またまた、オールドファンの昔話ですが、この試合は比較的最近なので、覚えていらっしゃる方も多いでしょう。日本代表では、よく分岐点のしびれる試合を生観戦している私ですが、浦和レッズの試合でしびれたのは、テレビ観戦ながら2011年の浦和対福岡です。
当時、浦和は降格圏ギリギリの15位で、16位の甲府と残留を争っていました。ゼリコ・ペトロビッチ監督の突然の解任という崖っぷちでしたが、急遽監督を引き受けた堀監督が戦術を4-1-4-1に再編して、横浜FMとのアウェイ戦に勝ち、この福岡戦に勝てば得失点差でほぼ残留が決まる一戦でした。
堀監督の4-1-4-1は、サイドのウイングの梅崎と原口の突破を最大限に生かすための布陣でした。1トップのエスクデロは、キープを要求せず、サイドに流れてもいい約束事でした。この福岡戦では、そのエスクデロが今まで見たことがないほど好調でした。
サイドを次々と崩すエスクデロを見て、このままならこの試合は勝てると確信していました。引き分け以下なら甲府に勝ち点で逆転される可能性があった土俵際の一戦の割に、私は落ち着いていました。しかし、なんとそのエスクデロが負傷交代してしまいました。交代出場した田中達也は、1トップに不向きなのは理解しています。これで、私から落ち着きが消え、しびれる思いでこの試合を見ることになりました。
しかも福岡に先制されます。引き分けではだめだ、勝たなければならないと、祈るような心境でしたが、前半終了間際に柏木がミドルシュートを決めて追いつきました。これでハーフタイムのロッカールームの雰囲気はいいだろうと思いましたが、それでもまだ勝ち越したわけではなく、緊張していました。
後半の20分頃、好調さを買ってウイングで起用した梅崎が抜け出し、相手DF末吉が後ろから梅崎を倒してレッドカード、浦和にPKが宣告されます。相手は10人だから、もしこのPKを外せば全員で守ってくるだろう、とにかく決めてくれというプレッシャーのかかるPKのキッカーはマルシオでした。技術ならチームトップのマルシオですが、どこまで落ち着いて蹴ってくれるか、私は思わず正座して見届けました。
そのPKを決めてくれたので、浦和はJ1に残留して、今があります。歴史なんてちょっとしたきっかけで変わるものですが、サッカーはそれが顕著なだけに、節目の試合をいつまでも覚えているのでしょう。
当時、浦和は降格圏ギリギリの15位で、16位の甲府と残留を争っていました。ゼリコ・ペトロビッチ監督の突然の解任という崖っぷちでしたが、急遽監督を引き受けた堀監督が戦術を4-1-4-1に再編して、横浜FMとのアウェイ戦に勝ち、この福岡戦に勝てば得失点差でほぼ残留が決まる一戦でした。
堀監督の4-1-4-1は、サイドのウイングの梅崎と原口の突破を最大限に生かすための布陣でした。1トップのエスクデロは、キープを要求せず、サイドに流れてもいい約束事でした。この福岡戦では、そのエスクデロが今まで見たことがないほど好調でした。
サイドを次々と崩すエスクデロを見て、このままならこの試合は勝てると確信していました。引き分け以下なら甲府に勝ち点で逆転される可能性があった土俵際の一戦の割に、私は落ち着いていました。しかし、なんとそのエスクデロが負傷交代してしまいました。交代出場した田中達也は、1トップに不向きなのは理解しています。これで、私から落ち着きが消え、しびれる思いでこの試合を見ることになりました。
しかも福岡に先制されます。引き分けではだめだ、勝たなければならないと、祈るような心境でしたが、前半終了間際に柏木がミドルシュートを決めて追いつきました。これでハーフタイムのロッカールームの雰囲気はいいだろうと思いましたが、それでもまだ勝ち越したわけではなく、緊張していました。
後半の20分頃、好調さを買ってウイングで起用した梅崎が抜け出し、相手DF末吉が後ろから梅崎を倒してレッドカード、浦和にPKが宣告されます。相手は10人だから、もしこのPKを外せば全員で守ってくるだろう、とにかく決めてくれというプレッシャーのかかるPKのキッカーはマルシオでした。技術ならチームトップのマルシオですが、どこまで落ち着いて蹴ってくれるか、私は思わず正座して見届けました。
そのPKを決めてくれたので、浦和はJ1に残留して、今があります。歴史なんてちょっとしたきっかけで変わるものですが、サッカーはそれが顕著なだけに、節目の試合をいつまでも覚えているのでしょう。