Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

手倉森監督の記憶

2016-07-31 20:09:21 | ワールドサッカー
日本五輪代表は、日本時間の今朝ブラジルと対戦して、0-2で敗れました。なかなかFWにボールが渡らない、完敗と言ってもいい負け方でしたが、手倉森監督自身が「耐える展開になる」と予想していた通りで、相手の個人技とセットプレーでの2失点でした。それでも、オーバーエージを入れたチームの編成にめどが立ったことや、堅守速攻の形ができるなど、明るい材料もあった試合でした。

今回は手倉森誠監督の記憶です。手倉森監督は青森県の出身で、双子の弟の手倉森浩氏と同じ高校でチームメイトでした。モンテディオ山形で兄弟選手として活躍したこともあります。のちにも、ベガルタ仙台では兄が監督、弟がコーチという立場で組んでいたこともあります。見た目はそっくりなので、仙台時代には間違えた選手もいたことと思います。

ベガルタ仙台では、手倉森監督の就任以前は華麗なアクションサッカーを標ぼうしていました。2008年に就任した手倉森監督が、そのスタイルを改めて、堅守速攻の形を作ったところ勝てるようになりました。2009年に、J2時代の仙台が大宮と対戦した試合を見たことがありますが、シンプルにサイドハーフに集めて、サイドの梁勇基、関口のところから攻めるスタイルでした。

今でも、仙台の渡辺晋監督が引き継いでいる、2ラインコンパクトサッカーの発案者は手倉森監督です。当時のJリーグは、4-4-2でサイドハーフを高く張らせる、オリベイラ監督の鹿島や西野監督のG大阪が席巻していました。そんなサッカーに勝てるシステムが2ラインコンパクトサッカーです。8人で守り、前の2枚で何とかするサッカーですが、相手のサイドハーフが動かないテクニシャンなら面白いように挟み込んでカウンターを狙えたシステムでした。

仙台というチームを、リーグ2位まで育て上げた手倉森監督の手腕は、次期五輪代表監督というオファーで評価されました。五輪代表としての彼の手腕は、チームのコンディションの維持という形で表に出たと思います。今回、五輪のアジア予選がカタール集中開催になったのは、明らかに日本に不利なルールでしたが、そんな消耗戦で選手をやりくりしながら、疲れていない選手を最低二人は作る、そんなコンセプトで常に相手より動けるチームを作っていました。

五輪本大会でも、期待はそこです。ナイジェリアに走り勝つ、それが日本に対する期待です。初戦は金曜日でリアルタイムでは見られませんが、その手腕が選手の動きに現れていればいいなと思います。
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元横綱千代の富士、逝く

2016-07-31 19:43:35 | 他スポーツ
今日はいろんなブログネタを考えていましたが、それをいっぺんに吹っ飛ばす衝撃のニュースが今飛び込んできました。それは元横綱千代の富士、九重親方の訃報です。1月場所の当時にすい臓がんの手術をしたというニュースがあったので、少し気にしていましたが、私の少年時代の憧れが消えた衝撃は大きいです。

千代の富士は「ウルフ」という愛称で知られた、速攻相撲の横綱でした。優勝回数31回、通算勝利数1045勝と、大相撲界に名前を残した大横綱でした。一番の思い出は、昭和の末期に達成した53連勝です。千代の富士が30歳を過ぎ、経験と勘で成し遂げた偉業です。千代の富士自身は、連勝を止められた大乃国戦は「俺の敵ではない」とすっかり勝つつもりでしたが、それが心の隙になっていたと話していました。

千代の富士は前みつを引いての速攻相撲や、強烈な上手投げなどの取り口を思い出せますが、意外にもリアルタイムで彼の姿を見ている私の世代では、彼が引き技できわどい相撲を拾った一番があったことは覚えています。ただ、土俵の広さに関する感覚が天下一品で、引き技で引いても土俵際で必ず残っている、そんな力士でもありました。

