Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

京都対浦和プレビュー

2006-09-29 20:47:47 | 浦和レッズ
明日は浦和は約1ヵ月ぶりの遠征となる京都戦です。この試合のチケットは完売しています。京都のサポは西京極を満員にするほどではありませんから、間違いなく浦和サポがチケットを買ったのでしょう。

京都は、昨年のJ2で優勝して、昇格1年目のチームです。J2時代から指揮を執る柱谷幸一監督が、安定したサッカーを指向していて、常に4-4-2のシステムで戦います。ただ、J2時代はアレモン、パウリーニョという外国人FWの力で勝てましたが、今季のJ1での戦いでは通用していません。

パウリーニョは今季もそれなりにゴールを決めていますが、守備陣がリードを持ちこたえられません。私が京都を生で見たのは、埼スタの浦和戦だけですが、この試合では4バックを自陣に引かせて守りを固めているにもかかわらず、サイドを何度も破られていました。

しかし、浦和も万全ではありません。なぜなら、ワシントンが前節の負傷で、遠征に帯同しないことが決まっているからです。京都との前回の対戦も、ワシントンの活躍で勝っています。ワシントンが出場しないときの攻撃の組み立ては、現在の浦和にとって最大の課題です。

FWは永井、田中達也の2トップになりそうですが、小野伸二かポンテがよほどうまくこの2トップを操ってやれないと、ロングボールの蹴り合いのつまらないサッカーになってしまうかもしれません。守りを固めてくると思われる京都は、これは望み通りの展開です。

闘莉王のヘディングあたりで点が取れればいいですが、京都が完封するとしたら、浦和の動きが少なく、ロングボールに頼った展開になる場合しか考えられません。浦和が普通に攻められれば、十分勝てる相手だと思いますが、浦和もここのところいいサッカーが見せられないので、苦戦する可能性もあると思います。
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朝青龍時代(相撲)

2006-09-28 20:51:28 | 他スポーツ
ちょっと古い話になりますが、日曜に大相撲秋場所が終わりました。白鵬の横綱挑戦が最大の話題でしたが、白鵬は序盤戦で負傷していたようです。相撲は15日間、毎日取り続けなければなりませんから、場所中の負傷は致命的です。おそらく白鵬は相撲が取れる状態ではなかったと思います。そうでなければ、8勝7敗という不振は実力者の白鵬には考えられません。

ただ、ライバル白鵬が不振だったとは言え、朝青龍は今場所も強さを発揮したと言っていいでしょう。絶好調の朝青龍なら、一場所に2敗はしませんが、不調でも相対的には上回るというのは、かつての大横綱が皆やってきたことです。

朝青龍には、いろいろな意味でかつての千代の富士とだぶるところがあります。軽量力士ながら、力の強さは他の追随を許さないところや、優勝決定戦に強いところ、そしてたまに短気が表に出ることです。

千代の富士は、寺尾の突き押しに腹を立てて、吊り上げた寺尾を土俵に叩きつけたことがあります。今場所の朝青龍は、千代大海戦で相手の張り手に怒り、張り返して墓穴を掘りました。しかし、人間同士が戦うのだから、ルールで許される範囲内なら、多少の感情の露出はあってもいいと思います。

今場所の優勝で、朝青龍は18回目の優勝になり、上は大鵬、千代の富士、北の湖、貴乃花しかいない領域まできました。彼らは、皆一時代を築いた大横綱です。朝青龍は、歴史に残る大横綱になる道を目指すことになります。今の勢いなら、不可能ではありません。今場所、白鵬の綱取りを阻止したことで、しばらく朝青龍の単独天下は続きそうです。どこまでやってくれるか、楽しみです。
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頭で汗をかく選手(堀之内聖)

2006-09-27 20:40:59 | 浦和レッズ
堀之内聖選手といえば、地元出身で、高校時代に浦和市立を選手権ベスト8に導いている事実が有名です。東京学芸大在学時にも、ユニバで金メダルを得ており、即戦力の期待を受けて浦和に2002年に入団しました。

