内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

世界を新たな眼差しで見直す ― 森の中の随想

2015-10-05 02:35:58 | 写真

 何かを学ぼうというとき、それがどんな分野のことであれ、明確な目的なしに漫然と練習を繰り返しているだけでは、たいした上達は望めない。
 何の手引も指導者もなしに始めてまだ五日に過ぎないカメラであるから、無知ゆえに初歩的なミスを繰り返し、なかなか思うような結果が得られない。この点については、いただいたアドヴァイスに耳を傾けながら、基礎知識を習得していくことで、徐々に改善されていくことであろう。
 しかし、何をどう撮りたいのか、自分ではっきりしていなければ、これからの課題も明確にはならない。
 私が撮れるようになりたいと思っているのは、まずは、自然の光の戯れ。これは光そのものというより、光によってどれだけ物の見え方が変化するかを捉えたい。次に、色の組み合わせの妙。ある対象そのものの色(例えば、花の色)ではなく、その花の色と背景との色の組み合わせ、さらには、それぞれ異質なものが一つの構図の中で組み合わされたときの色の配合の面白さを捉えたい。例えば、工事現場のコンクリートの灰色、クレーン車の赤と白、その脇の銀杏の木の黄色、古い民家の土壁色、その下を流れる川の水の色、これらが織りなす色のアラベスクを一つの構図に収めてみたい。そして、視点の変化。普段見慣れているものを非日常的な角度・観点・構図の中で捉え直してみたい。
 一言で言えば、ちょっと大袈裟な言い方だが、肉眼で見るときとは違った仕方で光と色彩と物の世界を捉え直してみたい。
 ここで、いきなり唐突と思われるであろう方向に話が飛躍する。私がカメラを使って楽しみながら実践したいこと、それは、世界を新たな眼差しで見直すこと、見慣れたと思い込んでいる生活世界を発見し直すことである。つまり、それは、一つの哲学的実践のための手掛かりに他ならない。
 今日の一枚は、近所の森の中を自転車で走り回りながら撮った。森の中にはこんな緑のトンネルのような細道が網状に広がっている。

(写真はその上でクリックすると拡大されます)

 


クダラナ日記(4)― ムッシュKは眠らない

2015-10-05 02:19:20 | 雑感

 今日の記事のタイトルには、何やらサスペンスドラマのような響きがあるが、まったくそういう話とは関係がない。ムッシュKとは、何を隠そう、私のことである。
 前任校でのことであった。ある日本人留学生から、「先生、フランス人学生たちの間で、 « Monsieur K ne dort pas »(「ムッシュKは眠らない」)って噂になっていますよ」と聞かされ、「それって、どういうこと?」と聞き返すと、「だって、何時にメール送ってもすぐに返事がかえって来るって、みんな驚いていますよ」という答え。
 いささか誇張されているとはいえ、これはあながち間違いとは言えない。現任校でもそうだが、私は、原則として、すべてのメールに、一言でいいなら五分以内、多少長くでも二十分以内に返信する。この原則は、同僚、立場上目上の人たち、学生たち、いずれの場合も例外なしに適用される。
 同僚間や偉い先生に対してならともかく、学生にも同じ原則を適用するのは無理があるのではないか、とも思われる向きもあるであろう。確かに、新学期開始早々など、ちょっと大変だが、なんとかこの原則を守ってきた。
 当時の私は、遅寝早起き、平均睡眠時間は三、四時間ほどであったから、午前二時に届いたメールにも午前五時に届いたメールにも、だいたい即時に対応できた。それで上記のような「レジェンド」が生まれたわけである。
 そのように迅速な対応を心掛ける第一の理由は、一般に、返事は速ければ速いほど簡単でいいから、結果として仕事の処理に必要とされる総時間は少なくて済むからである。第二の理由は、速いほど、そのこと自体が相手に信頼感を与えるからである。特に学生たちの場合、自分のことを後回しにせずにすぐに対応してくれたという感謝の念さえ生む。もちろん、彼らに恩着せがましくありがたがらせること自体が目的ではないが、学生たちに、けっして君たちのことを蔑ろにはしていないよ、というメッセージを返事の速さ自体で伝えることで、信頼関係の、少なくとも基礎が築ける。実際、前任校での学科責任者としての学生たちとの関係はきわめて良好であった。
 だから、その留学生が教えてくれた、学生たちの間の噂は、私には嬉しかった。ちゃんとメッセージが伝わっていることがわかったからだ。
 そんなある日のことである。週末、フランス人の友人宅に泊まりがけで遊びに行った。夜も更けて、さあそろそろ寝ましょうということになって、私も寝室に引き上げたが、ベッドの上でも持参したパソコンでメールをチェックし、いつものように返事を書いているところに、その家の女主人が入って来た。以下、その時の会話である。

「まだそんなことしているの」
「学生からメールが来ててさ、その返事を書いているんだ」
「そんなの明日でいいじゃない」
「いや、学生たちの間で、私は寝ないってレジェンドがあるからさ、すぐに返事しないと」
「それって間違っているわね。「ムッシュKは寝ない」、じゃなくて、「ムッシュKはPCと寝る」、ね (Non, c’est pas ça. Plutôt que « Monsieur K ne dort pas », il faut dire que « Monsieur K dort avec son PC »)。おやすみなさい(Bonne nuit !)。」

と言い残すと、バタンと扉を閉めて、自分の寝室に帰ってしまった。