思い出すのは、同部屋の横綱北勝海との優勝決定戦です。当時、千代の富士は愛娘、愛ちゃんを「乳児性突然死症候群」という難病で亡くしており、師匠は休場を勧めたものの、弔い合戦として臨んだ場所でした。そんな場所は、12勝3敗で並んだ千代の富士と北勝海の決定戦になりました。同部屋決定戦は「いつかやろう」と話していた夢だったそうですが、タイミングが悪かった印象です。お互い、やりにくそうで熱戦とはいえない相撲で千代の富士が勝ちましたが、これで「同部屋決定戦」はもう見なくてもいいという気分でした。

千代の富士は肩の脱臼癖があって休場が多かったので、千代の富士が休場している場所は他の力士にとってはチャンスでした。目の色を変えて他の力士が勝とうとした場所に、最も強かったのが同部屋の北勝海で、九重部屋の9連覇という記録も達成したことがあります。

軽量で筋肉質だった千代の富士は、私の世代では相撲といえば彼でした。そんな彼が、この世を去るのはなかなか気持ちが整理できません。今の相撲も好きでこれからも見るつもりですが、私が相撲に惹かれたきっかけだった、千代の富士のことは一生忘れないでしょう。さようなら、ウルフ。
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プラン通りの勝利(7/30甲府対浦和)

2016-07-30 22:29:24 | 浦和レッズ
今日は甲府の最高気温が35度という猛暑日の試合でした。甲府の出方は予想通りで、5-4-1で引いて浦和の前5人に数的同数を保つ、今ではいろんなチームがやってくる浦和対策です。この試合で、浦和がやるべきことは、比較的はっきりしていました。

まずは、甲府の1トップ、ドゥドゥへの対応です。甲府が引いてくる以上、前にはドゥドゥしかいませんから、そのスピードを出させない厳しいマークが必要です。それに関しては今日は非常にうまく行きました。何度か、彼のスピードやテクニックでチャンスになりかけた場面はありましたが、那須が応対して遅らせて、関根や槙野がカバーリングして防ぐ、そういう守備はできていました。あまりにも思うようにプレーできなかったドゥドゥが苛立ち始めたほどです。

もう一つは、攻撃の際のサイドの使い方です。1トップが興梠のときは、0トップ3シャドーともいえる、興梠も含めた3人で連携して攻めますが、1トップが李になると彼は一瞬の切れで相手より早く触るのが売りなので、少し攻め方が変わります。この日は真ん中には頼らず、宇賀神と関根をうまく使えば勝てると思っていました。

それに関しても、今日はうまく行きました。森脇が長いキックを多く見せ、先制点の場面では宇賀神のいる逆サイドに、これしかないというサイドチェンジのロングキックを通します。宇賀神がクロスを上げることさえできれば、あとは1トップ2シャドーがゴール前に入れば良く、武藤のヘディングシュートが決まって浦和が先制します。

追加点もその形でした。宇賀神から、今度は高木俊幸が抜け出して左サイドを崩すと、李が得意とするダイレクトボレーを決めて2-0として、甲府が守ってくる以上セーフティーリードといえる2点差にします。

浦和が得意とする、前でボールを奪っての連続攻撃こそ、この日の暑さもあってそれほどではありませんでしたが、この日は守備が非常に機能していました。シュートはブロックする、ミスが出れば全員でカバーする、場合によっては武藤や高木も守備に参加する、そういった原則をみんなが守った、浦和の勝利は必然だったと思います。
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桜環境センターの青空

2016-07-30 21:56:14 | 埼玉
今日は暑い日でした。甲府戦の記事は自分の体調が回復すれば書きますが、とりあえず不調でも書けるブログとして、今日の桜環境センターのトレーニングの行き帰りで撮った写真を載せます。夏本番、青空が綺麗な今の時期、写真を撮るにはいい時期です。トレーニングも、いつものフルメニューである、ランニングマシン30分+エアロバイク10分+筋トレ30分をこなしました。たぶん、ちょっと疲れたのでしょう。

写真の羅列ですが載せます。















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点の取れるDF(塩谷司)

2016-07-28 22:26:16 | 他チーム
五輪代表ネタは、オーバーエージ選出のDF塩谷司選手を取り上げます。塩谷は国士舘大卒業の時点ではJ1からのオファーがなく、前年国士舘大のコーチからJ2水戸の監督に転身した、柱谷哲二氏の誘いで水戸でプロのキャリアをスタートしました。柱谷哲二といえば育成型の監督で、浦和のサテライトコーチ時代に堀之内や細貝を育てた実績があります。