ただ、堀之内にとって不運だったのは、前の年に当時若手だった鈴木啓太がちょうどボランチのポジションを奪ったことです。鈴木啓太は堀之内より2歳年下ですから、鈴木啓太を置き換えて堀之内を使う発想はなくなりました。堀之内は1年目はサテライトのボランチという立場にとどまりました。

しかし、堀之内自身は、ポジションにこだわらず、どこのポジションなら試合に出られそうか、考えていました。その結果がDFへの転向でした。オフト前監督はさいたまシティカップのフェイエノールト戦で一度試しただけでしたが、ブッフバルト監督になってからは、まずは闘莉王のバックアップの立場を手にしました。

この年は2ndステージの終盤の優勝争いや、闘莉王が欠場した天皇杯で出場機会を得ました。しかし、当時の堀之内には、まだ弱点もありました。フィジカルコンタクトが弱く、ドリブルで相手に強引に体をねじ込まれると、突破を許す場面もありました。元ボランチでパスの精度が良いこと以外にも、何か長所を発揮しないと、サブメンバーからの脱出は厳しい立場でした。

しかし、翌年のサテライトの仙台戦で見た堀之内は、サテライトのレベルでは明らかに別格の存在になっていました。ドリブラーへの守備や、タイミングを見たオーバーラップ、周りのDFを動かすコーチングなど、当時の柱谷コーチから、堀之内はいつでもトップに上げられるとお墨付きをもらいました。

こんなときに、入団時は不運だった堀之内に幸運が巡ってきました。ネネの負傷離脱です。ネネに代わって右ストッパーに入った堀之内は、翌2006年には完全にポジションを手中にしました。堀之内は、テクニックで勝負するタイプのドリブラーに強く、動きを読む能力が高いです。おそらくこれはプロ入りしてからの努力で身につけた能力だと思います。堀之内は頭で汗をかく選手なのです。
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G大阪の弱点

2006-09-26 20:31:58 | 他チーム
浦和サポにとっては、「G大阪、なかなか負けてくれないな」と、ライバルの強さに根負けしそうになっているかもしれません。しかし、浦和にとってはホームで直接対決が残っており、勝ち点3差は圏内です。

また、私は、このライバルG大阪が、リーグ戦の真剣勝負ではないものの、0-6と大敗した現場を見ています(A3の蔚山現代戦)。そんなところから、私が気付いたG大阪の弱点を並べてみます。まず、目につくのは、シジクレイ、宮本、山口以外のCBの弱さです。彼等3人が無事に出場しているときは強さが目につきますが、一人でも欠けると、信じられない弱さを見せることがあります。

イエローカードが累積して、彼等が欠けたときに、果たして勝ち点を積み上げられるのかという疑問は当然あります。また、G大阪は確かに攻撃力ならリーグNo.1の破壊力を誇りますが、決して試合巧者ではありません。後ろでボールを回して時間を使ったり、かつての鹿島のようにコーナーフラッグのところで立ち止まるような時間稼ぎはしてきません。

それだけなら、フェアプレーだからいいではないかと思うかもしれませんが、G大阪の試合運びのまずさを感じたのが、その蔚山現代戦でした。2点リードされて、播戸を入れて攻撃的に戦おうとした監督の采配を見て、こともあろうに長身でない播戸めがけてロングボールを蹴り込んでしまったのです。

確かに、名古屋のヨンセンのように、苦しいときは蹴って頭に合わせれば何とかしてくれるというFWは、G大阪にはいません。ただ、蔚山現代は初戦で千葉に敗れていたくらいですから、中盤でボールをキープして攻めれば2点差を追いついて引き分ける可能性は十分あったはずです。

これを見て、「G大阪はリードされると意外ともろいかもしれない」と感じました。予想もしなかった格下相手に、先制点を奪われると焦ってしまい、取り返せずに敗戦という試合もありえます。まあ、鹿島とのアウェー戦などの難関もあるし、浦和との直接対決までに9連勝することはないと思っています。
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バランスの一瞬の崩れ(9/24鹿島対F東京)

