力と力の激突に過ぎないと見なす必要があります。

では、冒頭に掲げた新自由主義の諸悪は、どうすれば抑えられるのでしょうか。
それには、二つの方法が考えられます。
一つは、有力国家が協議して、野放図な経済的「自由」を規制するルールを作ることです。
資本主義を否定するのではなく、市場の自由や知財の移動や為替についてのルールをもう少し洗練されたものにします。
しかしこれは、多極化している国際社会の現状や、グローバリズムという名の帝国主義を強引に進めている中国のことを考えると、合意を得るのが極めて難しいでしょう。
すると当面、もう一つの方法に頼らざるを得ません。
それは、それぞれの国家が、自国の経済の能力と限界をよく分析し、それぞれに見合った形で、野放図な経済的「自由」の侵略に対する防波堤となることです。

かつて日本は冗談半分に「一種の社会主義国だ」と言われていました。
それは、必要に応じて、政府が適切な関与をし、また基幹産業は国有企業(公社)だったからです。
いまの政権がそれをほとんどなくしつつある状態は、国家としての自殺行為と言えるでしょう。
経済状況がまずい状態にある時に、さまざまな分野での公共投資を積極的に増やす必要がありますし、政府がバランスあるコントロールをとっていく必要があります。
そのために、社会主義の理念のいいところを見直す必要があるのではないでしょうか。


*参考:拙著『13人の誤解された思想家』

https://www.amazon.co.jp/13%E4%BA%BA%E3%81%AE%E8%AA%A4%E8%A7%A3%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%80%9D%E6%83%B3%E5%AE%B6-%E5%B0%8F%E6%B5%9C-%E9%80%B8%E9%83%8E/dp/4569826822/ref=cm_cr_arp_d_pdt_img_top?ie=UTF8

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消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿

2018年10月18日 11時46分34秒 | 経済


消費税を負担するのがモノやサービスを買う人なので、増税で直接ダメージを受けるのは消費者であると思いがちですが、もちろんそれだけではありません。
納税者である企業経営者(特に中小企業)も大きな打撃を受けます
経営者の数が相対的に少ないためか、そのことに私たちは、なかなか気づきにくいのです。

筆者は、藤井聡氏が編集長を務められる雑誌『クライテリオン』の臨時増刊「消費増税を凍結せよ」(11月14日発売予定)に、「消費増税の是非を問う世論調査を実行せよ」という文章を寄稿しました。
これを、フェイスブック上でお知らせしたところ、ある中小企業経営者の方(Aさんとしておきます)から、現場感覚にあふれたたいへん的確なコメントをいただきました。筆者自身、とても勉強になりました。
それを筆者なりに補足しながらまとめると、次のようになります。

(1)政府はこれまで増税分を社会保障に充てるというウソを繰り返してきたが(現実には8割を国債の償還に充てている)、そもそもこの発想自体が、社会保険料の会社負担を減らしたいという、大企業の意向を反映させたものである。
なぜなら、本来、社会保険料の財源は「本人+会社」が負担すべきものだからである。その企業が担うべき責任を「税」という形で国民に転嫁しようとする意図が、消費増税には働いている。

(2)大企業(グローバル企業)は、消費税負担の削減にとどまらず、次のような実質負担解消のシステムを構築している。
  A.下請けに価格決定権を持たせない。つまり下請け企業が、きつい労働に耐えている現場労
    働者に、それに見合う給料を払うために価格を上げようとしても、それを認めない。
  B.国際競争力維持の名目で、輸出時に税率ゼロの特例措置を受けることで、還付金を捻出
    る。
  C.現場労働者を外国人化(移民拡大!)したり派遣労働を拡大することで、下請けからの値
    上げ圧力を回避
する。
  D.人件費にかかる消費税分を控除できるようにするために、労働力をなるべく外注化する
    (つまり下請けに背負わせる)。

Aさんは、このように分析した後、自分が起業してから3年目に消費税の納税が大きな壁として立ちはだかったと自身の経験を語り、次のように述べます。
有望な会社が急に売り上げを伸ばすと、資金繰りが安定しない中で巨額の納税を強いられるので、消費税は起業家つぶしの税制でもある、と。
さらにAさんは、大企業が画期的な製品づくりができなくなったのも、かつては得られた下請けからの提案や協力が得られなくなったことが大きな要因の一つだと分析しています。
昔は大企業と下請け企業との結びつきが強く、すそ野も広かったわけですね。
そこには親会社―子会社という見えない紐帯があったために、両者の有機的な連携が可能でした。
ところが、デフレ不況に加えて、新自由主義イデオロギー(自己責任論、成果主義、規制緩和)が襲いかかったために、産業界の中間層が上層部と分断されて脱落しました。
そのため、大から小まで、企業は個別バラバラに自己の利益を捻出せざるを得なくなったわけです。