ちょうど、水戸が主力選手が退団したタイミングだったのも幸いして、水戸でCBとして活躍すると、DFのバックアッププレーヤーを探していた広島がオファーを出して移籍することになります。広島加入1年目は森脇の控えでしたが、森脇が浦和に移籍すると後釜に塩谷が抜擢され、2013年は右のストッパーとして34試合フル出場と活躍しました。

塩谷の良さは、点が取れることです。DFの攻撃参加は大抵、闘莉王のようにヘディングシュートを狙うことが多いですが、塩谷の場合ミドルシュートという武器を持っています。うまく相手DFを出し抜いて、フリーになっていた塩谷のシュートから大事な得点が生まれることはよく見られます。

もっとも、広島では3バックのストッパーなので、4バックの手倉森監督率いる五輪本大会でCBをやるかSBをやるかは不明です。おそらくどちらもやるのではないかというのが私の予想で、中二日の試合日程を考えるとすべてのポジションに二人ずつ使える選手を置きたい、そういう意図でオーバーエージに選出したと思います。

手倉森監督は仙台を2ラインコンパクトサッカーの手堅い戦術で、リーグ2位にまで導くなどチームづくりがうまいタイプの監督です。五輪予選でもうまくターンオーバーして、常に相手よりコンディションの良い状態を保っていました。その手腕の一面が、このマルチロールな塩谷ではないか、そう思っています。
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甲府戦プレビュー

2016-07-27 22:52:21 | 浦和レッズ
今週末の土曜日、浦和はアウェイ甲府で、ヴァンフォーレ甲府と対戦します。盆地である甲府の、夏の暑さは相当でしょうから、この試合は消耗戦になりそうな予感がします。金曜日に、山梨県の最高気温を調べているかもしれません。

甲府はチーム得点王だったクリスティアーノを柏に引き抜かれています。このスピード型アタッカーがいなくなるのは、相当の戦力ダウンでしょうが、それでも甲府というチームは5-4-1で引いて守る、そのスタイルは選手が変わっても監督が変わってもほとんど変わっていません。

浦和相手にも、おそらく5-4-1で守備的に戦い、少ないチャンスに賭けるサッカーを展開すると思います。前回の対戦は4月の埼スタでしたが、甲府が退場者を出していたので何とか2-1で勝てました。相手の佐久間監督が、0-0の引き分けを意識するあまり、クリスティアーノを下げてDFの畑尾を入れて6バックで守りに行ったのが勝負を分けました。

甲府は勝ち点20で年間15位と、残留争いの真っただ中にいます。前節、名古屋にアウェイで勝利したのが効いて、降格圏を出ています。以前、強化部長から監督に就任して大宮を残留に導いた、佐久間監督の手腕はあると思います。今回の浦和戦も、取れるなら1点でも勝ち点を取ろうという気持ちは強いでしょう。

浦和は、五輪で興梠、遠藤不在で戦います。前節の鹿島戦では代役たちが頑張った印象で、那須はクロスに対する反応の良さでクリアに確実に逃げ、李も1トップとして2点を挙げています。ボランチの青木のプレーもいいので、青木スタメン、柏木シャドーの起用も可能性としてはあると思います。

また、甲府が引いてくると読めば、宇賀神の代わりに梅崎を左サイドで起用しても面白いでしょう。右に関根、左に梅崎では守備を考えると若干怖い起用ですが、相手が引いているならありうる起用です。
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ジャガー浅野(浅野拓磨)

2016-07-26 22:55:54 | 他チーム
もうすぐリオ五輪です。当ブログでは不定期に、穴埋めネタとして五輪代表選手のことを書いていけたらと思っています。第一回は、大会終了後にイングランドのアーセナルに合流する、FW浅野拓磨選手を取り上げます。

浅野は「ジャガー」の愛称でも想像できるように、スピード型のFWです。昨年、広島で32試合に出場して8ゴールを挙げた活躍で全国区に名前を売りましたが、ロングボールを追いかけて走らせるカウンター攻撃で威力を発揮する選手です。このプレースタイルを見て、札幌や名古屋で活躍した、ダヴィ選手の若い頃に似ていると思いました。

