小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

「今年は来年よりはいい年になるでしょう」

2018年12月31日 13時04分57秒 | 思想


今年も、あと残すところ数時間となりました。

それにしても、今年はあらゆる意味でひどい年でした。
もっともそれは、平成三十年間の誤った政治の必然的な帰結と言えるのですが。
しかしそれだけではなく、まるで天譴のように、自然災害がいくつもいくつも降りかかりました。
まことに、泣きたくなるような一年でした。

前回、このブログで、平成の30年は、貧富の格差が急激に拡大した年だということを書きました。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/1495f1433f1ef0a056180654b1eb6b9f

また、少し前に、新自由主義思想の欠陥を列挙し、同時に、マルクスの思想の良質の部分を見直すべきだということも書きました。
https://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/9b978eebbc56a9646d7126160d6cfd89

その結論部分で筆者はこう書いています。

かつて日本は冗談半分に「一種の社会主義国だ」と言われていました。
それは、必要に応じて、政府が適切な関与をし、また基幹産業は国有企業(公社)だったからです。
いまの政権がそれをほとんどなくしつつある状態は、国家としての自殺行為と言えるでしょう。
経済状況がまずい状態にある時に、さまざまな分野での公共投資を積極的に増やす必要がありますし、政府がバランスあるコントロールをとっていく必要があります。
そのために、社会主義の理念のいいところを見直す必要があるのではないでしょうか。




さて、経済思想家の三橋貴明氏が昨日(12月30日)、ご自身のブログで次のように書いています。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/day-20181230.html

マルクスの唯物史観に基づく「経済発展段階説」は、資本主義経済において、労働者の労働力が適正価格で購入されておらず、剰余価値が資本家により再投資されることで、持てる者(ブルジョアジー)、持たざる者(プロレタリアート)との格差が拡大し、両者間の階級闘争が激化する。
その後、プロレタリアート独裁を経て、国家や私有財産権が存在せず、資本が共有される「共産主義社会」が訪れる、と、超大雑把に書くとそういう話だったのですが(中略)、現実には共産主義革命は失敗しました。
マルクスの経済発展段階説のラストは、明らかに間違っていたのです(元々が「予想」でしたが)。
だからと言って、マルクスの唯物史観が「全て間違っている」という話にはなりません。唯物史観のみで世界を説明するのは無理という話で、「新自由主義、市場原理主義は常に正しい」という思想同様に、唯物史観、ケインズ主義の「全否定」も間違っているのです。(中略)
(史上初めて社会主義国家を実現したとされる)「ソ連は計画経済が行き過ぎ、生産性が向上せず、衰退した」 という事実があったとして、「だから政府の計画はいらない」では、思考停止もいいところです。
市場経済、唯物史観、ケインズ主義同様に、計画経済も単なる「ツール」に過ぎないのです。
少なくとも、長期的なインフラ整備は、政府が「計画」をもってやらなければなりません。


日本政府は、まさに「無計画」のままにグローバリズム(≒市場原理主義)を取り入れてきたため、いまや日本を亡国の危機に追いやりつつあります。
国家の適切な関与なしに、国民経済がうまく行くはずがありません。
しかし日本政府も野党も、長期的、総合的な視野を喪失し、国をコントロールすることができず、国民はバラバラにその場の利益追求に走るだけとなりました。
結果的に、貧富の格差が急激に開いてしまったのです。
しかも政府はこの事態を反省する気もないようです。

これは、マルクスが彼の生きた時代に出会っていた事態に、一歩一歩逆戻りしていることを意味します。
しかも厄介なのは、彼の時代と違って、現在の先進国では産業資本を主体とする実体経済への関心が衰え、金融資産や株主配当だけで巨富をかせぐ金融資本主義が異様に肥大していることです。
そうして、それが自由に世界を飛び回っているのです。
国家は、自国民の生活を守るために、この金融グローバリズムの防壁となることができていません。
これでは、貧富の格差はますます開くでしょう。