2006-09-24 18:12:13 | 他チーム
鹿島対FC東京の試合は、残念ながら平山のJリーグデビュー戦にはなりませんでした。しかし、連敗中のFC東京が、崩れたチームバランスを整えようとして、守備的な今野、浅利のダブルボランチを置いて慎重に戦ったので、最終スコアの3-2ほど守備が崩れた印象はありませんでした。

鹿島ももともと4-4-2(実際はFWのダ・シルバがかなり引いていたので4-5-1に近かった)のバランスの良いサッカーをしますから、そのバランスが崩れた一瞬の隙をどうやって突くかがポイントの試合でした。

そんなときに、鹿島にはフェルナンドがいました。フェルナンドは基本的には中盤の底に居座ってパスで崩す選手ですが、前節の清水戦では豪快なミドルシュートを決めています。そのミドルシュートはこの試合でも見られました。なかなかボランチのフェルナンドにまでは特定のマーカーをつけられませんから、このゴールが決まったのはある程度仕方ないとも言えます。

しかし、後半、CKでフェルナンドに連続失点したのはいただけません。あまりフェルナンドにはヘディングのイメージはありませんでしたが、うまく相手DFのいないところにきっちり入って、合計でハットトリックの活躍です。FC東京は茂庭がいないこともあり、少し高さと言う意味ではいつもより弱いところはありますが、鹿島といえばセットプレーの強さは伝統です。もう少し対策は立てられなかったかと思います。

最後はFC東京がミドルシュートを打ち続けて、2点を返しましたが、バランスの良いサッカーをしてもセットプレーが弱くては仕方ないという印象も受けました。
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攻め合いになると思ったが(9/23G大阪対川崎)

2006-09-24 17:57:59 | 他チーム
G大阪はマグノ・アウベスと播戸、川崎Fはジュニーニョと我那覇と、点を取っているFWが二人揃う両チームの対戦ですから、試合前は攻め合いの好ゲームを期待しました。川崎Fはトップ下がマルクスからマギヌンに変わったことで、トップ下からのパスよりサイド攻撃に重点を置くチームに変わった印象を、序盤の展開からは想像しました。

マギヌンは両ボランチが攻撃参加する裏をカバーする意識も結構あり、ボランチの好守備と思っていると、実はマギヌンだったということがよくあります。しかし、この試合はそのマギヌンの守備意識が裏目に出ました。丁度、川崎Fの攻撃がクリアされ、カウンターから加地が上がろうとする場面でした。

この加地のドリブルを止めなければいけないと思う気持ちは間違っていません。しかし、その方法がまずかったです。加地の軸足となる左足に、両足の裏を見せてタックルしてしまいました。もし、加地の軸足が残ったままになってしまうと、骨折の危険性もあるタックルです。岡田主審の一発退場の判定は、テレビで見る限りでは正しいように思えました。

しかし、G大阪が4バックの攻撃的布陣で攻めに出ていることを考えると、川崎Fもジュニーニョ次第ではまだ勝機もあったかと思えました。しかし、播戸にシュートのこぼれ球を押し込まれ、さらにはジュニーニョが負傷退場と、試合の流れは完全にG大阪に行ってしまいました。

川崎Fにとっては、敗戦も痛いがジュニーニョの負傷はもっと痛いかもしれません。試合に出ている選手の力は、G大阪や浦和と比べても劣っていませんが、ベンチを含めた総合力ということになると、まだまだ足りないということになるのでしょう。是非、川崎Fには、来季以降、複数のポジションをこなせる「便利屋」を補強して欲しいと思いました。
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互いに持ち味を発揮(9/23浦和対清水)

2006-09-23 16:03:46 | 浦和レッズ
浦和はワシントンが復帰したことで、パスが落ち着く場所ができました。スペースに飛び出す山田もいいです。清水も運動量の多いサッカーで、両チームとも内容の良い試合です。

とハーフタイムに携帯から書きましたが、一試合トータルで見ると後半の内容が良くなかったので、一般的な印象は内容が悪いということになるのでしょう。ただ、トップ下にパサーを置くというイメージをあえて覆して、ポンテをベンチに座らせて山田を起用したギドの判断は正しかったと思います。

