小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

ホームレス・トラックという現実

2020年10月29日 16時23分37秒 | エッセイ


必要があって、27日の夜9時半から11時ごろ関越道を東京に向かって突っ走りました。
それまで夕食を食べていなかったので、さすがにここらで食った方がいいかと思い、レストランマークのある寄居(よりい)PAに寄ったのが10時少し前。ところがすでに土産物店も食事の場所もすべてCLOSED。
仕方がないので、その先の高坂(たかさか)なら規模が大きいから何か食えるだろうと踏んで、10時ちょっと過ぎに高坂SAに入りました。レストランは閉まっていましたが、オープンスペースで、何とかラーメンにありつくことができました。
客はほとんどいません。ひとり侘しく醤油ラーメンをすすりながら、これもコロナの影響かと思いつつ、その閑散とした風情に、この世のはかなさを味わったのでした。
これがバブル期だったら、けっしてそんなことはなかったでしょう。
あの頃は、都会の飲食店は終夜営業が多く、地下鉄やJR山手線、首都圏の私鉄さえ、終夜営業をすべきではないかという主張がかなり盛り上がったものです。鉄道のほうは実現しませんでしたが、でも明らかにそれをやってもペイするような気分の高揚がありました。
筆者は、深夜、高速道路のSAに立ち寄った経験はありませんでしたが、バブル期にはおそらく食事処の深夜営業もやっていたのではないでしょうか。でないと、トラックの運転手さんなど、困りますからね。

トラックといえば、SAでの売店が閉店になっていることにはさほど驚きませんでしたが、この時間帯、寄居も高坂も駐車スペースに何百台もの大型トラックでいっぱいになっていたことには衝撃を受けました。乗用車はまったくといっていいほど見当たりません。
売店がやっていないのに、広い駐車場がトラックで溢れている、これは運転手さんたちがここを仮眠のための場所にしているとしか考えられません。つまり、彼らが帰社してトラックを納め、帰宅してゆっくり休むだけの時間がほとんど与えられていないことを示しているでしょう。
つまり彼らは一つの仕事を終えると、ただちに別の仕事を命じられ、日本全国を休みなく走り回っているわけです。いわば「ホームレス・トラック」ともいうべき状態に置かれていることになります。

少し前にテレビで、トラック運転手さんたちの行動を、彼らに付き添ってルポする番組を見たことがあります。人手不足のため、荷揚げ、荷卸し作業も一人で行わなくてはならず、一つ納品が終わるとトンボ返りで別の荷主のところに向かう。これを休みなしに続けます。生活時間はめちゃくちゃになります。いつ寝るのかとの記者の質問に、「時々仮眠を取るしかないですね」と答えていました。少しでも納期に遅れると、荷主や届け先からクレームが来て、上司からも圧力がかかります。過酷極まる労働状態ですし、危険でもあります。
その事実は頭ではわかっていましたが、実際に壮観と言ってもいいあの光景に触れると、ああ、たいへんだな、とため息が出てきます。おそらくこれから起きて三々五々、深夜便に出発するのでしょう。彼らのほとんどは、食事もゆったりととる暇もなく、コンビニのおにぎりやハンバーガーショップのジャンクフードなどを車内で食べていると思われます。
トラック運転手の待遇は、以下の記事が参考になります。
https://toyokeizai.net/articles/-/365703?page=3

肝心なことは、この過酷さが、需要が多過ぎるために生まれているのではないという事実です。
この記事の前段にも出てきますが、90年の規制緩和で様相が一変し、競争市場になったため賃金低下が起き、過酷な条件に耐えられずやめていく人が多いので、結果的に慢性的な人手不足になっているということなのです。コロナで失職した人がこの業界に転身しても「3日ともたない」とも。

同じようなことは、看護師業界や介護士業界でも言えて、資格を持っているのに、労働条件の悪さのためにやめていく人が跡を絶ちません。その結果、常に人手不足に陥り、資格もなく言葉も満足に通じない移民労働者に頼るという悪循環に陥っています。ひどい場合には、福祉施設がホームレスを雇っていたなどという例さえあります。いつまでこんな悪循環が続くのでしょうか。