福沢諭吉は140年前に、この点に関して、次の四点を強調しています(『民間経済録二編』ほか)。

①人生の要訣はただ働くにあり。高利の工夫依頼すべからざるなり。
②銀行に最第一の禁物は、投機の商売、これなり。
③今ここに国財をもって鉄道を作るか、または人民のこれを作る者に特別の保護を与えん。(中略)深林の材木厳山の鉱物もにわかに市場の価を生ずるなど、すべて天然に埋没したるものを発出するその利益は挙げて言うべからず。国財を費して国益を起すものというべし。
④国事の大なるものはこれを人民個々の私に委ねるよりも、政府の公に握る方、経済の為に便利なるもの少なからず。

最後の④の例として、福沢は、鉄道、電信、ガス、水道を挙げ、これに鉄の生産も加えています。

平成の三十年間、日本政府はこれと真逆のことばかりやってきました。
いまさら言うまでもなく、財務省の緊縮真理教と、竹中平蔵を中心とした規制緩和路線とがその元凶です。
この傾向は、来年になっても収まりそうにありません。
今年の土壇場になって、ようやく国土強靭化のために、単年度会計ではなく、三年間で7兆円の予算が組まれることが閣議決定されました。
それにしても、これは補正予算ですし、しかも年間わずか2.3兆円です。
やらないよりはやった方がいいですが、これでは焼け石に水というべきでしょう。

しかも来年は消費増税が実施される気配ですし(予想が外れるとありがたいのですが)、東京五輪に向けた投資が終わりますし、いわゆる「働き方改革」によるGDPの減少が予想されます。

これを少しでも食い止めるためには、新自由主義の悪夢から一刻も早く醒めて、公共財、公共サービスに関する政府の関与を強めることが必要です。
つまり、資本主義の理想と社会主義の理想との均衡を回復するのでなくてはなりません。

冒頭のタイトルは、中野剛志氏が何年か前に吐いたジョークです。
その後このジョークは、毎年当たることになってしまいました。

大晦日 よきお年をと 言ひたくも いかにせむとや 闇の迫るを



急激な格差社会化が進んだ平成時代

2018年12月26日 23時05分25秒 | 経済



2018年も終わりに近づきました。
平成最後の年末です。
この期にあたり、「日本は世界一の金持ち国」という素晴らしい笑い話をしましょう。
笑う門には福来る。

車内に動画の広告がありますね。
先日電車に乗って動画広告を見ていたら、ニュースが流れました。
「大企業のボーナス平均90万円超で、昨年を超えて過去最高額」というのです。
ちょっと見ると、へえ、ずいぶん景気も回復してきたんだなと思うでしょう。
政府も「いさなぎ越え」とか「ゆるやかな回復基調にある」とか繰り返していますし。
でも、そんな実感はありませんね。
ところが、「大企業の」というところに注目してください。
日本の大企業は全企業の0.3%しかありません。
従業員数で言うと、3割。残りは中小企業です。
だから大企業のボーナスが高かったからといって、それは景気を占う指標にはなりません。
こういう目くらましニュースを流させているその総本山はどこなのか。
答えは明らかですね。
そう、経団連です。
財務省も裏で結託しているかもしれません。

それでは今年のボーナス支給の実態はどうか。
株式会社ウルクスが2018年12月に、若手・ミドル層の会社員241名に実施したアンケート結果があります。
それによると、56.4%が「支給なし」と回答。
そもそもボーナスが支給される人よりされない人のほうが多いのです。
また、「支給あり」と答えた43.6%の支給額平均は42.4万円で、大企業の半分未満です。
従業員別で、もっと詳しく見てみましょう。

1000人以上      43.8万円
300人以上1000人未満  32.5万円
100人以上300人未満  30.0万円
100人未満       30.2万円

ただし100人未満の企業では、「ボーナスあり」の割合が、38.2%に落ちます。6割以上が支給されていないのです。
https://wezz-y.com/archives/62359

暴言王・麻生財務大臣が、記者会見で、記者に対して「少ないというのは君の感性だ」とうそぶいたとか。
ちなみに麻生大臣のボーナスは、一部返納後で352万円です(前記事)
「いさなぎ越え」と「ゆるやかな回復基調」と麻生発言と3点セットで、もう笑っちゃうしかないですね。