山田は驚くようなスルーパスは出せませんが、走る能力が高く、何度でもスペースを突くことができます。またヘディングにも強く、山岸のロングボールを頭で落とせます。さすがに途中から清水が山西をマンツーマンでつけて山田のヘッドは封じられましたが、トップ下が動いてくれることで、前半の浦和の攻撃は機能したと思います。

また、ワシントンの復帰で、ボールが落ち着く場所ができて、パスのターゲットがあるのも、前半の攻撃が良かった理由です。持ち味の単独突破からのゴールは清水が何人もマークをつけたため見られませんでしたが、山田のCKがファーサイドに流れ、三都主が逆からクロスを上げた一瞬のチャンスを逃しませんでした。

ただ、この試合を好ゲームと呼ぶのは、清水が運動量の多さを見せて中盤対決を互角に持ち込んだことです。チョ・ジェジンの1トップだった当時(2005年8月)はチョ・ジェジンを封じられるとほとんど攻め手がありませんでしたが、今はマルキーニョスが自在に引いてきてチャンスを作り出せます。枝村、伊東、高木純平らもよく動き回り、中盤でボールキープができるチームになっていました。

そのため、清水のハーフタイムの交代は、浦和にとっては助かりました。杉山に代えてアレシャンドレを入れた交代ですが、アレシャンドレはテクニックはありますが、あまり動かない選手だったからです。こんなところに、藤本淳吾の不在の影響があったと思います。

ただ、浦和もワシントンが負傷交代した後のサッカーは良くなかったです。代わりにポンテが入ったのですが、永井の1トップが機能しないのは既に何度も試して分かっているはずなので残念です。結局、私のゲームメモに、後半の最後の15分間は浦和の攻撃がほとんど記録されませんでした。

それでも、何とか逃げ切ってくれたことで、楽しみをこれからに持ち越すことはできました。京都戦、西京極に参戦予定なので、また勝って旅を楽しみたいものです。
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浦和対清水プレビュー

2006-09-22 22:42:22 | 浦和レッズ
明日の浦和の対戦相手は好調の清水です。清水は昨年は辛うじて残留したチームですが、残留争いの中で抜擢した若手のDF青山、ボランチ枝村らが成長し、今季の好成績につなげています。清水を長年支えた選手で、今でもスタメンに残っているのは、伊東と市川だけです。

私が最後に清水を見たのは、去年の夏なので(天皇杯決勝はゴール裏観戦で、相手を観察する余裕がありませんでした)そのときの清水と今の清水はまったく違うと言っていいでしょう。当時の清水はチョ・ジェジンの1トップで、サイドからのクロスをチョ・ジェジンの頭目がけて蹴ってくるチームでした。

しかし、走れるFWのマルキーニョスが加入したことで、中央からの攻めもできるようになりました。また、チョ・ジェジンもドイツW杯の韓国代表を経験するなど、昨年より選手としてのランクが上がっています。清水は間違いなく強いチームで、浦和が大宮戦や広島戦と同じサッカーをしてしまうと、勝てる相手ではありません。

浦和は、山田がゴールのほかにも、パスの起点になるなど、好調さを見せています。清水相手には、ボール支配率で上回って得意のポゼッションサッカーを見せるしか、浦和が勝利する道はないでしょう。

ワシントンの復帰は、現時点では情報がありませんが(追記:前日の段階では通常の練習はできているそうです)、田中達也の1トップだとしても、山田、小野伸二、長谷部の3人がボールをキープできれば、十分攻め手はあると思います。(注:小野伸二は足首を痛め欠場濃厚です)清水は枝村が思い切ってゴール前へ出るのが武器になっていますが、浦和にとっては枝村の裏は狙いどころです。中盤対決の勝利が浦和勝利の条件でしょう。
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今も成長段階?(永井雄一郎)