これは、特定の業界内の問題ではなく、政治問題です。
命や生活に直接かかわる大切な仕事に対して、政府が十分な財政的支援を行ってこなかったそのしわ寄せを、これらの現場労働者がもろに被っているのです。
政治家や官僚たちには、目先の利益追求や権力維持に汲々とするのではなく、もっと一般国民の生活実態について想像力を培ってもらいたい。そして誰の、どういう仕事によって自分たちの今が支えられているのかを、よくよく考えてもらわなくてはなりません。

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いわゆる「大阪都構想」は日本解体構想

2020年10月14日 19時50分01秒 | 政治


いわゆる「大阪都構想」についての住民投票が11月1日に行なわれます。
ご存知の方も多いかと思われますが、この住民投票は2回目です。5年前に一度行われて、否決されたにもかかわらず、維新は性懲りもなくまたやろうというのです。
前回は公明党が反対していたのですが、今回は、公明党議員の選出区に殴り込みをかけるぞと維新に脅されたため、それにビビッて賛成に回り、住民投票決行が議決されました。
法律用語に「一事不再議」という原則があります。一度議決された案件は再び審議することを許さないという原則ですね。維新は明白にこれに違反しています。

今回の住民投票に関しては、多くの反対議論がすでに出ています。元内閣官房参与の藤井聡氏、室伏政策研究所所長の室伏謙一氏らが活躍されるなかで、地元の方たちの反対運動も高まっています。去る11日には、関西の学者・研究者たちによる「大阪都構想」の危険性を明らかにするための記者会見が大阪市内で開かれました。その詳しい内容は、以下の報道で知ることができます。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/18698
また23日には大阪で、藤井氏が中心になって、シンポジウム「大阪都構想の真実」が開かれます。
https://the-criterion.jp/info/2020oosaka/?fbclid=IwAR1ROlXRz4ciXBsL7i-33nZ5p_d67Z_deKAcChIeVeoDrtl1s2IMY081iT4
また、地方紙・長周新聞には、この「大阪都構想」以前、10年前から橋下徹が行なってきた大阪府・大阪市の行政改革がどんな問題点を生み出してきたかも含めて、この構想がいかにひどいものであるかが、具体的に詳しく報道されています。皆さん、ぜひ目を通してください。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/18753?fbclid=IwAR1kcKGobV7u_5h5Lyy7UoIgVmADgLj20kj9odgnuJE5qDn5cdBItMCxCx8

大阪市民でもない筆者(横浜市民)がこれらに何か口出しする必要はないのかもしれません。しかし、この問題は、日本国全体にとって大きな危険をはらんでいます。とかく大阪という一地域、一自治体固有の問題と見られがちなために、全国的には(特に首都圏の住民には)関心の高まりがいまいちのようですが、これは他人事ではなく、これからの日本をどうしていくべきなのかにかかわる大きな問題なのです。
この「都構想=大阪市廃止構想」は、いろいろな意味で、いまの中央政府が取りつつある方向の、いわば雛形です。その思想がまったく一致しているのです。「行政の無駄を省く」「効率化を図る」という名目で、緊縮財政に固執し、福祉・教育・文化行政を削減し、水道など公共事業の民営化を推し進め、外資を自由に導入し、インバウンドと称してカジノを誘致し、補助金を切り捨てて「自助」「自己責任」にすべてをゆだねる――まさに安倍政権から菅政権へ引き継がれた、グローバリズム、構造改革、新自由主義路線そのものですね。
上記の記事の指摘の中で、最もひどいと感じたのが(ワーストを選ぶのも一苦労なのですが)、いま大阪市では、区役所の電話口、窓口に出るのがすべてあの竹中平蔵率いるパソナの非正規職員だという点です。質問しても答えられないので、「あなた、職員なの?」とこちらから聞くこともしばしばとか。このように、行政サービスのはなはだしい劣化が明らかとなっています。
またこの「都構想」では、小・中学校を含むさまざまな公共施設の統廃合や民営化がすでに実施されるか、計画に上るかしています。
アメリカでは、民営化路線に突っ走った結果、極端な貧富の格差が生じました。かの国では州によって刑務所まで民営化されているそうですが、営利目的で刑務所を運営したら、犯罪が増えるほど儲かるというシャレにもならない話になります。
維新がやっていることは、施策の基本線としてそういうことなのです。そしてもちろん、菅政権もそういう方向に日本をもって行こうとしています。