ダヴィは、札幌に加入した当時はロングボールを追いかける荒削りなFWでした。しかし、そのスピードが使えることで札幌残留を勝ち取ると、翌年最下位だった札幌で一人気を吐く14ゴールの活躍でした。その活躍の理由が、スピードを生かす技術の習得でした。ダヴィの場合は得意な左足のコースを空ける技術がうまくなっていました。

浅野にも同じことが言えると思います。チャンピオンシップでヘディングシュートを決めるなど、長い距離のスピード以外でも決められるゴールのパターンが増えており、今年のキャンプでは瞬間的なスピードを生かす得点パターンの練習に取り組んだと聞きます。アーセナルでは、おそらく1年目は他チームにレンタルされるだろうという報道ですが、技術を習得して大きく伸びる期待もあります。

浅野は一つ、記録を持っています。それは33試合連続途中出場という、Jリーグでは最長の記録です。それだけ、スタメン1トップを譲らなかった佐藤寿人の壁は厚かったということでしょうが、佐藤寿人の方も「後からいい選手が出てくると思って60分の出場を受け入れた」と浅野の活躍に期待する口調でした。「ジャガー浅野」とJリーグタイムで紹介したのも佐藤寿人です。

五輪本大会では、中二日の強行日程を考えると、浅野はスタメンでも途中出場でも使われると思います。暑さの中のブラジル、マナウスで、スペースに浅野が走れば相手は驚くかもしれません。それを楽しみにしています。
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ルフカイ監督のつて?(細貝萌)

2016-07-25 22:56:29 | ワールドサッカー
今日のインターネットのサッカーニュースでは、元浦和MF細貝萌選手がドイツ2部シュツットガルトと合意間際という報道がありました。実現すれば、アウクスブルク、ヘルタに続いて、ルフカイ監督の下で3度目のプレーになります。浦和に戻ってくるという噂もありましたが、ドイツでやれるところまではという気持ちなのでしょう。

その細貝の思い出です。細貝は、当初前橋育英高校時代に強化指定選手として浦和のサテライトでプレーした経験があります。当時のプレーの印象は、ポジショニングの良さが武器というものでした。圧倒的な身体能力があるわけではないですが、バランスを取って味方がプレーしやすいようにする選手でした。

しかし、当時の監督、ギドやオジェックにはあまり評価されず、負傷者の代役という立場でした。得意ではない、CBで出場した試合も何度かありました。ようやく、監督がエンゲルスになって、本来のポジションであるボランチでの出番を得ます。ボランチでボールを奪うのが得意と、新たな武器をつかんだのが当時の印象です。

フィンケ時代には左SBという起用もあり、ドイツに行きたいと思っていた細貝は、わざと単年契約を選んでドイツに移籍金ゼロで移籍する道を探っていました。その通りに、レバークーゼンから4年契約のオファーが来て、ドイツに移籍することができました。このオファーは、最初の1年半は2部のアウクスブルクへのレンタルという条件付きのオファーでした。

このアウクスブルクで出会ったのが、先ほど書いたルフカイ監督です。アンカーに置いてバランスが取れる彼の良さを引き出したルフカイ監督の指導で開花した細貝は、A代表にも選ばれるほどになります。レバークーゼンではあまり活躍できませんでしたが、ルフカイ監督のヘルタで再度ポジションを得て、背番号7もつけるほどでした。

細貝も30歳になり、海外でプレーできる時間もそれほど長くはないという自覚はあるでしょう。シュツットガルトを1部に上げて、チームごと1部復帰するしか、1部でのプレーの可能性はないかもしれません。それが実現するよう、元浦和のよしみで期待しています。

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大相撲名古屋場所総括

2016-07-24 21:30:23 | 他スポーツ
大相撲名古屋場所は、写真の横綱日馬富士が13勝2敗で8回目の優勝を飾りました。白鵬が37回優勝する、この単独天下時代に8回も優勝できることは彼の自己管理能力を示すものだと思います。白鵬より年上の日馬富士ですが、未だに優勝を争える位置にい続けることが素晴らしいと思います。