このように、マスコミ報道と実態との間にはものすごい乖離があります。
GDPが対前年比で2.5%下がり、実質賃金は低迷、実質消費支出は下がり続けています。
にもかかわらず、日本は世界一の金持ち国とよく言われます。
これは全体として見れば間違いではありません。
以下、元国税庁調査官で作家の大村大次郎氏の記事「なぜ日本のサラリーマンの年収はいつまで経っても低いままなのか」(2018年12月17日)から、要点を抜粋します。
https://www.mag2.com/p/news/379730?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_1217

日本の個人金融資産残高は、現在1800兆円、赤ちゃんも含めて1人当たりにすると1400万円、アメリカに次いで2位です。
1990年には1000兆円でしたから、この28年間で80%も増えたことになります。
これに土地建物などの資産を加えれば、さらに莫大なものになるでしょう。
また対外準備高は全ヨーロッパの2倍、国民1人当たりだとダントツの1位。
さらに対外純資産は約3兆ドルで、これも世界第1位。
しかも、世界的な金融グループ、クレディ・スイスの2016年のレポートによると、日本のミリオネア(100万ドル以上の資産の持ち主)は280万人超で、前年より74万人増え、増加率は世界一です。
これは全人口の2%にあたります。
この激増している億万長者の大半は、かなり以前から大企業の株をたくさん持っていた人です。
以下は、上場企業の配当金の総額の推移です。
2005年  4.6兆円
2007年  7.2兆円
2015年  10.4兆円
2017年  12.8兆円
2005年の3倍近く、2007年の2倍近くに増えていますね。
つまりこの大半が、大企業の株をたくさん持っていた人に流れ込んだことになります。
(大村氏記事抜粋ここまで)

さて一方、平成29年版・少子化社会対策白書によれば、1997年には、給与所得の価格帯の最頻値(モード)が500万円~699万円だったのに対し、2012年には300万円~499万円に落ちています。
また厚労省の統計によれば、この13年間の実質賃金の推移はご覧のとおりです。



さらに、国税庁の民間給与実態統計調査」によれば、年収200万円以下のワーキングプアは、安倍政権になってから1100万人を超え、その推移はご覧のとおりです。90年代後半に比べて300万人も増えていますね。



しかもワーキングプアは、ひとり親家庭(多くは母子家庭でしょう)が圧倒的に多いのです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/seikatuzukan/2014/CK2014101502000195.html
https://toyokeizai.net/articles/-/221708?page=2



生活保護世帯も2000年代に入ってから急増し、安倍政権になってから160万世帯で高止まりしています。
これは90年代後半の2.7倍です。



子どもの貧困率は、2012年の統計で、先進7か国ではアメリカ、イタリアに次いで3位、
OECD諸国では9位で、平均を上回っています。



先ほどの2016年までのワーキングプアの推移のグラフを見れば、もっと悪化しているに違いありません。
ある人の話によれば、食事も満足に食べさせてもらえない子どものために、地域で「子ども食堂」を開設する案があり、公立高校生600名にアンケートを取ったところ、希望者70名。
さまざまな記事に見られる、6人に一人か7人に一人が「貧困家庭の子ども」に数えられるという分析と符合します。

もう十分でしょう。
「日本は世界一の金持ち国」ですが、そのお金はミリオネアに集中して、中間層は脱落し、多くは貧困層に転落したと言っても過言ではありません。
つまり、これが今世紀に入ってからの実態なのです。
急激な格差社会化と呼ばずして何と言えばいいのでしょう。
もちろん、その原因は、金融グローバリズムが経済の大きな部分を占めるようになったことにあります。
そして、その危険に対して、政府がそのトレンドに追随するばかりで、実体経済を活性化させる有効な対抗手段を打ってこなかった点にあります。
97年のデフレ突入から20年以上が経ちました。20年といえば、生まれた赤ちゃんが大人になるまでの、長い長い期間です。
その間、いくらでも打つ手はあったはずです。
グローバル資本やグローバル金融市場への規制を強め、一方では内需拡大に向けて、国内産業の保護やインフラ整備のための大規模な投資をすべきでした。
経済に関する限り、「日本ファースト」に徹するべきでした。
それなのに、ヘンな「自由」イデオロギーとヘンな倹約思想にかぶれて、結局何もしてこなかった。
政府関係者よ、「いざなぎ越え」などと悪い冗談を続けるのは止めて、この悲惨な経済実態を直視せよ。
それでも来年は消費増税、やる気ですか。
移民受け入れ、水道民営化、やる気ですか。
国民いじめにさらに邁進する気ですか。