では、なぜ維新は、大阪市民を騙して、このような市民生活を破壊するような都構想なるものをぶち上げているのか。
これについては、先に掲げた、「関西の学者・研究者たちが行なった『大阪都構想』の危険性を明らかにするための記者会見」のなかで、神戸女学院大学教授・石川康宏氏の発言が多くを語ってくれています。氏によれば、橋下徹は2011年のダブル選挙で維新が勝った時、「次の衆院選は道州制選挙だ」と公言したそうです。また次の年に出した「維新八策」では「統治機構の作り直し」とあり、道州制の推進を明言しています。当時筆者もこの「維新八策」なる代物を批判したことがあるので、よく覚えています。
石川氏の言葉は続きます。

「大阪都」という発想は、道州制における関西州をつくるための一里塚として位置づけられている。2010年7月の大阪府自治政府研究会では、大阪市と府は役割分担が不明確だから、新しい自治体(大阪都)をつくり、さらに関西広域連合を作り、これらを合体させて関西州をつくるという構想が府の資料に出てくる。つまり、市民や府民のための構想ではなく、財界が喜ぶ国づくりに向けて、道州制を関西・大阪から作り出していくという一里塚に位置づけられている。だから平気で市のお金を府に吸い上げさせ、大きな広域経営体にしていく方向だ。こんなことはまともに市民に説明ができないから、説明会で「マルチ商法のようだ」といわれるやり方になる。こんなものにダマされてはいけない。

まことにその通りという他はありません。今回の住民投票に際しては、単に市民のためになるのかならないのかという視点だけではなく、こうしたより大きな視野の中で、維新が何をやろうとしているのかということも含めて考えなくてはなりません。

道州制は、大前研一らをイデオローグとして、経団連をはじめ関西の財界が長く主張してきたものです。経済活動にかかわる規制を撤廃し、国家統合を解体し、全国をいわば8つから10の自治州として互いに競わせれば、民間の自由度が高まり、産業も発展するという、幼稚きわまるバカみたいな政治理念です。中央政府は外交と軍事だけを担当する、いわば「小さな政府」の典型というわけです。
こんなことをすれば、ただでさえ東北地方や中国、四国地方など、スタートラインではるかに後れを取っている地方が競争に勝てるわけがありません。ますます引き離されて衰退していくでしょう。また、災害大国・日本で大災害が起きた場合、その救済や物資の供給で、州をまたいで連携を果たさなくてはならない時に、だれがどうやってその統合を図るのでしょうか。そのためのインフラは誰が整備するのでしょうか。長く続いてきた日本人としての共同体感覚を壊してしまって、自由競争至上主義の徹底でうまく行くと、維新及びその支持者たちは本当に思っているのでしょうか。さらに言えば、北海道が独立州になったら、虎視眈々とその領有を狙っている中共の思うつぼです。

安倍政権が押し進め、菅政権がそれをさらに拡大しつつあるグローバリズム路線は、デービッド・アトキンソンなる不良ガイジン(この前もこの言葉を使いましたが、何度でも使います)の入れ知恵によって、ついに日本の宝である中小企業潰しにまで手を伸ばそうとしています。
経済的なコロナ禍も、彼らにとっては国民生活救済の喫緊の課題としてではなく、むしろ国民を窮地に追い込む絶好のチャンスとしてしかとらえられていないのです。そう意図しているわけではないでしょうが、国家理念を喪失して権力維持に汲々としている今の中央政府がやっていることは、結果的にそうだと言われても反論できないでしょう。

維新の推進しようとしている「大阪都構想」は、国家破壊の急先鋒です。これを一自治体の問題として高見の見物をするのではなく、全国民が自分たちの問題として危機感を共有するのでなくてはなりません。


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