日馬富士の相撲のハイライトは、13日目の稀勢の里戦です。立ち合いで当たった瞬間に日馬富士の勝利を確信するほど、稀勢の里より低く当たって頭をつける体勢に持ち込んでいます。この突き刺さるような頭からの立ち合いは彼の武器で、この立ち合いを32歳の今になっても続けている以上、きっとどこか痛いと思いますが本人が言わないだけでしょう。

また、日馬富士の優れている点は、大横綱白鵬に対する勝利数でも現れています。白鵬から、21回も勝利した力士は日馬富士だけです。30回以上負けてはいますが、あの白鵬が日馬富士だけは本気で取らないと勝てないと自覚して、立ち合いで厳しく当たるところは、日馬富士の力を示すものです。

カド番の照ノ富士は、7勝7敗の崖っぷちで魁聖を破って勝ち越し、辛くもカド番を脱出しました。一晩寝れば強くなると言われ、横綱は時間の問題のように思われていた彼の低迷には驚いていますが、まだ若いので怪我を治して再起を期待したいです。

横綱挑戦の場所だった稀勢の里は、12勝3敗に終わりましたが来場所優勝なら横綱という審判部の意向です。横綱という地位が優勝争いが必須である以上、優勝経験はどうしても必要です。稀勢の里は勝負弱さを感じる力士ですが、来場所こそ優勝を目指し、最後のチャンスくらいの意気込みで臨んで欲しいです。

三役争いは、西小結高安が11勝4敗で関脇昇進が有力で、東関脇魁聖が7勝8敗なので小結に留まりそうです。そのため、空く枠は二つになりそうです。西前頭2枚目で10勝5敗の宝富士は関脇に上がる可能性が高いです。もう一つの枠は、西前頭筆頭で8勝7敗の栃煌山になると予想しています。

下位では、優勝争いに最後まで絡んだ貴ノ岩が楽しみな存在です。今まではモンゴル人独特のうまさこそありましたが、相撲がおとなしい印象でした。しかし、今場所は宝富士に得意の左を差させないために思い切って突っ張るなどの闘争心も出し始め、来場所はブレイクの場所になる可能性もあると思います。
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瞬間的な切れ(李忠成)

2016-07-24 13:17:40 | 浦和レッズ
今日取り上げるのは、昨日の鹿島戦2ゴールの李忠成選手です。以前は李が1トップだと点が入らなかった時代もありましたが、今は動きに切れが戻っており、広島時代に負傷中だった佐藤寿人の代役の1トップに座って11ゴールを挙げた当時の初心を思い出した感があります。

李の長所は、昨日のGKのファンブルに詰めたプレーで「100回(同じような場面が)あって1回こぼれてくるかどうか」と本人が話していたように、動きの切れです。その瞬間的な切れはズラタンにはないもので、これから興梠不在の間の1トップはズラタンと李の併用が続くと思います。

李は30歳の今に至るまで、ずいぶんいろんなチームを渡り歩いてきました。FC東京ではほとんどプレーできませんでしたが、移籍した柏で石崎監督のサッカーになじみ、運動量の多いMFとしての起用をされていました。当時、柏が攻めに出るときのオプションが、フランサと李だった時期もあります。この頃に日本に帰化したことで五輪代表に選ばれており、名前の読み方を「イ・チュンソン」から「り・ただなり」に改めています。

柏を去った後の広島時代が、2度目のブレイクになりました。当時、トップ下候補として、ライバルとしてG大阪から移籍した山崎とポジションを争っていましたが、先ほど書いたように佐藤寿人の負傷離脱時に1トップに座って後半戦だけで11ゴールと活躍し、一気にA代表まで上り詰めます。

佐藤寿人の復帰後もシャドーで使われた李ですが、イングランド2部のサウサンプトンからオファーを受けて移籍します。ここでは不遇でした。練習中に味方選手に足を踏まれて骨折して、ほとんどプレーできないままイングランドを去ることになりました。

浦和に移籍したのは、おそらく広島時代の恩師ミシャの誘いだったでしょう。浦和ではシャドーで使われることが多いですが、1トップでもプレー可能と昨日の活躍で示しました。スピード型のイメージが強いですが、意外にもヘディングでのプレーも多く、混戦になったら頭で押し込んでくれる期待もあります。

興梠不在は全員で埋める、そんな期待を李にはしています。
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