以上、世界一の金持ち国の政府は、世界一のバカ政府、というお話でした。
ワッハッハッハ。



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なぜ間違った権力と知がまかり通るのか

2018年12月20日 19時21分36秒 | 思想


いまこれを書いている最中、家の前で水道管の取り換え工事が行われています。
だいぶ前に、道路に印をつけ、その後掘削の幅に合わせて、カッターで道路をまっすぐ切っていました。
今朝、車を出すかどうか打診がありました。今日は大丈夫ですとお返事しました。
先々週にもあったのですが、その時には、万一その日の工程が拙宅のガレージの前にまで及んだ場合、車をどこに置けばよいかの手はずを詳しく説明していただきました。
でもその日は、ほんの少し手前で作業が終わったのです。
朝9時から夕方5時まで、作業員の人たちは、力を合わせ、声を掛け合って仕事に集中しています。50センチ幅ほどの溝を深く長く掘り、新しい水道管を入れてつないでいきます。
断水しないのはなぜかな? 別の場所にもう一本別のが埋まっているのかな? と素朴な疑問を抱いたので、昼休みになってから、作業員の人に聞いてみました。
やはりそうでした。
新しいのをつけ終わってから切り替える時に30分程度断水するが、その時は予告するとのこと。
考えてみれば当たり前だなと、こういう方面に関する不明を恥じました。
作業員の人たちは、このたいへんな肉体労働を、慣れた手つきですらすらと進めています。

駅の近くに古い大きな団地があって、よくそこを通り抜けるのですが、いっとき大規模修繕工事をやっていて、あちこちに足場が組まれていました。
ある時、作業員の人たちが数人、私と出会ったのですが、丁寧にお辞儀をしました。
私もあわててお辞儀を返しました。
おそらく、「団地の住人や通行人にはご迷惑をおかけしているのだから、あくまで礼儀正しく」というスピリットが、上から下まで徹底しているのでしょう。

またしばしば感じることですが、ある時期からの日本の現業労働者は、昔の荒くれ男のイメージと違って、たいへん紳士的なマナーを身につけるようになったと思います。
このこと自体はたいへん良いことで、これからもそうあってほしいのですが、問題は、彼らの待遇が、その仕事の大切さに見合うものであるかどうかという点です。
彼らがいなかったら、私たちの生活はいっときも成り立ちません。
つらい肉体労働と紳士的な態度とを両立させながら、低賃金に甘んじているとしたら、これは極めて不条理なことです。
彼ら(土木建設、医療、介護、物流現場、発電所などで働く人たちも含めて)こそが、高給と十分な余暇とを保証されるべきなのです。
水道民営化や移民法に代表されるグローバリズム政策によって、彼らの給料がさらに下がってしまうことに大きな危機感を覚えます。

緊縮真理教に染まった財務官僚や「民間議員」と称する財界の有力者たちのおかげで、デフレから脱却できないために、GDPは停滞し、実質賃金は下降し続けています。
彼らの周りには御用学者御用マスコミ人がもっともらしく権威面をしてたむろし、ウソを振りまいています。
そして、この人たちは、いずれも超高給取りです。
ウソを垂れ流し続けて高給が取れる――これはいったいなんでしょうか。
国民生活に貢献する政策を実現したり、多くの人々のためになる言説を展開したり、人類の役に立つ研究成果を発表していたりするなら、大いに高給を取ってかまいません。
しかし上に挙げた人々に関するかぎり、事態は真逆です。
付け替えたとたんに漏水してしまう水道管を設置した会社があったとしましょう。また、床の傾いた家を作った大工さんや、まずくて食えない料理を作ったシェフがいたとしましょう。彼らの生活は一発で終わりです。
ところが、国民を不幸に追いやる政治家・官僚、ウソ言説を垂れ流して恥じない学者・マスコミ人たち、彼らは平然として高給を手にしている。定年後の就職先まで保証されている。
この権力と知の歪んだ構造はなぜ許されているのか