2006-09-21 20:53:07 | 浦和レッズ
永井雄一郎といえば、ある程度サポーター歴の長い人なら、1997年の開幕戦で、井原、小村という当時の日本代表をごぼう抜きしたプレーが印象的でしょう。このプレーで、福田の後継者は永井という、ちょっと気の早い意見も出ていました。しかし、この時点では、永井はまだまだ欠点も目立つ選手でした。

この開幕戦でも、突破はしましたが、ゴールは決めていません。それ以外にも、シュートがよくミスになるとか、ドリブルで縦のコースを切られると、後ろや横に向かってドリブルをしてしまうなどの欠点がありました。また、180cmの上背がある割にはヘディングも強くありませんでした。

このままでは、未完の大器で終わってしまうと判断した、翌年指揮を執った原監督は、戦力ダウンを覚悟で、永井をドイツ2部のカールスルーエにレンタル移籍させました。前年まで浦和の選手だったブッフバルト現監督のつてで実現した移籍です。永井は、翌年ナイジェリアで開催されたワールドユースで、ゴールこそ1点だったものの、ほとんどの試合でスタメン起用され、日本の準優勝に貢献しました。

結局カールスルーエとの契約は1年で終わり、残留争いのさなかの浦和に復帰しました。帰国した永井を見て驚いたのが、上体が明らかに筋肉質になったらしい充実ぶりで、ヘディングも標準レベルまでは強くなっていました。これが、永井を見て最初に感じた成長です。

ただ、まだまだ精神的には課題があり、翌年のJ2ではボールを相手選手に投げ付けて退場になるような幼さも見せています。そんな永井が変わったのは2002年から2003年にかけてです。2002年はエメルソンとトゥットの2トップが定番で、永井はベンチに甘んじる日々でした。ところが、ドリブルで好調さをアピールして、エメルソン、トゥット、永井の3トップを当時のオフト監督に採用させるまでになりました。

翌2003年はトゥットが抜けて永井が先発の一角を占めましたが、新人時代あれだけ課題だったシュート力もついていました。これが永井の2度目の「成長」です。代表に呼ばれ、ラッキーゴールながら得点も決めています。その後は田中達也の台頭もあって控えに戻りましたが、昨年、右アウトサイドに起用されて精密なクロスを上げるようになっていたのには驚きました。

毎年、完全なレギュラーを占めるには至らないものの、何かしら武器を見せ、どこかしら成長する永井という選手は不思議な選手です。もしかすると、今も成長段階なのかもしれませんね。
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見沼サイクリング

2006-09-20 21:08:15 | 埼玉
埼玉県を南北に流れる見沼代用水ですが、この用水沿いにはサイクリングロード(緑のヘルシーロード)があります。ところどころにあるサイクリングロードならよくありますが、この緑のヘルシーロードは見沼代用水の起点である利根大堰から、見沼代用水が東縁と西縁に分かれる旧大宮市内まで、ずっとつながっています。

今ではスポーツとは無縁の体型になってしまった私ですが、実はかつてこの緑のヘルシーロードを自転車で完走したことがあります。このときに、驚いたのが、高低差がほとんどなく、ずっと平らな道が続いていることです。自転車道となれば、多かれ少なかれ登りと下りがあるものですが、この道は橋を渡るところを除けば本当にどこまでも平らです。

これを知って、見沼代用水を作った井沢弥惣兵衛が、いかに難工事を仕上げたかを実感しました。高低差がないところに、水を通そうとするなら、雑な工事では水は途中で止まってしまいます。少しずつ、徐々に下っていくように、測量もして掘っていかなければなりません。

また、見沼代用水は、現在のさいたま市東部の「見沼ため井」の代わりに掘った用水です。そのためにはさいたま市東部まで掘らなければいけませんが、その途中には元荒川と綾瀬川が流れていて、その二つの川を越えるかくぐるかしなければなりませんでした。

元荒川はくぐることに、綾瀬川は上を越す(現在はくぐっていますが)工事を行い、伏越と掛樋は現在でも地名に残っています。これも相当の難工事だったでしょう。今、井沢弥惣兵衛の墓は伏越のそばにあります。見沼代用水とともに生きた生涯だったことでしょう。
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