Aさんは、次のように語ります。

消費税制度の30年の歴史の中で、大企業も、廃れていく中小企業を見ながら、更に自社の利益を確保するためには消費税率のアップをはかることしか道が無くなってきたように思います。

また、次のようにも語っています。(ごく一部改変と補足)

財政拡大には、私も異論を唱えるつもりは全くありませんし、今はその道が最短かつ有効な手立てになることを確信してはいますが、消費税制度というハンデを背負ったままでは、実体経済の本来あるべき構造改革(中略)とはますますかけ離れていきます(中略)から、財政拡大が実を上げるためには、段階的かつ中長期(中略)の消費税率削減は必須だと考えています。そしてそれこそが大企業の本来あるべき収益構造の復活にもつながる道だと確信しています。

こうして、消費増税要求だけでなく、消費税制度そのものが、社会保険料の企業負担削減、移民問題、非正規労働者増加、下請けへの大企業の不当な圧力、新自由主義イデオロギーにもとづく企業の個別分断化などと、すべて連動していることがわかります。
それは、すべて、大企業の利益最大化のためのシステム作りに貢献するという仕組みになっているわけです。
しかもAさんの最後の言葉に現れているように、この利益最大化の方法さえ、笑いの止まらない独り勝ちといったイメージのものではなく、むしろ苦し紛れの自己保身によるものです。
その根底には、株主の圧力に不本意にも屈している資本家の姿があります。
別に彼らに同情はしませんが、ここにグローバル金融資本主義が極限まで進んだ、不健全で歪んだ構造が見て取れることは確かです。

つい先日、安倍首相が10%への増税の意向を固めたことが報じられました。
グローバル金融資本主義に奉仕することしか知らない安倍政権のこうした体質を見抜く政党、政治家が存在しないことを思うと、さらに暗澹とした気分になります。
しかし、増税が決定したわけではありません。まだ闘いの余地は残されています


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拙稿「消費増税の是非を問う世論調査を実行せよ」



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消費増税の賛否を問う世論調査を実行せよ

2018年10月12日 00時58分32秒 | 政治


 2018年10月10日、NHKラジオ午後6時の「Nらじ」という番組で、社会保障問題を取り上げていました。その中で、女性の解説委員(?)が、全額社会保障費に充てるはずだった消費税の使い道の8割が国債の借金返済に充てられているのはおかしいと、かなり激しい調子で訴えていました。
 これは確かにおかしいので、そのことを指摘する意味がないわけではありません。しかし議論がそこをめぐってしまうと、本質的な問題が隠されてしまいます。
 本質的な問題とは、2019年10月に予定されている消費税10%への増税が、日本経済に対してどんな壊滅的な打撃を与えるかという問題です。
 Nらじの解説委員の叫びは、もし消費税が社会保障費に充てられるなら、増税してもかまわないと言っているようにしか聞こえません。それが間違いのもと。

 先に筆者は、経済思想家の三橋貴明氏が主宰される「『新』経世済民新聞」に、「国民の思考停止」と題した一文を寄稿しました。
https://38news.jp/economy/12380
 この記事で筆者は次のようなことを指摘しました。
 社会福祉に限らず、メディアでの社会問題の取り上げ方はみな個別的です。その個別問題について詳しい専門家を連れてきてディテールを紹介し、その深刻さが語られます。ところが、さてどうするかという段になると、ほとんどが、解決のためにはこれこれの努力が必要だといった精神論に終始するのです。
 解決に導くための資金をだれが出すのか、そのために何が必要か、だれが資金提供を阻んでいるのかという問題にけっして議論が及びません。総合的に政策を見ようとする視野がちっとも開かれないのです。目の前に梁(うつばり)がかかっているのですね。