私はかなり前からこの問題について考えてきました。
緻密な答えが得られたわけではありません。
ただ原理として言えるのは、彼らが、言葉を用いることを専門にしているからだということです。
近代は実力勝負の時代で、世襲貴族の時代ではありませんから、彼らの誰もが高い地位や権力や財産を継承したわけではない。
すると、その実力の大きな部分が、よくも悪しくも言葉の力だということになります。
水道管の付け替え技術や建築技術や料理術は、そのつど個別的にしか適用されません。
これに対して、言葉というものは、あらゆる生活場面、職業場面で使わなくてはならない普遍的な性格を持っています。
上に挙げたいろいろな技術にしても、それが一定の技術として確立されるためには、言葉の積み重ねが不可欠です。
ここがまさにミソです。

言葉は現実を虚構するところにその本質を持っています(詳しくは、拙著『日本語は哲学する言語である』参照)。
虚構とは、単にウソ八百という意味ではありませんが、そういうことを可能にすることも確かです。
料理に毒を混ぜることはできますが、料理そのものにウソをつかせることはできませんね。
でも言葉はそれ自体として、それができてしまうのです。
ウソとは言葉の世界でのみ成り立つ現象です。
そこで、いわゆる頭のいい人、要領のいい人は、習ったこと(事、言)、伝え聞いたこと(事、言)を材料にして、素早く物語(認識)を組み立てて人々に伝えます。
普通の人は、自分が直接に触れた物事以外のことを知りませんから、驚きとともにそれらを信じるわけです。
こうして物知りは尊敬され、そこに権威が成立します。
一度権威が成立すると、その権威者は、言葉の専門家としてますます権威の地盤を固めてゆきます。
もちろんその中には、人々をより良い方向に導く知恵も含まれているでしょう。
しかし、権威をもって言葉を駆使する者たちが、いつも正しい判断を下すとは限りません。
権威に胡坐をかいて、途方もない間違いを犯すことはいくらでもあります。

物知りであることと正しい認識や判断を下せることとは別です。
むろん、物知りはそれだけ視野が広いわけですから、両者の間にある程度までは相関関係が成り立つと言えるでしょう。
でもたとえば、消費増税や移民法や水道民営化などが正しい政策であるかのように人々をたらしこむ勢力が、私たち国民のために優れた言葉を発しているとはとても言えませんね。
彼らは手にしている権威を悪用して、グローバル資本への奉仕がよいことだというバカげた判断を下す癖を身につけてしまっているのです。
しかしいったん言葉の専門家としての権威が確立すると、人々は往々にして、「あの人はあれだけものを知っていて優秀なのだから、認識や判断も正しいに違いない」と錯覚してしまうのです。
こうして人々は、権威の衣に騙されて、彼らにたくさんのお金を貢ぎ、高い地位を保証します。
これが、知識を商売とする人たちがたとえデタラメを吹聴しても、なぜ高給を取り、政治や経済を動かすことができるかを解き明かす秘密です。

こういう弁論術に巧みな人たちは、古代ギリシャでは、ソフィストと呼ばれました。
ソクラテスは、彼らが人々の尊敬を勝ち得ているその肝心の部分に欺瞞を嗅ぎつけ、彼らに議論を吹っかけては、そのインチキ性を暴露して歩きました(もっとも、プラトン描くところのソクラテス自身が超一級のソフィストでもあった、と筆者は思っていますが)。
私たちは、いわれなき権威の衣をまずはぎ取って、その人の言っていること、やっていることが、本当に私たち自身のためになるのかを見破る力を身につけなくてはなりません。
裸の王様に高給や高い地位を与えず、私たちの実生活を真に支えてくれる人たちに高給を与えるような社会にしていきましょう。


