小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

倫理の起源49

2014年10月11日 19時43分35秒 | 哲学
倫理の起源49



6. 公共性

 私たちは、公共性とか公共精神という概念をどのように理解しているだろうか。
 それは、ふつう、私的利害を超えて広く社会全体に共通する利害にかかわる物事や、その物事を第一に尊重する態度ということになるだろう。
 しかしこの概念は、本来いくつかのあいまいさを内に含んでいる。
 第一に、どこまでの広がりを「社会全体」と考えるかについて確定的な線引きが難しく、人によってその範囲に対する了解が食い違う。
 また第二に、ある具体的な物事が複数あってそれらが互いに両立しがたい場合、どれがより公共的かという議論が沸き起こり、容易に決着をつけられないことが非常に多い。
 そして第三に、「何々が公共的である」という点について、仮にある社会のメンバー全員の一致が見られたとしても、その物事を貫くために特定の生命や生活を犠牲にしなくてはならなかったり、膨大な時間やコストが見込まれるために実現が不可能だったり、その公共性の看板を隠れ蓑にして私的利益をむさぼる集団が出てきたりすることがいくらでもある。
 第一の論点については、たとえば次のような例が考えられる。
 幕藩体制の時代には、「くに」とは藩のことを意味していたので、藩主への忠誠が最も公共的とみなされていたが、近代以後は、国民国家の枠組みが最も公共的と考えられるようになった。この場合公共精神とは、「国家」という観念に奉仕する態度を意味することになる。さらに時代が進んで、現代では、国境を超えたヒト、モノ、カネ、情報の行き来が盛んにおこなわれているので、国家そのものを特殊な利害の体系とみて、地球規模の公共性を主張する人も多い(私自身は、この考え方が空想的であり、そのために無責任な言論態度を醸成しやすいので反対だが)。
 第二の論点については、次のような例が考えられる。
 たとえある国家の成員全員にとって、その国家こそが最高の公共体であるという点では一致が見られるとしても、その公共体をよりよく動かしていこうとする体制や政策や手段や優先順位に関して、意見・主張が入り乱れて一致が見られず、いつまでも小田原評定を繰り返すか、より強い勢力がより弱い勢力を、武力や多数決原理によって押し切るほかないといった事態である。
 このように歴史や地域や価値観によって、公共性の概念理解が異なるために、ある状況下でどういう行動をとれば公共精神にかなうのかという問題についての一般解を得ることはほとんど不可能である。こうして異なる大義名分の衝突が戦争などの激しい殺し合いに発展することもある。
 第三の例としては、たとえば、「環境にやさしい、地球にやさしい」という看板それ自体は、誰も否定しえないスローガンであるが、その抽象性をいいことに、まったく不確実な愚かな判断がなされたり、見通しも定かでない莫大な資金がつぎ込まれたりする。そうして国民の税金をかすめ取る環境ビジネスが平然と跋扈する、等々。
 このような事態は人類史上、じつに枚挙にいとまがない。
 しかしそれにもかかわらず、公共性という概念そのものは厳として存在する。それは、もともと私的であることと一対の関係にある概念だから、抽象的であることを免れないのである。つまり、この種の関係概念は、ある事態(たとえば家族生活)が他方の事態(たとえば国家活動)に比べてより私的かより公的かという相対的な位置関係で把握するほかない概念である。言い換えると、私的・公的という対概念は、互いに他方の「否定態」としてしか成立しない。
 和辻哲郎もこのことをよく理解していた。繰り返すが、和辻倫理学は、次元の異なる人倫的組織のそれぞれに固有の倫理性が存在することを指摘した。しかし、それらのどれかが他のどれかに対して、より「私的」であるかより「公的」であるかという尺度にこだわって、そこに価値審級による優劣を認めたわけではなかった。たとえば、家族の人倫性よりも国家の人倫性のほうが価値として高い水準にあると明示的に言及することを彼は周到に避けている。
 だがそれにもかかわらず彼は、無意識のうちに、より公的な共同性ほど、より私的な共同性の時間的・空間的な限界を克服した、より大きな、より広い境位にあるという、弁証法的な見解にとらわれていた。というよりも、あれほど私的世界(男女の性愛世界)における固有な人倫性の高い意義を強調した独創的な和辻すら、この西欧由来の弁証法の罠から免れることが至難の業だったというべきだろう。
 プラトンに代表されるように、ポリスの活動を最高のものと考えてオイコス(家族生活、経済活動)を軽蔑した古代ギリシアの価値観は言うに及ばず、カント、ヘーゲルなど、西洋の哲学、倫理学はこの「弁証法の罠」にいつもからめとられてきた。これはじつを言えば、身近なところから論じはじめて、しだいにより広い世界へ視線を伸ばしていくという私たちの言語意識の自然な法則に則っているにすぎないのである。だが、そうであるからといって、後のもののほうが前のものを包摂して、倫理的な意味でより高い水準に達しているなどとはけっして言えない。
 ところで東洋に目を転じて、儒教はどうかといえば、こちらはより広い範囲を包括する共同性のもつ人倫の原理がより狭い共同性のそれに比べて価値的にもより高いというような「弁証法的思考」にとらわれてはいない。再三述べたように、孔子は、公的な義務としての法に従って父を突き出すよりも、父をかくまう方が子どもとして「直(すなお)」なのだと言ってのけた。これはカントのような「義務のパリサイ人」に対しては、きわめて有力な逆説たりえている。そうしてそこには、生活庶民の自然な感情(人情)がきちんと掬い取られている。
 しかし他方では、儒教の倫理学的原理は、「五倫五常」の教えに象徴されているように、関係のモードにしたがって守るべき徳目を並列させているだけであって、そこには、人間生活でそれぞれの徳を守り抜こうとしても、互いに矛盾してしまって両立できないことがあるという問題意識が欠落している。平重盛が呟いたといわれる「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず。重盛の進退ここに窮まれり」という言葉は、この事情を示して余りある。
 じっさいに重盛がそう呟いたのかどうかは別として、こういう言葉が長く生き残るには、それなりの理由がある。それは平凡な私たちの生活のなかに、どちらを選んでよいかわからなくて困ってしまうこうした局面が繰り返し現れてくるからである。儒教はこの種の問題を解決しようとした形跡がなく、そこには明らかな思想的不徹底が見られる。それは「忠と孝」の二律背反のみならず、「忠」と「(朋友の)信」、「義」と「仁」などの関係についても言えることである。
  私が儒教倫理を批判するのは、それが古い封建社会の制度的な基盤をなしていたからというような理由からではない。じっさい、質の異なる人倫関係を統合させないままに、「人の道」とか「諸徳」といったかたちで分散させておき、そのうえで各身分(たとえば君主、家臣、武士、年少者、婦女子、下人など)にとって何を最も優先させるべきかを暗黙の裡に理解させておくことは、前近代的な統治にとって都合がよかっただろう。しかしここではそのことは問題ではない。
 問題は、「諸徳」を並列させてその関係を問わないあり方が、人生の複雑な現実といかようにも整合しない事態を見てみぬふりして放置する怠惰な姿勢をあらわしているという事実である。その点が倫理学として不十分なのである。
 このような怠惰さは、単に儒教倫理のみではなく、公共性の倫理を最優先させる態度一般においても現れている。