 さて右の問いの答えははっきりしています。中央政府が、問題ごとに国民の生命、安全、生活にかかわる度合いを判断して、そのつど優先順位を迅速に決め、国債を発行して積極的に財政出動すればいいのです。そしてそれを阻んでいるのが、財務省の緊縮財政路線です。これが消費増税の必要を正当化させています。
 消費税10%への増税は、財務省が税収増を見込んで、その「増えた税収分」によって負債の返済を賄い、歳入と歳出のバランス(プライマリーバランス)をゼロに持っていこうという「財政均衡」の目論見です。財務省は、この目論見を果たすために、日本では原理的に起きるはずのない「財政破綻の危機」をでっちあげて、国民の不安をあおるという戦略をとり続けてきました。
 ところが第一に、税の割合を増やすことは必ずしも税収そのものの増加にはつながりません。それどころか、これによって消費は減退し、中小企業は納税に四苦八苦、新たな投資がますます控えられます。するとGDPが下がるので、プライマリーバランスの赤字はかえって拡大してしまうのです。
 第二に、消費増税には、経団連など、大企業グループの要求する法人税減税の肩代わりという意味があります。経団連だけではありません。つらい経営を強いられている中小企業の代表であるはずの日本商工会議所の幹部までが、財務省のペテンに引っかかって、増税の必要を叫んでいます。もちろん、与野党を問わず、ほとんどの政治家も、マスコミも、このペテンに引っかかっています。まことに何をかいわんやです。
こうして10%への増税は、特に国民の低所得者層をますます苦しめ、日本を亡国に追いやる最悪の政策なのです。

 このブログを好意的にご覧になってくださってきた方々は、みな、こんなことはとっくにご存知でしょうから、あえて筆者が改めて取り上げるにも及ばないのですが、問題は、冒頭に例示したように、国民のほとんどが、財務省主導の消費増税の実施こそ現政権が抱える根本悪の一つであるという事実に気づいていないということです。
 国民は、2014年4月における5%から8%への増税がいかに救いがたい禍根を残したかについて忘れてしまったのでしょうか。わずか4年半前のことなのに。
 日本人は健忘症だとは昔からよく言われることですが、最近はこれに麻痺症という新しい症状が付け加わっています。というのは、先の増税時の禍根は、まだそのまま続いているのに、ごく少数の例外を除いて、だれもそのことを指摘しないからです。GDPは他の諸国に比べてわが国だけがまったく伸びず、実質賃金は下がり続けています。

 たとえばあなたが強制収容所に入れられたとします。過酷な労働と、腹を満たすには到底足りない貧弱きわまる食事。しかしそこから脱出する方法が絶対にないのだとしたら、その劣悪な条件を受け入れて、生きられるだけ生きるしかありません。そのうちに、その劣悪な条件にしだいに慣れてきて、これがひどい事態だということをそれほど感じなくなってしまうでしょう。つまり感覚が麻痺してしまうわけです。
 今の普通の日本国民が置かれている状態は、ちょうどこのたとえが当てはまります。強制収容所とは、25年近くにも及ぶデフレ不況であり、感覚の麻痺とは、それが当たり前だと思ってしまうことです。
 97年の橋本政権のとき、消費税が3%から5%に引き上げられ、これをきっかけにして日本は深刻なデフレに突っ込みましたが、その時生まれた子は、いまや21歳の青年です。彼らは繁栄を知らず、日本がデフレから脱却できない貧困国であるとしか認識できないのです。
 ちなみにこの時の増税によって、税収はかえって減ってしまいました。財務省は自縄自縛をやってのけたのです。そうしてこの自殺行為は今も国民を巻き込みながら続いているわけです。

 「消費増税は必要だ」、または「消費増税はやむを得ない」という黒魔術の呪文がいかに功を奏してきたかは、このわずか4年半における、マスコミの反応を追いかけることによって明らかとなります。

 まず、2014年の増税時からおよそ半年たった同年9月末と10月下旬における世論調査を調べてみましょう。

 《日本世論調査会が9月末に行った全国世論調査によると、消費税を10%に引き上げることについて、アンケートに答えた方の72%が再増税に反対していたことが判明しました。賛成は僅かに25%だけで、国民の大多数が増税に反対していることを示しています。また、4月に行われた3%の増税で、「家計が厳しくなった」と感じている方は82%に達しました。
一方で、政府が有識者を対象にしたアンケート調査では、6割が「再増税に賛成する」と答えたとの事です。この二つの調査は同じような質問をしているのに、全く異なった結果になったのは非常に面白いと言えます。