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 ・消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿
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 ・消費増税に関するフェイクニュースを許すな
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 ・先生は「働き方改革」の視野の外
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 ・水道民営化に見る安倍政権の正体
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みぎひだりで政治を判断する時代の終わり

2018年12月12日 22時46分33秒 | 思想


12月10日に第197臨時国会が幕を閉じました。
筆者の記憶にある限り、こんなひどい国会は見たことがありません。
言うまでもなく、移民法(出入国管理法改正)水道民営化(水道法改正)の二つを、ろくな審議もないまま成立させてしまったことが、そのひどさの最大の点です。

筆者は、前回の投稿で、安倍政権を売国政権と規定し、その末尾に次のように書きました。
単に移民政策や水道民営化政策だけでなく、安倍政権が採っている経済政策が、みな国民生活を犠牲にしてグローバル資本に奉仕する性格のものであること、まずはこのことに気づく必要があります。
個々の社会問題は、それ一つだけで切り取られるものではなく、ほとんどすべての原因が、一つの間違った政治運営に収斂するものなのだという統合された視野を、ぜひとも回復しなければなりません。

https://38news.jp/economy/12751

この「統合された視野の回復」のためには、何が必要でしょうか。
法律など制度面での改革や政治活動はいろいろ考えられるでしょう。
でも、そうした望ましい改革や活動を実現させるのを阻んでいるものが根底にあります。それは、人が政治世界を把握する時に抱く固定観念です。
その最も顕著でわかりやすいのは、右か左か保守かリベラルかという二分法の枠組みによって、政治の主義や活動スタイルを理解しようとする見方です。
これはフランス革命以来、いまだに全世界共通の見方と言ってよい。
人々は単純な分類を好みますから、この二分法にもとづいて、ある政治家、政党、政権を支持したり、否定したりします。

しかしもはやこうした理解枠組みを捨てなくてはなりません
そういうパラダイムシフトが必要な時代が世界的にやってきたのです。
たとえば、先の米大統領選では、「右」のトランプ氏と「左」のサンダース氏がいずれも移民規制を訴えました。
仏大統領選でも、「極右」のルペン氏と「左」のメランシオン氏が同じく移民規制を訴えました。
ドイツでも、移民規制を訴える「極右」のAfDが大躍進し、移民歓迎を主張した「中道派」のメルケル首相が政権運営の危機に追い込まれました。
イタリアでは「極右」の五つ星運動が政権の一角に食い込みました。
いずれも行き過ぎたグローバリズムが、国民生活を圧迫するものでしかないことに、多くの国民が気付いたからです。
これらの事実は、もはや政治党派を「みぎひだり」という枠組みで理解することが意味をなさないことを表しています。
あえて単純化していえば、これは、一部グローバルエリートと、大多数の貧困化しつつある国民との対立ととらえるのが正しいのです。

しかし日本国民の多くは、こうしたパラダイム変換に気づかず、相変わらず右か左か、保守かリベラルかという固定観念・固定感情で政治党派や政治活動を理解し、判断を下しています。
この固定観念・固定感情が、あたかも国論を左右に二分しているかのような虚像を作り出しているのです(もちろん、原発や憲法や国防など、非妥協的な対立問題は従来通りの「みぎひだり」の形で存在しますが)。

移民法や水道民営化や消費増税など、バリバリのグローバリズム政策が周回遅れで推進されているのに、国民の多くは、それらが自分たちの生活を直接に脅かすものであることも知らず、推進勢力の安倍政権に高い支持票を投じています。
でもこれは、日本特有の、おかしなねじれ現象です。
たとえば今回の移民法成立に伴う国民の反応はどうでしょうか。
これに無条件に賛成する人など、グローバル企業やブラック企業の経営者、および安倍政権絶対信仰者以外、まずいないでしょう。
それ以外で賛成するとすれば、それは人手不足に悩む業界が仕方なくそうしているにすぎません。
そもそも人手不足は、安い給料しか払えないために起きている側面が大きいので(土木建設業、介護分野、医療分野など)、人手不足なのになぜ給料が上がらないのかという問いは、因果関係を逆転させたところに成立する問いです。

