内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

大学宮殿中庭秋模様

2015-10-06 05:22:11 | 写真

 大学への自転車での行き帰り、大学宮殿(Palais universitaire)の背後の中庭を横切る。その中庭を取り囲むように、十九世紀最後の約三十年間アルザス・ロレーヌ地方がドイツ領だった時代に建設された大学の重厚な建物が立ち並ぶ。

 昨日、午前中の会議を終えて、昼過ぎに自宅に戻る途中、少しずつ秋の気配を色濃くし始めたその中庭を通り過ぎようとしていたとき、曇りがちの空から薄日が差し込む。自転車を止め、赤く色づき始めた楓の葉を見上げ、緑葉から紅葉への移り行きを捉えようと、リュックからカメラを取り出す。露出とシャッタースピードの組み合わせをあれこれ変えながら、ピント合わせはマニュアルで、何枚か撮った中から今日の一枚を選んだ。

(写真はその上でクリックすると拡大されます) 

 


クダラナ日記(5)― 新企画「どーでも夜噺」没になる

2015-10-06 05:06:51 | 雑感

 連載企画「クダラナ日記」の反響に気を良くした編集部(って、どこにあるの?)は、早くも二匹目のドジョウを狙って、駒形のどぜう屋に一席設けて編集会議を行った。
 いろいろと企画案が提出されたが、最終的にこれで行こうとなったのが「どーでも夜噺」。「クダラナ日記」には、お色気が欠けていたというが編集部の反省点で、「夜噺」とすることで、その手の話が盛り込みやすくなり、読者層が一層拡大できるのではないか、というのが採用理由であった。
 そこでさっそく担当編集者が、執筆者であるK先生に企画の趣旨を説明するために、ストラスブールに飛んだ。
 K先生は、世界的に無名な哲学者である。著書は当然一冊もない。先生が哲学者だということを知っている人さえほとんど皆無に等しい。「哲学者とは世に隠れて生きるものだ」というのが先生の日頃の口癖であるが、先生の場合、世間にまったく哲学者として知られていないのだから、別に隠れる必要もないのである。
 K先生は、隣家のたわわに実った林檎の木が正面に見える書斎の窓際の机の前で、座面の擦り切れた合成皮革の椅子に深々と腰掛け、窓外の虚空の一点を凝視し、眉間に皺を寄せながら、編集者のチャラい調子の企画説明を一語も聞き漏らすまいと注意深く聴いた後、その重々しい外見とは裏腹な軽い調子で、
 「そりゃ、あきまへんな」
と、なぜか関西弁で一言。
 因みに、K先生は、東京生まれの東京育ち、しかも山の手のお坊ちゃまであり、関西弁はフランス語より難しいと常々嘆息している人である。
 色よい返事が貰えるとほとんど確信していた担当編集者は、狼狽して、
「なっ、なんでですか、先生。イけると思いますよ、この企画。先生が普段お書きになっている、ほとんど誰も理解できないようなあの難解な文章と真逆な、「クダラナ日記」のくだらなさにお色気テイストをミックスしたエッセイをお書きになれば、そのギャップの大きさが読者にインパクトを与えること間違いないっすよ」
と、煽てているのか貶しているのかわからないような調子で説得しようとする。
 しかし、K先生は、
 「あかんちゅうたら、あかんのや」
と、相変わらず変なアクセントの関西弁を使いながら、頑として譲らない。
 それでも編集者がしつこく迫ると、
 「そういう路線は苦手なんや」
などと弱気な姿勢を見せ始める。
 そこで編集者が少しキッとなって、
 「先生、哲学って、私よくわかりませんけど、人間についてとことん考えることじゃないんすか」
と詰め寄ると、
 「そりゃそうやけど」
ぼそぼそと口ごもる先生。
 「だったら、お色気についてだって考えなくっちゃあいけないんじゃないんすか」
 「お色気は楽しむものであって、考えたり論じたりするものではない」
 「なんか、それって、逃げてんじゃないっすか」
 「勇敢なる撤退こそ優れた将軍の証である、と古人も言うておる」
 「意味不明っすよ、それ」
 さんざん押し問答の末、結局、編集者は諦めた。
 K先生は、編集者がわざわざ日本から来たのに少し済まないと思ったのか、その日の夜は、ストラスブールでも指折りの安くて味は平均的なアルザス料理レストランに編集者を招待した。量だけが取り柄のシュークルートを肴にアルザス・ワインを二人で三本空けながら、周りの客の迷惑そうな顔などどこ吹く風、お色気話で大いに盛り上がったのであった。
 投宿先の駅前ホテルに帰る編集者とK先生がレストランの前で別れた時は、もう午前零時半を回っていた。路面電車の最寄り駅に向かって歩き始めると、終電の赤いランプが遠ざかっていくのが見える。それを追いかけるでもなく口惜しがるでもなく見送りながら、K先生は、冷たい夜風に吹かれつつ、とぼとぼと歩いて、灯りの消えたアパートに帰っていった。帰り着いたときは午前一時半を回っていた。
 明日からはまた思索三昧の日々である。