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-4087.html

 《
産経新聞社とFNNの合同世論調査で、消費税率の10%への引き上げについて68・0%(前回比2・6ポイント増)が反対し、賛成は29・8%(同2・3ポイント減)だった。性別、年代、支持政党別で見ても、すべてで反対が賛成を上回った。(中略)一方、安倍晋三政権の経済政策アベノミクスによる景気の回復を「実感していない」と答えた人は80・6%で、「実感している」(15・7%)を大きく上回った。》(産経ニュース 2014年10月21日)
lhttps://www.sankei.com/politics/news/141021/plt1410210018-n1.htm

 ご覧のように、この時期では、一般庶民は七割が反対しています。消費税は毎日の生活や生産活動に直結しているので、増税のダメージがいかに大きかったかを表しているでしょう。
 それにしても、「政府が有識者を対象にしたアンケート調査では、6割が『再増税に賛成する』と答えた」とは何事でしょうか。政府の意識的な印象操作もさることながら、「有識者」なる存在がいかに裕福な生活をしつつ庶民の実感と乖離した空理空論にふけっているか、容易に想像されようというものです。

 3年後の2017年10月の総選挙前に行われた調査では、次のようになっています。

 《毎日新聞が13~15日に実施した特別世論調査で、2019年10月に予定される消費税率10%への引き上げの賛否を聞いた。「反対」との回答は44%で「賛成」の35%を上回った。「わからない」も15%あった。衆院選で自民党などは増税分の使途変更、希望の党などは増税凍結を主張するが、世論は割れている。》(毎日新聞2017年10月16日)

 「反対」が激減していることがわかります。まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ですね。しかもこの調査では、選挙の争点として消費増税を挙げた人はわずか6%に過ぎませんでした。

 最後に、直近で、今年の夏、121の主要企業を対象にした政府の調査ではこうなっています。

 《平成31年10月に予定されている消費税率の10%への引き上げについて聞いたところ、「予定通り実施すべきだ」と回答した企業は60%に上り、「再延期すべきだ」の3%、「引き上げるべきではない」の2%を大きく上回った。少子高齢化で社会保障関連費用の増大が見込まれる中、財政健全化に向け、増税が欠かせないとの見方が強まっている。予定通りの実施を求める企業からは、「20%台の税率が当たり前となっている欧米諸国のように、消費税率のさらなる引き上げも検討すべきだ」(石油元売り)との声も出た。》(産経ニュース 2018年8月14日)

 何しろ「主要企業」ですからね。グローバル企業に決まっています。石油元売りなどは、原油価格の高騰による経営難を逃れるために、法人税減税を要求して、そのしわ寄せをすべて一般国民に押し付けようとしているのが見え見えです。

 こうして、財務省が長年苦労して作り上げた増税物語が完成に近づいています。「財政健全化のためには」などと緊縮真理教の教義の宣伝を、この人たちは自ら買って出ていますが、自国通貨建ての国債で、統一政府の一部である日銀が通貨発行権を握っている日本において、財政破綻など100%ありえない。
 しかも大量の金融緩和で日銀が買い取った国債は既に400兆円を超えています。そのぶんだけ、いわゆる「国の借金」は消滅しているのです。この簡単な理屈がわからないおバカな人たちばかりが有力者になっているこの国の狂乱状態は、はかり知れません。

 そしてもう一つ大事なことを強調しておきます。
 2018年以降、消費増税についての賛否を問う全国世論調査が行われた形跡がないのです。筆者もずいぶん探しましたが、限られた時間のせいもあり、見つけることができませんでした。
 これは何を意味しているでしょうか。
 増税の時期が刻々と迫っているというのに、この大問題について、マスコミは右から左まで知らん顔を決め込んでいるのです。そういうことをきちんとやるのが、マスコミの役割なのに、彼らはこうした最低限の責任すら果たそうとしません。
 いまや政治家、官僚、御用学者、マスコミ、末端の国民に至るまで、税率アップは既定路線であると錯覚させられていて、あたかもだれも疑問を持たないということになってしまっているわけです。
 さて、本当はどうなのでしょう。朝日から産経まで、試しに増税に賛成か反対か、大々的な世論調査(あらゆる階層を対象に2万人規模くらい)をやってごらんなさい。結果を見て安倍政権はどうするか、総理の顔が見たいものです。

