小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

自分で考えることの大切さ(SSKシリーズ12)

2014年10月24日 14時16分08秒 | エッセイ
自分で考えることの大切さ     



 埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。

【2012年12月発表】
 学生に次のような質問用紙を配って3択で答えてもらった。わずか6名のゼミ生対象だが。

①殺人事件は増えているか。
②子ども・若者の交通事故死は増えているか。
③虐待による乳幼児の死亡率は増えているか。
④いま日本の失業率はどれくらいか。
⑤未婚率は増えているか。

 回答結果は次の通り。
①全員「増えている」
②「増えている」3名、「変わらない」3名
③「増えている」4名、「変わらない」2名
④10%3名、20%3名
⑤全員「増えている」

 統計データに従えば正解は――
①激減
②激減
③激減
④4~5%
⑤急増

 すると⑤だけが全員正解で、あとは全員間違えていることになる。
 なぜこんな試みをやったか。メディアの情報から受ける印象を鵜呑みにせず、自分で調べ自分で考えることの大切さを説くためだ。もちろん回答集計後にデータを配って真相を知ってもらった。
 ①②③を見ると日本の治安のよさにほとんど誰も気づいていないことが知られる。いつの時代にも人は老若を問わず、時代は悪い方に向かっていると考えてしまう習癖をもっている。そういう先入観をまず振り払うこと。それが大事である。
 しかし、こうした教育的意図とは別に、この回答結果からは興味深い点が二つ認められる。
 一つは④の失業率について、若者が実際の数字よりは過大に考えているという点。
 これは答えとしては誤りだが彼らの生活実感としては正しいのである。若年失業率は5%よりずっと高いし、それよりも重要なのは、数字に表れた失業率だけが景気の良し悪しを測る尺度ではないということ。今の不況下ではスキルの身につかない臨時雇用が圧倒的に多いし、正規雇用でも劣悪な雇用環境に甘んじている人たちがたくさんいる。私は学生たちの誤答を逆に評価しながら、実態を見ずに数字を盲信する危険についても説明しておいた。
 二つ目は、⑤の未婚率について全員が正解している点。
 国全体の治安が数字としてどうであろうと、よほどの混乱状態でもない限りいますぐ自分の生活が脅かされるわけではない。しかし結婚するかしないか、できるかできないかは、彼ら自身の近い将来像を決定づける切実な問題である。そういう「実存問題」に関しては、鋭敏な触角がはたらくわけだ。
 なぜ増えていると思うのかと女子学生に聞いてみた。「自由に生きたいと感じている若い人が多いから」。
 私の応答。「もちろんそれも大きい。しかし、できれば結婚したいと思っている人が大多数です。でも、したくても相手が見つからない、恋人はいても自立するより親元にいる方が経済的に有利だから結婚に踏み切れない、そういう人がたくさんいるんだよ」。
 余計なことも考えた。いま大学の知は専門的な客観知と即戦力を養うただの実用知とに二極分解しているのではないか。自分の例で口幅ったいが、④⑤的な実存問題から①②③的な客観問題へとうまく学生をいざなう橋渡し的な方法論が必要に思える。自力で考える力を養うために。