もし財務省が緊縮真理教を改めて積極財政に転じ(まず考えられませんが)、企業がそれを受けて生産性向上のために投資し、日本人労働者の賃金が上がれば、わざわざ言葉の通じない外国人労働者などを雇う必要もなくなり、人手不足も解消しますし、内需拡大にも結びつきます。
そうすればデフレから脱却でき、GDPも伸び、財務省の(ばかげた)悲願である「財政健全化」も果たせるでしょう。
野党が問題にしている技能実習生の人権問題もなくなるわけです。
つまり、「みぎひだり」という枠組みにこだわらなければ、移民法などという悪法に反対する人が圧倒的に多いはずなのです。

ところで、11月26日の参議院予算委員会で、社民党の福島瑞穂氏が技能実習生制度を「奴隷制」と呼んだことが物議を醸し、議事録から削除されることになりました。
さてこれを知ったフェイスブックの「保守派」投稿者は、ごく一部の例外を除いて、ほとんどが鬼の首でも取ったように、福島氏をバッシングしたのです。
こんな人物が国会議員でいることを許すのは、日本人の民度が問われているということだ」「ミズホそのものを削除しろ」等々。
シェアも盛んに行なわれ、ちょっとした炎上でした。

でも違うでしょう、一部保守派諸君。
あなた方は、技能実習生の実態についてきちんと調べ、移民法が私たち日本国民にとってどういう意味を持つのかを、じっくり考えてみたことがありますか。
福島氏がサヨクだというレッテルをよりどころにして、感情的にバッシングしているだけなのではありませんか。

技能実習生の実態について一例を上げましょう。

(1)毎日午前8時から午後11時頃まで縫製作業
(2)休日が月1回程度で、土日を含めて連続勤務
(3)賃金は、月額1万5000円から2万7000円
(4)賃金から天引きされていた健康保険料は、納付されておらず無保険
 こうした状態で、約8ヵ月働き、過酷な労働に耐えられなくなり、「失踪」した。
https://diamond.jp/articles/-/187337?page=2

つまり福島氏の言う「奴隷制」は、「中らずと雖も遠からず」で、その実態は、公式発表で失踪者7000人(実際はもっとずっと多いでしょう)、時給300円という有様です。
これは、古代律令制時代の「逃亡・欠落」によく似ています。
これでも一部保守派諸君は、福島氏を非難しますか。
技能実習生制度の拡大再生版である今回の移民法を支持するのですか。
誇り高き一部保守派諸君
あなた方は、時給300円で休みなくこき使われる「移民」を、わが日本社会の底辺に大量に抱えて、日本人として恥ずかしくはないですか

もちろん、野党の移民法反対の論理に問題がないわけではありません。
それは簡単に言えば、移民の側に立って、その人権が保障されないことだけを追及するという論点に見られる視野の狭さです。
移民受け入れを前提とするなら、移民の人権保障も大事な観点ではあります。
しかし、彼ら(野党)は、わが国が欧米のように移民受け入れを拡大することによって、日本国民にどういう被害が及ぶかという論点を持とうとしないのです。
これは、彼らが反日政党だからとレッテルを貼って否定してしまえば簡単です。
しかしむしろ問題なのは、どの野党もが、安倍政権の移民政策の背景にあるグローバリズム経済の大きな弊害について気づいていないか、気づいていないふりをしているという点です。