 強制収容所であれば、強大な監視の力と空間的な制約に取り囲まれていますから、脱出はまず不可能です。この状況では、諦めるよりほかにほとんど手はありません。しかしデフレ不況は違います。これを作り出しているのは、財務省を筆頭とする、極端な緊縮財政論という狂った考え方なのです。
 私たち国民は、頭を使うことによって、この狂った考え方を訂正させることができるはずです。その考え方を訂正させる最も差し迫った目標として、消費増税を阻止するという政治課題があるわけです。
 水害、台風、地震など、うち続く自然の猛威による多くの死者。
 電気、水道、道路など各種インフラの劣化によってこれから予想される大災害の懸念。
 高速交通の未整備による大都市圏と地方の格差。
 これらは、みな国債発行による公共投資はまかりならぬという狂った考えによってもたらされた「人災」なのです。そうである以上、私たちがまず目指すべきなのは、財務省というカルト集団が長年かけ続けてきた黒魔術から一刻も早く覚醒することです。


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税の恩恵?

2018年10月02日 23時17分21秒 | 思想



中学生の『税についての作文』」というのがあるのを、寡聞にして初めて知りました。
国税庁と全国納税貯蓄連合会が主催しています。
平成29年度ですでに51回を迎えており、全国から61万編もの作品が集まったそうです。
平成29年度の受賞者がすでに決定しています。
その内閣総理大臣賞に選ばれた作品の一部をご紹介しましょう。

【題名】私の使命
【学校名・学年】************
【氏名】*****
 「消費税がなかったら、もっと買い物ができたのにね。平成三十一年から、消費税が十パーセントに上がるんだって。嫌だね。」と、料理をしている母に話しかけていたら、「何を言っているの。■ちゃんが唯一払っている税金でしょ。ちょっとくらい、社会の役に立つことをしてもいいんじゃない。」と、逆に母に言い返されてしまいました。母だって、「思ったよりも住民税が引かれているのね。」なんて、愚痴を言ったりするのに。
 でも、我が家にとって税金は、「感謝」の一言でしかありません。もし、なかったら…。考えるだけでも恐ろしくなります。
 それは、八年前のことです。私の弟は難病にかかり、救急車で病院に搬送されるとすぐに、CT、MRIなどの検査や手術が行われました。それからというもの、弟は点滴での投薬や放射線治療、再び何回もの手術や移植など、長い闘病生活のスタートとともにあらゆる治療が必要になりました。
 突然の入院でパニックになっていた母に、主治医の先生は優しく、病状や治療の説明と同時に、弟のような難病を抱えた小児のための慢性特定疾病医療給付制度の申請手続きを、すぐにするよう勧めて下さったそうです。弟には高度な最先端の医療が必要でした。しかし、その検査や治療の一つひとつに、数十万から数百万円の費用がかかるのです。
(中略)
 残念ながら、弟は一年半前に息を引きとりました。しかし、最期まで、悔いなく最善の治療を受け、家族とかけがえのない日々を過ごせたのは、紛れもなく税金からなるこのような給付制度があったからに他なりません。
(中略)
 今の私には、何が出来るでしょうか。おそらく多くの方々が、税金を納めることは支出となり、マイナスのイメージを持っていることでしょう。しかし、素晴らしい恩恵を受けた私達家族のような人間が、税金が心も身体も救う、プラスになる、ということをイメージではなく、事実として根気強く伝え続けていくことが使命だと思います。


やらせじゃねえの、マジかよと言いたくなりますね。
この企画自体がやらせそのものと言ってもいい欺瞞極まるものですが、しかし60万人もの応募があったことに嘘はないのでしょう。
それにしてもねえ。
消費増税をこんな美談の形で正当化するとは、国税庁をはじめとした企画者を許せない気がします。
もっともこの中学生に罪はありません。
しかし、結局この弟は高額医療のための助成金を受けながら、亡くなってしまったんでしょう。
それなのに、「(税金の)素晴らしい恩恵を受けた私たち家族」とは、日本人て、なんて人がいいんだろうと、いまさらながら思います。
消費増税に対する反対運動が(野党からすら)さっぱり起きないのも、むべなるかな、と思います。
ため息しか出てきません。