野党の論理だけで移民受け入れ反対を押し進めていくと、移民の人権が保障されるなら、受け入れること自体はかまわないという話になります
移民を大量に受け入れるとどういうことになるかは、ヨーロッパですでに実証済みです。
賃金低下競争が起こり、日本人の賃金がさらに下がります。
つまり景気がさらに悪化します。
日本人と移民との間の格差が広がり、治安が悪化します(すでに悪化しつつあります)。
言葉が満足に通じない者どうしの間で経済運営に深刻な支障をきたし、文化的な面での摩擦が拡大します。
これを克服するためには、同化政策を取るほかなく、教育のために莫大なエネルギーとコストを覚悟しなくてはなりません。
また、ドイツのように国論が分裂し、日本人としてのアイデンティティが維持できなくなり、民主主義が機能しなくなります(グローバルエリートや新自由主義者が実権を握っている日本では、すでにEUと同じように民主主義が機能していないのですが)。
さらに長期的には、家族帯同までが許されるわけですから、中国人移民を中心として、内乱や権力争奪や革命や征服の危険すら想定されます(今回の立法措置で想定されている特定技能1号は家族帯同が許されませんが、1号は試験にパスすれば家族帯同まで許される特定技能2号に移行することが可能です)。
しかし政府は、これらのことを少しも想定しないまま、今回の法改正を通してしまいました。
野党は、安倍政権の移民政策を批判するなら、こうした論点を提起すべきなのです。
日本国家転覆や国民生活の破壊を意図しているのではなく、もし本当に日本国民のことを考えているとすればの話ですが。

さてこの論考の目的は、もはや「みぎひだり」で政治世界を判断することをやめ、グローバリズム経済こそが、国民生活にとって敵なのだというように、発想の転換を迫ることにありました。
少しでもその目的に近づくためには、次の二つを満たすことが必要です。
(1)一部保守派のように、イデオロギー的・感情的な観点からの左翼たたきをやめ、左翼であっても、ある個別政策の推進や阻止が正しいのであれば、共闘の道を探るべきこと。逆に間違った反対の仕方をしているのなら、その間違いの理由をあくまで理性的に説くこと
(2)野党は、抽象的・原理的な反権力主義から脱却し、政府の政策が国民生活を平和で豊かにするものなら積極的にサポートし、また逆に、国民を貧困や無秩序に追いやるものなら、その背景を徹底的に洗い出したうえで、反対行動に出ること

たとえば2019年10月に予定された消費税10%への増税は、所得税や法人税の減税の穴埋めの意味を持っています。
ですから、一部グローバル企業や富裕層、投資家にとってのみ都合のいいもので、国民経済に壊滅的な打撃を与えることが明白です。
先ごろ内閣官房参与で京都大学大学院教授の藤井聡氏が、保守を標榜しながら、党派を超えて消費増税反対の世論を広げるために、『しんぶん赤旗』のインタビューに応じました。
さすがにそれは、と思った方もいるでしょうが、筆者は氏の政治的決断力と行動力に拍手を送りました
危機に際しては、こうしたプラグマティックな態度、言い換えれば、真の意味での是々非々主義こそが、世の中をより良い方向に動かすのだと思います。

【小浜逸郎からのお知らせ】
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「政経研究会・えん」第一回開催のお知らせ

2018年12月02日 16時09分26秒 | お知らせ

この会は、当塾の他の会と同じく、どなたでも自由に参加できます。

この会は、次のスタイルを基本とします。

日本経済から国際政治まで、政治経済関係の著作を中心にテキストを決め、

テキストについてレポーターに発表してもらいながら、参加者全員で話し合いを進めていきます。

参加者は、原則として、テキストをあらかじめ読んでくることを条件とします。

なるべくタイムリーなテーマを取り上げますが、時に臨んで政治経済にかかわる歴史を扱うこともあります。


以下に、第一回の要領を記します。


●日時:12月9日(日) 15:00~19:00

●会場:ルノアール四谷店 マイスペース3A室

アクセス:https://loco.yahoo.co.jp/place/g-mwS1s6vBfIw/map/?bm=sydd_spt_s_n_p_ttl

●テキスト:三橋貴明著『帝国対民主国家の最終戦争が始まる』(ビジネス社 本体1600円)

●レポーター:小浜逸郎

●参加費:1000円+飲み物代(600円程度)


激動の時代、世界で今何が起きているのかを知ることは、是非必要なことに思われます。
どうぞふるってご参加ください。


*二次会もあります。こちらもどうぞ。