しかし物事の原則だけははっきりさせておきましょう。

国税庁が国民から徴収した税収は、そのまま財務省の裁量の下へ。
各省の概算要求を受けた財務省が、お財布の中身を見ながら、とことん切り詰めます。
当たり前ですね。
さてその中で厚労省の取り分が決まり、社会保障費に充てられるわけです。
ここで大事なのは、小児慢性特定疾病医療費助成制度(2017年1月施行)のような社会保障制度が存在することと、税一般が徴収されることそのものとの間には、何の直接的な関係もないということです。
なぜなら、第一に、税はまず一つの財布に収まり、それを何にいくら使うかは、政府が決めることであって、ある制度のためにどれくらい使われるかどうかは、一般国民が決定したり確認したりできる範囲にはないからです。

また、この制度がある個人に適用されるかどうかは、申請された書類が、管轄部門によって審査されて、適用に値すると認定されるかどうかにかかっています。

さらに、一般国民が納税するのは、べつに特定の制度が適用されることを目指してのことではありません。
納税の義務が憲法で定められているので、義務を怠れば公共の福祉に反する振舞いとして罰せられるからです。
まあ、多少の公共心の持ち合わせが、税収の確保に貢献しているかもしれません。
とはいえ喜んで納税する国民など1%もいるかどうか。
もしみんなが喜んで納税するなら、税理士も節税対策もこの世に存在する必要がないことになります。
その公共心にしても、ごく抽象的、一般的なものです。
何かの具体的な制度の運用を目指して納税するわけではありません。
ほとんどの国民は、こんな制度があることすら知らないでしょう。

以上の理由からして、私たちには、「税による恩恵」などという概念を抱くいわれはまったくありません。
作文中にある「税金からなるこのような給付制度」という言い方は間違いです。
税金が給付制度を作っているわけではありません。
また、弟が亡くなってしまったのに「素晴らしい恩恵」を感じるのはこの人たちの自由ですが、その感謝の念を「税金」に向けるのも、「国民」に向けるのもお門違いです。
どうしても感謝したいなら、制度を紹介してくれたお医者さんにだけするべきでしょう。

私たち国民がしなければならないのは、現在の税制が一般国民の福利にとって適切なものであるかどうか、消費増税のような措置が、国民に害を与えないかどうか(大いに与えるのですが)、毎年の予算配分や財政政策が国民経済に豊かさとゆとりをもたらすものであるかどうか、などに対して、監視と批判を怠らないことです。
こんな「お上」が仕組んだトリックに引っかかって、それに迎合することではありません。
繰り返しますが、この作文を書いた中学生やその母親には、何の罪もありません。
彼らは騙されているだけだからです。
彼らは国家的詐欺の単なる被害者なのです。

しかし、こうした詐欺にたやすく引っかかってしまう日本人の国民性に対して、警鐘を打ち鳴らさずにはおれません。
福沢諭吉は、いまから百四十年も前に、次のように書いています。
福沢にしては珍しく、国民に広がる卑屈な心情を直接、痛烈に批判したくだりです。

ためしに今人民が官費の出納につきて用うるところの言語文書を見るに、拝借を願い奉るといい、下したまわりてありがたき仕合せと称し、今日人民より政府に納めたるその金を、その封のままにして、明日政府よりこれを人民に貸し、またはこれを与うれば、すなわちこれに拝借下賜の名目を付くるは何ぞや。その金の正味に相違なしといえども、政府の官員の手を経てこれを清めたるものと認むるがゆえなるか。》(『民間経済録』)

この卑屈な心情と、税金でこうしてくれたから無条件に税をありがたがる、というのとは、同じではありませんか
百四十年経った今でも、変わっていないのではありませんか。
ここには、税金が公金としてどのように使われているのかとか、増税は本当に必要なのかなど、疑問や批判を抱こうとする、健全な民主主義的発想がまるでありません。
政府(財務省)も、そういう日本人の伝統的な心性、つまり民度のあり方が直感的にわかっているので、財政破綻論のデマを流し続けたり、納税の大切さを一般民衆自らに語らせるトリック(それも子どもを利用して!)などを用いて、簡単に国民をだませると踏んでいるのです(事実、この詐欺は成功を収めてきました)。

筆者も、国民一般に批判の矢を向けたくないのは、福沢と同じです。
しかし消費増税をほとんどの国民が既定路線として認めてしまっているそのふがいなさに対して、どうしてもひとこと言っておきたくなったのです。
なぜなら、いまからでも増税を凍結することは不可能ではないからです。


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